「令示君、よかったらどうぞ」
「あ、ありがとう…」
森林を貫いて伸びていく山道。
そんな車道を行く先頭のワンボックスカーと、後続の普通自動車。
その前方の車中で、俺は後部座席に座っているすずかより差し出された箱から、礼を言いながらポッキーを一本いただいた。
ポッキー(正確にはパッキーだかピッキーって言うパチモン臭い名前。版権や商標と言う名の『世界の修正力』だろうか?)
をかじりながら、俺は車窓の外の景色に目をやる。
車は坂を登り、更に緑の深い山奥へと向かっていく。
──そう、俺は現在月村家と高町家+アリサ、ユーノの温泉旅行に同行中なのである。しかし…
(どうしてこうなった…)
心中で俺は呟きを漏らす。
そもそもの始まりは、月村家でのお茶会から数日後。
夕食の後、我が家にかかってきた一本の電話が、全ての発端だった。
電話の相手──すずかから、「今度の連休に一緒に温泉に行きませんか?」と言う旨の連絡が来たらしい。
「らしい」というのは、その場で電話を取った母さんが即OKを出し、俺の預かり知らぬ間に参加が決まってしまったからだ。
その間に風呂に入っていた俺は、その後に母さんから話を聞き、当然の事ながら驚きの声を上げる破目になった。
しかし、「令示がお友達と旅行♪」なんて妙に大喜びしている母さんに「行きません♪」などと言える筈もなく、初顔合わせの高町夫妻
と美由希さんと挨拶を交わした後に、こうしてなのはたちとともに温泉へと向かう車の中で、席を同じくしていると言う訳である。
実は温泉には向かうつもりだったのだが、俺は単独行動がとりやすいように、夜中にマタドールに変身して自力で乗り込む計画を立てて
いたのだ。が、しかし、それは初っ端から頓挫した。…まあ、これに関してはどうでもいいのだが──
「はぁ…」
「令示君大丈夫? 乗り物酔い?」
思わず出た溜息を見て、すずかが心配そうに俺に尋ねてきた。
「あ、いや、大丈夫大丈夫。問題無いよ」
俺はハッとして、笑顔を向けながら彼女へ手を振る。
「気分が悪いのなら、車を止めて少し休もうか?」
「無理しないでいいのよ?」
「あ、お気遣い無く。本当に大丈夫です。ちょっと考え事していただけですから」
運転席と助手席から、士郎さんと桃子さんが俺を気遣ってそう言ってくれたが、本当に気分が悪い訳ではないので、その申し出を丁重に
お断りする。
「何よ、心配事でもあるの?」
俺の台詞を聞いたアリサがそう尋ねる。
「あー、うん、まあそうだな。旅行に来られなかった母さんの事が気になってな…」
──そう、この旅行に母さんは同行していない。仕事の折り合いが付かなかった為、我が家からの参加者は俺だけだ。
そしてこれが、俺の気が滅入る原因だったりする。
「うちの母さんはさ、あんまり体が丈夫な方じゃないんだよ。だからこういう旅行になら、俺よりも母さんにこそ参加してもらって、
しっかり体を休めて欲しかったんだけど…」
産後の肥立ちが良くなかったのか、元からの体質なのか。昔から母さんの体はお世辞にも強いと言えるものじゃなかった。
だというのに、家長としても母親としても人一倍責任感が強い為、放って置くと際限無く無理をするのだ。
「青い顔で家事をしようとするのを、何度止めたことか…」
そうぼやきながら、過去に思いを馳せる。
思えば、俺が魔力ゼロだと知る以前から積極的に家事を手伝っていたのは、これが大きな原因だった。
いくら「ハーレム」なんて馬鹿な考えを持っていた俺でも、今にも倒れそうな母親を放置できる程外道じゃない。
幸い、大検を目指す以前から、普通に学校の勉強と宿題はこなして成績の維持はしていたので、「学力」を理由に家事を
止められる心配は無かった。
「つまり、あんたはお母さんの方が疲れているのに、自分だけが温泉に行って気が重い。そういうこと?」
「うん、まあ、そうだな…」
アリサの問いに、俺は言葉を濁しながら頷く。
アリサの言った事も当たってはいるのだが、それが全てではない。もう一つ大きな理由がある。それはこの旅行の費用だ。
お世辞にも良好とは言い難い我が家の経済的事情で、俺一人だけ旅行に行くというのが、どうにも心苦しいのだ。
