「あああああああ!」
気合を込めたアルフの拳が私の腹に当た――らせない!
「甘い!」
カウンターで腹を打ってビルの壁までぶっ飛ばし、隙だらけにしたところに――
「ふんっ!」
ゆりかごでヴィヴィオがしてきたのと同じ魔力砲撃を当てて気絶させる。
「アルフ!」
古代ベルカの王は接近戦よりも遠距離攻撃が得意だった――というよりも、騎士が前衛で戦っている所に王が後方で砲撃による援護をするというのが古代ベルカの戦い方だったのかもしれない。
「まだやるか?」
アルフにバルディッシュを向けながら幼い私を挑発する。
「くっ!」
幼い私は悔しそうにバルディッシュを待機モードにした後でアルフの側に向かう。
「この危険物は私が全部回収させてもらう。」
「……」
恨めしそうに私を睨んだまま、幼い私はアルフを担いで結界外に出て行った。
「やりすぎたかな?」
《そんな事は無いと思います。》
幼いフェイトがいなくなった結界内で、7つめのジュエルシードは封印された。
────────────────────
「え?」
高町家では、なのはが士郎から信じられない話を聞かされて唖然とした。
「そう言う事だから、着替えを多めに準備しておくように。」
「うそ……」
「嘘じゃないぞ。」
「だって、お店はどうするの? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったらこんな事は言わないさ。」
「わかった。 準備してくるね!」
「ああ。」
士郎に言われて、なのはは明日からの温泉旅行の準備をし直す為に嬉しそうに自分の部屋へと駆けて行った。
「士郎さん、上手くいったみたいね。」
「ああ。」
数日前になのはが懐いている女性と、彼女と敵対しているらしい少女2人組が海鳴市のある場所に現れたらしいという情報があった。
出没場所を調べてみたら戦闘の痕跡らしきものを月村家の者が発見したそうだ。
「今度の場所は家から遠かったから、なのはが関係しているとは思えないが……な。」
「宿の周辺は此処よりも人も少ないですし、とりあえず様子見と言う事なら悪くないと思いますよ。」
【お姉さん!】
【ふにゅ!? ……なのはちゃん? どうしたの?】
【明日からの温泉旅行、予定よりも1日多くなりました!】
【え? ……帰りの混雑の事を考えると、ちょっと厳しくない?】
なのはの嬉しそうな報告に冷静に答えてしまう。
【私もそう思ったんですけど、お父さんが大丈夫って!】
【そっか…… それじゃあ、私も日程を伸ばそうかな?】
【本当ですか!?】
【温泉だけなら一回いくらの所って結構あるみたいだしね。 なのはちゃんたちと違って宿を取るわけじゃないから温泉巡りにそんなにお金はかからないから。】
バリアジャケットと結界を併用する事でどこでも寝る事が出来るのは証明済みだ。
【……私の泊まる所でそういうサービスあったかなぁ?】
【温泉の所に地元の人用のカウンターとかがあればたぶん大丈夫。】
【それじゃあ、私の泊まるところにそう言う場所があったら念話で教えますね?】
【うん。 よろしくね。】
【はい!】
「温泉?」
「うん。 怪我によく効くらしいんだよ?」
隠れ家で、フェイトはアルフから意外な言葉を聞いて少し驚いた。
「でも、私たちはジュエルシードを――」
「捜索範囲の中だし、もう予約も取ってるし、偶にはいいじゃないか? ね?」
アルフはそう言いながら自分のお腹を少し撫でる。 ……策士だ。
「……そうだね。 アルフもこの前お腹を強く打たれちゃったしね。」
「正直、お腹を打たれたのよりも砲撃の方がキツかったけどね。」
フェイトを休ませる事が出来るのなら、怪我もしてみるものだなとアルフは思った。
