「いやー強いねーなのはちゃん。クロノ君も指導したかいがあるってもんじゃありませんかー?」
「バインドの使い方を少し教えてあげただけだよ。しかし、まあ、むちゃくちゃだな」
「ん?」
海上での戦闘を見て、エイミィとクロノは口慰みに言葉を交わしていた。
「いや、僕の場合は相手の動きを先読み又は誘導して、更に無駄な行動を取って隙をさらしたりしない為に相手の動きの出を確認してからバインドをかけるんだが……
バインドをかける地点での相手の体制とかも予測しないといけないし、いくらなんでもこの短期間でそこまで出来る訳がないと言って最初は断ったんだ。
それでもパターンだけでもありったけ教えて欲しいと言って聞かなかったから、手当たり次第に説明していったんだが……」
「……えー、もしかして」
「ああ、パターンに入りそうになった時点で、見境無しにバインドを連発しているな。しかも相手がどんな体勢でもいいように無駄に何重にも」
「うわぁ……」
流石に非戦闘員のエイミィでも、その燃費の圧倒的悪さは分かったらしい。完全に疲れたように話すクロノと、呆れ10割の感嘆の声。
「でもまぁ、それにしても……フェイトちゃんの動き、私でも分かるくらいに酷いんだけど」
「ああ、彼女、完全に目の前が見えてないな。
彼女の基本戦術は高速起動を活用したヒットアンドアウェイだが、それ"だけ"だと何の脅威でも無い。
ヒットアンドアウェイは揺さぶりの戦術なのに、今の彼女はただ力任せに突っ込んで撤退のワンパターンになってしまっている。
あれではそのうち……」
クロノが話しているうちに、画面のフェイトは杖の形状を槍のように変形させ、なのはに突っ込んで……
「あっ」
「つかまったか」
「今の動きって……クロノ君がさつきちゃんにやろうとして吹っ飛ばされた……」
「ぐっ、エイミィ!」
「でもこれで終わりかなぁ……うわぁ、容赦ないねなのはちゃん」
クロノの叫びを無視して話を進めるエイミィ。
拘束されたフェイトの眼前で魔力をチャージし、零距離で突きつけるなのはに冷や汗を流す。
「ああ、流石にこれは……何だと!?」
「えっ!?」
そして、桜色の魔力の奔流がフェイトを飲み込む、その瞬間に溢れた蒼色の光と莫大な魔力反応に、クロノとエイミィだけでなくブリッジにいた誰もが驚きと焦りの声を上げた。
なのはは、咄嗟に反応が出来なかった。
あまりに予想外すぎて、最早慣れ親しんでしまったような感覚に判断が追いつかなかったというのもあったし、
大技を撃った直後の、どうしても襲ってきてしまう気の緩みのせいで思考が周らなかったというのもある。確実に直撃させたのだからなおさらだ。
だから、
「フォトンランサー、ファランクスシフト」
「――え?」
なのはは、膨大な密度の魔力同士が激突したことで周囲に散らばった魔力素によって発生したベールの向こうから聞こえて来た声に、そこから飛び出して来た青色の魔力弾に、呆けた声を上げることしか出来なかった。
「っきゃあ!?」
《Master!》
顔面に飛んでくる物体に対して咄嗟にまぶたを閉じるように、直撃の寸前、反射的になのはが発した防御の意思に反応してシールドが張られる。
シールドは魔力弾の刃先を掴み取るような形で発生し、構成も不完全なそれは数瞬耐えることも出来ずに砕かれ、魔力弾がなのはを襲った。
しかも魔力弾は1つではない。無数の、終わりの見えないくらいの魔力弾の連激が次々と飛んでくる。
なのはは体を丸めて襲ってくる衝撃を必死で耐え、破壊される側からシールドを死に物狂いで作成し続け、レイジングハートは魔力をバリアジャケットへと回す。
なのはの体が魔力素の粉塵で覆い隠される。
「なのは!」
永遠に続くのではと思える程の衝撃からなのはを救ったのは、駆けつけたユーノだった。
彼はなのはを襲う弾幕へと一瞬ひるみながらも突っ込み、なのはの前に立って全力でシールドを張る。
「ユーノ君!?」
ユーノはシールドを襲う衝撃に歯を食いしばって耐え、一瞬の隙を突いてなのはを抱えてその弾幕から飛び出した。
「なのは、一対一だからなんて言ってる場合じゃないよ!
