怒涛の一週間が明けて、翌週月曜日。その昼休みの教室の出来事だった。
実はすずかちゃんのおっさんがジュエルシードを一個回収していて、偶然例の金髪魔法少女に渡してしまったといういざこざがあったものの、それ以外特に問題はないまま日曜日は終わった。
むしろ、俺としてはのんびりとすずかちゃんと一緒に図書館で過ごせたのが幸せすぎてどうでもよかった。
図書館に行くまで、なんだか元気がない感じがしたけど、図書館についた時には既にいつもの元気を取り戻していたので大丈夫だろう。彼女は俺なんかよりずっとずっと強い人間だ。
……まぁ、それはアリサにも高町にもあてはまるんだけど。
ともあれ、今日はやつらとは別に、久しぶりにクラスの悪友三人と集まって一緒にお弁当を食べている。
どいつもこいつも有名私立校にやってくるだけあって、それなりに美味そうな弁当を持参してきていやがる。……え、なに関係ないだろって? バカヤロウ、お金があればそれなりに美味しい弁当が食べれるんだぞ! 俺みたいに焼きそばパンとあんパンにコーヒー牛乳なんて、九年か十年先に嫌でも経験しなきゃいけないような昼飯メニューを食わなくてもいいんだ! くそう、なんだこの格差は。貧富の差もとい貧乏は敵です。むしろ親父に弁当作って俺には弁当を作ってくれなかった母者が敵です。今日だけドンピシャで材料が足りないって、なんの嫌がらせだよ……。
「諸君、私は金髪が怖い!」
「……いきなりどうしたひこちん」
「ほっとけよ。またいつものバカが始まったんだろ」
「それよりさー、紅玉とりたいから今日リタマラやらね?」
「話きいてよブラザーズ!?」
盛大なスルーありがとう。そして最後の友人C、貴様には延々と尻尾しかはぎとれない呪いをかけてやる。
「金髪怖いだろ?! 金髪ちょーこえーじゃん!」
「いや、だからいみわかんないって」
「そりゃーバニングスはこわいけど、殴られんのはいつもおまえだし」
「そーそー。別に俺達がこわい思いしないんだったら、別にどーでもいーかなー」
「母上……私は世の薄情さに反吐が出そうです」
いや、たしかにたかが小学生に何を期待するんだ、っていう話なんですけどね。
けど、今回の話にはもっと深い事情があるわけでして。
「バカヤロウ。アリサ程度なら別にどうってこたーねんだよ。俺が言ってんのは、アリサを含めた金髪全員についてなんだ」
「なになに、なんかあったん?」
「つーか別に金髪の女ぜんぶが怖いってわけじゃねーじゃん。ていうかさいこーだろ金髪。ぼんきゅっぼんはロマンの塊、ってじっちゃが言ってた」
「あー、金レイアでもいいな。ちょうど連弩作りたかったし」
「いやーそれがさ」
かくかくしかじか。
かいつまんで先週に味わった夜の恐怖体験を聞かせてあげる俺様。
しかし、ヤツらから帰ってきたのは、とても友人とは思えないような辛辣な言葉という名の暴力だった。
「また女か。ま た 女 か!!」
「もーひこちんは首相めざして法律かいせーとかすればいいと思うよ」
「ディアにもメスがいたりすんのかな?」
「なんでだよ! 死にかけたんだぞ!? わりと真面目にちびりかけたんだぞ!? 少しくらいは心配してくれてもいいじゃんか!」
「あー、そりゃきっとアレだよ。てんばつてんばつー。世界のしゅーせーりょくってやつ?」
「クラスのアイドル三人に囲まれてんだから、そのぐらいはわりくってもらわないとなー?」
「ティガ2匹同時に相手すんのもしんどいのに、さらにナルガとかどんなイジメだよって話だよな」
「ひ、ひどいわ! それが友人に対する慰めの言葉なの?!」
「他人のふこーは蜜の味、だっけ?」
「お前のふこーは俺の幸せじゃね?」
「モンスター同士のダメージって、あんまないのが理不尽だよね」
「「「とりあえずお前はモンハンから離れろ」」」
どうやら奴らには、金髪の本当の恐怖がなんのか理解できないらしい。
まったく。すぐ身近にわかりやすすぎる例があると言うのに、こいつらは一体今まで何を見てきたというのだろうか。
「で、だ。ひこちんよ、お前さん、ちょーいと俺達に話さなきゃならんことがあるんでないかい?」
「そうそう、ぜひとも詳しい話を聞きたいもんだけどねぇ?」
「天麟ばっかいらないんだよねー。紅玉の方が全然重要だっていう」
「な、なな、なんだお前ら! まて、よせ、落ち着くんだ! そう、もっとよく話し合おうじゃないか! 俺とお前達の間には、なにやら致命的なすれ違いがあるように思える! ってあぁ! 俺の昼飯がっ!!」
俺のコーヒー牛乳が! 俺の焼きそばパンが! やめろ、それ俺のあんパンだぞ!?
