──月村すずかがマタドールと初めて会った時に感じたのは、恐怖だった。
それは無理も無い事だろう。剣を手にした髑髏など、ファンタジーか怪談の中の存在だ。現実に眼前に現れれば、それは
死をもたらす怪物にしか見えない。
しかし、彼がすずかにもたらしたのは、絶望ではなく希望だった。
自分と親友を誘拐した悪漢どもを、瞬く間に倒してみせたのだ。
否、それだけではない。激昂し、人外の力を親友──アリサの前で発露してしまった自分をフォローし、彼女との絆を
繋ぎ止めてくれた。
しかし、そのマタドールの正体が、自分と同い年の少年だと知った時、すずかは本当に驚いた。
彼は──御剣令示は、とても不思議な少年だった。
自分のクラスの男子のような、子供っぽさを見せたかと思えば、時に大人のような言動を取る。
そしてなにより特筆すべきは、自分と同じ異形となってしまったというのに、大してそれを悲観する様子も無いのだ。
ごく当たり前の様にその力を使い、人を助け、笑っていられる。
それは、己の出自に思い悩むすずかにとって、輝く宝石の如く理想的な生き方に見えた。
だから、憧れた。
その姿をもっと見ていたいと思った。
彼の傍に立ちたいと考えた。
最早月村すずかにとって髑髏の剣士マタドールは、御剣令示は怪物でも異形でもなく、英雄譚に登場する勇者の如き
存在だったのだ。
だから、許せなかった。彼を侮辱するような姉の詰問が。
それ故に──
「…お姉ちゃん。どうして令示君にあんな酷い事を言ったの?」
口を突いて出た言葉は、すずか自身が驚く程冷たいものだった。
しかし、その問いに忍は何も答えない。
そっと目を伏せ、押し黙るだけだった。その態度が、益々すずかを苛立たせる。
なおも姉を問い詰めようとしたその時──
「あー、すずか? もうその辺でいいだろ?」
頬をかきながら、少し困った表情の令示がすずかの脇に立ち、そう言った。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(後編)
俺がそう言いながら止めに入ると、すずかは困惑の色を浮かばせた表情を向けてきた。
その視線には「どうして止めるの?」という、無言の抗議が込められていて、俺は妙な罪悪感を覚えてしまい、説得の出鼻を
挫かれてしまった。
だがしかし、ここで交渉を諦める訳にはいかない。「こんな状態」になっている原因の一端は俺にあるのだ。
俺が本当に見た目通りの年齢なら気付かないか、解決法も無いままオロオロしているだけだっただろうし、それで許された
ことだろう。
が、俺の実年齢はこの中の誰よりも高いし、大事な「お友達」として扱ってくれるすずかが、今後家族とギスキスした関係
になるのも心苦しい。
「あのさ、忍さんだって好きであんな質問をしたんじゃないと思うぞ? さっきも言ったけど、立場上やらざるを得ない事
だったんだから…」
「…でもっ! 令示君がいなかったら、私もアリサちゃんもここにいなかった! アリサちゃんともわかり合えなかった!」
うっ…やっぱそこか。
すずかも理屈では、忍さんの行動を理解はしているのだろう。
しかし、感情で納得が出来ないということか。
まあ、小学生に大人の道理を理解しろという方が酷なことだが…
「うん、まあ、その…すずかが俺のこと気遣ってくれるのは嬉しいよ? でもさ、そのせいで忍さんとすずかの仲が悪くなるのは、
正直心苦しいんだよ」
「それは──」
「俺は気にしていないからさ、この辺でいいんじゃないかな?」
「…………」
(我ながらこの言い回しは、少し卑怯な気がするなぁ…)
申し訳なく思いながらも、俺が畳み掛ける様に宥めると、すずかは何も言えずに無言となった。…よし、もう一押しだ。
「ほんとうはさ、忍さんだってこんな役目はやりたくないと思うぞ? だって、人から嫌われたり恨まれたりする様な、損
な役回りなんだから。
でも、忍さんは当主としてその仕事をやった…それはとても立派な事だ。嫌ったりしたら可哀想だよ」
だから…な? と続けながら俺はすずかの背中を軽く押した。
「…うん」
