アースラにアルカンシェルを取り付ける作業が大きな問題も無く無事に終了して、再び第97管理外世界にやって来てから3日が過ぎた。
リンディはアースラをエイミィたちブリッジクルーに任せて、息子であるクロノを連れてイギリスのギル・グレアムの家を訪ねていた。
当初の予定ではアースラが第97管理外世界に戻ってすぐに彼の家を訊ねるつもりだったのだが、相手は現場から退いているとはいえ時空管理局の提督で顧問官であり、フェイトの件でも多少なりとも世話になっている。 リンディが礼儀としてまず連絡を取り、都合の良い日を訊ねた処この日に訊ねる事になったのだった。
「此処に来るのも久しぶりね。」
門の横にある呼び鈴を鳴らすボタンを押す。
ボタンの3センチほど上には家の中からでも客の顔が見える様に小さなカメラが付いており、リンディはクロノと2人並んでカメラの前に立つ。
いくら礼儀とはいえ、それによって3日も余分に時間を与えてしまった事に後悔しつつも、横に居るクロノを不安に与えない様に笑顔を維持する。
『君たちか。』
グレアムの声がボタンの下のスピーカー部分から聞こえてくる。
「グレアム提督、お久しぶりです。 今日は――」
『ああ、訊ねて来てくれる君たちの為にお茶の準備をしておいた。 門と玄関の鍵は今開けるからそのまま入って来てくれ。』
スピーカーがプツッと音を立てた直後にカチリという音がして、門の――それと玄関の鍵も開いたという事を2人に知らせた。
「逃げも隠れもしないと言う事でしょうか?」
「……罠の可能性もあるわ。」
恩人と呼んでも過言ではない彼を疑いたくはないが、彼の使い魔たちが闇の書とその主、主を守る守護騎士4人を守っている事はもはや明白と言ってよい。
彼が今回の事件に関係があり、例の仮面の2人組がリーゼたちであったならば、このタイミングで自分たちが訪ねてくる理由もわかっているだろう。
こちらは、こちらの質問に「知らぬ、存ぜぬ」を貫かれてしまえばそれ以上どうしようもないし、グレアムもその事を知っているだろうから突然攻撃をしてきたりする様な事は無いと思うが、守護騎士たちが最後に蒐集しようとしている高町なのはを襲おうとした事から考えると、もうそろそろ闇の書が完成するという時期であるはずである。
リンディとクロノと言うアースラの2大戦力をこの海鳴から離れた土地に足止めする事が出来たならば、彼の計画は……
「クロノ、デバイスを。」
「準備してあります。」
ミストに頼まれて彼女の――隠そうとしている虹色ではない、黄色の魔力に合わせた“ストレージデバイス”を作る時に、どうせからだと自分のデバイスも最新の部品を使ってフルチューンしておいて良かったとクロノは考えていた。
最悪、ギル・グレアムとその使い魔2匹を相手にしなければならないのだ。 0・1%でも勝率を上げる事ができたのかもしれないなら、その価値は十分にあったと言えるだろう。
「そんなことは無いと思いたいですが――」
クロノは眉間に皺を寄せて、何度も話し合った事を確認しなおす。
「事態が悪い方向に向かったら、僕が囮になっている間にアースラに転移してください。」
理由は単純。
艦長であるリンディがアースラに居なければ、いざアルカンシェルを撃たねばならいと言う時に面倒な手続きをしなければならなくなるからだ。
闇の書に蓄えられた魔力の量によっては、1分1秒が命取りになりかねないと言う時に時間のロスをしてしまい、この世界が消滅してしまうなんて事になっては意味が無い。
「……頼りにしているわ。」
「ええ。」
その時にクロノを、愛する息子を置いて行く事が本当にできるのか?
