ジェイル・スカリエッティという、絶対に守らなければならないとされていた存在が余りにもあっけない死に方をし、管理局に捕まり、ゆりかごが落ちて……
腹の中の――を取り上げられた時、自分たちの存在意義は消滅したのだと考えた私は、おそらく同じ考え方をした3番目の姉と同じ道を、己の死という道を選ぼうとした。
しかし、それは果たせなかった。
その後、生き残った姉妹たちがどの様な生活をしているのかと言う事を――無理矢理ではあるが――知る事になったのだけれど、そんな生活なんて望んでいない、できることならばこの存在を消してしまいたいと常に考える様になった。
自分が牢獄から出る事はもう無いのだと、このまま、拘束されたまま、欲しくも無い栄養を無理やり体に流し込まれ続けるだけの、意味の無い『生』を強要されながら、ただ、ただ、それだけを願い続けていた。
だから、生死の情報すら全く入ってこなかったドゥーエに救出される日が来る事になるなんて、1度も考えた事が無かったのだが――
「久しぶりね。
……どうして、こうも極端な事になっているのかしら?」
セッテが、自分を救出に来たドゥーエの目と腹を見て、自分の存在意義が、自分が守るべき存在が、確かにいるのだと、生きて『使命を果たさなければならない』と認識できるのに時間がかかってしまったのは仕方ない事なのだろう。
ドゥーエの戦闘力が以前よりも恐ろしいほどに高まっている事を知り、自分の存在意義に再び疑問を持ったというわけではない……はず、だ。
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パシャパシャと、いくつものカメラのフラッシュが光り、そんな中を金髪ツインテールの執務官が案内役について歩いている。
「警戒レベルを上げていたのですが……」
「ええ。」
「もちろん、あちらの襲撃から2日しか経っていないので職員たちの気が抜けていたという事もありません。」
今歩いている通路は敵も通ったルートであり、壁も床もかなりの被害を受けていた。
「敵も同じ様に想定して、対応したって事でしょう。」
AMFを展開できるガジェットドローンは、魔法に依存している時空管理局にとって天敵と言っても過言ではない。
こちらの攻撃は弱体化して効果が減ってしまってなかなか数を減らす事ができない。
もちろんバリアジャケットや防御魔法の効果も減るか無くなり──少数ならば回避する事も出来るのだろうが、基本的に数で攻めてくるので――負傷者の数は増えていく。
「はぁ……」
溜息をついた案内役も左手首に包帯を巻いている。
「私は、あなたたちが怠けていたとか、そもそも危機管理が甘かったのではないかとか、そんな風には考えていません。
報告書を読みましたけど、あれだけの数が攻めてきて被害がこれだけで済んだのですから、あなたたちは十分頑張ったと思いますよ?」
一応、2日前に襲撃された場所の2倍の数で攻めてきても大丈夫な様にしていたはずなのだが、それをあざ笑うかのように3倍以上の数で攻めてこられたのだから、死者が出なかっただけでも「良し」とするしかないのかもしれない。
「そう言ってもらえると助かります。
とっ、ここが6年前からジェイル・スカリエッティの戦闘機人であるセッテを収容していた部屋です。」
「ここが……」
ガジェットがこじ開けたのか扉は酷く歪んでいる。
「あっちではレーザーが使われていたけど、こっちはガジェットの力技でこじ開けたのね。」
「その様です。
一応ですが、対レーザーコーティングをしていたのですけどね。」
「対レーザーコーティング…… ああ、あの戦車とかに塗るタイプの?」
戦車などの装甲や盾などに塗る事で少しだけ対レーザー効果があるジェルである。
「はい。 30秒も受け続けたら意味は無いのですけど、2日でできる処置としてはそれくらいしか無くて。」
「確かに、2日でできる事なんてあまりないですからね。」
執務管はそう言いながら、歪んだ扉になるべく触れない様にして中をのぞいてみる。
「報告書通り、殆ど何もないですね。」
「はい。 自殺志願者の部屋はどうしても……」
「いえ、そうではなく……」
彼女が言いたいのは今回の襲撃の痕跡の事である。
「ああ…… セッテは拘束具が必要な状態だったのです。
もし脱出に対して否定的であったとしても、戦闘どころか抵抗すらできません。」
ガジェットドローンに持ち上げられて運ばれていった彼女の真意はわからない。
わからないけれど、脱出する事に肯定的だったらそのままガジェットドローンにされるがままであっただろうし、否定的だったとしても抵抗できないのだから結果は変わらない
「……執務官にとっても、誘拐か、逃亡か、裁判で争われる事になったらと考えるだけで頭が痛くなる問題ですか?」
「……ええ。 あなたも大変でしょう?」
せめてこの部屋に抵抗した痕の1つでもあれば、話は簡単だったのだけれど。
「……襲撃された時点で、もう、諦めています。」
「……なるほど。」
2人の静かな溜息だけが、殺風景な部屋に残った。
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後付けだと思われる蛇腹の様な腕が2本付いたガジェットたちに担がれる様にして運ばれた先には、まったく同じ顔の――ジェイル・スカリエッティを殺した少女に似た顔の――3人の少女が待ち構えていた。
(あれは、プレシア・テスタロッサのクローン?)
