「どういう事だ?」
クロノが睨みながらどういう事なのか聞いてくる。
「……私が知る限りでは、1人暮らしだったんだよ?」
念の為に魔力は抑えてくれているけれど、怒気を隠す気はまったくない彼の様子に怯えながらも、ミストにはそう答える事しかできなかった。
彼女にとってもこれは予想外――いや、『かつて』を思い出せば十分に予想可能な出来事であったのかもしれないが、フェイトと一緒に嘱託魔導師になる為に忙しかった事もあって、全く思いつきもしなかった事態なのだ。
「……魔力を抑えているが、彼女たちは間違いなく魔導師だ。」
深夜――と言うには少し早い時間、少し高い建物の屋上から見下ろす八神家にばらばらに帰宅した謎の4人から魔力を測定する事ができた。
高町なのはや八神はやての他にも魔力を持った者がいないか調べる為に専用のデバイスを持ってきていたのだ。
「そうだね。」
その証拠に、八神家には数か月前には存在しなかった結界が張られている。
それほど強度があるわけではないが、自分たちの様な魔導師がある程度近づいていたらあの4人にそれを知らせる様な構成が組まれているのだろうと推測できる。
(シグナムさんたちがいる……)
ミストは時々この世界に来てなのはからはやてと友達になった事は聞いていたのだが、シグナムたちの事を聞いていなかったので少し驚いており、なのはちゃんが彼女たちの事を話してくれていればクロノに睨まれる事も無かったのにとさえ思っている。
思い出してみると、『かつて』、この時すでにはやては時空管理局で無限書庫の司書になる為の勉強をしていたはずなので、八神一家が勢ぞろいして居てもおかしくはない。
おかしくはないのだが……
(確か、はやての後見人って私もお世話になったギル・グレアム提督だったはず。
『かつて』のはやてもこの世界の人間だからジュエルシードの事件に巻き込まれたとかして、それがきっかけで管理局に勤める事になったとか考える事も出来るんだけど……)
わからないのはシグナム・シャマル・ヴィータ・ザフィーラの4人がベルカの騎士であると言う事だ。
グレアム提督が一般人だったはやての事を心配したか何かで、その地位やコネ――例えば彼が過去に解決した事件であの4人に貸しを作っていたとかで、それを理由にはやての家族になってもらったのかもしれない、などと考える事も出来たのだが……
(管理外世界で結界魔法を使うくらいならさっさと本局やミッドチルダに移住してしまえばいいのに、それをしない理由は何?)
管理外世界で魔法を使うのはグレアム提督の首を絞める事にならないだろうか?
それとも、あの4人はギル・グレアム提督とは関係が無かったのだろうか?
いや、例えそうだったとしても、グレアム提督がはやての後見人である事は事実だ。
なぜなら、自分はいざという時の為に一度八神家に不法侵入して提督の住所や電話番号を入手した事もあるのだから。
(バルディッシュが壊れてしまったので入手した情報は手元に無いけれど)
(生活費、少なくとも食費は5倍――いや、子供1人の生活から大人2人、子供2人、ペット1匹に増えたのだから5倍どころではないはず。
つまり、あの4人が『今月現れた』のでもない限り、後見人であるグレアム提督は八神家の人数が増えた事を知っているべきなんだ。
そして、提督の預かり知らない処で家族が増えたのだとしたら、あの人の立場と性格から考えてリーゼたちを使って調べさせているはずだから、シグナムたちが魔導師・ベルカの騎士だと言う情報は手に入れているはず。)
はやてを1人暮らしさせているのは、一緒に住むと管理局の重鎮に恨みを持つ組織によるテロなどに巻き込みかねないからと考えれば、まあ、わからないでもない。
でも、魔法を知っている――ベルカの騎士である以上、多少は管理局と関係のあると思われる人物が4人もグレアム提督の指示ではやての家族になっているのだとしたら、はやてに管理局の事を説明して移住させてしまったほうが安全で面倒も少ないだろうし、提督としての立場から考えても色々とリスクが低いはずだ。
「ミスト?」
クロノの声で自分が考えに没頭しすぎていた事に気づく。
「とりあえず、あの一家の戸籍とかを調べてみない?」
「うん?」
クロノはミストの提案に首をかしげる。
「考えてみてよ。
つい最近までは子供の1人暮らしだったのがあんなふうになっているんだよ?」
「確かに気にはなるが、今回の事件に関係の無い事を調べるのは、な。」
クロノとしては魔力を奪われる可能性のある存在が4人も増えたので、今回の事件の犯人がこの世界に来る可能性が上がった事の方が――
「あの4人が今回の事件に何も関係がなかったとしても、未登録かもしれない魔導師が管理外世界で一般人の家族になっているんだよ?
