クロノ・ハラオウンはXV級艦船「クラウディア」の艦長である。
「毎度毎度同じ事言わせんといて?」
「そこを、なんとか頼む!」
家庭内では奥さんに頭が上がらなかったり、愛しい双子の息子と娘にたまにしか帰れなくてすまないと頭を下げたりはするが、彼は時空管理局内でもかなり上の方の地位にいる。
「こう言ったら自慢になるけど、私の『検索魔法』は同僚と比べてずば抜けてるよ?」
「知っている。」
「でもな?
静止画1枚とそれが起こしたと思われる現象1つだけで、世界も時代もわからないロストロギアを特定しろというのは無理や。」
「ぅ……」
そのお偉いさんが頭を下げ続けているのは八神はやてという女性であった。
彼女は無限書庫という少し特殊な場所で働いているだけの『司書』であるが、クロノ・ハラオウンとの付き合いは長く、彼の義理の妹であるフェイト・テスタロッサとはお互いに親友と呼び合うほどである。
「クロノ君……」
「な……なんだ?」
「クロノ君のアホみたいな資料請求のせいで私の休日がどれだけ流れたかわかるか?」
「う!」
「それだけやないで?
あの空港火災のせいでやっととれた有給が流れてからもう年単位の時間が経つけど、あれ以来1度も有給の申請が通らないんよ?」
正確にいえばクロノが大量の仕事を持ってくるので通りかけた申請が不受理になるのだ。
「……それは、すまないと思っている。」
彼が無限書庫から取り寄せた資料によって事件を解決したりしている事を知った者たちが無限書庫を今までよりも利用するようになった為に、はやてはもちろん、はやての同僚たちの労働時間は――職務規定どころか、労働基準違反の域に達しようとしている。
「おかげで……
フェイトちゃんとミッドを観光する事もできないどころか、なのはちゃんとはメールのやり取りだけで、年に1度、お正月くらいしか会えないんや……」
「ぅ……」
毎日寝不足やしと言葉を続けたその顔の――化粧で上手く隠してはいるが、よく見ると――その目の下には大きな隈がある事がわかる。
「それに、最近は聖王教会から『ガジェット』絡みの依頼も来てるし……」
「そうなのか?」
「そうなんよ。
やから、もう、正直これ以上はきっつい。」
はやての様子から限界ぎりぎりだと言う事はクロノにも伝わったが……
残念ながら彼には艦長としての立場があり、このまま艦に帰るわけには――
「なのはちゃんが無限書庫にきてくれればなぁ……」
「なんでそこで高町さんが無限書庫にという事になるんだ?」
あの強力な砲撃能力と無限書庫がどういうふうに?
「あれ? 話した事無かった?」
「?」
「なのはちゃんの『検索魔法』は私よりも優秀なんよ。 もちろん、『読書魔法』もな。」
なのはちゃんと2人一緒でも師匠には負けるけどなとはやては思っているが……
「な!?」
クロノにとってその情報は初耳だった。
「高町さんって一体……」
「私がなのはちゃんに勝てるのは――収入くらいかなぁ……」
はやては碧屋を継ぐ為にお菓子の専門学校に通っている――収入0の親友を想う。
「……それはそれとして、だ。」
「なんや?」
クロノは持ってきていた書類をはやてに押しつけ――
「3日後受け取りに来る!」
全力で逃げた。
「ちょ!? まって!!」
クロノがはやてとはやての騎士たちにボコボコにされる日は、そう遠くない……
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聖王教会の騎士であり時空管理局の理事官でもあるカリム・グラシアは自分の秘書であり友であるシャッハ・ヌエラが持ってきた報告書に頭を痛めていた。
「聖王のクローンですか……」
「ええ……
AMFとガジェットだけでも面倒だと言うのに……」
先日、カリムの友人の友人の養子――かつて闇の書と呼ばれ恐れられていてが実は夜天の書と呼ばれる古代ベルカに深い縁のあるロストロギアの『主』であったという事で知り合いになり何時の間にか互いに友人と呼べるようになった八神はやて無限書庫司書、の友人である時空管理局で執務官として働いているフェイト・テスタロッサが保護者をしているエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの2人――がミッドチルダを観光している時に1人の女の子を保護した。
その女の子は聖王教会と時空管理局が探しているレリックと呼ばれるロストロギアの1つを所持していた為、念には念をと精密検査をしてみたところ、彼女が聖王と呼ばれていた人物のクローンであったという非常に面倒な事実が明らかになったのだった。