俺の言葉にすずかはようやく納得してくれたようで、小さく頷いてゆっくり忍さんの前へと歩いていく。
「あの、お姉ちゃん…ごめん、なさい…」
途切れ途切れながらも、しっかりと言葉を紡いですずかは頭を下げた。
「私──」
「もう、いいわ」
顔を上げ、口を開いたすずかが言葉を放つ前に、忍さんは彼女をそっと抱き締めていた。
「私こそごめんなさい。自分の役目ばかりで、貴方の気持ちを全然考えていなかった…これじゃ姉失格ね」
「お姉ちゃん…」
はぁ~、何とか一件落着かぁ…抱き合う二人を見ながら、俺は大きく溜息を吐いた。
「お疲れ様です、令示様」
俺の後ろからノエルさんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
「ああ、どもっす」
俺は手を上げ、疲れ切った表情で返事をした。と、ああそうだ。
「ノエルさん、さっきはすいませんでした。」
「えっ?」
謝罪の意味するところがわからずに、首を傾げるノエルさん。
「や、仕方が無かったとは言え、女性を抱き上げちゃいましたから」
「ああ、あれですか」
俺が頭を掻きながら言うと、得心がいったようで、胸の前で手を合わせて大きく頷いた。
「気にしていませんよ、むしろ斬り返されなかったことに感謝しております」
「いや、不用意とはいえ、女性に触れるのは男としてあまり褒められたことじゃありませんから…」
マタドール変身中とはいえ、あんなこっぱずかしい台詞まで吐いちまったし…
「ふふふ、令示様は紳士なのですね」
…むう。またかわいい子供を見るような目を向けられてしまった。見た目がガキじゃ仕方が無いが、何か納得いかん。
と、その時──
「すずかちゃ~ん! アリサちゃんがもうすぐ到着するそうですよ~!」
廊下の向こうから元気な女の子の声がこだました。
俺たちが振り返ると、廊下の向こうから小柄なメイドさんが駆けて来た。
ノエルさんと同じだが、長い薄紫色の髪を左右に揺らした、綺麗というより幼さが前に出た可愛らしさが目立つ少女。
考えるまでもない、彼女はノエルさんの妹のファリンさんだ。
「あれ~? みなさんどうかしたんですか?」
俺たちから普段とは違う妙な気配を感じ取ったのであろう、ファリンさんは不思議そうに首を傾げる。
「ううん! なんでもないの! お姉ちゃん、私ファリンと一緒にアリサちゃんを迎えに行ってくるね!」
「えっ? えっ!? わぁ~~っ!! すずかちゃん、引っ張らないで~っ!?」
慌てて忍さんから離れたすずかは、ファリンさんの疑問を誤魔化すように彼女の手を握り、そのまま玄関の方へと走り出した。
衆人環視の中で、姉に抱き締められていたのが照れ臭かったのだろう、俺の前を横切ったすずかの横顔には、ほんのりと朱が
差していた。
「それじゃあ御剣君、ここからは私が案内をするわ」
二人の姿を見送った後、俺の背に忍さんの声がかかる。
俺はそれに頷いて、彼女の先導で廊下の奥へと歩き出した。
「──御剣君、ありがとう」
「へ?」
歩き出してしばらくして、俺の前を歩いていた忍さんは急に足を止めるとこちらを向き、そう言いながら深々と頭を下げた。
突然のことだったので、俺は訳がわからず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「さっきのことよ。あのままだったら私とあの子、きっと気まずいなんてレベルじゃ済まないことになってた思うの…」
あ、そのことか。
「気にしないで下さい。すずかと忍さんがあんなことになった原因は俺にもありますし。それに──」
俺はそこで一旦言葉を切って、ニッと笑いながら続ける。
「せっかくのお茶会なんだから、和やかにやりたいじゃないですか」
「……フフッ、そうね。貴方の言う通りだわ」
俺の発言に忍さんは一瞬キョトンとした後、口元に手を当てて楽しそうに微笑んだ。
「………」
「? あの、まだ何かありますか?」
忍さんはひとしきり笑うと、今度は俺をしげしげと凝視してきた。