6年前に腹にした手術の時に聞かされた、『成功例』であると同時に、セッテにとって仇である、あのアリシア・テスタロッサの母親のクローンたち……
「やっと来たわね。」
彼女たちの顔を見て複雑な気持ちになったからか、久しぶりに心臓の鼓動が激しくなった。 しかし、その冷たい声を聞いた途端、何故かはわからないが、彼女たちに逆らってはいけない、もしも逆らったら――自分の命に価値を見いだせない自分ですら死を望んでしまいたくなるような……
(……この感じ、あの日、笑顔の八神はやてによって放たれた、地獄の様な、大量の魔力弾をただただ受け続ける事しかできなかった時に感じた――恐怖と言う物に良く似ている。
……つまり、私は目の前の自分よりも小さい存在に恐怖している?)
自分にそんな感情があった事を6年ぶりに思い出させられたセッテは、彼女を運んでいたガジェットたちによって台の上に乗せられた。
「ぅぅっ」
乗せられた台は硬くて冷たい。
これならまだガジェットたちに担がれていた方がマシだったとさえ思うセッテに、プレシアクローンたちの手が伸びて――
「あら?」
「どうした?」
「なんなのかしら? この拘束具、微妙に振動しているわ?」
「振動? ……これくらいの振動なら、褥瘡(床ずれ)や筋肉の劣化を防ぐ効果を狙っているのかもしれないわね。」
「なるほど。 自殺防止のために拘束具を使っているのに、そのせいで褥瘡ができたり筋肉が劣化したりして――それが病気の原因や死因になったらまずいものね。」
「筋肉の劣化……
どうせなら、クアットロにも使っておいてくれればよかったのに……」
クアットロの名前にセッテが反応する。
(拘束具を付けられない程度の自傷行為か何かをしたのだろうか?)
トーレの後を追おうとした自分には、クアットロのした事を教えるわけにはいかないと判断されたのだろうか?
自分と同じ様に社会復帰を選ばなかった姉の事が心配になる。
「無理でしょ。」
「ああ、こんな小さな拘束具では、ねぇ……」
「確かに、大きさの問題もあるけど……
あの体がこの程度の振動でどうにかなるとは思えないわ。」
「それもそうね。」
「そもそも、命の危険があるほどではないものね。」
3人の少女たちが大きな声で笑う。
(なんだかわからないが、クアットロの事を笑われると胸がざわざわする……)
このもやもやした感じ、一体何なのだろう?
