「ジュエルシード……」
お母さんから貰った小さくてかわいい21個のジャム用の空瓶の中に1個ずつ、私が生きている間は絶対に青色に輝く事のない石を入れていく。
家族の誰もそんな事をするとは思えないけれど、万が一という事もあるのでお小遣いで買ったシールを瓶と瓶の蓋に丁寧に張り付ける。 シールには『とっても大事なもの』と書いておいた。 これで絶対に捨てられる事はないだろう。
「こうやって並べておけば、異常があってもすぐにわかるね。」
本棚に――本をとる時に邪魔になるかもと思ったけど、あの人に教えてもらった『読書魔法・改』があれば本を取り出す事も開く事もしなくてもいいんだったと気づいたのでそのまま並べた。
「これで、あの人が言っていた最初の危機は完全に終わり……」
でも、まだ100%安心はできない。
『世界は無限に存在するから起こるかどうかわからないし、仮に君の世界で僕の知っている通りの出来事が起こったとしても、このたった3日間で教える事ができた魔法では対処は不可能だと思う。』
あの人の言葉を思い出す。
『守護騎士とかヴォルケンリッターと名乗る人に襲われたら…… 彼らは接近戦を好むからその攻撃をバインドシールドで受け止めて動けないようにした後で、動く事が出来なくなるまで徹底的に封印をするんだよ。 いいね?
相手は魔法でできたプログラムで人間にとても似ているけれど、何も考えたり、戸惑ったり、遠慮をしたりする必要はないからね。 わかったかい?』
『封印魔法・改』
それが、守護騎士とかヴォルケンリッターとかいう人たちに対する唯一の切り札。
「でもまだ6月だし、魔力トレーニングを続けても大丈夫だよね?」
♪♪♪
携帯のタイマー?
「あ!」
今日はすずかちゃんの家に遊びに行くんだった。
「急がなきゃ!」
────────────────────
お兄ちゃんと一緒にすずかちゃんの家に行くと、月村家の門の前には4人と1匹の人影があって、そのうちの1つが見覚えのあるものだった。
「なのは、あの車椅子の――」
「うん……」
なんでここにいるんだろう?
それに、一緒に居る人たちは誰なのかな?
「はやてちゃん?」
「なのはちゃん! 1週間ぶりやな!」
「そうだね!
……でも、なんですずかちゃんの家に?」
先週の日曜日一緒に遊んだはやてちゃんと今週も会えるなんて思ってなかった。
「この前あっちの図書館ですずかちゃんと意気投合してな?
それで話してみるとなのはちゃんとも友達らしいから、それなら今度遊びに来る?って流れになったんよ。」
「そうだったんだ。」
お兄ちゃんが門柱のインターホンで連絡をしている間に謎は解けた。
「でも、ちょっとくやしいかも」
「え?」
「だって、『私がみんなに紹介したかった』んだもの。」
「なのはちゃん! やっぱりなのはちゃんは一番の親友や!」
片方は車椅子、もう片方は左手がないという2人がハグをするのはちょっと難しいけど、これまでに何度もしているのでコツは掴んでいる。
「それで、できればこの人たちを紹介してほしいんだけど?」
「あ! そうやったな。
ほら、みんなちょっと並んで――こっちから順番に自己紹介して。」
「私の名前はシグナム。
少し前からある――八神家に世話になっています。」
赤に少し近い桃色のポニーテールの女性が最初に名乗った。
体の動かし方が少しだけお父さんたちに似ている? もしかして剣術とか格闘技とかでもしているのかな?
「私はシャマルといいます。
あなたの事ははやてちゃんから何度も聞いているわ。」
続いて金髪の大人しそうな女性が名乗った。
髪の色が違うけど――シグナムさんともう1人の女の子のお姉さんかな?
「ヴィータだ。」
「ちょっとヴィータ!」
「仕方ないだろ? こういうのは苦手なんだ。」
ヴィータちゃんは照れ屋さんなのかな?
