無限書庫の司書長である八神はやてが彼女の故郷である管理外世界で襲撃を受けた。
彼女を襲ったのは6年前のJS事件で多くの犠牲者を出したガジェットドローンに酷似しており、無限書庫関係者が次々と殺害された事件と関係があると見て間違いないだろう。
「うん。 これでええんじゃないの?
この文章なら私の生死について言及してないから敵は私が生きているとは思わないかもしれないし、管理局局員たちも私が持ち帰った情報を簡単にだけど知る事ができるし。」
はやての持つストレージデバイスは彼女の莫大な魔力を受けても壊れたりしない様に特別に頑丈に造られているので――敵が彼女の事を調べていたらという条件は付く物の――現場から回収したデバイスから彼女を襲ったのがガジェットドローンであるという情報を管理局が得る事ができたのだろうと敵が勝手に思いこんでくれるかもしれないという可能性を潰さない様にする事が可能であった。
「じゃあ、これで提出する。」
はやての返事を聞いたヴィータはトントンと紙の束を纏めてから封筒に入れた。
「うん。 ありがとな。」
「どーいたしまして。」
そう言って部屋から出ようとしたヴィータだが――
「あ!」
「ん?」
途中でその足を止めた。
「帰りに病院に寄ってリンディさんに高町の事を報告しておく。」
「あ、うん。 そやね。
リンディさんには報告しておいたほうがええな。」
はやてから許可を得たヴィータは書類の入った封筒を持って、機嫌よく今度こそ部屋から出て行ったを見送る。
「さて、私もなのはちゃんの為に――ザフィーラ?」
もう少し仕事をしようとしたはやてを狼形態の彼が訪ねてきた。
「あっちの方で何か動きがあったんか?」
「ああ。
高町の家に警察がやって来て、5分ほど話をして帰ったらしい。」
「……5分で帰ったんか。」
なのはが事件に関わったという証拠は全く無いとはいえ、たったそれだけの時間で何がわかると言うのだろうか?
「そのようだ。
それで、高町を保護する方法について、少し話したいのだが?」
「ええよ。 こっちの仕事はマルチタスク使えば何とかなるから。」
「そうか。 それじゃあ――」
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「海外旅行?」
「うん。」
士郎は、娘の口から意外な言葉を聞いて驚いた。
いや、これくらいの年頃ならば――むしろ、娘の友人である月村家やバニングス家の、世界を股に掛けるグローバルな活動ぶりに付き合ってみたり、パティシエとして見聞を広げようと考えたりした事があれば1度や2度くらいは……
そう考えると、これまで1度もそう言う事を言わなかった娘の方がおかしいのか?
いや、しかし……
「なんでまた?」
「はやてちゃんが、大きな仕事を終わらせる事ができて、2ヶ月有休が貰える事になったって話はしたよね?」
「ああ。 この前なのはを訪ねてきたのはそれを伝えに――む?」
その有休を利用して、海外旅行に行こうと?
「ほら、はやてちゃんの足が昔は全く動かなかった事、憶えているでしょう?」
「……ああ。」
初めてあの子が来た時、車椅子を見て驚かなかったと言ったら嘘になる。
「あの頃に世界遺産を巡る旅番組?を見て、『もしもこの足が自由に動く様になったら、私もあちこち見て周りたいなぁ』って、そう思っていたんだって。
さっきも言ったけど、あの頃は足が不自由だったからか、自分ができない事――特に、そういった旅行の本とか読むのが好きだったみたいだよ?」
「ああ、なるほど。」
そう言われると、わからなくもない。
思い出してみると、この前訪ねてきた時も娘と一緒に温泉に行っていたはずだ。
仕事が忙しくて偶にしか遊べないから少し遠出をしたいのだろうと思っていたが、あの頃から世界中を旅して周りと思っていたのだとしたら……
「足が動く様になってからは色々と忙しかったし、仕事で海外に行く事はあっても観光できるような時間も機会もなかったし――でも、今回の長期休暇を利用したらって、あの頃の夢を思いだしたら、もう、居ても経っても居られずに――だって。」
なるほどなるほど、理解はできる。
できるのだが……
「わかる――ような…… わからないような……」
ベッドの上で碌に動く事も出来ないという経験があるので、あの子の気持ちは完全ではないものの、想像する事は出来るのだ。
だが、ここで『あの子の気持ちはよくわかる』と返事をしてしまうと、娘はあの子と一緒に行ってしまうだろう。
「この機会を逃したら絶対後悔するって。」
一時的な物ではあったが、あのデパートへの出店で上手くいけば、そのまま、その系列の――という事になっていたので、そう言う約束で新しくバイトを雇いもした。
なので、2ヶ月くらいなら娘がいなくても、店としては何も問題は無い。
「それで、『旅は道連れ世は情け、デパートがあんなになった気分転換――というか、私を助けると思って、一緒に行かへん?』って誘われたの。」
問題は無いのだが……
「あら、それなら行ってみたらいいんじゃない?」
「桃子!?」
そんなに簡単に!?
