レリックという赤い石を埋められた時から、曖昧だった意識がはっきりとして……
同時に、自分が今どういう状況にあるのか、全て理解できた。
どういう奇跡が起こったのかわからないが、私は魂とか精神とかいうモノだけが時間を遡って、この肉体に――アリシア・テスタロッサの肉体に入ってしまったのだと。
そして、母さんにとって、フェイト・テスタロッサは何の価値もなかったのだと
アリシアが
自分のオリジナルが
自分の事を
フェイト・テスタロッサの事を
「人形じゃない……」
そう言ってくれた。
「私は、母さんの人形じゃないって……」
フェイトは嬉しかった。
母はどんな人だったのか?
ジュエルシードで何をしたかったのか?
そんな疑問から母の事を調べるうちに辿り着いた、自分の存在意義を根底から覆すような1つの仮説。
信じたくなかったけれど、調べれば調べるほどにその可能性は色濃くなっていく。
ずっと、自分が彼女のクローンではないかと、アリシアの代わりにすらなれなかったから捨てられたのではないかと、そんな考えが頭から離れる事が無かった。
「だけど私は、フェイト・テスタロッサは!」
存在していてもいいのだと……
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穴の空いた体が、赤い色の水溜りにピシャンと音を立てて倒れた。
「ドクター!」
スカリエッティの後方に控えていた2人の戦闘機人の内の1人が、狂ったように笑い続けるアリシアを押し退けて、彼の体に触れようと――
ヒュッ
した瞬間、そんな小さな音がして、彼女の首から血が噴き出した。
「あはははははははははははははははははは」
アリシアの笑い声が、未だに動く事の出来ない騎士たちの前で、響く。
「きさま!」
もう1人の戦闘機人が、目の前で立て続けに起こった死を漸く理解し、それを成した、狂ったように笑い続ける少女に飛びかかった。
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――あの時、あの場所に居たのは、私となのはちゃんだけじゃなかった。
マルチタスクの片隅で、そんな事を考えながらはやては次の手を打った。
「『猟犬モドキ』」
ヴェロッサ・アコース査察官のレアスキルを元に作られたと思われるその魔法は、『ワイドエリアサーチ』に非殺傷設定の魔法攻撃能力をつけたモノである。
「シグナム!」
「はい!」
突然名を呼ばれて思わず返事を返す。
「ヴィータの性格から考えて、フェイトちゃんにヴィヴィオって子の事を任せて自分はメイン駆動炉を壊しに――って事になっていると思う。」
「……はい。」
互いに血を流すのは当たり前な、命を懸けた戦いに慣れている自分ですら目の前で流れている衝撃的な映像にショックを受けたというのに……
「私はヴィータの所に行くから、シグナムには――」
「……メイン駆動炉を壊すのなら私も行ったほうがいいのでは?」
普段は無限書庫という忙しいながらも流血とは離れた場所に居るはやての方が自分のやるべき事を忘れたりしなかった。
「いや、こっちは大丈夫。
ゆりかごの中はAMFがきついけど、私が側に居れば魔力を供給できる。 そしたらヴィータも全力が出せるし、クロノ君たちがゆりかごを吹き飛ばすのも簡単になる。」
「ですから、私も――」
ならば、自分もはやての騎士としてやるべき事を――
「ええから聞き!」
「はい!」
はやての事を守りたいのに……
「シグナムにはガジェットの破壊と戦闘機人の捕縛を任せる。
サーチャーがガジェットの生産プラントや待機場所、戦闘機人を見つけたら教えてくれるから、シグナムが全部切り捨てて。
それが私とヴィータ、フェイトちゃんとヴィヴィオちゃんを守る事になるから。」
「……なるほど。」
「ええな?」
「わかりました。」
そういう仕事は確かに自分の方が向いているだろう。
「サーチャーが何か見つけるまで、重要っぽい場所を適当に壊してな。
修復のエネルギーを無駄に使わせるのもそれなりに有効なはずやし、ガジェットや戦闘機人たちもやってくるかもしれん。」
「はい。」
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母さんが病気を治してくると言っていなくなってから数年間、時折知らない人たちが掃除をしたりしに来たけれど、私はずっと1人だった。
ある日、時の庭園に1人の少女が訪ねてきた事があったのを思い出す。
その子は母さんが一生懸命に研究していたデータなどを勝手に見たり、器具を弄ったりした後で、私をじっと見続けた。
時間にして1分くらいだろうか?
