深夜、とある病院の近くにある24時間営業のファミリーレストランで1人の少女を主とする4人組が暗い顔で話し合いをしていた。
「どうする?」
赤い帽子を被っている少女がお子様ランチのスパゲッティをフォークにくるくると絡ませ続けながら残りの3人に訊ねた。
「まだ早いとは思うけど?」
店員や他の客たちに見られたりしない様に左手で握りしめている銃の弾の様な物に魔力を注ぎ込みながら、もう片方の手で持ったスプーンでかぼちゃのスープをかきまぜ続けている緑色の服を着た女性は眉間に皺を寄せながら答える。
「むしろ、その仮面の2人組を蒐集した方がいいのではないか?
もしかしたら、あの子供から蒐集する必要が無くなるかもしれないぞ?」
2皿目のステーキを半分残している、4人の中で唯一の男性が大事な主人の大事な親友を傷つけることなく目的を達する事ができるかもしれないと思いつく。
「……手合わせたわけではないが、やつらはかなり強いだろう。
まして、闇の書の事を知られている以上、我々の事も知っている可能性がある。」
赤と言うよりも赤紫やピンクに近い色の髪をポニーテールにした女性が、赤い帽子の少女と同じ様に大盛りのパスタにフォークを突き刺してくるくると回しながら、こちらの手の内を知られている可能性がある以上、迂闊なことはできないと告げた。
「ついでに、我らの家の場所も知られていると考えた方がいいだろうな。」
「ちっ!」
続いた言葉に赤い帽子の少女が舌打ちをし、皿の上のスパゲッティが全部巻き付いたフォークを自分の口の中に突っ込んだ。
ポニーテールの女性も、それに続いた。
どうしたら『良い』のか、わからないのだ。
「……そう考えると、はやてちゃんが入院する事になって家に居なくなるのは不幸中の幸いと言うべきなのかしら?」
「残念だが、そうは言えないだろう。
……家の場所がばれているのなら、通院している病院も知られていると考えるべきだ。」
やっぱりそうよねと呟いて、緑色の服の女性はスープを口に運び、男は男で残りの肉を全て口の中に放り込んだ。
『安全を考えるのなら、別の世界に行くべきだ。』
4人はそう考えている。
しかし、主の容体を考えると、この世界から出て行く事は出来ない。
こう言っては何だが、この世界の医療技術は悪くは無いが良くも無い――むしろ、この世界よりも医療技術の進んでいる世界はきっとたくさんあるだろう。
いや、闇の書に魔力を吸われている事を考えると、重要な事は医療技術ではなく魔法技術なのかもしれない。
その点で言えば、この世界の医者では主の容体が治す事は決してできないと断言できる。
しかし、医療技術や魔法技術が進んでいる世界は社会システムも進んでいるものなのだ。
「仮に別の世界に行ったとしても、その世界の戸籍も何もないはやてではその世界の病院に行って正規の治療を受ける事はまず出来ない。
それどころか、その世界の警察などに厄介なってしまうことなる。」
パスタを飲み込んだ女性はリスクを語る。
戸籍や住民票などの確認も片手で持てるような機械を目に当てて網膜をピッと調べるだけで済んでしまうだろう。
科学や魔法の技術が進むとは、そう言う事なのだ。
「それでも治療を受けようとするのなら、危ない橋を渡って闇医者に見せる事になるが、そいつが信用のできる人物である可能性は限りなく低い。 足元を見られてふっかけられて、その上、碌な治療も受けられないだろう。」
アンダーグラウンドな世界では信用が大事。
信用できない相手と取引をする馬鹿は早死にするし、信用を裏切っても早死にする。
だが、そもそも『信用できる医者』が『信用できるままで闇医者になる』なんて事は殆どあり得ないと言っていい。
そんな稀有な存在と接触できるツテもコネもこの4人にはない。
「そもそも、はやてを治療してもらう為には『闇の書とはやての繋がり』をその医者に隠さず全部話さなければならない。
そんな事をしたら――最悪の場合、はやての命を狙う物も現れるだろう。」
医療技術と魔法技術が進んでいる世界は時空管理局に所属していると考えるべきだ。
時空管理局に所属して居ないのなら、その世界は管理局に対して何か大きな問題を抱えていると考えてもいい。
そんな世界に主を連れて行くのはメリットよりもデメリットの方が大きい。
「蒐集のペースは落ちてしまうが、ザフィーラを除いた私たち3人の内誰かが常にはやての側にいる事が出来るようにすべきだろう。」
