すずかちゃんだと思っていた相手が、実は忍さんだったんだぜ。
……何を言ってるかワケワカメかもしれないが、俺にも何が起きてるのかさっぱりだった。
気の迷いとか勘違い乙とか、そんなちゃちなもんじゃぁ断じてねぇ。
もっと恐ろしい、ジュエルシードの恐怖の片鱗を味わった気分だぜ……。
まぁ早い話が、つい先ほどすずかちゃん(?)と二人っきりだった空間へ突如としてやってきたのが、なんと実は忍さんと体が入れ替わってしまったすずかちゃんだったということなんだけどね。
詳しい事情を聞きたかったが、まず俺が錯乱状態に陥ったことと、月村姉妹によるプチ喧嘩が起ってしまったことで、高町+バナナビーストと鬼ー様、そして何故か美由希さんら高町ーズが来るまで状況に進展が無かった。ちなみに、アリサは無念ながら本日は抜け出せなくなったとのことである。ふははざまぁ!
そしてつい一時間前に待望の三人が到着し、それまで傍観していたノエルさんとファリンさんが夕食の準備で部屋を出て、そこでようやく状況の説明が始まった次第でござる。
その説明の内容については、以下の通りに。
・まず一昨日、泣きながら帰ってきたすずかちゃんと忍さんの間でやりとりがあった。
・とりあえず落ち着かせるためにすずかちゃんを風呂に入れた忍さん。
・その間、なんとなく庭に出たらジュエルシード見ーっけ♪
・風呂上がりのすずかに詳しい事情を聴いて、とりあえず明日もっと詳しく話を聞いてみたら?とアドバイスして寝かせた。ジュエルシードは明日、忍さん自身が届けるつもりだったらしい。
・翌朝、気づいたら体が入れ替わっていた。
・あれー、なんでだろー? 原因がさっぱりだったのと、すずかちゃんin忍さんが体調を崩したので、とりあえず一日様子を見ることに。(ここ重要!)
・今朝になっても状況が変わらず、ふとジュエルシードのせいなのでは、と(しらじらしく)考えた忍さんによって、俺達に召集の声がかかった。
以上が、今回引き起こされた頭痛を通り越して胃痛までしてしまうくらい、はた迷惑な事件の始まりである。
……さて、説明文の中にあからさまな表現があったが、つまりはそういうことだ。
今回の事件が起きた原因……そしてこの異常な事態を放置した責任者――――いうまでもないでしょう。
「そう…………忍さん、アンタが犯人だ!」
「フ…………ばれたなら仕方ないわね。そうよ、私がやったの」
すずかちゃん――――いや、すずかちゃんの体に入れ替わった忍さんが、嘆息しながら告白する。
少しだけ自嘲するような雰囲気が感じられるのは、やはり彼女自身も多少の罪を感じているからなのか。
俺はその真意を問うべく、さらに疑問を投げかけた。
「何故……何故こんなことを……っ!?」
「私の好奇心を満たすのは、刺激に溢れた毎日なの。そして、私は今回の事件にその匂いをかぎ取った。それだけのことよ……」
遠い眼をしてそういう忍さん。
物憂げに、そしてどこか儚い自嘲じみたほほ笑みは、とても幼い少女の浮かべるものではなかった。
間違いなく、なんの疑問もなく、このすずかちゃんは忍さんであると、思い知らされる。
「だとしてもっ! もっと他にやりようがあったはずだ! 妹まで巻き込んでまで、そんな目的が大事だって言うのかよ!」
「坊やにはわからないわ……この渇きは、ね」
「忍さん……!」
「おしゃべりはおしまい。さぁ、終わりにしましょう? それは貴方も望むことなのだから」
「こんなの…………こんなのって――――!」
「――――はいそこまで」
「あでっ」「きゃっ」
突如として、雰囲気をぶち壊す空手チョップが天から舞い降りた。
まさに今いいところだったのに誰だ邪魔しやがったのはという恨みを籠めて見上げた先には、鋭い眦にたくましい痩躯、そして見慣れた黒ずくめの格好の男が立っていた。
