「んっ……」
さつきは、繁華街からそこまで離れていないとある廃ビルの中で目を覚ました。
「んー……ん?」
伸びをして、さつきは今の状況に違和感を覚える。いや、それは違和感なんて生易しいものではなく……
「ひ、日の光!!」
恐怖心と共に、さつきは廃ビルの窓から入って来る日の光から出来るだけ離れようとした。
と、数秒の後、さつきは今の自分の状況を思い出した。
(そっか。わたしって今太陽の光大丈夫なんだったっけ)
実に1ヶ月ぶりにマトモに見る日の光に、さつきの胸に熱いものが駆け回った。
(で、昨日この世界へやってきて、いきなり銃弾浴びせられて、変なゴリラに襲われて、魔法少女+フェレットに絡まれそうになって……)
色々と思い出していく度に、その熱いものは段々と冷めていったが。
(うぅぅ。今考えても……っていうか、今考えると明らかに理不尽だ……。
何で平行世界来て早々こんな目にばっか合ってるんだろう……)
まあそこら辺は置いておくとして、その後、彼女は自分の傷を治すのに必要な分の血を補給した後(その際は魅了の魔眼で意識を無くしてあるので覚えられてはいない)、そこら辺の専門店で服や下着、ついでに毛布を数着頂戴したのだった。
ガラスやドアを壊したら警報が鳴るんじゃないかって? 彼女を舐めてはいけない。デパート等ならいざ知らず、専門店なら壁を壊して進入したところで警報が鳴るようにはなってはいまい。そう、彼女は壁を壊して中に入ったのだ。しかも殴ると大きな音が出るので、『押して』壊したのだった。恐るべし馬鹿力。
今頃、報道陣は大騒ぎだろう。
その後、さつきは何故か割と現代まで残っている銭湯に初めて感謝しながら入り、自分はもう人間なんだということを意識して、馴れない魔眼を使ったことで疲れていたということもあり早々に寝たのだった。
さつきは今の自分の現状の把握を終えると、纏っていた毛布を傍らに置き、新しい服で恐る恐る日の光の当たる場所へ行った。
「わあ……」
触れる。触っても痛くない。人間だった頃には当たり前だったこと。吸血鬼になってからは諦めていたこと、それが今、目の前で現実になっている。
(あったかい……あったかいよ……橙子さん……)
知らず、さつきの目には涙が溢れていた。
十分日の光を堪能した後、さつきは町へ繰り出すことにした。早めに寝たとは言っても、それは今までのに比べて早めにだ。彼女が起きたときは、もう昼過ぎだった。
(この姿で出歩くと色々とまずいかなって思ってたけど、運が良かったかな)
何分、今の自分は9歳児なのだ。下手したら補導される。身元を調べられる。そうなると本当に厄介だ。
そう思っていたさつきだったが、どうやら今日は休日らしい。ちらほらと学生が町を歩いているのが見えた。
(ん。よし。じゃああそこから行こうか)
久しぶりの日の当たる、人気のある町並みに浮かれながら歩く彼女の姿は、周りから見たら酷く微笑ましい光景だったという。
さつきは、目に止まった本屋の中へ入り、様々なジャンルの本を読み漁った。
(やっぱり……童話やファンタジー以外では魔法なんて言葉出て来ないし、極め付けにはこの世界が舞台のファンタジーで子供が喋る動物を見て驚いてる……これはやっぱり、わたしの仮説が正しかったかな)
さつきはそれ以外にも地図、カレンダー、新聞も見て、今日が春先の、休日ではなく祝日であることを知った。
(うーん。こっちでは暇だし、何冊か本買いたいんだけど……お金が無いし、置く場所も……)
仕方なく、本を買うのをあきらめたさつきであった。
その後、さつきは今度は図書館へ行こうと早速覚えた地図を頼りに道を歩く。
が。