母さんは金銭面や良識に関してはかなり厳格なので、旅費を他人に払って貰うなどということは、「下品」と断じ、絶対にやらない。
国内の旅行は為替のレートとかの関係上、海外よりも費用がかかることが多い。
近場の温泉とは言え、アニメで見る限り結構な大きさの旅館だったので、どの位宿泊費を取られるのかと思うと、気が気じゃない。
それとなく、「お金大丈夫? 無理しなくていいよ?」と、言ってみたりしたのだが、「大丈夫よ。子供はそんな心配しなくて
いいから、しっかり楽しんできなさい」と、やんわり返され、のれんに腕押し状態。
自分の預かり知らぬ水面下でやり取りされる金額が脳裏にチラつき、気もそぞろという訳で──
「ていっ!」
「あだっ!?」
眉を寄せ、渋面で思い悩んでいたところに、いきなり俺の脳天へ衝撃が走った。
「何辛気臭い顔をしてんのよ、アンタは」
頭を押さえながら後方を向けば、手刀を構えたアリサが呆れたような表情で俺を見ている。…どうやら先程の痛みは、彼女のチョップ
だったらしい。
アリサは驚く俺にお構い無しに、腕組みをしてこちらに視線をやりながら口を開く。
「大体ね、令示のお母さんはアンタに楽しんで欲しくて、この旅行に行かせてくれたんでしょう? なのにそのアンタがそんなつまらな
そうな顔してちゃ、お母さんの行動が全部無駄になるじゃないの」
「む──」
…返す言葉が無い。
母さんが無理してこの旅行の費用を捻出してくれたのは、考えるまでも無いだろう。
だというのに、俺がこの旅行を楽しめなかったら、それこそ金をドブに捨てるようなものだ。
いや、それだけじゃない。同行している人たちもこんな陰気な奴が傍に居たんじゃ、気分がいい筈が無いよな。
「…うん、アリサの言う通りだな。──よっし! 気持ち切り替えて思い切り楽しむか!」
俺は頭を軽く振って、後部座席へ笑顔を向けると、なのはとすずかが満足そうに頷いて微笑み返してくれた。
「うん。その方が綾乃さんも喜ぶと思うの!」
「温泉でのお話、沢山してあげたら嬉しいんじゃないかな?」
「…ふん。全く、せっかくのお出かけなんだから、面倒かけないでよね…」
アリサのみ、そっぽを向いての憎まれ口。どう見てもツンデレです。本当に(ry
「ああ、全く駄目な奴だよ俺は」
言いながら、俺はアリサを見つめる。
「な、なによ…」
怪訝な様子で彼女はこちらへ目をやり、俺を見る。
「いや、さっきの指摘がなかったら、母さんの好意をふいにするところだった。アリサみたいな優しい娘が友達でよかったよ」
「なっ!?」
俺の言葉を聞き、アリサの顔は見る見るうちに赤く染まっていく。
「なななな、なにいってるのよあんたわ!?」
おおう。予想通りのテンプレ反応どうもありがとう。それを見て俺の中の悪魔(ペルソナ的な意味で)が、悪戯心を働かせる。
「何って、感謝だよ。アリサ、優しい心遣い本当にありがとう」
一切目を逸らすこと無く、真剣な面持ちでアリサを見つめながら俺は感謝の言葉を述べた。
「お、お礼なんかいいから! もう前向いてなさいよ!」
林檎の様に顔を紅潮させ怒鳴るアリサに、「ハイハイ」と言いながらおとなしく彼女の言葉に従い、正面を向く俺。フフフ、これだから
ツンデレ弄りはやめられん。
あ、感謝してるのは本当だぞ? アリサに言ったことだって本心だし。
でもまあ、あんな彼女の様子を見て、ムクムクと悪戯心が芽生えてしまうのは仕方の無いことだろう。
──そう、『ソウルハッカーズ』の獣系悪魔との交渉で、「オレサマ、イクラデモイイ」という発言に沿って、五円とか、MAG三つ
とか支払って、「オマエフザケルナ!」とわざと怒らせてからかう様に!
…とまあ悪ふざけはこの位にしておこう。
旅行をしっかりエンジョイする気にはなったが、今回はフェイトの他にアルフが出張ってくるんだ。どうするべきか…
前回の戦闘でこちらの手札はある程度把握されているし、何らかの対抗策を取ってくるのは間違いないだろう。
う~ん…なのはやユーノと上手いこと連携をとって、臨機応変に動くしかないか?
