重い空気が3人を包んでいた。
「プレシア・テスタロッサ。
26年前はミッドチルダの中央技術開発局の第3局長。
次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」使用に失敗、中規模次元震を起こしてしまった後、行方不明――か。
まさか蒐集に耐えられずに死んでしまうとは……。」
「すいません。」
「私たちが焦らなければこんな事にはならなかったはずなのに……」
あの時姿を隠したまま彼女をバインドしてしまったのが不味かったのだろう。
敵か味方かわからない者が近くに潜んでいると思わせ、焦らせてしまった為にシャマルに取り返しのつかないミスをさせてしまった。
「その場に居たフェイトという子供は?」
「母親の遺体にすがりついて離れる気配がありませんでした。」
「暫く時間をおいて、母親の知り合いを装って保護するのがいいかと……」
本当なら今すぐ保護したい処だが、母親が謎の侵入者に殺された直後にそんな者が現れたら疑られて警戒させてしまうだけだろう。
「そうだな。 ……闇の書の件が片付いたら接触しよう。」
「はい。」
「それと、八神はやてに変化がありました。」
「うん?」
「テスタロッサ親子を蒐集できたからでしょう。
闇の書の力が増した為に容体が悪化したようです。」
「そうか。 なら、そろそろ……」
「はい。
今回の事で彼らの士気が落ちているとはいえ、蒐集を止める事はないでしょうから――12月の末頃に『高町なのは』を蒐集させる事で私たちの目的は達成できると思われます。」
死亡者を出してしまったのは残念だが、計画は順調に進んでいる。
進んでいるはずなのだが――拭いきれない不安が3人をその空気ごと覆っていた。
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「はやてちゃん。」
「お見舞いに来たわよ。」
「気分が悪かったりするなら、すぐに帰るけど?」
「ううん、大丈夫や。
みんながお見舞いに来てくれて嬉しいわ。」
私が病院にいる石田先生にはやてちゃんを送り届けたら、その日の内に入院が決まってしまったので、今日はアリサちゃんとすずかちゃんを誘ってお見舞いすることにした。
「何か、持ってきて欲しい物とかある?」
「図書館から何か借りてこようか?」
「何か食べたい物とかでもいいわよ?」
「ありがとうな。 でも大丈夫や。
必要な物はシグナムたちが持ってきてくれたし、暇潰しの本もほら、そこにたんとある。食べたい物は――今食事制限されとるから無理なんや。
みんなの気持ちだけ貰っとくわ。」
やっぱり、私たちがはやてちゃんの為にできる事はあまりないみたい。
「じゃあ、食事制限が無くなったら教えなさい。
前みたいに――ううん、前よりも大きくて美味しいケーキを作ってきてあげるわ。」
アリサちゃん、良い事言った! 今、良い事言ったよ!
「そうだね。 もうすぐクリスマスだし、それまでに食事制限が無くなったらいいね。
すずかちゃんも……
「そやね、その時はよろしく頼むわ。」
もし私1人でお見舞いに来ていたら暗いまま空気のままだったかもしれない。
コンコン ガララララ
「はやてちゃん、起きているならこのお薬を――あら、みなさんいらっしゃい。」
「あ、シャマルさん。 こんにちは。」
「こんにちは。」
「お邪魔しています。」
「はい、こんにちは。」
そういえば、シャマルさんを見るのは久しぶりだな。
「シャマル、薬がどうしたって?」
「石田先生が、起きているならこの薬を飲んでおくようにって。 食事の1時間前に飲まないと効果が期待できないとかで。」
「ああ、この病院、お夕飯は7時やもんな。」
「みんなもそろそろ帰る時間じゃない?」
確かに。
「それじゃ、またくるからね。」
「私も。」
「お大事にね?」
「うん。 みんな、きてくれてありがとぅな。」
「みんな、とっても良い子やろ?」
「そうですね。」
「シャマル。」
「はい?」
「何があった?」
「え?」
「私はそんなに頼りないか?」
「そんな事は――」
「ならなんで何も話してくれんのや!」
「ぅ ぅぅうう」
「ずるいわシャマル……
泣かれたら、これ以上何も聞けへんやんか。」
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シグナムさんから、はやてちゃんが病室から居なくなっていて、ベッドの上に『高町なのはを連れて屋上に来い』というメモがあったと聞かされた私がする事は決まっていた。
バァン!
