目が悪くなりそうなほど眩い光の中、はやてはリィンフォースに初の命令を下した。
「管理者権限、発動。」
《……防衛プログラムの侵攻に割り込みをかける事に成功しました。
予想通り数分程度の猶予ができましたので、計画通りに事を進められます。》
「よし。 それじゃあ、守護騎士プログラムの修復を開始して。」
《了解。》
「おいで、私の騎士――大事な家族たち。」
「!!」
たった1発の砲撃魔法にできうる限りの魔力を込めるという慣れない事をしたために息切れをしているクロノは、八神はやての居た場所に巨大な光の玉が生じ、それを囲む様に4つのベルカ式魔法陣が浮かび上がるのをその目で確認した。
「な、なんだ!?」
その魔法陣が人の様な何かを出して消えたかと思えば、それらよりも大きな魔法陣が巨大な光の玉と4つの人影の下側に出現し――
ドンッ
突如、爆音と共に巨大な光の玉が天地を貫く様な閃光を放った。
「くっ! この感じは!!」
迂闊にもその光景を直視していたクロノだが、咄嗟に顔の前に手を出し、さらに目を逸らせる事ができたので、なんとか目が潰れるのを免れた。
そして、その光と音が消えた場所には――
『あ、あれは……』
「やっぱり、守護騎士プログラム……」
先ほどの4つの魔法陣は気付いた通り守護騎士プログラムの発動の為の物だったのだ。
「と言う事は、あの光の中には――」
『はやてちゃんが――たぶん、ミストも!』
エイミィの明るい声が耳に響くが、クロノの顔は厳しいままだ。
『我ら、夜天の主の下に集いし騎士。』
鞘に入ったままの剣を片手に持ったシグナムが、最初に口を開いた。
『主ある限り、我らの魂尽きる事無し。』
続いてシャマルが少し悲しそうに。
『この身に命ある限り、我らは御身の下にあり。』
おそらくはザフィーラだと思われる男性がそれに続けて
『我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に――』
ヴィータが最後を締めくくると――
ぴき
光の玉から卵が割れるような音がした。
「……」
エイミィやリンディ、他のアースラクルー、そして高町家の誰もがモニターに映る守護騎士プログラムたちの言葉を静かに聞いており、その音を聞いて息をのんだ。
「ミストさん……」
誰もが、八神はやてを助けたミストの姿を見たかった。
しかし――
「リィンフォース、私の杖と甲冑を……」
《はい。》
嬉しそうなリィンフォースの返事で、自身が服を纏った事を知る。
そして、目の前に現れた杖を握ると、自分とリィンフォースを包んでいた眩い光は消え去って――
辺りを見渡したはやては自分を囲む4人の家族の姿を確認した。
「夜天の光よ、わが手に集え!
祝福の風、リィンフォース……
セェエエットォッ アップ!」
杖から黒い光が幾つか散ると、それが自分の甲冑となった。
「はやてぇ……」
ヴィータが涙ぐみながら名前を呼んでくれる。
「すみませんでした。」
「あの、私たち……」
シグナムが謝り、シャマルが自分たちのやろうとした事の説明をしようとする。
「ええよ。 みぃんなわかってる。
リィンフォースがぜぇんぶ、教えてくれた……
だから、今は――」
『クロノ君! ミストさんは!?』
八神はやてとその家族は無事に闇の書の呪縛から解き放たれた様であるが、その為の指示をしてきたミストが何処に居るのか確認しろとエイミィが叫んでいる。
「少し待て!」
自分の居る場所と、先ほどから家族の再会を喜び合っている八神はやてと守護騎士プログラムたちの場所から考えると、おそらくは……
「エイミィ、見つけたぞ!」
クロノは自分と八神はやての延長線上でミストがその両手と虹色の魔力で何か――球体の様な物を抱え込んでいるのを発見した。
「一体何をしているんだ!?」
正直な処、早くアースラに戻って自分の部屋のベッドで眠ってしまいたいと思ってしまうくらいに疲れているのだが、辛そうな顔のミストの様子を確認すべきだろう。
『早くミストのとこに行って!!』
そう思って八神一家の上を通ってミストの側へ行こうとしたその時――
「この感じは!?」
憶えのある魔力を――つい先ほどまで戦っていた仮面をつけたままの知らない知人がミストに向けて見た事の無いデバイスを構えているのを発見した。
「させるかぁああ!!」
何時アースラを抜け出してきたのか知らないが、やっと助け出す事の出来た仲間を傷つける事は、例え恩のある人(猫?)であっても許すわけにはいかない!
