ふと気付くと、そこは町の中とは思えないほど緑あふれる場所に来ていた。
(……車はもちろん、人通りも殆ど無い。 少し警戒心が足りなかったかしら?)
青い小動物との距離は着かず離れずの距離を意識して歩いていたが、海鳴と言う町はそれなりに人通りがあったので、流石に人の目のあるところで攻撃してくる事は無いだろうと考えていたのが裏目に出たのかもしれない。
(追跡を止めて人通りの多い所まで戻るべきかしら? それともこのまま追跡を続けてみる? もしかしたらこの道は目的地に行く為に通らないといけないだけで、もう少ししたらまた人通りの多い道に戻る可能性もあるかもしれないし……)
この道の先を見てみると、どうやら人通りの多い道と合流しそうではあるのだが――それもまた幻影である可能性もある。
(あら?)
そんな事を考えていたら、前方から人影が――おそらく、クロノよりも幼い――少女が歩いて来た事に気づき、咄嗟に隠れた。
「♪~♪~♪」
歌を歌いながら近づいてくる少女――学校帰りと言ったところだろうか?
「キュ!」
突如、青い小動物の幻は後ろ足で立ち上がって右前脚を高く上げて声を出した。 ……その姿はまるで知り合いに挨拶をする人間の様であった。
「え?」
(なっ!?)
幻の癖に声を出せるのかとか、その人間臭いしぐさとかよりもリンディを驚かせたのは、魔力を持った者にしか認識できないと思われる青い小動物の声に少女が反応した事だ。
「……また、来たんだ?」
「キュー!」
「はぁ……」
少女はこの世界では珍しい魔力持ち――それも、かなりの魔力量の持ち主の様だ。
しかし、あの年頃の女の子ならああいった小動物を可愛がりそうなものだが?
「お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも、アリサちゃんにもすずかちゃんにも見えないし聞こえないみたいなのに、なんで私だけ……」
(なるほど)
少女にとって、あの青い小動物は自分にしか見る事の出来ない気味の悪い物――幽霊とかそう言ったモノと同列でしかない様だ。
(あれが自分にしか見えないと言う事を確信するまでに色々あったのかもしれないわね。)
「やっぱり幽霊なのかな? でも、私、この子以外の幽霊なんて見た事ないし……」
……仕方ない、か。
────────────────────
「1週間くらい前から、か。」
クロノは車椅子を押しながら案内されるままに道を歩く。
「そや。 近所のおばちゃんたちには見えへんみたいやったから、とうとう足だけじゃなくて頭にも何か障害が――」
「大丈夫、君は正常だよ。」
自虐する少女の言葉を否定して、ついでにその頭を撫でてやる。 どうやらこの子の精神はかなり参ってしまっている様である。
「……ありがとう。」
「別に、感謝される様な事はしていないさ。」
八神はやてと言う少女はかなりの魔力を持っている――が、何かがおかしい。
おそらく、足の障害はその何かがおかしい魔力のせいだと思われた。
「あ、そこ曲がって。」
「ん。」
案内されるままに道を曲がると、ふと――
(……何か――いや、何者かがこちらを見ている?)
何者かの視線に気づいた。
(この青いヤツを作った奴か?)
今の位置からだと見えないが、八神はやてが何も言わない事から推測するに今も彼女の足の上で丸まって寝ているはずの青い小動物を思い浮かべる。
(自分に八神を保護させたいのかと思ったが、違うのか?)
何がしたいのか――いや、何をさせたいのかわからない。
(本局から治療魔法の専門家を――いや、家族に事情を説明して本局に連れて行った方が確実に治るだろうし、この謎の魔導師からも守りやすいか?)
