あのデパート爆発事件から2週間ほど経ったある日、まだお日様も昇らない時間にもかかわらず父に車を運転してもらって着いた、まだ人もまばらな空港で待っていてくれたのはシグナムさんとシャマルさんの2人――ではなく、数年前に紹介してもらったリーゼロッテさんとリーゼアリアさんだった。
私が2人を両親に紹介すると、両親は揃って私の事をお願いする。
今回の海外旅行はイギリスに住んでいるはやてちゃんの後見人(?)であるギル・グレアムさんのお家を拠点としてヨーロッパの観光地を巡るという事になっているからだ。
それから数十分――4人の話が一段落したタイミングではやてちゃんと合流した。
「おー…… 大きな荷物やね。」
「そういうはやてちゃんは少なすぎない?」
「ああ、私の荷物は先に送ってあって、無事に着いた事も確認済み――って事で。」
「! そっか、その手があったか……」
そんな雑談をしたり、空港内のお土産屋さんを見て回ったりして自分たちが乗る飛行機が飛ぶまでの時間を潰してから、両親に見送って貰って私は日本の地を離れた。
イギリスに着いたその日に空港からグレアムさんの家までのルート周辺にある観光地を見て回り、予定通りグレアムさんのお家で1泊した翌日。
「いやあ、『いざ』という事態になっても2人ならどうにかできるやろうから、安心してあっちに行けるわ。」
はやてちゃんがそう言って、グレアムさんの使い魔さんのリーゼアリアさんとリーゼロッテさんの2人(匹?)に私が日本から持ってきた荷物を渡した。
「ああ、任せて!」
「お土産とは別に、2人が喜びそうな物も買っておくわね。」
何でも、私たちの代わりにアリバイ作りの旅行をしてくれる協力者を内密に探していた処、はやてちゃんがガジェットドローンに襲われたという噂を聞いたグレアムさんがこの2人を本局に送り、その外見から八神一家の中で最もマークされていなさそうなザフィーラさんに接触してきたのを…… と、いうことらしい。
でも、正直なところ、そういう話はよくわからないので、私は2人に観光地だけではなく有名なパティシエのいるお店とその店の主力製品の写真も撮ってくれる様にお願いする。
「お父様、私たちが居ない間……」
「ああ、わかっている。」
私とはやてちゃんに変身しているこの2人はもちろん、2人の主人であるグレアムさんも、あのガジェットという物が襲ってきても対処できるくらい強いのだそうで、そんな2人にそんな事を頼むのはどうかと思わなくは無いけれど、いつか、もう1度チャンスが来た時の為にも、使える者は使わせてもらわなくては!
「ほな、行ってきます。」
「行ってきます。」
「ええ、いってらっしゃい。」
「楽しんでくると良いよ。 それじゃあ、お父様、私たちも……」
「うむ。」
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高町なのはが旅行気分のまま時空管理局本局に向かっている頃、無限書庫は戦場となっていた。 司書2人を死傷させ、他の司書達を追いだして潜伏していたガジェットドローンたちをたった1人の執務管が駆除しているのだ。
「あーもう! なんでこんな面倒な事引き受けちゃったんだろ!?」
しかし、執務官は色々と後悔していた。
『なんでって…… 無限書庫の資料をなるべく傷つけることなくガジェットドローンを破壊できる、優秀な人材だからじゃないですか?』
事実、彼女の魔力弾はガジェットドローンのコアと言える部分だけを破壊する事で爆発などを起こす事が無く、本や本棚に1つの傷もつけていない。
「くっ!」
しかし、無限書庫の外、安全な場所でお茶を飲みながらこちらの様子を確認している補佐官にそう言われると殺意が沸いてくる。
確かに、そう煽てられて調子に乗ってしまい、ついついこんな面倒な仕事を引き受けてしまった自分が悪いのだけれど、交渉の時にその場に居て、その提案にあんたも乗り気だったでしょうが、と思うのだ。
『無限書庫が使えるようになったら、司書の方々が他の仕事よりも優先してこちらの捜査に協力してくれる事になっているから、そんなに悪い取引では無いって言ったのも……』
「どーせ、私ですよ!」
限りなく死んでいる方に近い生死不明だったはずの重要人物が自分に接触してきた事に疑問を持たなかったわけではない――わけではないのだが、他にも優秀な人材がいるはずなのに自分を選んでくれたという事がとても嬉しくて、うかれてしまった事で思考能力が低下してしまったのだと思いたい。
……思ったところで、何が変わるという事も無いのだけれど。
『私にもAMF内で戦えるだけの実力があれば良かったのですけどね……』
自分がこの戦場に不参加になることをわかっていて――ガジェットドローンと戦闘できるのは私だけだとわかっていて、司書長の提案に乗ったのね?
