※今回は本田君視点ではありません。一応物語の補足としての御話=チラ裏です。
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アタシのご主人さまは強い。すごい。かっこいい。
……いやちょっと頭の悪い表現だと思うけど、事実だ。事実なんだよ!
そんなアタシの素敵なご主人さま――――フェイトは、どうにも昨日の夜から様子がおかしくなっていた。
最初はジュエルシードを手に入れらんなくて落ち込んでるのかな?と思っていたのだけれど、話しているとそんなことではないことがわかった。
「フェイト、御飯できたよー?」
「ありがとう、アルフ」
いつも通りの返事。ちょっと元気がなさそうだけど、胸がドキドキするような可憐な笑みと共に返事をくれるご主人さまに、アタシの胸は熱くなる。
あのクソ婆に痛めつけられ、たった一人でこんな管理外世界にまで放り込まれたアタシのご主人さまのためにも、アタシはこの世界にある料理を一生懸命勉強した。
最初はあんまり上手にできなかったけれど、それでもアタシは一等優秀な魔導師である、フェイトの使い魔だ。数回こなしてしまえば、後は簡単にそれなりの食事が作れるようになった。
「今日はオムライスだよ。ソースはケチャップとアタシ御手製のがあるけど、どっちにする?」
「ん、じゃぁアルフの作ったソースで」
「りょーかい♪」
はんなり――――フェイトの笑顔は、まさにその表現がぴったりだ。
静々と咲き誇る百合のように可憐なその微笑みは、アタシにとって最高のご褒美だ。肉もいいけど、でもフェイトのこの笑みが、何よりもうれしい。
「いただきます」
「たくさん食べておくれよ!」
見た目通りに、うちのご主人さまは食が細い。
だから、そんなに一杯食べられるというわけではないんだけど、言わずにはいられなかった。
アタシは使い魔だ。いつだってどこだって、フェイトと繋がっていて、その感情の機微をある程度感じることができる。
この世界に初めて来たとき、フェイトはただあのクソ婆のために、っていう気持ちだけで一杯だった。
一人で――もちろんアタシもいるけど――この管理外世界でやっていく不安なんて露ほども考えないで、ただただ、あのクソ婆に喜んでもらいたいという気持ちで、頼まれたことをこなそうとしていた。
それは今も変わっていない。
アタシがクソ婆の悪口を言えば困ったように怒るし、この間でっかいプールでジュエルシードを手に入れてからも、その気持ちはますます強くなっていた。
でも、昨日の夜帰ってきてから、その気持ちに加えて、よくわからない〝ナニか〟が増えている。
まるで、それまでぶれることなく燃えていた焔が、微風にさらされてゆらゆらと揺れるような、ちょっと不安定な感じ。
困ってるわけでも、苦しんでるわけでもない。けど、まるで魚の骨が喉につっかかって、それが取れなくてもどかしいような――――そんな気持ち悪さ。
「ねぇフェイト? 昨日、何かあったかい?」
「……え?」
「だって、フェイト昨日から少し元気ないよ。やっぱり、ジュエルシード取られたのが……」
「ち、違うよアルフ。アレは、出し抜かれた私の責任だし、後で取り返せばいいからいいの。気にしてないよ」
「でも……」
「……うん、でも、何かあったか、って言えば――――あったかも」
「なっ!」
怪我がなければそれでいい。そんな甘っちょろいことを言っていた過去の自分を噛み殺してやりたくなった。
体に怪我がなくても、心に傷を負うのはなお悪いことじゃないか。それが、こんなにも優しくて素敵で可愛いご主人さまが傷つくなんて、絶対に間違ってる!
アタシは思わず体を乗り出して牙を剥きかけ、フェイトに詰め寄った。
「なに、何をされたんだい! このアタシが直接――――!」
「アルフ落ち着いて! 別に、本当に大したことじゃないの。えっと、ちょっと気になってるだけで……」
「……気になる?」
スプーンを口にくわえながら、もごもごと恥ずかしそうに零すアタシのご主人さま。
そんな仕草は、思わずバルディッシュを持ちだして画像に撮って永久保存したくなるほど可愛らしいものだった。
でも、今のあたしには、フェイトの言葉の先の方が気になる。
一体何があったのだろう?