こう言ったらなんだけど、あの4人は管理外世界に逃げてきた次元犯罪者で、魔法であの子や周りの記憶を操っているっていう可能性も……。」
あの4人ははやての事を慕っていたので、そんな事は無いと思うけれど、この世界が自分の知っている歴史から外れてしまっている事はどうしようもない事実だ。
念には念を入れて、あの一家がどういう状況にあるのか調べておくのは悪くないはず。
「……なるほど。
あの4人が未登録の魔導師で一般人の子供を洗脳したりして住む場所を確保しているのなら、何か後ろめたい事がある可能性は低くない。
幸か不幸か、この世界にはフェイトの保護観察を担当してくれているギル・グレアム提督もいるから、作戦でうかつに動けない僕たちの手に余る様な事態であっても、グレアム提督や彼の使い魔の2人に協力してもらう事も可能だな。」
その言葉にミストは頷くが
「でも、まずは私たちで調べよう。」
「……そうだな。」
最初からリーゼ姉妹に任せてしまおうかとも思っていたクロノだが、高町なのはに八神はやてを紹介してもらう形で接触する事になっていた事を思い出し、どうせならある程度調べてから頼んだ方が失礼にならないだろうと考えてその提案に乗る事にした。
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【こんばんは。】
きりの良い所まで呼んだ本に栞を閉じて、寝る前にトイレへ向かおうとしたその時、3週間ぶりくらいにお姉さんの声がした。
【こんばんは! お久しぶりです。】
【うん、久しぶりだね。】
しかし、お姉さんの声がいつもよりも力が無い気がした。
【今日はどうしたんですか?】
それにいつもと違ってこんな夜の遅い時間に……
【私が時空管理局って所で働く事になったって言うのは前言ったよね?】
【はい。 あの青い石みたいな危険物を封印したり、悪用しようとする人たちを捕まえたりするお仕事ですよね?】
他にもいろんな世界があると言う事なども聞いている。
【うん。】
お姉さんの声がさらに弱くなる。 ……まさか。
【もしかして、また何か危険な物がこの世界に?】
【少し違うけど、まあ、似たような事態になるかもしれないんだ。】
世界は無数にあるらしいのに、なんでこの世界に短期間で2回も?
【その事について話したい事――というか、会わせたい人たちがいるんだけど。】
【それじゃあ、明日――は塾があるから、明後日の午後5時に翠屋に来てもらえますか?】
【ちょっと待ってね……】
念話は繋がっているけれど、話が途切れる。
『会わせたい人たち』が側に居て、明後日の午後5時に都合がつくか聞いているのかな?
【なのはちゃん、明後日のその時間に翠屋で会いましょう。】
【はい。】
【それじゃあ、念話を終わるね。 本当に、こんな遅い時間に連絡してごめんね。】
お姉さんが本当に申し訳なさそうにされると、こっちも申し訳ない気持ちになる。
【そんな事無いです。 私はお姉さんが私に連絡をくれてとても嬉しいんです。】
お姉さんが時空管理局とかいうお仕事の事で私を頼ってくれるのは本当に嬉しい。
【そう言ってくれると気が楽になるよ。 それじゃあ、おやすみなさい、良い夢を。】
【はい。 おやすみなさい。】
この世界でまた事件が……
アリサちゃんやすずかちゃん、はやてちゃんたちが巻き込まれたりしない為にも、できるだけ協力できる事はしようと――
「ぁぅ、と、トイレ……」
――なのはは誓った。
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「うん?」
自分以外の4人が眠りについて暫くした頃、ザフィーラはこの世界でそれまで感じた事の無い魔力を感じ、目を覚ました。
(方角は海鳴市…… 高町が空を飛ぶ夢でも見ているのか?)
