日差しが傾き始めた林の中、一匹の狼が一本の木の根元で体を横たえていた。アルフだ。
彼女は先の連戦における体力の消耗とダメージが尋常ではなく、今は体を休めざるを得ない状態であった。ある程度回復したら、何とかして管理局と渡りをつけるつもりでいる。
そして体を休めている間その思考を占拠するのは、手酷い扱いを受けていた自らの主人と、見捨てる形になってしまった、一時的とは言え仲間だったさつき。
そしてそれらの元凶であるプレシアのことである。
確かに、プレシアは昔からフェイトには冷たかったし、手酷い扱いもしていた。
ずっと一人で寂しがっていたフェイトをいつも放っていたし、言いつけられた研究の材料の調達から戻って来ても、言われた物はきちんと持って帰ったのにはたかれたりしたことだってある。
だが、それにしても今回のは異常だった。今までの暴力とは一線を画す、本格的にフェイトを痛めつけるもの。あそこまでのものは、このジュエルシードに関わるまでは無かったものだった。
(昔は優しかったって言うけど、悪いけどワタシは信じられない。
ワタシにゃ、何でそこまであの女の言いなりになってるのか分からないよ、フェイト……)
今更だが、アルフは使い魔だ。使い魔というのは基本、瀕死又は死亡直後の動物をベースに作られる。これは別に健康体の動物でも可能なのだが、それはそれ、道徳上の問題というやつだ。
何せ使い魔となった動物は、使い魔となる前と決して同一とは言えない。使い魔となる前の記憶を引き継いだりもするが、それだけだ。つまり、悪く言うと使い魔の元となった動物は使い魔になる時にどうしても死んでしまうことになるのだ。
つまるところ、アルフはフェイトの使い魔である訳で、ということは当然、アルフは実質フェイトより幼いということになる訳で。
そしてアルフは、フェイトの使い魔となって覚醒してからこっち、優しいプレシアというものを見たことがないのである。
(とにかく、無事でいておくれ、フェイト……さつき……)
「フェイト、起きなさいフェイト」
「……はい、母さん」
自分を呼ぶ母の声に、フェイトは意識を覚醒させ横たわっていた冷たい床の上から起き上がった。
「あなたが手に入れてきたジュエルシード9つ、これじゃ足りないの。最低でもあと5つ、出来ればそれ以上。
急いで手に入れてきて、母さんのために。いいわね、フェイト」
母親の要求に、フェイトは躊躇うことなく頷く。
「はい、母さん。
あの母さん、さつきは……?」
そしてその後に、気になったことを訊いた。
フェイトは自分がこの部屋に連れられる間に、プレシアがアルフにさつきを処分しておけと言ったのは聞いていたが、
アルフがそんなことをする訳が無いのは分かるし、プレシアもあの時は怒った時の勢いで言ってしまっただけだと信じていた。
となると当然、無理な転移魔法で傷ついていたさつきをフェイトは心配する。
「ああ、あの娘は無事よ。もう帰ったわ。
怖いからもう嫌だって逃げ出した、あなたの使い魔と一緒にね」
プレシアの言葉に、フェイトが抱いた感情は納得だった。
遂に愛想をつかされたか、と。
「……そっ、か。
でも母さん、さつきは願い事があって……」
「その事なら既に叶ったと言っていたわ。
もう厄介ごとはゴメンだから、二度と会わないようにってね」
「……そう、ですか」
母から告げられたその事に、フェイトはただ思う。良かった、と。
「必要なら、私がもっといい使い魔を用意するわ。忘れないで、あなたの本当の味方は母さんだけ。
いいわね? フェイト」
ここは高町家のリビング。数人の人影が机を囲むソファーに座ってくつろいでいる。
「と、そんな感じの10日程だったんですよ」
「あら、そうなんですか」
とまぁどこぞの道端会議の如く談笑するのは奥様2人。