昨夜はあのちびっ子とやりあったわけではなく、別の人と戦ったと言っていた。もしかしてその相手に?
「えと、怒らないでね、アルフ?」
「内容によるよ。アタシのご主人さまを傷つける奴は、ガブッと思い知らせてやるんだから!」
「もう……心配してくれるのはうれしいけど、本当に大したことじゃないのに」
「だから、その大したことじゃない、っていうのが一体なんなんだい?」
「えとね……男の子がいたんだけど」
「……むっ」
ぎりり、っとフェイトの見えないところで拳を握る。
男の子。
異性の存在。
つまりは雄。
雄と言うのはすべからく獣だ。文字通りの意味で。特に人間の雄ってやつは、年中発情してて、とくに可愛い――――フェイトみたいに可愛い女はすぐ手篭めにしようとする、ってリニスがい言ってた
故に、アタシの中では、沸点に向かってマグマがじわじわと登り始めている。
「ちょっと失敗しちゃって、その子とこの間の魔導師の使い魔に捕まっちゃったって話したじゃない?」
「でも、それは相手が待ち伏せなんて卑怯なことしたから!」
「アレはアタシがうかつだったんだよ。それでね……捕まった時に、不思議な事を言ってたの」
うーんと、と呟きながらその時のことを思い出しているのだろう。
アタシのご主人さまは、口元にスプーンを当てながら天井の電球を見上げている。
そしてしっかり思い出したのか、すぐに顔を元に戻してこう言った。
「〝一人暮らしの男の家のプラモを爆砕したことは?〟とか、〝油一杯のフライパンにエビをぶち込んだことはないか?〟とか。結局人違いって言ってたんだけど……」
「なんだいそれは……聞くだけでわかるけど、酷いくらいの生活破綻者だね……」
「そうなの?」
「当り前さ。家を爆破は当然だし、油一杯のフライパンに、多分生エビだろうね。そんなものを投げ込んだら大惨事になっちまう」
「へぇ……」
初めて知った、とばかりに小さく眼を開いて驚いているフェイト。
こんなつまらない知識でも、少しでもフェイトの役に立ったのかと思うと嬉しくなってしまう。
……とと、今はそれよりも。
「それで、アタシのご主人様は、その話の何が気になるのさ?」
「……なんとなくね? そんなこと、あったんじゃないかなぁ、って気がするんだ」
「へ?」
「ち、違うよ!? そんなことしてないし、全然そんな記憶ないんだけど、ただ……なんとなく、そんなことがあったような――――ごめん、私もよくわからないや」
「いや、フェイトは全然謝らないでいいんだよ。言いたいことはアタシもわかる。だって、アタシはフェイトの使い魔なんだから」
「ふふ、ありがと、アルフ」
「えへへ」
にっこりと微笑んで、嬉しいことを言ってくれるフェイト。あぁ、こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
……でも、同時にアタシは少しその男のことが気になってもいた。
フェイトには身に覚えがないのに、〝そんなことがあった気がする〟出来事?