病院の屋上のドアを乱暴に開けた私が見たのは、変な仮面をつけて宙に浮いている2人組と、その2人の間で両手両足をバインドで縛られているはやてちゃんだった。
「はやてちゃん!」
「なのはちゃん! 今からでもええから逃げるんや!」
「あなたたち! はやてちゃんを離しなさい!」
もしかしたら、あの仮面の2人組がヴォルケンリッターという人たちなのかもしれない。
「なのはちゃん! 見てわかるやろ? この人ら普通やないんや!」
「そんなの関係ない!」
『どうしてもヴォルケンリッターから逃げる事ができない時はそうするように』とあの人は言っていた。 だから私は言われた通りに12月に入ってからは常に1個のジュエルシードを持ち歩いていた。 なら、私のすることはその封印を解いて――
「構成がすっごく難しくて、1分も維持できないけ――え?」
「すまない。」
「ごめんなさい。」
「はやてのためなんだ。」
「恨んでくれて構わん。」
シグナムさんとヴィータちゃんが私に剣とハンマーを突き付けて、シャマルさんが緑色の魔力光をバインドで私を縛り、ザフィーラちゃんが人間になった。
「我らヴォルケンリッター、主の為に鬼になる。」
「え?」
シグナムさんたちがヴォルケンリッター?
「何を、言っているの?」
「みんな! なのはちゃんに何してるんや!?」
わけがわからない。
「蒐集を、させてもらうわね。」
シャマルさんが震える声で分厚い本を取り出す。
「ヴォルケン――しゅうしゅう?」
ヴォルケンリッターはあの仮面の2人組じゃないの?
それに、しゅうしゅうってなに?
「なんだかよくわからないんだけど、今ははやてちゃんを」
「そのはやての為なんだ!」
ヴィータちゃん?
「どういう事なの?」
4人がなにも答えないので、私ははやてちゃんを見上げる。
だけどはやてちゃんにも何の事かわからないみたいで、首を横に振るだけだ。
「一体、なんなんや?」
本当に……
「何をしている? 高町なのはを諦めて、これまでのように野生動物から蒐集をするか? それで一体どれだけの時間がかかると思っている? ……お前たちの主の」
「黙れ!」
仮面のせいでどっちが喋ったのかわからないけど、その声にシグナムさんが怒鳴る。
「わかっているのだ、そんな事は。」
「シグナム! どういう事か説明しい!
蒐集は絶対にしないって、約束、したやないかぁ……」
はやてちゃんが泣いてる。
みんな、はやてちゃんが大事なんでしょう? なのになんで泣かせるの?
「はやてちゃん。 私たちの事を憎んでくれてもいいから、今は黙って目を閉じていて。」
「シャマル! そんな事したらあかん!」
私の胸からシャマルさんの手と、光り輝く宝石の様な――
「いやあああああああああああああああああ」
私のリンカーコアから魔力が無くなっていく――まるで、痛みと引き換えにするように。
「なのはちゃん! なのはちゃん!
なんでや、なんでこないな事するんや! シャマル! やめて!
シグナムもヴィータもザフィーラも! お願いや! なのはちゃんを助けて!
なのはちゃん! なのはちゃん! なのはちゃん! なのはちゃん!」
「ああああ、なのはちゃん……
ごめんな? 私がもっとしっかりしてたら、この子たちにこんな事させへんのに……」
はやてちゃんが大声で泣いている。
「は や て ちゃ ん」
「なのはちゃん!
あんたら、さっさとこれをはずせ! このわっかを! なのはちゃんのとこにいかなあかんのや!!」
だけど、ヴォルケンリッターの4人も仮面の2人組も、はやてちゃんの声を聞かない。
「これで――お前たちを蒐集したら闇の書は完成する。」
そう言って、シグナムさんは2人組に剣を向ける。
「くっくっく。
その必要はないよ。 闇の書の最後のページは――
突然、シャマルさんの持っていた本がお湯でいっぱいのお風呂の栓を抜いたみたいに周囲の魔力を吸いこみ始めた。
「こ、これは?」
シグナムさんたちにとってこの現象は予想外なの? 仮面の2人組は慌ててないどころか、まだ何かを言っているみたいだけど?
