「ぅ…… ん……」
目を開けるとそこには、満天の星空があった。
「え?」
起き上がり、辺りを見渡してみると、見覚えのある景色が広がっていた。
簡潔に言うと、ミストは第97管理外世界――海鳴にある高いビルの上に居た。
「え~……と?」
自分は確か、闇の書のバグを抱えた状態で宇宙に出て、アースラにアルカンシェルを撃ってもらった――はずなのだけれど?
「ヴィヴィオ!」
すぐに娘の事を思い出した彼女は、両手を自分の胸――首の下辺り――に当てて、自分たちのリンカーコアと、それとは別の力を感じる事ができるか試してみた。
数秒後、自分たちのリンカーコアが正常に働いているのを感じ――
わずかではあるが、それがある事も感じる事が出来た。
「はやてから感じたジュエルシードの力――は、まだある。」
あの時、あれしか方法が無かった。 それは確信している。
しかし、最後の最後まで冷静に行動する事ができたのはこの力を感じたからだ。
この力を感じる事が出来たからこそ、アルカンシェルに撃たれるその瞬間も、助かる可能性があると信じる事ができたから、冷静でいる事ができたのだ。
「とにかく、リンディさんたちに無事を報告しないと。」
アルカンシェルを発車した直後は時空が安定しないので艦は動けないから、アースラは未だこの街のはるか上空、宇宙空間に存在するはずだと見上げた夜空に違和感を覚え――
「この感じは!?」
その瞬間、空間に亀裂が入り、そこから青い輝きを放つ何かが複数――いや、10以上…… 18、19、20…… 21個の、青く輝く何かが海鳴に降りそそいだ!
「まさか……」
その光景に、見覚えがあった。
そう、前に一度、自分はこの光景を見た事がある。
「そんな……」
そうだ、あの時も、今と同じ様に、
「そんな事が……」
今と同じ様に、このビルの上で目を覚ましたばかりだった。
「また、なの……?」
「クシュン!」
予想外の出来事に10分ほど放心したままだったミストだが、冷たい風に吹かれ続けたせいだろうか、くしゃみが出た事で我にかえる事ができた。
「ぁ――と、とにかく、ジュエルシードを集めなくちゃ。」
自分の考えた通りならば、今すぐ回収に動けば被害が出ないはずだ。
そうだ。
これから先、どう生きて行けばいいのかは後で考えれば良い。
とにかく今は、目の前の起こり得る災厄を、この世界だけではなく、その周辺の世界すらも滅ぼしかねない危険なロストロギアの回収のほうが大事なはずだ。
────────────────────
「ジュエルシード、封印!」
街に降りてから5時間かけて、早い段階で暴走する可能性が高いと思われる――単純に魔力を感知できたとも言う――ジュエルシードを4つも封印する事ができた。
一度ジュエルシードを集めた事があるので、どこで封印作業をしたのか覚えており、ついさっきもジュエルシードのだいたいの落下地点を覚える事も出来たのも大きい。
「もうすぐ日が昇るから、空を飛んでの捜索はできなくなる。 そろそろ活動拠点を作って睡眠をとる必要もあるし……」
一番重要な問題は回収・封印したジュエルシードの保存場所である。 何故なら、クロノに組んでもらったストレージデバイスはバルディッシュと比べると収納スペースが狭いという欠点があるからだ。
嘱託魔導師は単独行動する事は殆ど無いので今はこれくらいでいいだろうと妥協して、他の部分の性能を上げる事を優先したのが原因だが、あの時はまさかこんな事になるとは思っていなかったのだから仕方ない。
「これに収納できるのは精々10個。 でも、余り多く収納してしまうと封印魔法の気配を完全に消す事はできないかもしれない。