やれやれとあきれたように嘆息しつつ、振り下ろした両手を腰に持っていき、「ふざけている場合か」と俺と忍さんを窘めるその男はいわずもがな、高町家が長男である高町恭也鬼ー様であらせられる。
じんじん痛む頭部を抱えながら周囲を見回してみれば、高町+バナナビーストと美由希さんも俺たちの〝寸劇〟を見て苦笑している。高町とユーノの間からは「……なのは、僕は物事を深く考えすぎなのかな?」「ううん、そんなことないよ。みんなが楽観的すぎるだけだから」「そうか、そうだよね! ジュエルシードがまるでおもちゃみたいな扱いを受けているのがそもそも異常なんだよね!」とかいった会話が聞こえくるが、俺は敢えて突っ込まない。〝玩具扱いされてるのは間違いない〟と突っ込みたいが、意地でも突っ込まないったら突っ込まない。
「まったく………お前たちは状況を理解しているのか?」
「折角いいところだったのに。高町くん、ちょっと無粋」
ぶー、と可愛らしく頬を膨らませて講義するすずかちゃんの体をした忍さんと、腕を組んで呆れたように溜息を洩らす鬼ー様の図。
……なんていうか、すごく危険な構図に見えてしまったのは気のせいだろうか。
考えてみれば、今の忍さんは外見だけを見るならば小学校三年生である。そして、その小学校三年生と婚約している大学一年生――――ぅわお、あっという間に重症患者のできあがりだ♪
「き、恭ちゃんが犯罪者に……っ」
「……美由希、今日は帰ったら朝まで通し稽古しような」
「ごめんなさい!」
「美由希さんよわっ!? もっと抵抗しようよ! 抵抗して積年の恨みをはらしましょーよ!」
「ごめんね本田君……私には、できないよ」
「くそう……! あの美由希さんですら従えるとは、高町家長男は化け物か!」
「……よくわからんが、時彦、お前も一緒に鍛錬するか?」
「誠に申し訳ございませんでした! 本田時彦、ここに心の底より陳謝を捧げます故に、どうか平に、平にご容赦をっ……!」
「……ほんだくんも言うほど強くないの」
「仕方ないよなのは。恭也さんは時彦の天敵だから」
美由希さんと二人揃って土下座する。
高町とユーノの呑気な会話は、笑顔なのに笑っていない鬼ー様の恐怖を直に味わっていないからだと思うんだ、うん。
そんなやり取りがございます、ただ今月村邸です。
時刻は午後七時を大分回った頃。
すずかちゃんと思っていた忍さんと二人っきりのところに、忍さんの体に入ったすずかちゃんが(あぁもうややこしいなコレ)乱入してきてから、すでに三時間以上が経過している。
……言えない。その間、すずかちゃんと一言も会話できなかったなんて、絶対に言えないっ!
忍さんinすずかちゃんと二人揃って鬼ー様にくどくどとお説教を聞く傍らで、ちらりと俺は意識を逸らす。
その逸らした先には、先程から、一人ぽつんとソファに座って顔を俯かせている、すずかちゃんin忍さんがいた。
あれからずっと、どうにかして声をかけようかけようと思っているのだけれど……。
「すずかちゃん、だいじょうぶ? すごく顔色わるいよ……?」
「う、ううん。大丈夫。ちょっと熱っぽいだけだから、気にしないで。心配してくれてありがとう、なのはちゃん」
「ほんとうに? むりしちゃだめだからね?」
「うん、大丈夫」
高町が見かねたのか、調子の悪そうなすずかちゃんへと一声かけるも、すずかちゃんは精一杯元気な〝フリ〟をしてみせる。
無論、それは高町も理解しているみたいで、心配そうな表情はそのままに、しかしすずかちゃんの意見を尊重した。
「むぐぐっ…………!」
「こら、人の話は最後まで聞け」
「あべしっ」
そこに加われない自分のヘタレっぷりが情けなくて仕方がない。そして油断して鬼ー様に再び拳骨をもらったことも悔しくて仕方がない。
ここでナイスでダンディな心配をできれば、こないだのポカを帳消しにできるかもしれなかったというのに!!
俺のバカ、バカバカ! ダムィッ! ホーリーシッ! あちょん・ぶりけー!
俺はすずかちゃんが好きだ!