何が起こったか分かってるよね!?」
「う、うん……」
ためらいがちに頷くなのは。まだ信じられない部分もあるのだろう。
更に今彼女は傍目から見ても満身創痍だった。息切れは激しく、バリアジャケットもボロボロで覇気も無い。魔力だって先程までの無茶な戦い方と今の必死の防御で底をつきかけているだろう。
ユーノの顔に冷や汗が流れる。
しだいに粉塵が晴れ、その先にはフェイトが佇んでいた。
だが、その姿は先程までとは異なる。金色に輝いていた髪は水色に変色し、リボンやマントの裏地も青になっている。
バルディッシュの形状も変化し、通常状態では角ばった斧のような形だったのが丸みを帯びた刃物のように、先程の槍形態の時に突き出していた部分は鋭く尖っている。更にその反対側へはまるで羽のように突起物が突き出していた。
更に、そのフェイトの顔は、先程までのフェイトなら絶対に浮かべないであろう表情――喜悦を宿した笑みを浮かべていた。
(まさか、ジュエルシードを発動させるなんて……!)
ジュエルシードは、使用者の願いを叶えようとする宝石だ。
それが使用者の望んだものにならないことは多々あるが、それは別にジュエルシードが願いを歪んで叶えたとかそういう訳では無い。
ジュエルシードは人間では無いのだ。人間のように相手の内面を察して不足部分を補間するなんてことなど出来はしない。
例えば、この事件の最初に出てきた猿や犬、彼らは強くなりたいと望んだ。だから肉体を強化され、更に大きな力をふるえるように凶暴化された。ジュエルシードには、何故力が欲しかったのかが分からないからだ。
例えば、巨大な結界を作ってしまった男の子と女の子。彼らが望んだこと、この2人でいる時間がずっと続けばいいと思った。
だから2人を外界から遮断し、彼らを護る鉄壁の結界を張った。ジュエルシードには、あの2人が一緒にいたいと願った理由が理解できなかったからだ。
例えば、ユーノの時。ジュエルシードは彼を彼の理想の人物にしようとした。ジュエルシードには、変化した後のことは考えられないからだ。
例えば、アリサの時。彼女はあの時なのはを探しており、また自分の抱いている気持ちをなのはが理解してくれることを望んだ。
だからジュエルシードは彼女をなのはの元へと送り届け、更になのはにはアリサの感情を流し込んだ。
これは結局結果オーライとなったが、それでもこれはアリサの望んだ形では無かっただろう。下手したらなのはとアリサの精神が常にリンクするような事態になってしまっていたかも知れない。
結局、ジュエルシードは機械と同じなのだ。こちらの言うことはきちんと聞いてくれるが、条件をきっちりと指定しなければ後は向こうが勝手に決めるしか無い。
そして心なんて持ち合わせていないジュエルシードには、本人が本当に望む形を推察することなどできはしない。
だが、逆に言えば、明確に望んだ部分だけは、ジュエルシードはしっかりと叶えてくれるのだ。
「すまない、遅くなった!」
「フェイト……!」
なのは達の傍らに魔方陣が現れ、そこからクロノとアルフが飛び出してくる。流石にこれは見過ごせない事態になったと判断したのだ。
アルフも連れてきた理由は、まぁ説明せずとも分かるだろう。置いていくと何をしでかすか分からなかったためである。
クロノ達がなのは達の横に並ぶと同時、フェイトが口を開いた。
「いいよ、認めよう。君は強い! 今から君は僕のライバルだ!」
「「「「 ・ ・ ・ 」」」」
「だがどうしたんだそのザマは!?
仮にもこの僕のライバルともあろうものがあれぐらいの攻撃、ものともしないぐらいでないと困るのだがな!」
「「「「………………………」」」」
「ん? どうかしたのか?」
固まっていた4人が、バッと円陣を組む。
「フェ、フェイトちゃん性格変わってない!?」
「ほ、ほら他の暴走体も凶暴になったりしてたし、それと同じじゃないかと……。
ほら、僕の時も妙に自信家になってたし」
「で、でもあれって……」
「ああ……」
((((なんと言うか……すごく……))))
「こらー! 人のこと無視して何コソコソやってんだよおまえらー!」
いつまで経っても自分に反応を示さない4人に焦れたのか、遂にフェイトが怒り出した。
体全体を使って自分、怒ってますアピールをしている。
「大体何だよお前ら! 一対一の尋常な勝負に横から槍入れるとは!
