自分の人生とは何だったのだろうか?
母の為に見知らぬ世界に降りはしたものの、目的は果たせずに役立たずと呼ばれ
母を奪った者たちへ復讐を果たしはしたが、同時に数十億と言う命を巻き添えにし
生き延びたと思ったら、母が本当に欲しかったのは自分のオリジナルだと知り
マガイモノである自分は必要とされていないどころか、憎まれてさえいて
結局また捨てられて
体にロストロギアを埋め込まれ
そして
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「ヴィヴィオ!」
「お前がその名で呼ぶな!」
ヴィヴィオと対峙しているフェイトは、数年前――はやてと知り合になったばかりの頃に教えてもらった『とても固いバリアジャケット』を纏っていた。
それが彼女の得意とする戦闘スタイルと合わない事は百も承知だが、高速移動を駆使した戦闘はこの閉じた空間では向かないという事と、ヴィヴィオが放つ魔力弾の一発一発が普段使用しているソレでは掠っただけでも戦闘不能になりかねない威力を持っているが為の選択だった。
「正気に戻って!」
「黙れ!」
この事件が終わった後でアリシアを引き取って、一緒に暮らして、話をして……
そして…… そして……
フェイトの心には、今まで無かった夢とか希望とか言う名の欲が生まれていた。
「ヴィヴィオ!」
「うるさい!」
だから、ジェイル・スカリエッティによって成長させられたと思われるヴィヴィオが自分を敵として攻撃してくる事が悲しかった。
マインドコントロールを受けたのか、それともゆりかごの何処かに隠れているスカリエッティの協力者が遠隔操作しているのか、あるいは他の何かによるものなのかはわからないが、自分を『フェイトママ』と認識できないどころか、絶対の敵として攻撃してくる成長した姿のヴィヴィオと戦いながら、フェイトは大声で泣き叫びたい心を押し殺していた。
「その口を二度と使えないようにしてやる!」
そう宣言したヴィヴィオの両手から虹色の魔力でできた刃が伸びる。
それは、フェイトの相棒であるバルディッシュから伸びている黄色い刃に似ていた。
「はあっ!」
威力はあるけれど当たらない遠距離攻撃をやめて、両手を前に出して飛び込んでくるヴィヴィオの姿に、やっぱりこの子の戦い方は私の戦い方に似ているなと、マルチタスクの何処かでフェイトは思った。
「『ザンバーフォーム』」
しかし、こんな狭い空間で高速で飛びかかってくるなんて、とか、戦闘のセンスはないのかもしれないな、とも思う
「ふんっ!」
一直線に突っ込んでくる虹色の刃に自分の黄色い刃を当てる事でその軌道をずらす。
どんっ
「ぎゃっ!」
高速で、それも一直線に移動していたのに軌道をずらされてしまったヴィヴィオの末路は、そのまま高速で壁にぶつかってしまうことであった。
ヴィヴィオの上げた悲鳴に胸が痛むが、はやてからの情報と実際に目にした彼女の防御力から考えると大したダメージにはなっていないだろうと思いこむ事にする。
「でも、油断はできない。」
私の戦い方を見せた事は無いのに、それに似た戦い方をしてくる。
戦い初めて1時間も経っていないというのに、だ。
「成長速度が異常すぎる。」
ヴィヴィオを傷つけるつもりは最初から無い。
だから捕縛するつもりで戦っているというのに、その戦い方でこちらを殺しにくる。
「ヴィヴィオにもっと応用力があったら、こっちも傷つけるつもりで戦わないといけないところだった。」
ゆりかごに乗りこんでいる八神家の誰かがヴィヴィオを操っているモノをどうにかしてくれる事でヴィヴィオが正気を取り戻してくれると楽なのだが、催眠術とかマインドコントロールの類いであった場合は自分がどうにかしなければならない。
「でも、ヴィヴィオの防御力を破れる魔法は非殺傷設定でも……」
ヴィヴィオを傷つけずに捕縛するは難しく、だからと言って自分の得意とする威力の高い接近戦用魔法では殺しかねない。
「さっきから何をぶつぶつと!」
再び飛び込んでくるヴィヴィオの攻撃をはじ――けない!
