「お疲れ様でした、クロノ艦長。」
「お疲れ~。」
「ああ。」
港内の安全確保はほぼ終了したと考えたクロノがクラウディアに戻ってきた。
「おかえりなさい。 では艦長権限を返還し、艦長代理を終了とさせていただきます。」
「はい。 艦長代理、ありがとうございました。」
それと同時にリンディは艦長代理としての職務を終えた。
「クロノ、私はどうしたらいいのかな?」
臨時オペレータとしてブリッジに入っているエイミィはリンディの艦長代理としての仕事が終了した今の時点で自分も臨時の仕事を終えた方が良いのではないかと考えていた。
「ああ。 ……もうすぐ物資の積み込みが終わるから、それまで頼む。」
クロノもエイミィがブリッジを出るのはリンディと同時が良いだろうと思っていた。
自分たちや他の出港できない艦船のクルーがこの港の機能を取り戻す頃には物資の積み込みが終わっているだろうと考えていたからだ。
しかし、高町なのはという想像以上――過剰ともいえる戦力の参戦により予想していたよりも早く港内のガジェットドローンを片付ける事ができた為に、予定が狂ったのだ。
「了解。 義母さん、子供たちの事お願いします。」
エイミィもその事は理解していたのだが、緊急事態とはいえ子供たちから離れなければならなかった事に罪悪感を持っていたので、予定よりも早くリンディが艦長代理を終えて子供たちの面倒を見てくれる事になった事に少し安心した。
「わかったわ。 それじゃ、行かせてもらうわね。」
「はい。 お疲れ様でした。」
リンディはブリッジから退――
「あ、高町さんに艦内に戻る様に言った方が良いんじゃないかしら?」
退出する前に、その事に気がついた。
「……そうします。 彼女の協力のおかげで予想していたよりも早く終わりましたし、あれだけの魔法を使ってもらったのだから休息を取ってもらったほうがいいでしょうしね。」
「じゃあ、高町さんに戻って休息を取る様に言いますね。」
想像していた以上に早く港内のごたごたが片付いた事で、そのおかげでクラウディアやその他の艦船の出撃準備も順調に整う事になったのだった。
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ザザ──ザザザ──ザッ──
「やったわ!」
ノイズだらけの映像を見て、3人のプレシアクローンは大喜びしていた。
「ええ! 結界がシミュレーション通りの結果を出したわ!」
この3人が中心となって時の庭園の改造が行われたのだ。
「地上部分が酷い事になっているけど……」
見続けていると目に悪そうなくらいに酷い画質だったが、そこには確かに彼女たちにとってそれなりに思い入れのある時の庭園の姿があった。
「元々古い建物ばかりだったし、シミュレーションデータよりも1つ1つの破片が大きいみたいだし、もしかしたら想定以上の結果を出したかも知れないわね。」
1発とはいえ、アルカンシェルを防げる結界と、その結界を展開する為に必要な魔力を生み出せる魔力炉を創りだせた事、そして、その結果を出せた事が彼女たちを満面の笑みにさせたのだ。
「結果を観測できたし、行きましょうか。」
そして、欲しかったデータが手に入った以上こんな所に長居は無用だった。
「そうね、行きましょう。」
「ええ。 早く合流しないとあいつらに妨害されるかもしれないし……」
スカリエッティクローンたちの嫌な笑顔を思い出してしまい、思わず嫌な気分になる。
「あいつも表情出さないで黙って立っているだけなら――いや、それでも無いわ。」
「……無いわね。」
「顔も性格も、残念な方向でオリジナルを超えているからねぇ……」
3人のプレシアクローンがいなくなった研究室で、ノイズだらけの画面を映していた空間モニターが、2発のアルカンシェルが時の庭園に当たる瞬間までを流して続けた。
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十数分前、時の庭園が――次元の乱れから計算しておそらく3発のアルカンシェルによって消滅したのとほぼ同時に、別の方向から本局が攻撃された。
