「え?」
リンディはその報告を確かに聞いたのだが、その内容があまりにも意外――というよりも予想外なものだったので思わずそんな声を漏らしてしまった。
「ですから、クロノ・ハラオウン執務管のストレージデバイス、S2Uに入れられてしまった謎のプログラム――というよりもテキストと画像を解析したところ、今までアルカンシェルによる対処療法が最も被害を少なくできると考えられてきた闇の書というロストロギアを完全に消滅させる方法があると言う事を証明する物だったそうです。」
リンディさんでもこんな風に驚いたりする事があるんだなぁと考えながら、緩みそうになる頬に力を入れて、エイミィはもう1度報告した。
数日前なら自分が読む事の出来ないレベルのそれを艦長に報告する――報告できると言う事が何を意味するのか、エイミィは良く知っていた。
「そ、そう、なの……」
「艦長?」
3日ほど前にクロノが八神はやてと言う少女の家から闇の書と言うロストロギアをアースラに持ち帰って来てからリンディの様子がおかしいとは思ってはいたが、今のリンディは特におかしいとエイミィは考える。
(まぁ、リンディさんがこうなっちゃうのは仕方ない事なんだろうけど。)
エイミィはリンディと闇の書の間に何かある事は間違いないと思い調べたのだ。
その結果、リンディの夫でクロノの父である人がロストロギア関連の事件でアルカンシェルによって死んでいる事が(もっとも、ロストロギア関連の事件でクロノが父を失くしていると言う事は前から知っていたのだが)わかった。
そして、今回送られてきた報告書によると闇の書というロストロギアは破壊しても復活する非常に厄介な代物で、前回――
(いや、昔の事はリンディさんが話したいと思った時に……)
軽く、それでいて誰にも聞こえない様に深く息をして、今は報告を続ける事にする。
「それと――というよりも、本局としてはこちらを先にどうにかしたいと考えている様ですけど……」
「え?」
闇の書と言う極悪なロストロギアよりも優先される様なモノがこの世界にあるのかとリンディは驚いた。
「えっと、艦長が持っていたデバイスに入っていたプログラムになんですけど。」
「ええ。」
それも、自分が持っていたデバイスにそんな情報を書き込んだと? あの青い小動物の幻を作った人物、あるいは人物たちは、一体どの様な情報網を持っているというのか……
「そっちには、事故でこの世界に散らばってしまったジュエルシードを集めて、その力で大規模な次元震を起こして虚数空間を発生させようとしている人物がいるという情報が入っていたそうです。」
「次元震を起こして虚数空間を?」
確かに、物騒な話である。
「はい。 こっちも闇の書同様色々と計算をしてみないと裏付けが取れないそうですけど、データをそのまま信じるのなら、この第97管理外世界だけではなく周辺世界のいくつかも発生した虚数空間によって消滅するそうです。」
「そうなの。」
…
……
………
「……え?」
────────────────────
真夜中、海鳴市の上空で2人は出会った。
「僕の名前はクロノ・ハラオウン、時空管理局の執務管だ。」
「!!」
「管理外世界での無断魔法使用について、君に――!」
「バルディッシュ!!」
クロノがまだ喋っている途中だと言うのに、管理外世界を飛び回っていた黒いバリアジャケットの金髪――情報によるとフェイトと言う名前の少女は、起動させたデバイスに黄色い魔力の刃を発生させて突撃を仕掛けてきた。
「いきなりか!」
少し声をかけただけなのに、本当に問答無用で襲いかかってくるなんてと驚きながらも、クロノはその攻撃を簡単に避けた。
「くっ! これはっ!?」
そして、今度は突撃を回避されたフェイトが驚きの声を上げた。
クロノが予め仕掛けておいたディレイバインドにかかってしまったのだ。
「ここまで情報通りだとはな……」
クロノはフェイトに聞こえないほどに小さく呟いてから、バインドから抜け出そうともがいているフェイトの手からバルディッシュというインテリジェントデバイスを奪った。
「ああ!」