ともあれ、状況はそんな感じである。
本当なら昨日のうちに解決できたはずの事件だと言うのに、忍さんのいらん好奇心のせいで今日まで長引いてしまったのは、らしいというかなんというか……。
鬼ー様の御説教もひと段落つき、これ以上この混迷を長引かせるわけにもいかないとのことで、とりあえず忍さんに原因と思われるジュエルシードを持ってきてもらう。
後はコレを高町が封印しておしまい――――のはずだったのだが。
「……おかしいな」
「にゃ? どうかしたの、ユーノ君?」
「ううん、別によくない事態、ってわけじゃないんだけど、さ」
「けど?」
「妙に安定してるんだ……多分、封印処理してある時と同じくらい、ジュエルシードの状態が安定してる」
「……つまり、このまま放置していても大丈夫、ってことか?」
「いえ、そこまでは保証できないんですが……でも、恐らくこの状態が、ジュエルシードを使う上で最も最適な状態なのかもしれません」
むー、と難しそうに唸る細長い獣もといユーノ。
それからちょっとばかし鬼ー様と忍さんを交えた会話が繰り広げられ、封印する前にちょちょいとデータを取っておこうという話になりまして。
今現在、俺と高町と――――すずかちゃんの三人でソファに並んで待機中という次第でございます。
「えーと……」
「…………」
「…………」
「あの……」
「…………………」
「…………………」
「ほ、ほんだくんもすずかちゃんも黙ってないで何かお話しようよ!」
「……………………………………」
「……………………………………」
「ふにゃぁん……」
高町が頑張ってなごまそうとするが、もはや焼け石に水。
空気が超絶重いです、マザー。
俺、すずかちゃん、高町という順でソファに座っているが、俺は完全に明後日の方にそっぽを向いてるし、すずかちゃんは変わらず行儀よく座って顔を俯かせっぱなし、そして高町はそんな俺達をどうにかしたいけどどうにもできなくてオロオロオロ。
すまん、高町。俺みたいなまるで駄目な男には、どうすることもできない。……できないんだっ!
好きな女の子一人心配することもできないなんて――――あぁ、俺ってやつぁ、死んだ方がいいよね。
「鬱だ、死のう」
「だ、だめー! は、はやまっちゃだめだよほんだくん!」
「うるせぇ! 俺はダメなやつなんだ! 俺みたいなダメなやつは生きるどころか一分一秒酸素を吸い続けることすら許されないんだ! でも逆らってやるもんねへへーん!」
「お、落ち込んでるのかそうでないのかよくわからないよほんだくん!」
「しゃらくせぇええ! 俺を止められるもんなら止めてみやがれモス・高町!」
「あぁ、また言った! こないだからやめてっていってるのに、まだそうやっていぢわるするの!?」
「違うよ高町。これは俺の愛情表現の一種だよ。ただのストレス発散だよ」
「本音ダダもれですほんだくん。もう、やっぱりただのいぢわるなんじゃない!」
「―――――ごめん、私、やっぱり部屋に戻ってるね。封印する時になったら、呼んでもらえるかな?」
すっと、音もなくソファから立ち上がったすずかちゃんは、俺達に背を向けながら静かにそう言った。
そして、俺達の返事を待つこともなく、足早に部屋を出て行ってしまう。
それを呆然と見送る俺と高町。もとい、ほぼ半狂乱になってソファに向かって頭を叩きつけまくる俺。
「俺は! 俺は! 俺ってやつはぁあああうあがぁああぁああああ!!」
「ほ、ほんだくん落ち着いて。別にすずかちゃんはほんだくんのことなんてきにしてないから、ね?」
「〝ことなんて〟……!? う、うぉおおお!! やっぱり、やっぱり俺如きダミ虫なんて意識の端にも留めたくないくらい御怒りにぃいいい!!」
「ふぇ!? ち、違うよほんだくん! そうじゃなくてね―――」
「ほっといてくれ! 俺なんて――――俺なんてぇえぁああぁああああああ!!!!」
死にたい。今この瞬間死んでしまいたい。
この絶望感は一昨日の比ではない。例えるならば、カレーに砂糖を一瓶ぶちこんでしまった後、さらに醤油を二瓶ぶちこんだ挙句、ちょっと目を離したすきに魔界の海を作り出すという暴挙をしでかした後のマイラバーを見守るような。いや、これ例えじゃなくて実体験じゃん。さらに考えるならば、ぶっちゃけそんな絶望感より、今このまさに〝やっちまった!〟的な絶望感の方が絶望度のランクは遥かに上である。
魂が抜けたようにぼへーとソファにだらしなく寝転がり、高町がそんな俺の額をぺちぺちと叩いている。あー、もうどーにでもなーれ。あはははは。
「うにゃー、これはとても重傷ですねー」
「ふふ……あとは任せたぜ、高町。俺はもう、だめだ」
「もう、何言ってるの。それより、すずかちゃん大丈夫かなぁ? すごく辛そうだったし、お顔、真っ赤だったもんね」
「……へ?」
「風邪、やっぱり酷いのかなぁ。無理におしかけちゃって迷惑だったんじゃ……」
「お、おい高町ちょっと待て」
どうやら、俺と高町の間に、ちょいと看過できないくらい重大な認識の齟齬が見られる。
これはもしかしたらもしかすると、まだツーアウト二塁くらいだったり!?