本来なら主の側にいて欲しいのはこのメンバーで唯一の男――ザフィーラであるのだが。
「……そうだな。」
彼は基本的には青い毛色の大きな狼の姿をしているが、今の様に人型にもなれる――なれるのだが、その姿は筋骨隆々のむさ苦しい成人男性である。
この世界の常識と照らし合わせて考えてみると、そんな男がはやての様な幼い子供の側に四六時中付いて回ると医者や看護士、他の病人などに不審に思われてしまうだろう。
戸籍も何もない4人が周りから奇異の目で見られるのはよろしくない。
一応、魔法で姿を変える事も出来なくもないのだが、彼の人型の姿ははやての主治医に見られてしまっているので、これ以上はやての家族を増やしてしまう事になるのは……
「じゃあ、私が側にいる事にするわ。」
カボチャのスープを飲み終えたシャマルが提案する。
『はやてを守る』と言う面ではザフィーラに劣るが、瞬間移動魔法などが高速で扱える彼女ならばいざという時にはやてを抱えて逃げ切る事ができるだろう。
「そうだな。
シャマルならはやての相手をしながらカートリッジに魔力を補給する事も出来るし。」
お子様ランチのデザートであるプリンを飲み込んだヴィータが同意する。
できるのならはやてから離れたくない、側に居たいと思っているのだが……
「……そうだな。
蒐集の効率や主の安全性を考えると、私とヴィータは蒐集に回ったほうが良いだろうな。」
食後のコーヒーを飲みこんで、リーダーであるシグナムは決定を下した。
「私たちの家族、はやての為に。」
「ああ、はやての為に。」
「はやてちゃんの為に。」
「はやての為に。」
「店長……」
「よくわからんが、そんなに怖がるな。」
「でも、なんか怖いです。」
「……多分、あの病院に入院した家族がいるんだろう。 湿っぽくなるのは仕方ないさ。」
「そういう客はこれまでも見ましたけど、話し合っているみたいなのに少しの声も音も聞こえないなんていうのは初めてです。」
「……気にするな。 特別にパフェを食わせてやるから。 な?」
「……はい。」
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「はやてちゃん、具合はどうなの?」
放課後、なのはははやての病室にお見舞いに来ていた。
昨晩、日曜日に予定が無ければアリサやすずかと一緒に図書館に行かないかという旨の電話をかけたところ、ものすごく慌てた様子で電話に出たのであろうヴィータから事情を聞いていたのだ。
そう言えば連絡するのを忘れていたと謝った少女が慌てて電話に出たのははやての事で病院から連絡が来たのかもしれないと思ったかららしい。
「心配掛けてごめん…… それと、来てくれて、ありがとう。」
「謝らないで。 親友なんだから、お見舞いに来るのは当たり前だよ。」
お互いにくすりと笑い合う。
「シグナムさんたちは、その、忙しいの?」
はやてから家族が最近家に居ないと寂しがっている事を知っているなのはは、はやてがこんな時くらいは側に居るのではないかと思っていたのだが、病室に来てみるとはやてが1人で本を読んでいるのを見て少し悲しい気持ちになってしまったのだ。
「そうみたい。 あ、でも、今日はシャマルが居てくれてる。」
「シャマルさんが?」
「うん。 今ちょっと席をはずしてるけど、トイレとか助かってるわ。」
「そうなんだ。」
嬉しそうにそう話す親友の笑顔を見る事ができて、流石に1人くらいははやての側に居てくれているのだなと、なのははほっとした。
「なのはちゃんのほうはどうなん?
この前電話したら、最近家庭教師に勉強見てもらってるって桃子さんが言うてたけど?」
家庭教師と聞いて一瞬誰の事だろうかと悩んだが、すぐにクロノの事だと気づいた。
「ああ、家庭教師って言っても、ちょっと用事で海鳴に来ている親戚の人が、用事がすむまで勉強を見てくれる事になったってだけの事だよ。」
「そうなん?」
「そうだよ。」
すずかとアリサにもその様に説明している。
自分の成績が落ちたから家庭教師を雇われたと思われるのは流石に嫌なのだ。
「私と遊ぶようになって成績が落ちたんやとしたら悪い事したなぁって思ってたけど、そう言う事だったんやね。 よかった。」
「そんな事考えていたの? はやてちゃんは心配性だなぁ。」
なのはははやての頭を撫でながら、私は大丈夫だよと囁いた。
「ほら、図書館で一緒に勉強した事もあったでしょ?
