誰も見ていない、気にかけもしない公園の片隅で、蒼い光がぴかりと輝く。
(ただいまー。)
「え?」
(帰って来た時って、こう言うんでしょう?)
(……えーと、どうだろう? 今の状況に合っているのかな?)
あの不思議な空間での修行が終わり、師匠に予備のストレージデバイスを渡されてから5日ほど経った後、私たちは再びこの世界にやって来た。
師匠のいる空間に行く前に居た場所にいるし、デバイスも師匠にカスタマイズしてもらった状態で存在し、予備のデバイスもちゃんと持っている。
何よりも、あの空間に行く前に回収していた4個のジュエルシードを今持っていない。
ゆえに、ヴィヴィオの言う通りにある意味では帰って来たと言えなくも無いが……
「と、とにかく、今から陽が昇り始めるみたいだから、隠れ家の確保から始めようか。」
(……うん。)
────────────────────
『艦長!』
「!」
次元空間航行艦船アースラの艦長室で睡眠を取っていたリンディ・ハラオウン提督は執務管補佐兼管制官であり密かに息子の嫁候補として認定もしているエイミィ・リミエッタからの緊急通信で目が覚めた。
「エイミィ、どうしたの!?」
『第97管理外世界で次元震が発生しています!!』
「なんですって!?」
起きたばかりで多少はっきりしない頭で思い出してみるが、第97管理外世界は魔法の存在を認めておらず、また次元震を起こせる様な古代文明が存在した形跡もなかったはず。
そんな場所で次元震が発生するなんて考えられない。
『20秒、21、22、23…… まだ続いています!』
「なっ!?」
長い。
それほどの長い時間次元震が発生して居ると言う事は、第97管理外世界とその周辺はかなりの被害を受けているだろう。 最悪、消滅して居る可能性も――
『でも、おかしいんです!』
「え?」
『これほどの規模の次元震なのに、虚数空間が発生している様子が何処にも無くて――アースラにも、何故か微かな揺れすら……』
「?」
言われてみれば、次元震が発生しているというには余りにも――!
「何者かが、人工的に次元震を起こしている可能性が高いわね。」
『管理外世界で、ですか!?』
確かに、魔法を認めていない世界でこんな大規模な次元震が起こるのは不自然。
「管理外世界だから、かもしれないわよ?」
しかしある程度の実力を持った魔導師ならば、むしろそんな世界の方が管理局に隠れて行動しやすいと考えて潜伏場所――あるいは新種の魔法の実験場に選ぶ可能性もある。
『そんな!』
「とにかく、すぐに本局へ報告して下さい。
同時に、アースラは次元震に巻き込まれない様に細心の注意を払いながら第97管理外世界に向かって微速前進してください!」
『了解です!』
さあ、忙しくなりそうだ。
「本当に行くのかい?」
「うん。 母さんのお願いだもの。」
「でも、フェイトは次元震なんて感じてないんだよね?」
「……私の感知能力よりも、母さんのシステムの方が優秀だから。」
次元震の様な災害になると物理的な影響が出る事があるので、それを全く感じなかったという事が本当にありえるのか疑問に思わないでもないが、あの女のシステムが優秀である事もまた事実である。
「危険な事があるかもしれないよ?」
「わかってる。」
「……はぁ。 仕方ないねぇ。」
フェイトの瞳に真剣さを感じたアルフは、辺境の地へ行く事を決意した。
「なら、さっさと片付けようか」
「うん! ありがとう、アルフ!」
「こんなものかな?」
(かな?)
かつて高町さんとはやてがそうした様に、数日前に泣きじゃくった公園で師匠から教わった『次元震モドキ』を使ってみたが、こんな事で本当にアースラや母さんが反応するのだろうかと不安になる。
「まあ、私もあの頃に次元震によって起こる『世界が揺れる現象』を体験した事は無いから、上手くいっているんだと思うんだけど……」
思いたいのだけれど……
(ママ、そんなに不安にならなくても良いと思うよ?)