「とりあえず、この子は聖王教会で保護する形にしましょう。」
「はい。」
誰が何の為につくったのかわからないが、放っておけばきっと碌でもない事になる。
「それと、念の為エリオ君とキャロちゃんもこちらで預かりませんか?」
シャッハの突然の提案に、カリムは頭をめぐらす。
「……この子を攫おうとした正体不明の襲撃者がいたのよね。」
「はい。」
「このエリオ君とキャロちゃんの2人がちょっと特殊だった事と、2人から連絡を受けたフェイト執務官が大慌てで現場に向かったから事なきを得たけれど、それはつまり、エリオ君とキャロちゃん、及びフェイト執務官が『謎の襲撃者に敵として認識された』という事と同意ですものね。」
「残念ながら、そういう事になります。」
確かに子供たちの保護は必要だ。
だが、カリムが動かせる人員にも限りがある。
そのうえ、その限りある人員の殆どは今回の事件の調査に回している。
「確か、フェイト執務官にはアルフという使い魔が居たわよね?」
「……名前はわかりませんが、使い魔なら今日も子供たちの相手をしに来てくれています。」
「なら、その使い魔にこれからも子守りをしてもらいましょう。」
「……そうですね。
知らない場所で知らない人に面倒を見てもらうよりも、保護者であるフェイト執務官の使い魔と一緒にいた方が子供たちも安心するでしょうし。」
それだけ言うとシャッハはフェイトに連絡を取る為にカリムの部屋を出た。
「何かが大きく動き出して――いいえ、すでに動いているようね。」
自分の予言が現実の物とならないようにと、カリムは祈った。
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キャロ・ル・ルシエとエリオ・モンディアルは保護者であるフェイト・テスタロッサの使い魔アルフと一緒にヴィヴィオと名乗った少女の面倒を見ていた。
「それじゃあ、この子も僕と同じ?」
「そうみたいだねぇ。」
鬼ごっこやボール投げなどで思い切り体を動かしてヴィヴィオに昼寝をさせたアルフは、忙しいフェイトの代わりにエリオとキャロにも事情を説明した。
数日前、フェイトは久しぶりに有給が取れる事になったのでキャロとエリオをミッドに呼んで、アルフも入れた3人と1匹で一緒に観光をしていたのだが、ガジェット関連の事件が発生したという事で緊急の呼び出しがかかってしまったので仕方なく2人と1匹で観光をしていた時に偶然発見した少女が……
ガジェットに襲われる可能性がある以上、下手に隠すよりもきちんと説明をしたうえで聖王教会の保護下に入った方がいいと判断したからだ。
「フェイトさんはこの子も引き取るんでしょうか?」
「どうなるかわからないけど、できるならそうしたいみたいだね。」
『プロジェクト・フェイト』
エリオを保護する過程でその存在を知った時、主がすごく動揺していた事を思い出す。
「アルフさん、私……」
「ごめんね、キャロの勤務先にはフェイトと聖王教会の方から簡単にだけど事情を説明して、長期の休暇を取ったって事にしてもらったよ。
ガジェットの件がある程度解決するまでは我慢してくれないかい?」
「……わかりました。
私が仕事に戻っても、そのせいでガジェットっていうのが襲ってきたら大変ですものね。」
ガジェットはミッドだけでなくあちこちの管理世界・管理外世界にも出没している事がわかっている。 うかつな行動はできない。
「エリオの方にも事件に巻き込まれたので暫く聖王教会で預かりますって連絡が行っているからね。 2人には悪いけど、我慢しておくれ。」
「はい。」
「はい。」
最初は2~3日だけという事になっていたのだが、ヴィヴィオの事情が事情だけに月単位で聖王教会のお世話になる事になった為に色々と面倒な手続きを(聖王教会の名前を使えるだけ使って)アルフがしたのだ。
「あ、そういえばまだ伝えなきゃいけない事があった。」
「はい?」
「なんですか?」
「2人のデバイスだけど、もしもの時の為に防御系と移動系――ようするに襲われた時に怪我をしないで逃げられるような魔法を今よりも使えるようにしたいからって事になってね、後日になるけど、管理局のデバイスマスターの所に行くからそのつもりでいてね?」
2人の安全を確保する為の苦肉の策である。
「逃げるんですか?」
「うん。
エリオとキャロなら暫くは戦えるって事はヴィヴィオを保護した時に実証されたけど、あっちだってそれはわかっただろうしね?」