まるで、面白いものを見つけたような好奇心に満ちたその視線を怪訝に思いながら、俺は忍さんにその真意を問う。
「ねえ御剣君、好きな娘とかいる?」
「え? いや、いませんけど…?」
「そう…」
突然の、前後の脈絡の無い質問に驚きつつも、俺が返事をすると、忍さんは嬉しそうに目を細め──
「じゃ、すずかなんてどう?」
「はぁっ!?」
俺に爆弾発言をぶつけてきた。
「いやいやいやいや! 何言ってるんですか! 俺もすずかもまだ小学生ですよ!?」
何度かドキッとさせられることがあったとはいえ、流石に小学生と付き合うつもりはない。精神年齢的に考えて。
「あら、今時は珍しくないらしいけど?」
ああ、そう言えば大木騒動の時の二人も、小学生カップルでしたね…
「いや、でも、すずかの気持ちそっちのけで、こんなこと決めるのはどうかと…」
「大丈夫よ。あの娘も貴方のことを憎からず思っているから」
「いやいや、なんでそんなことわかるんですか…」
「わかるわよ、私はあの娘の姉ですもの」
自信たっぷりに答える忍さん。…いや、そう言われると反論のしようがない。
「…ねえ、御剣君。真面目な話、月村の事情を把握した上であの娘を守り、心から支えてくれるような人間なんて、探して
見つかると思う?」
「──それは」
急に真面目な顔になってそう質問した忍さんに、俺は答えに窮した。
正直、難しいだろう。利害関係の一致での婚姻ならばともかく、恋愛の延長での結婚となれば障害が多すぎる。
「今すぐ付き合えなんて言わないわ。ただいつか、あの娘が御剣君にそういう気持ちを持って、貴方に何も問題がないのなら、
っていう話だから」
「…本気ですか? 俺は悪魔の力を持っているんですよ?」
「あら? 悪魔と吸血鬼のカップルなんて、お似合いじゃない?」
悪戯っぽく微笑を浮かべる忍さんに、悉く反論を潰され、俺は大きく溜息を吐き──
「ま、前向きに善処します…」
と、政治家の逃げ口上のような言葉を発した。
「難しい言葉を知っているのね…」
…そりゃ貴方の二倍は生きていますから。
「アリサちゃんをお連れしましたー!」
元気なファリンさんに連れられたすずかとアリサが、俺たちの待っていた天井までガラス張りの、日あたり良好な部屋
(名前は知らん)にやってきた。
「こんにちわーって、なにアンタだらけてんのよっ!」
到着したアリサは、テーブルに突っ伏していた俺を見るなり、早速突っ込みを入れてきた。
「あー、色々疲れたんだ、気にすんな」
と、アリサに向かってブラブラと手を振る俺。
そんな俺の台詞に、すずか、忍さん、ノエルさんの三人は苦笑を浮かべた。
「そんじゃ、みんな集まったことだし、お茶会始めない?」
俺は卓上の顔をもぞもぞと動かしてアリサの方を向くと、答えのわかりきった質問をする。
「ダメよ。まだ全員集まっていないから」
「全員? まだ誰か来るのか?」
「そう。私とすずかの親友が来るんだから」
俺の疑問(の振り)に、何故か胸を張って自信たっぷりに答えるアリサ。
「親友、ね……すずか、その子にはもう君の『事情』は話したのか?」
「…ううん。でも、きっとアリサちゃんと同じで、私のこと受け止めてくれると思う。だけど、一歩踏み出す勇気が出なくて…」
俺はすずかの方へ向き直して尋ねると、彼女は俯き、力無く笑いながらそう答えた。
「…ん、まあ、すずかとアリサの時とはまた話が違うからなぁ。じっくり構えてやればいいと思うぞ?」
そんなすずかに、俺は頬を掻きながら言葉を紡ぐ。しかし、我ながらもっとましな助言はできんものか…
「…うん、ありがとう令示君」
「いや、中身の無いアドバイスしかできなくてスマン…」
自分の駄目さに額に手を当て嘆息した俺に、すずかは優しい微笑を向けてくれた。
…何か忍さんがニヤニヤしながらこっちを見ている気がするが、知らない。俺は何も知らない。
「ちょっ、ちょっと二人とも…!」
アリサが忍さんの方へチラチラと視線をやりながら、心配げな様子で俺とすずかの傍に駆け寄ると、小声でささやく。
──そっか。そういえばアリサはまだ知らないんだっけ。
