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No.12606の一覧
[0] 【2章完結】魔法少女リリカルなのは 心の渇いた吸血鬼(型月さっちん×りりなの) [デモア](2021/10/29 12:22)
[1] 第0話_a[デモア](2012/02/26 02:03)
[2] 第0話_b[デモア](2013/06/10 12:31)
[3] 第0話_c[デモア](2013/08/17 03:19)
[4] 割と重要なお知らせ[デモア](2013/03/11 21:50)
[5] 第1話[デモア](2013/05/03 01:21)
[6] 第2話[デモア](2011/07/05 20:29)
[7] 第3話[デモア](2013/02/16 20:33)
[8] 第4話[デモア](2014/10/31 00:02)
[9] 第5話[デモア](2013/05/03 01:22)
[10] 第6話[デモア](2013/02/16 20:43)
[11] 第7話[デモア](2013/05/03 01:22)
[12] 第8話[デモア](2012/02/03 19:23)
[13] 第9話[デモア](2012/02/03 19:23)
[14] 第10話[デモア](2012/08/10 02:35)
[15] 第11話[デモア](2012/08/10 02:38)
[16] 第12話[デモア](2013/05/01 04:48)
[17] 第13話[デモア](2013/10/26 18:49)
[18] 第14話[デモア](2013/07/22 16:51)
[19] 第15話[デモア](2012/08/10 02:41)
[20] 第16話[デモア](2013/05/02 11:24)
[21] 第17話[デモア](2013/05/02 11:09)
[22] 第18話[デモア](2013/05/02 11:02)
[23] 第19話[デモア](2013/05/02 10:58)
[24] 第20話[デモア](2013/03/14 01:03)
[25] 第21話[デモア](2012/02/14 04:31)
[26] 第22話[デモア](2013/01/02 22:45)
[27] 第23話[デモア](2015/05/31 14:00)
[28] 第24話[デモア](2014/04/30 03:14)
[29] 第25話[デモア](2015/04/07 05:15)
[30] 第26話[デモア](2014/05/30 09:29)
[31] 最終話[デモア](2021/10/29 11:51)
[47] Garden 第1話[デモア](2014/05/30 09:31)
[48] Garden 第2話[デモア](2013/02/20 12:58)
[49] Garden 第3話[デモア](2021/09/20 12:07)
[50] Garden 第4話[デモア](2013/10/15 02:22)
[51] Garden 第5話[デモア](2014/07/30 15:23)
[52] Garden 第6話[デモア](2014/06/02 01:07)
[53] Garden 第7話[デモア](2014/10/21 18:36)
[54] Garden 第8話[デモア](2014/10/24 02:26)
[55] Garden 第9話[デモア](2014/06/07 17:56)
[56] Garden 第10話[デモア](2015/04/03 01:46)
[57] Garden 第11話[デモア](2015/06/28 22:41)
[58] Garden 第12話[デモア](2016/03/15 20:10)
[59] Garden 第13話[デモア](2021/09/20 12:11)
[60] Garden 第14話[デモア](2021/09/26 00:06)
[61] Garden 第15話[デモア](2021/09/27 12:06)
[62] Garden 第16話[デモア](2021/10/01 12:14)
[63] Garden 第17話[デモア](2021/10/06 11:20)
[64] Garden 第18話[デモア](2021/10/08 12:06)
[65] Garden 第19話[デモア](2021/10/13 12:14)
[66] Garden 第20話[デモア](2021/10/29 13:09)
[67] Garden 第21話[デモア](2021/10/15 12:04)
[68] Garden 第22話[デモア](2021/10/21 02:35)
[69] Garden 第23話[デモア](2021/10/22 21:49)
[70] Garden 第24話[デモア](2021/10/26 12:37)
[71] Garden 最終話[デモア](2021/11/02 21:52)
[73] あとがき[デモア](2021/10/29 12:50)
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[12606] Garden 第6話
Name: デモア◆45e06a21 ID:a690d3e4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/06/02 01:07
あれから少しばかり時は流れて、ある週末の日。
相も変わらず路地裏の廃ビルを拠点としているさつきは、お昼時を遅めに外してある店を目的地に街中を歩いていた。
やがてその店の前までたどり着き、扉を押し開けるとカランコロンという軽快な音と共にさつきは店内へ迎え入れられた。

「いらっしゃい、ああさつきちゃんか。桃子も今ならもう手もあいてきてる頃だと思うよ」

「お疲れ様です士郎さん」

「はは、ありがとう。まぁ喫茶店だからね、お昼時は疲れなくちゃ困っちゃうよ」

既にすいている店内で接客用にカウンターで待機していた士郎と言葉を交わして、さつきは店の奥へと入っていく。
そして適当な席に座ってメニューを広げると、一緒に付いてきていた士郎へと料理を注文した。
相変わらず子供が食べる量ではなかったが、幾度となくとまではいかずとももう何度目かとなるくらいにはさつきはこの店のお世話になっていたので今更突っ込まれることもない。
注文を取り終えた士郎はレモンを浸しておいた冷水をさつきの前に置くと奥へと引っ込んで行った。







「それでね、その時の士郎さんったらもう格好よくって」

「へー!」

そしてそれから少し経つと、そこにはさつきの対面の席に桃子が座って二人して桃子の惚気話に花を咲かせる姿があった。
あれから少しして料理を持って奥から出てきた桃子は、さつきと2言3言話しながら数度往復して料理を運び終わると毎度のようにこうしてさつきとのおしゃべりに興じるのだった。
さつきが混んでる時間を外して来ているのはその為で、特に士郎との恋愛話に喰いつきがいいさつきに桃子も喜んでさつきの話し相手になっていた。
勿論のことさつきとしてもこの時間は楽しいもので、週末に気が向いたら素直に足を向けていた。外見年齢のために好きな日に来るという訳にはいかないのがネックだ。