「ぐうううぅぅぅぅ……」
さつきのお腹から、その様な音が聞こえた。さつきは真っ赤になりながらお腹を押さえた。
「うぅ~、お腹減ったよ~」
ハッキリ言って彼女は、人間の体になってから全く食事を取っていない。血で何とかなるんじゃないかという人もいるかもしれないが、実は全くどうにもならない。
血を吸うことで得られるのは、体のカタチの維持兼復元呪詛に必要な遺伝子情報と生命力のみである。吸血鬼ならばこれで生きていけるのだ。
吸血鬼は肉体は既に死んでいるので、体のカタチが崩壊しなければ後はその体を動かすことが出来ればいい。その役割を果たすのが生命力というわけだ。
生命力は魔道における諸々のエネルギーとなり、吸血鬼としての能力的なものも殆どがこれを使うことになる。またこの生命力を魔術回路に通すことで魔力は得ることができる。
だがしかしさつきの体は今は人間。普通に人間の体を動かす為のエネルギー補給が必要なのだ。
まぁ、それはつまり彼女の体が吸血鬼に近づいていくにつれ血以外の方が不要になっていくということなのだが。
(……どうしよう……お金持ってないし……はぁ、また泥棒かぁ……)
いっその事どこかのATMでも夜中にこっそりぶっ壊した方がまだ犯す罪は少ないんじゃないかと、中々に物騒なことを考えながら、さつきは丁度目の前にあった喫茶店『翠屋』の中へと入って行った。
「いらっしゃい。あれ? 一人かい?」
さつきが中に入ると、人の良さそうな中年の男性が話しかけてきた。エプロンをしていることから、ここの従業員だろう。
「はい」
他に言うべきことが見当たらず、さつきはこれだけの返事をする。
「そうか。じゃあこっちにおいで」
そう言って従業員はさつきを案内する。彼女が通された席はカウンター席。
さつきが席に着き辺りを見回すと、その店は中々に繁盛していた。今が祝日の昼過ぎということもあるだろうが、それでも並みの喫茶店よりも席は埋まっている。
それと、何故かほとんどの席にシュークリームが置かれている。この店の名物なのだろうか。
「はい。これがメニューだから、注文が決まったら言ってくれ」
さつきが店を観察していると、彼女の目の前にメニューが差し出された。
「ありがとうございます」
さつきはメニューを受け取ると、直ぐに目を通した。
見るとケーキ等のスイーツ系を専門としているのか、そちら側のバリエティーが豊富だ。
女の子として、要チェックポイントになりそうだ。
取り合えず、さつきは先ほどの男性に(律儀に直ぐそばで待っていてくれた)決して軽いとは言えない量の食事と、やはり女の子としての誘惑に負けて、皆の食べているシュークリームを頼んだ。
「うーん。これだけ全部食べられるかい?」
男性が苦笑しながらさつきにそう訊いた。確かに、その量は成人男性なら兎も角、9歳の女の子が食べるには少々多すぎる量だろう。
「大丈夫です。それでお願いします」
だが、それを食べるのは見た目9歳体も9歳しかし吸血鬼のポテンシャルを持つ女の子。ついでにもうどうせタダ食いするんだからと開き直っているのも手伝っている。
(ただの女の子とは燃費が違うの! 別に大食らいな訳じゃないの!)
さつきは心の中で半泣きだった。
「わかりました。少々お待ちください」
それを聞いた男性はそういうと奥の方へ戻っていった。それを見たさつきは、ふぅ、と肩の力を抜く。
(あー、あんな無防備な善意振りまかれると罪悪感が……)
中々に肩身の狭い思いをしていた彼女であった。
程なくして、注文した料理が運ばれてきた。実に一ヶ月ぶりの人間の食事に、目をキラキラさせながら一口食べる。
(! あ、おいしい!)