両手の刃をクロスさせる事で受けるか回避するしかできないようにしたのだ。
「これだけ近ければっ!」
「しまっ」
超近距離で放たれる12発の魔力弾を防ぐ術をフェイトは――
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「ヴィータ、調子はどうや?」
「ああ、はやてのおかげでもう大丈夫だ。」
はやて(を通してジュエルシード)から供給された魔力で体を治したヴィータは笑顔で答える。
「よっしゃ、それじゃあフェイトちゃんの援護に向かうで。」
「ああ。」
2人はフェイトとヴィヴィオの戦場へ向かった。
はやてがヴィータをお姫様抱っこしたままで……
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戦闘方法を二刀流に変えてすぐの一撃目はわざと“受け流せる”ようにしたのだ。
そうする事で、二撃目も同じように受け流そうとすると踏んで。
自身のレアスキル頼みというのが少し情けない気がするが、あの女を黙らせるにはそれしかないと思ったのだ。
実際、策は上手くいき、超近距離で必殺必中の――
「手応えが、無い?」
12発の魔力弾が全て床や壁に当たってはじけた。
「あの状態で全て避け「うおおおおおおお!」!」
魔力弾の爆発によって起こった砂埃を利用して姿と気配を消していたフェイトが、両手剣状態のバルディッシュでヴィヴィオを殴り飛ばす!
どごぉん!
轟音と共に、先ほどぶつかったのと同じ場所にヴィヴィオはぶつかった。
「はぁっ はぁっ」
フェイトは堅くて重たいバリアジャケットをヴィヴィオが放った魔力弾に当たって弾道がずれるようにパージ、さらにあらかじめその下に装着していた高速起動用のバリアジャケットによって姿を隠し、さらに会心の一撃をいれる事に成功したのだ。
「今ので、気絶、して、ると、い、いん、だけ、ど?」
それが無理でも、傷ついても勝手に修復していく壁にめり込むなどして動けなくなってくれていてもい――
「ぎゃあああああああああああああああ」
ヴィヴィオの悲鳴が、フェイトに母としての感情を取り戻させた。
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赤い画面からザフィーラとシャマル、そして聖王教会の騎士たちが慌てて結界を展開する声がする。
「……やってくれたな。」
シグナムは右手を突き出したままの状態で気を失った眼鏡の戦闘機人を睨みつける。
『――』
爆発音とともに映像が消える。
「シャマル、ザフィーラ、無事でいてくれ。」
彼女にできるのは家族の無事を祈る事と、そこにまだ在ったはやてのサーチャーに目の前で気絶している戦闘機人をゆりかごの外に運ぶ事を告げて、その通りに行動する事だけだった。
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「あの眼鏡、レリックを暴走させよった!」
消えた映像とシャマルとザフィーラの焦り具合、ゆりかご内にばら撒いたサーチャーからの情報によって、はやてとヴィータは事態を把握する事とができた。
「レリックの暴走ってどれくらいヤバいんだ?」
「ザフィーラとシャマルが合わせて八重に結界を張らんといけないくらいヤバい!」
はやての動転して早口になっている言葉を、ヴィータは冷静に受け止めて考える。
「シャマルとザフィーラは大丈夫だろうけど、フェイトはヤバくないか?」
スカリエッティは言っていた。
ヴィヴィオはレリックを埋め込む事で聖王としての力を使えるようになった。
そしてアリシアはレリックによって数十年の眠りから覚める事ができたと。
アジトの方は、ポッドや機械を諦めればシャマルとザフィーラ、そしてその後ろで防御をしているだろう騎士たちは助かるだろうが、八重に結界を張る事ができない――その上ヴィヴィオを見捨てる事もできないフェイトには……
「爆発音は映像からだけやし、ゆりかごの中を飛び回っとる私のサーチャーも爆発も音も確認してないけど……
ヴィータ、フェイトちゃんのとこまで一直線で行くで!」
はやては自分とヴィータを包む結界を展開する。
壁や床、天井を破壊して進むつもりだ。
「アイゼン!」
はやての提案に、ヴィータは自分の相棒を強く握る事で答えた。
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「ああああああああああああ」
ヴィヴィオの苦しげな声が、フェイトの心を傷つける。
「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ!」
「ああああああああああああ」
フェイトが何度も名前を呼ぶが、ヴィヴィオは答えられない。
それどころか、虹色の魔力を胸に集めて圧迫しているようだった。
「ふぇ…… フェイトママ……?」
「ヴィヴィオ!」
ヴィヴィオが自分をママと呼んだ。
はやてかシグナムかヴィータか、あるいは他の局員がゆりかごに突入していたのかはわからないが、ヴィヴィオを操っていたモノをどうにかしたのだとフェイトは思った。
「フェイトママ……」
「ヴィヴィオ! 私がわかるんだよね!?」
不安なのは、映像が消える前に聞こえた『レリック』と『暴走』という言葉。
「……は、な、れ」
ヴィヴィオの言葉に、胸に魔力を集める事でレリックの暴走を抑えようとしているのだという事と、それが一時的な物でしかないという事を理解する。
「駄目だよ! 諦めないで!