今までずっとフェイトと一緒に、あの〝庭園〟で暮らしてきたアタシにはわかる。その男の子がいう出来事なんて、これまで一度たりとも起こったことがない。そもそも、フェイトは今まで一度も料理をしたことがないし、〝庭園〟の外に出たのだって今回が初めてなんだ。だから〝ありえない〟。
アタシの中の〝獣の勘〟がナニかを訴えていた。
放置してもいい、つまりはどうでもいい〝勘違い〟かもしれない。でも、忘れてしまうにはなんだか勿体ないような――――。
「心配かけてごめんね」というフェイトの言葉を遮りながら、アタシ達は食事を再開した。
でも、アタシの中では既に新しい目的が組み上がっている。
もちろん、アタシのご主人さまであるフェイトの願いは一番だ。でも、その傍らでなんとなしにやってみてもいいかもな、という考えがちらちらと脳裏を横切ってもいる。そのせいで、洗いモノの皿を一つ割ってしまった。
その後、食事を終えたアタシ達は、すぐに支度を済ませて街へと繰り出すことにした。
この街に魔導師がいるとわかった以上、もたもたしている暇はない。早いうちに事を済ませないと、最悪管理局が介入してくる可能性もありえるからだ。
フェイトは昨日とは逆の方向にある公園とかを中心に。アタシはフェイトの代わりに郊外の森や山付近を担当する。
ただ、アタシはその探索の最中も、ずっと頭の中で考えていた。
フェイトに変なことを聞いたという少年。
そして、その出来事を〝なんとなくあったかもしれない〟気がしているフェイト。
……偶然だろうか?
フェイトには幼少期の記憶がない。
アタシがフェイトの使い魔になった時、そのもっと昔の記憶が、フェイトにはない。
ふつうはいるはずのお父さんが誰か、あの庭園以外にどんな場所に行ったのか、あのクソ婆は昔どんなだったのか。
……アタシの中で、さらに疑問が沸き起こる。
もしかしたら、その少年とやらはなにかのきっかけなのかもしれない。だからこそアタシは、そいつを探してみることにした――――。
☆
さいきん、アリサちゃんはほんだくんとすずかちゃんを避けているんじゃないか、って思う。
そんなことをアリサちゃんに聞いたら、大笑いされてしまいました。むぅ、すごく心配したから聞いたのに、ひどいよ。
「だって、なのはがそんなバカなこと聞くんだもん。あーおっかしぃ」
「おかしくないよ! だって、ほんだくんも一緒に行こうか、って聞いてきたのに、あんな風に断っちゃったら……」
「いーのよ。むしろこうしてやったほうがあのバカは喜ぶんだから」
「ふぇ? どういうこと?」
おとといの学校でもそうだった。
夜の肝試し――というのはほんだくんの弁だけど――で、最初にアリサちゃんが〝みんなで行くより別行動に分かれて探そう〟と言って、今日みたいな組み合わせを提案したんだったっけ。
もちろん、私がみんなと離れるのが怖くて全力で反対したから、結局はみんなで行動したんだけど……なんでほんだくんとすずかちゃんが二人っきりで、ほんだくんが喜ぶんだろう?
「本当にわからない?」
「うん。本当に、喧嘩とかじゃないの?」
「……なのは、さすがにそれはちょっと鈍すぎるわよ?」
「え、え?」
昨日、すずかちゃんのお家でお泊まりをした私たちは、そのままみんなで一緒にお父さんのサッカーチームの試合の見学に来ていた。
試合までにまだ時間があって、みんなウォーミングアップをしながら順番を待っている感じ。お父さんにはもう会ったし、その時「今日は必ず勝つからな、見てなさいなのは」と自信たっぷりに私の頭を撫でてくれた。