その料理を口に入れた瞬間、さつきはその美味しさに驚いた。
成る程。これならこの店の繁盛も頷けるというものだ。
さつきが予想外の美味さの料理に舌鼓を打っていると、そのカウンターの向かいに20代半ばだと思われる従業員の女性が現れた。
「こんにちは。どう? おいしい?」
いきなり話しかけられてさつきは焦ったが、今の自分の状況を考えて無理もないかと思い、素直に答えた。
「はい。とても美味しいです」
それを聞いた女性はとてもうれしそうに微笑んで、両手を胸のまえでポンと合わせる。
「そう、良かった。ところであなた、ここら辺じゃ見かけない子よね? ご両親は?」
ほら来た。さつきはそう思った。
まあ、見た目9歳の子供が一人で喫茶店で昼ご飯を食べているのだから当然だろう。
さつきはどうしようかと悩むこと数秒、まあこの町に住み着くつもりだしと、この町に越してきたことにすることに決めた。
「つい先日この近くに越してきたんです。今日は引っ越して来た町の探索をしていました」
あながち間違ってはいない返答。
それを聞いた女性は妙に納得した顔をする。
「そうなの。しっかりしてるのね。
あらごめんなさい。気にしないで食べてくれていいのよ」
これだけしっかりした子なら親も放っておいて大丈夫と判断したのだと思ったのだろうか。
女性はそう言うと、そのまま奥へ帰って行った。さつきが食事を再開しながらそちらへ目をやると、そこには先程さつきを案内してくれた男性が。
どうやら二人は相当に仲が良いらしい。傍目にもそれが分かるほどのピンク色空間が出来ている。
二人は少し話すと、同時にさつきの方を向き、さつきが自分たちの方を見ていると分かると二人してにっこりと微笑んだ。
(何というか……ああいう見るからにお人好しって人をこれから騙すと思うと……)
今日の夜にでも絶対にATMぶっ壊そうと心に誓ったさつきであった。
その後、そこのシュークリームのあまりの美味しさにまたもや驚嘆したさつきは、レジのところで先程の男性に魅了の魔眼を使い『自分はお金をもらった』と暗示を掛け(あろうことか『ご両親にどうぞ』とシュークリームを手土産に渡されそうになったものだからこれ以上の善意はたまらないと、慌てて『シュークリームはもう渡した』という暗示もプラスした)、その喫茶店を後にした。
「とても美味しかったんだけど……あれは反則でしょ……」
普段ならとても心地良いはずの善意だったのだが、今のさつきにはそれが罪悪感にクラスチェンジして押しつぶされそうになっていたため、喫茶店を出たところでホッとしていた。
あの後、さつきは再び図書館への道を歩き始めた――のだが。
何故か彼女は今、目の前の少女をストーk……尾行している。
下手に物陰に隠れて人の目を集めたりはせず、あくまで自然体で、しかし少女が振り向いたりしたら即座に姿を眩ませられる場所をキープしながら歩いている。
……何故そんなに手慣れているんだおまいは。
そして、そのさつきが尾行している少女であるが……
(間違いない……昨日の女の子だ。肩にフェレット乗せてるし。
えーと、なのは……だっけ?)
そう。さつきが合う方法を模索していた少女達、なのはとユーノであった。ついさっき、彼女たちらしき人影を前方に確認したため急いで尾行に移ったのだ。
さつきとしては、夜の町を歩き回ったり昨日の様なことが起こっている場所を探したりして見つけるしかないかなと思っていたため、この状況は渡りに船だった。
(このまま隠れ家みたいなところまで特定できれば嬉しいんだけど……っ!)
と、その時なのはが立ち止まると、彼女の前方から来た二人の少女に向かって手を振った。
(仲間いたの!? 何でみんなそんな子供!?)
お互いに駆け寄る三人を見て、さつきは困惑したが直ぐさま会話を聞こうと彼女たちに一番近い物陰に入り込んだ。
どうやらお互いに挨拶を終えたところの様だ。
「ユーノもこんにちは」
「クゥー」
「ふふふ」
「なのはちゃん、どうしたの?」
「私は図書館に行くところ。そっちは?」
「今からあんたも誘って翠屋に行こうと思ってたのよ」
「あー、そっか。ごめんね」
「あ、謝るんじゃないわよ。あそこのシュークリームは、すずかと二人で美味しくいただきますから」
「うー、アリサちゃんが意地悪だー」
三人とも仲が良いのか、とても楽しそうに話合っていたが、ふと紫色の髪をした少女――恐らくすずかだろう――がなのはの方を向いて何かに気づいたような顔をすると、なのはに向かってこう言った。
「なのはちゃん、何かあったの?」
それを聞いたなのはは、大変分かりやすく頬を引きつらせる。見ると、アリサという少女も何か気が付いているような視線をなのはに向けている。
「にゃはは……何でもないよ。ちょっとした悩み事があったりはしたけど……もう解決したから」
そのなのはの言葉を聞いたアリサは、
「そっ。なら良いわ」
とすぐさまその話題を打ち切ってしまった。だが、すずかはまだ心配そうな顔をしていた。
一方、さつきは頭を悩ませていた。仲間なら何で昨日の事を隠すのか、と。
「うん。じゃあまたね。アリサちゃん、すずかちゃん」
「うん。ばいばい」
「ええ、また明日学校でね」
(へ!?ってちょっと!)
と、三人はもう分かれようとしていた。が、さつきは今の台詞に聞き逃せない部分を見つけた。
『また明日"学校"で』
(昨日聞いた話だと、彼女たちに暗示の魔術は無いはず。ということは、正文書偽造でもやって入学した?
