リンディ・ハラオウンは息子であるクロノが部下であったエイミィ・リミエッタと結婚してからは義理の娘であるフェイトと2人暮らしをしていた。 そして6年前のJS事件でフェイトが行方不明となった後も息子夫婦と暮らす事無く、総務統括官という役職を辞して、ミッドチルダで1人、ゆりかごの残骸が見える高台の家を買って暮らしていた。
しかし約一ヶ月前にJS事件の関係者と思われる何者かに襲撃されて怪我を負い入院し、退院した後は時空管理局本局の局員用住宅地にあったセキュリティのしっかりとした家を借り、万が一に備えてミッドチルダに住んでいた息子の嫁と子供たちを呼び寄せていた。
「エイミィ、こっちの準備はできたわよ。」
「はい。 こっちもできました。」
そして今日はクロノが艦長として働いている時空管理局XV級艦船クラウディアが帰って来る日であり、リンディとエイミィは2人の子供と一緒にクラウディアに乗りこむ事になっていた。 本局で借りた家のセキュリティは確かに高いのだが、大量のガジェットに襲撃された場合に出る被害を考えると、クラウディアに乗っていた方が被害が少ないだろうという事になったからである。
「それじゃあ行きましょうか。」
元々はやてははなのはを無限書庫司書長の名の下に八神家で保護するつもりだったのだが、自身を『生死不明状態』とする事になった為にそうするわけにいかなくなった。
『生死不明』となっているはやてが誰かに見つかっても無限書庫司書長の地位を使って口止めしたら済むし、最悪でも『実は生きていた』となるだけなのだが、なのはが誰かに見つかって不審に思われた場合、はやてが見つかってしまった場合と比べていろいろと面倒な事態に成り得るからだ。
ではどこで保護するべきか――となって
「あれがクラウディア…… 前に見たのと――えっと、ア、アースラでしたっけ? あれとはかなり違うんですね……」
大きな白い帽子とサングラスを着けたなのはは入港して来るクラウディアを自分と同じ様な変装をしているシャマルと一緒に見ていた。
当初の予定では数日後にこっそり乗りこむ事になっており、クラウディアの入港して来るところなんて見学するはずではなかったのだが――
「ええ、クロノ君が自慢するだけの事はありますよ。」
地球から本局に来たものの、親友であるはやては生死不明という事になっているのではやてはもちろん八神家の誰かと観光をする事も出来なかったなのはは特に文句を言う事も無く魔法の練習をしたりして過ごしていたのだが、何時までも外に出ることなく過ごしていては精神的に良くないと判断したシャマルがはやてに提案し、保護する為とはいえなのはを閉じ込めている事に申し訳無く思っていたはやてが「ええね。」とクラウディアを見学する事が許可されたのだ。
「自慢…… わかる気がします。」
地球人であるなのはから見ても、クラウディアは美しく、格好良い。
「今からあれに乗るんですよね?」
乗ると言っても、今日の予定は決められたルートを1時間ほど歩くだけなのに、なのはにとってはそれでも十二分に嬉しい事だというのがシャマルにはよくわからない。
いや、シャマルにだって、殆どの男性にとってこの艦船が心躍る格好良い物であるという事はわかっているし、女性の一部――メカオタクと言われる様な人たち――にとってもそうであるという事は知っている。
おそらく、シグナムが最新式のアームドデバイスのカタログを熱心に見たり、ヴィータがミッドチルダのアイス専門店の情報を凝視したり、ザフィーラが――いや、これは、まあ、置いておいて、とにかく、理解はできないが、そう言う物であるという事はわかっているのだ。
ただ、クラウディアの様な艦船が、お菓子作りが大好きでそれを仕事にしてしまう様な高町なのはという女性の趣味嗜好に合うという事実が理解できないのだ。
「ええ、前に何度か乗せてもらった事があるけど、なかなか快適ですよ。」
シャマルが疑問に思うのは仕方ない事なのかもしれない。