最悪、母さんが庭園から出てきたりしてしまったら…… ばれてしまうかも?」
母さんは病弱なのでその可能性は低いけれど、万が一を考えると不安だ。
「バルディッシュを取り出せばもう少し余裕ができるかもしれないけど……」
今度はバラバラになっているバルディッシュをどこに置いておくかが問題になる。
バルディッシュは見る人が見れば――例えば、ジュエルシードの魔力を感じて回収に来た魔導師がみたら、明らかにこの世界の物ではないとわかってしまう物だ。 『魔力』と言う概念が無いこの世界では『魔力を洩らさない金庫』等はもちろん存在しない。
「でも、バルディッシュには私の個人情報が残っている可能性がある。」
『ジュエルシードの魔力を隠せない』と言う事は『ジュエルシードを守るためには常に持っていなければならない』ということである。
すると、『ジュエルシードを狙って襲ってくる魔導師』が『私が拠点に居ない時にバルディッシュを見る可能性』が出てくると言う事となる。
そうなると『ジュエルシードを回収している私の情報を得る手段』として『バルディッシュを手に入れて中身を見る』かもしれない。
「バルディッシュを何処か遠くに隠しておけば…… でも……」
どこかに隠すべきだとは思うのだが…… 思うのだが……
「時の庭園に忍び込めばストレージデバイスの1つくらい――はぁ……」
自分の思考がどんどんネガティブになって来ている事に気づいて溜息が出る。
とりあえず、バルディッシュをどうするかはストレージの収納がいっぱいになった時に考える事にして、これからどう動くべきか考える事にした。
「お金は活動費としてもらったのがまだ残っているけど、ホテルとかは無理か。」
所持金を確認してみたが、ジュエルシードを集め終わるくらいまでは持ちそうだが、やはり泥棒の心配をしないですむ様な場所を確保する事はできそうにない。
そもそもこの国の人間ではないのでお金があってもホテルの様な宿泊施設を利用できない事はわかっているのだが、それでも落胆してしまう。
「そもそも、平行世界のお金って使っても大丈夫なのかな?」
貨幣はともかく、紙幣の――特にこの国の紙幣は複製する事がかなり難しいとされているらしいから、もし自分の使った紙幣のナンバーが……
「でも、貨幣だけだと何もできないし……」
破けたりして使い物にならなくなった紙幣を銀行に持って行くと新しい物と交換してくれると(テレビだったか、なのはちゃんからだったか忘れたが)聞いた覚えがあるので、いざとなったら魔法でこの国の平均的な人間の姿に変身するのも手かもしれないが――
「あ、駄目だ。 身分証明書を求められる可能性がある。」
もっとこの世界――この国について調べておけば良かったと後悔する。
「仕方ない。 嫌いだけどまたギャンブルで稼ぐしかないか。」
犯罪行為に手を染めるのは嫌いだが、背に腹は代えられない。
それに、ジュエルシードを集めなければこの世界は周辺世界を巻き込んで消滅してしまうのだから、これくらいは大事の前の小事と考えれば、まぁ、その、……
「……あれ?」
ふと気付いた。
ジュエルシードを全て集め終わった後、私はどうしたらいいのだろうか?
「……この世界のフェイトが来るまでに、ジュエルシードを全部集めきれる。」
でも、そうするとどうなるだろうか?
まず、この世界に来て何日経ってもジュエルシードの反応を見つける事の出来ないフェイトとアルフは、その事を母さんに報告するだろう。
すると――あの母さんがフェイトとアルフの報告を鵜呑みにするとは思えないので、おそらくこの世界に対して何らかのアクションを行うだろう。
傀儡兵を投入する?