当然のことながらさつきのような(外見)年齢のような女の子が1人で喫茶店に入るなど珍しく、またやはり気にかかってしまう光景であるのでさつきが来る度に桃子が話しかけていたのが始まりだった。
今ではこのように和気藹々とおしゃべりに興じる仲である。
勿論当の士郎も店内にいる為2人の会話を耳にする機会は割と多く、その度にちょっと困ったような満更でもなさそうな表情を浮かべているのだがそれは別の話。

ちなみに、こう言うとさつきはもう何十回とこの店に通っているように錯覚してしまうかも知れないが、週末しか寄れないこともあって未だに6,7回目である。
そもそも彼女がこの店に出会ってからまだ4ヶ月も経っていない。なんとさつきがこの世界にたどり着いてからまだそれだけの時間しか過ぎていないのだ。最初の1ヶ月が濃いに濃すぎた。

話に一区切りが付いたところで、桃子がさつきににこやかに尋ねる。

「さつきちゃんには、好きな男の子っているの?」

「はいそれはもう!」

士郎との恋愛話への喰いつきがやたらといいことから桃子もある程度察していたが、さつきはそれに思いっきり喰いついた。

「そうなの、どんな子?」

「遠野くんって言うんですけど、とってもやさしくてかっこいいんです!」

それはとても微笑ましいもので、桃子もそれに興味をつのらせる。
さつきの語る言葉に桃子は適度に相槌を入れ、それに乗せられてさつきは嬉々として遠野くんを語っていった。
その様子からも、桃子はさつきの気持ちが本物だと十分察せられる。

「かっこいいって言うのは、別に顔がとかいうわけじゃなくてですね。ああでも別に遠野くんの顔がかっこよくないとかそういう意味ではないんですよ。
 確かにかっこいいって雰囲気じゃありませんけど、普通の人達よりは絶対にかっこいいです!
 遠野くんの本当にかっこいいところはやっぱり中身ですよ中身!
 本当にやさしいし、一緒にいるととても安心できるし。性格っていうか、気質って言えばいいのかな? ふんわりしてるっていうか、ほんわかしてるっていうか、一緒にいるとこっちまで優しい気持ちになれて。
 少し危なげな雰囲気もあるけどそれもいいかなーなんて。

 あの時だってわたしのお願い……も……。
 わたしの自分勝手な、無茶苦茶お願いも……約束、だから……、って」

――いけない。

途中までテンションうなぎ上りで語っていっていたさつきだったが、話をしているうちにふとあの時のことが脳裏をよぎってしまった。
真夜中の路地裏、現実から目を逸らして、手にした力に溺れ、縋って、志貴に依存しようとして理不尽な暴力を振るったあの別れの日。
それなのに彼は、一緒にいってやると言ってくれた。助けてくれると、言ってくれた。結局振られてしまったわけだけれども、あの時の彼本来の優しさからの言葉は、本当に温かかった。
少しでも脳裏を掠めてしまったら後はそれに引きずられるしかない。
思考の隅に追いやることなどできる筈もなく、気持ちは罪悪感や自己嫌悪、自分への怒りや悲しさで沈み、上昇していたテンションは急降下してしまう。
しかしそんな中でも、彼の温かさを思い出したことでさつきは胸の奥が熱くなるのを感じた。

「? ……さつきちゃん?」

急にテンションが下がり、落ち込んで途切れ途切れになってしまった言葉も止めて視線をテーブルの上に落としてしまったさつきに、桃子はどうしたのかと声をかける。
しかし確かに耳に届いている筈のその言葉にも、僅か視線の動き程の反応しか見せずに塞ぎ込んでしまったさつきに桃子はどうしたものかと悩んだ。

こんな様子を見せてしまっては桃子を困らせるだけだと、いけないと心の中では分かってはいてもさつきは沈んだ気持ちを咄嗟に誤魔化すことができなかった。
案の定もう既に誤魔化し不可能な程の空気を作ってしまった。
さつきは少しばかり躊躇うも、どうすればいいかと悩んでいる様子の桃子へ自分の方から少しだけ壁を取り払うことにする。
それは、今回さつきが沈んでしまった理由とはまた別の事柄ではあったけども。

「桃子さんは、お話とかでよくある『許されない恋』ってどう思います?」

だが、その言葉はやはりさつきが志貴のことを思い出したからこそ出てきたものだった。
いや、とさつきは思い直す。何も別なんてことはないじゃないか、彼にあんな仕打ちをしておいてまだ彼に好かれたい、優しくして欲しいと望む資格なんてないのだから、と。

また表情が抜け落ちてしまったように顔を曇らせたさつきを見てどう思ったのか、桃子は真剣な表情で言葉を返す。

「その遠野君との間に、何か特別な事情があるの?」

しまった。とさつきは思った。
こんな話では少し詳しい話になった時にややこしい誤魔化し方しかできないじゃないかということに気付いたのだ。
というかたかだが子供の言葉に対してここまで真面目にストレートな返しをされるとは心の底では思っていなかったのかも知れない。
とにかくどうにか無難に誤魔化そうと、さつきは慌てて言葉を選ぶ。

「いや、いえ、あの……、私が、ちょっと、周りと違うので……」

何やら相談事のグレードが一気に下がった気がした。
だがこれならこれでいいのかも知れないとさつきは思う。これなら、こういう感受性の豊かな年代の子供によくあるような悩みだと思われるだろう。

そしてそれは、ある意味で今さつきが最も救いを求めていた事柄でもあった。
さつきはこちらの世界に渡ってからでも、時たま自分が"違う"と感じることがある。むしろ、ヒトと同じ生活が可能になった分だけより顕著かも知れない。
例えば、日常の何でもない穏やかな生活をしている人々を見た時。
例えば、街中でちょっと煩わしいと思う言動をしている人物と出会った時。
例えば、先日誘拐現場に遭遇して腕一本を持っていかれた時。
例えば……あの事件の最終局面であの娘が来てくれた時。