「くっくっく……無事にこの食料を返してほしくば答えるんだな」
「言え! 貴様、どんな手段を使って月村さんの家に泊まりに行った!」
「なぁなぁ、やっぱ月村さん家のテレビってでかいの!? 何インチ!?」
「そしていつから貴様バニングスを名前で呼ぶようになった!?」
「裏切ったな! 俺達の純情を裏切ったんだ!!」
「クックを先生と呼び始めたら玄人の証、っておれの姉ちゃんが言ってた」
「「「だからてめぇはモンハンから離れろっての!!」」」
そして始まる私刑という名のリンチ。
ジャケットを奪われ、上履きを奪われ、あろうことか俺のランチーズが、目の前でこれ見よがしにヤツらの腹に収められていく様子を見て、俺は黙っていることなんてできるはずがなかった。
「はん。やっぱ惣菜パンは総菜パンだな。とうてい、うちのママの手作り弁当の足元にも及ばないね!」
「いや、でもこのあんパン結構いけるぞ。さらっとした口どけに、しつこくない甘みがまたなんとも……」
「じゅーっ! ぷはぁ! コーヒー牛乳うめぇっす!」
「て――――てめぇらの血は何色だぁああああああ!!!!」
「「「トナカイの鼻色でーす♪」」」
ここに、第○次昼休み戦争が開幕した。
開戦当初はおいかけっこという平和なスポーツであったが、一人が捕まりエビ反り固めを決められるや否や、それまで逃げ回っていた二人が軍事介入。すかさず四人による白兵戦へと発展し、いつしかその戦いは波を広げていき、教室の様々な生徒を巻き込んで、最終的にクラスの男子の過半数を巻き込んだ世界大戦へと発展してしまうのだった。
「……ホント、男子ってバカばっかりね」
「あ、すずかちゃーん、そのおひたしほしー!」
「いいよー。あ、なのはちゃんのミートボール美味しい。やっぱり桃子さん、お料理上手だね~」
そんな戦国無双的な大決戦が教室で繰り広げられている中、被害の及ばない隅の方では、我がクラスのアイドルこと魔法少女組が、まさに180度真逆な平和そのものの雰囲気で弁当を突っつき合っているのだった。
てめーらの出番これだけだから! ばーかばーか!
「シネっ!」
「あでっ!!」
……最近、アリサのコントロール力がヤバいと思うんですよ。上履きで俺のテンプル百発百中ってどういうことなの。
俺はすずかちゃんが好きだ!
