「闇の書?」
『ええ。』
管理局が情報公開していないロストロギアの情報をミストとフェイトとアルフは知る。
「古代ベルカのロストロギア……」
「なにこれ……」
目の前に――嘱託魔導師になる為の勉強をしていなかったら理解どころか到底信じる事ができない様な情報が流れていく。
「過去に発動した時の、魔力を蒐集されたと思われる推定被害者数とその範囲はもちろん、その後に起こった暴走による被害の規模もでたらめすぎる。」
およそ十数年ごとに数百人の命を奪い、さらに幾つかの世界が滅んでいる。
しかも素質のある者を誑かしてそうさせるというのだから、純粋に兵器として造られた質量兵器やロストロギアよりも性質が悪いと言わざるを得ない。
『……病院で目が覚めた魔力蒐集の被害者から、奪われた魔力を本の様な物に吸わせているようだったという証言が取れたらしいんだよ。』
エイミィの口調は軽いが、顔は真剣そのものだ。
『もっとも、今回は死者が出ていないので断言はできません。
が、念の為に今回の事件にこれが関わっていると考えて行動する事になりました。』
リンディは顔も声も真剣そのものだ。
『前回の事件からの年月を考えても、これでほぼ間違いないだろうって事になってはいるんだけどね。
それで、どの事件にでも言える事なんだけど、未発見のロストロギアって可能性も無いとは言えないから、こんな表向き消極的な結論に落ち着いたんだよ。』
今回の敵はこの闇の書であるが、建前としてそれ以外の可能性も考えて行動する事になったのだと遠まわしに説明する。
「了解しました。」
「了解。」
「り、了解。」
八神家への監視体制がほぼ出来上がったのでアースラに戻ったエイミィと共に本局に行って情報を集めていたリンディ、2人からの連絡により第97管理外世界に残っていたクロノ・ミスト・フェイト・アルフの4人は今まで以上に慎重に行動する事を誓った。
「あの3人と1匹――シグナムとシャマルとヴィータとザフィーラって言うのが、この極悪ロストロギアの守護騎士システム――っていう奴かもしれないって事がわかっただけでもめっけもんだよ。」
ベルカが接近戦を得意としているという事は箱入り娘のフェイトやその使い魔のアルフでも知っている。
ベルカ式というのはそれほどメジャーなモノなのだ。
敵の数がわかれば1対1にならないようにする事は容易になり、1人で2人以上を相手にしないようにする事も可能になる。
そのうえ、接近戦に――アームドデバイスに気をつければいいのだとわかれば実戦はもちろん、不意打ちにもある程度備える事が可能になる。
敵の人数と得意な戦法が――それだけではない情報も知る事ができたなら、対策を練る事が可能になり、罠を仕掛ける事も可能になり、結果として勝率が上がるのだから。
「……1対1で戦って確実に勝てるのは私くらい?」
「……そうだな。 ミストの無数の魔力弾をかい潜って接近するのは僕でもほぼ不可能だ。」
自分もこの守護騎士システムと1対1で戦わなければならない事になった場合、ぎりぎり勝てると思っているけれど、敵は3人と1匹だ。
最初からでも途中からでも、敵の数が増えてしまえばおそらく勝つ事は出来ないだろう。
その上、これまで闇の書が発動する度にその時代の魔導師――それも、魔力の多い魔導師と戦い続けた経験と実績が数百年分ある事を考えると……
「相手はベルカの騎士でアームドデバイスを使っているとすると、中・遠距離攻撃が一番の火力だという事もないだろうから、一発逆転が狙えない距離で相手の魔力と体力を削り続ける事のできるミストならほぼ間違いなく勝てるだろう。
……時間はかかるだろうが。」
ミストの様な、近接距離にも有効な弾幕を張る事のできない自分やフェイトとアルフが1対1で戦うのは避けるべきだろう。
ならばチーム戦ではどうだろうか?
この場にいる4人のチームワークは決して悪い物ではない。
ミストとフェイトが嘱託魔導師になってからまだ数ヶ月しか経っておらず、チームで戦かう訓練も数えられるほどでしかないと断言してもいいくらいだが……
「問題は複数対複数になった時だな。」
幸か不幸か、この4人はミストの実力が突出している。
彼女の魔力は、それだけで総合Sランクが取れるくらいふざけている。
それどころか――本人は隠しているつもりの虹色の魔力で防御や拘束、拘束魔法を使えば……
そんな戦力がいるのにわざわざ4対4に持って行く必要はあるだろうか?