「ああ、大丈夫だよアリサ。俺がマタドールだって、忍さんにはもう話してあるから。──つか、誤魔化しきれてなかった
みたいで、かなりバレてた」
「えっ! ええっ!? そうなの!?」
アリサが慌ててすずかと忍さんを交互に見る。
二人は苦笑しながら彼女に頷きを返した。
「なんだぁ……もう、慌てた私がバカみたいじゃないのよっ!」
安堵の息を吐いた後、半眼で俺を睨むアリサ。つか、俺のせいか? コレ。
「いや、まあそれはともかくだ、その親友って子に俺のことをなんて紹介するんだ? 俺の『事情』を含めた出会いを話すと、
すずかの『事情』まで話さなきゃならなくなるぞ?」
「あ、そっか…それじゃ事件のことは言えないよね。どうしようか、アリサちゃん」
「そうね…嘘はつきたくないし、かといって本当のことは言えないし…」
ウンウンと呻りながら悩んでいる二人に、俺は──
「じゃあさ、こんなのはどうだ?」
ここに来るまでに考えていた、対なのは用カバーストーリーを開示した。
俺の説明が終わったその時、室内にチャイムの音が響き、月村家への新たな来客を告げた。
「おいでになられたようですね。私がこちらへご案内致しますので、皆様はごゆっくりどうぞ」
そう言ってノエルさんは優雅に一礼すると、退室して玄関へと向かって行った。
それを見届けると、俺はすずかとアリサの方へ向き直し、口を開く。
「さて、じゃあさっき言った内容で問題ないか?」
「完璧ってワケじゃないけど、仕方ないわね…」
「ごめんね二人とも、私の為に…」
「気にすんな。さっきも言ったけど、じっくりやればいいんだよ。その子は親友なんだろ? きっとわかってくれるさ」
「そうよ、この位で私たちがすずかのことを見捨てる訳無いでしょ? あんた友達なめ過ぎよ」
俺とアリサは、申し訳なさそうに謝るすずかの肩を軽く叩き、励ます。
「──うん」
それを聞いて、すずかは力強く頷き、笑みを浮かべたその時──
「忍お嬢様、すずかお嬢様。恭也様となのはお嬢様がお見えになりました」
ノエルさんに案内されて、長身の青年──高町恭也とともに、なのはが俺たちの前にその姿を現した。
「なのはちゃん! 恭也さん!」
「すずかちゃん」
「恭也…いらっしゃい」
「ああ」
それを目にしたすずかと忍さんが二人の傍へと寄り、言葉を交わす。
「あれ? 高町じゃん」《お~い高町~。ほれ、こっちこっち》
俺はなのはを目にして驚く振りをする一方で、念話で彼女の次の行動をサポートする。
「や、やっぱり御剣君だ! なんですずかちゃんのお家に居るの!?」《こ、こうかな…?》
お互いに少々わざとらしさがあるが、致し方ない。俺たちは俳優志望じゃないんだ。
「ん? なのは、知り合いか?」
俺たちの会話に最初に喰いついたのはグリリバな二枚目ボイス──高町恭也さんだった。
「う、うん…ちょっと前に…」
「──ちょっと令示。なのはと知り合いだったってホント?」
どうやら演技の不味さは、この意外な関係のおかげで気付かれなかったようだ。
がしかし、それを見た我らがアリサお嬢様、『どういうことだ、さっさと説明しろオラ』と、しきりにガンをお飛ばしに
なられてきた。
すずかも何も言わないものの、その視線に込められた意はアリサと同じだった。
「ああ…しかし、三人が友達だったとはね。世間は狭いようで広いなぁ」
俺は二人に片手で『落ち着け』というジェスチャーを送りながら、天を仰いでのんびりと呟いた。
「いいから早く教えなさいよ!」
…どうやら俺のジェスチャーは通じなかったらしい。
「わかったわかった。お茶を飲みながら説明するよ」
俺はそう言ってアリサを宥めた。
「んじゃあ順を追って説明するか。出会ったのはアリサとすずかのが先だったけな」
ポカポカとした日光が射す庭園の真ん中。紅茶とお茶菓子の並べられたテーブルを中心に腰掛けた、俺たち年少組。
俺は自分の前に置かれた紅茶を一口飲み、喉を湿らせてそう切り出した。
ちなみに忍さんと恭也さんは、原作の流れ通り二人でお茶会。
つーか、二人だけで会う時にやれよ。子供の前で二人きりになるとか、ませたガキなら絶対邪推すんぞ…?