「とまぁ、そんなことがあったんですよ」
「そ、そうなんだ…………大変だったね?」
「いやいや、別にこんなのしょっちゅうだしね。ていうか先週が別な意味でヤバかっただけだと思う」
ちゅーっと、甘さ8割炭酸2割なコーラを吸い込む俺。
それを真似するように、対面に座る少女もまたおずおずとドリンクに手を伸ばした。
「っ!」
「あれ、炭酸苦手?」
「けほっけほっ! ち、ちがうのっ。初めて飲んだから、びっくりして……喉に絡まる感じがするね、コレ」
「…………ソデスカ」
今の台詞で思わずエロイと思ってしまった俺は、間違いなく汚れている。あぁ、いっそ死んでしまいたい。すずかちゃんへの忠義的な意味で。
「? どうかした?」
「はは、いいんだ。ほっといてくれよ。こんな浮気者のクズなんて、見捨ててくれていいんだ…………」
「え、え!? えーと、あの、コレ―――コレ食べて元気出して?」
そう言って自分のポテトを差し出す少女。
さらりと、その砂金のようにきらきらした髪が肩から滑り落ちる。
アリサに負けず劣らずの輝きと、しかしながらヤツとは違って両端をツインテールに結わえ上げた金髪は、ハンバーガーショップの店内の明かりを眩しいくらいに反射していた。
こうしてみると、とてもじゃないが他人を襲ったり攻撃できるような人間とは思えない。
しかしなぁ…………こんな人畜無害そーに見える子がなぁ…………。
「こないだ殺されそうになったというのにこの優しさは……貴様、俺をたぶらかしてどうするつもりだっ!」
「えぇ!? ち、ちがうよっ! そんなつもりないし、それに、この間もちゃんと非殺傷設定だったから……」
顔を真っ赤にして、わたわたと慌てつつ弁解する金髪少女――――もといフェイト。
そう、この目の前に座っているアイドル顔負けな超美少女、実は先日の肝試しで俺を殺しにきていた高町のライバル魔法少女だったりする。
あの時は黒いマントに、結構放送禁止ギリギリなエロイ水着(?)+ミニスカモドキというきわどい恰好だったが、今日はかなり普通だった。
黒いフリル付きのブラウスに、裾部分を折った白のサスペンダー付きホットパンツという出で立ち。しかも黒のハイニーソにベージュのバックジップブーツときている。
下手をすれば、街を歩いているだけで色んなジャンルの人間から声がかかってきそうな可愛さだ。ま、すずかちゃんには及ばないけどな!
「ま、気にしてないんで別にいーさね」
「……い、いいの?」
「おーおー。つーか早く食わねーと冷めるよ? 冷めたらガチガチの石みたいになって食べれなくなるから」
「わわっ」
「ウソだけど」
「ウソなんだ!?」
うむ。ノリもなかなかにいい。
可愛くて素直でノリが良くて、でもって魔法少女――――いかん、状況が状況だったら、この娘最強すぎるだろ。
間違いなくマイラバーのスペックを(魔法少女的な意味で)超えてるし、一生懸命はむはむとハンバーガーを食べている姿は、例え小学校三年生のこの身あろうとも、際限ない保護欲を掻きたてられてしまうほどに愛くるしい。
くっ……これは試練か。俺のすずかちゃんに対する愛の深さを確かめようと言うクソッタレな神様の試練なんだな!?
上等だ受けて立ってやろうじゃねぇの! すずかちゃんの愛の前では、この程度の試練なんぞ屁の河童ってことを思い知らせて――――!
「あーあー、ハンバーガー食うの初めてか? ほっぺ、ケチャップついてるって」
「え、あぅ」
「ちょいまち――――ん、とれた」
「あ、ありがとう」
「お、おう」
……すみません、やっぱちょっとしんどいです。
にへら、とは違う。
にぱっ、とも違う。
ふにゃっ―――そう、ふにゃっ、だ!
こう、見てる側が思わず脱力してしまうような笑みを浮かべて、そいつは極々素直にお礼を述べた。
……っていうかやばいだろぉおおおお!?!!
なにこの可愛い生き物! え、なにこれちょっとお持ち帰りしていい!?
つーか反則だろ畜生!
街中でバッタリ出会ったかと思えば、腹の虫鳴かせて空腹アピールするし、お金の払い方分かんないとか言うし、ハンバーガー食べるのも初めてとかどんなお嬢様!? ていうかコレなんてエロゲ!?
そうか……ついに俺にも春が来たんだな!
すずかちゃんへの想いは相変わらずあるけれど、これはむしろそういうイベントじゃなくて義妹フラグだよね!? いやっほぃ! 本田君に妹が出来ちゃうよ!
「…………っ」がんがんがん!
「あ、あの、大丈夫!? いきなり机に頭ぶつけだしたらだめだよ!」
「いいんだ………ほっといてくれよ。あぁそうさほっといてくれこのダメな浮気やろうなんて……はは」
駄目だろうがおい。なにトチ狂ってやがりますか本田時彦九歳!?