「あ、そうですね。」
「次に襲われる事があったら、僕たちの実力は完璧に分析されていて、逃げる事くらいしか――逃げる事すら難しいって事ですね?」
「あっちにはAMFがあるからね。
魔法がまったく使えないって事は無いだろうけど、2人が魔力切れになるくらいの範囲でAMFを展開してくるって可能性があるし――何より私たちが襲われる時はこの子も襲われているわけだからね。」
デバイスを改良することで2人の防御系と移動系の効率をできるだけ上げることで燃費を減らし、逃走距離を延ばす。
それがいつ襲ってくるかわからない相手にとれる手っ取り早い対策だ。
「それと、2人には魔力量を増やすトレーニングもして貰うからそのつもりでね?」
「はい。」
「わかりました。」
何かあった時、ヴィヴィオを守る最後の壁がこの3人なのだ。
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「例えば――壺。」
「壺?」
ふわりと本棚から1冊の本が飛び出てきて、ヴェロッサの手に収まる。
「ふむ?」
本のタイトルは読めないが、適当にぺらぺらとめくるだけでも様々な壺が載っていた。
「それは私の出身世界の本やけど、結構いろんな種類が載っているやろ?」
「ああ。」
「1つの世界だけでも、壺だけで何百――何千という種類があるんやけど、見る人が見れば模様や形状でどの時代の、どの国の、誰の作かって事までわかるんやと。」
「へぇ……」
壺の事はヴェロッサにはよくわからないが、資料とにらめっこを続けている妹分が言いたい事は何となく理解できた。
「模様も形状にもこれといって特徴の無い宝石を――静止画一枚だけでどの国のどの年代の物かわかる人っていうのは……」
「探せばいるかもしれんよ?
……『1つの世界』だけだったらな?」
どんどん機嫌が悪くなっていくはやてを他所に、クロノが押し付けたという資料を見る。
そこには赤い縦長の水晶の様なロストロギアを持った覆面の人物が写っていた。
「この覆面の身長から見て大きさとかはある程度わからないでもないけど……」
「今調べただけでも、それと似たような宝石は――8つの管理世界と24の管理外世界で確認されていて、年代や国はバラバラやけど少なくとも100種類以上あるみたいやね。」
「100種類以上……」
「そうや。
そのほとんどが『魔力の貯蔵用』やけど、中には爆弾だったり猛毒をばらまいたりとかするのもあるみたい。」
クロノから渡された資料にはロストロギアから放射された光に当たると爆発を起こした事が書かれているが……
「なるほど。 この覆面が爆発する魔法を使えないなら『そういう兵器』だけど……」
「これが『魔力の貯蔵用』とか『魔法の威力を増幅させる』とか――本当はこのロストロギアを未だ使っていなくて、爆発はこの覆面男の魔法って可能性もあるしな?」
この宝石の能力を誤認させる為に派手な爆発を起こし、実は遅行性の毒をばらまいている――なんて事も十分にあり得る。
「そもそもこの宝石はロストロギアなんかではないという可能性もあるのか……」
「その可能性も十分ある。
……現場の局員と後方で資料を集める局員の中を悪くするのが真の目的とかな?」
クロノ・ハラオウンが友人の無限書庫の司書である八神はやてに無理難題と言っても過言でもない資料請求をしているという話を知らない者は――本局内にはいないだろう。
それはつまり、請求した資料が『頼んだ期限内』に届けられるには司書と友人であるほうが――逆にいえば、『気心の知れた友人が司書』だったりしない限り、『頼んだ期限内』に資料は来ないのだと本局員が認識しているという事でもあるかもしれない。
「あれ? でもそれって――」
「まぁ、この覆面――又はこの覆面を操っている黒幕が私とクロノ君の関係を知っていないと取れない作戦やから、そうだった場合はクロノ君だけじゃちょっと厳しいかもな?」
様々な世界を股にかけて活動する時空管理局という巨大組織でそれぞれの部署が円滑なコミュニケーションを取ると言うのはただでさえ難しいというのに、それをさらに難しくするということはそれだけで犯罪集団にとって利益に繋がるだろうと考えられる。
「なるほど、だから僕を呼んだんだね?」
「そうや。」
最近やっと本格始動し始めた無限書庫の重要性を犯罪者どもに流した裏切り者、又はスパイがいないか探す必要性がある――というか、本局査察部の査察官であるヴェロッサに仕事をしろと言外に告げているのだった。