「これが終わったら、人事部に行こう、そうしよう。」
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無限書庫の司書たちを効率良く片付けるのと、貴重な資料を頂戴する為に送り込んで潜ませておいたガジェットどもが全て片付けられてしまったという事実が、プレシアクローンたちを驚かせることは無かった。
「思っていたよりも早かったわね。」
「そうね。」
「必要な資料はすでに回収済みだから、どうでもいいわ。」
おそらく、JSクローンたちが計画した作戦に対するものであろう、聖王教会のレアスキルによって予言された厄介な存在は4つ。
1つは王の力を扱う物
おそらくベルカ又は古代ベルカで王と呼ばれる、あるいは呼ばれた者の子孫
聖王教会に在った資料などを元に、全て始末済み
1つは無限の知識を求める者
おそらく無限書庫の司書長と司書たち
司書長は古代ベルカのロストロギア、闇の書の関係者であり、王と呼ばれる存在でもある為、すこし強引な手段を使う事になったが……
無限書庫に送り込んだガジェットどもは全滅してしまったが、またを送り込む事で司書たちはどうにでもできる。
1つは21個の青い宝石
ロストロギア・ジュエルシードと思われる
オリジナルが欲した物でもある。 それに秘められた魔力は膨大であり、次元震を起こすどころか虚数空間を開く事すら可能であるとされる。
JS事件の直後、手段は不明だがリンディ・ハラオウンによって21個全てが回収されていたが、こちらがロストロギアの保管所を襲撃した事で虚数空間の向こう側へ消えた。
もちろん、ジュエルシードの他にも魔力を秘めた青い宝石は幾つもあるが、それらも順調に回収・破壊している。 魔力を秘めていない宝石も機会があれば回収・破壊している。
最後の1つは不屈の心に認められた者
不明 まったく見当もつかない
そもそも『不屈の心』とはどういうモノなのか?
心というのが抽象的なモノの事であるならば、それに認められるとはどういう事か?
あるいは物の名前なのか? 人工知能を搭載した物であるならば、それが自身を所有するにふさわしいかどうか決めるという事もある。
あるいは者の名前なのか? 珍しい名前かもしれないが、この無限に存在する世界に一体どれだけいるだろうか? そんな、不特定多数の存在が予言に出てくるのだろうか?
抽象的で具体的で、在り過ぎて無さ過ぎて、わからない。
しかし、これまでの活動によってこれら4つが揃う確率はかなり低くなっているはずなので、彼らの計画は達成されるだろう。
無限書庫及びそれに類するものなんて何時でも閉鎖できるし、その司書たちはもちろん、賢者と呼ばれる者たちを消す事も並行して進めている。 そして、ジュエルシードはすでに無く、ドゥーエやガジェットによって今も青い宝石は砕かれ続けている。
ここまでやって、それでも計画が成されないというのならば、それはもう、人がどうこう出来るモノではなく、運命とか天命とかいうものなのだろう。
「ま、私たちは私たちで適当に、ね。」
「ええ。」
「失敗しても成功しても、どうでもいいしね。」
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トントントントントントントントン
まな板と包丁によって奏でられる音楽が心地良いと感じる。
「セッテさん、もうすぐできますからね。」
「あ、ああ。」
長年にわたる監禁生活によって痩せ細ってしまったこの貧弱な肉体を、時空管理局のストライカーたちと戦えるようにする為とはいえ……
守らねばならない存在を殺した者のクローンが作る料理を心待ちにするようになるとは、つい数日前までなら考えられない事だった。
(いや、違う。 心待ちになんてしていない。
仕方なく、だ。 まともな料理ができるのがこいつしか居ないから、だ。)
ドクターたちは研究に忙しく――というか、そもそも料理をしないらしい。
娘に手作り料理を食べさせていた記憶もあるはずのプレシアクローンたちも同様だ。
様々な所に潜入していたので料理ができるはずのドゥーエは、当たり前だが作戦で忙しくてあまり帰ってこないし、クアットロにいたってはその体を正常な状態な戻す為に――もしかしたら、重たい体を動かすのが面倒だからかもしれないが――メンテナンス用兼治療用ポッドから出る事すらない。