おいライバル! お前そんな手段で勝って満足か!? 僕はいやだね!」
完全に言葉の使い方を間違えている。
「いいか!? ライバル同士ってのはな! 常に一対一で周りの奴もそれを分かってて、
えーとえーと、うおおおおお! で ばばあああああん! で どっかあああああん! で まそっぷ! な関係なんだよ!」
最早意味不明である。しかも段々ボロが出てきてる気がする。
どう反応すればいいのか困った4人はもう丸投げすることにした。
《とにかく、彼女は僕達で何とかしよう。なのは、君は下がってるんだ》
《だ、だけど……!》
《クロノの言う通りだよなのは。もう魔力だって殆どないだろう?
今は回復に専念して、いざって時に大きなの頼むよ》
《主人の過ちを止めるのも使い魔の勤めってねぇ! 今はワタシ達に任せときな》
《う、うん……》
流石になのはも、自分の状態が分からないほど馬鹿では無い。
ならばと、ユーノの言う通りせめて1撃だけでも全力でいけるようにと、安全圏まで退避を始める。
「あ、おい逃げるな卑怯者! 逃げるならせめてジュエルシードを置いていけ!」
当然、フェイトは自分に背を向けて逃走を開始したなのはを追おうとした。
コース上付近にいたアルフがそれに辛うじて組み付き、ユーノがシールドで妨げる。
「くっ、早い……!」
「今の君の相手は僕達だ! なのはを倒し、ジュエルシードを手に入れたければまず僕達を倒すんだな!」
「魔王第二形態までの繋ぎイベントってとこか! そこまで言うならお望み通りにまずお前らから倒してやるよ雑魚敵!」
アルフを振り切り、一旦距離を取るフェイト。
相手のノリに若干合わせたクロノの言葉に、上手いこと乗せられるフェイトだった。
《ああは言ったがアルフ、君、傷は大丈夫なのか?》
《ああ、何の問題もないね! あっという間に完治したし、力も湧き上がってくるよ!》
海上を縦横無尽に飛び回り、フェイトから放たれる洒落にならない量と威力の魔力弾や飛ばしてくる魔力刃をかわしながら、クロノ達は念話で言葉を交わす。
《何でリンクを切らないんだあいつは……。そうか、なら君はクロスレンジを頼む》
《いいけど……アンタの方が上手く食い止めれないかい?》
アルフの疑問に、クロノは自分の両腕を動かしながら答えた。
《申し訳ないが近接戦はNGでな》
割と切実な問題だった。
《しかたないよ》
《最近だらしないねぇ》
まだぎこちない腕をアピールしながらの告白に、ユーノは納得しエイミィはわざわざアースラから茶々を入れてきた。
クロノはそれを必死に無視する。
《そういうことなら分かったよ。任せときな》
《ああ、僕はミドル―ロングレンジで援護するから、ユーノは補助を頼む》
《了解》
それぞれの役割を決めたクロノ達は、早速行動を開始する。
まずはアルフが、今まで回避に専念していたのを一転、弾幕の隙間を縫うようにフェイトに向かっていった。
「墜ちろカトンボ!」
フェイトからの弾幕は途切れない。まだまだその背には、数えるのも馬鹿らしい程の魔力弾が、まるでその背に生える長大な翼のように待機している。
(全く、この魔法だって本当は、長ったらしい詠唱が必要だってのに!
まぁライトニングバインドが無いのは温情だけどさ)
自身に向かってきたアルフに、フェイトはやっと来たかといったような笑みを浮かべて迎え撃つ。
(でもまぁ、フェイトの性格がここまで変わってくれたことは良かったかもねぇ。
これなら……)
アルフは拳を振り上げ、
(変に手加減しちまうこともないってねぇ!)
