自分はゆりかごの内部で優しいヴィヴィオの頭を撫でていたはずなのに、気が付いたら(おそらく)第97管理外世界の海鳴――の高いビルの上で寝ていたのは何故だ?
それに――
「あの蒼い光は?」
綺麗な星空に突如できた亀裂から飛び出した21の蒼い流星。
距離が遠いにもかかわらず、わずかに感じる事ができるこの魔力は――
「これは…… はやてから感じたのと同じ?」
ゆりかご内部で自分と同じくらいの年齢に成長したヴィヴィオと戦った事。
ヴィヴィオの体内に埋められたレリックが暴走を始めた事。
ヴィヴィオが、その命を――
はやてとヴィータの声がヴィヴィオの顔を撫でて居る時に聞こえた様な気がする。
あの蒼い光が落ちた場所から感じられる魔力は、あの時はやてから――
「一体、何がどうなっているの?」
人通りの無い場所へビルから飛び降りて、これからどうするかを考える。
「まずは、管理局に連絡したいんだけど……」
ビルから飛び降りる前に認識障害の魔法を使う為にバルディッシュを起動させようとしたのだが、何故か動かない。
「ゆりかごからこの世界に移動した際に何かあったのかな?」
管理外の世界には管理局の観測装置の様な物が衛星軌道上などに存在する。
その世界の人類が次元世界に進出した時にすぐ把握できるようにと考えられての事だ。
「バルディッシュが動けば救難信号を出せるんだけど……」
デバイスが動かないという事は、自力で観測装置を発見しなければならないという事だ。
「この世界には高町さんみたいに強大な魔力を持っている人もいるから……」
魔法を知らない人のリンカーコアに刺激を与えるのはあまりよろしくない。
高町さんの魔力が暴走してしまったら街が1つ消滅してしまう事もあり得るのだから。
「どこかでバルディッシュを修理しないといけないな。」
簡単なメンテナンスくらいなら時間はかかるが自分でもできる。
問題はその間どこに住むかだ。
「かなり集中しないといけないから、できれば静かな場所がいいんだけど……」
自分はこの世界のお金を持っていないからホテル等に泊まる事が出来ない。
10年前に使っていた隠れ家は流石に使えないだろう。
本局に引っ越した時に家は売ったと言っていたからはやての家も使えない。
「戸籍が無いから仕事をして稼ぐ事もできない。
いっそ人も動物も来ない様などこかの山奥に――駄目だ、そんな所には住む場所はもちろん食べる物も無いや……」
管理外世界で野生の動植物を獲ると後々問題になる。
「面識はあまりないけど、高町さんを頼るしかないかな……」
はやては必ず年末年始には休暇をもぎ取って高町さんの家にお世話になるらしいのだが、3年ほど前、今年は温泉に行くんやけど一緒にどうや?とはやてに誘われた事がある。
「あれから一度も会ってないけど、もう他にどうしようもないし……」
背に腹は代えられない、頼らせてもらおう。
温泉から帰った後、高町さんのご両親が営んでいる喫茶店兼ケーキ屋で御馳走して貰った時の微かな記憶を頼りに歩――歩いているのだが……
「車に乗っていてもわかるくらいに目立つヒビのあった建物にヒビが無くて、新築の建物があった場所に古い建物が建っている……」
ヒビ割れは修復したのかもしれないし、新築でもメンテナンスをきちんとしていなければ数年でボロボロになることだってあるだろう。
「……あるよね?」
街を歩けば歩くほど、あり得ない可能性を考えてしまう自分に言い聞かせる。
去年まで本屋だったのにとはやてが言っていた場所にコンビニじゃなくて本屋があるけれど、3年の間にコンビニから本屋に戻ったんだろう。
「コンビニは競争が激しいらしいからね。」
大型スーパーが建つらしいと高町さんが言っていた、工事現場だった場所に小さな古い建物が数軒建っているけれど、きっと私の記憶違いなのだろう。
「出店取り止めで、懐古主義の人が建てたんだろうね。」
やっと着いた高町さんのお店。
だけど、ちょっと時間が遅かったらしく、ちょうど今閉店時間になってしまったようだ。
「ぇ?」
暗いからよくわからないけれど、よくわからない事にしたいけど、今お店から出てきた見覚えのあるツインテールの女の子は……
いや、はやての自慢の親友である女性の身長よりも明らかに低いからきっと他人の空似というやつだろう。
「そうじゃなかったら、高町さんの親戚か何かだよね?」
決して高町さん本人ではないはず。
高町さんのご両親が頑張って妹さんができていたとしても、それならそれで、3年でこんなに大きく離れないだろうし……
「前に来たのは3年前だし、それも温泉に向かう時と帰ってくる時に車の中から見ただけだし、きっと私の記憶が間違っているんだろうな……」
管理局の執務官が自分の記憶力を疑う事態になるなん――
「ぁぁ……」
まさか、そんな事があるわけは無いと思いながら、こっそりと後をつけていた、お店から出てきた女の子が入った家の表札には、『高町』という文字が書いてあった。
