屋根から屋根へと音も無く飛び移り、俺は一路、目的の場所へと向かう。
(もう四時か…ちょっと急がねーと!)
横目で通り過ぎる公園の時計を確認した俺は、更にスピードを上げる。
先程、アリサたちに「急いでいる」とか、「用がある」と言ったのは別に嘘じゃない。
だからこうして、マタドールの姿のまま、街を駆け抜けているのだ。
無論、一般人に見られるようなヘマはしていない。
極力人気の無い所を通っているし、猛スピードで走り、跳ぶ俺の姿は、常人に視認されることなどない。
すずかに見つかった時の反省もふまえ、今度は周囲への注意を怠らずに念入りに行い、うっかり目撃などされぬよう万全の
布陣で事に臨んでいるのだ。
(いくらなんでも、同じ失敗をするほどマヌケじゃねーよ、俺は)
そう思いながら、民家の屋根から跳躍したその時──
背後より迫って来る風切り音と、身震いするような寒さを感じ取り──
半ば無意識に、後方へ体を捻りながらエスパーダを横一閃に薙ぎ払っていた。
斬撃とともに、背後を向いた俺の視界に映ったのは、エスパーダによって上下に分断され、明後日の方向に飛んで行く桃色の
光と、灰色に染まっていく世界。そして──
光の飛んで来た方向に浮かぶ、白い服の少女──高町なのはだった。
「そんな!? 魔法を斬るなんて、どれだけ非常識なんだ!?」
「ユーノ君、どうしよう!?」
「なのは、落ち着いて! あの暴走体は空を飛べないみたいだし、人に見られないように結界も張ってるから、この位置をキープしながら
確実に封印するんだ!」
宙を飛びながら相談するなのはと、その肩に乗る小動物──ユーノを見ながら、呆然とする。
(な、何故!? どうして!? 目撃されないように細心の注意を払っていたってのに!)
(主。魔人化している以上、ジュエルシードは励起状態──つまり発動したのと同じ状態だ。高町なのはクラスの魔導師ならば、すぐに感知するぞ。)
(テ、テメェ! 知ってたんなら先に言え! このポンコツ!)
(魔人化の際はアマラ深界との接触点を開き、マガツヒを取り込むと言った筈。それに、どれ程膨大な魔力が放出されるか、主は
身を以って体験したと思うが?)
(ぐっ…)
(それに、我は主の人格や記憶をベースにして生み出されている。我を罵倒するのは天に唾を吐くようなものだぞ)
(テメエは『スナッチャー』のメタルギアmk-IIか! ──って! またボケツッコミやってる場合じゃねえ! 来るぞ!)
俺は仮想人格との会話をとりやめ、再び駆け出す。
──次の瞬間、俺の居た場所に、桃色の魔力光が炸裂した。
(どちくしょぉぉぉぉっ! やっぱ俺何かに憑かれてんじゃねえのかぁぁぁぁぁっ!?)
俺は後ろも振り返らずに、全力疾走でその場の離脱を開始した。
第三話 武装TAKAMACHI 魔王再臨。(前編)
地を行く俺目掛け、後方より次々と飛来する魔力光。
俺はそれを視認すらせず左右へ躱し、時には跳躍でやり過ごす。
まだ小学生のなのはは、エゲツない弾幕包囲網や誘導作戦も使ってこない上、真っ直ぐな攻撃ばかりだし、魔人の五感を以って
すれば容易い作業なのだが、レーザーの如き極太の魔力光が、体をかすめていく感覚は恐怖以外の何物でもない。
俺は走りながら仮想人格に怒鳴る。
(おい! 他に話してない事──つーか、はっきり言葉で伝えていない事とかないだろうな!? 特に現時点で俺の存在が
脅かされるものとか!)
これ以上計算外の事態が発生するのはゴメンだぞ!?