「コレに執着していた記憶があるのに、何の感慨も湧かない……」
その子はそれだけ言って、二度と私に会いに来なかった。
それどころか、その数日後に私はこの男の下にモルモットとして送られた。
私に似ていたあの子は一体誰なのか、何を言いたかったのかわからなかったけれど、何故かとても悲しいと感じた。
でも、今ならわかる。
あの子は、母さんの記憶を持ったクローンだったのだろう。
結局、母さんがアリシアを蘇らす為に頼った新しい技術と言うモノは、記憶を引き継ぐ事は出来ても感情までは……
私を人形と呼んだあの人は、自分から人形になったのだ。
心の何処かで、自分は捨てられた、誰にも必要とされない子供だったからと思っていたのだと思う。
だからこそ、自分と同じ様な境遇の子供を助けなければならない、守らなければならないと思いこんで、行動してきたのかもしれない。
アリシアに私という存在を認められた。
何故か、私のやって来た事は間違っていなかったのだと認められたような気がした。
「ヴィヴィオ……」
私は目の前の扉を破壊する。
「今、助けるからね!」
同情が無かったと言えば嘘になるけれど――真実そう思ったからこそ、私はエリオやキャロにそうしたように、あの子を引き取り育てると決めたのだ。
聖王のクローンという誰かの道具としてではなく、ヴィヴィオという人間として……
「『ジェットザンバー』」
破壊した扉の向こう側では、スカリエッティのアジトから送られてくる映像――赤い血の色に染まった画面――を見ている女性がいた。
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広いとはいえ閉じた空間であるゆりかごの内部を高速移動してきたはやてを見た時は凄く驚いたが、破壊目標であるメイン駆動炉が予想以上に固かった事と、恐ろしいほどの魔力を供給された事で主の単独行動に納得できた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
供給された魔力と、一番大切な人に見られていると意識する事で湧き上がった気合も全て込めたヴィータの会心一撃によって、ゆりかごのメイン駆動炉を粉砕された。
「はぁっ はぁっ あ!」
ヴィータの乱れた呼吸の音が、飛ぶ事すらできないくらいに疲れた彼女と、落ちそうになった彼女を受け止めた彼女の主しか居なくなった空間に響く。
「ヴィータ、御苦労様。」
「はぁっ はぁっ」
呼吸が乱れて声が出せない為、はやてからの労いの言葉に首を縦に振る事で返事とした。
「ん?」
「ど、どうした?」
疲れて動けない自分をお姫様抱っこしているはやてが何かを感じたようだ。
「戦闘機人を見つけたんやけど……」
「シ、グナム、1人、じゃ、き、つそ、なの、か?」
今は亡き(?)ジェイル・スカリエッティの世界征服の切り札はこのゆりかごである。
その切り札に乗っている以上、戦闘能力が馬鹿高かったりしても不思議ではない。
「いや、相手は1人やし、シグナムなら余裕で倒せる――というか、『猟犬モドキ』だけでも大丈夫やと思うけど……」
「じゃ、なん、だ?」
「戦闘機人って、機械で強化されとるはずやのに、眼鏡なんて必要なんやろか?」
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「無限書庫の司書の魔法攻撃がこれほどとは思っていなかったわ。」
ベルカの騎士による命を懸けた戦いの場に転移してきた時は、戦う力が無いだけではなく運まで悪いとは――と、思わず笑ってしまったが……
『私の事を“シグナムたちの主やけど本人は非戦闘員”やって聞かされていたりする?』
無数の魔力弾をばら撒きながらゼストに向かってそう言った八神はやては……
『残念やったね? 今の私に勝てるのは私の大親友くらいやで?』
5分もかけずにゼストを捕えた――だけではない。
「ヴォルケンリッターの主であっても本人は非戦闘員にすぎないと先入観を持ってしまった私たちのミスね。」
先ほど見たばかりの、あの地獄の光景を思い出す。
『あんたら、その格好からするとテロリストの仲間やね?』
地上本部を強襲する予定だった地上部隊にそう宣言すると同時に……
「もしもこれが地上本部に向かっていた部隊にばら撒かれたアレと同じモノだったらと思っただけでゾッとするわね。」
先ほど飛び込んできたそれが、自分たちの計画を大幅に狂わせている無限書庫の司書がゆりかご内部を調べる為に大量に放った『ワイドエリアサーチ』のサーチャーの1つだという事はすぐにわかった。