はやてちゃんと一緒にいて成績が落ちる事なんて、これから先もないよ。」
そう断言するなのはの笑顔に、はやても思わず笑顔になる。
「……なのはちゃんは優しいなぁ。」
知りあって数ヶ月しか経っていないと言うのに、この人が自分の事を親友と呼び、そう扱ってくれる事で、どれだけ心が救われてきただろうか……
「私が優しいんだとしたら、それは、はやてちゃんが親友だからだよ。」
誰にでも無条件で優しいわけではない、はやてにだから優しくしたいのだと宣言する。
実際、魔力を狙ってくるかもしれないロストロギアがはやてに危害を加えたら、どんな事情があっても、ミストやクロノ先生に止められても、この手で壊してやると思っている。
……いざという時の為にバリアジャケットやバリア系の魔法も教わっているが、何度頼んでも攻撃魔法を教えてくれないクロノの事をケチだと感じ始めていたのだ。
「なのはちゃ――」
がららら
はやてがなのはにもう一度感謝を伝えようとした時、病室の扉が開いた。
「ただいま、はやてちゃん。
頼まれていた週刊漫画雑誌と蒟蒻のお菓子、買ってきた――あら、なのはちゃん?」
シャマルが席をはずしていたのははやてに頼まれてお使いをしていたかららしい。
「お邪魔しています。 シャマルさん。」
「あら、いいのよ。 なのはちゃんならいつ来てくれても大歓迎。
はやてちゃんの話し相手になってくれていたんでしょう? ありがとうね。」
おっとりとした雰囲気を持つシャマルが戻ってきた事で、元々穏やかだった病室の空気がさらにのんびりとしたモノになった気がする。
「いえ、そんな、感謝される様な事じゃないです。」
自分の言葉に照れているなのはを見て、シャマルはある事に気付いた。
(魔力が、前よりも感じられない?
肉体的にも精神的にも成長する時期のはずなのに……)
なのはが魔力を抑える練習をしている事を全く知らないシャマルにとって、その変化は自分たちの計画に多大な影響を与えかねない重大な問題であった。
「なのはちゃん、ちょっと失礼。」
「え?」
シャマルの右手の平がなのはの額にぴったりと当てられる。
「熱は、無いみたいね。」
「え? え?」
突然体温を計られたなのはは驚いて声を上げる。
「な、何ですか?」
(しまった! 思わず手を出してしまった……)
なのはの当然の質問に、シャマルは焦ってしまった。
「あ、その……」
(体調不良が原因で魔力が減っているのかと思ったけれど、だからと言ってやって良い事ではなかった。
これじゃあまるで、はやてちゃんの事を気に病むあまり、折角来てくれたお客さんに「あなたは病気を持っているかもしれないからはやてちゃんにうつしてしまう前にさっさと帰って頂戴。」と言ってしまった様なものだわ。)
思わずとはいえ、なんというか、とても失礼な態度を取ってしまったかもしれない。
しかし、今さらそれいがいの言い訳をするのも不自然すぎる。
あまりにネガティブな方向に考えすぎているかもしれないが、自分たちが――今は自分を含めないが――忙しくしている間のはやての精神的な支えとして、高町なのはという存在は蒐集するしないに関わらず、決して失うわけにはいかないほどに重要だと言えるのだから仕方ない。
「こ、この前見た時よりも顔色が悪かったから、ちょっと気になってしまって。」
今はもう、なのはちゃんは良い子だから、そんな風に受け取らず、「ただ体を心配してくれたんだな。」と思ってくれるかもしれない事に賭けるしかない。
「でも、気のせいだったみたい。
この部屋の明かりは強いから、いつもよりも白く見えたんだわ。」
親友の家族とはいえ、それほど親しくして居ない他人に額を触られて不愉快な気持ちになったかもしれない事が気になるが、この説明で何とか納得してもらうしかない。
「そ、そうだったんですか。」
「そうなのよ。 びっくりさせちゃってごめんなさいね。」
「あ、いえ、気にしないでください。」
もしもこの場に誰も居なかったら、「やった!」と叫んでいたかもしれない。