フェイトが展開したシールドに叩き付けた。
「さっさと目を覚ましなよ、フェイト!」
シールド越しのアルフの叫びに、フェイト笑みを深めて応える。
「確かに、さっきまでの僕だったら母さんの側にいる資格なんて無かったかも知れない。でも……ふっ」
シールドはそのままに、いや、そのままと錯覚する程の速度で、フェイトが移動した。
鎌の形をしたバルディッシュを振りかぶり、現れるのはアルフの真後ろ。
「今の僕なら!」
「っ!!?」
アルフが息を呑み、フェイトがバルディッシュを振り下ろすその瞬間、フェイトへと水色に輝く1つの魔力弾が飛来した。
フェイトはそこから離脱することでその魔力弾をかわす。
「くそっ――うぁっ!?」
そしてそのかわした先で、別の2つの魔力弾の直撃を受けることになる。
その隙を拘束しようと跳んできた鎖型のバインドを、フェイトは更に飛翔することでかわした。
「いったいなーこのー!」
怒ったフェイトがクロノに弾幕を集中させるも、その隙にアルフが接近して拳を振り上げ、フェイトはそれをバルディッシュで受けることを余儀なくされる。
急増にしては、中々のコンビネーションを見せていた。
(思い切りのいい前衛担当は、本当にサポートし易いから助かるな)
急増故に不安も多々あった役割分担だったが、見事フェイトを翻弄し、かなりいい戦いをすることに成功している。
前線でアルフが足止めし、自分がフェイトのスピードを殺し、ユーノが臨機応変に援護する。クロノの思い描いた通りの展開だった。だが。
(アルフから聞いて確認も取ったが、フェイトはあの魔力量にしては防御が弱い筈。
だが今のフェイトは既に何発か攻撃を直撃させているのにさほど堪えた様子も無い……)
最初のなのはの砲撃はジュエルシード解放の衝撃で相殺されたから勘定には入らないにしても、それなりの防御力を有していると思った方がいいだろう。
ジュエルシードの魔力なんてものを使えば、単純にバリアジャケットを作るだけでかなりの防御力になる筈だ。
スティンガースナイプなら多少マトモなダメージを狙えるだろうが、それでは手数が減ってフェイトを抑えることができなくなってしまう。
火力が足りない……それが目下の課題だった。
そこでクロノはふと思い出したかのようにユーノへと話を振る。
《そういえばユーノ、さっきあんなことを言っていたが、なのはにはまだ何かがあるのか?》
《うん。1発が限界だろうけど、当てれば確実に倒せるくらいの砲撃が、1つ》
と、あっさりと課題をクリアすることの出来る答えが返ってきた。
あれだけの戦闘をした後で、どこにそんな魔力が残っているのかとか、その砲撃とやらの威力は一体どれだけ凄いのかとか、クロノは呆れざるを得ない。
《……そうか。なのは!》
《は、はい!?》
いきなりクロノから回線を繋がれたなのはは驚いた風な声を上げる。
《ユーノから、切り札が1つあると聞いた。それは今、そこからでも撃てるのか?》
《あ、うん。今の状態なら、チャージの時間があればいつでも撃てるよ》
その返答は最上級のもの。クロノは頷くと、アルフへと呼びかける。
《よし。アルフ、聞いてたか!?》
《ああ、了解だ!》
説明は不要。アルフは前衛である自分の役割を理解し、より一層フェイトへと張り付いていった。
「ははっ、はははっ!」
水色の魔力弾に体を打ち据えられ、邪魔されて離脱することの叶わないアルフの攻撃圏内においてその攻撃を捌き、反撃しながら、フェイトは思わず笑い声を上げていた。
別に無様な自分を笑った訳でも、どっかがプッツンいってしまった訳でもない。
戦いを楽しむ気持ちが無い訳ではないが、それとも違う。
押されている。確かに明らかに間違いなく押されている。が、それでもフェイトは負ける気が全くしなかった。
近接線を仕掛けてくるアルフとは明らかに力の差があったし、巧みに飛来する魔力弾は確かに痛く、強い衝撃と共に動きを妨害されるがこちらを倒すにはまだまだ程遠い。
間違いなく押されているのに、圧倒的に余裕がある。そんな不可思議な状況に陥る程の、圧倒的な絶対的な力の差。
このまま続けば相手の方がジリ貧になるのは明白。
これが笑わずにいられようか。
アルフの手がバルディッシュの柄を掴む。そのまま引っ張るようにフェイトとの距離を詰め、もう片方の手で握りこぶしを作り叩き込もうとする。
だがフェイトはその拳を体を捻って避け、更にバルディッシュを掴んでいた手の片方を引き絞り、
「フォトン――」
「っ!」
体を引き戻すと共にアルフの腹部へと向けて突き出した。
「――バレットぉあいったぁ!?」
だがその手の平は直前、クロノの放った魔力弾によって打ち落とされる。
お陰でフェイトの手の平から放たれた高密度の魔力の衝撃波はアルフを襲うことなく宙に消えた。
お互いに相手を押し返すようにして距離を取る。
「何てことしてくれるんだよ今すっごく綺麗に華麗に決まってたのに!
お前はロマンってのが分かってない!」
クロノはフェイトの抗議には耳を貸さず、しかしどこか雑な動作で新たな魔力弾をフェイトに向かわせていた。
「フェイト! あんた、自分の為に頑張るって約束したじゃないか!