それ以前にこの子敵だよ!? ライバルだよ!? お持ち帰りとか何その美味しい考え方! いいかもしれない!
「よし、お前俺の妹になれ」
「え、えぇっ!?」
「すまん、冗談だ」
「そ、そうなんだ……」
だから落ち付けとゆーとるに。
いかんな……こいつは確かに強敵だ。高町の奴が手こずるはずだぜ。
フェイトがハンバーガーを食べ終わる間、それはとてもとても楽しくて、しかし同時に俺の心がさんざんぱら痛めつけられる時間だったのだった。
事の始まりは、ただの偶然である。
学校が終わって、今日はすずかちゃん達三人が塾のため、一人でいつものように例のプラモ屋に行くところだった。
で、ついでに本屋によって週刊誌でも立ち読みしよーかなーとか思いついたのが、恐らく今回の出会いの始まりだと思う。
目当ての週刊誌+包装されてなかった月刊誌を立ち読みし、ちょっと小腹空いたし――冒頭の昼食ボッシュート戦争の影響――、なんか食ってこーかなーとか思ってぶらぶらしていたら、遠くに見慣れた金髪が見えた。
海鳴に外国人が多いとは言っても、アレだけ見事な金髪はそうそういない。しかも、俺と同じぐらいの背丈で、腰以下まで髪を伸ばしている金髪少女は、俺の知る限りアリサのヤツしかいないのだ。
よって、俺はその髪の持ち主をアリサと勘違いして―――。
――――「おい、こんなとこでサボりですか不良お嬢様?」
――――「ふぇ!?」
見事に人違いで、さっきのすごい端折った説明の末にこの状況に至る、というわけである。
……いやー、世の中狭いネっ! ぼくびっくりだよ!
「さってーと。これからどうする? またジュエルシード探しに行くの?」
「うん。そのつもり」
「そかー」
一通りハンバーガーを食べ終わって、俺達は互いにジュースをちびちびとすすりながら食後のまったりタイムに入っていた。
周囲からなんかすげー好奇の視線が突き刺さってくるけど、気にしない気にしない。ていうかアリサとかすずかちゃんとかと一緒にいてもこれだし、既にもう慣れてしまったと言っていい。
故に、こうしてまったりと、それこそ炭酸の抜けたコーラのような時間を過ごすことも日常茶飯事であり、フェイトは半強制的に巻き込まれている形だ。たぶん、ここを出たらすぐにでも探索に向かうつもりだろう。
……別についていって横からかすめ取る、ってことも考えついたんだけど。それってあんまりにもアレじゃね?
ていうか、そもそもこれは高町とユーノの問題なんだし、俺がそこまで首を突っ込むようなもんじゃないよね。……よね?
「ん? なに?」
「いやっ、べつにっ!」
「そう?」
ついじーっと見つめてしまったせいで、フェイトは顔を挙げて小首をかしげて見せた。慌ててなんでもないと手振りを加えて返事を返すも、やはりドキドキしてしまう。
この短時間の間で、フェイトは随分と打ち解けたような気がする。最初はおずおずと借りてきた子ネコみたいな感じだったが、今はもうアリサとか高町とかあの辺くらいのフレンドリーさにレベルアップしていた。
まぁ、とっつきやすい人間とはよく言われるからな。アリサに至っては「遠慮するだけ時間と感情と思考の無駄」とばっさり切られたくらいだし。
俺自身もあんまり遠慮した間柄ってのは好きじゃないから、この変化はありがたい。
……それに、マイラバーの顔で変に遠慮されるのは、すげぇ気持ち悪いし。
「あ、そうだ」
「お、なんじゃい?」
「ちょうど君に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
はて?
なにか疑問に思われるようなことを言っただろうか?
たかだか三十数分の間の記憶を掘り返してみるが、それらしきものは――――あぁ、買い物の仕方か?
いやでも、さっき見た限りじゃ既に覚えたっぽいし、おっさんと違って貨幣価値に関してはちゃんと知識があるみたいだから問題ないはずだけど。
あるいはこの街の地理とか?