そして試合が始まるまでの間、何か飲み物でも買ってこようかという話になって、アリサちゃんが一緒に行こうとしたほんだくんを黙らせ、私を連れ出して今にいたるんだけれど……。
ガコン、と自動販売機の中に落ちたジュースを取り出しながら、アリサちゃんがため息をついた。
「はぁ、いいからほっときなさい。むしろ、あのバカは今この私に感謝して涙すら流してるでしょうね」
「うーん? なのは、わけわかんないよぅー!」
「気にするだけ無駄よ。いいからはい、これなのはのね」
「あ、うんありがとう」
渡されたのはココア。なんとなくで選んだけど、コーンポタージュでもよかったかなぁ、なんてちょっと後悔が。
「で、これがすずかので」
「うん」
すずかちゃんのは紅茶。
いつもノエルさんやファリンさんが淹れてくれる紅茶とは比べるべくもないけど、たまにはこういうのもいいよね、なんて笑っていたすずかちゃん。意外となんでも食べれるし飲めるんだよね。苦手な食べ物とかがそれなりにあるなのはとしましては、そんな大人なすずかちゃんが羨ましくも尊敬できてしまったりするのです。
そして……。
「はい、これが時彦のね」
「あつっ!? なにこれ…………〝デロリ濃厚獄甘おしるこ〟?」
「くっくっく、年不相応なあのバカにはそれがぴったりよ。あてつけられる私らの身にもなるがいいわ!」
「あ、アリサちゃん……」
…………やっぱり、アリサちゃんは全力でほんだくんのことが嫌いなのではないんでしょーか。まるで悪い魔女みたいに意地悪な笑みを浮かべるアリサちゃんを、私は苦笑と共に見なかったことにしました。
ほんだくんのジュース(?)がとっても熱いので、服の裾で恐る恐る持って、私たちは元いた場所へと戻った。
その途中、何度もさっきの話がどういう意味なのか聞いてみたけれど、アリサちゃんは真面目に答えてくれません。むぅ、ほんだくんのいじわるがアリサちゃんに移ったみたい。
「中学にでも上がる頃になれば、なのはにもわかるようになるわよ」
「うにゃ……今日はアリサちゃんがとってもいじわるです」
「そんなことないってば。単にあのバカがすずかのことを好きってだけの話よ。大したことじゃないでしょ?」
「……それだけ?」
「そ。それだけ」
「?? なのになんで二人っきりで喜ぶんだろ……?」
「は?」
「だって、好きな人みんなで集まったほうが嬉しいよね?」
「……そっちの〝好き〟かいっ!」
アリサちゃんがげっそりと疲れたように呟く。え、あれ? 私なにか変なこと言ったかな?
ほんだくんがすずかちゃんを好きなのは見ててわかるし、嫌いだったら一緒にいたくもないと思うもん。むしろ、ほんだくんは嫌いな人がいるのかな、っていうくらいいろんな人と仲がいいから。
いっぱいいじわるするし、とてもずるいことを言ったりもするけど、でもそれは相手が好きだからできるいじわるだから。
もちろん、いじわるされるのは嫌だし、そんなことしないで仲良くできたらもっといいと私は思うんだけれど……ほんだくんはいつも「そんなキレイキレイな付き合いは気持ち悪い!」と言って聞いてくれません。いじわるばっかりの付き合いよりは全然いいと思うんだけどなぁ。
でも、一番気になるのは……。
「ねぇ、アリサちゃん」
「なによ。まだわかんないことでもあるの?」
「うん。だって、アリサちゃんはいいの?」
「……は?」
「だって、ほんだくんとすずかちゃんを二人っきりにしてもいいのかな、って。ほんとは、アリサちゃんがほんだくんと二人っきりにならなくてもいいのかな、って思って」
「な、ちょ――――ばっかじゃないの!? なんで私があんな馬鹿トンチなんかにっ!」