もう、さつきには無理なのだ。人間を対等な存在として見るのは。

さつきの恐れる吸血鬼の心の正体は、価値観の変質だ。
吸血鬼化に際して、人格や性格が変わったりすることはない。アニメや漫画などでよくあるみたいに、悪い人格が自分を乗っ取ってしまうなんて訳でも勿論ない。
吸血鬼としての思考は、紛れも無く自分自身の思考だ。変わるのは、自身が変わってしまったが故の周囲への認識である。
自分は人間なんて簡単に殺してしまえる力を持っているというただの事実が、そして何より自分にとって人間は捕食対象であるというどうしようもない現実が、さつきに人間を同等の存在だと認識させてくれない。
もう、どうあってもさつきには人間という種族を対等の存在として認識することができないのだ。

――友達用の人間と殺し用の人間は別
さつき自身が志貴に対して言った言葉である。これは今も何ら変わってはいない。
ただ、自分の楽しみを目的とした殺人はもう行わないというだけだ。現に食事のためならば、さつきは躊躇うことはない。
こちらの世界に来てから吸血によって人を殺さないように配慮しているのも、せめて人間でいられるうちは下手なことはよしておこうという配慮からであって決して殺人を禁忌と決めたからではない。

さつきが人間の相手を対等に見るには、関わりを持って、相手を人間という括りではなく個人として認識しなければならないのである。
……そして、その個人として認識した相手であろうとも時にそんなことはどうでもよくなってしまうことだってある。
さつきは、それを実感する度、寂しさと共に薄ら寒い気持ちになるのだ。……その時に感じるのが悲しさではなく寂しさなのも、その一端である。

実のところ、この時のさつきは最初から自分の周囲への"在り方"に対して、そういう軽い視点からの何かしらの優しい言葉が欲しかったのだろう。
最初に出てきた『許されない恋』についても、見方を変えればそう捉えられる。
人と人との関わりの中で、心と心の繋がりの中で上位に位置する『恋愛』という要素についての言葉ならば、自然とそういう言葉になるだろうから。

さつきの言葉に少しだけ沈黙した後、桃子はいつも通りのやわらかい声で口を開いた。

「ねぇさつきちゃん」

「はい」

「遠野君は、そんなさつきちゃんを嫌だって言ったの?」

「――!!」

さつきにとっては、完全に不意打ちだった。
志貴との関係の話から、自分の周囲との違いへと話が移り変わった気でいたさつきは、桃子の言葉に酷く狼狽してしまう。

「あの……いえ……でも……それは……」

真っ白になったさつきの頭の中に思い浮かぶのは、あの時、路地裏で、壁を背にして座り込む志貴と、それと向かい合うように立ち尽くす自分。

―― 約束だもんな……キミと一緒に、いってやる

そして、拒絶するどころか、自分と同じに……吸血鬼にしてしまおうという行為さえも一時とはいえ受け入れてくれた志貴の言葉。

「少なくとも、自分と相手の子が付き合っていいのか悪いのかなんてことに、周りは関係ないんじゃないかな。
 相手の子がそのことを嫌がっていないのならなおさら、ね」

歯切れの悪いさつきの言葉に、しかし否定の色を汲み取った桃子はそこに言葉を重ねた。

「それにね、その『周りと違う』っていうのは、それってつまりそれが『さつきちゃん』ってことなのよ。
 さつきちゃん自身がそれが嫌で、変えたいって思うのならこれから変えていけばいいと思う。
 でもね、その変えるっていうことが『自分に嘘を付く』っていうことなら、それは絶対にやっちゃ駄目よ。誰も幸せにならないわ。さつきちゃん自身も、さつきちゃんがこれから深く関わっていく人達も、ね。
 ――言ってる意味が分からないのならそれでいいわ。それなら大丈夫っていうことだから」

自分の言葉がしっかりと届いていることを確認しながらも、さつきが黙ったままなため桃子は別方向から話を続ける。

「後ね、例えそのことを相手の子に嫌われてても、まずはそれ以外の部分で好きになってもらえばいいのよ。そこからよ。
 人間なんだもの。好きなところもあれば、嫌いなところもある。私と士郎さんの間でもね。でも、その好きなところも嫌いなところも全部まとめての"その人"を愛しているの」

視線を外したまま合わせようとしないさつきに、桃子は万感の思いを込めて最後の言葉を紡ぎ始めた。

「そんな理想的な関係なんて、早々巡り合えるはずがない、なれるはずがないっていう人も沢山居ると思うけど、でも」

桃子はそこで視線をさつきから外して、店内にいる伴侶へと向ける。士郎がそれに気付き顔を向けると、桃子はそれに笑顔を返した。

「私は、巡り合えたから」

何の話かは分からずとも、桃子の言葉に気恥ずかしそうに、だけど幸せそうに士郎は笑みを浮かべる。

「その関係を目標にしちゃえば、自分と周りの違いなんて些細なことだと思えない?」

桃子の問いかけに、遂にさつきは顔を上げた。その顔には満面の笑顔が浮かんでいる。

「はい。わたしも桃子さんみたいな素敵な未来を掴むため頑張ります!」

言って、さつきは一泊置いてすっと椅子から立ち上がると、桃子に向かって軽く会釈した。

「今日もお話に付き合って下さってありがとうございました」

「いえいえ、いいのよ。私も楽しかったし。また来てくれると嬉しいわ」

「勿論です。じゃあ今日はこれで」

言って、さつきはレジまで歩を進めると士郎に会計を済ませてもらい、1、2言言葉を交わして翠屋を後にした。
桃子はさつきが翠屋を出て行くのをしっかりと見送る。
桃子は自分が間違った事を言ったつもりは無かったし、さつきの悩みを軽々しく考えて発言したつもりもなかった。勿論、言った言葉は全部本心だ。
そうは見えなかったが、何か体に不自由を抱えている可能性も考えて変われるように努力云々の言葉も持ち出すこともしなかった。しかし……。
桃子は、ずっと笑顔だった表情を悲しげなものへと変え、一人呟いた。