フェイトの悔しがる声を聞きながら、クロノは昨日の短い会議を思い出した。
────────────────────
「まずは、管理外世界での魔法使用を理由に――要するに別件逮捕をします。」
堂々とそう宣言した艦長を見て、集められた者たちは大きく頷いた。
「その後、彼女のデバイスを解析する事で『アジト』を突き止め、今度は『管理局に無断でロストロギアであるジュエルシードを集めようとしていた件』で乗りこんで、『クローン製造』を実証し、プレシア・テスタロッサを逮捕します。」
リンディが今言った事はこの場に居る誰もが思いついた方法ではあるが、それはつまりこの場に居る誰もがその方法ならば確実にプレシア・テスタロッサを逮捕できるだろうと確信できる方法であるとも言える。
……もちろん、細かい部分を詰める必要はあるだろうが。
「幸い、この1週間で彼女と彼女の使い魔と思われる女の行動パターンは大体把握できています。 クロノ執務官には彼女が使い魔と離れている時に接触してもらいます。」
使い魔を先に捕まえても尻尾を切られて警戒される事になるだろうから、捕まえるのならば少女の方が先である。
「了解。」
「エイミィたちは彼女のデバイスを安全に解析できる様に準備を。」
「了解しました。」
「デバイスの解析が終わる頃に本局からの援軍が来るように要請しているので、他の部署は戦闘準備をしていてください。
配った資料にある通り、相手は高ランクの魔導師ですから。」
「了解。」
「了解。」
「了解しました。」
出所は不明であるが、事前情報があるとこんなにもスムーズに物事を進める事ができるのかと、この場に居る誰もが思った。
────────────────────
フェイトを捕まえて、それを知って襲いかかって来た使い魔のアルフの攻撃も予定通りに回避、予め仕掛けておいたディレイバインドで捕縛するという作戦をこれまた見事に成功させた為に、アジトに突入するまで手持無沙汰になったクロノはフェイトの相棒であるバルディッシュの解析の手伝いをしていた。
「……これはすごいな。」
バルディッシュの性能の高さに流石は天才の作ったものだと感心する。
「ええ。 プレシア・テスタロッサがコレと同じかそれ以上の性能のデバイスを持っているかもしれないと考えるだけでゾッとします。」
「ああ。 資料で見ただけだが、彼女の魔導師としての技術は恐ろしいものがある。」
そんな大魔導師がこんなデバイスを使って攻撃をしてきたら――
「勝てないとは言わないが、かなりの被害が出るだろうな。」
「バリアジャケットの強化でもしますか?」
「……そうしたいところだが、時間が無いな。」
解析が終わる頃には本局からの援軍が来る事になっている。
「しかし……」
「うん?」
「艦長や執務管のデバイスに情報を書き込んだあの青い小動物の幻影を作った謎の人物は、どうやってこんな情報を入手したんでしょうかね?」
それはクロノも――いや、誰もが気になっていた疑問だ。
「……あの情報には、プレシア・テスタロッサが虚数空間を発生させようとしている事は乗っていたが、何が目的でそうするのかは記されていなかった。」
虚数空間を発生させると自分も危険な目に合う事になると言う事をプレシアほどの魔導師が知らないはずが無い。
「……はい。」
だと言うのにそれを発生させようと言うのだから、何か――虚数空間を発生させなければ達成する事の出来ない何かがあるのだろうが……
「そういった事からも色々と考えられるが――」
例えば、プレシア・テスタロッサの研究を支援していた者が、複数の世界が消滅してしまう様な危険な実験をしようとする彼女の行動についていけなくなった為に管理局に知らせたのではないか、とか……
「色々考えられるが?」
「……余計な先入観を持って事件に当たるのは危険だからな。 何より、それだと闇の書の事が説明できない。」
「……そうですね。」
────────────────────
プレシア・テスタロッサはなぜこのような事態になったのかさっぱりわからなかった。
「何故、時空管理局が此処に?」
何故、時空管理局の艦がこんな辺境に来ているのだろう?