「苗字が同じだけ――または、親戚のお嬢さんを何らかの理由で引き取ったんだよ。
うん、きっとそうだ。 間違いない。」
マルチタスクで思考する脳の片隅で、あり得ないし認めたくない『仮説』が浮かんでは沈みを繰り返すが……
「時間を遡るなんて、そんな事あるはずがないよね……?」
語尾を疑問形する事くらいしかできない自分の状況が悲しかった。
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認めたくない事実だが、もう認めるしかない。
何故なら目の前に幼い彼女が居て、しかも車椅子を使っている。
「はやては昔足が悪かった……」
高町と書かれた表札を見てすぐに、昔はやてから聞いた事のある病院の名前と場所を何とか思い出して、真夜中の病院に不正侵入してカルテを漁り、名前と住所を見つけ……
辿り着いた一軒家に、その少女は1人で住んでいた。
見覚えのあるその顔と、本人から聞いた事のある情報を照らし合わせると、結論は1つしか出ない。
「ここは、10年以上前の第97管理外世界なんだ……」
タイムスリップなんて、映画や小説などの空想の産物でしかあり得ないと思っていたし、思っていたかったのに……
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これからどうしよう……
海が見える公園で、彼女は途方に暮れていた。
この世界にはハラオウン家と親交のあるギル・グレアムと元提督――この時点ではまだ提督?――が住んでいるはずだが、日本ではなくイギリスとかいう場所だったはずだ。
さっきの本屋で地図を立ち読みして場所を調べれば、空を飛んで行く事も不可能ではないだろうが……
「タイムスリップして未来から来ましたなんて、普通信じないよね。」
だって、自分なら信じないから。
信じないだけではなく、精神科の医者を紹介するだろう。
「あ、でも……」
次元漂流者として保護してもらう事は出来るかもしれない。
「そうしてもらうかな……」
このまま目の前の海の上へ行き、魔力を解放したら管理局の網にかかるだろう。
そうしたら義兄の師匠である猫姉妹がやってきて、私を保護してくれる可能性は高い。
「でも……」
この場所にいたら、昔の自分がジュエルシードを回収に来る。
そうしたら、母さんに会えるかもしれない。
「もう一度会って、それで、どうするというわけでもないんだけど……」
そもそも、この世界のか――プレシア・テスタロッサは、この世界のフェイト・テスタロッサの母であって、自分の母ではない。
自分の母ではないのだが――これが未練というモノなのだろうか?
「それに、ジュエルシードを上手く使えばアリシアを助けられるかもしれないし……」
エネルギーの塊であるレリックを体内に埋められたアリシアが蘇生できた事を考えると、同じくエネルギーの塊であるジュエルシードを使えば……
「もしかしたら、母さんは最初からそういう使い方をするつもりだったのかもしれ――」
ふと思い出す。
『ミスト』は「世界を滅ぼそうとする人に渡せない」と言う様な事を言っていた。
レリックの様に体内に埋め込む使い方では駄目だという事か?
「もし母さんの目的がアリシアの体内にジュエルシードを埋め込む事だとしたら、止めないといけない!」
あんな悲劇は、もう見たくない。
「でも、私が何もしなくても『ミスト』がジュエルシードを全部……」
集めたのだろうか?
私は『ミスト』と敵対するつもりはないし、ジュエルシードを封印してしまいたいと考えているから……
もしかしたら、未来から来たこの私もジュエルシードを集めていたのかもしれない。
「いや、でも、そうだとすると、私はヴィヴィオを見捨てる事になる?」
今、こうして、私が未来から来た事が『歴史通り』だったとしたら、10年後に、ヴィヴィオを死なせる事に私は……
「ヴィヴィオが死なないと私がこの時代には来ないのだとしたら、私がヴィヴィオを助けると私はこの時代に来ない事になるからヴィヴィオは死んで、ヴィヴィオが死ぬと私はこの時代に来てヴィヴィオを助けて……」
延々と続くその繰り返しを何と言ったか、忘れたけれど。
確かもうひとつ――そうだ、平行世界説。
確か、時間を遡って親を殺した時、自分が消えるのがさっきの繰り返しで……
「親を殺しても、『親が殺された為に自分が生まれなかった世界』が分岐するとか……」
この場合、親を殺した自分には何も起きないのではなかったか?
「もしこれがただのタイムスリップではなくて、平行世界を移動したとかいう事だったら、ヴィヴィオを助けても何も問題は無いかもしれない?」
世界移動について勉強した時にちょっとした雑学として習ったあやふやな記憶をなんとか思い出す。
「そっか……
私の世界では『ミスト』がいたけど、この世界に『ミスト』がいるとは限らないって事でもある?」
私がジュエルシードを回収して母だけではなく管理局にすら隠匿してしまえば、『ミスト』が現れる必然性がない?