「下校の途中で、二人が躾のなっていない『飼い犬』に携帯をひったくられてね。それを俺が奪い返したのがきっかけなんだ
で、二人と別れた後に帰り道で出会ったなのはに、スーパーの特売セールで協力してもらったんだよ」
以上、と言葉を結んだ俺は、ファリンさんが用意してくれたクリームチーズクッキーをボリボリと頬張った。
──さて、これが三人用に考えていたカバーストーリーである。
言っていないことはあるが、嘘はついていない。『飼い犬』ってのも、チンピラどもに対しての比喩表現だし、(実際に走狗
だろうから、問題はあるまい)
とは言え、突っ込んだ質問されるとボロが出る可能性が高い。…まあ、急ごしらえの誤魔化しだから仕方が無いのだが。
(これで納得してくれりゃいいんだが…)
そう考えつつ、俺は三人を見ながらなのはへ、この話しに適当な相槌を打つように念話で打診する。
「そ、そうそう。会ってすぐに買い物を手伝ってくれっていうのには、凄く驚いたよ」
と、なのは。なかなかナイスなフォロー。
「そんなことがあったんだ…」
とはすずか。
「アンタ、あの時あんなに急いでたのって、バーゲンの為だったってワケ!?」
と言いつつ、俺の襟首を引っ掴んで前後に激しくゆすっているのはアリサ──って、オイ!
「ちょっ!? 苦しい苦しい! 何怒ってんだお前さんは!?」
「別に何でもないわよ!」
俺がゲホゲホと涙目で訴えると、アリサはプイッとそっぽを向き、ツンケンしながらそう言い放った。
(ったく…、あんなにキザったらしく帰ったくせに、その理由がコレなんて…ちょっとカッコイイって思った私が馬鹿みたい
じゃないのよ!)
はい、小声で言っているようですが丸聞こえです。悪魔耳はヘルイヤーなのです。(要和英逆訳)
「む、なによ?」
「いんや、なにも?」
無論、ここで余計な事を言うつもりはない。変な発言をしようものなら、鉄拳が飛んできそうだし。ツンデレ的に考えて。
「まあ、大体の話はわかったわ。…それにしても、通りがかりの女の子に買い物手伝わせるなんて、アンタも非常識よね…
ねえ、なのは?」
アリサがなのはに同意を求めたその時──
金属を打ち鳴らした、かん高い音響の如き感覚が、脳裏を突き抜けていった。
慌てて周囲を見回せば、なのはとユーノが、俺と同様に驚きの表情を浮かべている。
現在の状況を鑑みて、これはつまり──
(ジュエルシードの反応ってワケか…)
《なのは!》
《うん、すぐ近くだ!》
俺の反応をよそに念話でやりとりをするユーノとなのは。
《どうする?》
《えと…えっと…》
すずかとアリサの手前、簡単に席を立つ事も出来ず、なのははまごまごと行動を取りかねる。
「? なのは? どうしたの?」
相槌も無く押し黙る友人を怪訝に思ったのか、アリサが再度なのはに声をかけてきた。
「──へっ!? あ、その、あの!」
その声に、弾かれたように我に返ったなのはは、思考の外からの接触に泡を食い、完全にパニクった。
《っ! そうだ…!》
が、そこでユーノがとっさの機転を利かせ、俺たちの視界を横切るようにして森の方へ駆けて行く。
「ユーノ君!?──あっ!」
「あらら、ユーノどうかしたの?」
突然のその行動に、アリサとすずかの意識はそちらへと移ってしまう。
「うん、何か見つけたのかも…ちょ、ちょっと探してくるね」
なのはもユーノの意を汲んだようで、落ち着きを取り戻してその後を追うべく自然な形で席を立った。
さて、いよいよフェイトの登場か…悪魔に変身しなければジュエルシードの反応で感知されることはないだろうし…原作との相違を
確かめる意味で、俺も観戦位はしておくか?
