アースラの訓練室に結界を張っていたクルーたちは疲れていた。
「やっと……」
「ああ……」
クロノ執務官が第97管理外世界から連れてきたのは馬鹿みたいにでかい魔力を持った女の子とその使い魔だった。
「あの魔力であんなに暴れるなんて……」
「一体、どんな教育を受けてきたんだろうな? 親の顔が見てみたいぜ。」
消耗が予想以上に早かった為にリンディ提督が別のクルーと交代させてくれたから良かったけれど、あと1時間遅かったらぶっ倒れている所だ。
「クロノ執務官が頑張ってくれたってのもあるんだけどな。」
「ああ、あの2人を相手に一歩も引かなかったものな。」
場所が訓練所だけに、クロノ執務官はいつでも撤退できたにもかかわらず、彼は一歩も引かずに説得を続けたのだ。
「お陰であの子と使い魔は大人しくなってくれたし。」
「念の為にまだ訓練室だけどな。」
今は大人しくても、何時また逃げ出そうとして暴れるかわかったものじゃない。
「……あれだ。」
「ん?」
「あの子たちをチェーンバインドでぐるぐる巻きにして、俺たちに発見させた奴の気持ちが少しわかる気がするよ。」
あんなじゃじゃ馬の相手をするのは面倒だ。
「だからと言って、その面倒を管理局に押し付けるのもどうかと思うが。」
「……まあな。」
彼らがそんな雑談をしながら向かう先は、もちろん自分の部屋――。
「あ、寝る前に少し腹に入れるわ。」
「……そうだな。」
あの2人がまた暴れだして寝ている所を緊急出動と言う事になったら空腹で結界を張らないといけないという事態になりかねない。
次元世界を股に掛ける時空管理局局員のお仕事は大変なのだ。
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【何かできる事?】
【はい。】
先にジュエルシードを回収しかねないあの2人がいなくなって物理的にも精神的にも余裕がある今の状況で手伝ってもらいたい事なんて……
しかし、ここで無下にするのは少し危険か?
なのはちゃんが私の役に立とうとして何かして、結果アースラや母さんにこちらの事がばれるような事態にならないとは言えないわけだし……
【そうだねぇ……】
【なんでもいいんです!】
《マスター、こういうのはどうでしょうか?》
「え?」
バルディッシュの提案は大変魅力的な物で、それをなのはちゃんに告げるとむずかしいけれど頑張りますという返事が返ってきた。
「いらっしゃいませ!」
久しぶりに翠屋でお手伝いをしていたなのはは、やって来た客に元気な挨拶をした。
「うん。 【こうやって直に会うのは】久しぶりだね。」
「はい!」
「士郎さん。」
「ああ。」
士郎と桃子はやって来た客に驚いたが――
「だが、どうしようもないぞ?」
「……そうですね。
まさか、あなたは魔法使いですか、なんて、聞けるわけもないし。」
実際問題どう接触していいかわからない。
以前何時知り合いになったのか問い詰めようとしたがその時は「お父さんとお母さんのせいでお店からでて行っちゃったじゃない!」と逆に怒られた。
彼女がその翌日も翌々日も来店しなかった為にその怒りはなのはにしては珍しく長持ちした為に家庭内の空気も温泉に行くまでは微妙に重苦しかった。
「しかも、今回はなのはから『あのお姉さんが来たら私が相手をするからね!』と怒鳴――言われているし……」
今厨房から出たら「お父さんなんて、大嫌い!」と言われてしまうだろう。
「でも……」
「ん?」
「どうやって、なのははあの人が今日来る事を知ったのかしら?」
ここ最近――というか、これまでずっと、親からしてみれば心配になるくらいになのはの電話の相手はアリサちゃんかすずかちゃんのはず……
渡してある携帯の利用履歴を確認してみるべきだろうか?
「今日来ると知っていたとは――ああ、タイミングが良すぎるか。」
なのはがクッキーを焼いた日に偶然現れるというなんて事は無いだろう。
「ええ。」
「じゃあ、昨日学校からの帰り道とかに出会――それもないか、昨日はアリサちゃんの車で帰って来たんだったな。」
何時知り合ったのか?
どうやって連絡を取っているのか?