「でも、明日からって急だね?」
「あの女が現れたせいで伝えそこなったんだよ。」
本当は「せっかく予約したのに……」とか「もったいない……」などと言って泣き落としやごり押しをする為に内緒にしていたのだが、自分が怪我をした事で想定したよりもスムーズに事が進む。
────────────────────
《マスター、この魔力は……》
「うん。 近くに私とアルフがいるみたいだね?」
なのはよりも一足早く温泉に入ろうと思っていたのだが、幼い自分が近くに居るという事は、この周辺にジュエルシードがあるという事かもしれない。
「暴走した時に裸だったら先を越されるかもしれないね……」
《……ですね。》
バリアジャケットを一瞬で纏えば良いだけの話――というわけではない。
温泉に精密機械であるバルディッシュを持ち込むのは躊躇われる。 しかし、相手は幼いとはいえ2人なのだ。 温泉のジュエルシードを全て回収する為には、わずかな隙も見せたくは無い。
「考え方を変えれば、あの子たちが此処に居る間はあっちでジュエルシードが暴走しても先を越される事は無いって事だけどね。」
《そうですね。》
せっかく温泉に来たのに、入れそうにない……
「あれ?」
「ん?」
「今、あっちの方から何か…… 気のせいかな?」
「アルフ、それじゃあ気になるよ。 何があったのか言って。」
フェイトはアルフを信頼しているので、彼女が気になったという何かが気になる。
「何処かで嗅いだような匂いがあっちの方からしたような気がするんだけど、温泉の匂いが強くて良く分からなくなっちゃったんだ。」
「あっち……」
「私たちが泊まる予定の宿のある方向だね。」
「ん?」
「なのは?」
「なのはちゃん?」
突然来た道を振り向いたなのはに、アリサとすずかも何かあるのかとつられて振り返る。
「誰かに見られたような気がしたけど、気のせいだったみたい。」
「え?」
「ちょっと、やめてよ?
こんな所でそんな話しすると本当にいるみたいじゃないの……」
「アリサちゃん? 何が本当にいるみたいなの?」
「すずか!?」
なのははじゃれあう友人2人の様子を見て笑顔になる。
「おーい、はやくおいで。」
「荷物置いたら自由時間にするから、遊ぶのはそれからにしないさーい。」
先行していた士郎と桃子が子供たちに声をかける。
「ほら、行くぞ。」
なのはたちの後ろには子供たちの荷物を持った恭也と忍、美由希が居て、はしゃぐ3人を急かす。
「はい。」
「にゃはは……」
「ほら、行きましょう。」
アリサがなのはとすずかの手を取って走りだす。
「まさか、同じ宿とは……」
幼い自分たちと高町一家+αが同じ宿に泊まるとは想像もしていなかった。
《どうします?》
「どうしますも何も……」
アルフの療養に来たのだろうか?
しかし、あの頃の自分は母さんからの命令を重視していたはずだが……
「様子見しかないかな。
療養できたんならそれでいいけど、ジュエルシードがあるから来たのだとしたら、先に回収しないといけないんだし?」
《アルフに気付かれないように、源泉の近くに結界を張らずに寝るしかありませんね。》
「……そうだね。」
下手に結界を張ると気づかれる可能性が高まるのでアルフの鼻が効かない場所で待機する事になった。
宿に着いたフェイトとアルフは部屋へ案内されている途中でおそらく温泉に入りに行くのであろう女性だけの集団に出会った。
【ああ、さっきの匂いはこの子たちだったんだ。】
【アルフ?】
【ほら、猫の時の屋敷に居た子供たちだよ。】
【ああ。】
フェイトにも見覚えのある女の子が3人、楽しそうに笑いながら、その保護者であろう女性3人は――こちらを見て驚いている?