なのに何でそんな自分を犠牲にするようなことばかり……!」
フェイトの放つ魔力弾を回避しながら、アルフが呼びかける。
「何を言っているんだアルフ、これもそれも、問題なく僕の目的への第一歩だ!」
クロノの仕向けた魔力弾をかいくぐりアルフへと接近しながら、フェイトが振りかぶったバルディッシュを振り下ろす。
それをシールドで受け止めるアルフ。
「フェイトの、目的……?」
「そう、確かにこの前までは、母さんの為に働くことこそ僕の生きる意味だった。母さんに認めて貰いたくて生きていた。
いくら母さんに怒られても、母さんの為に仕事をしている、いつかは認めて貰えるってそれだけで満足していた」
が、そのシールドはフェイトが力いっぱいバルディッシュを振り切ったことで砕けた。
「気付かせてくれたのは、あのライバルだ。
僕は母さんの笑顔が見たかったから、あの頃へ帰りたいから頑張っていたんだ!」
追撃しようとするフェイトとアルフの間を、薄緑色に輝く無数の鎖が遮断する。
更に退路の1方向を経たれたフェイトに向かって、クロノの魔力弾が飛んだ。
だがフェイトはそれを潜り抜け、あるものは被弾しながらもものともせずに距離を取り、その背に展開されるのは再びファランクスシフトの翼。
「母さんの為に働いてれば、いつかあの頃へ帰れるなんて考えじゃ駄目だ。
母さんの笑顔を見るためには、どんな困難な仕事でも、どんな絶望的な状況でも言われたことを完璧に成し遂げれなきゃ駄目だ。
母さんの期待に応えられなかったら叱られてお仕置きを受けて、それで終わりじゃ駄目だったんだ!」
悲壮感などまるで無い、むしろ嬉しげな、弾んだ口調でフェイトは言葉を続ける。
だがそれを聞いている者達の思いはむしろその逆で。
――違う!
フェイトの猛攻で口を開く余裕のないアルフは心の中で叫んだ。彼女は知っている。フェイトは今まで、どんな言いつけでも絶対に成功させてきた。
どれだけ傷つき、倒れそうになっても必死で成功させてきたのを知っている。絶対に失敗しないようにと、フェイトは前からずっと頑張っていたじゃないか。
言われた通りに出来なかったのなんて今回のジュエルシードの事が初めてだし、それだって数は少なかったがちゃんと言われたものを持って帰った。
第一、そこまでしなければ娘に笑いかけることのない母親など、それは既に母親ではない。
「今までの僕は力不足すぎた。そうさ、過去の僕は、母さんの笑顔を望むことの出来る、その位置にすらいないことにも気付かなかった。
でも、今の僕なら。この強くて凄くてカッコイイ僕なら!」
(こなくそおおおおおおおおおお!!)
悲しくて、辛くて、悔しくて、憤ってて、何がなんだか分からなくて。そんなごちゃまぜになった気持ちを乗せ、アルフはフェイトへと接近する。
再度ファランクスの雨を抜けて突撃して来た彼女を、フェイトはその動きを魔力弾で阻害されながらも不適な笑みで迎え撃った。
「だから、僕はあのライバルには本当に感謝してる。お陰で僕は、本当の意味で母さんの役に立てるだけの力を手に入れた!」
そしてその声は、後方で待機していた少女にも届いていて。
――そんな……そんなつもりじゃ
フェイトの話を聞く限り、フェイトがそのように思ってしまったことについて、なのはには何の関係もないだろう。
――そんなつもりで言ったんじゃ
しかし彼女自身も言っている通り、その思考への引き金を引いてしまったのは間違いなくなのはで、
――でも結局、きっかけは自分の言葉で
そして、何でそんなことになってしまったのかというと、
――自分の興味本位で、自分がフェイトちゃんの事を知りたいと願って
「……私の、せい?」
フェイトの謳い上げた内容を聞いて、なのはは呆然と呟く。
そして自分の口から零れ落ちた言葉にハッし、俯くも数瞬、数度首を振り、再び睨むは海上の少女の戦い。
突撃するアルフに対し、フェイトは片手を頭上に掲げ、そこに魔力を溜める。
更にアルフからは見えない、彼女の頭上後方に魔力弾の遠隔生成。あからさまな前方の脅威と、不意を付く後方の脅威の2段構え。
そのまま突っ込んだアルフにタイミングを合わせて、フェイトは掲げた手を突き出した。
当たればそれまで、避けても後ろからの魔力弾が彼女を襲う、その状況で、アルフはその突き出された手を体を捻って避け――
――そのままフェイトへと突っ込み、その体を抱きしめた。