──っと、あんまり考え込むとまたアリサにチョップを喰らっちまうな。今は温泉のことを考えるか。
第五話 魔僧は月夜に翔ぶ 前編
紆余曲折の末、ようやく車は宿に到着した。
「…はー、やっぱり大きな」
まさに老舗と言った佇まいの旅館、『山の宿』を俺はボーっと見つめる。
「ん? 令示君、どうかした?」
後から美由希さんが俺に近付き、腰を屈めて顔を覗き込んできた。
「いえ、想像以上に大きい旅館だったんで驚いたんです」
やっぱブラウン管(当然アナログ。地デジ? 知らね)越しに見るのと、肉眼で見るのでは全然違うもんだ。
「それで、よくペット同伴をOKしてくれたなーと思いまして…」
言いながら、俺は美由希さんの肩に乗るユーノに目をやる。
「うーん、言われてみれば確かにそうだね…まあ、ウチのお父さんは顔が広い人だから、大丈夫だったんじゃないかな?」
…いやいや、その位じゃ大丈夫にゃならんだろ常考。
まあこの時勢、ペット同伴可能の宿もあるらしいし、不自然とは言い切れんが。
「ま、細かいことはいいか。ユーノ、旅館の中で粗相するなよ。主に下方面で」
《しないよっ!》
「あはは、大丈夫大丈夫。この子はすっごく頭がいいんだから。お利口なんだよ?」
俺のからかい交じりの言葉に、念話で怒鳴るユーノと、のんびりと笑う美由希さん。──と、話しているうちに他のみんなが旅館の中
に入っていく。
「っと、まずはフロントに行かないとですね」
「うん。そうだね」
俺たちはみんなを追って玄関の方へと足を向けた。
(さて、これからどうするか…)
無事チェックインを終え、部屋に荷物を置くとあごに手を当て思案する。
議題は当然この付近に落ちているジュエルシードの事だ。先程、この旅行を楽しむとは言ったものの、こればっかりは無視出来る事じゃ
ない。火の付いた火薬庫の脇で、のんびり出来る筈が無いのだ。
いっそ先に回収しちまうか? 確かアニメじゃ落ちていたのは川の傍で、それが橋の下に流れ着いたんだっけ。という事は、橋から上流
に向かって探せば見つかるか…?
(ん~、つかナインスターよぉ、ジュエルシードを探せる探知系の能力とか、魔法って無いのか?)
(無い訳ではないな。ジュエルシード同士の共鳴反応を利用すれば、探知への応用は可能だ。しかしそれは、悪魔化してジュエルシード
を励起状態にせねばならぬ。つまり──)
フェイトたちに居場所を察知され、急襲されるって事か…モノの位置を正確に把握していれば、マタドールに変身して、速攻かっぱら
ってトンズラかますんだが…現状じゃ探している間に捕捉される可能性のが高い。
(人間状態で地道に、川沿いに歩きながら探すしかないか…)
面倒だがやむを得ない。俺は溜息を吐きながら思考を切り替えると、士郎さんと桃子さんにちょっと散歩をしてくると伝えた。
「そうかい。それじゃ、あまり遅くならないようにね。それから遠くに行き過ぎないように。道から外れた森の奥とか、山とか森の奥とか
にも行っちゃ駄目だぞ」
「川に入るのもダメよ。深いところとか、流れが速いところがあったりして危ないからね」
…いや、わかるよ。二人はこの一行の年長者で、旅行の責任者なんだって。
しかし、この子供に言い聞かせるような口調は、複雑な感情を抱かざるを得ない。
士郎さん、桃子さん。俺、貴方たちより年上なんですよ?
などと二人に言える筈も無く、俺は出来るだけ子供らしく「はい、わかりました」と素直に返事をして、部屋を後にした。
フロントで旅館周辺の地図(ハイキングコースの見取り図)を貰った俺は、まずはアニメに登場した橋へ向かおうと外へ出た。
「さてと、んじゃ一つ気合い入れて探しますか──っと、アレ?」
呟きながらポケットに捻じ込んでおいた地図を広げたその時、進行方向──林道の中でユーノを肩に乗せ、大きく伸びをするなのはの
姿が俺の目に飛び込んできた。
(ジュエルシード探しの件、一応伝えておくべきか…?)