シャマルさんに注意されちゃったけど、照れ屋さんなら仕方ないよね。
「それで、こっちがザフィーラや。
ちょっと大きいけど、大人しい良い子なんやで?」
さっきからおにいちゃんがいつでも私の前に立てるようにしているのは、私の事を心配しての事だろうけど……
「お兄ちゃん、私は大丈夫だよ。
だからそんな風にしないで? シグナムさんたちが警戒してるよ?」
「いいのか?」
「うん。
お兄ちゃんの気持ちはうれしいけど――怖くないから。」
「そうか……
お前は強いんだな。」
ふふっ
「お兄ちゃんの妹だからね?」
「お前ってやつは……」
「へぇ、日本の文化を学びに……」
「そういっても――シグナムは日本の剣道を、私は歴史や文化についてというように、目的が少し違いますけどね。」
忍さんがお兄ちゃんとシャマルさんの間で少し嫉妬している様子が面白い。
「それじゃあ、ヴィータちゃんとザフィーラちゃんは2人に付き合わされて?」
「あ、ああ。 まあ、そんな感じだ。」
「ヴィータは日本の漫画やアニメが大好きなんよ。」
「はやて!」
たくさんの猫に囲まれながらのティータイム。
ヴィータちゃんという新しいお友達もできて楽しいはずなのに……
「なのはちゃん?」
アリサちゃんがここにいないのが悲しくて、寂しい。
「すずかちゃん、アリサちゃんは今日も来ないのかな?」
「誘ったんだけど、ね。」
学校で肘から先の無い私の左腕を見て以来、アリサちゃんは家に閉じ籠っている。
気になって家に行っても門前払いされてしまった。
「アリサちゃんって、図書館で言うてたもう1人の友達の?」
「うん。」
「話には聞いてたけど、やっぱり来ないんや?」
「そうみたい……」
どうしたらいいのかな……
「あんな?
ちょっと提案があるんやけど。」
「え?」
「何をするの?」
はやてちゃんがぐふふと笑って、子猫に囲まれていたザフィーラちゃんを呼ぶ。
「アリサちゃんって子は、なのはちゃんが犬を怖がってるて思うてるんやろ?」
「たぶんね。」
「それだけじゃないけど、なのはちゃんを家に呼ばない理由には含まれていると思う。」
え?
「そうなの?」
「うん……
私だけの時は家に上げてもらえたし……」
「そ、そうだったの……」
なのは、ちょっとショックです。
「ほなら話は早いわ。」
そう言ってはやてちゃんは少し前に買ったデジカメを取り出した。
石田先生に貸してもらっていろいろ撮っているうちにハマってしまったらしい。
「なのはちゃんが怖がったらどうしようって、ちょっと心配やったけど…… ザフィーラをお留守番させずに連れてきた甲斐があるってもんや。」
「あ、だからザフィーラちゃんを連れて来たんだ?」
「そや。」
なるほど……
はやてちゃんのしたいことを察して、私はお座りしているザフィーラちゃんの横に座った後で――そのモフモフした生き物をぎゅっと抱きしめた。
「これでいい?」
「ばっちしや!
ほな、いちたすいちは――」
カシャリ カシャリカシャリカシャリ
「ええよー。 すっごいええよー。
ほな次は――ザフィーラ、ちょっと伏せして、伏せ! ええよー。 なのはちゃんはザフィーラの背中に、そう! そんな感じで! ええよええよ? かわいーわ。」
すずかちゃんが少し引き攣ったような笑顔をしながらお兄ちゃん達の方に後ずさりしていくけれど、はやてちゃんはまったく気づいていないようでカシャリカシャリと電子音を鳴らし続ける。
カシャリカシャリ
デジカメの音が響く。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「どうかしましたか?」
どうしたって……
「俺は過敏になりすぎていたのかなと思ってな」
「なのはちゃんの事?」
「ああ……
ザフィーラを見た時、なのはがあの時の――左腕を失くした時の恐怖を思い出してしまったら…… そう思って警戒していたのを見透かされていただけじゃなくて、ああやって抱きついたり一緒に写真を撮る事に何の抵抗も無い様子を目の当たりにすると、な。」
普通、あんな大型犬に近づかれたら犬が平気な大人でも多少は警戒するだろうに……
「わからないわよ?」
「ん?」
「顔にも態度にも出さないけれど、本当は怖がっているのかもしれないわ。」
そうなのか?
「単純に『犬が怖い』というのを隠しているわけじゃなくて、『犬を怖がる事でみんなを心配させてしまう事が怖い』可能性もあるわ。」
「心配させてしまう事が怖い……か。」
「ええ。」
「ん?」
「え?」
「あかん、フィルム――じゃない、メモリーが一杯や」
「そうなの?」
「うん。」
デジカメのメモリーが一杯になったので撮影会が終わった。
「それじゃ、その写真をアリサちゃんにメールしましょうか。」
「忍さん。」
「ついでにコピーも貰っていいかしら?」
「ええよ。」
「お願いします。」
パソコンとか機械に強い人ってカッコいいな。
────────────────────
夕方
「恭也さんには一度手合わせをお願いしたいな。」
「シグナムったら。」
「知ってるか? シグナムみたいに戦うことしか頭にないやつの事をこの世界じゃバトルジャンキーっていうらしいぜ。」
「バトルジャンキー?