自分たちでさえも驚く程の魔力を持ちながらどこか抜けている主の――今ではヴィータとも友人である少女の事を思い出す。
(いや、違うな。)
確かに高町なのはの魔力も感じるのだが、それとは別に、もっと大きな、それでいてどこか懐かしい魔力も感じる事ができる。
(何者だ?)
この状況だと、この謎の魔力の持ち主は高町なのはを発見してしまうだろう。 いや、すでに発見している可能性の方が高い。
(シグナムたちを起こすべきだろうか?)
しかし、彼女たちは魔力の蒐集でとても疲れている。
主の前ではそんな様子は見せなかったが、付き合いの長い彼にはそれがわかる。
(この家には結界を張ってある。
発見される事はないだろうが、今シグナムたちを起こして下手に動くと感知されてしまう可能性もある。)
うかつには動けない……か?
(……これほどの魔力を持つ者を蒐集する事が出来れば、高町なのはを蒐集しなくても主を救う事ができるかもしれない。)
できることなら、主の為にもヴィータの為にも、あの心優しい少女との関係は友好的なままでありたいと思う。
【ザフィーラ、起きている?】
【シャマルか。】
それ以上は念話をせずに、2人(1人と1匹?)は1階に降りる。
何も言わずとも、この正体不明の魔導師に自分たちの念話を感知されてしまう事を避けて直接話し合うべきと判断したのだ。
「確かに、さっきの魔力の持ち主を蒐集出来ればなのはちゃんに迷惑をかける事無くはやてちゃんの足を治せるかもしれないけれど……」
今までこの魔力の持ち主を感知できなかった事を考えると、相手はこの世界の外から来た可能性が高く、それはつまり時空管理局の局員である可能性も高いという事でもある。
「確かに、管理局の者である可能性は確かに高い。
だが、だとしたらあまりにもうかつすぎはしないか?
もしも管理局の者たちが、我々がこの世界に居る事を突き止めたのだとしたら、こんな魔力を垂れ流しにするとは思えん。」
管理外世界での魔法の使用は基本的に禁止されているはずだ。
これほどの魔力の持ち主がそれを破る理由は一体何だろうか?
「仮に、先ほどの魔力が我々を――野生動物などから魔力を蒐集している者たちをおびき寄せるための罠だったとしても、だ。」
こんな遅い時間に魔力を放出する意味がわからない。
そもそもこの世界には闇の書に蒐集させる程の魔力を持った生物がほとんど居ない。
ゆえに、罠を仕掛けるにはあまりにも場違いと言わざるを得ない。
「確かに意味がわからないわね。」
さっきの魔力に反応して人気の少ない夜の街に――それなりの魔力を持った私たちが出て行ったら、自分たちが犯人だと言っている様な物ではないか。
「こんな事をしたら犯人――私たちを警戒させるだけだわ。」
「うむ。 管理局が我らの知らぬ間にそこまで愚かになっているとは思えん。」
思えんというよりは、思いたくない……
仮にもあの組織は次元世界の平和を維持する為に存在するのだから。
だとすると、考えられるのはこの世界出身の魔導師が帰郷して、それを家族に教える為に念話などの魔法を使用したのではないかというところか?
