翠屋の定休日、時空管理局本局からこの第97管理外世界に次元移動してきたリンディ・ハラオウンはこの世界で待機中だったクロノ・ハラオウン、ミスト、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフを連れて高町なのはの家へと向かっていた。
「私が不在の間、八神家に動きは無かったのね?」
「はい。」
時間を無駄にしないよう、クロノとミストから報告を聞きながら歩く。
長時間の次元間通信は守護騎士システムに感知される可能性があったので、自分が不在の間の出来事に関して詳細な情報を得る事が出来なかったからだ。
一方高町なのはの家では、なのはの父母である高町士郎とその妻である桃子がケーキと紅茶を用意して待っていた。(なのはから今日訪れる人数をあらかじめ聞いていた。)
……恭也と美由希は何かあった時の為に真剣を自分たちの座るソファに隠していた。
「道場の外に真剣を持って来ない様に言った事は無かったかしら?」
「念の為だよ、念の為。」
「そうそう、念の為。」
「もうっ!」
いつもならもっと厳しく叱るのだが、これから話し合いをする相手が相手なだけに、今日は強く叱る事が出来ない。
なのはは家の外でリンディやミストが来るのを待っていた。
真剣を隠す所を見られたくない恭也と美由希が殆ど無理矢理家の外に追い出したのだ。
数分後、高町家の居間には家の住人5人とアースラ組5人の計10人が集合した。
アースラ組の段取りとしては、両者が簡単な自己紹介をした後、リンディが時空管理局と言う組織について簡単に説明し、簡単な魔法を使う事で高町家に自分たちの言っている事が真実である事を信じてもらう予定であり、実際そうしたのだが……
「ミスト! クロノ!」
「はい!」
「フェイト! アルフ!」
「了解!」
「まさか、こんな事になっているなんてね!」
突然リンディがミストとクロノの名前を叫ぶ。
ミストはその声に答えながら立ち上がって、隣にいたなのはを持ち上げて居間の出口付近まで飛び、クロノはリンディに返事をする代わりにフェイトとアルフの名を呼ぶ。
クロノに名を呼ばれた2人はミストとなのはを守るような位置に移動した。
「!?」
「なのはっ!」
「くっ!」
「なんで!?」
高町家の人間はすでに魔法の存在を知っていた。
数ヶ月前にジュエルシードによって巨大化した子猫の姿を防犯カメラの――忍の趣味によって無駄に高画質高音質な映像を見た事があるからである。
だから、目の前の女性たちから魔法の存在を聞かされた時に上手に驚く演技ができず、それを不審に思って警戒させてしまうという失敗を犯してしまったのだ。
「なのはちゃん、私の後ろに。」
「はい。」
愛娘が自分たちではなく彼女――ミストの後ろに隠れてしまった時、桃子はなのはの名前を叫ぶ事しかできず、士郎と恭也と美由希は念の為にと用意しておいた真剣を取り出せばこの不審人物たちだけではなくなのはにも敵と認識されてしまうので、彼女たちのリーダーであろう緑色の髪の女性を睨む事しかできなかった。
「ミストはそのまま、フェイトとアルフはなのはさんの側について安全を確保!」
「はい!」
「わかった!」
クロノはデバイスを取り出すと同時に、体に当たると麻痺させるタイプの魔力弾を12発だけ用意する。
このタイプの魔力弾は魔法や薬で洗脳されたりした一般人を無力化するのに有効なのだ。
「まさか、高町一家全員が偽物か洗脳済みかだなんて……
なのはちゃんの魔力を放置していたわけではなかったのね……」
「ミストさん……」
なのはが泣きながら、命の恩人の名前を呼びながら、震えている。
何時の間にか家族が悪い人たちに操られてしまっている事が――もしかしたら、目の前の家族が偽物で、本物の家族は何処かに閉じ込められて…… あるいは、すでに……