「……私、どこで失敗しちゃったのかしら」















さつきは心を落ち着かせるように、進む先など意識の外に道を歩く。
さつきの胸中を占めるのは、今だ収まらない苛立ちと、自己嫌悪。その自己嫌悪で荒れた感情によって苛立ちも収まらず、苛立ちが落ち着いてくると今度は自己嫌悪が強くなるというループ。

苛立ちの原因は、先ほどの桃子とのやり取り。
自分が"ここ"に居ていいという安心をくれる、優しい言葉を期待していたところを、予想外の切り口で攻められ心を揺さぶられてからの、桃子の"無責任"な言葉。

勿論、それはさつきの八つ当たりに過ぎない。さつきが勝手に期待して、勝手に自滅した結果だ。
元々さつきの方から切り出した会話であり、それなのに頑なに言葉を濁しているさつきにそれでも桃子は真摯に応えてくれていただけ。
さつきはそもそもがそういう"無責任"な言葉を期待していたのだ。予想外に深く踏み込まれて、予想外に真剣に応えてくれて、それで勝手に怒っているのが今のさつきなのだ。
故の、自己嫌悪。

自分の感じている苛立ちも、悪いのは全部自分でその感情もただの八つ当たりだと分かっていても、それでもさつきはその気持ちが湧き上がることを止められなかった。
だから、絶対にそれを表には出さない。今でも十分みっともないが、八つ当たりだと分かっていてそれを表に出す程にみっともないことはないことをさつきは知っているから。
そんな癇癪は、あの夜だけで十分だ。

ドロドロと渦巻くさつきの頭の中に、記憶の中から桃子の幸せそうな笑顔が思い浮かぶ。
まるで理想のような恋愛像を掲げて、そして巡り合えたからと微笑む桃子。そしてそれを聞いてそちらも笑顔になる士郎。
ああ、あの光景はなんて――



――― 欲しい

――― 羨ましい

――― ずるい

――― 妬ましい

「――っ」

さつきは押し込める、その感情を。
押し込めなければ、自分がどんな行動を取ってしまうか分からないから。

知らず、歩幅は大きく、早足になっていたさつきは、無理矢理にでも思考を別に向ける。

(……ああ、そういえば、もういい加減いいかなぁ)

そして気付いた。あの人攫い共と遭遇した日から、既に1ヶ月もの時間がとうに過ぎ去っていることに。
だからさつきは、夜のパトロールを再会、再挑戦することに決める。
この街の平和を守るという名目の元に、自分の存在意義を作る、自分が社会に存在してていい何かを行う、自分の行動と存在を自分で肯定する。
そうしないと、もう、耐えられそうになかった。















そしてその夜、さつきは予定通り夜の街へと繰り出す。あの月明かりの明るかった日から1ヶ月と少し。今日もほぼ満月のいい夜だった。
『自分は今良い事をしているんだ』という心情の元、ビルが立ち並び人口の明かりが照らし出す場所から少し外れた、人通りの少ない場所を選んで進んだ。
何か起こっていないかと周囲に注意を払いながらその場を歩く。

そして――さつきの周囲の景色が一変した。

「!!?」

思わずさつきは足を止める。
ビル群から抜けたとか、景色が変わる境目を通り過ぎたとかいう意味ではない。風景は同じだ。場所も確かに、さつきが数瞬前まで立っていた場所と同じ場所だ。
ならば何が違うのか。……色だ。そして雰囲気だ。
周囲の景色から色彩というものが薄くなっていた。そして空はまるで薄暗い膜のようなもので覆われており、まるで墨を垂らした水のようにその膜の表面はうごめいている。
更に、僅かにだがあった人の気配が、完全に消失していた。

さつきはこの現象を知っている。何より、さつきの持つ"ある感覚"が、これの正体をさつきに伝えている。

(結界……!)

それも、魔導師側の、である。
いきなり貼られた結界、それに取り込まれた自分、一体何が起こっているのかは後回しにして、このままではまたあの魔導師関係のことに巻き込まれると察してさつきは焦る。
何かから逃げるように慌てて近くの脇道へと入り壁に張り付く。例え見える場所からは丸見えであっても、少しでも自分の身を隠したかった。それほどまでにさつきは慌てていた。
ここでまたあちらの世界に巻き込まれたら、また一段と普通の人間の世界から離れてしまうような気がして、怖かった。

しかし、そんなさつきの願いは次の瞬間に容易く打ち砕かれた。

「おい、そこに居んのは分かってんだ。出て来いよ、吸血鬼」

聞こえたのは、険のかかった少女の声。それが先ほどまでさつきの居た通りから聞こえてきた。
さつきは逃げたかった。けれど逃げれなかった。
結界が張られてから即座のこのタイミング、更にこの台詞、もうこの結界の目的すらも自分にあると言われたようなものである。
少なくとも、どういう事情で巻き込まれているのか把握しなければ恐ろしいことこの上ない。

壁を背にしたまま恐る恐るさつきが声の方を覗き込むと、そこには派手な紅いゴスロリ衣装を纏った少女が居た。
橙色の髪を二房の三つ編みで垂らし、幼い顔に釣り目がちなその顔はさつきの知っているものであった。

(あ、あの時の人攫いの女の子!?)

1ヶ月前、さつきの腕を引き千切った張本人である。何でまだこんなところに居るのか。そして何故自分にわざわざ用があるような様子なのか。
あの日のことはさつきは誰にもしゃべってないし、そもそも既にもう一月以上も経っているのだ。今更自分を探し出して一体何をしようというのかとさつきは押し寄せてくる嫌な予感に混乱し、焦る。

するとこちらを伺うだけで一向に出てこないさつきに業を煮やしたのか、少女の顔がしかめられると、その右手にあの身の丈程もあるハンマーが紅い光と共に出現した。
以前より余裕のある状態で再度観察してもその光景はなのはやフェイトがデバイスを取り出した時の光景に酷似しており、この結界と相まって彼女はもう魔導師で間違いない。
そして少女は何時の間に持っていたのか、左手にある手の平大の大きさの金属製に見えるボールを頭上へと放り投げると、それをハンマーで打ちつけた。