やっと、やっと私がママだって思い出せたんだから!
これからずっと一緒に暮らせるんだから!
エリオやキャロも一緒に!
アルフが作ったご飯食べたりして!
家族…… みんなで……」
大きな涙を流しながらもう叶わない未来を語るフェイトを
「私をヴィヴィオと呼んでいいのは、私のママだけだ!」
ヴィヴィオは拒絶した。
「!」
フェイトはもう、絶句するしかない。
「こんな状態でも、その口を、二度と、聞けないようにするくらいは!」
ヴィヴィオに施されていたのは、洗脳の類いだった。
これでは、ヴィヴィオを気絶させる事でしか――駄目だ。
気絶させたら、レリックの暴走を抑えられない。
「ぁ…… ぁぁ……」
ヴォォン
ヴィヴィオが再び、その両手から魔力の刃を形成する。
「今の攻撃は憶えたからな?」
「ぅぅ……」
フェイトには、もう、戦う力も、意思も、無かった。
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八重に張られた結界の内6つを完全に破壊、1つを半壊、残り1つにヒビを入れた爆発が収まると、そこにはもう人の形も、血の色すらも残っておらず、ただ黒い後だけが残っていた。
「ザフィーラ、怪我は無い?」
「……ああ、大丈夫だ。」
「お2人のお陰で、私たちはもちろんポッドも機械類も全部無事の様です。」
その場にいた者たちは、被害が最少で済んだ事を喜ぶと同時に
「皆さん、1人の少女の――」
「冥福を……」
彼女は2つの命を奪ったが、それでも――
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「お願いだから、もうやめて。」
バルディッシュに刃はもう無い。
シグナムやヴィータに何度も言われたが、執務官の仕事に忙しくて――仕事をしていないとネガティブな思考に堕ちてしまうのが怖くて、カートリッジシステムを組み込まないで来た事が、今日初めて悔やまれた。
「ならば、おとなしく私に切られればいい。」
フェイトの懇願を、ヴィヴィオは無視する。
「ヴィヴィオ……」
「ふんっ!」
ヴィヴィオの左手から伸びる刃がフェイトを浮かせ、右手から伸びる刃が壁へと叩き飛ばすが――
どん
壁に背を打つが、それはフェイトがヴィヴィオにした時よりも弱い。
「ぇ?」
切り殺されると思ったのに……
マルチタスクもできないほどに精神的に追い詰められていたフェイトが、理解できない出来事に対してそう思考した瞬間が、致命的な隙――いや、結果として、ヴィヴィオを止める事の出来る最後のチャンスを逃す事となった。
「フェイトママ、動かないで!」
「ぇ?」
フェイトが、自分1人でヴィヴィオを助けようと思わなければ
せめて、はやてやシグナム、ヴィータが来るまで時間を稼ぐつもりでいれば
ヴィヴィオのその一言で動けなくなる事はなかった。
「そこから動かないでね?」
ヴィヴィオは、壁にぶつかった後に床に落ちたフェイトをバインドと結界で拘束――防御する。
「ヴィ、ヴィオ?」
「ちょっと乱暴だったけど、こうでもしないとフェイトママは私を助ける為に頑張っちゃうでしょう?」
ヴィヴィオは、レリックを暴走させた眼鏡の戦闘機人が気を失った時に自我を取り戻していた。
「ど、どういうこと?」
「フェイトママは優しいから、どうしようもないってわかっていても……」
状況を理解できずに混乱するフェイトをよそに、ヴィヴィオは次から次へと結界を展開し、フェイトを隔離していく。
「ヴィヴィオ! 一体どういう事なの!?」
「私、フェイトママと出会えた良かった。」
涙が、ヴィヴィオの頬を濡らす。
「まさか!」
フェイトは気づいた。 義娘の涙と、その両手の動きを見て気づいてしまった。
「だから、ここでさよなら。」
最後にそう言って、ヴィヴィオは両手を胸に当てる。
魔力の刃を消さないままで……
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