本局内は大混乱になりかけたが、そこは様々な世界で起こった事件現場でトラブルに慣れた管理局員たちが冷静に対処し、その攻撃位置がおおよそだが判明した。
そして、クラウディアを含んだ3隻のXV級艦船に出撃命令が出た。
時の庭園に突入部隊を投入し、ガジェットドローンや傀儡兵との戦闘により死傷者が出たにも拘らず、それらが殆ど無意味であった事、時間を無駄にしてしまった事と、その拠点を破壊しても第3の拠点が現れる可能性がある事、そして本局の防御力にかなり問題が出てきた事から、「人が居ない確率が90%を超えた時点でアルカンシェルを撃ってしまった方がいいだろう」と上層部は考えたのだ。
「私、此処に残ってあのガジェットとかいうのを片付けようか?」
その命令を受けて、クラウディアでは八神はやてと高町なのはをどうするかという問題がでてしまった。
「……次元跳躍攻撃ができる基地が他にも数ヶ所あった場合、本局も安全とは言えない。
そう考えたからこそ、上はアルカンシェル搭載艦を向かわせる事にしたのだろう。」
知っている者はほとんど居ないのだが、一応、時空管理局は高町なのはを保護している事になっている。
クロノやはやての居ない場所で――居る場所でもそうだが――万が一の事態になってしまった時の事を考えると……
「けど、クラウディアに乗っていても安全とは言えんやろ?
さっきの庭園には砲台があったって言うし――何より、発射命令無しにアルカンシェルが使用されたって言うのが気になるわ。
現場の判断で撃ったっていうんならええんやけど、XV級にクラッキングをかけて、最高級のセキュリティをモノともせずにアルカンシェルを乗っ取った、なんていう可能性があるという事かもしれんからな。」
もしクラウディアや他の艦がクラッキングされて味方同士でアルカンシェルの撃ち合い何て事になったら……
そう考えただけで嫌な汗が背中に浮かぶ。
「はやて、それを言ってしまったら、本局に居ても同じではないか?」
最高機密クラスのアルカンシェルのセキュリティが崩されるのならば、本局のセキュリティだって安全ではないとシグナムは続ける。
「そ、それはそうなんやけど……」
結局、本局もクラウディアも――行ってしまえば管理世界のどこにも、この明らかにジェイル・スカリエッティによるモノだと思われる『正体不明による次元跳躍魔法』から逃れる事は不可能なのだから、安全な場所なんて無いのだと、その場に居た誰もが、最初からわかっている答えを出す――その答えに戻る事しかできないのだった。
が
「じゃあ、私もクラウディアに乗るね。」
なのはは決断した。
「なのはちゃん!?」
「大丈夫だよ。
シグナムさんやシャマルさんが使うのを見て、次元移動魔法憶えたから、いざとなったら子供たちと一緒に地球に逃げれば良いんでしょ?」
地球で魔法を使うには結界を張ったりする必要があるが、次元移動して人の居ない無人世界に行く事ができれば魔法が使い放題だという事に気づいた彼女は、シグナムやシャマルが使うのを見て憶えしまっていたのだった。
「い、何時の間に……」
「私が使っている魔法と構成が大きく違うから、憶えるのが大変だったけどね。」
「流石、というべきところなのかしら?」
「高町には3回くらいしか見せていないと思うのだが?」
「……天才って、こういう事なのね。」
笑顔でそう語った彼女に、それ以上の言葉は続けられなかった。
────────────────────
「起動準備完了!」
「起動まで、後10分!」
意味も無く叫び、意味も無く走り回るジェイル・スカリエッティ達を、プレシアクローンたちは呆れた目で見ていた。
「いつまで続けるのかしら?」
「せめて、私たちが居ない処でやって欲しいわ。」
「はぁ……」
彼女たちは彼らの芝居に飽きていた。
1人芝居がしたいなら自分たちの見えない処でやれと静かに怒っていた。
「はっはっは、そう言わないでもう少しつき合ってくれないか?