フェイトが驚いた顔をするのがなのはにも分かった。あんなことをしてはアルフ自身もクロノも何一つまともに攻撃出来ない。だがしかし、それは逆に一瞬とは言えフェイトもアルフを攻撃できない訳で。
そしてアルフ達には、それだけで十分だった。
《なのは、今だ!》
クロノの声と共に、水色の光と薄緑色の鎖がアルフごとフェイトを何十にも縛り付ける。
アルフの意思を、無駄にするつもりなど彼らには無かった。
アルフもクロノもユーノも、そしてなのはも、先程のフェイトの発言によってある意味で吹っ切れてしまっていた。
《アンタ、全力で撃つんだよ! 手加減とか躊躇とかしたら後で絶対ガブッといくからねぇ!!》
心の中の感情をそのままさらけ出したかのようなアルフの叫びに、なのはは目を瞑って一つ頷く。
「な、何だこれ!?」
バインドに縛られたフェイトがもがく。直ぐに抜け出してやると力を込めた彼女だったが、ユーノの鎖に縛られた部分の色が元の状態に戻っていた。
それにユーノ不適な笑みを浮かべる。
「ストラグルバインド、縛った相手の魔法効果を強制解除するバインドだよ。
少しだけど一応効果はあったみたいだね」
もがくフェイトをロックオンし、なのはは足元に大型の魔方陣を展開する。
「……ごめんね、フェイトちゃん」
自分へと向けられた言葉に、何とかバインドから逃れようともがいていたフェイトはそちらへと意識を向け、そこに魔方陣を展開し杖を構えるなのはを確認した。
が、彼女の余裕は崩れない。
「おいおい、いくら君だからって、君はさっきまでの戦いでもう魔力も限界だろう?
大体、今の僕はそこらの砲撃じゃ落とせない! 何たって僕は今正に最強なんだから!
……って、」
そして、周囲の変化に気付いた。
戦場が、戦場全体が、まるで星屑のようなキラキラした輝きに包まれていた。
桜色、黄色、薄緑、水色、オレンジ、そして青色の輝きが、一瞬だけ光った後全てが桜色へとその輝きを変えてある一点へと集ってゆく。
《Starlight Breaker!》
「使い切れずに、ばらまいちゃった魔力を、もう一度自分のところに集める……」
集う先はなのはの眼前。星屑の正体は、自分のものだけでは無い、この戦場にいる全員の、これまでに放った魔法の残滓、魔力素。
なのはは戦場から退避していたためフェイトとはかなりの距離がある。にも関わらず圧倒される程、その魔力の塊、輝きは、これでもかとでも言うほどに巨大で、壮麗で。
「集束、砲撃……
って! ちょ、ちょっとちょっとタンマ! それタンマ! ちょっとそれsYレになってないから待った!」
その光景に思わず見とれていたフェイトは、それの内包する桁違いの魔力量とその矛先を向けられるであろう標的にハッとし、慌てる。
あんなもの、冗談じゃないにも程がある。
「私が絶対、お母さんへの道を作るから!
フェイトちゃんとお母さんを、本当の意味で繋げてあげるから!」
――だから、今は。
「いや言ってる意味分かんないぞ! アルフも正気かお前!?」
「ああ、フェイトとなら本望さ!」
「確実に正気失ってるよこれー!? くそー!」
こうなればとフェイトは電撃を自身に纏わせる形で放出するが、それでもアルフはうめき声を上げるだけでどの拘束も緩まない。
「こうなったらバルディッシュ、ジュエルシードもう一個!」
「レイジングハートと考えた、知恵と戦術、最後の切り札」
《……………》
「どうしたんだよバルディッシュ!? バルディッシュ!?」
「受けてみて、これが私の、全力全開!」
沈黙を保ったまま何の反応も返さないバルディッシュ。既に射出体勢に入っている砲撃。
いよいよ後が無くなり、焦りと恐怖でフェイトの体が小刻みに震え始めたのを抱きついているアルフはダイレクトに感じ取った。
「僕が負けたら……。嫌なんだよ……」
「スターライト――」
「嫌なんだよ! もうこれ以上、母さんの悲しい顔を見るのは! 嫌なんだよおおおおおおおおお!!」
既に放たれようとしている砲撃を恐怖を宿した目で睨み、フェイトの絶叫と共に彼女の眼前に全力で魔力を込めた幾つものシールドが展開される。
「――ブレイカー!」
そして放たれる、なのはの砲撃。ディバインバスターなど可愛く見える魔力の濁流が、フェイトとアルフを飲み込んで空へと昇って行く。
「く、くぅぅ! 嘘だーーー!」
先の事件でのジュエルシードで発生した竜巻などそれ1つで全て消し飛ばしてなお余裕でお釣りがくる程のその威力に、フェイトの張ったシールドは数秒で砕け散った。