自分も、この痩せ細った腕ではフライパンを持ち上げる事すら難しく――後数日でそれくらいはできるようになると言われたが、そも、料理スキルを持っていない。 まして、栄養バランスのとれた健康的な料理なんてまず無理だ。
(だから、仕方ないんだ。)
「はい、できましたよ。」
食事なんて栄養補給の為にしているだけという母たちや、「少し塩分が多くないかい?」とか「もう少しさっぱりした物が食べたい」とか「いや、この年齢の肉体ならば、これくらいの脂分が必要だろう」とか、1口食べるたびにあれこれ文句をつける――本人たちにそんなつもりはないのだろうけれど、そう聞こえる、生意気な少年たちと違って、不機嫌な顔で、でも、食べる事の喜びや楽しさを隠せない顔で、私の作った料理を食べてくれる目の前の女の子を見ていると、心が和む。
「たくさん食べてくださいね。」
私の言葉に返事は無い。
でも、それでいいのかもしれない。
言葉は無くても、空になったお皿が、彼女の心を表しているから。
コポコポと泡の音がする、狭く静かな場所で、料理を出した者と、出された料理を食べている者の2人を空間モニターで覗きみている者がいた。
「いいなぁ……」
何も無い部屋で、ずっと、食べる事だけが唯一の楽しみとなっていた彼女は、気にいらない人物が作ったとはいえ、温かい料理を食べる事ができる妹の様子を見て、思わずそう呟いてしまった。
『え!? また太りたいの!?』
『ええ!? ちょっ! やめてよ?
機械部分の交換の為に背中を切った時、ついでに脂肪を5キロも取ったのよ?』
『また、あんな面倒な作業を私たちにやらせる気なの?』
呟きに対するプレシアクローンたちの反応は怒鳴り声だった。
(私が何を見ているのか知られているのは、まあ、いいとして……
「いいなぁ」という言葉が、なんで、料理に対しての言葉だと思ったのか……
まあ、自分がセッテとアリシアクローンの中を羨む様な性格ではない事なんて、百も承知なのだろうし、この数年で唯一の娯楽が食べる事だけだったという事も知られているのだから、仕方ないのかもしれないけれど……
それでも、こいつらに、そういう『キャラ』だと思われてしまっている事が気にいらない)
「ちょっと言ってみただけじゃないですか……」
気にいらないが、口から出るのは弱気な言葉だ。
『その「ちょっと」が重なってしまったせいで、あんなみっともない姿になったのではなかったの?』
『そうよ! もしまた手術しなきゃいけなくなったら、今度は逆に脂肪を突っ込むわよ?』
『……殺す。』
きっと、3人が浮かべたそこそが、氷点下の笑みとはこの事を言うのだろう。
「は、ははは……」
自分の生殺与奪を握っているのはこの3人の少女だという事を再認識し――同時に、何故、プレシアクローンたちはドクターのクローンたちよりも性格に違いがあるのだろうと疑問に思うクアットロであった。
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「あのさ?」
帰って来るなり冷蔵庫を開けて、買いだめしておいたギガ美味いアイスとやらを取り出したヴィータが声をかけてきた。
「うん? アイス用のスプーンなら、食器洗浄機の中にあるのではないか?」
「あ、そっか。」
地球から帰って来てから、ずっと悲しんでいるフリをしなければならないヴィータはできるだけ家の中で過ごしている。 偶に仕事で外に行く事もあるけれど――例えば、美味しそうにアイスを食べる姿なんて誰かに見られてはいけないので……
「ストレスがたまるのはわからないでもないが、あまり食べ過ぎるといざという時に支障が出てしまうぞ?」
何かあった時、ヴィータは「はやての仇だ」と言って大暴れをして内外に『八神はやて死亡説』を信じ込ませるという役目があるのだ。
その時にぶくぶくに太っていては信憑性がなさすぎる。
「大丈夫、今日はあっちの方でトレーニングしてきたから。」
ストレス発散とトレーニングを同時にこなす為に協力者の名を借りて訓練施設を使わせてもらったのだろう。 ヴィータが自分の肉体的・精神的状態をきちんと把握してそれができたという事は、同じヴォルケンリッターの一員として喜ばしい事だ。 が
「そうか。 ならば、今度は俺もトレーニングに付き合わせてもらおう。」