「え~、だってアリサちゃん、ほんだくんとすっごく仲がいいじゃない。いつのまにか名前で呼び合ってるし」
「違うわよ! 別にこれは、そういう意味はなくて、あのバカがいつもいつも変な名前で私のこと呼ぶから止めさせたくて!」
「むむ、とってもあやしいです。アリサちゃん、お顔を真っ赤にしてまでいいわけするのはごまかしてる証拠、って前言ってたよね?」
「あ、ああ、赤くなんてしてないわよっ!! 変なこといわないでよね!」
「あ、待ってよアリサちゃん!」
「なのはなんて知らない!」
「ご、ごめんアリサちゃん、だから待っ――――あうっ!」
「なのはっ!?」
早足で前を行くアリサちゃんを追いかけようとして、私は道端にあった石を変に踏んでしまい、そのまま転んでしまった。
横に倒れた衝撃で持っていたジュースを落としてしまい、あわててアリサちゃんが抱き起してくれた。うぅ、膝をすりむいちゃったみたい。
「ちょっと血が出てるわね。とりあえず、近くの水場に行きましょ。傷口を洗わないと」
「ご、ごめんなさい……」
「なに謝ってんのよ。アンタが鈍くさいのはいつものことでしょーに」
それまで怒っていたのがまるでウソみたいに、アリサちゃんは心配そうに私の傷口をハンカチで拭いてくれる。
そのまま抱き起された私は、ぴりりと走る痛みに少し顔をしかめたけれど、頑張って我慢する。
「うぅ……なんで私だけこんなに運動がだめなんでしょーか」
「単に、体の動かし方をしらないだけじゃないの? だってなのは、あんまり外ではしゃがないタイプだし」
「……そんなものかなぁ」
「そんなもんよ。時彦のバカみてりゃわかるでしょ? すずかも、ああ見えて結構運動するみたいだしね」
「そっかぁ……」
確かにそうかも。
体育の授業以外でサッカーしたりドッジボールしたりしないし、おいかけっことかもあまりしなかった気がする。
……ほんだくんと出会ってからは、なんだかほとんど毎日そんなことしてる気がするんだけれど。おかげさまで、ここ半年は膝や肘の生傷が絶えたことがありません。
周囲に散らばったジュースを集めなおし、すりむいた箇所の痛みを我慢しながら、私とアリサちゃんは水場を探して歩きだした。
「時彦の話じゃないけど、士郎さんに相談してみてもいいんじゃない? 修行とかそういうのじゃなくてさ」
「そうだねぇ。うん、いいかも」
「それにしても――――まさか魔法少女がこんな運動音痴なんて、誰が想像できるかしらね」
「うにゃっ!? し、しつれーだよアリサちゃん! 私、確かに運動は苦手だけど……だけど」
「だけど? なによ? 何かいいわけでもあるわけ?」
「う……」
「縄跳びは普通飛びでも百回いかないし、逆上がりは補助板があってもダメで、登り棒はまず無理。えーと、後ほかには……」
「うにゃーー!! やめてやめてーー!! ごめんなさい、なのはは運動音痴です! だからそんな大声でばらすのやめてよーー!!」
「おーっほっほっほ! なのはの癖に生意気なことを言うからよ!」
「まだ根に持ってたの!? てっきり忘れたのかと思ってたのに!」
「この私がそんな簡単に恨みを忘れるはずないでしょ? くっくっく、時彦とすずかのところに戻ったら、今までのなのはの失敗談祭りを開催するわよ!」
「いやぁあーー!!」
教訓。
・アリサちゃんは下手にからかってはいけません。
・からかっていいのは、からかわれてもいい覚悟がある人だけです。
・やっぱり、ほんだくんはいじわるでした。……………とっても、とぉおおーーーってもいじわるでしたっ!!