プレシアには目的達成までにあまり時間をかけていられない理由があった。
それが、彼女の体を蝕む病。現代の魔法医療でも治すことの叶わない、彼女自身のリミット。
だが、それを打ち破ることができるかも知れない存在が現れた。自身のリミットを無くすことのできる手がかりだ。
今ある設備では十二分に解析することは叶わなかったが、充実した設備で、十分な時間があればあの能力もおそらくは完全に解析することが出来るだろうとプレシアは踏んでいる。
しかし、プレシアの目的は彼女の能力の解析ではない。確かに、彼女の能力を自分のものに出来ればまた別の手段を講じることも出来るし、今の作戦を押し通すよりもそちらの方が確実だろう。
だが、それは順調に彼女の能力を得ることが出来た場合の話だ。
既に管理局にプレシアの存在は知られており、研究中に補足されるとも限らない。
研究が終了するまでに自身のリミットが来ないとも限らない。
そもそも、無事解析できたとしてそれを手にすることが出来るとも限らない。
更に、プレシアの元々の目的、それを完遂する為にも時間は足らなかった。
病に関しては、完全にあちら側の技術頼みだったのだ。
しかもそこは既に崩壊してしまった場所。そこから技術を復元し、元々の目的と病の治療、どちらか片一方だけでも間に合わせるのにも不安はあった。
だが、そこに既にサンプルがあるとなれば話は違ってくる。
ゼロの状態からと、サンプルのある状態、どれだけズブの素人でもこの劇的な違いは理解できるだろう。
それにかの地の技術が加われば、ほぼ確実に解析は間に合い、その能力を手に入れることも出来る。希望的観測でも何でもなく、ただ純然たる事実として、プレシアはそう判断していた。
さつきからあまり情報を聞き出せなかったことをよしとしたのも、大部分はこれがあったためだ。
確かに、プレシアには一度引いて管理局の目を逃れ、別の手を企てるという手もあった。そういう手を選べる材料が、迷い込んだ。
だが、
八方ふさがりだった自分の下へと舞い込んだ、かの地の情報。
その地へ向かうために最適な、ロストロギアの発見。
そして此度舞い降りた、自身のリミットをどうにかすることの出来る手がかり。
この流れ、この勢いを捨てるなど愚の骨頂にすら感じてしまったのだ。
余談だが、プレシアは全てが上手く行った暁には本当にさつきに協力してあげるつもりでいた。
彼女はどんな願いであれかの地の技術があれば簡単に叶うものと疑っていなかったし、目的が達成されたのであればそれくらいお安い御用だ。願掛けの意味合いもあっただろう。
元来、彼女は優しい女性なのだ。
だが今、彼女はそんな優しさなど欠片も見えない顔で、目の前で展開される映像を眺めていた。
落胆、侮蔑、憎悪、そんな感情を乗せた目で、海上で砲撃に飲み込まれたフェイトが墜ちて行く様を睨んでいた。
更に、砲撃によって封印されたジュエルシードが砲撃主の魔導師のデバイスへ格納されるのを見て、その視線に敵意さえもプラスされる。
「――もういいわ、フェイト。
あなたは、もういい」
プレシアの足元に、光り輝く魔方陣が展開された。
「何て馬鹿魔力だ……」
『フェイトちゃんとアルフ、生きてるかなぁ……』
例え非殺傷設定であっても2人を心配せざるを得ないレベルの規格外の砲撃に、それを見ていたクロノとエイミィは思わず呟く。
やがて砲撃が収まると、そこには力なく海へと落下していくフェイトとアルフが。
なのはの方へと向かうジュエルシードは置いておいて、クロノはユーノにも合図して彼女達を拾う。
「よし、2人とも生きてるな」
「あのさクロノ……」
2人を回収したクロノとユーノが軽口を叩きながらなのはの方へと視線を向けると、そこには精魂尽き果てたようにへたりこんでいるなのはがいた。
2人はそこへ向かいながら言葉を交わす。
「しかし、まさか集束砲撃とはね。
オーバーSランクの技術、しかもただでさえ体にかかる負担が大きいのにあれだけの量の魔力を束ねるなんて、彼女も無茶をする。ああなるのも当然だ」
「本当に、すごい才能だよね。ついこの間まで魔法の存在を知らなかったなんて嘘みたいだ」
なのはの待つビルの屋上に2人が降り立つと、なのはが慌てるように立ち上がって2人に――正確にはフェイトに駆け寄ろうとする。
「フェイトちゃ……」