そう考えるだけで涙が出るくらいに悲しいのだ。
「なのはちゃん……」
ここでこの子に「大丈夫だ。」というのは簡単だが……
「……今回のロストロギアは古代の魔法技術を蒐集しているらしいから、ベルカ、古代ベルカ、ミッド式のやり方じゃあ洗脳を解けないかもしれない。」
わずかとはいえ闇の書の情報を熟読した今、無責任な発言をする事はできない。
「でも、無限書庫になら――時間はかかるだろうけど、きっと解除する方法があるはずだ。
探し出すのに何年も、何十年もかかるかもしれないけど、きっと、あるはずだから。」
「……はい。」
やっぱり、この子の理解力は高い。
今の状況ではパニックを起こされると困るから、私たちにとってはありがたい事だが、この子にとってそれが良い事ではないだ――後で思い切り泣かせてあげよう。
この人たちが偽物で、本物がすでに手遅れであったならば、私がこの子を引き取ろう。
そう考えながら、ミストはバリアタイプの防御魔法を何時でも使えるように準備する。
「なのは、私もできる限り協力するよ。」
「そうだよ。」
フェイトとアルフもなのはを励ます。
「フェイトちゃん、アルフさん…… ありがとう。」
なのはは自分を守ってくれる3人に感謝の言葉を――
「って、ちょっと待て! 俺たちは偽物じゃないし洗脳なんかもされていない!」
そんなやりとりを見た士郎たち高町一家は慌てに慌てた。
まさか自分たちが――よくわからないが、なのはに害を成そうとしている者たちによって洗脳されていると思われるなんて、非常に不本意だ。
「そ、そうよ!」
「俺たちは正常だ!」
「……」(美由希は混乱している。)
「お父さん…… お母さん……」
家族の言葉になのはの心は揺れる。
しかし、無駄に経験豊富なミストがなのはに忠告する。
「なのはちゃんがご家族を大切に思っているのはわかっているけど……」
「ミストさん……」
「偽物が本物だって言ったり、洗脳されている人間が洗脳されていないって言ったりするのは――ね?」
言葉を濁すが、これ以上ないほどの正論である。
「そう……ですね。」
ゆえに、なのはも納得した。
その時!
「そうだ! そこの棚のDVD!
それを見たら私たちが洗脳なんかされてないってわかるよ!」
美由希が自分たちの潔白を証明する方法に思い至った。
『先に謝っておく。 ごめんね。』
『にゃあ?』
『すぅー…… はぁっ!』
『ぶにゃあっ!』
フェイトとアルフは顔を赤くしながら、リンディとクロノに顔を背けている。
「まさか、あんな情けない負け方したのを撮られていたなんてね?」
「……言わないで。」
それは、2人にとって色々と思いだしたくない過去だった。
(あちゃ~……)
そしてそれは、ミストにとっても知られたくない過去であった。
今は動かぬ相棒のデバイスフォームが小さなフェイトのバルディッシュと――10年の間に多少弄ったとはいえ殆ど同じ姿であるのをリンディたちに見られたのを嘆い――
(ん?
フェイトのバルディッシュが解析された時にこの時の映像も見られている?)
私のバルディッシュは魔力光が変わる前の自分の魔力に最適化されていたし、あの頃は聖王の魔力を上手く扱う自信が無かったしで、バルディッシュが使いやすいように魔力の波長を変えていたので、その副作用で自分の魔力光は黄色に見える。
アースラに拾われて、管理局に所属する事になってからも魔力光を黄色のままにしているのは、本来の――虹色の魔力光に戻してそれを聖王教会に知られてしまった場合に……
それに、私のバルディッシュを通して魔法を使うと魔力光が黄色になったのだと説明する事で、大切に保管している彼の遺骸を調べられるのも困る。
(バルディッシュの回路には私の執務官時代の事が残っている可能性がある。)
それによって自分が『未来から来たフェイト』だと知られてしまうのは面倒なのだ。