「そんなにすず――――月村さん、調子悪そうだった?」
「うん。最初からずっと顔色わるかったじゃない。息も荒かったし、来た時からずっと、すごく辛そうだったよ?」
「…………はて?」
ずっと顔を伏せて拳を握りしめているから、てっきり俺に対する怒りが絶賛沸騰中なのかと思ったのだが。
どうやら皆目見当はずれの杞憂――――だったのか?
いや、それはさすがに楽観し過ぎだろう。一昨日のあの様子を思い返せば、そんな楽観的な考えは即座に破棄だ破棄。
……しかし、となるとこのままじゃ埒が明かんな。
「……こうなりゃ、当たって砕ける他ないな」
「ふえ?」
正直なところ、これ以上生殺しにあうのはもう勘弁願いたい。いっそのこと早く煮るなり焼くなり爆発させるなりしてほしいところなのだ。
これ以上すずかちゃんの真意がなんなのか、足りない情報と俺の主観のみで想像したところで埒が明かないし、ならもういっそ直接聞きに行ってしまうのがいいだろう。
それに、どの道フェイトのことについてきちんと話しておかないといけないだろうし、さ。
……あぁやばい。でも考えたらまたガクガクブルブル膝が震えてまいりましたよ。
でも男本田時彦九歳。ここでやらずしていつやるか。俺がやらずに誰がやる! よし、いけるいける!
「高町、俺ちょっと月村さん見てくる。お前はジュエルシードとみんなへの説明任せた」
「え、あちょっとほんだくん!」
「たのんだぜ~!」
「もう、すずかちゃん泣かせちゃ駄目だからね!」
やー、やっぱ高町はなんだかんだで優しいなぁ。
俺への文句は一杯あるだろうに、結局何も言わずに送り出してくれた。
ま、どのみち今日はこれなくなったアリサにも説明しなきゃいけないんだし、そん時に話してあげるとしよう。
……これで時折飛び出る天然ドS行動が無くなれば完璧な美少女なんだろうが。そうはいかないのが世の常というかなんというか。うん、世の中って良くできてるよ。
☆
さて、やってまいりましたすずかちゃんの自室。
俺が今日この屋敷に来て初めて入った部屋であり、そして忍さんinすずかちゃんに見事に騙されてしまった部屋でもある。
すずかちゃんの部屋自体には今まで来たことあるから、この道のりを迷う事はなかったけど、しかしなんだろうなぁこの既視感は。このままドアノブひねったら、なんぞまた夕方みたいな出来事が起こったりしないだろうか、なんてありえもしないことを考えてビクビクうきうきしてしまう俺って、やっぱり男の子だネ!
そして、そんなややテンション上方修正されている今の俺にとって、目の前のドアノブを捻って押しのける程度児戯に等しいのだよ! うははははー!
「しつれーしまー……す」
ノックを二回。しかし返事がないので声をかけて失礼しまーす。ただし小声で。
え? やってることがチキンだって?
ばっかおめ、こんなの女の子の部屋に入るときのマナーだろーが! 守れない奴は紳士じゃないね!
「あ……本田、君?」
部屋の内装は、夕方来た時と変わってない。
やや広い部屋に大きな本棚とテーブル、ソファ、そして四〇インチを超える超デカイ液晶テレビ。
そんな初見ならば庶民の誰もが唖然とするような部屋の奥、大きな西窓の隣には大人二人、子供三人なら余裕で寝れそうなキングサイズのベッドがあり、その端っこで、大人版すずかちゃんが熱っぽい顔で文字通り寝込んでいた。
頬はリンゴのように赤く、桃色の唇から洩れる吐息は妙に熱っぽい。なにより、その表情が俺の心臓を金縛るほど色っぽくて、俺はすずかちゃんの視線を真正面から見つめた瞬間、電気が走ったように硬直した。いかん、これが大人すずかちゃんの破壊力か――――っ! くっ、マジパネェとは今まさにこの瞬間使うべき言葉だな…………っ!