「そう?」
(ジュエルシードは全部集めたんだから、最悪、お師匠様に教えてもらったおばあちゃんの悪事と居場所をアースラに送っちゃえばこの世界のママは保護してもらえるんでしょ?)
「……そうだね。」
この魔法が失敗していても、まだ策はたくさんある。 ヴィヴィオの言う通り、今はまだ焦る必要も不安になる必要も無いはずだ。
(それよりも、今日はハンバーグが食べたいな。)
「……食べるのは私なんだけど、ま、いいか。」
(チーズ乗せてね?)
「いいよ。 2つ作って目玉焼きも乗せちゃおうか。」
(わー!)
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第97管理外世界で次元震と思われる現象が発生してから10日ほど経ったある日の夕方、海の見える公園のベンチに座っている少年がいた。
「はぁ……」
少年――クロノ・ハラオウンは疲れていた。
「今日も手掛かり0だ……」
海鳴と呼ばれる地に降りてからの日数が2桁になろうと言うのに、次元震の発生場所と思われるこの公園とその周辺にそれだけの魔力を持ったモノが1つも発見できない。
しかし次元震が発生した痕跡らしきものはあるので捜索を止めるわけにはいかないという――非常に面倒くさい事態に溜息をつく日々を過ごしていた。
「本局の心配もわからないでもないけど……」
次元震発生の際に人工的なモノである可能性を艦長が指摘していたのだが、自然発生と管理局の知らない古代文明が存在していた可能性もあるのでそのつもりで調査する様にと本局が言ってきたのが面倒の始まりだ。
「確かに、その可能性を排除すべきではないのだろうが……」
本局からの指示を無視するわけにはいかないのでその方向で調査を続けてきたのだが、あれほどの規模の次元震が起こる様な魔力溜りも無ければ、古代文明が在ったかもしれないという可能性も殆ど無い。
「昨日、機械の故障やプログラムに問題がないかのチェックが終わって、機械の故障もプログラムの問題によって計測されたわけではないと断定された以上、やっぱりあれは人為的なものだったと考えるべきだと――」
あの次元震の様な現象で管理局の目をこの世界に引きつけて、どこか別の所で何か悪い事を企んでいる輩が居るのかも――
「……その可能性も低いんだよな。」
わざわざこんな辺境の地に来てそんな目立つ事をするメリットが考えられない。 それどころか、何者かがこの世界に来て、次元震の様な現象を起こし、それから別の世界へ移動したという痕跡を管理局の者が発見する可能性ができてしまう。
そんな危険を冒すくらいならば最初から何処かでこそこそと悪事をする方がよっぽど安全で確実だと思われる。
「まぁ、情報漏洩という可能性もあるけれど……」
この世界の周辺でジュエルシードと言うロストロギアが事故によって行方不明になったという情報が数日前に入っている。
この情報を手に入れた者が自分たちよりも先にこの世界に来てジュエルシードを手に入れた際に事故か何かであの現象を起こしてしまったという事もありえるかもしれない。
事実、その情報にはジュエルシードは21個あって、その内の1個――その万分の一の力でも暴走してしまったら世界を滅ぼしてしまいかねない程の魔力を秘めており、あの次元震の様な現象はそれによって起こされた可能性が高いとされていた。
「ジュエルシードを回収している者がいると仮定しても、『20個を難なく回収できたというのに最後の21個目であの現象を起こしてしまった』なんて事でもない限り、あの現象が起こった後から僕たちが此処に来るまで、あるいは来た後も残りのジュエルシードを捜索している者がいるはずだ。
そうでなければ――僕たちが此処に来た時点で他の世界に逃げてしまったのだとしたら、未回収のジュエルシードの反応が1つくらいはないとおかしい……」
あの現象とジュエルシードは全く関係ない――そもそもジュエルシードはこの世界に存在しないと考える事もできなくはないが……
「そうなると、専門の調査員を派遣してもらう事になるけど、それまでは僕たちが捜査をしないといけない事に変わりは無い、か。」
もう1度溜息をついてから何気なく見上げた空に、黒い人影が金色の尻尾――いや、金色の髪の少女が露出の多い黒いバリアジャケットを着けて飛んでいるのを発見した。
(こんな、魔法の存在が認められていない世界で!?)