でも何のために? ジュエルシードっていつ異常を起こすかわからないものみたいだったのに、そんな余計な時間をとられることをわざわざ?
ってことはあの子達現地住民? でもあのフェレットは明らかに別の世界から来たと思えることを言ってたし……あーもうどうなってるの……)
さつきがそちらに目を向けると、丁度なのはが二人に背を向けるところだった。
と、なのはの動きが急に止まり、何事かとさつきとアリサとすずかがなのはを見ると、なのはは急に振り返った。さつきは急いで身を隠した。
「ねえ……二人は、吸血鬼っていると思う?」
「!!」
そのなのはの言葉に異常に反応した少女がいが、さつきは身を隠していたので見えなかった。
(あー、やっぱりバレちゃってたか……)
さつきは、血を吸われた時の記憶は無いようにしていたから本当だったら謎の少女で済むはずだったのに……と、頭を抱えていた。
「はぁ? 吸血鬼? なのは、あんた一体どうしたのよ?」
そのアリサの呆れたような言葉に、なのはは難しい顔をして、
「あ……ううん。そうだよね。ごめん。やっぱ何でもないや」
そう言って踵を返して歩いて行った。
「全く、なのはったら何隠してるのかしら。私たちの仲で分からないわけないじゃない」
なのはが行ったのを見て、アリサがぼやいた。さつきはすぐになのはを追いかけるか迷ったが、こちらの話を聞くことにした。
先程の疑問が解けるかも知れないからである。
「うん……でもなのはちゃん、少し前から変なとこあったよね」
「それはそうだけど、今日のはまた違うでしょ。今までのは、別にあんな不安抱えてる感じしなかったじゃないの」
(あのやり取りでどこまで察してるのあの子達……)
さつきは戦慄したが、謎は解けた。
(成る程ね。少し前からってことは、あの子達三人は元々この世界の人間で、その"少し前"にあのフェレットがこっちにやってきてあのなのはって子を巻き込んだのね)
昨日なのはが魔法関係の話になったとたんにユーノに丸投げしたこととか、なのはがあの子達に昨日のことを相談しなかったこととか、
考えれば考えるほど辻褄が合う。
と言うより、何故今までそれに思い至らなかったのか。なのはが異世界人だという固定観念が仇になっていた。
(やっぱ友達って良いもんだよね……)
先程の友情劇を思い出してうんうんと頷いていたさつきは、その直後ハッとして冷や汗を流し始めた。
(って、まずっ! あの子異世界の子だと思ってたからそのままにしてたけどこの世界の子なら誰かに相談しちゃうかも!!)
そう。さつきはなのはをこの世界の子供じゃないと思っていたから、自分が吸血鬼だとバレそうになっても放置していた。
彼女が異世界の人間なら、この世界の人間にそんな話をホイホイする訳がないと思っていたのだ。
しかし、この世界の人間なら話は別だ。
元々さつきは、この世界に第二の人生を送るためにやって来たのだ。ゼルレッチや橙子も、そのとき支障のないように色々とやってくれた。さつきだって、その人生を出来る限り満喫するつもりだ。
ジュエルシードを集めて元の体に戻れれば、元の世界に帰ろうとはしているが、それだって望みは薄いとさつきは考えている。と、なると、今後さつきが得体の知れない化け物だという噂が広まるのは大変よろしくない。ジュエルシードを集めるよりも重要な、最優先事項である。
さっきだって、なのははもう少しでアリサとすずかに相談しそうだったのだ。もっと身近で、信頼出来る人間には話してしまうかも知れない。
(せっかく橙子さんがこの体を作って長い目で見ても怪しまれない様にしてくれたのに、なにこっち来てすぐ正体バレてるのよわたしは!)