……これも無理があるな。だったらどうやって学校の位置を知ってたんだって話になるし。
「この間の夜のことなんだけれど……」
「こないだって……あぁ、肝試しの時か」
「肝試し?」
「いや、こっちの話だよ。そういう趣旨で学校に侵入しててさ」
「そうなんだ」
納得したのか、はたまたそういうものなのかなとスル―したのか。そこらのアイドルがはだしで逃げ出しそうなくらい可愛い顔立ちではあるが、あまり変化しない表情からはどちらか判別がつかない。
フェイトはストローを咥えて一口飲むと、一息をおいてから話を続けた。
「なんで、私に〝あんなこと〟聞いたのかな、って。ずっと気になってて……それで」
「あ~……と? あんなこと?」
「うん。家を爆破したか、とか。フライパンにエビを入れたか、とか」
「――――アレかっ!」
「うん、それ。…………なんで、私にそんなこと聞いたの?」
そうそう。思いだした。そう言えばバナナ獣に縛られてる間、そんな質問をしたんだっけ。
まぁンな記憶あるわけねーだろっていう結論だったんだが――――そりゃそうだよなぁ。いきなり変人極まりない所業に覚えがないかって聞かれたら、誰だって気になるよなぁ。
……さて、どうしようか。
ユーノについては適当にごまかしたからいいけど、今回もおんなじように誤魔化すべきか?
まぁ、馬鹿正直に話したところで到底信じてもらえるとは思えんし、あるいは「誤魔化そうとしてる?」と取られてスルーされるかもしれん。なら、どうするかなんて決まってる。
「俺の大切な人に、お前が似てたからさ」
「……え?」
決まった……!
これ以上ないくらい――――痛い演技だ!
イメージとしては、背景にややピンク色の泡と薔薇がこれでもか!というくらいに舞っている感じ。どこぞの少女漫画にでも出てきそうな一場面である。
ふっふっふ。どうだコノヤロウ。時の人曰く〝ナンパの常套句〟だぞ?
普通なら「うわなにそれナンパのつもり?」「センスゼロ。アオミドロクラスからやり直せ」「本気で言ってるなら病院行ってきな」と言われること間違いなしの〝痛い台詞〟だぞ? さぁ、こんなことを言われたからには諦めるしかあるま――――、
「そ、その……実は、私も………」
「―――――は?」
「私も、その……私もね? 実は〝そんなことがあった〟ような気がしてたんだ。私、君と会うのは初めてだったのに――――おかしい、よね?」
「……・………なんですと?」
俺は、思わず驚愕の声を漏らして眼を見開き、そのまま硬直してしまった。
下手をすれば、そのまま立ち上がりかねない勢いだった。
えへへ、と苦笑しながらフェイトは軽く言うが、俺にとってはまさに寝耳に水、晴天の霹靂だぞ!?
だって、それってつまり――――こいつ、マイラバー?
い、いやいやいや待てって! ちゃんと言ってたじゃんか「記憶にございません」って!
今こいつが言ってるのは、単にそういう〝デジャヴュ〟みたいなのがあるって話で、コイツ自身がマイラバーという確定事項じゃないんだ。
おーけい落ちつこーぜラブラザー。これはデウス・クレアートルの罠だ。巧妙かつ絶妙な、俺とすずかちゃんの愛を引き裂こうと言う卑劣で狡猾極まりない、クソッタレで独善主義のデウス・エクス・マキナなんだよ!!
……けど、さすがに放ってはおけないよなぁ。放置するにはあまりにも俺の好奇心を刺激してやまない話だ。
とくれば、まずしなきゃならないのは事実確認です。
「なぁフェイト。聞くけど、フェイトって名前は偽名?」
「え? ど、どういうこと?」
「いや、ジュエルシード集めなんて危ないコトしてるんだし、実は偽名を使ってます、ってのが考えられるじゃん?」
「ううん、本名だよ。フェイト、フェイト・テスタロッサ。それが私の名前」
「シルフィって名前に聞き覚えは?」
「シル、フィ? ……ううん、ごめんなさい。聞いたことないと思う」
「そか。いや、むしろそれを聞いて安心した」
大丈夫。どーやらマイラバーでないのは間違いないらしい。
……まぁ、平行世界から別人格が飛んでくるようなトンデモ世界だしぃ? このぐらい、別に不思議でもなんでもない……のか?