……本の出す音のせいで何を言っているのかまったくわからないけど。
「そんな……」
最後に残ったのは、蒐集されて動けない私とバインドで動けないはやてちゃんと――
「これで、闇の書は完成した!」
――仮面の2人組だけだった。
「そんな……」
「みんな、闇の書に……」
最後のページっていうのは、シグナムさんたちだったって事なの?
「なんで、こんな事に?」
「それはお前のせいだよ。 八神はやて。」
「私の?」
「そうだ。 ヴォルケンリッターが蒐集をしたのも、高町なのはが苦しんだのも、完成した闇の書が世界を滅ぼすのも」
「全て、お前の責任だ。」
何を言っているのこの人たち?
「みん、な、を うっ だ、まし、た、の、は」
「黙れ。」
私の言葉を邪魔するために、1人が私の側に来た。
「あ、な、た、た」
「黙れと言ってい「うおおおおおおお!!」なんだ!?」
突然現れた赤い狼が、私のところに来ていない、はやてちゃんの側にいたもう1人を襲った。
ガン! ぶん!
壁に叩きつけられた仮面の男は、すぐに赤い狼を投げ飛ばした。
「大丈夫か?」
「ああ。 だけど、なんなんだ今の――なっ!」
いまのな?
「どうした?」
声につられて、仮面の向いている方に目を向けると
「え?」
はやてちゃんの胸から、黄色に輝く刃が――
「ど、し、て?」
はやてちゃんを、私の大事な人を後ろから突き刺したあの金髪の少女はどこかで見た事が――ジュエルシードを集めていた女の子?
「な、んで?」
はやてちゃんが、自分を後ろから突き刺した金髪の少女に――あるいは、もしかしたら自分自身に尋ねているかのように声を出す。
「母さんの、仇討ちだ。」
ずぶり
音もなくはやてちゃんの胸に刺さった刃が、音を立てて抜かれる。
「そ……か。」
胸から音を立てて噴き出した血が、私の顔を濡らす。
「は、や、て、ちゃん。」
何とか仰向けの状態からうつぶせになって、右腕と両足――体全部の力を使ってはやてちゃんの下へ向かう。
「はや、て、ちゃん。」
はやてちゃんは仮面の2人組のバインドで空中に固定されているけど、それでも今は1秒でも早く側に行きたかった。
ドゴッ ガン!
鈍い音が続けて2つ。
仮面の1人が金髪の少女を殴り、壁に叩き付けたようだ。
「なんて事をしてくれたんだ!」
はやてちゃんを苦しめたあなた達がそれを言うの?
「貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!?」
「アルカンシェルも無い状態で闇の書が暴走してしまった以上、この世界はお終いだぞ!」
仮面の2人組が彼女を責めるけれど
「あっはっは――そんな事は知るか!」
彼女は笑った。
「私は――くっくっく――私は母さんの仇が討った。
ふふふふふふ――ただ、それだけの事だろう?――くっくっく」
彼女は、きっと、狂ってしま――ううん。 私が狂せてしまったんだ。
「ちっ」
「父様と一緒にこの世界を離れるわよ!」
「でも!」
「11年前の時も、乗組員が脱出するだけの時間はあったわ!」
「わかった!」
仮面の2人組はそれだけ言い残して転移魔法で消えた。
おそらく『父様』とやらと一緒にこの世界から脱出するのだろう。
私の様な素人魔法使いでさえも、『闇の書』と呼ばれていた物が目の前で不気味なほど静かにこの世界を滅ぼそうとしている事が本能で理解できるのだから……
「はや、て、ちゃん……」
2人組がこの場からいなくなったからだろう。 空中に固定していたバインドが消えて、はやてちゃんは冷たい床に落ちた。
「うっ ぐっ」
涙が出る。
あんなに血が出てしまっては――もう助からないだろう。
「ぐす はやて、ちゃん!」
やっと、目的の場所に着いた。
「はやてちゃん。」
もう、起き上がる力もない。
それでも、胸から血を噴き出していた親友をなんとか抱きしめた。
「助けられなくて、ごめん。」
きっと、私とはやてちゃんは――
「力がなくて、ごめん。」
ううん。 シグナムさんたちも――
「ふ、ふふふ…… くっくっく……
あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
泣いているあの子も――さっきの2人組も――
「うっ ううぅ……」
そしてたぶん、あの人も――みんなが、間違えたんだ。
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