暫くの無言を経て、俺は息をのみこみながらなんとか再起動を果たし、つっかえながらも来訪の理由を告げた。
「あ、あのさ、具合悪そうだったから……」
「わざわざ見に来てくれたの?」
「あー、まぁ。そんなかんじです」
「ごめんね? わざわざ来てもらったのに、こんな姿で……」
「いいい、いいよそんなこと気にしないで! ていうか、そんなに風邪辛いなら無理に呼ばなくてよかったのに!」
予想していたような拒絶の言葉のきの字もなく、すずかちゃんはいつもよりもやや弱々しくも、その可憐な微笑みを俺に返してくれた。
ベッドに横たわってこちらをみる大人すずかちゃんは、見て分かるほど具合が悪そうだった。
先程まではここまで酷くなかったはずなんだけど、どうやらここ数分の間で一気に悪化したっぽい。……あぁあ、それより薬だよ薬!
「薬とかは飲んだ? 辛かったら氷嚢とかも持ってくるけど」
「う、ううん、大丈夫だよ。風邪とかじゃなくて、ちょっとした持病みたいなものだから」
「持病……って、え? 月村さん持ちの?」
「ううん、お姉ちゃんの。私もあるけど、まだその年じゃないから……」
「うん……? ご、ごめん、ちょっとよくわかんないや」
「あはは、そうだよね。でも、大丈夫だよ。一週間から二週間経てば、すぐに良くなるの」
ぶっちゃけ、さっぱり事情が飲み込めない俺だったが、とりあえず忍さんが結構しんどそうな風邪っぽい持病持ち、というのは理解した。
その体に移ってしまったすずかちゃんは、そりゃ大変だろう。早いとこ元の体に戻してあげるべきだと思うのだが……上の連中は一体何をしているのやら。
しかし持病ねぇ……まだ出会ってそんなに経ってないけど、そんな重そうな病気を持ってるようには全然見えなかったけどな、忍さん。
それに、どうにもすずかちゃんも将来発症するっぽいこと言ってたし、もしかして、月村家だけに起きる病気なのか?
……しかも、一週間から二週間のスパンって、滅茶苦茶辛いんじゃ。
まるで生理みたいだけど、見た感じ結構しんどい風邪っぽいから――――もしや忍さんって普段は二重苦!?
なんて、まぁ俺がここでそんなこと考えても意味はないことに変わりはない。知ったところで、俺にどうにかできるわけでもないし、ましてや今の大人すずかちゃんの体調が良くなるわけでもない。
俺に出来るのは、こうやって苦痛を紛らわす雑談をするか、静かに黙って早く良くなりますようにと祈りを捧げるくらいだ。そして同時に、それしか出来ない自分の無力さに、言葉にならない腹立たしさを感じる。
「それ、もし毎月とかだったら、普段の忍さんはもちろん、今の月村さんも相当しんどいんじゃ……!」
「お姉ちゃんの話だと、二ヵ月に一回くらいみたい。それに、その、そういう時はちゃんとよくする方法もあるみたいで」
「あぁ、そうなんだ――――って、じゃぁ今すぐにでもやんないと駄目じゃん!? ちょ、ちょっと待ってて! 忍さん呼んでくるから!」
「あ、待って!」
慌てて踵を返す俺を、大人すずかちゃんはちょっと焦ったように引きとめた。
出鼻をくじかれた俺は、思いっきり背を向けた勢いを殺しきれずに一回転。バランスを崩してブッ倒れかけるが、そこは意地で我慢した。
「な、なに?」
「気持ちは嬉しいんだけど……その……」
布団の中に顔を半分ほど隠しながら、大人すずかちゃんはもごもごと尻すぼみになっていく。
なんだろう、と首をかしげそうになる俺だったが、じーっと布団の中から俺を見つめる大人すずかちゃんの反応に、俺の記憶の箪笥ががこーんと引っ掛かった。
そう、この様子はまさかもなにも、まるっきり〝注射を嫌がる子供〟のソレである。
もしや、その治療法とやらが嫌なのかな?