いや、それだとジュエルシードを発見する前に管理局に発見される可能性が高い。
あの母さんの事だ。 この第97管理外世界の周辺が管理局の次元航行艦――アースラのパトロール範囲だと言う事を知らないはずがない。
1機2機くらいならアースラも感知できないかもしれないが、その程度の数ではジュエルシードをどうこうする事は不可能だと言う事もわかっているはず。
「だから、母さんがこの世界に何らかのアクションを起こす場合、アースラがこの世界を通り過ぎて――それなりに離れてからにするはず。
でも、それでもやっぱり傀儡兵を20、30と投入する様な派手な事をするとアースラがそれに気づいてしまうとも考えるだろうから……」
やるとしたら『地道な捜索』か『電撃的な何か』になるはずだ。
「海鳴に魔力を満たしてジュエルシードを無理やり暴走状態にするとか……」
自分が考えられる中で一番可能性が高いのはこれだ。
海鳴に住む人たちに多大な被害が出てしまうだろうが、それを気にしている余裕は今の母さんには無いのだから。
「アースラと平和的に接触する事ができたら母さんを捕縛するのも、フェイトとアルフを保護するも簡単ではないけれどできるはず。」
だけど。
『あなたは何者なのか?』
『何故、フェイトとアルフよりも先にジュエルシードを集める事が出来たのか?』
そんな質問をされる事は避けられない。
それに、こちらからアースラに接触した場合、『私は時空管理局の存在を知っている』と言っているのと同意になるので、前回の様に勝手に勘違いをしてもらう事もできない。
それどころか、時空管理局に報告無くジュエルシードを集めた事に関して何かしら処罰されてしまう可能性も否定できない。
「……本当の事を言っても信じてもらえるとは思えないしなぁ。」
むしろ、こんな話を信じるような人を信じる事が出来ない。
「だからと言って、アースラと接触しなかったら母さんの暴走を私1人で抑えないといけなくなるし――仮に抑える事ができたとしても、今度は拘束する場所が無い。」
庭園になら母さん程の魔力持ちを拘束できる場所があるかもしれないが、あそこは『プレシア・テスタロッサの庭』であり、自分の知らない抜け道等があるかもしれない。
「母さんを守る様に設定されているあそこを占拠する自身は無いな。」
でも、母さんを拘束できるような場所はこの海鳴には無い。
それにその場合、フェイトとアルフは時空管理局に所属する事はないだろう。
すると――罠にはまってしまった為に活躍はできなかったが、それさえなければ貴重な戦力であったはずのフェイトとアルフすらいない状態で闇の書とも戦わなければならなくなる。
「まず、勝てないな。」
管理局の協力が無いと言う事は、クロノはもちろんアースラ――アルカンシェルも無いと言う事だ。
クロノがいなければリーゼたちは自由に動いてしまうだろうし、アルカンシェルが無ければ闇の書のバグを取り出せても――それまでだ。
「闇の書をどうにかするためには時空管理局の協力が絶対に必要なのは間違いない。」
リーゼたちの氷結魔法に賭けてみるかとも考えたが、完成した闇の書の魔力を実際に体感した経験から言わせてもらうと、良くて2~3年ぐらいしか持たない様な気がする。
それに地上であんな魔法を使ったら、海鳴に――いや、この惑星にどれだけの被害が出る事になるのか(それでもアルカンシェルほどではないだろうが)見当もつかない。
「犠牲を出さずに――なんて、そんなのは所詮理想論でしかないかもしれないけれど。」
できれば被害は抑えたい。
仮にこちらの言葉全てを信じてもらえたとしても、どうしたら犠牲0で闇の書だけを消滅させてはやてとはやての家族たちを救う事ができるのかを自分は知らない。
それはつまり、結局また同じ事の繰り返しになると言う事ではないか?