……いや、管理外世界を管理局の艦がパトロールする事はあるのだから、万分の一以下の偶然でこの庭園が発見される事だってあるかもしれない。
「……何故?」
1隻ならまだしも、5隻もやってくるなんてどう考えてもおかしい。
なぜなら、時空管理局が常に人手不足なのだと言う事は生まれたばかりの子供でさえ知っている様な常識なのだから。
「そんな管理局が、こんな辺境を艦隊でパトロールするなんて絶対にあり得ない。」
だとすると、考えられるのは此処で違法行為が行われていると言う情報を掴んだのかもしれないと言う事だが……
自分が違法な研究をしていた事は認めよう。
人形と犬にロストロギアを集める様に命じた事も認めよう。
だが……
「私の研究を知っている者なんて極わずか。 仮に、私に材料を売った奴らが検挙されたのだとしても、その場合はすぐに連絡がくる……」
闇の世界の人間にとって何よりも大事な事は信用だ。
仮に、それができない様な電撃戦があったのだとしても、その場合は他のルートから何らかの連絡がくるはずなのだ。
「だとすると、残るのは人形と犬だけど、数分前に連絡があったばかり…… 犬はともかく、人形に私をだます様な知能と演技力は無い。
仮に、人形が管理局に捕まったのだとしてもこの場所がこんなに早くばれるとは――犬が人形の為に情報を渡すと言う事はあるかしら?」
だが、人形からの報告によればすでにジュエルシードを2つ見つけたはず。
人形が捕まったのだとしても、その直前に私の下にジュエルシードを転送するくらいの事は可能なはずだ。
それがなされていない以上、人形と犬が――いや、もうあの屑どもの事はどうでも良い。
「誰にも、私の邪魔はさせない。」
時空管理局の艦からの通信を無視して、彼女は全ての傀儡兵を起動させる準備を始めた。
「艦長、通信を繋ぐ様子がありません。」
エイミィは3度目の通信無視をリンディに報告した。
「そうですか。 ……仕方ありません、クロノに突入命令を!」
「了か――! 艦長!」
「どうしたの?」
「巨大人型――傀儡兵です!」
空間モニターに、エイミィやリンディが知る物よりも明らかに性能が上であろう傀儡兵が数十体、時の庭園を守る様に出現した。
「……そう。 徹底抗戦と言うわけね。 良いでしょう! 総員戦闘体勢!」
「了解! 総員戦闘体勢に入ってください!」
────────────────────
先に攻撃を仕掛けたのはプレシア・テスタロッサであり、彼女の大規模攻撃魔法によって武装隊の艦の1つが中破した。
しかしアースラを含む4隻の艦は庭園に取り付く事に成功し、中破した艦のクルーが中心となってその4隻を傀儡兵から守る事となり、プレシアの攻撃魔法は管理局側の作戦を多少変更させはしたものの、止めさせるほどのモノとはならなかった。
庭園内部に潜入した局員たちは瞬く間に内部を守る傀儡兵たちを多少の犠牲を出しはしたが黙らせる事に成功し、プレシア・テスタロッサを追い詰めたのだが……
ゴゴゴゴゴゴ
突如、時の庭園が大きく揺れた。
「これは!?」
庭園内に突入していたクロノは信じられない様な規模の魔力が暴走しているのをすぐさま感じ、今まで以上に周囲を警戒した。
彼について来た他の局員たちも同じ様に警戒を強めた。
「……! まさか自爆か!?」
クロノの頭に浮かんだのは自爆の2文字――だが……
この1分後、武装隊によってプレシア・テスタロッサは捕縛され、クロノの予感はギリギリのところで回避されたのだった。
────────────────────
「よし!」
この世界の母さんが時空管理局によって捕縛されたのを見届けて思わず声が出てしまい、慌てて両手で口を塞いだ。
(ママ、もう少し気をつけて!)