ボールはハンマーで打ちつけられると同時に紅い光弾へと変化し、そのままさつきの覗き込んでいる通りを一直線に突っ切った。
それがただの威嚇なら、いやそれでもさつきに効果は十分だっただろう。さつきは弾が打ち出されると共に首をすくめ、身を縮めていた。
そして思わずその光弾を目で追ってしまったさつきはギョッとする。

何とハンマーによって打ち出された筈の光弾が180度旋回するという有り得ない軌道をしてさつきに向かって突進してきた。
さつきが慌てて通りへと身を投げ出すと、先ほどまで彼女の居た場所の壁に光弾が激突する。
さつきが振り返ると、無残に粉砕され崩れ去ったコンクリの壁があった。それを成した張本人は、ハンマー軽々と振り回して肩に担ぐと口を開く。

「やっと姿を現したな、吸血鬼。やっぱ死んじゃいなかったか」

この言葉を、今やっと物陰から姿を現したなという意味で捉えられたらどれだけ幸せだっただろうかとさつきは思う。
言葉のニュアンスから、『あの夜から今まで』のことを言っていることは明白である。

(ということは何、あの夜からずっとわたしのこと捜してたの!?)

馬鹿じゃないのか、と叫びたいさつきであった。逃げ出したんだし、その後かかわろうともしてなかったのだからほっといてくれというのがさつきの内心だ。
しかしこうなったらさつきは是が非でも理由を聞き出さなければならなくなった。そうでなければ今後一生怯えて過ごすはめになる。
幸いにも相手は今は一人。そしてさつきには落ち着いて1体1で対峙すれば反則的な効果をもたらす手段があった。そう、魅了の魔眼だ。
魅了の魔眼はなのはには対策されてしまったし、管理局の人間にもなのは経由で対策されてしまっていたが、今の今までさつきを探し回ってこの世界に居るなんてことはもう十中八九管理局とは別だろう。
だからさつきは魔眼を使用する。瞳が紅く変色し、さつきはしっかりと目が合う瞬間を狙う。

「おい吸血鬼」

と、紅い少女が今度は明確な対話の意図を持ってさつきに言葉を飛ばした。

「……何かな」

「オメーら、人の血吸って殺すんだってな。本当か?」

さつきのことを睨みつけながら続けて放たれた言葉はしかし、さつきにとって、特に今のさつきにとっては地雷だった。

「っーーーー!!」

さつきの内に怒りが湧き起こる。時間が経って一度は鎮まった苛立ちが、一気に再点火された。さつきはその激情のままに、睨みつけてくる少女を睨み返しながら叫んだ。

「ああ!! そう! だ! よ!!」

叫びと共に、苛立ちと共に魅了の力を叩きつける。睨みあっているという状況のため、万が一にも外れることは無い筈だった。

「そうか」

だけど、さつきはしっかりと少女の瞳を睨み返しながら魅了を発動したのにしかし、少女からはそんな言葉が返ってきて。

「なら死ね」

その言葉と共に、飛行の魔法を使用したのか彼我の距離を一息で詰めるようにさつきへと飛び掛かった少女の鉄槌が、さつきへと迫った。
咄嗟に飛びのいたさつきの居た地点にハンマーが振り下ろされ、アスファルトを粉砕しその破片を撒き散らせながら、戦闘開始の荒々しいゴングが鳴り響いた。










少女のハンマーがさつきへと迫る。だがさつきは"避けたのに当てにこられた"という過去の経験から来る恐怖心でそれをギリギリで回避するという選択肢が取れない。
そのためさつきはその場から大きく離れるという選択肢を選んだ。避けるのではなく、逃げ出すというレベルで距離を取る。

その間に、さつきは思考する。もう既に命の危険に晒されている極限状態のためかさつきの思考はスピーディに働いた。
内容はこの状況をどう切り抜けるか。
逃走は却下。ここで逃げても今後も延々と追われ続ける可能性が高い。
ならば目の前の少女を無力化するしかなかった。魅了の魔眼が効かなかったことからその後のことに不安はあるがそんなこと言っている場合ではない。

しかしその結論に至ったさつきは更なる焦りを覚える。少女の仲間の存在だ。
この少女には少なくとも後3人の仲間が居る筈である。長引いてそいつらに合流されると完全に詰む。

「どーした、逃げねーのか?」

少女からかなりの距離を開けて、しかし立ち止まったさつきに対し少女が問う。
さつきはそれにしばし沈黙し、応えた。

「……これ、出れるの?」

「はっ、出す訳もねーし、逃がす訳もねーだろ!」

その言葉と共に少女が再び宙へと舞い上がる。
上空からの急降下攻撃。そんなものにさつきが対応できる訳もなく、しかし時間をかけることに焦りを感じているさつきはまたもや逃げ出すという判断を取れず、結果さつきの足はその場に縫い止められてしまう。
降下中に少女の体が回転する。ハンマーに思う存分遠心力を乗せ、丁度1回転すると同時にその頭の部分がさつきに直撃するように振るわれる。
さつきは知る由も無いがこれは神業と言っても何ら遜色ない超超高等技術だ。
自身が高速で移動している状態で、得物に遠心力を乗せる形で体を一回転させてなお自身の体と得物の衝突点を思い描いた通りの位置へ持っていくなどはっきり言って有り得ない。
相手の体の上に得物の軌道を置くだけなどという単純な話ではないのだ。自身の思い描いた通りの体勢、位置でなければ真に力を込めることなどできはしない。
何より少女はハンマーを持って回転するだけでなく同時にそれを振り回している。しっかりとインパクトの瞬間を合わせている証拠だ。
高速移動中に単純に得物を振るって目標点にインパクトの瞬間を合わせるというだけで有り得ない程の腕が必要だというのに、それを回転しながらなど正気の沙汰ではない。
明らかに戦いのレベルがさつきとはかけ離れていた。