未来に起こる事件について知られるのは別に良い。義母さんたちならその情報を有効に利用してくれるだろうから。
(でも、はやてと友達だったりなのはちゃんと知り合いだったりした事を知られてしまうのは色々とまずい。
本物の『ミスト』の事とか、『シグナムさんたちをはやての家族として残した状態で闇の書だけを消滅させる方法』とか聞かれても答えられないし……)
『平行世界なのだと思う。』と答えるのも有りだと思うが、それはそれで、何故黙っていたのかと聞かれてしまうだろう。
(将来的に、ヴィヴィオの事とかをスムーズに解決する為には、全部、洗いざらい喋ったほうがいいんだろうけど……)
此処が平行世界である事とあの時のヴィヴィオの年齢を考えると、この情報は『そう言う可能性もある』という程度の情報でしかない。
(ヴィヴィオって、まだ生まれていない可能性があるし――)
エリオやキャロを前よりも早い段階で保護する事もできるかもしれないが……
(――『闇の書』の事を何も知らない私の言う事って、信憑性がほぼ0なんだよね。)
お手上げ状態である。
「ね? コレを観たら私たちが『魔法』の事で驚けなかったのも無理は無いって、わかってもらえるよね?」
コレで駄目なら隠していた真剣を振り回してでもなのはを取り戻すしかないと覚悟を決めて発せられた美由希の声が虚しく部屋に響く。
「まさか、こんな映像を撮られていたとはね……」
ミストは溜息をつきながら高町家の人々が洗脳など受けていない事をとりあえず認める事にした。 ……後日、こっそりそれ専用のデバイスで調べるつもりではあるが。
「……そうね。」
「……そうだな。」
ミストの言葉にリンディとクロノも警戒態勢を解く。
フェイトとアルフはミストとなのはの陰に隠れるようにしながらこくこくと頷いた。
「つまり、なのははこの世界ではとても珍しい強大な魔力を持っていて、『魔力を集めるロストロギア』とかいう危険物に狙われるかもしれない、と?」
時空管理局側の懇切丁寧な説明を聞いた士郎が、渋い顔をしながら要点をまとめると同時に事態の最終的な確認をした。
「ええ。 その通りです。」
リンディはその認識で間違いないと認めると同時に高町一家の理解力の高さに感心した。
先ほどのDVDによってすでに『魔法の存在』を認めている事を差し引いても、自分たちの言葉を否定したり誤認したり――こちらの事をもっと不審がられて面倒な事態になる事を覚悟していたので、話がスムーズに進んで嬉しいのだ。
また、時空管理局の法では、これほどの魔力の持ち主を管理外世界に放置するのはあまりよろしくない事になっており、あとで人事部のレティ・ロウランの部下が――場合によっては彼女自身が高町家に来て時空管理局にスカウトすることになっている。
そのため、時空管理局という組織に対してあからさまな不信感などを持たれてしまうのは避けたかったと言う事もあるのだが、この様子ならそれも大丈夫だろうと考えた。
……こちらにはミストが居るのだ。彼女に強い憧れをもっているなのはがスカウトに応じる可能性は高い。
この理解力のある家族ならば、彼女の気持ちとレティの説得に首を縦に振るだろう。
「なのはちゃんの安全を最優先に考えた場合こちらで保護するのが一番なのですが、それだとなのはちゃんの今の生活を壊してしまう事になりますので、次善の策としてなのはちゃんに魔力を抑える方法を身につけてもらいたいと思っています。」
出されたケーキと紅茶を全部胃袋に収めたミストが幸せそうな顔でそう続けた。
何度も翠屋に足を運んでいた彼女は翠屋のケーキが大好物になっていたのだ!
例えこの後リンディやクロノにバルディッシュの事で色々と詰問される事になっているとしても、その為に胃がキリキリと痛んだとしても、食べないという選択肢は無い!