数秒考えた後、やっぱりそうするべきだなと思った俺は、地図をしまい二人の背中に声をかけた。
「おーい。なのはー、ユーノー」
「あっ、令示君!」
俺の声に気が付いたなのはは嬉しそうに、トトトっとこちらへ駆けて来る。
ぴょこぴょこと、ツインにした彼女の髪の房が上下する様子を見ながら、犬が尻尾振ってるみたいだなと、益体も無い事を考えて
いたその時──
「あっ!?」
舗装の無い、剥き出しの路面の凹凸に足をとられ、なのはの体が前方に傾いていく──
「って、ヤバっ!?」
俺は反射的に前へ跳び、両手を広げてなのはの体を抱き止めた。
「うにゅっ…!」
慣性によって俺の肩に顔から突っ込んだなのはは、くぐもった声を上げる。
「ふう。とりあえずセーフか…」
あのまま倒れていたら、顔から地面に突っ込んでいたことだろう。
野朗なら(俺を含めて)一向に気にしないが、女の子が顔に傷を負うのは流石に忍びない。
「…よっと。なのは、大丈夫か? どっかぶつけたところとかないか?」
両肩に手をやって一人で立てるように俺から離し、彼女の顔を覗き込んで異常の有無を尋ねる。
「にゃっ! へ、平気だよ、令示君が助けてくれたから。…その、ありがとう」
俺の言葉に我に返ったなのはが、慌てて返事をした。
上目遣いでこちらを見ながら、声が段々尻すぼみになっていくところを鑑みるに、すっ転んだところを見られたのが恥かしかった
のであろう、なのはの顔が少し赤みを帯びていた。
その様子に微笑ましさを感じた俺は、彼女の頭をポンポンと軽く叩きながら口を開いた。
「ま、大事になんなくてよかったよ。あのまま転んでいたら、せっかくの桃子さんゆずりの可愛い顔が、とんでもないことになっていた
かもしれないしな」
──と、雑談はこの位にして本題に入るか。
俺は未だに俯いたままの彼女に声をかける。
「実はさ、どうもこの辺にジュエルシードが落ちてるみたいなんだ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に、目を見開いて驚きの声を上げるなのはとユーノ。
「なんでわかったの!? 令示も探索魔法が使えるの!?」
「いや、魔法じゃないんだ。俺の中にあるジュエルシードが、この辺にあるモノと共振というか、共鳴というか…そういうものを感じる
ことが出来るみたいでさ、それで気が付いたんだよ」
慌てた様子で質問を投げかけるユーノに、俺はあらかじめ考えていたそれらしい嘘を述べる。
「大変! それじゃ早く見つけないと!」
胸の前で両の拳をぐっと握り、真剣な面持ちでそう言うなのはに、俺は頷きを返す。
「ああ。いつ発動するかって考えたら、おちおち温泉にも入っていられないしな。さっさと回収して、ゆっくり休みを満喫するとしよう」
「うん!」
「そうだね!」
俺の提案に二人が肯定の意を示すのを見ながら、フロントで貰った地図を再び広げて口を開いた。
「共鳴を感じたのは、この先にある川の辺りだ。細かい位置の特定までは出来なかったから、川沿いに歩いて探すしかないだろうな」
「う~ん…ねえユーノ君、私とレイジングハートでもっと詳しい場所を調べられないかな?」
地図上を示し走る、俺の人さし指を睨みながら呻っていたなのはが、肩のユーノにそう問いかけた。
「出来ない、とは言わないけど、難しいだろうね。発動していないジュエルシードは魔力が殆ど検知されないから、感知し辛いのは
なのはも知っているよね? ここはとりあえず、令示の言った辺りを地道に探すしかないと思うよ」
「そっか…」
確かに、探知魔法でポンポン見つかるようなシロモノだったら、回収なんぞとっくに終わっている筈だしな。
…そう言えば、ここに来ているであろうフェイトも、アニメじゃ発見に一日がかりだったなあ。
と、まあ、それはともかく──
「ま、気合い入れて探すとしよう。この旅行を楽しく過ごす為にもね」
そう二人を励まし、まずはアニメでなのはとフェイトが対峙した橋を目指し、足を踏み出した。
「……見つかったよ、オイ」
「「うん…」」
橋から上流へ向かって歩き出して十数分。
川の縁に目を走らせながら進んでいる内に、目的のブツをあっさりと発見した。
「なんつーか、拍子抜けだな…」
この手の探索って、大概は見つからないか、結局発動したのを力技で封印というのが、お約束だと思っていたんだがなぁ…
「そうだけど、悪いことじゃないよ。それじゃ早く回収しちゃおう、なのは!」
ユーノの呼びかけに応じて、一歩前に出るなのは──って、アレ?