「分からない事だらけだな。」
「……ええ。」
親の心配を知らずに、愛すべき末っ子は謎の魔法使いに笑顔を向けていた。
「ここ?」
「喫茶店か。」
魔力を感知する魔法をデバイスで起動しながら翠屋にやって来たのはクロノとエイミィだった。
【あの2人をぐるぐる巻きにした人がこんなお店を?】
【店を開いているわけじゃなくて、客として来ているだけかもしれないだろ。】
【そっか、普通に考えたらそっちの可能性の方が高いか。】
エイミィは大きな魔力を探して行きついた先がここだった為に、ついついこの店の経営者が探している相手だと思ってしまっていた。
【それじゃ、エスコートお願いね?】
【ああ。 こう言う場所ならその方が自然だろう。】
カランコロン♪
クロノとエイミィは手を繋いで入店した。
「いらっしゃいませー。」
【予想より早かったけど、やっぱり来たね。】
《【はい。】》
幼い私とアルフをチェーンバインドで蓑虫みたいにした場所を中心に魔力を探査した場合、ジュエルシードが暴走していたりしない限り発見されるのはなのはちゃんだ。
【これでアースラがなのはちゃんをマークしてくれるなら、なのはちゃんが暴走したり、勘違いした母さんに襲われたりしても義兄さんたちがフォローしてくれたり守ってくれたりしてくれるはず。】
《【ええ。 何らかの理由で私たちが彼らと接触する必要に迫られた時も此処でこうやって接触しているので――】》
【うん。 警戒はされるだろうけど、全くの初対面よりはマシになるはずだよ。】
確かにリスクもあるが、そんなに悪くは無い選択のはずだ。
「お姉さん、これをどうぞ。」
「あ、ありがとう。」
なのはが持ってきた袋には彼女が作ったクッキーが大量に入っていた。
「本当にこんなのでいいんですか?」
「うん! 充分だよ!」
匂いも良いので味も期待できる。
「こっちに来て一番大変なのは食料の確保だったからね。」
「そうなんですか?」
「うん。 元々こっちに住んでいるわけじゃないから、宿泊費だけでもかなり厳しいし、その上当然食事も外食ばかりになっちゃうしでね
結界で雨風を避けているので宿泊費は1円もかかっていないが、言えば無駄に心配させてしまうだけなのでそう言う事にしておく。
しかし執務官時代も、現地では自分で料理をしたりできたのは極まれであり、普段から食事はできるだけ経費で落ちる範囲で外食していたのでそこは嘘ではない。
「……大変なんですね。」
「うん。 大変なんだよ。 だから、カロリー高めのクッキーの差し入れは嬉しいんだ。
……なのはちゃんの作った物なら味の方も期待できるしね?」
「そ、そんな、そこまで言われるほどじゃないですよぅ……」
顔を赤くして照れるしぐさがかわいい。
【あの女の子だね】
【ああ、かなりの魔力を持っている。】
彼が管理外世界の一般人の事など考える必要はないのだが、この少女が今回の事件に関係してもしていなくても、この魔力が何かの拍子で暴走したらどれだけの被害が出てしまうだろうかと考えてしまうのは彼の性格のせいなのだろう。
クロノは自分の2人(匹?)の師匠の主であるギル・グレアム提督を思い出す。
確か彼はこの世界出身だった。 念の為にこの少女の事を報告しておくべきだろうか?
【どうしようか?】
【まさか単刀直入に聞くわけにもいかないからな。 今日の所は様子見だ。】
とりあえず何か軽く食べながら少女の様子を見――
【彼女と話しているあの女性、何かおかしくないか?】
見たところ、20歳前後だろうか?