どうにかしなければと、さつきは物陰から出て急いでなのはを追った。
なのはが図書館へ行くと言っていたのを思い出し、さつきは自分が歩くはずだった道を走った。
幸いなのははすぐに見つかる。
(でもどうしよう……暗示で記憶を奪うにしても暗示はあの杖がブロック出来るって言ってたし、あの杖もどうにかしないと堂々巡りだし……)
と、そこでさつきはあることに気が付いた。
(あれ? そう言えばあの杖は? そりゃあ、あんな目立つ杖をこんな真っ昼間から持ち歩く訳にはいかないだろうけど、それじゃ緊急事態の時に合わないんじゃあ……)
とそこまで考えてさつきは、さっきなのはが振り返った時に見えたその首に掛かっていた宝石を思い出した。確か、あの宝石は昨日彼女が持っていた杖に着いていたのに似ていた様な……
(いや……まさかね。転移させるとか何かでしょ。でも、一応念には念を入れておいた方がいいかな。
で、肝心の杖対策だけど……確か、映像記録とか言ってたし、立体映像っぽい写し方してたし、音声も何か機械っぽかったし……うん。多分、大丈夫)
図書館はもう目の前。その中に入られると、人の目がありすぎて何をするにもやりにくくなるだろう。さつきはすぐさまプランを立て、行動に移した。
(なのは、大丈夫かなぁ……)
なのはの肩で揺られながら、ユーノはなのはの心配をしていた。
先程、なのはの友人にも悟られた。でも、まあ……
(朝よりはマシ……だよね)
何しろなのはは、今日の朝、いつまでたっても布団から――というよりは毛布から――出てこようとはしなかったのだ。
ユーノがいくら呼びかけても反応無し。なのはの父親である高町士郎が起こしに来るまで、ずっと毛布にくるまったままだった。
やっと毛布から出ると、なのはは志郎が部屋から出るのを待って、恐る恐る半泣きになりながらカーテンの隙間から差し込んでくる光に手を伸ばしたのだった。
どうやらなのはは、太陽の光に当たった瞬間に自分の体に異常が出るのではないか。吸血鬼になってしまったのではないかという不安をずっと抱えていたらしい。
まあ、結果は当然、何事も無かった。
そのときのなのはは、端からみてても分かるぐらいにあからさまにホッとしていた。
(それで疑惑はほとんど無くなったみたいだったけど……まだ心の奥底に恐怖心が残っているのか……)
と、その時なのはの後ろから駆け足の足音が聞こえてきたと思うと、その首に掛かっていたレイジングハートがストンと地面に落ちた。
「へ?」
とはなのはの言。
次の瞬間、なのはは何者かに抱えられて、ユーノはなのはに必死につかまって、進行方向と真横の方向に引っ張られた。
一体何が……とユーノは思い、なのはを抱えている人を見て……見てしまった。その幼い顔の、その紅い瞳を。
――なのは達が建物と建物の間の通路の前を通るタイミングで、なのはに駆け寄った。
気が付かれる前に、宝石が着いているヒモを爪で切断する。そして、右側に回り込むと右手で宝石を掴み、左腕でなのはを抱えて通路に飛び込んだ。
その間に、なのはとユーノがこちらを見たので、その瞬間に魅了の魔眼を使用し、放心状態にさせた。
右手から《Master!》という声が聞こえるってうそ!? まさか本当にこれだったの!?――
「ふう、何とか上手くいったー。誰にも見られて無かったよね?」
吸血鬼の能力を惜しみなく発揮して超高速でカタをつけたのだ。さつきは物陰から顔を出して周りを見てみたが、誰もこちらに注意を払ってはいなかった。
その事にホッとすると、彼女は急いで行動を開始する。
(お願いだから出来てよね……)
「ユーノ、この杖から昨日のデータ丸一日分とこの5分ぐらい前からのデータをスリープ状態にしてから消去して。出来る?」
複雑な命令の為、口に出して送る命令のイメージを強める。これはもうほぼ賭けだった。昨日見た杖の機能が機械っぽかったので、何とか出来るのではないかと踏んだのだ。
さつきの願いが天に届いたのか、ユーノは何も言わずに作業を開始した。
(よ、よーし……なんとか……なった………んだよね?)