「レイジングハートは起動させないのか?」
川の縁にはまっているとはいえ、そこは対岸だし周辺は茂みに覆われている。
故に、デバイスを起動して飛行魔法で近付くと思っていた俺は、素の格好でジュエルシードへ右掌を向けるなのはの姿に首を傾げた。
「今回はまだ暴走もしてないし、令示に渡す物だから封印する必要も無いしね。軽い物体を引き寄せる程度の魔法なら、レイジングハー
トを使うまでもないよ」
言われてみれば、A'S第一話でもデバイス無しで魔法の訓練してたっけ。
強力な魔力の波動も無いから、それが呼び水になって暴走する心配も無いという事か。
などと考えながらなのはの方へ目をやると、右手を前方に突き出したまま目を瞑り、精神を集中しているところだった。そして──
「んっ!」
眉間に皺を寄せ、力のこもった声を漏らした瞬間、川の方から響いたカラカラという乾いた音に気付き、そちらに目を向けると、半分
埋没していたジュエルシードが、周囲の土を押しのけて浮かび上がったところであった。
ジュエルシードは、そのまま滑るように中空を移動し、こちらへ──俺の胸の前へ来たところで、その動きを止めた。
「はい、令示君」
デバイス無しの簡易魔法とは言え、微細なコントロールが求められるのであろう。なのはの表情は真剣そのもので、額には汗すら浮
かんでいる。
しかし彼女は、俺に笑みを向けていた。
それは経緯結果はどうあれ、俺の死亡する危険性を下げる事が出来たのを、心の底から喜んでのものなのだろう。
俺はなのはに「ありがとう」と、本心からの感謝を述べ、ジュエルシードに手を伸ばし──触れる直前でその動きを止める。
(…つーか、ジュエルシードの取り込み? 吸収? っていうのはどうやってやるんだ?)
ジュエルシードを手に取ったことや、その後の経緯は思い出せるが、肝心要の取り込み方が出てこない。
初めてマタドールに変身した時は、無我夢中というか半狂乱で、まともな精神状態じゃなかったからなぁ…具体的にどうやったかなんて
覚えちゃいないのだ。
『ジュエルシードに触れるだけで問題無いぞ主。そうすれば後は適性因子が勝手に働く故』
俺の意を読んで、ナインスターがそう言った。
「あ、そうなのか」
なんだ、悩む必要なんか無かったな。
俺は安堵の息を漏らしながら、ジュエルシードを手に取った。
その刹那、まるで砂が水を吸うが如く、掌中に埋まっていくジュエルシード。
「うおっ!?」
「ええっ!?」
「うわっ!?」
いきなり見せられた、なかなかショッキングな光景に三者三様の声を上げて驚く俺たち。
つーか腕の中を通る、妙な異物感がキモチワルイ!
『うむ。ジュエルシード吸収確認』
「うむじゃねえ! びっくりすんだろうが! こんなふうに吸収すんなら最初に言え!」
『…悪魔化する人間が、この程度で驚くのもどうかと思うが?』
「ぐぬぬ…」
「ま、まあまあ、無事に済んだんだからいいじゃないか。ね?」
ユーノが言い争う俺とナインスターの間に立って懸命に宥めてきたので、渋々引き下がる。
「まーな、一応懸案事項も片付いて、俺の対封印魔法用強化もある程度目処が立ったし、よしとするか…」
俺はしかめっ面で、変な感覚の残る手の平をブラブラしたり、グーパーを繰り返して調子を確かめつつ、ユーノに肯定の言葉を向けた。
「それじゃ旅館に戻ろっか。あんまり遅くなるとお父さんたちが心配するし」
被害を未然に防いだ為か、なのはが嬉しそうに幾分か弾んだ声でそう言った。
無論、俺もユーノもその提案に反対する理由も無い。大きく頷き、三人並んで元来た道を戻り出した。
(…さて、この後は夜中のフェイト戦か。結局ジュエルシードは先に手に入れちまったし、どうするかな?)