「S2U!」
《了解!》
魔力的にも体力的にも彼女の相手をするのはつらいが、どうやら動けないらしいミストを守る為にも、今は自分がどうにかするしか――
《ブレイズ――》
「こっちも、させるわけにはいかないんでね!」
《ラウンドシールド》
「ちぃっ!」
もう1人の仮面が邪魔に入った為に、このままではミストへの攻撃を許してしまう。
「悪いな、クロスケ。
これ以上闇の書の被害を出さない為にも、彼女には最後の犠牲になってもらう。」
「なんだと!?」
最後の犠牲?
「あのデバイスは氷結に特化しているんだ。」
「氷結? ――まさかっ!?」
ミストをミストが抱え込んでいる物ごと氷漬けにすると言うのか?
「その為に、守護騎士プログラムの蒐集活動を補助していたのか?」
アースラが本局からこの世界に戻る際、エイミィが持ってきた過去の記録によれば、あの4人の守護騎士プログラムは相手が死ぬまで魔力を蒐集していた事もあると言うのに?
彼女たちだけではなく、その主のグレアム提督もそれを知っているはずなのに?
「……ああ。」
ふ
「ふざけるなぁあああああ!!」
闇の書がかつて自分の父の命を奪い、母が時折涙を流している事も知っている。
それだけではなく、そのずっとずっと前から、数えられないくらい多くの命を奪い、幾つもの世界を滅ぼしてきたという事も知っている。
「!?」
だが! だけど! だからと言って!
「何も知らない女の子を永遠に閉じ込めるつもりだったというのか! そんな事が、許されると思っているのか!」
クロノはS2Uを仮面の――リーゼロッテに向ける。
「わかってるさ! 私たちがしようとしている事が決して許されるはずが無いって事は!」
リーゼロッテもカードを取り出してクロノに向ける。
「でも仕方ないじゃないか! クロスケだって今のを聞いて理解したはずだ。
これ以上闇の書の被害を出さない為にはそれが一番確実な手段だって!」
戦闘の仕方や時空管理局に勤める為の心構えやら、彼女たちに叩きこまれたクロノはリーゼたちと同じ結論に辿り着いてしまう。
けれど
「それでも、誓ったんだ! もう、母さんの様な人を増やさないって!」
自分の大切な人たちには、隠れて涙を流す様な事をして欲しくないのだ。
「S2U!」
《了解!》
1発の光弾がリーゼロッテに放たれた。
「そんな物!」
しかし、リーゼロッテにとって――ミストとの戦闘によって多少は負傷していたとはいえ、彼女以上に疲れているクロノの放つ魔力弾を回避する事は簡単であっt
「!」
回避してから気づいた。
クロノの放ったそれ――スティンガースナイプは1発で複数の敵を攻撃する魔法弾!
「しまった!」
と言う事は、つまり!
「アリア!!」
自分が回避してしまった為にリーゼアリアへと向かっていったあの魔力弾を早く撃ち落とさなければならな――っ!?
ガシッ
「え?」
魔力弾を迎撃する為のカードを持っていない方の腕を、掴まれた。
「戦闘中に敵から意識を外すなとは、誰が教えてくれたんだったかな?」
「しまっ――」
《ブレイクインパルス》
「ロッテ!?」
双子だからだろうか?
ミストに標準をつけながら魔力を込めている時に、彼女の悲鳴を聞いた様な気がした。
「……でも、今はすべき事を!」
《エターナルコフィン》
放たれたそれは、まっすぐにミストへ向かい
「なっ!?」
周囲の空気を凍らせながら彼女を貫き、そのまま上空――宇宙へと飛んで行った。
「……幻影、魔法?」
ミストはそんなマイナー魔法を使えたのか?