「あら、そんなに心配する事は無いわよ。
なのはくらいの歳なら、今どき海外旅行なんて普通にするわよ。」
「そ、そうかもしれないが……」
それでも、これまで……
これまでずっと、家から出て行く事なんて……
「この家から外に出てみるのもいいだろうって、デパートの出店を認めたんでしょう?
それがちょっと変わっただけじゃないの。」
確かに、家から出て行くのを認めはしたが……
「う~ん……」
「士郎さん、今の携帯電話は国外にだって繋がるのよ?」
「ああ…… それは、そうなんだが……」
「それに、そんなに心配なら昔お世話になった人たちから、少し強力な痴漢撃退グッズを譲って貰えばいいじゃないですか?」
!
「そうだな。 昔の伝手を頼って、色々と譲って貰うか。」
「ええ、そうしたら安心ですよ。」
笑顔の桃子を見て、自分も笑顔になっているのがわかる。
「じゃあ、行っても良いんだね?」
「ああ、行って来い。
長い人生、1度くらいはそういう経験が有っても良いだろう。」
なのはが居ない間だが、久しぶりに桃子と2人で新婚気分を、というのもいいかもしれないし、な。
娘が行こうとしているのが海外どころか別世界である事にまったく気づかない――気づくはずの無い士郎はそんな事を考えてなのはの旅行を許可したのだった。
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「まさか、はやてさんが……」
【そう、そんな事が……】
リンディ・ハラオウンは病室のベッドの上で報告を聞いて、眉間に皺を寄せた。
「ああ…… はやても――私もだけど、まさか、管理外世界であんな破壊活動をする様な狂った奴がいるなんて思わなかった。」
【だけどそのおかげで2ヶ月ほどの時間は不審に思われずに済みそうだ。】
ヴィータはリンディにはやてが死んでしまったと報告し、リンディはそんなヴィータを慰めるように頭を撫でる。
「辛かったわね……」
撫でながら、2人は盗聴防止のために接触タイプの念話を使用しているのだ。
「ぅ…… ぅぅぅ……」
【閉店後を狙ったのだとしても、こっちと全く関係の無い一般人から死者も出ている。
この病院も同じ様な事が起こらないとは言えないから、できれば本局、それが無理なら聖王教会系列の警備がしっかりした病院に移った方が良いんじゃないか?】
「ヴィータさん……」
【そうね。 病院に爆弾抱えた無人兵器が大量投入なんて事になったら……】
一体どれだけの被害が出るやら……
【いっそ、クロノの艦に乗せてもらうのもありかしら?】
ヴィータが提出した報告書で、自分や無限書庫の司書たちを襲ったのはAMF搭載のガジェットドローンであった事はほぼ確実と言える。
そして、ゆりかごが落ちた後の事ではあるが、視認できないガジェットドローンについての報告もされている。
この病院と違って、クロノの乗る次元間航行艦ならばそんなガジェットが侵入したとしてもすぐにわかるだろうから……
【……そうだな。 エイミィたちもそうした方がいいかもしれない。】
今は本局に避難しているが、相手がそんな危険物である以上、彼女たちの身の安全を考えるとそれが一番良い方法の様に思える。
【それに、高町を保護したとしても、ミッドに置いておくわけにはいかないだろうから、いざという時の為にクロノに協力してもらっていた方がいいかもしれないな。】
【そうね。 そういう方向で話を纏めてみましょう。】
【ああ、頼んだ。】
そう言って病室から出て行くヴィータの後姿を見送ってからリンディは考える。
(ああ、捕縛した戦闘機人についても話し合っておく必要があるかもしれないわね。)
ヴィータの報告書に在った様に、第97管理外世界に現れて自爆をしたのが6年前の事件で管理局を苦しめたガジェットドローン――の進化系である事から考えると、今回の事件の首謀者がジェイル・スカリエッティの関係者であると見てほぼ間違いないだろう。
1機2機なら6年前の事件の時に回収する事ができなかった物と考える事も出来たのだが、報告書によると十数機は確認できたというのだから、6年前に破壊された物を修理して再利用したと考えるよりはジェイル・スカリエッティからまとまった数を譲り受けたと考えてほぼ間違いないだろう。
未発見のガジェットドローンの工場を発見されて、悪用されているという可能性もあることはあるが、その場合自分――は悪党に恨まれるだけの理由があるけれど、管理局の裏方であり、つい最近まではコレと言った成果もあげていない無限書庫の司書を狙うのは、やっぱりジェイル・スカリエッティの関係者であると考える方が自然だと思う。
「私や無限書庫の次のターゲットは、ジェイル・スカリエッティの支配下から離れた、連中にとって裏切り者である彼女たちである可能性が……」
可能性は低いかもしれないが、可能性がある以上は検討しておいた方が良いだろう。