彼女が知る地球の日本という国は基本平和な場所であり、そこで生まれ育った者の大半は武器や兵器などに興味を持つ事は殆ど無い。
そして、シャマルが知る限りの高町なのはが育った環境というのは、そういった物に興味を持つとは思えない物ないのだ。
実際、小さい時にこちらに移り住んだはやてがクラウディアを見てもここまではしゃいだりしなかった。
「たのしみです♪」
だからシャマルは、なのははクラウディアに乗るのを観光気分で楽しみにしているのだろうと思う事にした。
クラウディアは観光名所とは呼べないだろうが、別の世界から来た彼女にとってはそれらと似たような物なのかもしれないと。
「もう少ししたら行きますからね。」
そしてその考えはさほど間違っては居なかった。
「はい!」
小学生の頃に魔法と出会ったというのに、以後はその事を他の誰にも知られない様に生きていくしかなかったなのはにとって、今回の件は大手を振って魔法に関われる機会を得たという事であり、その為に少しテンションが上がっていた。
それゆえに、彼女からしてみればクラウディアという艦船は魔法の塊といっても過言でない物であり、それに乗れるという事は自分が魔法使いであるという事の証明の様な物だと感じている部分もあったのだ。
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「それじゃあ、始めるとしようか!」
同じ顔の少年たちが楽しそうな笑顔を浮かべながら部屋の中央にある巨大な空間モニターを見つめている。
「ああ! カウントダウン開始!」
するとそこに『100』という数字が映し出され、1秒ごとに数字が1ずつ減って行く。
「……カウントダウンはもっと前からやっているでしょうに……」
わざわざカウントが100になるのを見計らって、いかにも今カウントダウンを始めましたという様なわけのわからない演技をする必要がどこにあったのかさっぱり理解できないプレシアクローンの1人が呆れ顔で呟く。
「わからないかな? 様式美というやつだよ。」
彼女の隣に居た彼の1人が、周りの雰囲気を壊さない様にそう囁いた。
「わからないし、わかりたくないわ。」
さっさと此処から居なくなりたいと彼女は思った。
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突然、時空管理局本局が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「まさか、攻撃を受けたのか!?」
「本局をこれだけ揺らせるって、どんだけだよ!?」
本局内のあちこちで悲鳴や怒鳴り声が響く中、シャマルとなのははクラウディアへと走っていた。
「シャマルさん! これ、もしかすると、もしかしますか!?」
「ええ!
はやてちゃんから聞いているでしょうけど、今回の事件がジェイル・スカリエッティの記憶を持ったクローンによるものなら、時空管理局本局への直接攻撃なんて派手なだけで非効率で馬鹿げた真似をしてもおかしくありません!」
6年前のJS事件だって、あの狂科学者が自分たちの秘密基地から『生中継』なんて馬鹿な真似をせずに最初からゆりかごに乗っていたなら、結果はもっとスカリエッティ側にとって有利になっていたと思われる。
だというのに場所を特定された基地内で待ち構えていたのは、あの男の性格が影でこそこそするのに向いておらず、むしろより多くの人々に自分の存在を知って欲しいという目立ちたがり屋な性格であったからではないかと考える事ができる。
「犯罪者なのに、目立ちたがり屋なんですか。」
「目立ちたがり屋の犯罪者っていうのは結構いるんですよ。」
そして、本局への直接攻撃はとても派手で目立つ行為だ。
「シャマルお姉ちゃん!」
「シャマルお姉さん!」
曲がり角を曲がった先で自分たちと同じ様にクラウディアへ走っている女性が2人おり、彼女たちがそれぞれ抱えている子供がシャマルの名を呼んだ。