慣れない魔眼で高度なことをしてどっと疲れ、もう倒れ込みたくなるがそうも言っていられない。
「ゴメン。血、もらうね」
失った魔力を、なのはの血で補う。今度はちゃんと自制して、2口程で止めた。簡単な治療魔術で傷口を塞ぐ。
「じゃあ、あなたたちは昨日、そこの杖から見た私が血を吸った瞬間の映像及びその映像から推測したことを全て忘れて。今起こった事も忘れて。
ユーノが作業を終えたら二人ともそのまま図書館へ向かうこと」
言うとさつきは急いでそこから離れた。
(本当はもっと色々訊きたいことあったのにー! あーもう疲れたよ。もう無理。しかもこれでもうあの子達に魅了の魔眼使えないし……)
なのは達がこれから行くという図書館へは向かわずに、そちらとは別方向へ歩く。
何分さつきの暗示はまだ拙いのだ。何かの拍子に解けてしまうかも知れない。
その場合暗示は、掛けられた後の違和感が少ない方がいい。レイジングハートの記録消去が丸一日なのは、機械だから一部分を消去した方が違和感が残らないだろうから。
なのは達の忘れさせた部分が少ないのも同じ理由である。そして、さつきの拙い暗示ではまた何か暗示を掛けようとした瞬間に前回の暗示が解ける可能性は高かった。
とにかく今現在さつきは、慣れないことの連発で魔力も気力もカラカラであった。
(まあ、今回は消耗してるのは魔力だけだし。それならゆっくり休めば何とかなるよね)
と、そこで丁度良いことにさつきの横には公園の芝生が。
(……時間も丁度いいし、少しお昼寝しよ)
そうと決まれば周りの目なんてなんのその。どうせ今の自分は9歳児だ。それに現に今芝生に座ってる人間もいるんだから寝転んでいる人間がいて何が悪いと、さつきは芝生の上に寝転がり、まだ春先の、真っ青な空を見上げた。
「んー、気持ちいー」
《ユーノ君、着いたよ》
図書館へ入るとき、なのはは自分のポケットに向かって"心の中で"呼びかけた。
《うん。ありがとうなのは》
すると、なのはの頭の中に直接ユーノの声が聞こえてくる。思念通話――念話と呼ばれるものだ。
なのはは図書館の奥の方へ行くと、図書館の中なので一時ポケットの仲に避難してもらっていたユーノを、周りから見えないように外に出す。
《それでユーノ君? 調べたい事って?》
そう。彼女はユーノの頼みで図書館まで来たのだった。
《うん。吸血鬼ってどんなんだろうって思ってね。……なのは? 何かあった?》
ユーノは別に何でもないように答え、その時なのはの雰囲気に違和感を感じた。
《え? 何かって?》
だが、当のなのはは何を言われているのか分からない。ただ、
(ん? 何かさっきも同じような事あったような……)
と、可愛らしく首をかしげるばかり。
《いや……何というか……朝あった不安がってた様子が無いもんだから》
と、その言葉になのはは確かに自分が朝極度に怯えていたのを思い出した。
そして、先程の既視感もついさっきそんな自分を心配してくれた友人たちの言葉だということも思い出す。
だが、
《うーん、確かに朝私何かに怯えてたけど……何だったっけ?》
《はぁ……》
その返答に、ユーノは拍子抜けする。
《うーん、おっかしいなー。何だったんだろう? まあ、忘れるような事ならそんなもんだったんだよね?》
《『よね?』って言われても……》
ユーノは困ったように苦笑するが、なのはがいつも通りなのでもう深く考えないことにした。
《うー、もういいの。所で、ユーノ君はどうして急に吸血鬼の事を?》
と、そこでなのはは話題を打ち切り、ユーノに逆に質問した。
《え? いや、そりゃぁ………何でだっけ?》
だが、ユーノから返ってきたのはそんな答え。
《ほえ?》
今度はなのはが拍子抜けする番だった。
《い、いや、ちょっと待って……あれ? 何だったかなぁ……レイジングハート、分かるかい?》
どうしても思い出せそうに無いユーノは、レイジングハートに助けを求めるが……
《…………………………》
返事はなかった。
《え? レイジングハート!? 遂に僕に愛想尽かしちゃった!? ちょっと、見捨てないでよレイジングハート!》
《にゃはは……》
と、そこで二人してなのはの首元に掛かっているレイジングハートを見るが、
《あれ?》
《へ?》
返事が無いはずである。レイジングハートはスリープ状態になっていた。
あとがき
まずは一言。
ど う し て こ う な っ た ! orz
「坊やだからさ……」
いや、違う。違うんだよ朱い人。そうさ。僕が前話でなのはの血を吸わせたのが悪いんだ……当初の予定通りレイハさんに迎撃させときゃ何にも問題なかったんだ……その場の勢いでそのこと忘れてやっちまったのがいけなかったんだ……お陰で完全日常ほのぼの回にするつもりがこんな無理矢理めちゃくちゃとんでも回になっちゃったんだ……
いや、本当にすいません。
作中に作者の独自解釈等多数見受けられましたが、もし公式と矛盾している部分があればご指摘お願いします。
あれ? 時計塔とか調べるんじゃないの? って人、大丈夫です。今現在全力で方法を模索中です(オイコラ
こんな駄目作者に嬉しいお知らせが。何と、
30000PV突破!
いや、ビックリしました。良いのか? こんなんが……;;