ヴィータと同じ様に家から余り出る事の無い生活を続けるのは正直きついのだ。 トレーニングをするのならぜひとも誘って欲しかった。
「ん? ああ、そうか、わかった。 次は誘う。」
「ああ。 頼む。」
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「そろそろかしら?」
「ああ。」
第97管理外世界から、主であるはやてが高町を連れて帰って来るのを、シグナムとシャマルの2人は今か今かと待っていた。
「1日だけだけど、イギリス観光は楽しめたかしら?」
人目につかぬように隠れて過ごすのは、慣れている者でも精神的にきついものだ。
まして、これまでずっと無限書庫の司書長という目立つ立場であった主には相当堪えたのではないだろうか。 1日だけとはいえ、親友と共に楽しく過ごせたのならば……
「それは、はやてから直接聞くと良い。 叩けば響く楽器の様に応えてくれるだろう。」
シグナムもはやての精神状態を危惧していたので、隣で眉間に皺を寄せているシャマルの気持ちがわからないでもない。
しかし、シャマルほど心配もしていなかった。
なぜなら、主である八神はやてとその親友の高町なのはの間には、他者を――はやての家族である自分たちですら踏みこむ事の出来ない、何か特別な――いや、『特殊』な何かが在るという事に気づいていたから。
「……もう。 シグナムははやてちゃんの事が――」
「心配だ。 でも、それ以上に信じている。」
そこまで言われてしまうと、シャマルは黙るしかない。
シグナムに悪気は無いとわかっていても、その言葉は彼女の心を傷つけたから。
(そんな言い方をされたら、私がはやてちゃんの事を信じていないみたいじゃない……)
うつむいて、頬を膨らましているだろう彼女を見て、シグナムは自分の失言に気づく。
「ぁ……」
だが、何と声をかけたらいいのかわからない。
はやてとなのはの間にある何かについて、具体的な説明ができるほど、彼女の口は達者ではないという事を自覚しているからだ。
(こ、こういう場合どうしたらいいんだ?
あ、謝れば良いのか? でも、何て言って謝れば良いんだ? 「すまん」とか「ごめん」とか――言ったら言ったで、余計に気まずくならないか?
ど、どうしたらいいんだ?)
先ほどまで、はやてとなのはが帰って来るのを楽しみに笑っていたはずなのに、「どうしてこうなった!?」と言いたくなるような現状にシグナムはいっぱいいっぱいだ。
「シャマル……」
とりあえず、名前を呼ぶ。
「……」
しかし、応えは無い。
(もう、どうしていいのかわからん!)
とにかく、もしかしたら泣いているかもしれないシャマルに胸を貸す事にする。
はやてが落ち込んだ時、暫くこうしてあげると元気になった事があったからだ。
ぎゅっ
「ぇ? ちょっ!?」
それによって、確かに、シャマルはうつむくのを止めた。
それはシグナムの突然の行動に驚いたから、というのもあるが、うつむいたままだとシグナムの胸に顔の下半分――特に口が塞がってしまい、呼吸がし難くなるからだ。
だが、タイミングが悪かった。
シグナムが、隣に立っていたシャマルに胸を貸すという事は、シグナムがシャマルの方を向くという事であり、同時に、シャマルの体を自分の方向に向ける為に両手で彼女の両肩を動かさなければならなかったという事で。
そして、シグナムの胸に口が当たるのを防ぐ為に顔を上げたという事は、2人の顔はくっつきそうなほど近くなるという事でもあった。
もしもその場に第三者がいたならば、その人はシグナムの方からシャマルにキスをしようとし、シャマルがそれに応えたというように見えただろう。
少なくとも、ポーターから出てきたはやてとなのはにはそう見えた。
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「それじゃあ、庭の準備はできたんだね?」
「ええ。 いつでも使えるようになっているわよ。 ついでに、庭の炉も地下の炉も、最初に予定した物よりも1割ほど出力を上げておいたから。」
「それは上々。 じゃあ――」
「わかっているわ。 そっちの副と予備の方はこっちで調整してあげる。」
「ならお願いしよう。」
「ええ、任せなさい。」
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