「いや、違う。
この場合は、闇の書が蒐集していた魔法だと考えた方が自然!」
リーゼアリアは八神一家の方へデュランダルを向け――
「強制転送魔法!?」
シャマルとザフィーラが、ミストをどこかへ転移させようとしているのを見つけ――
どごん
クロノが放ちリーゼロッテが回避したスティンガースナイプが後頭部にとても良い角度で当たり、リーゼアリアは気を失った。
「あれは……」
何処に隠れていたのか、仮面の――おそらくリーゼアリアが放った強大な冷気の魔法が大空に氷の道を作ったのが見えた。
「そっか、あの2人の目的は、闇の書を氷漬けにして封印する事だったんだ。」
「なるほど……」
私の推測にシグナムが納得した。
「どういう事なん?」
魔法に詳しくないはやてには今の言葉だけで理解できなかったみたいだ。
「はやてちゃん……
アルカンシェル──強力な魔法で闇の書を破壊しても、どこかで復活してしまうって事は教えてもらったのよね?」
「うん。」
「だから、あの2人は――」
「破壊しても再生しちまうんなら、氷漬けにして永久に閉じ込めようとしていたって事だ。」
「氷漬け?」
「闇の書と融合したマスターなら氷漬けくらいでは死なない……けど動けない。
マスターが動けないなら闇の書も世界を滅ぼせないし、破壊されたわけではないから何処か別の世界に行っちゃう事もない。」
「……なるほど、ようわかったわ。」
シャマルとヴィータの説明を受けて、やっと氷漬けにする意味がわかったみたいだけど、自分が永遠に氷漬けにされたまま生き続けなければならない事になるところだったと言う事までは理解して居ない様だ。
「まぁ、闇の書とマスターが融合出来てしまう時点で、666ページ分の魔力が集め終わっているって事だから、あの程度の氷結魔法じゃ封印なんてできないでしょうけど。」
「そうなん?」
「ええ。」
「ねえ、そろそろ苦しくなってきたんだけど?」
あの魔法について色々と語るのは後回しにして、計画した通りにして欲しいんだけどと、ミストは辛そうな顔で言う。
「すまんな。」
「ザフィーラさん、あなたは謝らなくても良いです。
ちゃんと計画通りにしようとして準備してくれていますから。」
「いや、そうではなく……」
……
「なおさら、謝らないでください。」
「そう言ってくれるのはありがたいが、な。」
謝らないといけないのは私の方かもしれない。
私がこの世界に来なければ──私の知っている本物の『ミスト』がいたら、きっと不特定多数からの蒐集行為なんてしなくても、リーゼたちからの干渉を受ける事も無く、闇の書からはやてを解放してくれていたかもしれないのだから。
「ミストさんは、本当にこれでええの?」
「良いとか悪いとかじゃなくて、もう、これしか手が無いんだよ。」
私が両手で抱きしめているコレを解き放ってしまったら、闇の書の悲劇は繰り返される事になってしまうのだから。
『ミスト!』
「エイミィ!」
やっと、アースラとの通信が復活したらしい。
『やっぱり無事だったんだね!』
「……ちょっと、無事とは言い難いかな?」
『え?』
「アルカンシェルの準備はできているよね?
今から闇の書が暴走する原因になった物体と一緒に宇宙空間に転移するから――」
『まって!』
「エイミィ?」
『……ちょっと、待って……』
どうしたのだろうか?
アルカンシェルの発射シーケンスに何か問題が生じてしまったのか?
『……ミストが今抱えているのが、“闇の書が暴走する原因”なの?』
ああ、そう言う事か。 私が説明するまでも無くエイミィは気づいてくれたんだね。
「そうだよ。 これがあると、闇の書を本当の意味で消滅する事ができないんだ。」
『わ、私の目が悪くなったんじゃなければ、それ、ミストの手とくっついて……』
「うん。 くっついているよ。 もう、これしか手が無かったんだ。」
『あ、アルカンシェルを、アルカンシェルを発射する瞬間に、ミストはそれを――』
「エイミィの思っている通り――」
モニターの向こうで泣きそうな顔のエイミィには真実を告げなければならない。
「――無理だよ。」
クロノが戻って来ているって事は、リンディさんも戻って来ている可能性が高いけれど、もし戻ってきていない時は、アルカンシェルシェルを撃つのは彼女たちの仕事なのだから。
『そ、そんな……』
『ミストさん! あなた、なんで、そんなあっさりと!』
「あ、リンディさんもアースラに戻って来ていたんですね。 よかった。」
『よかったって、あなた…… 自分が何をしようとしているか、わかってい――』
「エイミィじゃ、引き金を引けないかもしれないと心配していたけど、リンディさんならアルカンシェルで私ごとコレを撃つ事が出来ますよね?」
『!!』
モニター越しでさえ、震えているのがわかるほどに動揺している。
『本当に…… 本当に、それしか手が無いのね?』
「残念ながら、ね。」
『そう……』
『……アルカンシェル発射準備
目標、アースラ前方300キロメートル――』
101212/投稿