「ふはははははははっ!」
笑い声を上げながら、俺はビルを足場に宙を舞い下界を視界に捉える。
芥子粒みたいな連中が、ぶっ壊れた街で右往左往しているのがよく見えた。
うむ、まさに「見たまえ! 人がゴミのようだ!」と言うヤツだ。
ほんの数分前まで、俺もあんなちっぽけな存在だった。
だが、今は違う。
腹の底からこみ上げてくる力! 力! 力!
その湧き上がる高揚感が俺を更なる高み(ステージ)へと押し上げてくれる。
そうだ俺は最強の存在。悟りの境地に達した覚者(アートマン)。第六感(シックス・センス)すら足元にも及ばぬ、
第七感(セブンス・センス)の持ち主。
今の俺ならば、たとえ神とだって渡り合うことが出来──
「って! なんじゃこりゃあぁぁぁっ!!」
中二的思考に陥ろうとしていた俺は、ビルのガラスに映った自分の姿を見て、正気を取り戻した。
「な、なんで…」
もとい、戻さざるを得なかった。
何故ならば──
「なんでマタドールになってんだぁぁぁぁ!」
震える指先を硝子へ向け、俺は思わず叫びを上げていた。
俺が見た己の姿、それは『真・女神転生Ⅲノクターンマニアクス』の、魔人マタドールそのものだったからだ。
「オーケーオーケー、KOOLになれ。まずは落ち着くことだ」
一しきり喚きまわった後、こんな姿を通行人に見られたらまずいという事に気付き、急いでビルの屋上へと飛び上がって、
現状把握をする為、深呼吸をして気を落ち着かせる。
──ん、待てよ? 普通なら、こんな異常な事態に素早く対応なんて出来る筈が無いよなぁ…
「まさか魔人になって、身体ばかりか精神にまで異常をきたしたんじゃないだろうな…」
背筋に冷たいものが走り、ブルリと身体を震わせる。
「……ゲームじゃ、魔人はバッドステータス攻撃軒並み無効だったから、そのせいだよな、うん」
そういうことにしておこう、じゃないと俺の心がもたない。
「さて、まず考えるべきは、なんで俺が変身なんてしてんのか。その上、何故『リリなの』世界でマタドール
なのか。だよな…」
俺は取り合えず一体この身に何があったのか、ここに至るまでの経緯を振り返る。
「やっぱアレか、ジュエルシード…」
怪我をした時や変身したばかりの時とは違い、今は(ある程度は)落ち着いている為、思い出せる。
死にたくないと、必死で這い回った時に掴んだもの…アレは確かにジュエルシードだった。
「つまり今の俺はジュエルシードモンスターって訳か…」
屋上の床に出来ていた水溜りを眺めて、自分の顔を映しながら呟く。うーん、見事なドクロフェイス。
つか、どっから声出してるんだろ?
「けど、それならなんで俺には自我があるんだ?」
ジュエルシードの暴走に巻き込まれたヤツは、もれなく自我を喪失する。例外は月村家の子猫位なもんか? まあ
アレは、本能で生きる生物だからなぁ。暴走すんのは高度な知性を持った生物限定なのかな?
「だとしたら、ますます俺の状態はイレギュラーな事態だな。どうすりゃいいんだよ、オイ…」
第一、元の姿に戻れんのか? こんな骸骨面じゃ表も歩けやしねえよ。…いや、よく考えたら、家の中だって無理だ。
母さんと顔合わせる度に泣かれ──
「てぇぇぇぇぇっ! どうすんだよこの格好! コレじゃ家にも帰れねえよ!」
想像してみろ。ドクロが「ただいまー、お母さん今日のご飯何ー?」なんて家に入ってくるところを。
不審者なんてレベルじゃねーぞ! 通報以前に包丁振り回して追い出すわ!
「火サスか昼ドラじゃあるまいし、斬りかかってくる母親なんてご免だぞ…」
何としてでも元の姿に戻らねば! ……でも、どうやってだ?
「ええい! 取り合えずシンプルに行くぞ!」
俺はガシガシと頭を掻き、とりあえずウンウンと呻りながら「戻れ! 戻れ!」と念じてみる。すると──
「お、あ、アレ?」
突如、立ち眩みのような感覚に襲われ、倒れそうになる。
ヤバイと思った俺は、中腰になり何とか踏み留まった。
「とぉー、危なかったぁ~」
溜息を吐きながら軽く頭を振って、正面に目を戻す俺。しかし、
「視点が、低い……まさか!」
慌てて足元の水溜りへと目をやると、そこにはすっかり元通りに戻った俺の姿が!