前者がリンディで後者が桃子である。そう、今なのははリンディを連れて家への帰宅を果たしており、只今リンディによる高町家の面々へのこの9日間の報告(と言う名のごまかし)兼挨拶の最中なのだ。
同席しているのはリンディ、なのは、ユーノ(フェレット)、桃子、美由希、恭也。
なのはは久しぶりの家庭で美由希と恭也に挟まれてとてもくつろいでいた。
信じられないことにあの会議から数時間しか経っていない。
高町家の方は丁度たまたま時間が空いていたのであるからいいとして、アースラ組はあれだけのことがあったにも関わらずこの迅速さ、ぶっちゃけ有り得ない。
リンディが他の様々な案件よりも一協力者であるなのはを少しでも早く自宅に一時帰宅させることを優先したというのか、はたまたアースラの船員がそれだけ優秀なのか……
《リンディさん……見事な誤魔化しと言うか……真っ赤な嘘と言うか》
《凄いね》
《本当のことは言えないんですから、ご家族にご心配をおかけしない為の気遣いと言って下さい》
そしてそんなリンディの口八丁ぶりに戦慄するなのはとユーノ。
と、そのまま談笑に入った奥様方を他所に、なのはへとかかる声。
「なのは、今日明日くらいは、お家にいられるんでしょ?」
「うん」
「アリサもすずかちゃんも心配してたぞ。もう連絡はしたか?」
「ん、さっき、メールを出しといた」
声をかけた二人、美由希と恭也はなのはの返事にそうか、と頷く。
だが、なのはの視界が別の方を向くと共に、2人は釈然としない表情でお互いに顔を見合わせた。
そしてアースラ。こちらは今後の行動の為に周辺の次元空間のサーチやら資料の洗い出しやら現場の手がかり探しやらで絶賛大忙し中である。
艦長不在中、艦の全権を預けられたクロノもてんてこまいだ。
そんな中突如、艦内にアラートが響きわたった。
「ああくそっ、この忙しい時に! どうした!」
昼間の件でごたごたしているのに続き、艦長不在のところに起こった事態に、クロノは苛立ちの声を上げる。
というかその艦長の帰りも少しばかり遅い気がしないでもない。
「海鳴市内に、魔力反応です!
これは……フェイト・テスタロッサのものですね。該当地区の映像出します!」
船員の言葉と共にメインルームの前方にモニターが展開され、その場所の映像が映し出される。
そこには一匹のオレンジ色の狼が、足元に魔方陣を輝かせ微弱ながら魔力を放出していた。
それを見たクロノが怪訝そうな顔をする。
「何をしている? ……いや、これは、誘ってるのか?」
と、クロノの前に現れる新たなモニター。そこに映し出される人物。
『何か起こったようですね、クロノ執務官』
「艦長!」
リンディはどこかの家の裏手と思われる場所から通信をしているようだ。
その口元のある一点から全力で目を背けつつ、クロノはリンディと意見を交わし始めた。
『私は今から急ぎ艦に戻ります。状況は?』
「これを」
モニターの向こうでリンディがクロノ動揺困惑する。当然だ。
リンディ達の予想では、今のフェイト達にはもう余力は無い筈だった。そもそもつい先程あれほどまでにボロボロにされたばかりなのだ。
そして再び姿を現したこと。これもまた予想外のことだった。
もう地球には落ちているジュエルシードは無い。必然、フェイト達の求めるジュエルシードは全て管理局の手の内である。
リンディ達からすれば、フェイト達はこれでこのまま姿を眩ますだろうから、この後はその足跡を追うのとプレシア方面からの2つのルートで彼女達を追いかけるつもりだったのだ。
モニターの向こうからリンディが消え、転送ポートから光が溢れる。
「これは、罠かしら?」
「というより罠以外に無いでしょう。彼女達は間違いなく消耗していますが、こちらが準備を整える前に仕掛けようという魂胆でしょうね。
まだ諦めてないということが分かったお陰で、その準備自体が減りましたが。
目的は……人質でも取るつもりでしょうか?」
ポートから歩き近づいてくるリンディの問いかけに、クロノは前を向いたまま指で口元をすくうような仕草をしながら答えた。