あるいはドッペルゲンガーか。はたまた、実はこの世界だけにいるアイツの双子か。
考えれば考えるほど可能性が出てきて、むしろ考えるだけ無駄に思えてきた。いやむしろメンドイ。ていうかもーどーでもいーよね?
結局、俺はフェイトに「ま、そーゆーこともあるって」と適当にごまかしとおした。
……べ、別に真相を知るのが怖かったとかじゃないんだからね! ヘタレじゃないもん!
その後、手早くトレイを片づけて店を出た俺達はすぐに別れることにした。
時刻は夕暮れ。既に太陽は西に大きく傾き、あと一時間もしないうちに夜が訪れるだろう。
そんな夜遅くに、俺がジュエルシード探しについていくのはアレだし、かといって今から街を連れまわして遊び回るのもフェイトの迷惑だもんな。俺と違って、フェイトにはやらなきゃいけないことがあってここにいるのだから。
……まぁ、妨害した方がいいっちゃいいんだろうけどさ?
でも、なんていうか、そんなことはしたくない、って思えてしまったんだ。
フェイトがマイラバーに似てるから?
…………かもしれない。
それとも、ヤツの境遇に同情した?
…………むしろそっちのほうが大きいかも。
話を聞けば、フェイトは今、遠見市で従姉と二人暮らしだと言う。
無論、友人や知り合いなんているわけがない。フェイトがユーノと同じ別次元の人間なのは明らかだし、目的はわからずとも、こんな心細いところにたった二人でやってくるくらい、フェイトはジュエルシードが必要なんだ。
しかも、仮にもフェイトと俺は一緒に飯を食った仲である。釜めし仲間とは言わないが、そんな相手をすぐさま邪魔するなんて無神経な事をするのは、なんていうかちょっと――――嫌だ。
早い話が、ただの我儘である。
また、どーせ一個奪われてんだし、この後フェイトがいくつ回収しようが、最後に高町が分捕ればいいだろというあくどい考えがあったのも、理由の一つだ。小学生でもそんな汚い思考が出来るのは俺だけの特権だね! ……自慢できるようなもんでもないけどさ。
それに、そんなポンポン見つかったら誰も苦労しねーよ、という希望的観測が八割だったりする。見つけたらみつけたでラッキーなんじゃね? みたいな。
「そんじゃな、フェイト。協力できなくて悪いが、あんま無茶すんなよ?」
「うん。ありがとう、トキヒコ」
「いいっていいって。それに、これでも俺、お前のライバル側の人間だぜ? いいのか、そんなに親しくしても」
「あ……そっか。そうだよね……」
シュン、とまるで落ち込んだ猫みたいに表情を曇らせるフェイト。
そこに計算や演技と言った偽りはなく、ただ純粋に俺との関係が残念で仕方がないといった、素直でまっすぐな気持ちが窺える。
……ずるいよなぁ。
いくらマイラバーじゃないとは言っても、マイラバーと瓜二つの顔でそんな顔されたら、どうすればいいかわかんなくなる。
できれば事情を話してもらって、出来る限りの範囲でユーノや高町と相談できたらいいのにと、心から思う。
なにより、こんなに素直で良い娘と敵対するなんておかしいじゃんか。
「やっぱさ、事情は話してもらえないのか?」
「……うん。これは私の問題だから。それに、トキヒコ達だって目的があるんでしょう?」
「まぁ、そうだけどさ」
「だから、言わない。トキヒコは優しいから、きっと困る」
……あぁもう、ホントにこいつは。
はっきり言おう。性格はまるで似てない。似てるのは声と顔立ちだけで、その生い立ちやら趣味やら特技やらはまるでマイラバーと似通っていない。そもそも、こんな大人しい少女みたいな話し方をやつはしない。
でも――――この笑い方は、そっくりだ。
ナニかを誤魔化す時、本当に悪いと思って謝る時。そう言う時に限って、あの馬鹿娘は見るモノの胸を締め付けるような、儚くて弱弱しいけれど、でもすごく綺麗な笑顔を浮かべる。……………質が悪いのは、それが自分の武器であると〝自覚〟して使ってたことか。その癖、時々自覚なしに恍けたことを言うから振り回される羽目になるのだ。あぁ、今となっては何もかもが懐かしい……。
もちろん、目の前のフェイトにそんな打算的なものはないだろう。純粋に、俺を困らせたくないという思いやり一つに違いない。
だからまぁ、俺としてはそんなフェイトさんを邪険にできるはずもなく。
「んじゃさ、また今度遊ぼうぜ。せっかく知り合えたんだし、もっと会いたいじゃん」
「…………いいの?」
「おう。今度会えたら、お前のデバイス見せてよ。斧ってかっこいいから、本田君としてはすごくうらやましいのです」
「ふふ、わかった。それじゃ、また今度」
「気をつけてな」
おそらく、これが戦時中だったら、俺は間違いなく国家反逆罪かスパイ容疑で即刻拷問部屋送りになるだろう。特にアリサなんぞにバレようものなら、凄まじい折檻が待って――――うぅ、背筋に凄まじい寒気が!