「はぁぁ~、良かった~これでホームレス小学生にならずに済む」
大概この手の変身は、元に戻るのにえらく手間がかかったりするもんなんだが、アッサリ解決して良かった良かっ──
「──げ」
俺は水溜りに映った、首から下の姿を見て絶句した。
恐らくジュエルシードの力だろう、怪我が完全に治っている。それは良い。
問題なのは、先程の騒動で血まみれの上、ボロボロになった俺の服だ。
今日は休日、母さんは家に居る。
この状況をどうやって誤魔化しゃあいいんだと、俺は一人頭を抱えた。
第二話 初陣。闘牛士と吸血鬼とツンデレと。(前編)
「オイオイ、なんだよこりゃ…」
明けて翌日の放課後。
ここは通学路からやや離れた廃ビルの中。
打ち付けのコンクリートの壁にかかった姿見の前で、上半身裸になった俺は、鏡に映った自分の胸を見ながら、呆れ
混じりの呟きを漏らした。
俺の視線の先、胸部のほぼ中央──心臓の上にあたる場所にあるのは、青く輝くピンポン玉大の宝石。
その表面には「ⅩⅢ」とあり、ギリシャ数字の「13」を意味する記号が刻印されていた。
どう見てもジュエルシードです、本当にありがとうございました。
「全く、拘わる気無くした途端にコレかよ…」
俺は溜息とともに、呟きを漏らした。
俺は昨日起こった出来事の、実験や分析整理を行う為、通学路から少し外れた場所に建っている廃ビルへとやって来た。
ちなみに、ボロボロになった服の一件は、血の付いた部分を破り捨てて隠滅した後、帰宅。街での巨大樹騒動に巻き込
まれたと、母さんに説明した。
流石にあの規模の騒動はテレビでも取上げられていた為、何とか信じてもらえ、俺は心中で安堵の息を漏らしたのだった。
閑話休題。
「昼くらいからどうも胸がむず痒いと思っていたら、こんなもんが出来ていたとは…」
これで魔人化の原因はジュエルシードに確定か…そんな事を呟きながら、俺は胸の宝石を爪先で弾いたり、引っ張ったり
して、調べてみる。
「痛ェ! 完全に一体化してやがる…まあ、瀕死の重症を治してもらった上に、自我も喪失していないんだ、文句は言わんが、
コレだと目立ってしょうがないな」
体育とか、着替えの際に人に見られると面倒だ。幻術とかで誤魔化すとか出来ないかな? と、思った瞬間──
「えっ! アレッ!?」
姿見に映っていた俺の胸からジュエルシードが消失した。
慌てて胸に手と視線をやると、姿は無いが硬い石の感触が、確かにそこには存在する。コイツは一体…
「あっ、もしかしてさっき俺が考えた幻術か?」
俺の考えをジュエルシードが汲み取り、力として発動させたということなのだろうか?