「じゃ、一緒に行こうか? 女の子一人じゃ、何かあった時に危ないし」
そう考えた俺は、もっともらしい理由をつけて、なのはについて行こうという考えを口に出した、その瞬間──
「っ!? ダメッ!!」
それまでの態度が嘘かと思うほどの豹変振りで、なのはが俺の提案を力一杯拒絶した。
「へっ?」
「えっ!?」
「あ……」
まさかここまで強く断られると思わなかった俺は二の句を失い、目を丸くする。
アリサとすずかも、なのはのその態度に驚いたようで、言葉が無い。
「あっ、その、御剣君と行くのが嫌とかじゃなくて…」
場に流れた気まずい空気を感じ取ったなのはが、取り繕うように言葉を紡ぐが、とても拭いきれるような上手い言い回しとはいえない。
「あの、だから私一人で大丈夫だからっ!」
結局なのはは、ユーノを追って、その場から逃げるように森の方へと走って行った。
「「「…………」」」
残された俺たち三人は、微妙な空気の中で何も言うことが出来ず、互いに視線のみを交わす。
数秒か、数分か。そんな調子で時間が流れ──
「…その、なのはちゃん、どうしたんだろうね?」
まず最初に、すずかがこんな空気に耐えられなくなったのか、愛想笑いを浮かべて言葉を発した。
「普通じゃなかったのは確かね。──特に、令示に対して」
しかし、そんなすずかの考えを知ってか、知らずか。アリサはぬるくなった紅茶を口にしながら場の空気をぶった斬るような
台詞を口にした。
「ねえ令示、アンタなのはと何かあったの?」
ティーカップをソーサーに置く音が、妙に響いた。アリサの目が真っ直ぐに俺を捉える。
「何かって…なにさ?」
変な居心地の悪さを感じながら、俺はそう尋ね返した。
「なのはがね、どうもアンタに対して遠慮しているというか、なんか壁を造ってる気がするのよ」
「壁、か…」
そう言われて、俺は月村家へ向かうことを決めた理由が、母さんがなのはを送った時の話であったことを思い出した。
先程の俺に対する態度も、それに関することかもしれない。
「でもそれは令示も同じ。アンタもなのはに壁を造っている」
「──え?」
なんだと?
「俺が、高町にか?」
「ほら、それよ。なのはもそうだけど、あんたなんで『高町』って苗字で呼ぶの?」
「──それは」
なのはに呼んでくれと言われていないから。そう答えようとして、俺は言葉につまった。
本当にそうなのだろうか?