そう考えれば、別に何の不思議もない。実際はすずかちゃんだってまだ小学三年の女の子だ。苦手な薬や注射が嫌だったりしても不思議じゃない。俺だって苦い薬嫌いだしね。
……まぁ、見た感じは本当に熱っぽいだけで、それ以外に症状はなさそうだ。咳や鼻づまりはないものの、熱を出しているのだから風邪の親戚みたいなものだろう。大事に至らないと言うのであれば、無理に忍さんを呼ぶ必要もない……か?
何より、すずかちゃんが嫌がることを無理やり、というのがすごく気が引けてならない。できることなら、すずかちゃんの意見を尊重してあげたかった。
「あの、ホントに大丈夫なん?」
「うん。ちょっと熱っぽいだけだから」
「わかった。じゃ、氷嚢だけ持ってくるよ」
「え、わ、悪いからいいよ! 別に本田君が行かなくても、ファリンに頼めば持ってきてくれるから」
「いや、でも」
「それに、ね? 今は、その……傍にいてほしいの。ダメ――――かな?」
「是が非でも!」
俺の答えなんて決まっていた。
およそ人間が反応できる最速の時間を以て返答を返し、俺は即座にすずかちゃんの横たわるベッドの傍へと近寄った。
今この場で、俺にすずかちゃんのお願いを断れるはずがない。つーかむしろこれは渡りに船、棚から牡丹餅BIGチャンスだ。飛びつかない俺がいたらそれは偽物と断言できるだろう。
……そんな冷静ぶってモノを言ってるが、実際はそんな余裕なんてアリはしなかった。
ただ、大人すずかちゃんのお願いを聞いてあげたい。そして何より、合法でその手を握ってあげられるこの機会を逃すわけにはいかない。そんな真心オンリーな正直な気持ちでいっぱいです。
ああ、しかし一つだけ心残りがある。
これが忍さんの体ではなく、もとのすずかちゃんだったらと思えば、その悔しさや億千万。うぬれ忍さん、下手な好奇心なんぞ持ってからに。
「わ、すげぇ熱い」
「やっぱり? ふふ、ちょっと自分でも熱いかな、って思ってた」
くすくすと、布団の中から顔だけをだしたすずかちゃんが微笑む。
そして、ベッドの近くに俺が寄ってくると、すずかちゃんは何も言わずにその左手を布団の中から差し出した。
言葉もなく、俺はただその手を両手で握りしめて、ベッドに腰掛ける。
そっと差し出された大人すずかちゃん、もとい忍さんの手は、すごく柔らかくて、そして何よりも熱かった。
遠目からみるとわからないが、指先が結構荒れてる。物弄り――――特に油やグリスを扱う人間の手だ。親父がそういう仕事をしているから、すぐにわかった。
そういえば、ちらっとだけ聞いた覚えがある。忍さんの趣味が機械弄りで、現在大学の工学科でロボット開発の勉強をしてるとか何とか。
それでも、手の柔らかさは女の子のそれだ。男ではこうはいかない。
現に、子供の俺でさえやや骨ばってて、とてもじゃないが今握っている手と同じくらい柔らかいなどとは言えない。
「熱いけど、その――――すごく柔らかいね。やっぱ男とは違うや」
「ふふ、でも、本田君の手、小さい」
「そりゃ、体は忍さんだしな。しかし心は大きいですよ、本田さん」
「あら本当に? それはとても素敵ですね」
「いやいや、月村お嬢さんには敵いませんって、はっはっはー」
くすくすくす。
小さな笑い声が、室内に木霊する。
これが他愛のない冗談だというのは、お互いよくわかっていた。だからこそ、こんなくだらない冗談を言い合える。
俺の手は小さく、今のすずかちゃんの手は大きい。
そして、心が大きいのは俺ではなく、すずかちゃんだ。
一昨日のことを忘れたわけではないだろう。それなのに、まるで何もなかったかのように――――いつものように接してくれるすずかちゃんの心遣いに、言葉が出ない。
会話が途切れ、笑い声も止み、しばらくすると、ふとすずかちゃんの手に力がこもった。
見れば、こちらをじっと見つめる二つの瞳。夜の闇のような綺麗な双眸が、俺を見つめている。
すずかちゃんが何をいいたのか、それだけで理解した。俺もだが、すずかちゃんももちろん、忘れていたわけではない。
ちょうどいいタイミングだしな。ちゃんと説明しとかないと。
「その、さ?」
「うん」
「こないだのことなんだけど……その、月曜の」
「うん」
静かに、でもはっきりと頷いて、すずかちゃんは俺の言葉に相槌を打つ。