【私たち、何かした?】
【……金髪と赤毛が珍しいって事は無いだろうし?】
猫の時に姿を見られていたのだとしたら、驚くのは子供3人のはずではないだろうかと2人は考える。
時の庭園からあまり外に出なかった――それにプレシアに監視されている可能性を考えた事も無い2人にとって、監視カメラと言う言葉すら頭に浮かばないのだ。
「お客様? どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でもありません。」
女性3人は子供たちを連れてそそくさと去っていった。
なのはが目の前に金髪と赤髪の2人が現れた時、驚きを表情に出さずに済んだのはバルディッシュから『念話』を習う際に『マルチタスク』も少し学んだからだった。
複数の事柄を同時に考える事ができればパニックになり難くなり、有事の際に生き残る確率が上がるからである。
【お姉さん! 近くに居ますか!?】
だからなのは家族と友人の前で笑顔を保ちながら、温泉に入りに来ているはずの命の恩人に念話を送る事ができたのだ。
【わかってる。 猫の時の2人がいるんでしょう?】
彼女が事態を把握している事に少し安堵した。 ……焦りは消えないけれど。
【はい! それで私――】
【落ち着いて。 2人はなのはちゃんの魔力が大きい事には気づいても、私と関係があるとは思っていないはずだから。】
ジュエルシードを封印した後で手を振ったけれど、それはあの2人には見えていないはずだ。
【で、でも!】
【それより、暫く念話は禁止ね。 あの2人が気づく可能性があるから。】
なのはが魔法を使っている事を気づかれるのはいろいろとまずい。
【うぇええ!?】
【大丈夫、側に居るから。】
【わ、わかりました。】
なのはもその事に気づいたので念話禁止を受け入れた。
「ぁあぁぁあああぁああ。」
「アルフ、変な声出さないで。」
「だって、こんなに気持ちいいとは思わなかったんだよ。」
温泉に浸かって、その想像以上の気持ちよさに思わず声を出したアルフをフェイトが嗜めるが、効果はいまいちのようだ。
「あら、温泉に入ったらそう言う声を出してしまうのは仕方ないわよ、ね?」
「そ、そうかな?」
「確かに、そう言う人も結構いるよね。」
その上アリサがアルフの援護に入り、なのははどっちつかずの事しか言えなかったがすずかがアリサを後押しする。
「ええ!?」
フェイトはフェイトでまさか3人が会話に入ってくるとは思っていなかったので軽くパニックになった。
そんな子供たちを桃子と忍と美由希の3人は内心ドキドキしながら見ていた。
────────────────────
《マスター!》
その日の夜、バルディッシュはジュエルシードの反応を感知した。
「うん。」
木々の隙間を縫うような高速低空飛行でジュエルシードの下へ向かう。
《今、小さなマスターとアルフが宿から出てきました。》
「みたいだね。 でも、私たちの方が近いから、前みたいに戦いになる前に――いや、ちょっと小細工をしようか。」
《イエッサー》
魔力弾を2ダース作り出して1ダースは2人の進行方向に、残りを半ダースずつに分けてその左右に展開する。
これで、2人からしてみれば1ダースの魔力弾が正面から、それを防ぐなり回避なりしても今度は左右から――という嫌らしい攻撃を受ける事になり、幼いフェイトの性格を考えるとおそらく3度目4度目の攻撃を警戒してジュエルシードへ向かう事を躊躇うはずなのでかなりの時間が稼げるはずだ。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」
敵と自分の性格や癖、得意な事、好きな事嫌いな事、様々な情報を知っていれば自分に有利な戦い方ができ、自分が危険な目に会う事は無いという様な事だったはずだ。
学校でも似たような事を学んでおり、何処の世界でも戦術や戦略の基本と言うのは同じなのだと感心した覚えがある。
《八神はやてが言っていた言葉ですね。》
「うん。」
平行世界とはいえ、相手は自分だ。
得意な戦法も苦手な戦法も、癖や性格も把握しているのだから必勝の策を練るのは簡単。
それも、執務官になる為に必死に勉強し、鍛え、実際執務官となり、様々な事件に関わった自分と比べるとどうしても経験も知識も鍛錬も全然足りない子供が相手なのだ。
《今の状況にぴったりです。》
「私もそう思うよ。」
《ラウンドシールド》
「くっ!」
突然正面から12発の誘導弾が飛んできた。
「フェイト、敵がいるよ。 たぶん、あの女だ!」
「うん!」
バルディッシュが咄嗟にラウンドシールドを展開してくれたおかげで9発は防ぐ事ができたけれど、アルフが2発、自分が1発喰らってしま――
ドォン!
左右から挟むように飛んできた6発ずつの誘導弾の1発がアルフを直撃する。
「アルフ!」
「大丈夫! ぎりぎりシールドが間に合った!」
「バルディッシュ!」
《ラウンドシールド》
アルフと背中合わせになりながら、2枚のラウンドシールドで防御を固める。
残った11発の誘導弾が2人の周囲をぐるぐると移動しながら、ラウンドシールドの隙間を狙って当たりに来る。
「くっ!」
「面倒な!」
全ての誘導弾を防ぐ事ができたが、2人とも負傷している事を考えると慎重にならざるを得ない。 もし今の倍の誘導弾が飛んできたら……
「フェイト、ここは退こう。」
《私もそれが良いと思います。》
「でも、ジュエルシ――え?」
目指していた地点から、ジュエルシードの魔力を感じる事が出来ない。
「……やられたね。」
「そんな……」
《今回も私たちの負けですね。》
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