懸念も無くなり、楽しそうにこの後の予定を相談するなのはとユーノを眺めながら、俺は今後の行動について、一人思いを巡らせた。
「ふ~、サッパリしたな。家族風呂でも、結構広いもんだ」
《うん。気持ち良かったね》
ユーノを肩に乗せた俺は、湯上りの火照った体を冷やそうと、中庭に面した廊下を歩く。
──あの後、旅館に戻った俺たち三人は「こっちこっち!」と、はしゃぐアリサに引っ張られ、浴場まで連れて行かれた。
そう、所謂『ユーノラッキースケベイベント』である。
ユーノを連れ、当たり前のように脱衣所へ入ろうとする、なのはたち女子三人組+忍さんと美由希さん。
その様子を眺めながら、俺は止めるべきか放っておくべきか思案していたのだが、ユーノが捨てられた子犬のような視線と、頭が
割れるような、SOSを訴える念話を伝えてきた為、前者を選択する運びとなったのである。
「共用の浴場にペットを連れ込むのは、流石に不味いんじゃないか? 湯船に毛が入ったら怒られるよ?」と言って、俺が個室の
家族風呂で洗うという事になったのである。
「しっかし、アリサは未練タラタラにユーノを見ていたなぁ」
俺がニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言うと、フェレットは大きく溜息を吐いた。
《勘弁してよ。あのまま連れて行かれたら、どうなっていた事か──って、アレ? なのはたちだ。何やってるんだろう?》
ユーノの言葉に促がされて、廊下の先へ目をやれば、オレンジ色の長髪の女性と、なのはたち女子三人組が、ただならぬ剣呑な雰囲気を
撒き散らしながら対峙をしていた。
当然、女性の方はアルフだ。様子見をしておくかと足を出そうとしたが、彼女は高笑いを上げて去って行くところだった。どうやら
ファーストコンタクトに出遅れてしまったらしい。家族風呂と共同浴場の距離の差が出たようだ。
「な~にアレ!」
「その、変わった人だったね…」
「昼間っから酔っ払ってるんじゃないの!? 気分悪っ!」
「ま、まあまあ。寛ぎ空間だから、色んな人が居るよ…」
「だからって! 節度ってモンがあるでしょうが! 節度ってモンが!」
なのはがヒートアップするアリサを必死に宥めるが、憤る彼女は止まらない。
「──あ、令示君こっち、こっち」
その時、俺の姿に気が付いたすずかがこちらを向いて手招きをする。
「三人ともどうした? 今の人と何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃないわよっ! ああもう腹立つ!」
俺をギンッと睨みつけて、つかつかと詰め寄り、怒りをぶちまけるアリサ。
「まあ落ち着きなよ。廊下の真ん中で騒いだら他のお客の迷惑だから、歩きながら話を聞くよ」
「む~、わかったわよ…」
俺の言葉に渋々頷いたアリサと、なのはすずかを伴い、とりあえずロビー方向へ進みながら、先程の出来事の顛末を聞く。
三人の口から聞いた事情は、大筋でアニメの展開と同じ内容であった。アルフがなのはにイチャモンをつけて来て、睨み合った末に
誤解であったと謝り、去って行ったとの事だ。
「ふむ。それは災難だったね。でも、みんなに何事も無くてよかったよ」
旅行先でトラブルに巻き込まれるなんて最悪だからね。俺が笑いながらそう言うと、
「不愉快な気分にされただけで十分トラブルよ!」
アリサが不満そうな表情で口を尖らせる。
まあまあと、俺とすずかが彼女を宥めたその時、《令示君、ユーノ君》と、なのはが念話で俺たちに語りかけてきた。
《どうしたの? なのは》
《さっきの人、念話で『お子様が危ないことに手を出すな』って…》
《っ!? じゃああの人は──》
なのはの言葉にユーノは驚き、目を見開く。
《十中八九、あの黒い魔導師──フェイト・テスタロッサの関係者と見るべきだろうな》
《…うん。おそらくは、さっき僕らが見つけたジュエルシードを探しに、ここまで来たんだろうね》
俺の言葉を肯定し、ここ居る理由を推測するユーノ。推測って言うかそのままなんだがな。
《じゃああの娘も──フェイトちゃんもこの近くに…?》
《ここまでくれば、居ないと考える方が不自然だな──っとそうだ、二人に聞きたい事があったんだ》
《《聞きたい事?》》
オウム返しに答える二人。
《ああ。二人が集めたジュエルシードって今幾つあるんだ? あ、俺の中にある二つは除いて、だ》