俺は自分の回答に自信が持てなかった。 現にこうして心中では、『なのは』と呼び続けているのだ。
『壁を造っている』。そのアリサの言葉が妙に脳裏にこびりつき、リフレインする。
「なんかあんた達二人、なんか微妙によそよそしいのよね。だから何かあったのかって、そう思ったのよ」
「アリサちゃん…」
遠慮のない見解を口にするアリサに、すずかはたしなめる様に呼びかける。
俺は口元に手を当て、思考を巡らせる。
…なのはと何かあったとするならば、やはり二度目の遭遇の時? いや、それだけだろうか? 他に何かあるのでは──
「ああもう! 悩んでるんならさっさとなのはを追い駆けてきなさい!」
「うおっ!」
大音量の釘宮ボイスに驚いて我に返れば、俺の眼前数センチに迫った、どアップのアリサの顔が映し出され、思わずひっくり
返りそうになった。
「そんな辛気臭い顔のままで目の前に居られたら、せっかくのお茶が不味くなるでしょうが! なのはの所行って腹割って
話して来なさい!」
ビシッとなのはが走って行った森を指差しながら、アリサがシャウトした。
「あんたもなのはも友達なんだから、そんな妙な態度じゃ、気になってお茶どころじゃないのよ! ほら! わかったら
なのはと一緒にスッキリしてくる!」
なんかエロイ台詞に聞こえるぞ、ソレ…
と、んなアホな事考えている場合じゃない。ここでまごついていたら雷が落ちるぞ。
「わ、わかった…」
とりあえず立ち上がって森の方へと歩き出す。
「駆け足!」
「イ、イエス、マム!」
背後からかかった雷鳴の如き怒鳴り声に、弾かれたように走り出す俺。お、おっかねえ…
が、しかし、これは言っておかないとな、背中を押してくれた訳だし。別に言われっ放しが悔しい訳ではないぞ?
森の手前で足を止め、後ろを振り返ると、俺はアリサの方を見ながら口を開く。
「気を使ってくれてありがとな、アリサ。お前さんきっといい女になるよ」
「なっ!?」
見る見るうちに顔が赤く染まっていくアリサ。
「う、ううううう! うるさいうるさいうるさい! さっさと行きなさい!」
彼女がうがー! と怒鳴りだしたのを確認した後、俺は逃げるように森の奥へと走り出した。
森に入ってすぐに、俺は周囲に異変を感じた。
自分が認識する空間に対する違和感と言えばいいだろうか? 恐らくはユーノの封時結界だろう。
「ナインスター、このままの姿でなのは達を認識できるか?」
『可能だ主。強装結界ではなく、封時結界だからな。見るだけ、聞くだけならばこの姿のままで問題ない。干渉となれば、話は別だが』
「フェイトに見つかると厄介だしな、とりあえずこのまま進むか…すぐに見つかるかな?」
周囲を見回しながら歩いていく俺。そして──
「──居た」
思いに反して、あっさりとなのはを発見した。だがそれは──
なのはがバインドで拘束された上、その彼女へ向けて、樹上の金髪黒衣の魔導師──フェイトが、シューティング
モードのバルディッシュを向けており、更に少し離れた所には、暴走体になった子猫が、既にジュエルシードを抜き取
られて転がっているという、原作とは乖離した光景だった。
(ど、どうなっているんだ!?)
俺は茂みに身を隠し、まずは様子を窺う。
「答えて欲しい…貴方の後の現地生命体が暴走する前に、この辺りでもう一つのジュエルシードの発動があった筈。封印したジュエル
シードを渡して」
そういうことか…
フェイトが言っているのは間違いなく、マタドールに変身した時の、俺のジュエルシードの発動だろう。
感知したもののすぐに消えた反応。
その付近で見つけた、魔導師。
フェイトでなくても、なのはが封印したものだと思うだろう。
「知らない…」
なのはは、フェイトを見つめながらかぶりを振った。
そんな彼女を足元のユーノが、心配そうに見上げている。
「…嘘。状況から考えて貴方が持っていない筈が無い。渡さないのなら──」
『Photon lancer Get set.』
バルディッシュの音声とともに、その先端へ金色の魔力が収束されていく。
「力尽くで、いただいていきます」
抑揚の無いその声に、なのはは俯き、ぎゅっと目を瞑る。
その彼女の小さな呟きが、俺の耳へと届いた。