だとしたら、ジュエルシードを母に渡さない為に私が回収すべきかもしれない。
さて、とりあえず『アリシアにジュエルシードを埋め込むプレシアを阻止する』という目的はできたけれど、当初の難題である『衣食住』をどうするべきかがわからない。
「はやての家に忍び込めばグレアム提督との連絡方法を入手する事は可能だろうけど……」
ギル・グレアム提督を頼らなくても、リンディ義母さんとクロノがジュエルシードを回収に来るはずだから『保護してもらう事』自体は容易いだろう。
「たぶん、あの21の青い光がジュエルシードだと思う。」
何故この時間に飛ばされたのかわからないが、これはチャンスだ。
ジュエルシードでは無理でも、レリックなら蘇生できる事を母に伝える事ができれば、この世界のフェイト・テスタロッサは愛する母親を失わないで済むのだから。
「この本来なら絶対にあり得ないチャンスを逃さない為なら……」
犯罪に手を染めるのも仕方ない。
────────────────────
この国にはパチンコと言うゲームがある。
あまり人目のつかない場所でバリアジャケットで防寒をしながら一夜を過ごした私は、昼前だというのにおじさんやおばさんが次々と入っていくそのお店を見つけたのだ。
このゲームは賭けごとの一種であり、個人的にはあまり好ましいと思えないが……
「大事の前の小事だよね?」
床に落ちているパチンコ玉を店員や他のお客にばれないように拾い集めて使う。
釘と釘の間の隙間を魔力で埋めて、全ての玉が中央の穴にだけ入るようにする。
それだけで……
三時間後、パチンコのお店から私は現金81000円と固形の栄養剤5つを持っていた。
ビルの屋上ならバリアジャケットで防寒したら充分寝る事が出来る事もわかったし、お金があるから食糧に困る事もなくなったというのに、彼女の心は明るくなれなかった。
「なんで、こんな事に……」
昨夜は暗かったうえに高町家や病院や八神家などを探すのに忙しかったので全く気付かなかったのだが、パチンコの機械に映った自分の姿を見て思わず声が出そうになるくらい驚いてしまった。
「もしかしたらパチンコの機械に色が塗ってあるだけかもと思って――思いたかったから慌てて化粧室を借りて鏡を見たけど、やっぱりそんな事は無くて……」
鏡に映った自分の顔は、自分の顔ではなかった。
「なんで、こんな事になったのかな……」
自分の顔ではなかったが、自分の面影も確かにあった。
「これじゃあまるで、私とヴィヴィオの――」
右目が緑で左目が赤のオッドアイ
それが、今の彼女の顔だった。
「間に生まれた子供みたいだよねぇ……」
「私よりも、あなたに生きて欲しかったのに……」
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少し大きめのデパートの化粧室に入ってもう一度顔を確認する。
「確か、この目は聖王の証でもあるんだっけ?」
試しに、魔力を少しだけ出してみる。
「虹の――成長したヴィヴィオが使っていた魔力の色。」
その輝きを見て、ある事に気づく。
「ヴィヴィオと融合しちゃったから? だから……」
胸元につけていたバルディッシュに触れる。
「バルディッシュ、私は、私の正体がわかったよ?」
だから、あなたもわかったでしょう?
《はい。 登録してあった魔力と違っていたのでセキュリティ機能に従っていましたが、今魔力を登録し直しました。 すぐに気付かず、申し訳ありません。》
バルディッシュは高性能なインテリジェントデバイスで、フェイトとその家族・仲間にだけ反応するようにしてあったのだ。
「いいよ。
インテリジェントデバイスが――それも、時空管理局の執務官のデバイスが、何処の誰ともわからない人に使われてしまうのは危険だからね。」
《そう言ってもらえると助かります。》
【今の状況はわかった?】
《【はい。】》
デパートから出て、バルディッシュと現在の状況ととりあえずの目標を念話で説明しながら人通りの少ない道を進む。
《【マスターが目を覚ました時に見たという21の青い光がジュエルシードだとしたら、今日か明日にでも『ミスト』が出現するかもしれませんね。】》
【うん。 『ミスト』が現れるなら、私たちが集めるジュエルシードは全部『ミスト』に渡すべきだと思うけど、『ミスト』が現れないのなら、管理局に接触するのはジュエルシードを隠せる安全な場所を確保してからになるよ。】
ちょっと大きな建物の裏、車が数台駐車されている場所に着く。
《【八神はやてがいつ騎士シグナムたちと家族になるのか知っていますか?】》
【……そうか、経緯はわからないけどはやてがシグナムたちのマスターになったら本局に引っ越しちゃうだったね。】
ギル・グレアムと接触するつもりなら、はやてが彼らと会うまでにグレアム提督との連絡手段――住所なり電話番号なりを確保しておく必要がある。
【じゃあとりあえず……
母さんやアースラが観測する『次元震』が発生するはずの公園が見える場所を寝る場所にする事とはやてが病院に行っている間にちょっとお邪魔する事は決定、と。】
《【そうですね。】》
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