リンディにその自信は無い。 ……自信は無いけれど、その覚悟はすでにしてある。
門から玄関までの距離がもっとあれば良いのに……
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「むっ!?」
「この感じ、誰かが大規模な魔法を使用しようとしている!?」
最近やっと起き上がれるようになったシグナムとヴィータをベッドで寝かせてばかりいるのも不健康だし、いちいち2階まで食事等を運ぶのも手間がかかるからと1階のソファに座らせてテレビを見せていたシャマルとザフィーラは高町家とは反対の方向からかなりの規模の魔法が使用されかけているのを感じ取った。
「この魔力は…… 例の仮面の内の1人の物だな。」
「そのようだな。」
くつろいでいたシグナムとシャマルの代わりに料理を作って運んでいたザフィーラは仮面の2人組と直接接触した事があったので、この魔力が誰の物なのか推測ができた。
だが、彼らほどの魔導師になると使用者を特定される様なヘマをするとは思えない。
「確か、奴らの目的は闇の書の完成だったか?」
「……言葉を信じるのならば、な。」
完成した闇の書を何に使うのかは分からないが……
「それってさ、私たちが怪我のせいで魔力の蒐集ができないままだと、やつらは完成した闇の書を手に入れる事が出来なくて、困るって事だよな?」
ヴィータの言葉が、4人に最悪の事態を想像させる。
「まさか……」
「さっさと闇の書を完成させないと、この街を滅ぼすぞと言う警告?」
これだけの魔力が使われる魔法ならば、この街を――自分たちが病院にいるはやての下に辿り着く前に滅ぼす事が十分可能だ。
「シャマル!」
「ええ!」
時空管理局の人間がまだこの世界に居るかもしれないが、そんな事を気にしている場合ではない。 間に合わない可能性をうだうだ考えるよりも、1分1秒でも早くはやてを確保して安全な世界へと逃げなけれ――
「お前たちの主をどうこうするつもりはない。」
何時の間にか家の中に侵入していた仮面の片割れがソファの――シグナムとヴィータの後ろに立っていた。
(嘘だろ?)
(怪我をしているとはいえ、全く気配を感じなかった……)
4人が、特にシグナムとヴィータが驚愕していると、そいつはカードの様な物を何処からともなく取り出して、ソファから離れる事の出来ない2人の頭にくっつけた。
「はぁっ! こ、これはっ!」
「ぐぅっ! や、やめろっ!!」
2人にくっつけられたそれが淡い光を放ち、その光がシグナムとヴィータを包み込む。
「なんてことをっ!」
シャマルにはその光がかなりの規模の治癒魔法である事がわかった。
「お願いだからやめて! そんな強さの治癒魔法を使ってしまったら、時空管理局に私たちが此処に居る事がばれてしまうじゃないの!!」
ついさっき、それを恐れずに転移しようとしていたシャマルがそれを言っても、と思う者もいるかもしれないが、要は優先順位の問題である。
何よりも大事なはやての安全の為ならば多少の危険は仕方ないが、2人の怪我を治す為にリスクを背負うのは避けるべきだと考えていたのだ。
「安心しろ。 もし時空管理局の人間がこの世界に居たとしても、あっちのでかい魔力の方に気が向いてこの回復魔法に気づいたりはしないさ。」
「なっ!?」
こいつは自分が何を言ったのかわかっているのか?
それは、自分たちの怪我をさっさと治して、再び魔力の蒐集を行わせる為だけにあれだけの魔力を用意したと言ったのと同意ではないか?
「ほら、呆けている場合じゃないぞ。
あの魔力が疑似餌だと気づかれる前に、さっさと高町なのはを蒐集して来い。」
そして、あの子供の事も知られていた。
「……わかった。」
シグナムはその命令に渋々頷いた。
目の前の仮面は、あの魔力が管理局の目を引き付ける為の疑似餌だと言っているが、本当にそうだと言う証拠は無いからだ。
自分たちの誰か1人でも、高町なのはの下ではなくはやての居る病院に向かったら、その瞬間にあの魔力がはやての命を奪ってしまうという可能性は否定できない。
「シグナム、ヴィータ、動けるわね?」
「ああ。」
「ちっ!」
はやての無事を祈りながら、シャマルの転移魔法でなのはの家の上空へ移動した。
それしかできない自分たちが酷く惨めに思えた。
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「エイミィ!」
突然強大な魔力が街中に発生したのを感知したという情報を聞いたフェイトは、アルフのリハビリを兼ねた訓練を止め、通信室に走ってアースラのエイミィと連絡を取った。
『艦長とクロノが居ない時に、偶然こんな事が起こるとは思えない。
これは、あの仮面の2人組がギル・グレアム提督の2匹の使い魔だって事でほぼ確定したと考えて良いって事だと思う。』
「うん。」
今まで見た事が無い、すごく真剣なエイミィの顔が事態の深刻さを物語っている。
『でも、あの日から今日まで、八神家で魔法が使われたのを確認できていないから、前回の戦闘で怪我を負ったシグナムとヴィータは未だ本調子ではないはずなんだよ。』
アースラはもちろん、八神家の付近に設置してある機器にも感知できなくらいの小規模な治癒魔法は使っているかもしれないが、彼らが人間ではなくロストロギアのプログラムである事を考慮してもその程度の魔法であの怪我が完治するはずはない。
『だって言うのにこんな強硬手段を取ったって事は、おそらく、今日、艦長とクロノが居ない間に闇の書を完成させる方法が存在するって事だと思う!』
「そんな!」
緊急事態だ。
『だから、フェイトとアルフは今すぐこっち――ううん、ミストの所に行って、艦長とクロノが戻って来るまででいいから事態を抑えて欲しい。』
アースラクルーを現場に送る事も出来るが、2匹の狙いが彼らの魔力を守護騎士たちに蒐集させる事である可能性は十分にありえる。
それに、アースラは最悪の事態に備えてアルカンシェルの準備をしなければならないので、地上に送る事ができるのは封鎖結界を張れる程度の人員となる。
「アースラを経由しないでミストの所に直接なんて、そんな事をしてもいいのかい?