それはそれで、管理外世界での魔法の使用と言う面でどうかと思うが……
「どちらにせよ、こちらから手を出す分けにはいかないわね。」
『魔力を持った生物の少ない管理外世界へ帰郷した1人の魔導師が蒐集される。』
そんな事態になったら管理局が2つの可能性を思いつくだろう。
1つは只の偶然。
もう1つは、犯人のアジトがこの世界、又は付近の世界にあるのではないか。
前者は希望的観測すぎる。
ゆえに後者を想定するべきだ。
「蒐集するにしても最後の最後だな。」
決意し誓ったあの日から、はやての容体は少なくとも悪化はしていない。
今以上の、それも無用なリスクを背負ってまで蒐集する必要は無いだろう。
「……そうね。」
────────────────────
『八神はやて一家の情報収集?』
「はい。」
高町なのはの都合により彼女との接触は明後日になった事で暇になった明日に八神一家の戸籍やら何やらを全部調べるだけ調べてみないかとミストは提案した。
「未登録かもしれない魔導師がこの世界に4人もいるんです。
高町なのはと八神はやて以外にも大きな魔力を持った者がこの世界に集まっているという事は、犯人が少女2人だけではなく彼らをもターゲットにする可能性もあります。
彼らが何者なのか、その素性を調べておけば――」
「共闘する事も可能かもしれません。」
敵はすでに莫大な魔力を集めており、その魔力で自爆でもされたらどれだけの被害がでるかわからない。
だからと言って――というか、だからこそ今現在時空管理局は様々な世界へ調査に向かっているのだ。
……管理局の限られた人材や物資を無限に存在する数多の世界へ派遣する為に――犯人を発見した時に援軍が遅くなる事を覚悟したうえで。
『敵は複数犯である可能性が高くなった以上、戦力が増えるのは嬉しいけれど……』
魔力を奪われた被害者数名が意識を取り戻したそうなのだが、1人は赤いバリアジャケットの女の子、1人は薄い赤色のバリアジャケットを着た胸の大きな騎士の様な女性、1人は気が付いたら胸から女性の手が生えていてリンカーコアを剥き出しにされていた……などなど、少なくとも3パターンが目撃されており、魔法で姿を変えている可能性もあるけれど、それにしてはたった3パターンでしかない事から、最低でも3人の魔導師が魔力を集めていると考えて捜査するようにとアースラなどに連絡が来たらしい。
「ちょっ! ちょっと!」
「それは本当ですか!?」
ミストが叫び、クロノもそれを聞いて驚いた。
『ど、どうしたの?』
クロノはミストを見て、彼女が頷くのを確認してから報告する。
「1人暮らしだった八神はやての家に増えていた4人のうち一人は赤い服の女の子で、さらにもう1人は――胸の大きな騎士の様な女性なんです。」
『え?』
「その、着ていたバリアジャケットとか、胸が大きいとか、それ自体は大した情報ではないけれど、今、この時期に、正体不明の……」
ミストが(クロノが言い難いであろう部分を)続けて報告する。
(シグナムさんたち、一体何をしているんですか……)
かつて、何度も接近戦の訓練相手になってもらった顔を思い出す。
『……徹底的に調べましょう。
仮に事件と全くの無関係であっても、未登録かもしれない魔導師ですものね。』
遠慮する必要は何処にも無い。
リンディのその言葉は、機械越しだというのにクロノとミスト――その場に居たフェイトとアルフ、エイミィたちの体も震わせるのに十分だった。
「りょ、了解しました!」
「徹底的に調べます!」
『ええ、お願いします。 こちらもやれる事は全部やるわ。』
「では、今日の報告はこれで!」
ふふふと笑うリンディの顔が怖くて、ミストは通信を切った。
「リンディさんって、あんなに怖いんだ……」
しかし残念な事に、このメンバーでアルフに抱きつきながらそう言ったフェイトの可愛さに気づける余裕を持った者はいなかった。
「本当、提督で艦長やっているだけの事はあるって事だね……」
フェイトをしっかりと抱きしめながら、これからもリンディの機嫌を損ねないようにしようとアルフは誓った。
「クロノ君……」
「エイミィ、フェイトとアルフはともかく、君は慣れているだろ?」
クロノの手を握り締めるエイミィは涙目だ。
「あれは、慣れているとか、いないとかって話じゃないでしょう?」
「それも、わからないじゃないけどな。」
開いている方の手でよしよしとエイミィの頭を撫でる。
「とにかく、今日はもう寝よう。
明日、役所が開いたらすぐに行動できるようにしよう、ね?」
ミストもかなり動揺していたが、10年近く執務官としてがむしゃらに働いていただけの事はあるのだろう、子供たちよりはまだ余裕があった。
「そ、そうだな。
アルフ、フェイトを寝室に運んでやってくれ。」
「う、うん。 ほら、フェイト、一緒に行こう。」
アルフとフェイトは与えられた部屋へ行く。
「ミスト、エイミィを――」
「確かに私たちは同じ部屋だけど――今日は一緒にいてやれば?」
視線をクロノから震えて彼にしがみついているエイミィに移す。
「なっ!」
「それじゃ、私ももう寝るね。 おやすみ。」
そう言って、ミストは与えられた部屋へ消えた。
「待ってくれ!」
置いていかれたクロノにできたのは、エイミィの頭を撫で続ける事だけだった。
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