「ふぅ…… やっと拘束具が取れたわ。」
ガジェットたちにも手伝わせながら1時間、やっとセッテの拘束具は外された。
「『拘束具』だから仕方ないんでしょうけど、こんなにきつくしたら、肉体を清潔に保つのが大変でしょうに……」
「風呂――は流石に無理でも、体を拭く度にこれを付けはずししていたのだとしたら、手間がかかるでしょうね。」
「……この拘束具に、体を清潔に保つ為の機能があるのかもしれないわ。」
「じゃあ、調整して声が出せるようになったら聞いてみる?」
「そうね、分析にかけるのなら早めにしたいけど……」
「え?」
「ほら、私たちって運動不足でしょう?」
「ああ、なるほど。」
「それに、肉体強化タイプのJ11の調整に使ってみるのも面白いかもしれないわ。」
「確かに。」
「あら、こっちにメーカー名が書かれているわ。」
「ほんと? ……って、そうか。
世界を股に掛ける時空管理局に使ってもらえれば企業イメージがアップするものね。」
「メーカーがわかったのなら、普通に買った方がいいんじゃない?」
「そうね。 もしかしたら――あるかもしれないし?」
その言葉で、3人はまた笑った。
「それにしても…… はぁ……」
「……本当に、骨と皮って感じね?」
「はぁ……」
ガリガリに痩せ細ったセッテの体を見て、プレシアクローンたちは呆れた声を出す。
「ドゥーエからの報告を読んではいたけど、実際に見てみると……」
これからの作業を思い、彼女たちはその瞳に涙を溜める。
「まあ、もともと成長しきっていない上に、戦闘機人として改造された部分のメンテナンスをきちんとしていなかった体に、こんな物を使わないといけないんだから、こうなってしまっても仕方ないって事じゃないかしら?」
ツンツンと、その指で浮き上がったあばら骨をつつきながら溜息もつく。
「……極端にもほどがあると思うけどね。」
「ここまで痩せていると、生身と機械部分との比率がかなり悪いでしょうね……」
「ああ……」
「はぁ……」
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「ただいま。」
買い物から帰って来たヴィータの声が部屋に響く。
「おかえりぃ。 今日は遅かったな?」
「ああ、今日はなんか、ちょっと道が混んでて…… はやて、何を見ているんだ?」
どちらかというと死んでいる方に限りなく近い生死不明な状態でなければならないはやてがオンラインで何を見ているのか気になった。
「ん? ああ、これや。」
「んん?」
そこには、2人の戦闘機人が大量のガジェットドローンによって――という、とんでもない情報が!
「なっ!?」
「これ、絶対に、間違いなく、私たちの事件に関係していると思わん?」
もしもそうであるならば、敵はジェイル・スカリエッティ一味の残党という事――
「1回目も2回目も、この戦闘機人1人――たぶん、資料は発見できたけど居場所が掴めなかったドゥーエっていう人。 変装して侵入・工作活動が得意らしい。
この人だけでも厄介やのに、情報戦が得意なクアットロと近接戦闘が得意なセッテを持っていかれたのは、かなり痛いわ。」
「……ああ。
変装で侵入したドゥーエがクアットロ製のウィルスを撒き散らす。 なんて事をされたら、機械に詳しくない私じゃどうしようもない。
仮にドゥーエをどうにかできたとしても、ウィルス製作者のクアットロを捕まえる時には、たぶんセッテがクアットロを守っているだろうから――クアットロがISを使ってセッテの援護にはいるだろうって事も考えると、やっぱり私やシグナムくらい戦えるのが数人必要になるだろうな。」
はやてに瞬殺されていた為、セッテが実際どれだけ動けるのか、どの様な戦い方をするのか、どんな技を持っていて、どんな技に弱いのかなどという事はよくわからないが、ジェイル・スカリエッティのコンピュータに残っていたカタログスペックを見た事があるので大体の事は知っているヴィータであった。
「なんていうか――そう! ゲームとかで序盤から中盤くらいまで敵で、なかなか厄介なんだけど、後半に味方になった途端に『あれ?』『なんでこんなに弱いの?』って、思ってしまいそうな感じの能力持ちなんよね。」
「……言っている事はわからないけど、言いたい事はわかる。」
クアットロのシルバーカーテンは、味方にこれが使える者がいたとしても法を守らなければならない時空管理局ではあまり使う場面は無いだろう。
セッテのスローターアームズも質量兵器の運用だと言われてしまう可能性が出てくるため、よほどの事が無い限り時空管理局で必要とされる事は無いだろう。
「こいつらの武器も…… やっぱり微妙だしな。」
「ヴィータもそう思うか。」
「ああ、ジェイル・スカリエッティは何を考えていたんだろうな?」
シルバーケープのステルス性能は――クアットロが戦闘向きではないのでまだわかるが、この魔法攻撃から耐性を持たせたというのがよくわからない。
基本AMFの範囲内で活動するクアットロが魔法攻撃を受ける、受けなければならない状況になった場合、その魔法攻撃はAMFをものともしない威力を持っている事になる。
耐性を付けるよりもステルス性能をもっと上げるか、いざという時の転移機能でも付けておいた方がまだ意味があるだろう。
「ガジェットにAMF持たせているんだから、ブーメランブレードにはバリアブレイク機能じゃなくて、もっと他の――まあ、単純に強度をもっと上げるとか、少し小型化して数を持たせるとか、色々と考えられそうなんだが……?」
天才の考える事は凡人には理解できないという事なのだろうか?