「……考えても埒が明かん。一つ、実験してみるか」
ジュエルシードが色々と力の面で便宜を図ってくれるのならば、願ってもない事だ。
どの道、今のこの状況はかなりマズイ。ジュエルシードの力は未知数で、何時暴発するかわかったものじゃ
ないし、暴走体として、なのはやフェイトに追っかけ回される可能性だってある。
今後の展開や危険を考えれば、現状把握は必要不可欠。
「と、なればインテリジェンスデバイスみてーな、サポート兼チュートリアルガイドが必要だな。このシリアル
ⅩⅢが対話可能になるみたいな──『これで良いか? 主よ』──はえーな、おい」
考えた傍から即実行とは、なんと言うご都合主義。まるでエアー○アドベンチャー。
まあともかく、これで俺の仮説は正しく証明された訳だ。
「色々聞きたいことはあるが、まず、お前はジュエルシードの意思なのか?」
『答えは否だ、主。ジュエルシードは、手にした者の願いを叶える受動的な物にすぎぬ。意思を持ち、他者に干渉する
ような能動的な機能はない。我という存在は、主の願望を汲み取ったジュエルシードが生み出した、仮想人格にすぎない』
仮想人格か、やっぱインテリジェンスデバイスに近いな。
「じゃ二つ目。ジュエルシードは、こんな痒いところに手がとどくような、細かな願いを叶えるシロモノじゃない筈だ。
手にした者の欲望や願望を歪曲的な解釈で叶え、本能で行動する暴走体と化す。俺がそういうものにならず、自我を保
っているのは何故だ?」
『一言で言ってしまえば、主にはジュエルシードに対する適性因子がある為だ』
「適性因子?」
オウム返しに聞き返す。
『ジュエルシードを暴走させることなく、完全に制御下に置く力だ。過去、ジュエルシードは様々な者の手に渡ったが、
このような力の持ち主は皆無だった。主の力は一種のレアスキルに等しい』
「膨大な魔力を秘めた宝石を自在に操る能力ってか? チートそのものじゃねえか…じゃ、その気になれば貴金属や札
束を生み出すことも可能なのか?」
『現時点では不可能だ。ジュエルシードシリアルⅩⅢは、主の<生命、意識、肉体の保全と強化>という願望によって、
魔力のベクトルを固定されている。この願望に付随、もしくは近い願いならば、ある程度は魔力も使えるだろうが、
願望のベクトルからかけ離れた力を欲する場合は、他のジュエルシードを手に入れる以外、方法はない。無理に現状の力
でそれを行えば、シリアルⅩⅢの力が別のベクトルに向いてしまい、その力で維持されている主の命が危険に晒されるぞ』
「そこまで都合良くはないか…三つ目だ。俺の願望が<生命、意識、肉体の保全と強化>なら、そのままの姿でもいい筈だろ?
なんでまた『マニアクス』のマタドールなんかに変身したんだ?」
『…主も知っての通り、ジュエルシードはその膨大な魔力で次元震を引き起こし、虚数空間への干渉を可能とする、いわ
ば世界と世界を繋げる扉のような力を持っている。通常であれば次元世界間で済んだのだが、制御能力を持ち、更には
『観測者世界』からの転生者である主がジュエルシードを手にした事により、イレギュラーが発生した』
「? 観測者世界? 初めて聞く言葉だな?」
『便宜上、そう名付けただけだ。意識下、無意識下を問わず、無限に存在する並行宇宙を認識する観測者たちが住まう
世界。観測された世界は創作物と言う形でその世界に広められている世界』
「…つまり、俺が知るアニメやゲーム、漫画、ラノベの世界は、全て現実に存在する並行世界ってことか?」
『然り』
「で? 俺が観測者世界からの転生者だってことが、どうして問題なんだよ?」
『暴走体によって瀕死の重傷を負った主は、前世の末期の記憶も手伝ってか、強烈な死のイメージを抱いた』
「あんまイヤな事思い出させんなよ…」
思わず渋面になり、愚痴をこぼす。
『済まぬ。しかしこれが起因となっている以上、避けては通れぬ。
二度に及ぶ死の体験。その際、主は何を感じた? 何を思った?』
「あん? …そりゃ、痛いとか、怖いとか、死にたくないとかそんなもんだろ?」
『否。それだけではない筈だ』
「それだけではないって…他に何があるってんだよ?」
『──快楽』
「はぁっ!?」
俺は仮想人格の思わぬ答えに、目を丸くする。
「俺ゃマゾじゃねーぞ! 死ぬ程の苦痛なんざご免だ!」
『落ち着け主。順を追って説明する』
俺は取り合えず口を閉じ、ジト目で次を促した。
『別に在り得ぬ話ではない。前世でも今生でも、主の負った怪我は即死に至る物ではなく、数分から十分以上かけて
死に達するもの。主が先程言った苦痛や恐怖は、この間心身に付いて回ったことだろう。
だが、人間の脳にはそうした物をやわらげる物質がある』