とは言えさつきに目の前で行われていることが奇跡レベルの神業だということなど分かる筈もなく、彼女が認識するのはとにかく凄い威力の攻撃が降ってくるということだけ。
故にさつきは振り下ろされる攻撃に対してその腕を伸ばした。両の手の平を頭上へと差し出し何とか受け止めようとする。
だが再度言うが上空からの攻撃なんぞさつきに対応出来るわけがない。差し出した腕も我武者羅で、少女の攻撃がしっかりと片方の手の平とぶつかったのは完全に偶然の産物だった。
ハンマーの頭がさつきの手の平と激突し、さつきは体全体に響き渡るような衝撃を受ける。一瞬そのまま押し込まれそうになるも、曲がりそうな腕とのけぞり後ろに倒れそうになる体を耐え、それを弾き返した。
一番威力の乗っているハンマーの頭の部分を手の平で受け止められ更には押し返され、そんな馬鹿な、と少女が動揺を露わにする。
さつきの目に移るのはハンマーを押し返されて体勢の整っていない少女。さつきはこれを好機と捉え急いで攻撃を加えようとする。
だがさつきもハンマーを押し返したばかりで体勢は崩れており、攻撃の為に腕をふるえたのはそれを直してから。
そしてさつきが体勢を立て直せたということは、それは当然相手の少女にとっては十分過ぎる猶予期間だった。
必殺の威力を持つさつきの拳を少女は受け止めるでも受け流すでもなくなんてこともないように避けると、少女の居るそこは自然とさつきの懐の中。

「――ッ!」

背筋を凍らせたさつきは強靭な脚力で足を無理矢理動かし、転がるようにその場から離脱する。地面に倒れた体を急いで起こし、またもや逃げるように距離を取る。
再び十分な距離を稼いださつきは顔をしかめて片腕を抑えた。その腕は本来関節の無い筈のところから有り得ない方向へと曲がっていた。
さつきが転げるように少女から身を離す間に、少女はその手に持つハンマーを2撃、振るっていた。その1撃がさつきの腕に当たり、その骨を粉砕していた。
さつきはうずくまって腕を抱えて泣き出したいのを堪える。幸いにも骨折は復元呪詛によって比較的速やかに修復された。

さつきの腕が治っていく様を見た少女は顔をしかめる。
そしてさつきにも今の一瞬で分かったことがある。目の前の少女は自分じゃまともにやりあって勝てる相手では絶対にないということだ。
だがさつきには逃げるという選択肢は潰されていた。なら何とかしてこの少女を倒す以外に道はない。それも時間をかけずに。
――それに、個人的に一発ぶん殴らないと気が済みそうになかった。

さつきは少女へと突っ込む。そして殴る。当然少女はそれをいなし、更には反撃を加える。さつきはまたもや転がるようにそこから距離を取り、立ち上がるとすぐさま再度特攻する。
ヒットアンドアウェイなんてあったものじゃない。ただ1発殴りに行っては逃走の繰り返しというゴリ押しにも程がある無様な戦いだ。
むしろそんな戦い方をしている癖にさつきはジリジリと押されていた。さつきの攻撃は一向に少女に当たらず、少女の攻撃は度々さつきの肌を掠めてはさつきに激痛を与える。
少女はさつきの攻撃をいなし、反撃しながらも歩を進め、さつきはその都度全体的に後退していっていた。

だがさつきの執拗な攻撃に嫌気が差したのか、少女は再度上空へ飛翔する。
さつきはさせないと、ビルへ向かって跳躍しその壁を再度蹴ることにより上昇中の少女へ突撃し、

「馬鹿かテメー」

体をさつきの軌道上から外して難なくさつきの攻撃圏外へと出た少女に、上から背中にハンマーを振り下ろされて叩き落された。
さつきの叩きつけられたアスファルトに亀裂が入る。潰れたカエルのように地面に激突したさつきは背中を豪打された衝撃で呼吸困難に陥っていた。

「カ……ッ、カハッ、ゴホッ」

しかしそれが無ければ意識が飛んでいただろう。さつきは何とか酸素を補給し、体中の痛みに悶えようとするが体は動かず僅かに身じろぎするだけ。あと僅かな間はこのままだろう。
だが、今はその僅かな間が致命的だった。倒れ付すさつきの眼前に少女が降りてくる。まともに動けないさつきを特に何の感情も見せずに見下ろしている。
まずい、まずいとさつきは恐怖に駆られる。
このままでは殺され……いや、死ぬまでどれほど痛めつけられるか分からない!

だが、さつきの体は背中と全身を打ち据えられた痛みと衝撃で動いてくれない。
嫌だ、何で自分はこんな目に合っている。つい先ほどまでは平和な世界で平穏に暮らしていたじゃないか。
焦りが恐怖心を増大させ、恐怖心が焦りを増大させる。更には理不尽に対する怒りでさつきの内心はもうぐちゃぐちゃだった。

するとさつきの頭上に位置する場所に緑色に光る大きな輪が現れる。輪郭の部分が目の前の少女達の使う魔法独特の輝きを放っており、それで囲まれた部分が何やら緑色の空間がうごめくような状態になっていた。
何が来るのか、何をされるのかとさつきは身構える。

――パシャ

「ひっ」

そして、光の輪から何かが飛び出しさつきに降ってきた。冷たい衝撃にさつきは声を上げる。

(……え?)

そして、あっけに取られた。
さつきの上半身に向かって、光の輪の中から水のようなものが降ってきてさつきを濡らしたのだ。
いや、それはまさしく……

(これ……水?)