(ふむ、現時点で特に気を付ける事…そうだな、現在高町なのはに撃ち込まれている、この魔法──ディバインバスターだな)
(あん? 魔人の耐久力なら、直撃食らっても問題ないんじゃないか? わざわざ痛い思いすんのは嫌だから、躱してるけど)
走っていた民家の屋根を蹴って、真後ろから飛んで来た魔力光を横に避け、飛び移ったブロック塀の上を駆け出しながら
首を傾げる俺。空から「また外れた!」とか、「こうなったら、もっと大きな攻撃で──」とか聞こえるが、キニシナイキニシナイ。
(この魔法は封印魔法だ。暴走正常を問わず、ジュエルシードに命中すれば、強制的にその働きを停止させてしまう。こんなものが
主の体に当たれば、どうなると思う?)
(強制停止って──おい、まさか…)
嫌な予感がしながらも、仮想人格に先を促す。
(然り。ジュエルシードによって維持している主の生命も危ういということだ)
(ちょっと待てぇぇぇい! 魔人は即死攻撃無効の筈だろうがぁぁっ!)
思わず足を止め、仮想人格に食ってかかる。
(高町なのはの攻撃は、呪殺系でも破魔系でもないからな。主にとっては、万能系即死魔法と言ったところだ)
(──ふ)
会話の最中、背後に生まれる圧力。
振り返り、横目で一瞥すれば、ソーラレイよろしく俺を包み込もうとしている、先程の倍はあろうかというディバインバスター。
(ふざけんなあぁぁぁぁぁぁっ!)
心の中で怒りの叫びをあげながら顔を正面に戻し、数メートル先の電柱へジャンプ。突き刺さっている足場用の鉄杭を踏み、
更に道路の向かいの二階建て家屋のベランダへと飛び移り、事無きを得る。
(なんつー馬鹿魔力だ。メガオプテックブラストかよ!?)
通り過ぎる一撃を眺めながら、身震いしそうになる。
「なのは! もうすぐ結界の範囲外だよ、ここは一旦体勢を立て直そう」
俺が聞こえないと思っているのか、理解出来ないと思っているのか、ユーノがなのはに警告する。
(よぉっし! このまま逃げ切れば俺の勝ちだ! 魔人の聴覚舐めんな! 全部聞こえてんだよ!)
早速結界の範囲外に、エクソダスかまそうと走り出す俺。
しかし──
「──駄目だよ、ユーノ君」
その小さな声は──
「あの子はずっと暴走体のままなんでしょ? そのままになんかしておけない!」
嫌にはっきりと──
「きっと、あの子の家族も心配してる。だから、今ここで封印する!」
俺の耳に響いた──
(でえええっ!? いいから! ちゃんと家に帰ってるから! そんな主人公っぽい熱血オーラ出さなくていいから!)
(いや、彼女は普通に主人公だろう…)
(いらん! そんなツッコミいらん! って、来たっ!)
なのはは絶対に逃がさないという気迫をにじませ、宙を疾走し俺の正面に回り込む!
「行くよ! レイジングハート!」
『all right.』
掛け合いと同時に、シューティングモードのレイジングハートを俺に突き出すと、桃色の魔力が、その先端へと収束していく。
(ヤバイッ!)
とっさに横に跳び、必殺の一撃を紙一重で躱す。
更に方向転換、もと来た道を走り出す!
嫌味か皮肉か、俺の脳内ではシューベルトの『魔王』(日本語訳版)がエンドレスで演奏中だ。
(どうすりゃいいんだ!? こっちの攻撃は届かない上に、相手の攻撃は一撃即死! なのはは殺る気満々、逃げ切りも無理!
万が一逃げ切っても、暴走体と思われてる以上、みつかりゃまた追われる!)
(主。こうなれば無力化して説得する以外あるまい。)
(無力化だぁ!? 寝言言ってんじゃねー! 攻撃も届かない、空も飛べないでどうやってやるんだよ!?)