「…脳内麻薬」
『是。その通りだ主。前世の事故で苦しむ主の脳内では、それを緩和しようと脳内麻薬が分泌された。それも、明らか
に過剰な量と種類が、だ』
「あ? どういうことだそりゃ?」
『事故の際、主は頭部に強い衝撃を受けたのだろう、それによって脳内麻薬をコントロールする自律神経系に異常をきたした。
その為に、通常では在り得ない程の分量を、過剰摂取してしまったのだ』
「──あ」
仮想人格にそう言われ、俺の脳裏で前世の最後のシーンがフラッシュバックした。
痛み。恐怖。永遠にも感じた苦しみの中、自分でもわかるくらい顔を歪め、苦悶の表情を浮かべていて──
でも、俺は笑っていた。死の直前にも係わらず、笑っていた──
痛みも苦しみも恐怖も怒りも悲しみも生への執着も──
全てがおかしくて楽しくて気持ちよくて──
血を吐きながらゲラゲラ笑って──
余りの気持ち良さに射精して──
──死んだ。
忘れていた──否、記憶の底に、無意識のうちに封印していた愉悦と狂気、性的な興奮を思い出した俺は、立っている
こともままならぬ程に強い立ち眩みを覚え、堪らずその場に膝を着いた。
「……忘れていて、正解だったぜ。こんな記憶…覚え続けていたら快楽殺人鬼か、重度の自傷癖にでもなりかねねえ…
こんなの思い出して大丈夫なのかよ?」
『問題ない。主の精神強度は、以前のそれとは比べようもない程高くなっている』
「あ、そ…」
あくまでクールな仮想人格に溜息を漏らしつつ、で? と俺は、自分の胸へと視線を向ける。
「この糞ったれな記憶と、魔人化の因果関係は?」
『ふむ、話を続けよう。主は死に対して恐怖や苦痛だけでなく快楽を覚え、一種、魅了された状態にあり、薬物依存に
等しいその危険な記憶を、深層心理の奥底に隠すことで、心の平穏を保っていた。しかし──』
「暴走体によって、再び瀕死の重傷を負ったことで、封じ込めていた<死の快楽>が、顔を覗かせた」
『是。その死を恐れながらも求める矛盾した精神状態で、主はジュエルシードを手にした。常人の発動であれば、唯の
怪物と化していたことだろう。しかし、主は適性因子の持ち主。ジュエルシードは主の<死を恐れながら死を求め、力と
自身の保全を欲する>というややこしい願いを正しく叶えようと、主の心理、記憶を検索し、該当するデータを得た。
それが──』
「魔人ってワケかよ…」
『然り。魔人とは災厄の象徴。死、そのものにして、力そのもの。これほど主の願いに適した者はなかった。
そしてそれは主が観測者世界から持ち込んだ他の並行宇宙の記録。ジュエルシードは主の願いを正しく叶えるべく、
その記憶を鍵に並行宇宙の壁を越え、アマラ深界への扉を開いたのだ。本物の死の力を得る為に』
「ちょっと待て! じゃ、あのマタドールの姿は本物なのか? 俺のイメージの産物とかじゃなくて?」
『半々、と言ったところだな。たった一つのジュエルシードでは、メノラーに触れて、残留思念を得ることと、マガツヒを
吸い込むことで手一杯だ。不完全な部分は主の記憶とイメージで補完している』
「おい、メノラーに触れたって…大丈夫なのか? アレはあの『車椅子の爺様』の所有物だろうが。人修羅とかデビルハンター
とか、悪魔召喚師とか送り込まれねーだろうな?」
チートを越えたチートに狙われるとか、冗談じゃねえぞ。
『問題ない。メノラーに触れたのは一瞬、吸い込んだマガツヒの量も、アマラ深界全域に流れる総量の、およそ六〇〇〇
阿僧祇(あそうぎ)分の一に過ぎぬ。対岸も見えぬような巨大な川より、水一滴を盗むようなものだ気付く者などおらぬ』
「阿僧祇って…天文学的数字が可愛く思える、凄い単位が出たな。本当に大丈夫なんだろうな?」
『是。当然だ。そもそも主を助ける行動で危機に晒してどうする? 本末転倒ではないか』
「まあ、そうだな…しかし、半々とは言えマガツヒまで使って魔人化してるってことは、ある程度は俺も悪魔化してるってことか?」
『否。確かに必要に応じ、アマラ深界に開いた扉──接触点より、主へマガツヒが流れるようにはなっているが、それは
ジュエルシードを介してのもの。これが安全弁になり、主が悪魔化することはない。主自身がそれを望まぬ限りはな』
「そうか…長くなったが、まあ疑問は大体解けた。思った以上の大事になっているけどな…」
さて、俺は今後どうするべきだろうか。以前考えていたようにとことん介入すべきか、徹底的に静観するべきか、等と考えていた
その時──
「きゃあ!」
「ちょっと! 乱暴しないでよ!」
数人の男女が押し問答をする声が、俺の耳に届いた
第二話 初陣。闘牛士と吸血鬼とツンデレと。(前編) END