【くろすけ……】
【まさか、あの2人が知り合いになるなんて……】
はやてとクロノの後姿を追いかけながら、2匹の黒猫――リーゼアリアとリーゼロッテは予想外の事態にどうするべきか頭を悩ませる。
【どうする? クロノが闇の書の事を知っていたら……】
【……間違い無く、管理局に報告するだろうね。】
仮に、クロノが闇の書の形を知らなかったとしてもはやての事をリンディは知る事になるのは間違いないし、そうなるとリンディもあの家を訪問するだろう。
【リンディは闇の書の事を知っているだろうから、こっちでできる事はもうないかも?】
【……お父様に報告しましょう。】
その姿に似合わない溜息をついて、2匹は2人の尾行を続行した。
────────────────────
心地良い風の吹く木陰に座って、このままではこの少女の心は壊れてしまうかもしれないと危惧したリンディはなのはに魔法について簡単な説明をした。
「じゃあ、これは魔法で作られた立体映像なんですか?」
「ええ。」
リンディからアニメや漫画の中でしか存在しないはずの魔法の説明を聞いて好奇心を刺激されたのか、嬉しそうにそう訊ねるなのはにリンディは頷いた。
「そうなんだ…… そう、なんだ……」
「なのはちゃん?」
突然のなのはの涙に、リンディは動揺する。
自分を安心させる為にありもしない魔法をでっちあげてくれたのかと思われた、最悪、馬鹿にされたと感じ、怒りを通り越してそんな自分に涙したのかもしれないと。
「じゃあ、私の頭がおかしいとか、そう言う事じゃないんですね?」
だが、リンディの不安は外れていた様だ。
「他の人には無い才能――この世界には珍しい魔力を持っているだけで、あなたの頭がおかしいわけじゃないわ。
……残念な事に、魔力を持っていない人にはその違いはわからないでしょうけど。」
ここでなのはを全面的に肯定する事は容易いが、下手をするとこの世界では生きていけないような思考をするようになるかもしれない為、魔力を持っていない人から見た視点を考える様にと注意するのを忘れない。
「なのはさんはこれからご家族やお友達に対して、この子の事を忘れた様に振舞うのが良いかもしれないわね。」
そして、これからどうするべきか、もっとも簡単な1つの道を提示する。
「忘れた様に?」
「ええ。 こう言っては何だけど、今回の事はご家族の方からしてもお友達からしても進んで話題にしたい話ではないと思わない?」
自分の娘が、自分の友人が、突然何もいない空間に話しかけたりするのを進んで話題にしたい者など殆ど居ないはずだ。
……空気の読めないよほどの馬鹿でもない限りは。
「……そうかもしれません。」
「でしょう?
だから、これからこの子の事を居ない様に振舞っていれば、そのうち『そんな事は無かった』とか、あるいは『子供の頃はそんな事もあるよね』と言う様に向こうの方で勝手に解釈してくれるようになると思うわよ。」
消極的な方法だが、おそらく最も安易かつ有効な方法だろう。 ……最悪自分がなのはの家族や友人の記憶を操作してしまえば良いのだし。
「そのうち、ですか……」
「なのはさんのご家族だけになら、魔法の事を教えてもいいけど…… 正直、信じてもらえるとは思えないわ。 ……でも、この世界では魔法は秘匿しておいた方がいいモノだから、魔力を持っているなのはさんのご家族ならともかく、なのはさんのお友達に説明しない方が良い――いえ、決してその存在を明かしてはいけないと思うのよ。
だから、辛いでしょうけど時間が解決するのを待つしかないわ。」
自分の感覚はもちろん、デバイスの反応でもなのはの魔力が素晴らしい。 これほどの素質をもってしまっているのならば、時空管理局にスカウトすべきだと思う。
それほどの魔力持ちが、こんな魔法の存在を認めていない世界で平穏に暮らそうするならば――自分が魔力を持っているなどと公言するべきではない。
「あの……」
「なぁに?」
「し、信じてもらえないかもしれないけど、でも、お父さんたちには…… その……」
「魔法の事を話したいのね?」
「……はい。」
うつむいて返事をするなのはの様子を見て、リンディは考える。
(一応時空管理局の要職についている私が、これ程の魔力を持っている子供を放置するわけにはいかない。 だから、スカウトする事になるのはほぼ決定。
スカウトするとして、それは私自身が行う事になるか、それともレティかその部下が行う事になるのかは今の処不明。 でも、彼女の返事次第では家族と離れ離れになる。
その際、家族に魔法の事や時空管理局の事を説明すべきだから――)
答えはあっさり出た。
幻でしかない青い小動物がまた鳴いた。
────────────────────
リンディがなのはの悩み事を聞いている頃、彼女の息子でアースラの切り札であるクロノはジュエルシードの探索もせずに八神家のはやての部屋に案内されていた。
「これは……」
そんな彼が部屋に入って真っ先に気になったのは、1冊の本だった。
「それがどうかしたん?」
「ああ。」
本棚から取り出したそれは、いつだったか分からないが、何処かで誰かに聞かされた事がある様な形をしていた。
(……思い出せない事を考えるのは後でいい。 今重要なのはこの本とはやての間に魔力的な繋がりが存在すると言う事だ。)
もしかしたら、この少女の足が動かない原因はこの本にあるのかもしれない。
「この本から魔力を感じるんだ。」
「へ?」
クロノの言葉が予想外だったのだろう。 はやての顔は驚きでいっぱいだった。
「少し調べてみたいのだが、これ、暫く貸してくれないか?」
「へ? あ、うん。 別にええけど?」
「ありがとう。」
はやての許可を得たクロノが、S2Uにその本を収納しようとした瞬間!
