いま、なにがおきた?
ジェイル・スカリエッティのアジトに突入していたシャッハ・ヌエラとヴェロッサ・アコースは、一瞬、その光景の意味を理解できなかった。
2人と共に突入していた聖王教会の騎士たちや、彼らの後方支援をしているシャマルとザフィーラも同じように理解する事が出来なかった。
いや、ジェイル・スカリエッティが面白半分に公開した映像を見た人々の目にも、それは信じられない出来事であった。
そう……
フェイト・テスタロッサはもちろん、八神はやてやシグナム、ヴィータ、そして、彼女たちの敵で彼の部下である戦闘機人たちにも……
誰にとっても予想外な出来事であった。
赤い色が、画面を染めた。
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ガギィィィン
剣と槍がぶつかり合って嫌な音を立てる。
「シグナム、苦戦しているみたいやね?」
地上本部の上空に転移したはやての目の前では、シグナムがジェイル・スカリエッティに協力していると考えられているベルカの槍騎士と戦っていた。
「はやて!?」
「むぅ? 新手か?」
シグナムは突然現れたはやてに驚いたものの、素早くはやての前に移動して防御の構えをとり、シグナムと戦っていた槍騎士――ゼストも1対1から1対2用の構えに変えた。
「ヴィータの側に直接飛ぼうと思うたんやけど、ゆりかごの中に居るせいかそれができんかったんよ。 それでとりあえず本部に来たんやけど、お邪魔だったみたいやね?」
「お邪魔……」
軽い口調のはやてに少し呆れる。
「旦那! 向こうが2人で来るなら、私と!」
「……ああ。」
2人の戦いに巻き込まれない位置に居た空飛ぶ小人がゼストの側に近づいて――
「『三重拘束結界』」
はやての魔法で拘束された。
「なっ!」
「む!」
「はやて!?」
結界に閉じ込められた小人はともかく、話の流れから考えてそのままヴィータの下へ向かうと思っていたはやての行動にシグナムとゼストは思わず声を上げ、はやてを見る。
「なっ!」
「くっ!」
「偶然とはいえ折角2対1になったんや。」
再び驚きの声を上げる2人にそう言ったはやての周辺には、明らかに百を超える――それも、1つ1つの威力が馬鹿げていると一目でわかるような――魔力弾が展開されていた。
「シグナムには悪いけど、このおっさんとの戦いさっさと終わらせて、一緒にゆりかごへ行くよ!」
「……わかりました。」
1対1の――それも、久しぶりに全力を出しても問題の無い相手との戦いに水を差されたのは少し気にいらないが、事態は急を要するのだ。
シグナムは、「これは試合ではなく実戦なのだから」と割り切った
「さぁ! いざ、いざ、いざあああああ!!」
何かを勘違いしているのか、そう叫びながら放たれるはやての魔力弾だけなら、防ぎきる事も、反撃をする事も出来たかもしれない。
近接主体のシグナムだけなら通り過ぎて目的を達しに行く事が出来たかもしれない。
しかし、はやてとシグナムの――それもジュエルシードによって一つ一つの威力がとんでもない魔力弾を無数に放てるはやてと、そのはやてから魔力を供給されるシグナムとのコンビネーションアタックの前には……
流石のゼストも4分32秒しか持たなかった。
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「シャマル、この者たちを救えると思うか?」
「そうねぇ……
ちょっと時間はかかるでしょうけど、できない事もない――人もいるかもしれない。」
歯切れの悪いその言葉に、ザフィーラは再び作業に戻った。
スカリエッティのアジトのコンピュータをハッキングしたシャマルとザフィーラ、それと3人の騎士の5人は、これから起こる戦闘や高確率で存在するだろう自爆装置対策の為に、できるだけのデータを回収している最中であり、彼らの目の前には人体実験の被害者たちのデータが次から次へと映し出されている。
「ジェイル・スカリエッティの言う科学者として――管理局を潰してでもやりたい事って、こんな非人道的な人体実験ばっかりなんですかね?」
「狂人の理屈なんて、私には理解できません。」
「あなたたち、口を動かさないで手と頭を動かしなさい。」
騎士たちもザフィーラと同じ様にジェイル・スカリエッティという犯罪者に何とも言えない憤りを感じていた。
「私たちはこの人たちの病院輸送がスムーズにいくようにしますので、ザフィーラさんとシグナムさんは皆を追いかけてください。」
騎士の1人が強い口調で八神家の2人に頼む。
怒っているのだ。 こんな事ができる者に対して。
「わかった。」
「わかりました。」
かつて非道な主によって多くの命を奪った自分たちに、この科学者を責める権利なんてないのかしれない。
それでも……