予定通りに進めばあと数日で君たちは自由の身になるのだから、それまでの我慢じゃないか。」
「はぁ……」
「はぁ……」
「……そもそも『我慢』しなきゃいけない事をするなと。」
彼女たちは、彼女たちを監視している彼の言葉に溜息と愚痴をこぼして、1秒でも早くこのふざけた状況から脱出させて下さいと信じてもいない神に祈った。
「はっはっはっはっは!」
「ふっふっふっふっふ!」
その祈りが実力行使に代わる前に。
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クロノの号令によりクラウディアが出港しようとしたその時、出港中止命令がなされた。
本局が攻撃されたと知って、「自分たちが今から向かっても間に合わないだろうが念の為に」と航行ルートを離れて時の庭園へと向かっていた艦船の1つが、偶然にもクラウディアがこれから向かおうとしていた世界の近くを通っていたので、その艦が現場に一番乗りとい事になったのだが、そこからの報告によれば次元跳躍魔法で本局を攻撃している敵の拠点は地下――それも、科学も魔法もさほど発展していない管理外世界の、街と呼べる程度の人口密集地の地下に在るという事がわかったのである。
『この状況ではアルカンシェルを使用するわけにはいきません。
それで、アルカンシェル搭載のXV級を派遣するよりはミッドから派遣してもらった聖王教会の騎士たちを中心とした部隊を投入したほうが良い、ということになりました。』
人の住んでいる管理外世界にアルカンシェルを撃ち込むわけにはいかない。(もちろん、これが管理世界であっても撃つわけにもいかないが。)
それに、この地下にある基地を破壊したとしても、すぐに別の基地から次元跳躍魔法によって攻撃が続行する可能性が高いと考えられる以上、アルカンシェル搭載艦はとっておきたいというのは、クロノでなくてもわかる事だった。
「了解した。
クラウディアは出港を中止し、このまま待機する。」
『はい。』
「クルーは何時でも出港できる程度に魔力をセーブしながら本局内で暴れているガジェットドローンの数を減らす事にするがよろしいか?」
クロノは今ある戦力を無駄に遊ばせておくよりはその方が良いだろうと考えてそう答え――たのだが
『あの』
「何か?」
『できれば、八神シグナム、ヴィータ、ザフィーラの3名には突入部隊に参加してほしいのですが……』
それまでとは違い、懇願する様な声で頼みごとをされた。
「む?」
守護騎士たちは時空管理局に所属しているが、八神はやてがトップを務める無限書庫に所属しているのでクラウディアのクルーとは言えない。
しかし、無限書庫の利用率ナンバーワンのクロノ・ハラオウンからの協力要請という形で何度もクラウディアに乗ってはロストロギアの確保や犯罪者の逮捕をしていた。
よって、八神はやてが行方不明になってからはクロノが守護騎士たちの管理をするという事になっていたのだった。
「3人は一応僕の管轄下にあるが、所属は無限書庫のままだ。 そして僕には彼らをそういう場所に派遣できるほどの権利は無い。」
『はい。 それはわかっています。』
「……では、少し時間をくれ。」
『お願いします。』
クロノは八神家だけではなくリンディやなのはにも念話を繋げた。
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『見つかったわ。』
時空管理局の艦が地下施設を発見した時、クアットロとセッテは今回の作戦の打ち合わせをしていた。
「……予定よりも早い。」
セッテは計画に支障が出ないかと眉間に皺を寄せる。
『ええ。 でも誤差の範囲内、問題無いわ。』
しかしクアットロはとても楽しそうだ。
「そう。 ……その状態で大丈夫?」
未だポッドから出る事の出来ないクアットロは、基地のシステムを自由に扱う為にその体に無数のケーブルが刺された状態であった。
『問題無いって言ったでしょう。』
セッテはクアットロの体を気づかうが、クアットロは笑顔のまま、少し怒鳴り気味な声でそう断言した。 なかなか器用である。
「なら良い。 配置につく。」
クアットロのその態度に少し悲しさを感じながら、セッテはクアットロに背を向けて作戦の所定位置に向かう。
セッテには、今回の作戦――基地の防衛に関してだけではなく、ドクター──ジェイル・スカリエッティのクローンたちが考えた一連の計画そのものに違和感を持っており、その事をクアットロと話し合いたかったのだ。
しかし、クアットロの性格の為か、あるいはクアットロはセッテが違和感を持っているという事どころか、何もかもをわかっている上で、わざとその話題にならない様にしているのか……
結局今の今までセッテはクアットロと相談する事ができないでいた。
(何かが、何かがおかしいんだ……)
誰にも相談できないという不満を持ったまま、セッテは戦場へ進む。
(アリシア…… か……)
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本局市街地のガジェットドローンを破壊しながら、なのはは考える。
「どうして……」
考えながら、声に出す。
「プレシアさんのお家とシグナムさんたちが向かっている管理外世界の地下の基地からの同時攻撃をしなかったのかな?」
本局を落とすのが目的ならば、2ヶ所――あるいは、他にもあるかもしれない全ての基地から同時攻撃をした方が効率的ではないだろうか?