「そんなところかしらね。でもだからと言ってこの期を逃すわけには……
ちなみにクロノ、罠が張られていたとして、貴方なら彼女達を捕獲できるかしら?」
その仕草をなぞって手を動かしたリンディが、そこに付いていたクリームを掬い取る。
そして慌てず騒がず冷静にそのクリームを舐め取った。
「愚問ですね。
……と言いたいところですが、今の僕の状態では罠によるとしか」
「じゃあ、第一波は通常の局員数名を送り込んで……」
「! ちょっと待って下さい! あれは!」
クロノの返答を受けてリンディが対応を決めようとしたその時、モニターに新たに人影が現れた。
それにクロノが驚きの声を上げ、リンディは焦る。だってそれはどう見ても……
「なのはさん!?」
存在をアピールしているアルフの元へ文字通り飛んで駆けつけようとしている白いバリアジャケットを纏った少女の姿だった。
確かにリンディは、高町邸を後にする時なのはに釘を刺さすことはしなかった。
だってそうだろう。そのようなことをしなくとも、指示が無い限り普通は待機する。指示が無いことこそが指示だと推測して。
普段が優秀な部下ばかりなせいで、なのはがあまりにもしっかりとしているせいで忘れていた。彼女がまだ9歳の女の子なのだと。
そして甘く見ていた。彼女の、良く言えば馬鹿正直さ、悪く言えば猪突猛進さを。
「クロノ!」
「はい!」
言われるまでも無い。クロノはすぐさま身を翻して転送ポートへ駆け、既に準備に入っていたエイミィがクロノがポートに飛び込むタイミングでパネルの転送開始のボタンを押した。
「あれって……アルフさん?」
なのはが魔力の反応を感じて急ぎそこへ駆けつけると、上空から見下ろす形でアルフを発見した。そして歓喜する。
彼女はフェイトのこと、そして何よりさつきのことが気になって、心配でしかたがなかったのだ。
「アルフさん!」
躊躇うことなく降下し、アルフの目の前に躍り出た。アルフはそれに魔力の放出を止めて向き直る。
「……ああ、あんたかい。良かったよ。誰も来ないもんだから心配になってたとこさ」
「さつきちゃんは? さつきちゃんはどうなったんですか!?」
「………………」
一も二もなく放たれたなのはの問いに、アルフは何故か黙り込んでしまった。それになのはの不安が増大する。
だがその沈黙になのは焦れ始めたその時、
《Stinger Ray》
上空から響く機械の音声と共に、アルフを無数の魔力弾が襲った。
「え!?」
巻き上げられた粉塵がなのはからアルフの姿を隠す。驚いたなのはが魔力弾の飛んできた方を見上げると、そこには杖を突き出して厳しい表情で地上を睨みつけるクロノが。
なのはの見つめる先でクロノは杖を構えたまま降下する。
アルフが魔力弾をろくに避けも防ぎもせずにモロに喰らい、倒れ伏したのを確認したクロノはその結果に拍子抜けし、しかしだからこそ周囲の警戒を怠ずになのはの傍らまで着陸した。そしてなのはに詰め寄る。
「高町なのは! 君は何をしているんだ!?」
「クロノ君!? 酷いよ、いきなり攻撃するなんて!」
ほぼ同時にクロノのいきなりの所業になのはが非難の声を上げるが、一体誰のせいだと思ってるのか。
「どう見ても罠だろうこれは! 大体指示も無いのに勝手に動くんじゃない!」
当然、クロノは反論するがなのははそれにキョトンとした顔をする。
「え? だってなのは達、今お休み中だよ?」
「…………あー!」
数瞬、なのはの言いたいことを理解し、頭を抱えるクロノ。まさかそうくるとは思ってなかった。
そうこうしているうちに、ピクリとも動かないアルフを中心に青色の魔方陣が展開される。
クロノ達の予想とは裏腹に、そのまま何事も無くアルフはアースラへと転送されてしまった。
念話で確認しても、気絶したふりをして向こうで暴れているということも無ければこの周囲にフェイトが居る反応も無いらしい。