「そうすると、また、アルカンシェルを撃たれ――たくはないなぁ。」
だが、それ以外に闇の書のバグを安全に処分する方法を自分は知らない。
「あっ!」
もう1つ大事な事に気づく。
「全部のジュエルシードを暴走する前に集めてしまったら、なのはちゃんがジュエルシードによって暴走した犬に襲われないから、接触する機会が全く無い事になっちゃうよ!」
もしかしたら、自分が何もしなくても2人は親友になるのか知れない。 しかし、この世界でも『ミスト』がいなかったら、2人の接点はどうなるのか見当もつかない。
もしも自分と会わない事でなのはちゃんがはやての親友にならなかったら、シグナムたちは魔法を知らない為に抵抗すらできないなのはちゃんを蒐集してしまうだろう。
そうなると――
「……私が知っているよりも早い段階で闇の書の蒐集が終わってしまう?」
それに、もしもジュエルシードの件で何かしらの処分を受けてしまった場合、はやてが闇の書の主である事をリンディさんたちに伝える事はできないだろう。
いや、伝えたとしても信じてもらえない可能性の方が高い。
「闇の書の機密レベルを考えると、知っているだけでも問題になりかねない。」
だが、放っておくと闇の書のバグがはやてごとこの第97管理外世界を滅ぼしてしまう。
「もしも、はやてが『ミスト』だったのなら、『ジュエルシードを使う事で闇の書のバグだけを消滅させる方法』があるということだけど……」
自分が知っている限りでは、八神はやての家や通っている図書館・病院及びその周辺にジュエルシードが落ちたという事実は無いし、今回も落ちていないだろう。
「暴走しているジュエルシードをはやての家に落とすわけにもいかないし。」
はやてが『ミスト』であるというのは自分の頭の中だけの『仮定』にすぎない。
そんなあやふやな物に幼い子供の命を賭けるなんて、とてもじゃないができはしない。
「なのはちゃんが――って可能性もあるし、なのはちゃんとはやての2人が――って可能性もある。」
いずれにしても、現状で、ミスト――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとヴィヴィオ・テスタロッサ・ハラオウンの融合体である自分には『闇の書のバグだけを消滅させる方法』を知る術は無いと言う事だ。
「アースラと接触するのなら、前みたいにこの世界とフェイトとジュエルシードを取り合う形で戦った方がいいのかもしれない――というか、それしかないか。」
リンディやクロノ、そしてアルカンシェルという戦力が無ければ事態を乗り越える事はできそうにないのだから、質問攻めにされる事になって仕方ない。
人間、諦めが肝心である事もある。
「でも、アルカンシェルで撃たれるのだけは嫌だな。」
フェイトにヴィヴィオの事を頼みはしたけれど、やっぱり、できるなら自分のこの手で助けてだして、抱きしめて、そして、守ってあげたい。
今の自分は、ジェイル・スカリエッティやその手下どもを蹴散らせるだけの力と知識を持っている、はず、なのだから。
「ね? ヴィヴィオ? ……ヴィヴィオ?」
胸の奥から、返事が無い。
(ヴィヴィオ? どうしたの?)
公園の片隅で娘に語り続けて1時間が経った。
「そんな……」
けれど――
「そんな…… 嘘、でしょ?」
返事は、無い。
「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ! 返事をして、お願い!!!」
何時の間にか流れていた涙が止まらない。
「嫌だ。」
アルフを失くし
「嫌だよ。」
バルディッシュは壊れ
「ヴィヴィオ……」
その上、死んだと思っていた娘まで?
「もう、失くしたくないのに……」
こんな世界で
「こ、こんなのは――」
家族を失くして
「こんなのは――」
1人になるのは
「嫌だ。」
「こんなのは嫌だぁああああ!!!」
どれだけの時間がったのだろうか?
空には太陽が顔を出し、時折人の声が聞こえてくる中で――
「!!」
彼女は突如ストレージデバイスから封印したジュエルシードを取り出した。
「ジュ、ジュエルシードは、願いを、叶える。」
それは、望んだ形ではないと知っているけれど
「ヴィ、ヴィオ、ヴィヴィ、オ、今、い、ま……」
フェイトは4つのジュエルシードの封印を解いて
「ヴィヴィオ、ヴィヴィオ、ヴィヴィオ……」
それを両手で握りしめて、祈る様に願い続ける。
それから数十分ほど祈り続けたが、ジュエルシードには何の反応もなかった。
もしも公園の片隅で無ければ、その異様な姿を目撃されて通報さたりしていたかもしれないが、幸運な事に誰にも見つからないで済んでいた。
「どうして…… 私を、私たちを、こんな世界に…… できたくせに……」
泣きすぎて、体力も無くなってきていたが――
「誰か、助けて……」
その時、手に持っていたジュエルシードではなく――
110109/投稿