☆
なのはちゃんのお店での打ち上げも終わって、私と本田君は図書館へと向かっていた。
本当はなのはちゃんとアリサちゃんも誘ったのだけれど、用事があるみたいで、今日は残念ながら遠慮することになっちゃった。残念。
「でも、アリサちゃんとなのはちゃんと二人で用事ってなんだろうね?」
「イノシシ狩りじゃね? 今晩の夕飯的な意味で」
「本田君?」
「はい、ごめんなさい」
「もう」
のんびりと、うららかな春の日差しの下を歩く私達。
時刻はもう午後を回って、もうすこしでおやつタイムに入るくらい。上り坂の途中に見受けられる、いくつかの個人経営のカフェやレストランのチェーン店では、その窓越しにそれなりのお客さんが談笑しているのが見えた。
海鳴の商店街ほどではないけれど、それでも決して少なくない人と美味しそうなメニューに、私達は目を奪われる。
「お、あのケーキ美味しそうだな!」
「ストロベリークレープサンド? あ、ブルーベリーもある」
「いや、でも翠屋のケーキより割高か……桃子さんのスイーツ以上の味ならアリだけど」
「桃子さんのスイーツ、美味しいもんね」
「あの人のはある種のボーダーラインになっちゃうくらい安定しすぎてるからなぁ。桃子さん御手製に慣れると、妙に舌が肥えてしまう気がするのです」
「ふふ、いいことじゃない。実際、お姉ちゃんも桃子さんのスイーツ好きだから、ああやって時々アルバイトしてるみたいだし」
「いや、多分鬼ー様と少しでも一緒にいたいからじゃないかなソレ。ていうかスイーツの店でスイーツをまき散らすなと、俺は声を大にして言いたい」
「ラブラブだよねぇ、二人とも」
「ですなー」
そんな雑談を交えながら、ゆるやかな上り坂を上り続ける私達。
本田君と二人っきりでこうやって歩くのは、別に初めてのことじゃない。週に一度や二度はあったことだし、先週だって一緒に本屋巡りをしたくらいだ。
……でも、なんでだろう。
今日は、ちょっとだけ違う気がする。本田君が変だとか、そういうのじゃなくて、単純に私自身が緊張しちゃっている気がした。
原因は多分、今朝のお姉ちゃんの言葉の所為だと思う。
――――ごめん、すずか。彼に正体、バレちゃうかも♪
冗談を言えるような内容じゃないはずなのに、お姉ちゃんはまるで冷蔵庫に隠していた私のおやつを食べたときみたいな気軽さで、そう言っていた。
……もう、笑ってる場合じゃないんだよ?
つい、記憶の中のお姉ちゃんに私は文句を言ってしまう。それだけ、重要な秘密なのだ。……だよね?
それなのに、まるでそんなのたいした問題じゃないとでも言いたげな今朝のお姉ちゃんの態度を思い返すたび、その自信というか、事実に疑いを持ってしまう。
考えてみれば、お姉ちゃんはずるい。だって、お姉ちゃんにとってはもう、私達一族の秘密なんて、たいした問題じゃないんだもん。
お姉ちゃんには既に恭也さんという、自分を認めてくれる存在がいる。
だから、いつしか秘密についてもまるで気にしなくなって、昨日みたいな軽はずみな行動ができるようになったんだとおもう。
おかげで本田君は無事だったけれど――――でも、そんな風にされると、未だに悩んでる私が馬鹿みたいに思えた。
私は、ちょっとだけ鬱々とし始めた考えを振り払うように首を振って、ふと隣を歩く本田君を見てみた。
にこにこと、一体何が嬉しいのかわからないけれど、今日の本田君は終始ご機嫌だ。昨日、あんな危ない目にあったというのにも関わらず、いつもみたいに元気で楽しそうにしている。
そう、お姉ちゃんが〝本気〟を出したのを見ているはずなのに、まるで気にしてないんだ。
「うん? どうかした、月村さん」
「え、ううん。なんでもない。ただ、昨日怪我なくてよかったね、って」
「あぁ……確かに。いや、てゆーか俺よく生きてたな。こないだのベイ以上に命の危険を感じたんだけど」
「無茶しないで、って言ったのに」
「し、仕方なかったんだって! ああでもしないと時間稼げないって思ったし、それにまさかあんな必殺的な攻撃を乱射されるとは思いもよりません!」
……本当に、お姉ちゃんのことはまるで気にしていなかった。
話を聞いても、昨日の魔法使いの子がすごく無口だったとか、なのはちゃんとは違う魔法を使ってたとか、死神みたいに鎌を使ってたとかそういう話ばっかり。
お姉ちゃんに関する話は全然なくて、我慢できずにお姉ちゃんのことを聞いてみたら「いや、鬼ー様みたいな人間がいるんだし。忍さんもなんかやってるんでしょ?」という答え。……それでいいのかしら?