「キュッ!」
「なんだっ!?」
パシュッ!!
クロノをはやてと会わせた青い小動物はS2Uに突撃してその姿を消した。
「え? 何が起きたん?」
「……僕も、調べてみないとわからないな。」
驚きと心配の声を上げたはやてにそう言ったクロノだが――
(やられた!!
僕とはやてを会わせるのが目的だと思っていたのに、デバイスが真の目的だったとは!)
自分の相棒であるS2Uに未知のプログラムがインストールされたと直感した。
(アースラで――いや、本局で、ウィルス対策の為に完全に独立した設備を使用してスキャンする必要があるかもしれない。)
「クロノさん?」
「で、僕は何処に座れば良いのかな?」
「あ、それじゃあ――」
自分の迂闊さを反省しながら、はやてに魔法についての説明を続ける。
────────────────────
リンディとクロノがそれぞれの場所で魔法について説明していた時、アースラのエイミィはクロノが現地で見つけた黒いバリアジャケットの少女を追跡していたのだが……
「獣の耳? 使い魔かな?」
黒いバリアジャケットの少女は少女の仲間と思われる赤い髪の獣耳の女性と合流した。
「この子の使い魔だったら、面倒は少ないかもしれないんけど……」
この赤毛がこの少女の使い魔ではなかったら、この世界には所属不明の魔導師がこの少女以外にも居ると言う事になる。
それは、この世界で複数の魔導師が集まっている可能性が高いと言う事だ。
「もし管理外世界を支配する事を目的とする様な違法組織だったら、アースラだけじゃ対処できないかもしれない。」
念の為に援軍要請の下書きでも準備しておくべきだろうか?
「艦長――ううん、せめてクロノ君が戻って来てくれれば相談できるのに。」
厄介な事件になりませんようにとエイミィは祈った。
────────────────────
ピピピ
「!」
「あら。」
突然の電子音に少し驚いたなのはに軽く謝罪して、リンディはポケットに入れていた魔力感知用のストレージデバイスを取り出した。
「この反応は――ジュエルシード!?」
立ちあがって周囲を見回したリンディが発見したのは500メートルほど離れた場所で浮いている――クロノのそれよりもゴタゴタとした黒いバリアジャケットを纏った長い金色の髪の毛の女性だった。
(……できる!)
デバイスにはジュエルシードの魔力の反応しかないのに、いつからこちらを見ているのかわからないあの人物は空中に浮いているのだ。
(どういう原理かわからないけれど……)
専用のデバイスでさえ魔力を感知できないという事は、自分たちの周囲にはバインドがすでに設置されている可能性がある。
「なのはさん。」
「は、はい。」
なのはもリンディの視線を辿る事で空中に浮いてこちらを見ている人物に気づいた。
「私から離れないで。」
「え? あ、はい。」
何が何だかわからないが、それでも自分の悩みを真剣に聞いてくれた人の――それも、自分と同じ魔力を持っている人の言葉に従う。
(何時から居たのかわからないし、罠を仕掛けている可能性もある。 でも、あの場所から攻撃してくる可能性は低い。)
攻撃をするつもりなら、気づかれる前に――デバイスがジュエルシードの魔力を感知する前に不意打ちを仕掛けてくる事ができたはずだから。
(むしろ、わざとジュエルシードの魔力を感知させる事で私かなのはさん、あるいは両方に自分の存在を教えようとしたとも考える事も――!!!)
視界の隅で青い小動物が動いた。
「!?」
まさか、これから意識を外させる為に!?
「くっ!」
飛びかかって来たそれにデバイスを突き出す。 どの様な罠が在るのか分からないので、素手で触る事を避けたのだ。
パシュッ!!
────────────────────
「……やられちゃいましたね。」
「ええ……」
「……」
デバイスに謎のプログラムを入れられて帰って来た親子にエイミィが溜息をつく。
「とりあえず本局に送りますね。」
「ええ、お願いするわ。」
「……頼む。」
しかし、どの様なプログラムなのか全く見当もつかないので、2人が持ち帰ってきた2つのデバイスは封印処理を施してから本局に送る事に決まった。
「ああ、そうだ。」
「ん? 何?」
ふと思い出したクロノは、はやてから借りたハンカチに巻いたそれを取り出した。
「何?」
「魔力を感じる本だ。 もしかしたら、ロストロギアかもしれない。」
「へぇ、どれどれ」
エイミィが巻いてあるハンカチを取り払うと――
「本?」
「ああ、できればこれも本局に――」
「! クロノ! それをどこで!?」
「え?」
「艦長?」
突然、大きな声を出したリンディに、クロノとエイミィは驚く事しかできない。
「ど、どうして、それが……」
110220/投稿
110306/誤字修正