話したことは、アリサや高町に話したものと同じだった。
たまたま街を歩いていたらフェイトと偶然出会って、世間話がてら一緒にハンバーガーを食べた。そして、その帰りにすずかちゃんに見つかって、今に至る。
フェイトが根はいいやつなんじゃないかってこと。
きっと、ジュエルシードを集めるのはあっちにも大きな理由があるんじゃないか、って思ったこと。
フェイトが――――俺の大切な人に似ていたこと。
まとめると短い話だが、すずかちゃんはその間ただじっと、俺の言葉に耳を傾けていた。
そして、話が終わると、すずかちゃんは一つだけ大きく息を吐き、目をつむる。
聡明なすずかちゃんのことだ。これだけの説明でも、大方の事情を掴んでくれたことだと思う。高町の言う〝誤解〟も、おそらくこれで解けたはずだ。
「…………ごめんね、本田君。私、嫌な子だ」
「いや、月村さんは全然悪くないって! そもそも、あんな誤解されるような真似しでかした俺が悪いし、普通に考えたら、俺がフェイトと一緒にいるなんてありえないことだろ? 誤解されても無理ないって」
「ううん、それでも、勝手に勘違いしてあんな態度とったのは、私が悪いよ」
事実、その言い分はとても正しいものだと思う。
あの時すずかちゃんが見たのは、あくまで俺とフェイトが別れるところであって、それ以上でも以下でもない。その事実以外に、何も断定できるものはない、たった一つのパズルのピースでしかなかった。
しかし、たかが一欠片のピースでも、容易に人を惑わすことがある。今回は、不幸にもそんな特殊な事例になってしまっただけ。それだけなんだ。
「じゃぁお相子だ。お互いチャラにして、明日からはまたいつも通り。それでどーでしょ?」
「……いいの?」
「いいも何も、月村さんなんも悪いことしてないじゃん。それなのに謝るんだったら、無理やりにでも手打ちにしなきゃだめじゃね?」
「ふふ、なにそれ。なんだかアリサちゃんみたい」
「うげっ……それはちょっと、うれしくないぞ」
そして、お互いにどちらからともなく笑いだす。
……外面は穏やかに笑っていますが、内心脱力しきっております。あぁよかった! ほんとによかった!! ありがとう世界! ありがとうすずかちゃん! おかげで本田時彦はまだ生きていられます!!
これでもう、フェイトのことについては悩むことはないだろう。
すずかちゃんの誤解も解けたし、この雰囲気は間違いなく、俺とすずかちゃんとの距離が元の状態に修復されたことに他ならない。そして何よりも、合法にすずかちゃんの手(実際は忍さんの手だが)を握っていられるという至福の時間。これで文句があるというのなら天罰が下るってもんです! いやっふい!
無論、そんな俺の内心を悟らせるようなひこちんさまではございやせん。外はクールに内はでろーん。それが本田時彦(精神年齢約○十歳)です。
だがまぁ、あまりここに居続けるのも迷惑だろう。すずかちゃんは体調を崩しているし、こうしている今も、最初より大分マシになったとはいえ、それでもやや熱っぽい息と紅潮した頬は治っていない。
早いとこ、忍さん達を急かしてこの何とも言えない嬉しいんだか残念なんだからよくわからない状況を収束させないとな。
「さて、あんまり長居しすぎるのも体に触るだろうし、そろそろ俺は高町んところに戻るよ。ジュエルシードの封印って、一回見てみたいし」
「あ……」
「え」
ぎゅっと、話しかけた手が再び強く握られる。
驚いて振り向くと、すずかちゃんは自分でも自分が何をしているのかわかっていない、そんな驚いた表情をしていた。
そして慌てて「ご、ごめんね」と手を引っ込めて、さらには布団の中に隠れてしまう。なんだこの可愛い生き物。
救いは、今の外見が忍さんの肉体だと言う事か。もしこれが本来のすずかちゃんだったなら――――あ、やべ。
「ど、どうかしたの?」
「いや、なんか鼻血が」
「わ、大変!」
「い、いや気にしないで! すぐ治るから!」
鼻の奥が鉄臭い。つーかおい、なんだコレ。なんにもしてないのに鼻血が出るとか、人生初なんですが。
恐らく、頭に血が上った――――ってことなんだろう、多分。めいびー。いやいや、きっとそうだって。だってすずかちゃんが相手だし! 仕方ないって!