「そやね…… ガジェットにAMFを付ける前に設計・作成したんだとしても、その後でゆりかご動かして全世界を征服しようって思ったんなら、造り直すか改造するかした方が良いって事くらい気づいてもよさそうよね?」
データ取りが目的でそのままにしていたのだとしても、それなら一番の目標を達成してからでもいいだろうし。
「天才の犯罪者が考えた事なんてわかんねーよ。」
「そやね……」
ドクターはライディングボードを量産するつもりだったと言った者もいたが、それならばそのライディングボードを量産してから事を起こせよという様なツッコミをいれたという懐かしい思い出があったりする。
「まあ、このデータから考えるに、刑務所から持ってかれた2人――あ、クアットロは情報戦用だから――セッテが戦力として使えるようになるには時間がかかるやろ。」
「……そうだな。」
こんなに痩せ細っていては、動けるようになるのに――例え、あちらの技術がこちらの技術を超えていたとしても、月単位の時間が必要だろう。 戦闘ができる様になるにはさらに時間が必要なはずだ。
「あー、でも、量産するべき武器をしないまま事を起こした奴らだしなぁ……
もしかしたら、すでに『日付』が決まっているかもしれない。」
「なるほど…… その可能性も、あるか。」
ヴィータの呟きに、はやては頭を悩ませた。
「それにしても、クアットロのやつはどうしてこんな……」
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「とりあえず、今できるのはこれくらいね。」
3時間かけて現状でやれる事を全てやった彼女たちの顔は、すごく眠そうだ。
「……後は調整槽に入れて様子を見ながら少しずつ弄って行くしかないか。」
「これ以上の労働は、肉体の健全な成長を阻害してしまうしね。」
それもそのはず、いくらプレシア・テスタロッサの記憶や知識や経験があるのだとしても、彼女たちの肉体は子供の物なのだから。
「よし、ガジェットども、さっさとこいつを調整槽に入れちゃいなさい。」
「とりあえず、昼寝の後で筋肉強化のプランとかを練りましょう。」
「賛成。」
「異議無し。」
再びガジェットたちに持ちあげられて、いざ、調整槽にぶち込まれるぞと言うその時
「ぁぁ?」
セッテは、自分が入れられるだろう調整槽のすぐ隣に、少し大きめの――それも、透明ではなく黒いフィルターの様な物でその中が見られないようになっている、調整槽としてそれはどうなのかと疑問を持たざるをえない物がある事に気づいた。
「ん? ああ、それが気になるの?」
「ぶっ!」
「くふっ!」
セッテは、また笑いだしたプレシアクローンたちに少しイラッとする。
「いいわ、あなたにも見せてあげる。」
プレシアクローンの1人がそう言って両手を動かすと、その大きめな調整槽は徐々に透明になっていき――
「ぅ?」
突如、無数の空間モニターがその調整槽を囲むように展開された。
「あらあら。」
「あっはっはっは……」
「く、くくく……」
ツボだったのだろうか? 2人のプレシアクローンはさらに大声で笑う。
「まったく……
無駄な抵抗は止めなさい 余計にみじめな気持になるだけよ?」
プレシアクローンが手を振ると、空間モニターが消えて――
「……ぇ?」
「あっはっはっはっはっは」
「ぷくく…… くぁっはっはっは」
久しぶりに見た姉は――
太くなっていた。
111229/投稿