情けない話になるかもしれないが、敵の1人をミストに任せて自分とフェイトとアルフの3人で――もちろん、ミストや自分と比べると不安要素のあるフェイトとアルフへのフォローを考えると1対1での戦いは避けて3対3で戦うほうが良いのではないだろうか?
そうして、敵の1人を戦力外にしたミストやアースラからの援護が来るまで持久戦をする方が良いだろうとクロノは考えた。
「私やフェイトは多人数戦なんてあんまりやった事が無いし……
だからと言って相手が1人で居る所を狙うんなら、私たち2人で突っ込まずにクロノを含めた3対1、さらにミストを入れて4対1で囲んだ方がいいだろうしね。」
アルフは自分とフェイトの実力を過大評価していない。
ビルの屋上でミストに拘束されたり、アースラの訓練室でクロノにボコボコにされたりした経験が彼女を成長させていた。
「そうだね。
相手が4人だったとしても、ミストが1対1で戦える状況にしたうえでクロノと一緒に援護に回ったり他の2人と1匹を惹きつけたりしたほうがいい。」
リンディたちからの情報によれば闇の書の手下はあの4体だけだ。
『4対4』や『1対1×4』の状況を造るくらいなら最初から4人で1体ずつ捕縛していく方が安全確実で被害も少ないだろうし、最悪でも『1(ミスト)対1と3対3』の状況に持って行く事にしたらまず負ける事はない。
クロノと同じ様な考えにフェイトも辿りついた。 ……ミストも同じ結論に至っている。
『それから、アースラは一度本局に戻る事になっちゃったから、暫くはあなたたち4人で八神家を見張っていてね?』
「?」
エイミィの言葉の意味がわからない地球組に、リンディから答えが出される。
『アースラにアルカンシェルを取り付ける事になったのよ。』
「なっ!?」
「アルカンシェルって言ったら管理局の虎の子じゃないか!」
クロノとアルフは驚きの声を上げ――フェイトとミストは驚きのあまり声が出ない。
『……闇の書に有効だと証明されている唯一の兵器だからね。』
自分たちの艦にこんな大げさな兵器が搭載される事に思う処があるのだろうか? エイミィの声は心なしか低いように感じられる。
「……要するに、『今回』の事件を僕たちだけで解決しろと?」
真剣な目で、クロノがリンディに問う。
闇の書が発動した時の被害は大規模なものとなるが、発動する前にアルカンシェルで消滅させる事が出来れば被害はどんなに多くても『魔力持ちの人間数百人』で済み――
『……そう言う事になるわ。』
情報を公開できない事件をひっそりと終わらせる事が出来ると言う事でもある。
「グレアム提督についてはどうするんですか?」
ミストに取っても今回の事件を『完全解決』できない事については非常に残念だ。
自分の親友であるはやてが、闇の書を持たずにヴォルケンリッターと家族になっている事から、闇の書と守護騎士プラグラムを切り離す事は可能であるのはほぼ間違いないと言うのに、その方法を推測する事すらできない自分が情けないとも思う。
しかし、執務官として働いていた時、不本意ではあるが情報を伏せなければならない事件に何度か関わった事のある彼女はクロノやフェイト、アルフよりも精神的なダメージは少なかったので、八神はやての関係者であろうグレアム提督の事を思い出す事ができた。
『……残念ながら、グレアム提督が闇の書の事に気づいている可能性は非常に高いわ。
一体何を考えてあの4人の魔力集めを放置しているのかわからない以上、暫くは接触するのを控える事になります。』
老いたとはいえ、ギル・グレアムは今もかなりの実力者であり、彼の2匹の使い魔もかなりの実力を持っている事は周知の事実である。
使い魔2匹を師としていたクロノは身を持って知っている。
可能性は低い――低くあって欲しいが、もしも彼と彼の使い魔たちが闇の書を悪用しようとしているのであれば、今現在のアースラの戦力では心許ない。
少なくとも彼や彼の使い魔の権限、及び転移魔法でアースラに侵入できないようにする必要はあるだろう。
……アルカンシェルを装備するのならばなおさらだ。
そして、ギル・グレアムと2匹の使い魔、さらに闇の書の4人、場合によっては八神はやてを合わせた8人と戦わねばならない状況にならないようにもしなければならない。
『でも、そうね……
アースラの改修が終わったら、私とクロノ――とミストの3人で問い詰めに行く事にしましょうか。』
アルカンシェルという兵器で脅す。
はっきり言って好みではないが、事情が事情だけに仕方ない。
「では、アースラが来るまではなのはちゃんに魔力を抑える訓練くらいしかやる事はないってことでいいのかな?」