ともかく、俺達はそんなやり取りをして、意外にもあっさりと別れた。
てくてくと街の雑踏に消えゆくフェイトを見送っていると、途中こちらに振り返って手を振って来る。
周囲が何事かと注目してくるのにもかかわらず、それに対して手を振り返した俺は、さてこれからどーしよっかなーとか能天気な事を考えながら振り向いて―――――世界が凍った。
「――――本田君、いまのって……?」
「つ、月村さん……っ!」
信じられないモノを見た、とでも言いたげなくらい目を大きく見開いて、そこには塾帰りと思しき月村さんが立っていた。
その後ろには、いつぞや見たロールスロイスが見える。幸いアリサの馬鹿まで一緒にいる気配はないのが本当に救いだ。
いや、でも今はそんな些細なことで喜んでる場合じゃない。アリサに嫌われようが殴られようがどうなろうがかまやしないが、彼女にだけは――――月村さんだけは、特別に例外なんだから!
早く誤解を解かなきゃ、今まで築き上げたフラグがダイナマイトで吹っ飛ばされてしまうっ!
焦りと共に弁明を口にしようとするが、うまく言葉にならないまま「あ、と。そのこれはっ!」とか漫画とかでよくある修羅場での言い訳で駄目なパターンに陥ってしまう。
しかし、すずかちゃんはそんな俺の言葉なんてまるで聞いてなかったらしい。ただ静かに、しかしこの雑沓の中でもはっきりと聞こえる綺麗な声で、尋ねてきた。
「なんで?」
「え?」
「なんで、本田君があの子と一緒にいるの?」
「月村、さん?」
「…………っ!」
「あ、月村さん!!」
呼びとめる俺の声には耳も貸すことなく、すずかちゃんは突如踵を返すと、そのまま車に乗り込んでしまった。
慌てて追いかけるが、既に車は発進した後。
綺麗に整備された道路の向こうへ消えていく長い車を呆然と見詰めながら、俺はいつまでもその場で呆然と立ち尽くす。
なんだ、これ。なんでこんなことになった?
いや、それよりも、最後、踵を返す直前に見えたのって……。
――――――すずかちゃん、泣いてた?
その考えに思い至った瞬間、俺はその場で崩れ落ちた。
やってしまった。やらかしてしまった。もっともやっちゃいけないことを、絶対にやってはいけなかったことを――――やらかした。
そう考えるだけで全身から力が抜けて、何も考えられないまま俯いてしまう。
周囲がざわざわと騒がしくなっているが、今はそんなことどうでもいいくらいに何も考えられない。
再び顔を挙げて、車が消えていった方向を呆然と見詰める。見つめるが――――ただ、それだけだ。
茜色のカーテンが引き、紺碧の天蓋が空を覆って、見かねた誰かが俺に声をかけてくるまで、俺はずっと、そこで呆然としていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あーあ本田君カワイソスな回。
とりあえず、これでフラグ1成立、ということで。
1004270011:Ver1.01 びみょーに修正
1007240300:Ver1.03