もうすぐ日が沈むと言っても、空を見上げればまだ十分明るいというのに、結界内でも無い場所で空を飛ぶなんて、どう考えても管理局の人間ではないだろう。
(ジュエルシード――いや、ジュエルシードと直接的な関係は無くても、あの現象と何か関係のあるかもしれない!)
クロノはこっそりとその謎の少女を追いかけながらアースラに連絡を取った。
暴走したりして魔力を洩らしていない限り、ジュエルシードは蒼い小さな石でしかない。
「駄目だ……」
フェイトもクロノと同じ様にジュエルシードの探索に行き詰っていた。
「でもこの世界じゃ私くらいの年齢の子供が昼間から街を歩いていると、この前みたいに警察の人に追いかけられちゃう事になるからなぁ……」
アルフと一緒なら犬の散歩をしている少女に擬態できるかもと思っていたのだが、それができるのは土日だけで、平日は――まぁ、そう言った理由で無理だった。
仕方ないのでアルフに人間形態で地上を探してもらい、自分はこうやって暗くなり始めた頃に空からの捜索をすることになったのだが……
「やっぱり、宝石みたいな小さな物を空から探そうっていうのは無理なのかな?」
しかし、だからと言って夜中に捜索するわけにもいかない。
子供が深夜徘徊しているのを発見されると、昼間に追いかけられた時よりも厄介な事になりそうだからという事もあるが、昼間に歩いているアルフですら見つけられないジュエルシードを夜中に捜索するなんて難易度をあげるだけだろうから――
「あ、でも、空から探すよりはましかな?」
地上に落ちたジュエルシードはそのうち暴走するだろうから、その時に見つけ出して封印処理をしてしまえばいいと母さんは言っていたので、それまで待っていてもいいのではとアルフが言ってくれたのを思い出す。
「でも、母さんのお願いだから……」
それに、1分1秒でも早く母さんにジュエルシードを持って行ってあげたいからと言ってアルフの提案を拒絶してしまった手前、やっぱり暴走するのを待とうなんて言えない。
「でも、このままだと効率が悪すぎるのも事実だし…… とりあえず、今日の捜索を終わった後でアルフと相談してみよう。」
黒尽くめの少年に尾行されている事に気づく事が無いまま……
リンディ・ハラオウンは魔力感知に特化したストレージデバイスを持った状態で海鳴の町を散策していた。
(ジュエルシードはもちろん、私たち以外の魔導師の魔力も感知しないわねぇ……)
アースラのシステムは確かにこの町の公園で次元震の様な現象が発生したとしているのにも拘らず、手がかり一つ発見できない事に焦っているのだ。
(すでにジュエルシードは何者かに全て回収されていると考えた方がいいのかしら? でもその場合、ジュエルシードを回収した人物は何故あんな現象を発生させたのかという疑問がどうしても残ってしまうわ。)
これだけ何の痕跡も残さない人物があんな現象を起こした理由を考えてみた場合――自分が時空管理局に所属する人間だからかもしれないが――ある1つの仮定が浮かぶ。
(時空管理局――いえ、時空管理局の局員である事に関係なく、あの現象を感知できる魔導師に感知してもらって、この世界に来て欲しかった様にしか思えない。)
しかし、そう考えてみると今度はまた別の――何故、あんな方法を取ったのかと言う疑問が思い浮かんでしまう。
(救難信号のつもりだとしたら、あれ1度きりというのもおかしいし――あら?)
ピピ ピピ
デバイスが音を立てた――魔力を感知したのだ。
その音を消してからリンディが慎重に辺りを見回してみると、青い色の――送られてきた資料に載っていたジュエルシードを発見した少年が変身できるという、この世界でいうフェレットに良く似た――小動物が、自分が進もうとしていた先の道で手招きしていた。
(……幻覚魔法? それも、他の人たちには見えていないみたい。)
どうやら魔力を扱える者にしか見る事の出来ない特殊な物の様だ。
(いいでしょう。 その誘い、乗ってあげるわ。)
『クロノ君、補足したよ。 転移されない限り追跡もできる。』
「なら、後は任せた。」
『うん。 任された。』
エイミィからの報告でクロノは謎の少女の追跡を止めた。
(さて…… また、ジュエルシードの捜索に戻るか。)
溜息をついてとぼとぼと歩きだしたクロノの前に、1匹の青い小動物が現れた。
(!? あの色は、資料にあったジュエルシードの!?)