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「シグナム……」
「何ですか?」
「この人たちは何をしてるん?」
「何をって……
見ての通り、ゆりかごとゆりかごを守るガジェットドローンたちと戦っているのでは?」
ゼストとアギトを捕まえて、そのゼストに地上本部で一番偉いレジアス・ゲイズの不正の証拠などが入ったデータがたくさん詰まった彼のアームドデバイスを託されたり、ぼろぼろの道路を走って地上本部に接近していた一団に千を越える魔力弾をばら撒いたりした後、はやてとシグナムが見たのはゆりかごを相手に苦戦している局員たちだった。
「あんなに大きな的に当てる事もできないなんて……」
「はやて……
『100人にも満たない船員で次元犯罪を取り締まらないといけない』海の人間と、『基本的に「限られた範囲で行われる犯罪」を取り締まる』陸の人間では必要とされる魔力量やランクが違うのです。」
主の言葉に少し呆れた声で答える。
次元犯罪や次元災害に対して、基本1隻の船で対処しなければならない海では魔力量やランクの高い魔導師が特に求められる。
船に乗れる人員に限度があるのだから当然だ。
もしも魔力量も少なくランクも低い魔導師だけで海に行かねばならないとしたら……
様々な事態に対応できる必要があるので、乗員――特に戦闘要員が数倍以上必要になり、それと比例して食糧や治療用具などの物資も数倍必要になり――そもそも1隻に乗りきれないだろうから船の数、整備員などの数も比例して……
予算がいくらあっても足りなくなるのは明白だ。
そして魔力量やランクの高い魔導師は貴重であると同時に、それ以外の――魔力量やランクの低い魔導師にとっては『恐れられる存在』でもある。
彼らは1人で町を壊滅させる事が可能なのだから……
弾が数発しか入っていない拳銃を持ち歩いている警察と、弾が無限のロケットランチャーを持ち歩いている警察、一般市民にとって街に居て欲しいのははたしてどちらか。
「いや、言いたい事はわからんでもないんやけどね……」
「まぁ、はやての知っている魔導師は私たちヴォルケンリッターやハラオウン一家ぐらいですから、彼らの魔力弾の威力が弱く見えるのも仕方ないのでしょうが……」
つい先ほどあり得ない威力の魔力弾をあり得ない数ばら撒いておきながら「これくらいでええんかな? もう少し撃っとくべき?」と言って悩んでいたのからすると、この最後の主は自分がどれほどすごいのかという事もわかっていないのだろうなとか、これまでは無限書庫に居たから必要無かったけれど一度Sランクの試験でも受けさせる必要があるだろうかなどとシグナムは考えた。
「とにかく、この人らに任せておくと何時まで経ってもゆりかごの中に入れん。」
ぞくっ!
はやてのその言葉で、シグナムの背中に悪寒が走った。
「……嫌な予感がしますが、一応聞きます。」
周囲の魔力が、今まで感じた事の無い勢いで……
「それで?」
「だから、『スターライトブレイカー』」
どごおおおおおおおおおおおおお
百を超える管理局員が魔法を使っていた為に濃密になっていた周囲の魔力がはやてによって収束されて、極太の砲撃となってゆりかごを襲った。
「な……」
「へぇ……
外壁にあれだけのダメージを与えたばかりなのに、もう修復が始まっている。」
ゆりかごの上側、そのほぼ8分の1が剥がれた状態になったが、おそらく2時間ほどで修復されてしまうだろう。
「ほら、さっさと内部に潜入するで!」
「……潜入って言葉の意味を考えてください。」
シグナムは色々と思い悩むのをやめた。
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「しまった!」
突如起こった激しい揺れの為に、高速で近づいてくる侵入者への狙撃の照準が信じられないくらいにずれてしまった。
「時空管理局です! 武器を捨てて投降してください!」
難を逃れた執務官はそう言いながらそれまで以上の速度でディエチへと近づき、投降する・しないの返事を待たずにバインドをしかけてきた。
「ちょっ! 返事を待たずに拘束とか!」
飛んでくるバインドに対してディエチは咄嗟にイノーメスカノンを盾にしてしまった。
「大丈夫! バインドするのはその武器の方だから、裁判でも大した問題にならない!」
「ああっ!」
武器を封じられたディエチの取れる道は投降しかなかった。
「なんだ?」
突然の激しい揺れに驚いたヴィータはその場で思わず止まってしまった。
「考えてみたら、この船ってかなり古いんだよな。 速度が少し犠牲になるけど……」
未だ軽い揺れの続くゆりかごの内部が何時崩れるかわからないと考えた彼女はバリアジャケットの強度を上げた。
「あたしの邪魔をする為にガジェットどももこれからどんどん増えていくだろうし、これはこれで!?」
どん!