食ってかかる俺に、仮想人格はあくまでクールに答える。
(落ち着け主よ。高町なのはは勝てる状況を作り出し、我らに挑んで来ているのだ。なれば、我らも勝てる状況状態を生み出せばいい)
(勝てる状況ってよぉ…)
言うは易し、成すは難しだ。リーチと制空権の差は大きい。
(何を言う、目の前にあるだろう。我らの戦におあつらえ向きのものが)
はっ? 目の前って──
「──成る程、そういうことか…」
仮想人格の思わせ振りな言葉に、正面へと目を凝らした俺は、思わず納得の呟きを漏らした。確かに、「あれ」ならばどうにかなりそうだ。
生きるか死ぬかは、俺の行動次第って訳か……どのみち、攻撃を避け続けるなんて曲芸じみた真似、何時までも続く筈が無い。
何かの拍子に一発食らえば、それでアウトだ。なのはも退くつもりはないようだし、俺も方法はともかく、自分を助けようとしている女の子を
殺して生きるような考えを持つ程、精神がブッ飛んではいない。
となれば自然、無力化の後に説得しか道はない訳で──
(やるしかないか……よし!)
思考を切り替えるや否や、俺は即座に「あれ」を目指して一気に駆け出した。
当然、追ってくるなのは。数秒置きに砲撃をかましつつ、「待ってー!」などと叫んではいるが、どうやら俺の目的には気付いていないらしい。
(好都合だ。そのままついて来い…)
気分は鬼島津の釣り野伏せ。心中でほくそ笑みながら、正面を見る。先程見た時は結構な距離だったが、流石は魔人の脚力と、
障害物無視の最短距離踏破。
僅か数十秒で目的地に着いた俺は、立ち止まって振り返り、そこで初めて上空を行くなのはたちを見上げて、口を開いた。
「──Bienvenido a mi dominio.」
「へっ? な、何?」
語りかけられるとは思わなかったのか、言葉の意味がわからなかったのか、目を見開き、呆けたような声を上げるなのは。
つか、あんまり俺に驚いていないな…そう言えば最初に魔人に変身した時、傍に居たんだっけ、この娘。
「これは失礼した、ニーニャ。『ようこそ、我が領域へ』、そう言ったのだよ」
「我が領域って…ここが?」
周囲を──林立するビル群を見回し、怪訝な顔をするなのは。
そう。ここは海鳴の駅前商業区域。そこそこに高いビルが立ち並ぶオフィス街だ。
「そう。空を飛べぬが故に、私は貴女に近付く術が無い。しかし、ここならば……このように!」
言いながら手近なビルの壁面へと跳躍し、そこを足場にして宙へと──なのは目掛けて飛ぶ!
「ええっ!?」
「そんな!?」
迫り来る俺に、驚きの声を上げながら横方向へスライドして、俺を躱すなのはとユーノ。
しかし、飛んで行く先には同規模のビル。俺は宙で体を捻り半転すると、迫り来るビルをまた足場にして跳躍。
再びなのはへと強襲する。
攻撃が届かないのならば、届くようにすればいい。こちらの攻撃射程が生まれる状況、状態を作り出せばいい。つまり──
「この乱立する楼閣があれば! 宙を舞う有利不利等、一切無意味! 故にこの場が、私の領域だと言ったのだ!」
俺は高笑いを上げながら、なのはの周囲を縦横に飛び回り、かく乱をする。
「うえええっ!? 目が追い付かないよぉ!?」
「バインドを…駄目だ! 速過ぎて狙えない!」
なのはもユーノも、砲撃やバインドを考えてはいるようだが、俺を捉えることが出来ない。魔導師として、ある程度成熟して
いたのであれば、広域無差別攻撃で一区画丸ごと巻き込み俺を狙うことや、ビル自体を破壊して俺の足場を潰すことが出来たであろうが。
(とは言え、時間をかけ過ぎれば、そのことに気が付く可能性が高いな。自力でディバインバスターを編み出した訳だし)
グズグズしていられない。俺は更なる力を両足に込めてビルを蹴り、初撃を上回る速度で宙を舞い、なのはの後ろを取った。
この隙を逃す訳にはいかない。狙いは一瞬、次は無し。
五体に力を巡らせて捻り込むようにビルの壁面を蹴り、獲物を狙う猛禽のように飛び立ち、空を切ってなのはに迫る!