そんな誰に対してなのか良くわからない言い訳をしつつ、ティッシュの場所を教えてもらって、暫く上を向きながら眉間を抑える。むしろ、コレは俺が氷嚢もらってきて頭冷やした方がいいんじゃなかろうか。うぅ、情けねぇ……。
そして、ちょーっと収まってきたかな、と顔を下ろしたところで、まだ鼻の中を何かが垂れるのを感じて即座にティッシュで栓をした、その時だった。
「ほ、ほんだくん! すずかちゃんはどう!?」
「……はい?」
突然、乱暴にドアを開け放って現れたのは、あらら魔法少女と化した我がクラスメイト、高町なのはその人だった。
息を切らせているところから、ここまで全力疾走してきたことがうかがえる。いつも思うんだが、こいつの魔法のステッキってやけに攻撃的なスタイルだよな。こう、体は砲撃でできていた、みたいなオーラを感じるって言うか。もっと言いかえるならば、ロボットの装備を見て〝お前、それ明らかに狙ってるだろ〟みたいな突っ込みを入れずにはいられない、そんな造形。そして――――うん、滅茶苦茶高町に似合ってるんだよなぁ。恐ろしいことに。
「な、なに? レイジングハートがどうかしたの?」
「いや、お前にぴったりの武器だよな、と」
「え、ほんとー!? うわーい、レイジングハート聞いた? 私にぴったりだって!」
≪It's very kind of you≫
そのまま「えへへー」とだらしなくほっぺを緩ませる高町。どうでもいいが、そんなに嬉しいのか……?
「……って、忘れるところだったよ! ほんだくん、すずかちゃんは元に戻った!?」
「は? いや、相変わらず体調悪そうな忍さんの体にお邪魔しておりますが。ね?」
「うん。なにも変わったことはないけど……?」
「はにゃっ!? すずかちゃんも!?」
「〝も〟……だと?」
きゅぃいいーん!と、俺の脳に稲妻が駆け巡った。
ことすずかちゃんの事において、俺の想像力もとい推理力はかのシャーロック・ホームズすら上回る。いや、むしろ回答すら導き出せる! はずだ!
その特殊能力(?)によって、俺は今まさに高町の言葉から一つの解答を〝想像〟した。
息せき切って表れた高町。元に戻ったか、と尋ね、さらには戻っていない事実に〝も〟と驚く。たった二つのことだが、それはたった二つでも十分すぎるほどのヒントだった。
ちらり、とすずかちゃんを振り返れば、その表情はまさに俺と同じことを考えていたのだろう。体調さえ普段通りならば、その顔は今頃月光のような蒼白色に染まっていただろう。
……もし俺とすずかちゃんの予想が正しいのであれば、考えうる限り最悪の展開だ。
絶対にありえない展開じゃぁない。何も、ジュエルシードを封印したら〝なかったこと〟になると、絶対に決まっているわけではないのだから。
そこまで考えれば、導き出される答えはおのずと決まってくる。それはつまり――――。
「解除されないの! ジュエルシードを封印したのに、忍さんも元に戻っていないの!」
「―――――――な、なんだってぇえええぇええ!!?」
誰が言ったか。
【換金はする。換金はするが、それが何時、何処でとは明言してはいない】
つまり今回に限って言えば、こう訳すことができる。
【封印はされる。封印はされるが、それまでの効果が解除されるとは言っていない】
きたない、さすがじゅえるしーどきたない。
――――――――つーか、魔法の石が聞いてあきれるぞばかやろぉおおおおう!!!
――――――――――――――――――――――――
あとが(これ以上先は血がにじんでみえない
まだ終わらない今回のジェルシード。いじきたない、さすがジュエルシードいじきたない。
そこまで出番がほしいか!
はやく終わらせてフェイトそんだしたいです。
もっといえばはやくマテリアルズだしたいです。
……イツニナルカナー
1007240259:Ver1.02