(ごめん。)
だが、それも仕方ない事だと思う。
師匠に似せたラブリーなフェレットで義兄と義母が使っていたデバイスへ闇の書と母の情報を組み込んだり、この世界のフェイトが時空管理局に保護されたのを確認した後でこの世界のフェイトになりすましてジュエルシードを見つけたという報告をしたりといった地味ながらも慎重さが必要な努力がやっと実ったのだから。
(ママが頑張ったのはわかっているけど、さ。)
(ヴィヴィオ~。)
なかなか厳しい娘の意見に少し意気消沈しながらも、再び時の庭園の監視に戻る。
(ママ、これからどうするの? お師匠様から教えてもらった作戦は大成功したけど……)
(うん。 アースラ――リンディ義母さんにもっと容量の大きいデバイスを用意してもらって、それに闇の書からバグだけを取り除く魔法の構成をインストールさせてもらう。)
クロノの相棒であるS2Uはなかなかのストレージデバイスであったが、闇の書や八神はやての現在の状態などの情報をある程度入れる必要があったので必要なモノを全て入れる事ができなかったのだ。
(お師匠様から貰った予備のストレージデバイスは?)
(あれは…… なんというか……
残念だけど、今の管理局の技術力を大きく超えちゃっているから、そう簡単に世に出していい物じゃないんだよね。)
師匠の教えてくれた事が全て真実ならば、あの人はあの青い世界で百年以上の時を過ごしており――魔法やデバイスの研究をずっとしてきたという事になる。
(……そうだった。)
ヴィヴィオは母の言葉でお師匠様の異常性を再認識した。
(私が今使わせてもらっているデバイスすらも、インテリジェンスデバイスのバルディッシュの性能を大きく超えちゃっているからね。)
正直、ストレージデバイスと呼ぶのもどうかと思える様な性能なのだ。
(うん…… お婆ちゃんや伯父さんは信用できる人たちだけど、時空管理局が信用できるわけじゃないもんね。)
時空管理局のトップはあのジェイル・スカリエッティに危険なロストロギアを横流ししている可能性が高く、そんな連中に師匠が作ったデバイスの事が知られてしまったらどんな事になるか――考えるだけでも恐ろしい。
(そういうわけだから、あっちに容量の大きいデバイスを用意してもらう事が出来れば闇の書の問題は解決した様な物だと思う。)
今回の件で自分たち――青い小動物の情報は信用に足るものだと時空管理局は考えてくれるだろうから、アルカンシェルの準備もちゃんとしてくれるだろう。
(じゃあ、ゆりかごは?)
(師匠に教えてもらった場所にあるかどうか確認して、そのうえでスカリエッティが何処に居るのかも調べ上げてから、どの作戦が――どういう作戦が一番効率が良いかヴィヴィオと一緒に考えようと思っているんだけど?)
相手は狂っていても天才である。
師匠が授けてくれた作戦を信用しないわけではないが、それでも不安が残ってしまうのは仕方ないと思う。
(……わかった。)
ヴィヴィオもあの狂科学者の思考は良くわからないし、師匠も自分の作戦は成功率が高いだけで100%成功するわけではないと言っていた事を思い出し、この何とも言えない不安が無くなる――少しでも軽くなるように努力しようと思ってくれた。
(ありがと、ヴィヴィオ。)
(……ありがと、ママ。)
お互いに相手の顔を見る事は出来ないが、それでも、その瞬間、同じ様に微笑み合う事ができたと確信できた。
そしておよそ半年後、特にこれと言ったアクシデントも無いまま闇の書のバグはアルカンシェルによって消滅し、闇の書ははやてに4人の家族を残して完全消滅した。
この事を喜んでいるだろうと思って見たリンディとクロノの顔が、何とも言えない表情であった事が何故か印象に残った。
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