「言わない。絶対に言わない」
──それは──
「私のせいで、御剣君が死んじゃうところだった…」
──彼女の贖罪と──
「私が、綾乃さんの大切な家族を、奪うところだった…!」
──悔恨の呻きだった──
「だからこれ以上、御剣君を危険な目に遭わせられない…!」
ああ、理解した。アリサの言った『壁』──
なのはが俺の同行を拒否した理由──
「俺への罪悪感か…」
大木事件の時の対応、その後の封印魔法を使っての殺害未遂、……そして、恐らくは帰り道での母さんとの会話。
あの時、俺はなのはに気にするなと言った。一時しのぎとはいえしばらくは大丈夫だと思っていた。
しかし、それは思い違いだった。罪の意識は、鋭い棘のように彼女の心へ奥深く突き刺さり、食い込んでいたのだ。
そしてその事実が、俺のなのはへの思いを浮き彫りにする。
「なのはに対する、後ろめたさ…か」
溜息とともに呟きを漏らす。
未来知識を利用して、なのはを自分のものにしようとしていたこと。
父親の事故で、孤独となったなのはの精神状態を利用しようとしたしたこと。
既に捨て去った馬鹿な考えとは言え、俺が彼女に『そういう感情』を持って接触しようとしていたのは事実である。
…それが後ろめたくて、無意識の内にアリサの言っていた『壁』──なのはに対して距離をとっていたのだ。
「──もう一度言います。ジュエルシードを渡して」
フェイトがなのはに最後通牒を突きつける声を聞き、自身の意識の在り方に思いを巡らせていた俺は、我に返った。
バルディッシュに込められた金色の魔力が、虫の羽音の如き唸りを上げる。
後はフェイトの意志一つで、その雷光の様な一撃が放たれることだろう。
非殺傷とは言えその一撃は、半日も意識が戻らなかった程の砲撃だ。
しかし、なのはは──
「知らない!」
それでも大声で、否定の言葉を口にした。
その瞬間、一拍置いて──
「…ごめんね」
『fire.』
(!? マズイッ!)
フェイトの呟きとともに、荒れ狂う一撃が放たれた。
──その刹那。
「ウォォォォォォォッ!」
俺は反射的にマタドールへと変身して、なのはの正面へと飛び出し、カポーテを盾にフォトンランサーを正面から受け止めた。
「グガァアアアァッァアアアッ!?」
痛い痛い痛い痛い痛いっ!!
凄まじい激痛と衝撃が全身を駆け巡る。
まるで赤く焼ける鉄板の上に投げ出されたような感覚。
想像を絶する激痛が、魔人の闘争心を駆逐し、逃げろ逃げろと人の生存本能が首をもたげる。しかし──
(こんな所で退けるかっ!)
「み、御剣君!?」
驚きに満ちたなのはの声が、俺の背にかかる。
「──マタドールだ」
「えっ?」
「この姿の、時はっ、そう呼び給えニーニャ!」
(あんなこと聞いた上で、この娘を見捨てて逃げたら…俺は屑以下じゃねえか!)
さあ、心を奮わせろ。
戦士の誇りを謳い──
戦いの信念を貫き──
勝利の勲しを誓い──
昂ぶる心が、猛る意志が、マガツヒを生み出す。
悪魔にとって意志こそ力、力こそ意志。
「雄ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
渾身の力を以ってカポーテを薙ぎ払い、フォトンランサーを弾き飛ばす!
「なっ!?」
「えっ!?」
なのはとフェイトが驚きの声を上げる。
「暴走体? それにしても、あんな布で魔法を弾き飛ばすなんて…」
油断無くバルディッシュを構えるフェイトの呟きが、俺の耳に届いた。
「──カポーテだ」
「えっ?」
俺はエスパーダを振り下ろし、フェイトへとその切っ先を向け、
「我が信念のかたちだ、みくびるな!」
高らかにそう謳った。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(後編)END
後書き
結局これで終わりませんでした…今度こそ次で四話は終わりです。
カポーテで魔法を弾き飛ばしたのは、以前に感想掲示板で相談させてもらった、オリジナル能力の一端です。
理論についてはちゃんと考えていますので、次回にでもその説明をします。
では、今回はこの辺で。
追伸
マタドールの最後の台詞の元ネタは、『宵闇眩燈草紙』のラスキン卿です。