ヴィータの背中を重たい一撃が襲――
「言ってる傍から出てくるとは、いい度胸じゃねぇか……」
ったが、はやてから教えて貰った『とても固いバリアジャケット』を纏っていた事で大したダメージを受ける事は無かった。
それだけではなく
「この感じ、はやてがゆりかごに来たのか?」
ヴィータは主がかなり近い距離に居る事を、魔力供給された事で理解した。
「はやてが追いついてくるまでに、お前たちを全滅させておくか!」
蹂躙が始まった。
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アジトの最深部で、彼は部下の2人と一緒に騎士たちを待ち構えていた。
「ようこそ。」
そのような言葉を、戦闘態勢を取っている騎士たちに掛けたと思う。
姿を現した瞬間に取り押さえていればそうはならなかったのかもしれないが、彼の持つ不思議な雰囲気に呑まれてしまった騎士たちは、「僕は魔法も使えるんだよ」という一言と共に発動した魔法によって拘束されてしまった。
「そうだ、君たちに面白い物を見せてあげよう。」
拘束から脱しようと焦る騎士たちを前に、彼は笑いながらそう言った。
「そう、特にフェイト・テスタロッサ執務官には是非見てもらいたい。」
そのような事を言って、彼はゆりかごに居るフェイトはもちろん、合流したはやてとヴィータ、はやての飛ばした百を超えるサーチャーによって存在が明らかになった戦闘機人の元へと向かっていたシグナム、そしてゆりかごの外で戦っている管理局員たちやゆりかごを消滅させる為に待機しているクロノたちにまで映像を繋いだ。
そこには、1人の女の子が入ったガラスケースの様な物が映っていた。
はやてやクロノなど、一部の局員にはそれが誰なのかわかった。
管理局に入ったばかりのフェイトを知っている人たちにも、その少女が彼女と良く似ているという事が……
「そうか…… そんな顔をするという事は……」
フェイトの顔を見た彼は、彼女が、自分がどういう存在なのか知っているのだと理解した
「そう、君のオリジナル……
プレシア・テスタロッサの実の娘、アリシア・テスタロッサだよ。」
そして……
「君はプロジェクトの失敗作だった。」
「君の母親、プレシア・テスタロッサは成功作を作りだした。」
「君には何の価値もない。」
「そんな君が子供を育てるなんて……」
顔をゆがめる彼女に対して、時には優しく、時には親しげに、そして、時には辛らつに、そのような言葉をつらつらと並べ立てた。
そして、「アリシアの体にレリックを埋め込む事で蘇生に成功した。」とも……
彼が着ている白衣のポケットから取り出したスイッチを押すと、奥の方にあったガラスケースの様な物がキシキシと音を立てながら開き、中の液体が外へ流れ出る。
そして、彼にアリシア・テスタロッサと呼ばれた少女は、開かれたケースの中で、酷く虚ろな瞳で立っていた。
「ここにおいで、そして何の価値もない人形に声をかけてあげるんだ。」
そのような言葉を聞いた少女はふわりと浮きあがり、彼の斜め後ろの位置に着いた。
『アリシア……』
その様子を見せられていたフェイト執務官の力の無い声が証明した。
フェイト・テスタロッサという人間が、アリシア・テスタロッサのクローンであるという事を証明してしまった。
「くっくっく……」
ジェイル・スカリエッティの押し殺した笑い声が、不気味に響く。
「私は……」
フェイトはもちろん、はやてやクロノも――その映像を見ていた誰もが、少女の口から出る言葉はフェイトという名の、自分のクローンへの侮蔑だと思った。
その小さな口から出る言葉で、フェイト・テスタロッサの心は折れてしまうのだと……
しかし、その想いは意外な形で裏切られる。
ザクッ
「……え?」
誰もが、理解できなかった。
「ぇ?」
彼の側に控えていた2人の戦闘機人ですら、それを理解できなかった。
アリシアの小さな手が
「ば……」
一瞬で魔力の刃を形成したその右手が
「かな……?」
斜め前に居る彼の
「フェイト・テスタロッサは、人形なんかじゃない。」
胸を貫いていた。
「ぁ……」
ずるり
彼の胸から少女の手が引き抜かれ、傷口が空気に触れる。
「がふっ!」
「くっくっく……
あはははははははははははははははは」
狂った少女の笑い声と、彼の口から吐き出された赤い色が映像を染め上げる。
それが彼の――ジェイル・スカリエッティの最後だった。
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