「ストップだ」
それを、クロノが止めた。いや、止めるまでもなくなのははふらついて倒れそうになる。
降り立つと同時にアルフを降ろしたユーノがそれに駆け寄り、受け止めた。
「あっ……」
「とっとと」
それを見たクロノが呆れ顔になる。
「言わんこっちゃない。あれだけの魔法を使ったんだから当たり前だ。2人とも大丈夫だから安心しな。
それにこう言っては何だが、あんなもの喰らったら、2人とも暫くは目を覚まさないぞ」
クロノの言葉になのははほっとしたような空気になり、しかし少し影のある顔で視線を下げてしまう。
数瞬の沈黙。
とそこで、会話が途切れたのを見計らったのかフェイトと共にクロノに抱えられていたバルディッシュが動いた。
《Put out》
バルディッシュから吐き出される、残りのジュエルシード8つ。
なのはが勝利した証である。
しかし、タイミングが最悪であった。いや、バルディッシュには何の非もない。
バルディッシュが声を発すると同時に、別の声が皆の頭の中に鳴り響いたのである。
アースラからの通信によるエイミィの、《みんな、来るよ!》の声が。
バルディッシュからジュエルシードが排出されるのとほぼ同時に天から降り注いだ、紫色の雷。
クロノは場の空気的なもので、ジュエルシードを初めからなのはに受け取らせる気だった為に確保への手が遅れた。
なのはは素早く動ける状態ではなかったし、ユーノはなのはとアルフを抱えて退避するだけで精一杯だった。
結果、降り注ぐ雷から退避する直前で咄嗟にクロノが確保することの出来たジュエルシードは、1つだけで。
残りの7つは、雷に飲まれ天へと――否、次元空間へと昇っていく。
《エイミィ!》
だが、それの齎すものは悪い知らせばかりでは無くて。
《ビンゴ! 尻尾掴んだ!》
《よし!》
この事件を終わらせる為の、今度は管理局員達の最後の戦いが始まった。
―――「武装局員、転送ポートから出動! 任務は、プレシア・テスタロッサの身柄確保と、弓塚さつきの救出です!」
「やっぱり、次元魔法はもう体が持たないわ……
それに、今のでこの場所もつかまれた」
荒い息を吐きながら、プレシアは屈めていた身を起こした。その足元には、真っ赤な鮮血が飛び散っていた。
「あの娘との約束を……守らなくちゃ……」
ふらつく身体を動かし、プレシアは客人を迎える準備に向かった。
望まれない客人を迎える、準備に。
なのは達がアースラのメインルームに戻った時、モニターでは玉座の間で椅子に座ったプレシアがアースラの局員に取り囲まれるところだった。
『プレシア・テスタロッサ、時空管理法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑で、貴女を逮捕します』
『武装を解除して、こちらへ』
「リンディさん、フェイトちゃんとアルフさん、どうしたらいいでしょうか」
「あらなのはさん、お疲れ様。
後は私達が何とかしますから、部屋でゆっくり休んでいてくださいね。かなり疲労している筈よ。
フェイトさんとアルフさんには、早急に部屋を用意しておくわ」
「はい……。あ……、」
とそこで、モニターに映されている人物になのはの目が留まる。
「この人が……フェイトちゃんのお母さん」
「―――。」
――ピクリ、と、フェイトの手が動いた。
局員に囲まれながらも平然とした様子でいるその女性に、なのはの胸に表現しづらい感覚が渦巻く。
『おい、何かあるぞ!』
プレシアを包囲していた者たちとは別に、周囲を捜索していた局員の声が響く。
皆の視線は自然、その様子を映し出すモニターへと向かった。
最初に見えたのは、円柱系の水槽だった。
水槽の中には、何らかの液体が満たされていた。
『っ!? こ、これは……』
「へっ!?」
局員となのはの驚きの声が重なる。その中には、一人の少女の裸体が浮かんでいた。
なのはの良く知る、フェイト・テスタロッサと寸分違わぬ容姿をした、少女だった。
あとがき
ホモじゃねぇっつってんだろ! いい加減にしろ!
えー、スターライトブレイカーの描写が原作と違いますが……こっちの方がかっこいいじゃん!(←
つー自分勝手な考えでやらせていただきました。うん、正直すまんかった。
てか雷刃の言葉遣いが何か違う……アホの子のイメージが強いけどボロ出さなきゃただの厨二的言葉遣いの筈なんだよなぁ
なんかコレジャナイ……やっぱまだ未熟だなぁ