「やってみるよ。」
「頼むわ。」
はやてがそう言うと、本棚から数冊の本がふわりと飛びだしてヴェロッサの手にの中に
「これは?」
「いろんな世界のちょっと珍しいお菓子の作り方が載っとるんよ。」
菓子作りの趣味があるヴェロッサへの報酬の前払いと言う事らしい。
「貰っていいのかい?」
「いや、コピーしてええって事や。」
「それじゃあ遠慮なく。」
「今フェイトちゃんの子供が2人――3人?が、聖王教会のお世話になっとるらしいから、試作品を食べさせてあげたら忌憚の無い意見が聞けるかもしれんよ?」
「ふ~ん。」
いつも持ち歩いているデバイスに本の内容をコピーしながら、やっぱりこの子は面白いなとヴェロッサは思った。
「カリムやシャッハにも食べさせてあげるとええよ。」
「そうくるか……」
「2人には私もお世話になっとるしな。」
「……『お菓子を作る時間があったら仕事をしなさい』と言われるのがオチだと思――」
「でも、お菓子を残された事はないんやろ?」
「まぁね。」
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「というわけで、お菓子を持って来たんだけど?」
「頂くわ。」
「子供たちの前でなければお説教をするんですけどね。」
ヴェロッサが持ってきた数十種類のお菓子が広げられた机に子供たちとアルフはもちろんカリムとシャッハも集まる。
【宝石強盗に入った爆弾魔ですか……】
【ああ、クロノ君もなかなかやるよね。
これではやてがレリックの事を調べても誰も怪しむ事は無いよ。】
【仮に怪しむ者がいたとしたら、すなわちその人はジェイル・スカリエッティと繋がりがあると言う事ですね?】
クロノがはやてを通じて聖王教会と協力している事を知る者は少ない。
【時空管理局の中に、クロノ君たち現場の人間が回収したロストロギアを犯罪集団に横流ししている悪党がいる以上、私たちとの――とりわけヴェロッサと直接接触するわけにはいかないとはいえ、はやてにはいつも苦労を懸けてしまうわね。】
リンディとクロノがどの様にしてその情報を手に入れたのかはわからないが、聖王教会の方でも調べてみたところ……
【ヴィヴィオちゃんが聖王のクローンだとすぐにわかったのもハラオウン家からの情報で聖王教会内部の調査をしていたからだし……】
【ヴィヴィオちゃんの件でロストロギアの流出先がジェイル・スカリエッティと何らかの繋がりがある可能性が高いという事がわかりましたしね。】
まさかガジェットの件とロストロギア流出の件が繋がるとは思っていなかったが……
「おいしー!」
「おいしいです。」
「私もフェイトの為に疲れがとれるようなお菓子を探してみるかねぇ?」
「こんなに美味しいお菓子が作れるなんて、ヴェロッサさんってすごいんですね。」
「……褒めてくれるのは君たちだけだよ。」
「あら、私たちも美味しいと思っていますよ?」
「ええ、勤務時間に作りさえしなければお説教する事もありませんしね?」
【それで、本局内の調査は進みそうですか?】
【ああ。 はやてとクロノ君の関係を知っている人たち――無限書庫の司書たちからになるけどね。】
【クロノさんがはやてに資料請求をする事で次々と事件を解決したおかげで、ここ最近の無限書庫の利用者数は鰻登りなんですよね?
今回の調査の表向きは『はやてとクロノさんの関係を悪化させようとしている人物がいるかどうかの調査』と言う事になるけれど、実際は】
【そう、『ロストロギア流出の調査』だよ。
今までずっと、上層部の大半が無限書庫の利用者になるまで、はやてには苦労させてしまったけれど、これが終りさえすればクロノ君からの無茶な資料……】
はやてへの資料請求によって事件を解決していったクロノが……
【ロッサ?】
【どうしました?】
【いや、なんでもない。】
クロノは無限書庫への資料請求を止めるだろうか?
そして、他の局員たちも資料請求を止めるだろうか?
「アルフさん。」
「なんだい?」
「疲れがとれるようなお菓子作りの研究を一緒にしないかい?」
「え? いいけど?」
「それじゃあ、今度の休日にでも――」
「ロッサ、あなたは暫く休日なんて無いでしょう?」
「ぅ……」
これからも休暇を取る事ができるかどうか怪しい妹分の為にも早く調査を終わらせてお菓子の研究をしようと思ったヴェロッサであった。
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