それはつまり、此処に自分がいる事がばれたという事であり、シグナムが自分を捕縛しに向かって来ているという事でもある。
もしこれに攻撃力があったら身を隠す事すらできなかった。
姉妹たちから連絡が来ない事から、彼女たちはあの弾幕を受けた後で管理局に捕まってしまったと考えるべきだろう。
……もしかしたら未だに意識不明の状態なのかもしれないが。
とにかく、ドクターがああなってしまった以上、私まで捕まるわけにはいかない。
胸を貫かれたジェイル・スカリエッティが生きている可能性は限りなく低く、仮に蘇生が可能であったとしても、このゆりかごが2つの月からその恩恵を受けるまではわずかな油断さえも許されないのだ。
ゆりかごと私さえ無事ならば、ドクターは復活できるし世界を蹂躙する事もでき――
いや、八神はやての言葉が真実ならば、彼女の親友であるフェイト・テスタロッサはあの無数の魔力弾に対抗する事ができるのだ。
固有スキル「聖王の鎧」があの執務官の攻撃に何処まで持つか……
「最悪、私だけでも脱出しなければ!?」
ごすっ
突然、彼女の後頭部に強い衝撃が走った。
「い、一体何がっ!?」
何が自分を襲ったのかと振り向いてみると、そこには何時の間にか30ほどのサーチャーが部屋の中に集まっていた。
「ま、まさか……」
誘導弾がサーチャーに混じっ
「は、ははははは……」
一瞬、生まれてきてからこれまでの事を見たような気がした。
奥の手を使う時間すらないまま、彼女がずたずたのぼろぼろの状態で倒れて数分が過ぎた頃、天井を(おそらくはガジェットの倉庫からここまでの壁や床なども)ぶち壊してヴォルケンリッターの将であるシグナムがやってきた。
「時空管理局だ。 大人しく「するわけないでしょう!」む?」
彼女は叫んだ。
「その体で私に勝てると思っているのか?
仮に、何か奥の手があったとしても、私が倒れてもヴィータにフェイト、そしてお前をそんなにした我が主がいるのだ。 素直に投降した方が身のためだぞ?」
「確かに、私はもう捕まるしかない。」
ずたぼろの彼女の姿を見た為か、憐れみを多分に含んだシグナムのその言葉に、帰って来たのは――
「でも、これくらいの事は出来る!」
怒りであった。
そして同時に、右の拳を壊れた天井に突き出す。
「む?」
彼女には魔法攻撃に耐性のあるシルバーケープという武装があった。
それが無ければ
あるいは、はやてがもっと徹底的に攻撃をしていれば
いや、ぼろぼろの姿でありながらも叫べるだけの力があった事にシグナムが……
「死ね!」
その一言が、悲劇を
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アリシアを殴った戦闘機人はすぐさまスカリエッティによるバインドが消えた騎士たちによって捕縛された。
また、殴り飛ばされたにも関わらず、それでも狂った笑いを続ける事ができた事と、我に返ったシャマルによってすぐに治療された事が良かったのか、アリシアの怪我はその跡も残らないだろうと思われた。
「ザフィーラ、この子の事を頼んでいいかしら?」
シャマルは此処に残されたデータを解析し、今は亡き狂科学者のモルモットとして扱われていた人々を救う手助けをしなければならない。
「……わかった。」
データ解析だけならザフィーラでも可能だが、アリシアの体内にはレリックという危険物が埋められている。
万が一それが暴走してしまった場合、はやてが教えた『多重結界魔法』を一番上手く使えるザフィーラがすぐに対処できる状態にすべきだと判断したのだ。
「シャッハ、どうやら人もガジェットももう居ないみたいだ。」
「そうですか。 なら、今捕まえたばかりの」
「ああ、やってみよう。」
ヴェロッサは捕縛する事ができた戦闘機人の記憶を――
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
この場に居る誰もが聞くに堪えないと思っていたアリシアの笑い声が、悲鳴に変わった。
「どうしました!?」
「ザフィーラ!?」
「いかん! レリックが暴走している!」
ザフィーラのその言葉に、シャマルが動いた。
「『三重結界』!」
「『五重結界』!」
もちろんザフィーラもすぐに結界を張り、合わせて八重の結界がアリシアを閉じ込める。
「皆さんも、ポッドや機械類を結界で保護してください!」
「わかりました!」
シャマルとザフィーラのしようとしている事を理解したシャッハが指示を飛ばした。
彼らが守らなければならない者と物が、そこには多すぎた。
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