でも、同時にもしかしたら、本当のことを言っても気にしないんじゃ……という、ありえもしない期待を抱いてしまう。
そのぐらい、本田君は〝いつも通り〟だった。
「確かにびっくりしたっちゃぁしたけどねぇ。いやしかし、考えてみればわかることだし」
「え? どういうこと?」
「だってさ、あの鬼ー様の同級生でその嫁でしょ、忍さんって? 鬼ー様の妹の美由希さんは言わずもがなで、おまけにその鬼ー様を上回るオッサンの縁者なんだから当たり前かなって。正直、僕としては将来月村さんがその領域に入るんじゃないか、と戦々恐々しております」
「あ、あはは……」
腕を組みながらウンウンと頷いている本田君を見て、私はただ苦笑するしかなかった。
確かに、本田君の周りを見ると――――うーん、別に私の一族がどうとかどうでもよくなっちゃうくらい、濃いよね。
なのはちゃんは魔法少女で、そのお兄さんとお姉さんはすっごく強い武術家、アリサちゃんはとても大きなBICの社長令嬢、そして私とお姉ちゃん。
……確かに、こんな状況だと、別にお姉ちゃんが本気出して見せても驚く程のことじゃない気がしてきちゃった。
「まぁ、元々人外領域の人間には慣れっこだし」
「え、何が?」
「いやいや、なんでもないですよ。単に、俺がそういう〝ちょっと外れた常識〟には慣れっこだっていう話さ」
いいことばかりでもないんだけどねー、とからから笑いながら言う本田君は、言うほど困ってるようには見えなかった。
もしかしたら、それは私に気を使っての言葉だったのかな?
叔父様にしたって、お姉ちゃんにしたって、本田君から見れば立派に〝ちょっと外れた常識〟の中の存在に違いないのに、それでも気にしないと言ってくれるのは、そうだとしか思えない。
なら、本田君は私の〝本当〟を知っても、今までと変わらないでいてくれるかしら……?
淡く、そして儚い期待が、私の胸に去来する。
そんな都合のいいこと、あるはずない。だって、そんなのまるでお伽噺だ。
いくらお姉ちゃんと恭也さんがわかりあえたって言っても、それは本当に極稀にある奇跡のような例外。奇跡は、そう何度も起きるような安いものではないことを、私は良く知っている。
だから、私はそんな都合のいい夢を見ようとはしない。見ない。見たくない。
大切な友達を失いたくないから。今のこの関係を、いつまでも続けていきたいから。
でも、もしなのはちゃんやアリサちゃん、そして本田君に私の〝本当〟を知られて、嫌われたりしたら――――体を貫くような、痛みを感じた。
「どうかした、月村さん?」
「う、ううん! なんでもないの! ほんと、なんでもないから」
「うん??」
慌てて両手を振りながら誤魔化す私。それを受けて、本田君は怪しそうに私を見つめたけど、すぐにそっぽを向いて「そか、それならいいんだ」と言って先に歩きだした。
……怒らせちゃったかな?
まさか、この程度で怒るはずがないのはわかっているけれど、私は何とも言えない後ろめたさの所為でそんなことを考えてしまう。
小走りで本田君の背中を追いかけながら、私はふと気付いた。本田君、耳赤い。
そこで、私はようやく(あぁ、いつもの本田君だ)と安心した。本田君はよく、今みたいにそっぽを向くことがあるけれど、決まってその時は耳が赤い。そして、こういうときは別に怒ってそっぽを向いたんじゃない、というのを私は知っている。
……だからかな。
なんとなく。そう、本当になんとなくだけれど。
――――もしかしたら、私にも〝奇跡〟が起きるんじゃ?
そんな期待が、とてもリアルな現実味を以て、私の胸の中にストンと落ちて来るのだった。
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フェイト側の事情、本田への視点の補足?でもない蛇足。
ちなみに、本田が手渡されたおしるこは落ちた衝撃と、なのはがアリサに向かって投げつけ避けられて落下した衝撃でベッコベコのボッコボコでした。
その結果は、なのはの教訓三つめで察してあげてください。
ちなみに、どうあってもフェイト×本田ということはありません。絶対にです。すずかちゃん一筋ですから!