「カレルさんにリエラさん!」
「知り合いですか――って、リンディさん?」
なのはは、前を走る女性の1人の後姿を見て、それが6年前ジュエルシードを預けた人であると気づいた。
「ええ! もう1人はエイミィ・ハラオウンさん。 クロノ君の奥さんで、2人が抱えているのがその子供たちです。」
「なるほど。」
そこでシャマルは思いついた。
「なのはさんはこのままあの人たちの後をついて行ってください。 私ははやてちゃんのところに向かいます。」
ヴィータとザフィーラがそんなに遠くに行っているとは思えないが、いざという時に次元移動ができる者は多い方が良いとシャマルは判断したのだ。
「え?」
「大丈夫です。 2人はなのはちゃんの事情を知っています。
リンディさん! エイミィさん! なのはちゃんの事お願いします!」
「了解!」
「わかったよ!」
子供を抱えて走りながらも後の2人のやり取りを聞いていたリンディとエイミィはシャマルの提案を受け入れた。
入港したばかりのクラウディアにはクロノを含め多くの魔導師がまだ残っているだろうから安心だが、隠れ潜んでいるはやての側にはザフィーラとヴィータしか居ないのだから。
「……わかりました。 はやてちゃんのこと、お願いします。」
「もちろんです!」
なのはの返事を聞いたシャマルははやての下へと駆けだした。
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「……始まっちゃったね。」
空間モニターに映っている次元跳躍魔法によって一方的に攻撃され続ける時空管理局本局の様子を見ながら、アリシア・テスタロッサのクローンは自分の無力さを感じていた。
「……計画通りにいけば、此処は戦場となる。 何の力も無いおまえがいても邪魔にしかならない。 すぐにこの世界から脱出しろ」。
同じ空間モニターを見ていたセッテがそう言った。
「母さんたちのところに行ってくるね。」
しかし彼女はセッテの言葉に返事をせずに1人で部屋を出て行った。
「…… どうして……」
1人残されたセッテは、空間モニターを見ながら溜息をついた。
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本局は一体どこから攻撃されているのかというのはすぐさま調べられ、管理外世界――それも、生き物が存在しないから管理外となった辺境の世界からの次元跳躍魔法である事がわかった。
「入港したばかりのクラウディアが出撃するには物資が足りないわね。」
エイミィがクラウディアのブリッジで現状を調べてクロノに報告した。
本来ならばエイミィの仕事ではないのだが、クラウディアには元から居たクルーだけではなく港に居た作業員たちも避難しており、クラウディアのクルーはその人たちの受け入れ作業に忙しく、資格さえあればできる情報収集作業をエイミィが引き受けたのだ。
「そうか。」
エイミィの報告を聞いたクロノは緊急事態に備えて物資の搬入を急ぐように指示を出す。
「それと、次元跳躍魔法を仕掛けてきた世界の近くにいた――といっても、辺境だからそこまで近くは無いんだけど、近くを航行中だった艦船が10隻向かったんだって。」
「10隻か……」
普通に考えたら過剰な戦力であるが、敵が本局を大きく揺らせるほどの次元跳躍魔法を使ってくる事を考えると少し不安に感じる。
辺境の世界の周辺を巡航していたという事はに退役寸前の艦である可能性が高く、果たして敵が連続攻撃してきた場合に耐える事ができるかどうか……
「うん。 XV級が3隻あるから、よほどの事が無限り大丈夫だと思うけど……」
「XV級が3隻もだと!?」
退役していく艦の穴を塞ぐように就役しているとはいえ、クラウディアと同じ艦が3隻も、しかも、XV級に劣るとはいえ他に7隻の艦が――
「それだけの艦船がそんな辺境世界の近くに?」
怪しすぎる。
それだけの艦船が近くに在る状態で、事を起こすなんてありえない!!