小動物はその小さな手でおいでおいでと手招きをした。
(……誘っている? ついて行くべきか?)
その姿は可愛らしい部分もある。 それは認める。 けれど、何処から見ても不自然で怪しい存在に警戒を緩める事はできない。
「エイミィ、聞こえるか」
『どうしたの?』
「今、僕の目の前にどう見ても怪しい、おそらく幻覚魔法で作られたと思われる青い色の小動物がいて、しかも手招きされている。」
『……は?』
うん、その気持ちはわかる。
「何を言っているのかわからないかもしれないが、僕にもよくわからない。」
『え~、と?』
「今から誘いに乗ってみる。 手が空いている人に僕の追跡をさせてくれ。」
『……クロノ君を追跡だね? わかった。』
「頼んだ。」
こちらの会話が終わったのを理解したのか、小動物はちょこちょこと進み始めた。
(何処に連れて行く気か知らないが、当ても無く歩き回るよりは良い……)
────────────────────
『艦長もですか。』
青い小動物を追いかけて30分ほど経った頃、目的地に着く様子がないのでリンディはアースラに連絡を取っていた。
「も?」
『ええ、クロノ君もその青い小動物を追いかけています。』
謎の少女にこの幻覚魔法の青い小動物。
これまで何の手がかりも無かった事を考えると、青い小動物はまるでその謎の少女が発見されるのを待っていたかの様に思えるが……
(その場合、私やクロノの様子をどこかで見ていた人物が居た事になるけれど……)
こちらのデバイスがこれまで何の反応も無かった事を考えると、その人物はかなりの実力を備えていると考えるべきだろう。
「エイミィ、その少女のデータをできるだけ詳しく録っていて頂戴。」
『わかりました。』
青い小動物はちょこちょこと歩きながら、ちゃんとついて来ているかを確認する為なのか、時々こちらを振り返る。
先ほどまではその可愛らしいしぐさに製作者は中々の腕前だなと微笑んでいたが、今はもうそれを見てもさらなる警戒心しか持てない。 持ちようが無い。
定期的に連絡を取るエイミィからの報告によれば同じ場所をぐるぐる回ったりはしていないと言うので、目的地に向かっている事は確かなのだろうが……
「かれこれ1時間以上歩いているんだがな?」
朝の早い時間から歩き回っていたクロノはこれまでの精神的な物ではない、肉体的な疲れを感じ始めていた。
(というか、その動物は手足が短すぎるんだよ。)
一生懸命ちょこちょこと走る姿も振り返ってこちらを見る姿も、どちらも可愛らしいと感じていたのは最初の数分だけだった。
その短い手足の為に移動速度は自分の普段の歩行速度よりもはるかに遅く、魔力持ちにしか見えない小動物の後をゆっくりとついて行く自分の姿を通り過ぎる人たちが不思議そうに、あるいは好奇の目で見て行くたびに自分は何をしているんだろうという気持ちが込み上げ気てくる様になった今では、もういい加減にしてくれとしか思えなくなってきた。
(……誰だか知らないが、コレを作ったやつは1度殴ってやる。)
クロノがそんな不穏な考えをし始めた時、青い小動物は図書館の前でその動きを止めた。
「やっと終着点か?」
こんな図書館に連れて来たかったのかとクロノが小動物に近づいてその首根っこを駄目もとで掴もうとしていると、図書館の自動ドアが開いて車椅子の少女が出てきた。
「あれ? また居るんかって――え?」
「うん? これは、君の仕業か?」
車椅子の少女と自分を交互に見上げる小動物を指差して問うクロノに返ってきたのは
「あんた、その子の事が見えるんか?」
少女の驚きに満ちた顔と声だった。
110206/投稿