色々と腑に落ちないが、何も無いなら今はそれでいい。それよりも、とクロノは手先の問題であるなのはへと向き直る。
「とにかく、君は今日はもう帰るんだ。色々な調べは僕たちがやっておく。
分かったことは明日にでもすぐに伝えよう。フェイト・テスタロッサについても、弓塚さつきについてもきちんと聞き出しておくから」
「わ、私も……」
クロノの言葉に食い下がろうとするなのはだが、
「帰 る ん だ 。
君には近いうちにまた働いて貰うことになるだろうし、
明日の朝一番で分かったことを報告すると約束するから」
結局、有無を言わさず強制的に帰らされてしまうこととになった。
そしてアースラ。
捕まったアルフが目を覚まして直ぐ、その取調べは開始された。行っているのはリンディとクロノ、そしてエイミィ。
これまたアースラ側の予想に反して、アルフは至って大人しいものだったためそこまでの流れはとてもスムーズなものだった。
ここまでくると流石にリンディ達も気付く。もしかして彼女は、最初からつかまるつもりであそこに現れたのではないか、と。
そしてそうとなれば、対応もまた変わってくる。
「アルフだったか。もしかして君は……」
「ああ、あんたらに、話があるんだ」
やはりか。とリンディとクロノは顔を見合わせる。
しかし解せない。これまでの彼女達の必死さは尋常では無かった。それらを全て無に帰すかのようなこの行動。
そして現れたのがアルフ一人だけというこの状況。何かがあったのは間違いないだろう。
「どうも事情が深そうだ。
正直に話してくれれば、悪いようにはしない。君のことも、君の主、フェイト・テスタロッサのことも」
「話すよ、全部。
だけど約束して欲しいんだ。フェイトを助けるって。あの子は何も悪くないんだよ!
……それと、さつきのことも」
「約束する。記録もそこのエイミィが採ってる。安心して話すといい」
クロノが視線で示す先で、エイミィがアルフに向かって頷く。その言葉を受けてアルフは話した。フェイトの裏事情を。
全てはフェイトの母親、プレシア・テスタロッサの指示だったのだということを。
フェイトはこれまでも、プレシアに言われて様々なところへ実験材料の調達に駆り出されていたということを。
そして、今までフェイトの受けていた扱いを。元々手酷かったものが、このジュエルシードに関わってから明らかに虐待の域に達していたということを。
そして、遂にそれに耐え切れなくなった自分と、それに巻き込んでしまったさつきのことを。
それまで黙って話を聞いていたクロノが、話が一区切り付いたと判断したところで大きく頷く。
「話は分かった。それが本当なら、彼女には十分情状酌量の余地がある。安心してくれていい。
勿論、僕達も全力で彼女を助けると約束しよう」
アルフの緊張していた空気が緩むのが感じられた。
「さつきさんは、無事なのかしら?」
そしてアルフの話を聞いたリンディが、さつきの居場所に裏づけがとれたことへの安堵と、話を聞いたことによる不安と共に、アルフへと訊く。
「分からないよ……フェイトが無事なのは分かるんだ。でもさつきは……。
プレシアの奴、最初は瀕死のさつきを見て処分しておけなんて言ったんだ! 正直、どんな扱いを受けてるか……」
「………」
が、アルフの返答に、リンディは思わず黙り込んでしまう。
「お願いだ、さつきのことも助けてやってくれよ!
あの子、馬鹿みたいなお人よしだ! ワタシ達からジュエルシードブン取っちまえば良かったのに、約束だからでそれをしなくて、
こっちの都合に巻き込んじまったのに、ワタシを逃がす為に自分から攻撃喰らって……」
自分の言いたいことを、リンディたちがさつきを助けようと思えるようなことを全部伝えようと、アルフは目を泳がせながら次々と言葉を放っていく。
「それに、あの子、多分まだ願い叶えてない!