確か、私たちがあの世界に潜伏している事はあの4人はもちろんグレアム提督にもばれないようにする為に、今まで面倒くさいながらもこそこそとしていたんじゃ?」
下手をしたら隠れ家の場所がばれてしまうのではないか?
そもそも、この事態がエイミィの考えるような状況ではなかったらどうするのか?
『いいんだよ! リーゼたちがこんな手段にでたって事は、私たちの事は全部ばれているって考えて間違いない! 相手はあのグレアム提督だし、私たちの知らない情報網があっても全然不思議じゃないんだから!
それに、これで何か問題が起こっても責任は私が取る!』
フェイトに送ったのと同じ情報をリンディとクロノに送り続けているが何も反応が無いと言う事は、2人はギル・グレアムの家で足止めをされていると考えられる。
それは、今現在、第97管理外世界で闇の書の4人の守護騎士――と、さらにリーゼ姉妹の2匹を相手にしなければならない戦力はアルカンシェルの準備で忙しいアースラクルーと隠れ家で1人留守番しているミストだけだという事である。
「ミストは今どうしているの?」
『なのはちゃんの家に向かって――!!』
エイミィの声が途切れ、フェイトとアルフに近況が走る。
「どうしたの!?」
『シグナムたちと戦闘に入った!
あっちの魔力に気が向いている間に、治癒魔法を使われたんだ!』
「なんだって!?」
前衛の2人が怪我をしているからこそ、八神家の監視はミスト1人だけでも良いと考えられていたのだ。 それなのにこう言う事態になってしまったと言う事は、やはりこちらの情報が全て筒抜けになっていたのだろう。
『急いでこっちに来てミストの援護を!』
「わかった! 行くよ、アルフ!」
「ああ!」
「理由はよくわからないけど、あなた達はあの家を狙っているみたいだね?」
「くそっ!」
本当は理由を知っているのだが、それを知らない演技を続けるミストによって高町家に強固な結界が張られたのを見て、ヴィータは悪態をついた。
バチッ!
ミストを守るように彼女の周囲をくるくると回っている魔力弾の1つにザフィーラの放ったバインドが弾かれた。
「……バインドを飛ばしても防がれるか。」
「それだけじゃないわ。
あの魔力弾のせいでシグナムもヴィータも接近戦に持ち込めない。」
どこかで見ているであろう仮面の2人組がはやてに害を成す前に高町なのはの魔力を蒐集しなければならないと言うのに、あの少年執務管より強い魔導師を突破できない。
「諦めるな!」
焦っている3人にシグナムが喝を入れ、シュランゲフォルムにしたレヴァンテインに魔力を込めて、魔力弾の塊と言っても過言ではないミストを攻撃する。
バッバババババババババッバババババッ!!
その一振りがミストの魔力弾を20程破壊した。
「敵は1人で私たちは4人!
あれほどの魔力弾を展開した以上、先にばてるのはあいつの方だ!」
あれほどの魔力でコーティングしたと言うのに、レヴァンテインに罅が入ってしまったのに気付かないふりをして、シグナムは攻撃を続ける。
「それも、そうだ、なっ!」
無茶をしたシグナムに共感してか、ヴィータは放り投げた鉄球をグラーフアイゼンで渾身の力を込めて叩きつけてミストの魔力弾を1つでも多く破壊しようと――
ガギィインッ!
魔力弾に当たったはずの鉄球が跳ね返り、道路に深い穴を開けた。
「なんだ!?」
ガンッ!