「Ya me las pagara's!」(お返しさせてもらうぞ!)
「えっ!?」
俺の声に反応し、後ろを振り返ってしまうなのは。
戦闘慣れしていないが故の悪手。反射的にその場から逃げるという、防御、回避行動が出来上がっていないのだ。
その刹那で、俺はなのはの目前にまで肉迫する。
悪魔の動体視力が、こちらを目にして驚き凍りつく、彼女の表情をはっきりと捉えた。
俺は躊躇うことなく、エスパーダを閃かせ──
なのはが握るレイジングハートを上空へとはじき飛ばした。
「──へ?」
斬られると思っていたのに攻撃が来ず、何が起きたかわからなかったのか呆けた表情をするなのは、しかし、次の瞬間──
「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
デバイスがなくなったことにより、バリアジャケットと飛行魔法の維持が不可能となり、真っ逆さまになっておちていく。
俺はすぐさま墜落するなのはへ向かって飛び──
「ぁぁぁぁぁぁ……きゃうっ!?」
私服に戻ったなのはを、見事空中でキャッチ。同時に待機状態に戻り、落っこちていくレイジングハートもゲット。
「きゃああああああ!」
「うわああああああ!」
俺はそのまま滑空して、オフィス街の一角に降り立ち、なのは(と、引っ付いているユーノ)を抱きかかえたまま、人目の無い
路地裏へと駆け込んだ。
「──さて、と。怪我は無いかね? ニーニャ、ニーニョ」
ユーノが結界を解除しても問題の無い地点まで来たところで、俺は二人を下ろし、いらぬ警戒をされないように少し距離をおいて話しかけた。
「…………」
俺の問いに、無言のままおずおずと首を縦に振るなのは。その肩の上でユーノは、警戒心全開といった感じで俺を睨んでいる。
「ふむ。この姿のままでは話しにくいか…しばし待ち給え」
どの道、この二人にはある程度の事情は話さなくてはならない。ならばさっさと元の姿に戻って『お話し』といこうか。
「変身解除」と、呟くと同時に歪む視界。何度目かの感覚で、多少慣れてきた俺の耳に、「わっ! ガイコツさんが光った!」とか、「ああもう、
ホントにどうなってるんだ!?」等と、二人の叫び声が響く。
数瞬の後、視点が低くなった以外は元に戻った俺の目に、唖然とするなのはとユーノの顔が飛び込んで来た。
「改めましてこんにちわ。ジュエルシードモンスター魔人マタドールの正体、御剣令示だ。」
苦笑しながら「コンゴトモヨロシク」と言った俺の耳に、本日何度目かわからない二人の絶叫が響いた。
第三話 武装TAKAMACHI 魔王再臨。(前編)END
後書き
どうも、ストレンジジャーニのラスボスの頭の「アレ」っぷりに驚いた吉野です。
しかし、話が進まない…一応次でプロローグ部分終了、その次から本編開始で、フェイト登場を予定してるんですが、上手くいくかな?
わからない人の為の追記。
『スナッチャー』のメタルギアmk-II …コナミの名作アドベンチャーゲーム『スナッチャー』の登場キャラ。
同社の大ヒット作『メタルギア』シリーズの生みの親、小島秀夫氏が製作指揮を執った作品で、とにかく面白い。
やったこと無い人は是非プレイすべし。(今は亡き、故塩沢兼人氏のカッコイイ演技が聞ける!)
ちなみに、上記メタルギアmk-IIは、キシリア閣下や、バラライカの姉御の中身の中の人が演じています。
まあ、アラレちゃんの声質で喋ってますがね。PS版、SS版が出ているので、比較的安価で手に入るかも?