(本当、なのはちゃんが良い子で良かったわ。)
上手く誤魔化せた事でほっと一息ついた。
「シャマル。」
なのはとシャマルのお話が一段落着いたと思ったはやてが名を呼ぶ。
「お菓子はご飯の後ですよ。」
そう言いながら、買ってきた雑誌は机の上に、お菓子は小さな冷蔵庫の中に入れる。
「ちゃうちゃう、なのはちゃんがお見舞いにお花持ってきてくれてるんやけど、花瓶か花瓶の代わりになりそうなモノって借りれるかなって。」
「ああ、そう言う事なら――ちょっと聞いてくるわね。」
シャマルは病室に2人を残し、少し急ぎ足でナースセンターに向かった。
「お菓子、食べても良いの?」
「……本当は食べちゃいけん事になってたんやけど、栄養士さんに無理言って蒟蒻とか寒天とかだけ許可もらったんよ。」
「そっか。」
翠屋のケーキを持って行こうと母に行ったところ、食事制限があるかもしれないからお花にしておきなさいと言った母の言葉は正しかったのだなぁとなのはは思った。
────────────────────
「にゃのはの魔力が減っている?」
その日の夜、疲れて帰って来た3人にシャマルは高町なのはの魔力が減っているかもしれないと言う事を伝えた。
「ええ。」
とりあえず、見た目で分かる様な病気にかかっている様子も無ければ、はやてと仲良くおしゃべりしている様子から精神的に落ち込んでいるわけでも無さそうだとも。
「原因不明か。」
4人から3人に減った為に蒐集速度が遅くなっているというのに、このタイミングである種の保険とも言える蒐集対象の魔力が減ってしまったというのは正直痛い。
「リンカーコアに何か異常があるのだとしたら、魔力が完全に無くなる前に蒐集しておこう――というわけにもいかないな。」
蒐集が原因でリンカーコアが完全に壊れ、それによってなのはの身に何か――例えばはやての様な障害を持ってしまったり、最悪死んでしまったりなんかしたら……
「ザフィーラの言うとおりだな。」
レヴァンテインの手入れをしながらシグナムは考え――すぐにできる事を思いつく。
「シャマル。」
「何?」
「今すぐ高町家に行ってなのはの体を調べるというのはどうだ?
この時間なら子供はもちろん家族も寝ているだろうから、結界を張ってしまえば……」
他人の家に侵入したりするのはあまり好かないが、もしもなのはにな何か悪い所が在って、それが命に係わっていたりしたら――はやての為にも放置するわけにはいかない。
「……そうね。」
シグナムの提案に頷いて、バリアジャケットを身に纏う。
「ならば俺も行こう。
短時間で正確な検査をするなら、結界に意識を割くのは得策ではないだろう。」
「それは助かるわ。」
以前見た時に高町家の主人と息子と娘(なのはを除く)は武術を嗜んでいるようで、結界を張らなければシャマルの気配に気づいてしまうくらいの腕もあると思われた。
そんな場所にシャマルを1人で行かせるわけにはいかない。
「シグナムも行くのか?」
提案した本人も行くと1人でお留守番をしないといけないヴィータが訊ねると、シグナムは首を横に振った。
「ザフィーラも行くのなら問題ないだろう。
……それに、サーチャーを置いてあるとはいえ、はやてに何かあって病院から電話があった時にヴィータが出てしまうのは色々とまずいみたいだしな。」
深夜にヴィータの様な子供を1人残して大人が出かけているというような噂が病院内に広まってしまうのはいろいろとまずい。
「……子供扱いは気に入らないけど、その通りだな。」
ヴィータは眉間に皺を寄せながらも、その意見を受け入れた。
「クロノ君、どうする?」
「……検査の結果何も無いと知って大人しく帰ってくれればいいが、『どうせだから』、『ついでだから』、そうと言って蒐集しないとも限らない、か。」
なのはの護衛も兼ねていると高町家に宣言もしているので、放置もできない。
「敵はどちらかというと後衛の2人…… 捕まえるのも有り、か?」
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