俺が原作に無い行動を取っている以上、なのは陣営とフェイト陣営でジュエルシードの取得数に違いがあるかもしれない。
次元震や次元断層なんて厄介事を引き起こすシロモノである以上、むこうに多く集り過ぎるのは、あまりにも危険だ。個数はしっかり
把握しておくに越した事は無い。
《えっと、三つだよ?》
《三つ、三つか…》
なのはの言葉に、俺は呻りを上げて思案する。
やはり原作と個数にずれが発生している。俺の中のモノを含めればストーリー通りで、許容範囲内ではあるが、油断は禁物だろう。
そもそも、大木事件の時に拾ったジュエルシードの存在自体がイレギュラーなのだ、フェイトたちが原作を上回る数を保有している
可能性は否めない。
《あの、どうしたの? 令示君》
俺の様子を見て、なのはが不安げにおずおずと尋ねてくる。
《──ん? ああ、海鳴市内とは言え、よく二人でそれだけ見つけられたもんだなぁって思ってな》
《うん。なのはの頑張りにはいつも助けられているよ》
《にゃっ!? そ、そんな事無いよ! 私だって二人に色々助けて貰っているし…》
まあ、わざわざプレッシャーを与えることはあるまい。俺はその成果を適当に評価し──しかし、原作よりも回収数は少ないとは言え、
新人魔導師と負傷したサポート専門魔導師で、ここまで出来れば上々であろう──先程の態度の真意を誤魔化す。
《ま、今は何よりアリサのご機嫌をどうにかするのが先決だな。ジュエルシード云々は後で考えよう》
ここにあったジュエルシードはこちらが抑えている以上、絶対に出し抜かれる心配は無いしな。と言い加え、なのはを納得させると、
未だ怒りが収まらない御様子のアリサをどうにかする為、彼女を連れた俺たちは土産物の売店へと足を向けた。
──時間は流れ、現在時刻は午後十一時。
俺たち小学生組は、ファリンさんに昔話を読んで貰い、同室で布団に入っている。
最初はこの部屋割りを聞いて、男女が同じ部屋ってどうよ? と思ったが、よく考えてみれば、前世の小学生時代にクラス単位で学校に
宿泊するイベントがあったことを思い出した。あれも全員で同じ部屋に布団敷いて寝たっけな。
俺はもぞもぞと寝返りをうち、周囲に視線を走らせる。
アリサとすずかは、すっかり寝入ったのだろう。静かに布団が上下し、規則正しく寝息を立てている。
ちなみに俺たちは「田」の形で布団を敷いて寝ている。左上からなのは、アリサとユーノ、俺、すずか、という並びなのだが…
(まるで初号機とカヲル君だな…)
俺の目に映るアリサとユーノの格好を眺めつつ、幸せそうに眠る彼女にバレたらブッ飛ばされること確実な、不謹慎な妄想に
浸っていると──
《…ユーノ君、令示君起きてる?》
少し緊張したような話し方で、なのはが念話を飛ばしてきた。
《う、うん…》
《起きてるよ》
俺となのはが上半身を起こし、ユーノは何とか体を捻ってアリサの手から抜け出すと大きく息を吐いて、彼女の下へ歩いて行く。
《あの人と、この間の娘──フェイトちゃん。このままジュエルシード集めを続けていたら、また戦うことになるのかな…?》
《多分…》
なのはの疑問に言葉を濁すユーノ。
《──いや、確実にジュエルシードを巡って争う事になるだろうな》
が、俺はその疑問にハッキリと答える。
《令示…》
ユーノはそんな俺を見て俯き、意を決したかのように顔を上げて口を開いた。
《なのは、令示、昼間から考えていたんだけど、令示の予備のジュエルシードも手に入れたし、ここからは僕が──》
《《ストップ!》》
なのはと俺は同時にユーノの言葉を遮った。
《そこから先言ったら、怒るよ?》
なのはは少し怒ったように眉を寄せ、そっとユーノの頭を撫でる。
《『ここからは僕が一人でやるよ。なのはと令示を巻き込めないから』とか、言うつもりだったでしょう?》
《うん…》
ユーノはまるでイタズラが見つかった子供のように、ばつが悪そうに返事をした。
《ジュエルシード集め…最初はユーノ君のお手伝いだったけど、今は違う…私が、自分でやりたいと思ってやってることだから》
そう言って微笑を浮かべてユーノを抱き上げたなのはは、彼と目線を合わせ、真剣な表情を作る。
《私を措いて、『一人でやりたい』なんて言ったら、怒るよ?》
《そうそう。俺も係わるって言い出した以上、ここで引き下がるつもりは無いぞ?》