先ほどよりも多めに魔力を込めたシグナムのレヴァンテインも同じ様に跳ね返される。
「シグナム! ヴィータ!
魔力弾に擬態したシールド魔法か何かを混ぜたんだわ!」
持久戦に持ち込もうとしたシグナムの作戦の対策を立てられたのだとシャマルが告げる。
「少し、違う。」
しかしミストがシャマルの説をすぐさま否定した。
「混ぜたんじゃない。 最初から混ざっていたんだ。」
「なっ!?」
「……ちっ! 持久戦に持ち込もうとして、逆に消耗をさせられたって事か。」
今は1対4で戦っているが、いつリーゼ姉妹が参戦してくるかわからない。
しかし、だからと言ってこの4人を相手に魔力を温存して勝てるとも思えない。
そう考えたミストが取った策の1つがシグナムとヴィータの魔力を消耗させる事だった。
「……先に破壊した魔力弾は、布石だったと言う事か。」
シグナムが魔力をこめたレヴァンテインをあえて魔力弾だけで受ける事で敵に魔力弾を破壊する事で相手の魔力を消耗させようと考えさせて、相手に今まで以上に魔力を込めた一撃を放たせて無駄な消耗をさせたのだ。
「今のでわかったと思いますが、あなた達の攻撃は私に届きません。
これ(魔力弾とそれに擬態した防御魔法)が在る以上、そのアームドデバイスでの直接攻撃はできませんし、中距離攻撃や遠距離攻撃も私の防御を抜ける事はできません。
無駄な抵抗は止めて、大人しくバインドされてください。」
何度目になるかわからない降伏勧告をされるが、シグナムたちにはそれを受け入れる事は絶対にできない。
「黙れっ! 私たちは退けないんだ! 絶対に!」
ガシュガシュッ!
ヴィータがカートリッジシステムを使って巨大化したグラーフアイゼンを――
《ブリッツアクション》
ストレージデバイスの無機質な音声が響いたと思った直後、ヴィータはグラーフアイゼンを大きく空振りした。
「なんだとぉっ!?」
「残念だったね。
私はロングレンジもミドルレンジもクロスレンジも、全部やれるけど、クロスレンジの戦闘経験の方が多いんだよ。」
《ストラグルバインド》
かつて、執務官になるなら覚えておいた方が良いと義兄に教えてもらった魔法によって完全に戦闘不能状態になったヴィータに、その言葉は届いただろうか?
「まさか、クロスレンジもやれるなんてね……」
謎の仮面2人組の正体が自分たち、ギル・グレアムの使い魔である事は予想されているだろうし、考えられるだけの対策もされているだろう。
「そのうえストラグルバインドが使えるなんて、本当に厄介な相手だわ。」
しかし、所詮は予想であり確定ではない。
この計画が上手くいって、この後八神はやてを闇の書ごと凍結封印できたとしても、念の為に定期的な様子見はしなければならないだろうと考えると、仮面の下を見られない方が色々と都合が良いというのは言うまでも無い事だった。
「あの魔力弾を回避しながらストラグルバインドを受けないようにするのは……」
「でも、援軍が来たら、それこそもう手出しができなくなる。」
今からあの戦いに参加しても彼女を止める事は難しい。
ストラグルバインドで無力化されたヴィータを助け出す事は可能かも知れないが、それだけをして退いたらヴォルケンリッターの戦意は今よりも低くなる。
しかしミストと戦って倒した場合、蒐集させないのはあまりに不自然だ。
彼女の強固な結界を暴走した闇の書が使えるようになってしまったら……
万が一、億が一、こちらが用意したデュランダルによる永久凍結魔法を防がれてしまう可能性が無いと言い切れない。
「単純に、さっきのブリッツアクションで回避されてしまう可能性もあるしね……」
百戦錬磨の自分たちでさえ遅れを取ってしまいかねないあの速度は厄介だ。
まして、あの魔法は発動が遅いと言う欠点があるのだから。
ピピッ
そうやって悩んでいた2匹に、今回の為に新しく組み上げたストレージデバイスが地味な電子音を鳴らしてトラップが作動した事を知らせた。
「アリア!」
「ロッテ!」
どうするべきかと悩んでいた2匹にとって、それは朗報だった。
「予想通りだね。」
「これで、後はクロノか高町なのはを……」
トラップを設置した場所へ向かいながら、2匹の使い魔はミストが高町家を守る為に張った結界の解析を始めた。
101017/投稿