「何か、罠が在るね?」
「ああ……
あちらでも気づいているとは思うが、念の為に本部とその10隻に警戒を怠らない様に伝えておく。」
付近にそれだけの艦船があるとわかっていて事を起こしたのだとしたら、敵はそれをどうにかできるだけの何かを持っていると考えるべきだ。
「クラウディアの発進準備を急がせる。
はやてもこちらに移って貰おう。 本局内のどこかに大量のガジェットドローンが隠されていた場合、あの隠れ家に居ては救援が間に合わない可能性があるからな。」
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攻撃を受けてから10分もしないうちに時空管理局本局の中で1番大きな会議室にそれに対する緊急対策本部が設置され、本局内に居た様々な部署の責任者、又はその代理の者が集まりだした。
「次元跳躍魔法の逆探知成功からもう37分は過ぎたぞ!」
「まだ発生源の確認はできないの?」
「一番近くに居た艦が到達するまで後14分32秒かかります!」
「防御シールド、出力80%まで低下しました!」
「魔力炉の出力を通常時よりも5%増しにしろ!」
「もうやっています!」
「なんだとぉっ!」
しかし会議らしい会議はされておらず、次から次へとやって来る難題に対応するだけで精一杯であった。
「シールドの薄い部分は次元航行艦に行かせてシールドを展開させてみては?」
「今出撃できるのは3! 準備中なのは5! 他は全て作戦中です!」
「緊急で無いものは呼び戻していますが、下手に本局に近付けると次元跳躍魔法の的になりかねません!」
「ちぃっ! そっちが本命かもしれんのか!」
「非戦闘員の避難、25%完了しました!」
「ミッドチルダを含む23の管理世界から避難民の受け入れと物資の準備があると連絡来ました!」
「ポーターの準備ができ次第、緊急時用マニュアルに従った避難を開始させて!」
「くそっ! やられました! 21と22のシェルターにガジェットドローンが隠されていた様です!」
「なんですって!」
「被害は!?」
「不明! しかし、避難民を誘導していた局員の安否は絶望的でしょう……」
本局内に潜んでいた無数のガジェットドローンたちが動き出した。
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走るシャマルの目の前に3体のガジェットドローンが現れた。
「くっ!」
彼女は冗談でも自分は攻撃魔法が得意であるなどと言えない事はわかっている。 しかし、この邪魔者どもをどうにかしないかぎり大事な人の側に行く事ができない。
「行くわよ、クラールヴィント!」
こんな狭い通路で有効な対多数用の攻撃魔法は持っていないが、それでもガジェットドローン3体程度ならば――
ドン! ドン! ドン!
そう決意した直後、3発の魔力弾がガジェットドローンを破壊した。
「大丈夫ですか!?」
「あなたはっ!」
シャマルを助けたのは、はやてが無限書庫内のガジェットドローンの駆除を頼んでいた執務管であった。
「司書長は!?」
「わからないわ! AMFのせいなのか、念話が繋がらないの! だから今から向かう処なんだけど……」
「なら、一緒に!」
「ええ! 助かるわ!」
思わぬ援軍を得たシャマルは、主の下へとさらに急ぐ。
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その情報はクラウディアにも流れてきた。
『市街地にガジェットドローン! その数およそ2000!』
『ミッドにエース級の派遣を要請しろ!』
『聖王教会にも騎士の派遣が可能かどうか確認を取れ!』
現状は想像以上に酷いものだった。
「リンディ・ハラオウン元総務統括官!」
そんな中、クロノの大きな声がクラウディアのブリッジに響いた。
「クラウディアの出撃許可が出るまで、私は本局港内のガジェットドローンを破壊し、港内の安全を確保したいのですが、その間艦長代理をして頂きたい。」
「! 了解しました。」
「クロノ!? リンディさん!?」
「大丈夫だ、無理はしない。」
「っ! ……気をつけてね。」
リンディの返事を聞いたクロノは艦内放送で呼び出したガジェットドローンと戦える実力のある者数名と共にガジェットドローン掃討作戦を開始した。
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「次元跳躍魔法の発生源、確認したようです。」
「映像は出せる?」
「はい。」
そうして、会議室で一番大きな空間モニターに映し出されたのは、宇宙空間に静かに漂う移動庭園だった。
もしもこの場にフェイト・テスタロッサ・ハラオウンがいたなら、それが、プレシア・テスタロッサという天才大魔導師の『時の庭園』である事がわかっただろうが、残念ながらこの場に居る者たちがそれを知る事になったのは今から14分後の事となる。
そしてその14分間という時間は……
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