前言ったんだ、フェイトは、その、優しいから、前払いで先に願い事叶えたら? って。
そしたらあの子、願い事叶えたらうちらのこと手助けすること出来なくなるからいいって。
元々、万が一の時にさつきだけでも願いを叶えれるようにってジュエルシード置いてったってのに、でも、さっきプレシアのとこに連れて来られた時、それっぽいとこ何も無かった……!」
「言いたいことは分かった、だから落ち着け。出来る限り、力を惜しまず努力すると約束しよう」
話しているうち、しだいに言葉が滅茶苦茶になってきたアルフをクロノが宥めた。
それに一応は落ち着いたのか、アルフは静かになって項垂れる。
それを見計らって、リンディが更に質問する。
「アルフさんは、さつきさんの願い事は知らないのかしら?」
「ああ……、どっか行きたいとこがあるって聞いたけど、それだけで詳しいことは何も」
リンディ達は眉を潜めた。
それだけのことならば、別にジュエルシードを使うまでも無い筈だ。もし地球の技術では無理だとしても、一応ユーノがそこら辺の交渉はしたと言っていた。
暗喩的な言い方か、それともまだ別に条件があるのか。
「それで、フェイトさんのことなのだけれど……、
申し訳ないのだけれど、今までのフェイトさんの発言の内容と、貴方から聞いたプレシア女史の振る舞いで、差異がありすぎると思うの。
勿論、フェイトさんが自分のお母さんを愛するとてもいい子なのは分かるのだけれど、それでもちょっと気になってしまって。
何か心当たりとかあるかしら?」
「……昔は、優しい母親だったらしいよ。
流石のフェイトでも、今の母親が何かおかしいってのは気付いてた。でもあの子、その大元はずっと変わらずに優しい母さんのままだって信じてんだよ。
だから、今回のジュエルシードのことだって、きちんと持って帰れば、またあの優しい母さんに戻ってくれる筈だって、あの娘。
でもさ、ワタシが生まれた時は、もうプレシアはあんなんで、ワタシはプレシアが優しかったとこなんて一度も……」
「分かったわ。ごめんなさいね、無神経なこと訊いてしまって」
アルフからとりあえずは聞きたいことを全て聞いたリンディとクロノ、そしてエイミィは、アルフの扱いを手早く決め、早速ブリーフィングルームへと向かった。
「う……ん? ……ん!?」
意識を覚醒させて早々に、さつきは疑問の声を上げることになった。
何せ、見覚えの無い空間で、ハンモックのような形で宙吊りにささえられているのであるからして。体の下にも何らかの力場があるようで、辛くはない。
更に周囲には、よく分からない大小さまざまな機材が点在していた。
(……あ、そっか)
そして周囲を見渡して、どこぞの中世のお城のような作りに、電球ではない色々と謎な光で照らされているその部屋の雰囲気に、さつきは気を失う寸前のことを思い出す。
思い出して、焦りと恐怖心がその体を支配した。
軽いパニック状態に陥りながら、さつきはその身を縛る拘束から抜け出そうと思いきり体を捻る。
しかし……
(と、解けない!?)
彼女の力をもってしても拘束を破ることができなかった、のでは無い。
どのように力を入れても、さつきの体が上下するだけで魔力の糸が伸びきらないのだ。
更に言うと、さつきが気絶している間にいらぬところからもエネルギーを抽出して復元呪詛が発動したのか、体がやたらとだるい。
さつきが更なるパニック状態に陥りそうになったその時、部屋の扉が開いて、一人の女性がその部屋の中に入ってきた。
「起きたようね」
「あなたは……」
感情の揺れるその隙間に水をさされ、一時とは言え我に返るなるさつき。
そこに現れたのは、先程フェイトを虐待していた、暫定フェイトの母親。
「じゃあ、話して貰うわよ。あなたのレアスキルについて」
「………?」
突然そのようなことを言われても意図の読めないさつきは当然、疑問符を浮かべる。
その女性はそんなさつきを冷たい目で見下ろし、その手に持つ杖が縮小して何らかの柄のような形状になるとそれを反転させその先から魔力の刃が飛び出し――