《令示…》
《令示君…》
こちらに視線を向ける二人へ、微笑を浮かべる俺。
《最初に言った筈だぞ? 俺は手伝いをするかわりにジュエルシードを貰うって。まだ数も足らないし、手伝いだってしていない。
これじゃお互いに契約不履行だ》
それに、と付け加え真顔になって言葉を続ける。
《住んでいる街の中に、あんな危険なもんが転がっている以上、他人事じゃない。俺もなのはも実質当事者なんだ。ここで降りろ
なんて言わせないぞ?》
な? となのはに同意を求めると、彼女は大きく頷いた。
《…うん。二人とも、ありがとう》
そう答えたユーノは迷いの無い、良い顔になっていた。
《よし、憂慮は無くなったな。じゃあなのは、少し聞きたいことがあるんだが、いいか?》
《何? 令示君》
《昼間も言ったけど、あの女の人と一緒にあの娘もここに来ている筈だ。どうするべきだと思う?》
《どうするって…?》
質問の意図がわからず、なのはは首を傾げる。
《今俺たちが取れる選択は二つある。一つは、このまま何もせず、あの娘たちを放って置く事。
これは時間を稼げる上に疲れさせる事も出来る。運よくフェイトたちが、何日かここで探し続けてくれれば、その間に市街の方で
俺たちが優先的にジュエルシードを回収出来る──つまり、あの娘を出し抜けるという事だ。
もう一つは、俺が悪魔化することでフェイトたちを誘き出し、戦うか、説得を行う事。
これは相手の意図が読めない以上、決裂前提で行うようなもんだから、実質戦闘するのと変わらないと思うがね》
俺はそこで一呼吸置いて、正面からなのはを見る。
《それで、なのはどうしたい?》
《私…私は──》
なのはの目に迷いの光が射す。
きっとなのはは、フェイトと話がしたいのだろう。しかし、その為には俺を囮にしなければならない。それは俺のジュエルシードが封印
される危険性が生じるという事だ。
《こ、このまま帰るべきだと思う…》
彼女は自分の願望の為に、俺を危険にさらすのが嫌なのだろう。俯いたままそう答えた。
俺はそれに対し──
《はい、不正解!》
なのはに向けて両腕で大きくバッテンを作った。
《へ? ふ、不正解…?》
キョトンとした表情で、目を瞬かせるなのは。
《俺はなのはに、『どうしたいか』って聞いたんだぜ? その答えは、なのはのやりたいことじゃないだろう?》
《そ、そんな事《なのは》──》
慌てて言い繕おうとするなのはの声を遮り、俺は言葉を紡ぐ。
《なのははさ、俺の体を気遣ってそう言ってくれたんだろ?》
《…………》
俺の問いに彼女は沈黙で返す。だがそれは、肯定と同義だ。
《なのはのその気持ちは嬉しいよ? けど今の俺はジュエルシードを手に入れて、封印対策は出来ているんだ。すぐやられたりしないよ》
それに、と付け加え──
《ここで役に立たなかったら、何の為に仲間になったかわからないだろう? だから聞かせて欲しい、なのははどうしたい?》
俺はもう一度、彼女の目を見て真剣にそう問う。
《…………私》
なのは数秒目を閉じた後、ゆっくりと顔を上げ俺へ目を向けた。
《あの娘と──フェイトちゃんと話したい。何であんなに悲しい目をしているのか聞きたい!》
《そう、それが聞きたかった》
月村邸でのやり取りを見なかったから、フェイトとの友達フラグが立っていたのか? もしや『俺』という存在がフラグを折ってしまっ
たのでは? という恐れがあったのだが、大丈夫だったようだ。
俺のせいで生涯の親友を失ってしまっては、気まずさだけではすまない。罪悪感に苛まれる事になっただろう。
《ユーノはどうだ? これでいいか?》
《うん。僕としてもあの娘たちの動向や理由は気になるし、反対する理由は無いよ》
《よし、だったらやる事は一つだ。行こうか、あの娘のところに!》
《《うん!》》
俺の声に、二人が意を決した真剣な表情で、大きく頷いた。
第五話 魔僧は月夜に翔ぶ 前編 END
後書き
チラ裏からご愛読いただいている皆様、こんにちわ。とらハ板の皆さん初めまして、吉野です。
ようやっとチラ裏からの移転です。コンゴトモヨロシク。
さて、ようやく新たな魔人登場かと思ったのに、またもや中断で申し訳ありません。
思った以上に日常パートが長引いてしまいました…
しっかし、日常パートは苦手です。戦闘シーンだとアドレナリン出まくりなのに。
では今日はこの辺で失礼します。次回こそ木乃伊坊主を…