この国の言葉に訳すと――戦闘中毒者か。 ぴったりだな。」
「ザフィーラ……」
食事もその片付けも終わり、居間で一家団欒としている八神家の話題は今日知り合った人たちの事だった。
「なのはちゃんがザフィーラを怖がらなくて良かったわ。」
「そうですね。」
「犬に腕を食いちぎられたっていうのに、少しも怖がってる様子がなかったな。」
「なのはちゃんは強くてかっこええからな。」
えっへんと胸を張るはやて。
「そうしていると、月村家の門の前で『なのはちゃんがザフィーラを怖がったらどうしよう。』って悩んでいたのが嘘みたいですね。」
「シャマル、それは言わんといて。」
楽しい時間ははやてが眠るまで続いた。
「はやてちゃんは寝たわ。」
「今日はいろいろあったからな。 疲れていたのだろう。」
「本当にね?
悔しいけど、あんなに楽しそうなはやてちゃんを見たのは初めてだもの。」
「そうだな……
特に、にゃの――にゃ、にゅ――な、のはと一緒に居る時は凄かったからな。」
「ヴィータ……」
「ヴィータ……」
「ヴィータ、お前……」
「な、なんだよその目は!」
「いや……」
「ねぇ?」
「ああ。」
「言い難いんだから仕方ないだろ!」
これ以上追いつめるとグラーフアイゼンで暴れかねないので、こんな事もあろうかと買っておいたアイスを冷凍庫から取り出して宥める。
「私としては、なのはちゃんの魔力が気になるわ。」
「シャマル、お前もか。」
「それは私も気になった。」
「全員同じ意見か。」
4人全員が、なのはの魔力の大きさを気にかけていた。
「あれだけ大きな魔力を持っているやつがいたら気にならない方がおかしいだろ?」
「そうね。」
「私たちが主と出会う前からの友人だと聞かされていなかったら――管理局の者ではないかと疑っているところだ。」
「そうか……」
「ザフィーラ? ……そう言えば、お前が一番あの子と接触していたな。
何か気になる事でもあったか?」
女3人の視線がザフィーラに集まる。
「あの子が俺に抱きついてきた時にわかったんだがな。」
「なんだ?」
「あの子の魔力はその体とリンカーコアに一定の負荷を与えているようなのだ。」
「一定の負――まさか!」
「トレーニングをしていると言うのか?」
「そこまではわからん。
だが、意識的に行っているのなら――」
数秒の沈黙
「そういえば、左腕を失ったというのにトラウマの様なものがなかったな。」
「そうね……
でも、私たちを知っている様子はなかったわ。」
もしも彼女が敵だったら、トレーニングをやめて魔力を抑えるのではないか?
「調べる必要があるな。」
「ええ。」
「ああ。」
「うむ。」
────────────────────
「私はどうしたらいいの?」
「アリサ、なのはさんはあなたを許して――いいえ、そもそもあなたに何も罪はないと本気で思っているわ。」
「そんな事、なんでわかr」
「本当はわかっているでしょう?
私も最初は信じられなかったけど、最近やっとわかったわ。 信じられない事だけれど、なのはさんは誰も――もしかしたら、自分の左腕を奪った『野犬』さえも恨んでいないわ。」
あの強さは――言い方が悪いかもしれないが、あの強さは『怖い』。
もしも自分のこの腕が失われたら、誰かを恨まないでいられるとは思えない。 大人の自分でもそうなのに、まだ幼いとさえいえるあの子は笑顔で接してくるのだ。
思い出しただけで体が震える。
「ねえアリサ? なのはさんがもしもあなたを恨んでいたり憎んでいたりしたら、わざわざ訪ねてきたりこんな写真を送ってきたりすると思う?」
自分の胸に顔をうずめながら首を横に振る娘の様子に、これが普通の子供だと思う。
「転校はしたくないんでしょう?」
「うん。」
「仲直りしたいんでしょう?」
「うん。」
「だったら、どうするべきなのかもわかっているんでしょう?」
「……ぅ」
心とは何て難しいモノなのだろうか。
自分としては、あの子供らしくないなのはと仲良くしてほしいとは思えない。
しかし、今自分の胸の中で泣いているこの子の心を救う事ができるのはあの子しかいないのだ。 ……母親である自分ではなく、あの子なのだ。
「大丈夫よ。 なのはさんはきっとあなたを受け止めてくれる。」
悔しいけれど、寂しいけれど、それは揺るがないだろう。
「……うん。」
娘の心が決まった事が、嬉しくて悲しかった。
100117/投稿
100131/誤字脱字修正