「……お話はわかりました。
つまり、なのはに魔力を制御する方法を教えつつ、その間の護衛もしてくれるのですね?」
「はい。」
桃子の言葉にリンディは頷き
「なのはも、それでいいんだね?」
「うん!」
士郎の確認になのはも頷いた。
「……なのはの事、よろしくお願いします。」
まだまだ聞きたい事はあるけれど、それはなのはに修行をつけてくれる人物から――じっくりと信頼関係を築きながら聞いていけばいいだろうと考えながら士郎は頭を下げ、桃子と恭也と美由希も頭を下げた。
「それでは、明日から僕が責任を持って――」
「え?」
クロノの言葉に高町一家(なのは除く)は驚いた。
「……何か?」
その驚き用にクロノも驚いた。
「あ、いえ…… てっきりミストさんが教えるのだと……」
先ほども、なのはが真っ先に頼ったのはリンディでも無ければこの黒尽くめの少年でもなく、なのはの命の恩人だと思われるミストだったので、その様に誤解したのだ。
「……残念ながら、私は人に魔法を教える資格を持っていないのです。」
自分よりも幼い外見をしているクロノの方が魔導師として優れていると言外に告げる。
「……資格が必要なんだ?」
美由希の呟きが虚しく部屋に響き
「次元世界は広大なので、出身世界やその他の理由で職業選択の自由を奪ったりしないようにする方法として、その人の持っている『資格』で就ける職業が選べる制度が採用されているんです。」
リンディがその疑問に対して簡単に回答をした。
このシステムが無ければ――例えば、ジュエルシードの暴走を止める為にアースラ最強のリンディが即座に前線へ出る事はできなかっただろう。
臨時艦長として働く事のできる『資格』を持った者さえいれば、一言二言で告げるだけで艦を任せる事ができるこのシステムは、『艦長』がその艦内で最高の『魔導師』である事が多い時空管理局では絶対に必要なものなのだ。
……『艦長』や『指揮官』が『単独で前線に出る』なんて、地球の軍隊のシステムではありえない事なので想像しにくいかもしれないが。
もちろん、魔力が少なくても資格さえあれば出世する事もできる。
少数精鋭の――『その場の最高権力者=前線に出れば最大戦力』である事の多い海ならともかく、管理世界に滞在している陸での活動に関して言えば『その場の最高権力者=後ろで指揮に徹する人物』である事の方が多いのだ。
「そのうち取りたいとは思っているんですけど、ね。
それに、クロノ執務官はとても優秀な魔導師ですから安心してください。」
「……僕が教師役をする事については、なのはさんも納得しています。」
「あ、いえ、ちょっと驚いただけですから、その……」
そこはかとなく、気まずい空気が流れる。
【なのはちゃん。】
この空気に耐える事が出来ず、ミストはなのはに念話を送る。
【な、何ですか?】
なのはは少し驚いたが、この何とも言えない空気をどうにかできるのなら藁にでも縋りたい気持だったのでミストが話し合いになってくれるのはありがたかった。
【例えば……】
【例えば?】
【ケーキと紅茶のお代わりを持ってくる事でこの場を避難するとか、どうだろう?】
【……いいですね。】
この空気をどうにかしてくれるわけでも、話し相手になってくれるわけでもはなかったが、その提案は魅力的だった。
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「お前たちは何者だ!」
巨大な芋虫の様な生き物がひくひくとしながら倒れている広大な砂漠の真ん中で、仮面をつけた2人組にレヴァンテインを構えながら、全身ぼろぼろのシグナムは問う。
「……」
しかし仮面の2人組は何も応えない。
「答えろ!」
シグナムが叫ぶと同時にレヴァンテインが炎を纏う。
彼女の魔力はすでに枯渇寸前であるが、もうそろそろ合流する予定のヴィータとシャマルの為にも、この正体不明の存在を放置しておく事はできないのだ。
「私たちが何者かなんて、どうでもいいだろう?
それよりも、このデカブツからさっさと蒐集しろ。」
このまま沈黙を続けても仕方ないと判断した仮面の片方が不機嫌そうにそう言った。
「……落ち着け。」
もう片方が不機嫌の方を宥める。
魔力が尽きかけて体もぼろぼろになっていたシグナムを助けてやったと言うのに剣を向けれ、さらに怒鳴られたら不機嫌になるのも仕方ないし気持ちもわかる。
【ここは堪えて。 ね?】
だが、ここで敵対する事になったら自分たちの目的を達成できなくなる可能性があるのだと言う事を思い出せと念話で伝える。
【……わかっちゃいるんだけどね。】
目の前でひくひくしている巨大芋虫は後数分で気絶状態ではなくなるのだ。
本当なら最後の最後まで姿を見せたくなかったというのに、姿を見せざるを得ない状況を作ったこの烈火の将が蒐集もせずに自分たちに喧嘩を売ってきているのが許せない。
「答えぬならば……」
それに、もともとこいつらの事は嫌いなのだ。
そんな自分たちの気持ちを知らずに攻撃態勢を取る相手に殺意を憶えてしまうのも――
「私たちは闇の書の完成を望む者だよ。」
そう言って転移魔法を使ってくれたリーゼアリアにリーゼロッテは感謝した。
あれ以上口論をしていたら、自分を抑える事ができなかっただろうから。
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