「こんな所で寝ている場合じゃないわね……」
────────────────────
「扉から離れて!!」
「ちょっ!」
妹の焦った声が聞こえたが、扉の向こうで壁の――壁にへばりついて毛布か何かで身を隠したのが気配でわかったので、遠慮なく作業を開始する。
ジジジジジジジジジジジ……
「よし。」
30秒くらいでレーザーによって人が1人通れるくらいの穴を開ける事ができた。
「クアットロ、早く出てこい。」
そう言って穴から中を除くと――どうやら小型ライディングボードのレーザーの威力が強すぎたのか、向こう側の壁にも扉と同じ大きさの穴が開いているのが見えた。
「……クアットロ?」
まさか、そんなはずはないだろうと思いながらも、もう1度妹の名前を呼ぶ。
「あの、ドゥーエお姉さま?」
声が聞こえた。
……自分が感じた気配の動きは間違っていなかったと安堵した。
「どうした?」
「その、申し訳ないのですけど……」
「ん?」
「もう少し、大きく開けて欲しいのですが……」
「もう少し?」
余裕で通れるくらいの大きさにしたはずなのだがと思いながら、今度は先ほどよりも穴に顔を近づけて妹の姿を探――
「あ……」
久しぶりに見た妹の姿を見て、言葉が続かない。
「……そんなに、見ないで……」
6年間、閉じ込められていた妹は――
すごく……
────────────────────
時空管理局も知らないとある辺境の世界の星の、地下深い場所で――
ブオオオオオオン
次元航行エネルギー駆動炉が動き出した。
「各部、状況を報告して。」
その一言で、100を超える空間モニターが展開されたが、3人の少女たちによって瞬く間に読まれ、閉じられていく。
「私が確認しただけでも、今のところ、どの部分も正常に起動しているわ。」
「こちらも同様。 問題は無いわ。」
「こちらも問題無し。 これなら……」
マルチタスクをフル稼働しながらも、安堵の声を漏らす3人のプレシア・テスタロッサの顔は、彼女たちの娘が見た事が無いほどに優しいものだった――のだけれど
プシュ
「やぁ!」
そこに1人の少年が入って来た。
「あら……」
「まさかあなたが来るなんて思わなかったわ。」
「暇なら私に仕事を押し付けないで欲しいわ。」
3人の顔は喜びから一転、不機嫌なモノになった。
「おや、君たちの気分を害してしまう様な事をした覚えは無いのだけど?」
まさかこんな冷たい口調で返事が返ってくるとは思っていなかった彼は、なんとか顔には出さなかったけれど、内心では少し焦ってしまった。
「無茶なスケジュールのせいで徹夜。」
「無茶な追加注文のせいで連日徹夜。」
「なのに人員を寄こさないから徹夜。」
睡眠不足だけではなく、運動不足なのもお前のせいだと続く。
「ふむ……」
しかし彼は、何だそんな事かと呟いて
「それなら、クアットロとセッテをこちらで働かせる事にするよ。」
そう続けた。
「あら、もう回収に成功したの?」
戦闘機人の回収というのはそんなに簡単にできるものなのだろうかと疑問に思いつつも、非常識の塊である彼らならば可能かもしれないとも思う。
「今はクアットロだけだよ。」
なんだ、と思うと同時に、優先順位の高い方の確保はできた事には感心もする。
「そう…… そも、できれば、『J12』か『J13』に来てほしいのだけど?」
だが、それとこれとは話は別だ。
6年間、碌に機械に触れていない人物よりも、日々その技術を磨いている彼らが補佐してくれた方が良い。
そうなれば今より楽になれるはず――なのだから。
「その気持ちはわからないでもないけど、彼らにはアレの方に専念させているんだ。」
「……6年のブランクが気になるけど、仕方ないか。
そっちで妥協――そうか、6年間、管理局の不完全なメンテナンスしか受けていないだろうから、こっちで調整しないといけない、というか、しろ、と言うのね?」
彼女たちは彼を睨む。
「残念、気づかれてしまったか。」
彼女たちは笑いながらそう言った少年に殺意を憶え、思わず攻撃魔法の準備までした――けれど
「ちっ!」
「……あなた、『J1』ではなく、『J7』ね?」
「魔法の威力を軽減するレアスキル持ち……」
この数年間で、プレシア・テスタロッサたちの性格はジェイル・スカリエッティにだいたい把握されてしまっているようだ。
「くくく……」
それにしても、何ともムカつく奴らだ。
「いいわ、さっさと連れて来なさい。」
「調整槽にいれていても、頭脳動労――マルチタスクくらいはできるのでしょう?」
「アレよりはまし、なのでしょう?」
こうなってしまっては、調整槽の準備時間以上に使える事を願うだけだ。
「ああ、もうすぐくるはずだよ。」
「あ、調整槽は一番大きいのを準備していてくれ。」
「はぁ?」
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