もちろん八神はやてとその家族を自称(?)する3人と1匹の監視を怠るつもりはないが、それは設置した機械が自動でやってくれる――そもそも自分たちの魔力を感知されないように機械を設置したわけで、自分たちが積極的動くわけにはいかない。
……アースラの改修が済むまでミストたちは暇なのだ。
『そう言う事になるわね。』
『クロノ君、浮気は許さないからね。』
「ちょっ!?」
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「アースラは本局に戻ったみたいだね。」
「一時はどうなるかと思ったけど、此処へはあの高町なのはって女の子をスカウトに来ただけだったみたいだねぇ。」
二匹の猫はアースラが次元航行モードに入るのをサーチャーで確認して安堵していた。
「考えてみれば、あの子の魔力はかなりの物だし――ジュエルシードの一件が終わってすぐにスカウトに来なかった事の方がおかしかったんだよね。」
「……そうだね。」
翠屋という喫茶店の次の定休日にはリンディたちはまた来るみたいだが、それがスムーズに進めば闇の書がこの世界にある事がばれる事は――
「あれ?」
「……高町なのは経由で八神家と接触されたら気づかれ――る?」
管理局でそれなりの地位にあるリンディはもちろん、彼女の息子で執務官であるクロノも闇の書の情報を持っている可能性は高い。
「ヴォルケンリッターは人間じゃないからねぇ……」
「挨拶程度ならともかく、喫茶店とか――翠屋で親睦会みたいな事でもされたら……」
自分たちがしごきにしごいたクロノなら、彼女たちが普通の人間ではない事に気付きかねないし、正体不明で優秀な魔導師であるミストも気づいてしまうかもしれない。
「いや、昼間は蒐集活動で忙しいはずだ。」
「……ミストはわからないけれど、高町なのはやクロノはアイツ等が家に居る時間に八神の家に訪問する様な非常識な事はしないだろうから、接触する可能性は少ない――かも。」
高町なのはの口からシグナムやヴィータの名前が出る可能性は否めないが、彼女たちの名前なんて管理局でも把握していなかったはずなので……
「駄目だ、やっぱり不安が残る。」
高町なのは経由で闇の書の事がリンディたちにばれるかもしれないという不確定要素をヴォルケンリッターが昼間は家に居ないだろうという不確定要素で安心する事なんてできるはずがない。
「クロノ達が此処に滞在している間、あいつ等の帰りが遅くなるようになんらかの工作をする必要があるかもしれないね。」
できれば協力者のフリをして接触する予定であったけれど、クロノとリンディがこの世界にいる間だけボコボコにしてしまうのもありかもしれないなどと物騒な事を考える。
「……父様に相談しましょう。」
ふと思い出したのだが、半年ほど前に八神の家の近くでサーチャーと思われる球体を発見・破壊した事がある。
今思えば、あれはジュエルシードを探す為にミストがばら撒いた物なのかもしれない。
だとすると、あれを壊してしまったのは拙かったのかもしれない。
なぜなら、ミストほどの魔導師が創ったサーチャーを発見・破壊できる魔導師がこの世界にいる事を彼女に教えてしまった事になるからだ。
「あの子が魔力持ちだと気づかれるだけでも、こちらの計画の成功率はガタガタのグズグズになりかえないんだから、その方がいいか。」
現在進行形で八神はやては闇の書に魔力を奪われている。
ヴォルケンリッターが居なくてもその魔力の流れをミストやクロノに感知されてしまう可能性がどうしても残ってしまうのだから。
……だからと言って、今下手に動くわけにもいかない。
「念には念を……
私は父様の所に行くから、ロッテは監視を続けてね。」
「わかった。」
自分たちが鍛えたクロノが自分たちの行動を制限してしまう事になるなんて何という皮肉だろうかなどと思いながら、ロッテと呼ばれた猫は
「観察対象の家から離れた場所にポーターを置くのは――万が一魔力を感知されない為にも仕方ないとはいえ、猫の姿のまま30kmも走るのは結構きつい……」
人型に戻る際に発生する魔力を地球に残ったと思われるクロノ達に感知されてはまずいので猫の姿のままで隠れ家まで行かないといけない現状に愚痴を吐いた。
────────────────────
「む?」
「ん?」
「あら?」
「……」
夜、八神家の新人たちは高町なのはの魔力を感じた。
【何か――テレビのドラマとかに興奮しているのかしら?】
しかし、4人は慣れていた。