金髪にオッドアイの女性はどこか違和感がある。
【え?】
【何かがおかしい……】
【しいて言うなら、アースラに保護した女の子に似ているくらいだけど……】
【ああ、それは気づいている。】
【え?】
言われる前からその事には気づいていた。 姉妹ではないかと思えるほど良く似ている。
しかし、僕が言いたいのはもっと、こう、何とも言い難いナニカだ。
【もしかして…… 惚れた?】
【なんでそうなる!?】
「あ、それなら今度お弁当作りましょうか?」
「お弁当?」
「はい。 私、頑張って作ります!」
「お弁当ねぇ……」
そこまでさせてもいいのだろうか? いや、良くない。
「流石にそこまでは、ね。」
「でも……」
「残念な事にお姉さんにも立場ってものがあるのよ。
こうやって私の為に作ってくれたクッキーをありがたく頂く事はできても、流石にお弁当とかになっちゃうと…… わかってくれるよね?」
「……そうですか。 わがまま言ってごめ――」
「でも、なのはちゃんの気持ちはありがたく貰っとくわ。 ありがとう。」
謝ってしまう前に感謝の言葉と一緒に頭を撫でる。
子供が自発的にしようとした事を断る時に謝らせてはいけない、むしろ褒めてあげるようにとエリオやキャロの保護者になった時に買って勉強した子育ての本に載っていたのだ。
「なのはちゃんは良い子だね。」
「そ、そんな事……」
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「ジュエルシード!」
《封印。》
アースラが幼い私とアルフを保護してから数日後、14個目のジュエルシードを封印する事ができた。
《マスター!》
「うん。 義兄さんたちが来る前にね!」
ジュエルシードが暴走すると何も知らない一般人に被害者が出てしまう可能性がある事は変わらないものの、アースラよりも先に現場につける事といざとなったら全部任せてしまえるという精神的な余裕を今の彼女は持っていた。
【でも……】
【《どうしました?》】
深夜のコンビニで食糧を物色しながら考える。
【残りのジュエルシードは7個、そろそろ海の様子を見るべきかなってね。】
【《……そうですね。》】
おそらく、アースラにもこの世界にジュエルシードがばら撒かれてしまっているかもしれないというくらいの情報は入っているはずだ。
何より、幼い私――とアルフも何時までもだんまりを続ける事も出来ないだろう。
特にアルフは母さんを嫌っていたので、『全ての罪はプレシアにある、フェイトの罪を軽くしてくれるなら全部話す』などの司法取引をしている可能性も十分にある。
【《それなら、変装をする事を提案します。》】
【……変装か。】
この国では黒髪黒目が普通で、私の様な金の髪にオッドアイという顔はかなり珍しい。
前回はアルフが色々準備してくれていたので助かった事が思いだされる。
【そうだね、アースラがジュエルシードの情報を手に入れていて、さらに幼い私やアルフから地上に落ちているのは殆ど私が回収してしまっているという事も知っていた場合、海で待ち伏せしている可能性は十分にあるものね。】
【《はい。》】
菓子パンを1つ取って染髪の為の商品が並んでいる棚へ移動し、手に取って裏面の説明を呼んで見るが――
【どれも染まるまでに時間がかかるだけじゃなくて、匂いもすごいみたいだね。】
【《住む場所の無い今の状況では少し厳しいですね。》】
しかし、だからと言って鬘は高い――というか、入手方法がわからない。
【これは参ったね。】
【《変装用の色付き眼鏡と、髪を隠せる帽子などを探してみましょう。》】
バリアジャケットの応用で鬘やサングラスぐらいは作れない事も無いだろうが、その魔力を待ち伏せしている相手に気づかれては元も子もない。
【それが無難かな。】
出費は痛いが背に腹は代えられないのだ。
「管理局か……」
プレシアは第97管理外世界の近くに管理局の船がある事を発見した。
「と言う事は、人形と犬がなかなか帰ってこない理由は――」
魔力の使い過ぎで倒れている所を捕縛されてしまったと考えるべきだろう。
「厄介な事になったわね。」
「またか。」
『また何もないの?』
「ああ。」
魔力を計測してからすぐに来たというのにすでに何もない。
「ジュエルシードと思われる物も、それを封印したと思われる人物もいない。」
『参ったね。』
「本当にな。」
そう言いながらも、各種デバイスを起動する。
「今日こそは何か残していってくれているといいんだが。」
『これまでの記録も合わせて共通した何かが1つでも見つかれば気が楽になるんだけど。』
フェイトからの報告があまりに遅い為に、プレシアは幾つかのサーチャーを第97管理外世界に送り込んでいて、その1つがたった今までジュエルシードが暴走していたであろう場所に到着する――という時に、そこに人影が飛んできた。
「あれは、管理局の執務官か?」
黒ずくめの姿は今が深夜だからだろうか?
「もう少し近づけば何を言っているのかわかるのだけれど……」
せめて管理局の手にジュエルシードがあるのかどうか知りたいが、相手は子供とはいえおそらく執務官だ。 あまりサーチャーを近づけるとこちらに気づく可能性は高い。
だが、執務官の様子から何かに対して愚痴っているように見える。
「まさか、管理局はこの世界で何が起こっているのか分かっていない?」
希望的観測にしか過ぎないが、なぜかその考えは正しいように思えた。
だが、だとしたら管理局と関わりの無い者がジュエルシードを集めている事になる。
「……人形ではない。」
人形が無事だったなら、連絡を寄こさないはずはな――
「まさか、あまりにも膨大な魔力にあてられて記憶を失ったりでもした?」
いや、たとえそうだったとしても、人形にはインテリジェントデバイスと犬がい――そう言えば、あの犬は私を疎ましく思っていたような気がする。
いや、犬だけではなくインテリジェントデバイスも……
「だが、それだとジュエルシードを集める意味が……」
分からない事だらけだ。
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