いや、全方位から飽和攻撃をされれば、本局は防御シールドや結界を1ヶ所に集める事ができなくなり、本局が受けるダメージはかなりモノになるはずだ。
「それに、本局内にこれだけの量のガジェットドローンを隠せるんなら、クロノ君が急いで確保した施設みたいな重要な場所を一気に占拠する事だって――難しいかもしれないけど、できない事でも無かったはず。」
それがどうしても不可能だった、のだとしても、本局を落とすという事はその内部に住んでいる者たちの命も奪うつもりなのだろうから、こんな無人になった市街地を無駄に攻撃させるよりも、住人たちが避難しているシェルターなどを攻撃してしまえばいい。
どんなに優れた施設があったとしても、それを操る人間がいなければ意味が無いのだ。
「プレシアさんのお家のセキュリティでまともに起動していたのはガジェットドローンと傀儡兵くらいで、砲台が殆ど使われなかっていうのも変。」
砲台の弾は今壊しているガジェットドローンよりも大きくて丸い物で、艦船のシステムにのっとりをかけるものだった可能性があるというのも……
「時空管理局の戦艦のシステムを奪えるんなら、アルカンシェルを撃ったのは敵だっていうことになるけど、それだと、プレシアさんのお家からの攻撃が無くなったっていうのがおかしいし……」
管理局と戦うのならば、わざわざ自分たちの拠点の1つを破壊する意味がわからない。
「はやてちゃんはどう思う?」
「う~ん……」
なのはから『サーチアンドデストロイ』を教えてもらったはやても、なのはと同じ様に考えていた。
「時の庭園や地下施設は時間稼ぎなんじゃないかと思う。」
「やっぱりそう思う?」
「うん。」
時の庭園から攻撃して管理局の艦船を集め、アルカンシェルを撃たせる事で次元を乱れさせ、管理局の戦力を確実に奪った。
そしておそらく、管理外世界の地下に在る基地は聖王教会の騎士たちの様な近接系の戦力を奪う事が目的だとも考えられる。
「時空管理局の戦力を分散させながら時間も稼ぐ。
たぶん、私たちはもちろん、上層部でも探知できない処で『本命』が動き出してるで。」
「だね。」
それが何なのかは分からない。
しかし、このまま敵の基地を潰してはまた新しい敵の基地が出てきて~というのを繰り返しているだけだと本局が受けているダメージも深刻なモノとなっていくだけではなく、敵の切り札も完全なモノとなるだろう。
「上もその事には気づいているはずやけど……」
「『時空管理局』が、管理世界はもちろん、管理外世界でガジェットドローンが暴れたりするのを放っておくわけにはいかない、か。」
「そういう事。」
戦力も情報も不足している今の管理局の状況では後手に回るしかない。
「敵の本命が何なのか、それがわからないと事態は好転しないやろな。」
はやての姿を敵に気づかれない様にする為に、クラウディアの艦内から『サーチアンドデストロイ』を操りながら、2人の作戦会議は続いた。
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