これまでも何度か、主の友人である元気いっぱいな少女に何かある度にこうやって魔力を感じる事はあった。
【いや、今日は特にこれと言った番組はしていないはずだ。
その証拠に高町なのはと共通の話題を持ちたいはやてがテレビを見ていない。】
というか、自分の胸を枕の様にしながら湯船につかっているとシグナムは報告した。
それはつまり、ドラマどころか興奮状態になりやすいお笑いなどのバラエティー番組もしていないと言う事である。
【……万が一、はやての体に影響があったりすると嫌だから、できればこうやって魔力を放出するのは止めて欲しいんだけどな。】
ヴィータはどうしようもない事だと知っていて、なお迷惑だと愚痴る。
彼女たちは誤解しているのだ。
普通なら、どんなに大きな魔力を持っていても興奮したくらいで魔力を放出する様な事はありえないのだが、高町なのはは魔力を放出する事に関係した『レアスキル』などをもっているのではないだろうか、と。
事実は中途半端な魔法の知識で『念話』が使える事が、『砲撃魔法』に向いている魔力資質と複雑に絡み合っているためにそうなっているのだが……
【高町の魔力を蒐集出来れば……】
結界を張っているのにも関わらずこうやって魔力を感じられると言う事は、おそらく30ページ以上は……
ザフィーラは言葉少なに本音を語る。
【確かに……な。】
【そうだな。】
シグナムもヴィータも、彼女がはやての友人でなければ真っ先に蒐集しているところだ。
【私なら、なのはちゃんに私たちが犯人だって気付かれる事無く蒐集できるんだけど……】
なのはに何かあればはやてが悲しむ――だけではない。
体に傷一つ無く倒れたなのはを見たら、自分たちが蒐集した事に気づくかもしれない。
【もどかしいな。】
────────────────────
「魔力の抑制の訓練でどうして放出するんだ!?」
『そ、そんなこと言われても……』
やはり、念話を使わずに携帯電話でのやり取りだけで訓練すると言うのは無理があったのだろうかと、クロノは――ミストとフェイトとアルフも考えた。
「なのはちゃん、魔力を扱う訓練が嬉しい気持ちはわかるけど、もう少し落ち着こう?」
『は、はい!』
返事は素晴らしいが――それが落ち着けていない事を物語っている。
「なんか、駄目みたいだねぇ。」
「……念話でミストに話しかけてきただけなのに、結構な魔力を放出していたからクロノがわざわざ電話で指導をしようって事になったんだけど、逆効果だったかもね?」
フェイトとアルフはなのはへの指導担当に自分たちが選ばれなかった事を喜んだ。
「やっぱり、八神はやての居候たちが居ない時間帯に結界を張ってみっちり教えた方がいいかもしれないね。」
念話を教えるだけ教えておいて魔力制御の方法を全く教えていなかった自分の不始末を見ないふりしながらミストはクロノにそう提案した。
「……できれば彼女の家族と話し合いをした後が良かったのだがな。」
もしかしたら、高町のなのははこれまでも何かの拍子で先ほどの様な魔力の放出をしていたかもしれない。
だとしたら、八神家の居候たちはこの少女の魔力量に気づいている可能性は高い。
それなのに未だに蒐集されていないと言う事は、守護騎士システムは思っているよりも人間らしい――もしくは人間の心の機微と言う物を理解できるものなのかもしれない。
「……最後に蒐集するつもりなのかもしれないし、あまり安心して言い相手ではないよ。」
彼女たちがものすごくいい人だと知っているミストは、心苦しいながらもそう忠告する。
「わかっているが、それならそれでこの子に魔力の制御を骨の髄までわからせる時間があると言う事だな。」
やばい感じに目が据わって来たクロノの様子に彼以外の同居人たちは1歩も2歩も退いた。 退く事しかできなかった。
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星空を見ても、心が落ち着かない。
「闇の書……」
通信しながらぎゅっと握っていた拳に、爪の跡が残ってしまっている。
「グレアム提督、あなたは、あんな物でなにをしようというのですか?」
愛する夫を奪った――グレアム提督に取っても大事な部下の命を奪ったモノで、何を成すつもりなのだろうか?
ギル・グレアムという強者と戦うかもしれない不安はある。
闇の書の事を知っても冷静沈着だったミストという希望もある。
そして、アルカンシェルで強制的に引き分けにする事も不可能ではない。
「……引き分け……か……」
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