さつきはしばし自分に降りかけられた液体の正体を見極めようとするが、さつきが確信を抱くよりも早く次のものが降ってきていた。

(痛っ)

鈍い衝撃に、さつきは自分の左手を見る。
左手の甲から腕にかけて肌が露出している部分に、何やら金属製の十字架を模したアクセサリーとチェーンとが落ちてきていた。

(……)

そして、またもしばしの時間が流れると……今度はさつきの眼前に何かが落ちてきた。
まるまると大きな、立派なニンニクが、まるまる1つ。

「ッ! ふざけてるの!!?」

流石に限界だった。ことここに至って、さつきは自分が何をされていたのか理解した。
流水、十字架、銀、ニンニク。一般的に吸血鬼が苦手とされているものたちだ。さつきは体を震わせて目の前の少女を睨む。

「別にふざけてねーよ。なあ、おい」

だが少女はそんなさつきの様子も意に介さず、更にさつきに言葉を投げかけた。

「オメーみてぇなのと普通の人間、見分ける方法教えろよ」

さつきの中で、何かが切れた。水をぶっかけられたことで一時的に引っ込んでいた感情が再び湧き上がってくる。

「わたしが! 知るわけないでしょう!!」

叫び、既に回復していた体を跳ね上げてさつきは少女に殴りかかった。少女に向かって滅茶苦茶に腕を振り回す。一発でも当たれば惨殺死体の出来上がりだ。
だがその腕は少女にかすりもしない。少女は数度さつきの腕をかわすと、一つ舌打ちして無造作にハンマーを振るった。
そのハンマーはさつきの振るった腕に横から直撃し、その骨を粉砕する。

「ッ、ァッ!」

その激痛に、続く2撃目が来る前に、さつきは後方へと退避した。
負傷した腕をもう片方の腕で押さえて、なおも少女を睨みつける。すると少女が口を開いた。

「おら、もう逃げる場所なんてねぇぞ」

少女の言葉に、思わず周囲を見回してしまうさつき。すると、さつきの後方はもう結界の端がすぐそこだった。さつきはそれで少女の言うことを理解する。
元々さつきを閉じ込めるために貼られたものだったため、それ程大きなものではなかったのだろう。
そして、さつきの中を埋め尽くしていたドロドロとした感情の捌け口と定めていた少女から意識を逸らしたことで、さつきの心にそれ以外の感情が入り込む余地が生まれてしまった。

さつきの背後にそびえるその結界の壁は、さつきの意思を全て押さえ込もうとする壁を連想させて。
現状を認識したさつきに訪れたのは、空虚と虚無感。
何でこんなことになっているのか。あの平穏で普通な世界に自分が入り込む余地を、居場所を作ろうとしただけじゃないか。あそこに自分の居場所なんて無いとでも言うことなのか。
そういう思いが、さつきの胸の内から沸き起こる。ふと、寒いと、さつきは感じた。

「めんどくせぇなぁ。アイゼン! カートリッジロード!」

《ja!》

少女の声が響き、それに応えるかのようにその手のハンマーから始めて音声が発せられる。
と同時にハンマーの頭の根元にあるシリンダー状のギミックが作動し、まるで銃のポンプアクションのようにそれがスライドすると、ガシャコン! という音と共にそれが閉じられる。
それが二度。再びギミックがスライドすると、開いた部分から空薬莢のようなものが飛び出した。
再度そのギミックが閉じられると、少女の持つハンマーの頭の部分が二回り程巨大化し、更に少女の眼前の地面に三角形をした紅く光る魔方陣が展開される。

「ザッファレンハンマー!」

少女が叫ぶと共にその魔方陣をハンマーで叩きつける。
するとその振動がさつきの方にまで広がり……少女の前方からさつきの周辺へ向けてのアスファルトが砂利へと変貌した。

「――!!」

目を見開いたさつきが急いでそこから移動しようとする。
しかしさつきの脚力を砂利が受け止められる筈がない。さつきの足の裏にあった砂利は舞い上がり、返ってくる力の無かったさつきはその場で倒れこんでしまう。
さつきは立ち上がろうとするが、

「お前みたいにすばしっこい奴は、こういう風に足場を崩してやりゃそれで終わるんだよ。
 霧になるとか蝙蝠になるとかねぇのか化け物。ねぇんならこれで死ね」

立ち上がり、顔を上げた時には既に少女は宙を飛んでさつきの眼前にまで迫っていた。
少女が手に持つハンマーの先には先ほどまでは無かった火を噴く噴出口、そしてその対面には鋭く尖る突起物。
ロケットのように噴出口からの推進力で加速したハンマーはさつきの胸元の中心に直撃。
その威力を余すことなく一点に伝えられたさつきの肉体は僅かにゆれただけで、ハンマーの突起物に抉られたその胸元には風穴が開いていた。










対峙していた吸血鬼の胸元に風穴を開けた紅い少女は、吸血鬼からハンマー型のデバイスを引き抜く。
すると吸血鬼の体は仰向けに倒れた。どれだけ再生能力が強くても、胸元に大穴を開けられて生きている生物なんていやしない。

《あららヴィータ、殺しちゃったの?》

少女――ヴィータの頭の中に念話で女性の声が届く。
少女の仲間であり、この結界を貼った本人であり、先ほど吸血鬼の上空に発生した緑の輪の使用者であり、始めうちから吸血鬼の周辺をその魔法によって監視していたシャマルだ。あの夜のうちの金髪の女性である。
ヴィータはデバイスを待機状態に戻すと、用の無くなった吸血鬼の亡骸に背を向けて砂利を踏みしめて歩き出す。

《ああ、すまねぇシャマル。あまり情報得られなかった》

《まぁどの道あれ以上はね、しょうがないわ》

《チッ、これからどうやって見わ――》

――ジャリッ

その時、ヴィータの耳に自分の足音以外の砂利の音が届いた。発生源は自身の後方。まさかとは思いつつもヴィータは素早く振り返る。
その時ヴィータが見たのは信じられない光景だった。
先ほど確かに胸元に大穴を開けた少女が、その胸元から下をその血でぬらしている吸血鬼が、ふらつきながらも立ち上がっていた。
有り得ない。胸の真ん中に風穴が開いているということはそれすなわち脊髄さえもぶっ飛ばしているということだ。本来なら下半身は反応すらしない筈である。
しかもそれが、死ぬ間際の最後の力を振り絞って、ならまだよかった。いやよくないがまだいい。だが人の死に際に数多く関わってきたヴィータには分かる。これはそんなものではない。
間違いない。この吸血鬼は……

「どういうことだおい……。
 こいつ死んでねぇじゃねぇかよ……!」

まだ生きている。
だがまだ万全ではないようだ。吸血鬼は呻き声を発している。

「う、あ……」

《え、何!?》

《どうしたシャマル!》

焦ったようなシャマルの声がヴィータに届く。その時には既にヴィータは吸血鬼へと突貫していた。手元に先ほどから使用していたハンマー型のデバイス――グラーフアイゼンを出現させる。

《クラールヴィントのセンサーが、いきなり反応しなくなって!》

「うあああああああああああああああああ」

そしてヴィータが吸血鬼に向かってグラーフアイゼンを振り下ろす直前、吸血鬼が叫ぶと共に地面を強打した。
飛び上がる砂利、巻き起こる粉塵。

「うおっ、ゴホッ、っゴホッ!」

ヴィータはそれをモロに被ってしまう。だがおかしい。

(舞い上がりすぎじゃねーか!? くそっ、しかたねぇ!)

砂利が、特に粉塵の方がやけに舞い上がり、対空していた。仕方なくヴィータは粉塵の中から抜け出す。

《シャマル! あいつは!》

そして即座にシャマルへと吸血鬼の位置の確認。
ヴィータも先ほどのシャマルの叫びは聞こえていたし、理解も出来ている。シャマルはサポートのエキスパートだ。
そんなシャマルの監視が何もなしに効かなくなるなど有り得ないし、あってはならないことだが、今はそれを言及している時ではない。
シャマルなら即座に立て直して既に監視を再開しているという信頼と言う名の確信があったが故に、ヴィータは彼女に尋ねる。
だがシャマルの答えはヴィータの予想していたものとは全く違っていた。

《……消えたわ》

《……おいどういうことだそりゃ》

ヴィータの台詞はシャマルを責めるものではない。シャマルのことは全面的に信頼を置いている。これは故にこその純粋なる困惑。

《分からない。既にこの結界内は全部捜索してみたけれど、どこにも彼女の反応は無いわ》

《……あれか、霧になったとか灰になったとかいうやつか》

《………》

シャマルからの返答はない。元より返答を求める方が間違っていると分かっているためヴィータも何も言及はしない。
その時、2人の会話に新たな人物が入ってきた。不測の事態が起こった時のために結界内の吸血鬼を目視できる場所で待機していたシグナムという女性だ。
ピンク色の髪をポニーテールで纏める彼女ら4人のリーダー格である。
彼女が現状の暫定的な打開策を打ち出した。

《私とヴィータで結界内の建造物を全て破壊するぞ。それで朝日が昇るまで待つ。
 例え霧になって隠れていたとしても太陽の光は弱点の筈だ》

《おう》










粉塵に紛れて結界の中から脱出したさつきは、ふらふらとしながらも人の多い場所へ向かって路地裏を進んでいた。胸の傷は直り切っておらず、このまま放っておいても直るかどうかは怪しい。とにかく血が足りなかった。
本人の意識は既に朦朧としている。今の自分がどんな格好なのかも気にも留めず、とにかく人通りの多いところを目指して進んでいた。
すると、狭い路地裏の先に一つの人影が現れた。人影はさつきを見つけると始めは戸惑っているようだったが、さつきの尋常ならざる様子を見て警戒を強めたのか何やら細長い二振りのものを取り出す。
一方のさつきは、人影を見た時から一つのことしか頭に無かった。

曰く―――獲物だ、と。

さつきは人影へと疾走する。既にフラフラとはいえ吸血鬼の身体能力は人間にとって対処できる筈のない程十分過ぎる脅威だ。
さつきは人影へと飛びかかり、そして――全身に響くような強い衝撃をどこから受けたのかも分からないままに受け、本格的に意識を暗転させた。

(えっ……)

強い衝撃を受けて一瞬だけ思考能力が戻り、意識が飛ぶまでの一瞬、さつきはそうあっけに取られるだけだった。何をされたのか全く認識できていなかった。
人影は意識を失ったさつきの近くにひざまずいて彼女の様子を確かめると、さつきを抱え上げて慌てたように走り去っていった。















翌日、既に昇っている朝日の中、シグナム、ヴィータ、シャマルは一軒の民家の前に居た。
3人を代表してシグナムが扉を開け、彼女を先頭に中に入る。

「主、只今戻りました」

「ほーい」

シグナムの声に反応してその家の台所と思しき場所から出てきたのは、一匹の大型犬と、車椅子に座る一人の少女。
少女の年の頃は9歳程。茶髪を肩のところで切りそろえ額にはヘアピンをし、大人しそうな印象を受ける。どこか大阪弁っぽいイントネーションを持つその少女は――八神はやて。
そしてその隣に佇むザフィーラが白い光を放つと、そこには大型犬は居なくなり変わりに白髪で筋骨隆々の大男が立っていた。
はやてはその光景に何ら驚くようなことはなく、シグナム達に微笑みかけながら言う。

「みんな、おかえりな」




















あとがき

今日のNG:
ヴィータ「フタエノキワミアーッ!」


あの人攫いのボスがまさかのすずかの友達である筈の八神はやて!? 一体どういうことなのか! 彼女達の目的は!?


いやー、やーっと更新できました。長々とお待たせしてしまい申し訳ありません。
一体何が起こったのかと言いますと、実はこの話2部の中間辺らへんまではさつきの命を狙うヴォルケンズVS生き延びたいさつきの仁義無き逃走劇をいくつかやる予定だったのですが、
その部分に入っていくにあたって一つの問題が浮上しまして。

地味様「知らなかったのか? クラールヴィントのセンサーからは逃げられない」

一度見つかったらさっちん詰んだ \(^O^)/
お陰さまで二部の終盤直前までのプロット全練り直し。新案が形になったと思ったら手首骨折。その後も桃子の会話が上手く進まずそこで時間喰ったりといやー、ホント長々とすいませんでした。

これから少しの間は主にヴォルケンズパートになりますのでSSKTです。ご了承ください。


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