――その刃をさつきの太ももに突き刺した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
絶叫するさつき。女性が刃を抜き取ると、そこから流れ出た血液が床を汚す。
「あっ……ううっ……あああ! っ……!!」
さつきは必死に傷口を押さえようとするが、気を抜いた瞬間に手と足が引っ張られ、逆に手で傷口を擦る形になってしまっていた。
数秒の後さつきの取った行動は、足はピンと延ばして動かないようにし、手で手首を拘束しているリングから伸びる魔力の鎖を握り締めて叫び声を堪えること。
そんなさつきの様子を彼女を傷つけた本人は無感動に見下ろし、さつきが暴れるのを止めると同時にその傷口に顔を近づける。
さつきが涙の流れる顔で恐々としながらそれを伺っていると、その女性が口を開いた。
「これよ。少しずつだけれど、傷口が治っていっている」
それまで無感動だった女性の顔に、喜悦の色が浮かぶ。
普段の復元呪詛には遠く及ばない、さつき自身でも自覚できない程ではあるが、肉眼でギリギリ確認出来るという異常な速度でさつきの傷口は治っていっていた。
彼女はあえて治り始めているとは言わない。
「おかしいと思ったのは、私から受けた雷撃によって受けた傷が、見る間に治っていった時」――
~~~~~
「そう言えばクロノ、あなたは気付いたかしら、さつきさんのレアスキルについて」
ブリーフィングルームである程度の情報整理と今後の動きが纏まった後、リンディがクロノへと切り出した。
「彼女のレアスキル……ですか?」
「ええ、特にあの回復能力について」
言われて、クロノは思案する。あれは目立ちはしないが、目下さつきの能力の中で一番厄介な代物だ。
人1人を倒すのに、過剰過ぎる威力なんていらない。そもそもあの威力も、さつき自身が未熟なせいで宝の持ち腐れとなっている。
しかしあの馬鹿力は、彼女の回復能力と合わさることでとてつもなく厄介なものへと変貌する。
だが、『気付いたか』とまで言われるような新たな情報には心当たりが無い。
そんなクロノを見て、リンディはエイミィに指示を出した。
「エイミィ、今日さつきさんが現れた時の映像、出してくれる?」
「はい」
エイミィがパネルを操作し、クロノ達の前にそれぞれ小窓のモニターが出現する。
そこに映し出されるのは、今日の事件時、沿岸にさつきが現れた時のもの。
「どうかしら?」
「………」
リンディの言葉にしばらく画面とにらめっこするクロノだが、結局分からなかったらしく、悔しそうに顔を伏せる。
それを見てリンディは再度、エイミィへと視線を送る。
「じゃあ、もう一つ。エイミィ、9日前の事件の終盤のところの映像お願い」
「はいはいー」
対するエイミィは何らかのクイズ感覚なのか段々ノリノリになってきた。
「んーっと、ここ」
と、別窓で流れ始めた映像をリンディが途中でストップする。
それと連携して止まるクロノ達のモニター。それはさつきがアルフの雷の中に突っ込み、倒れた時のものを拡大したもの。
「さて、これで分かるかしら?」
「…………………………」
再度にらめっこを始めるクロノ、そして、
「あっ」
「な!?」
何かに感付いた声を発したのはエイミィだった。しかもかなりすぐに。
クロノはそれに焦りの声を上げて振り向く。
リンディはそんな様子にクスリと笑い、エイミィに続きを促す。
「はいエイミィ、どうぞ」
「火傷の痕がありません」
確かに、非殺傷設定は対象に一切傷を付けない正に魔法の技術だ。
だがそれにも限度はある。その魔法そのものではなく、副次的な効果にはその効果は及ばないのだ。
例えば先の戦いでクロノが注意していたように、相手を思いっきり吹き飛ばせば相手は地面等との激突で怪我をするし、魔力弾に弾かれた石なども普通に相手を傷つける。
クロノ達の世界では魔法以外の兵器の使用を法律で禁止しているのだが、魔法でそこら辺にある固形物を射出するという、わざわざその法律の隙間を縫うように作られた魔法もあるくらいだ。
そして雷によって発生する熱もまた、その例に漏れない。
だがそのエイミィの答えにクロノは首をかしげ、
「? だからそれは彼女のレアスキルで治し……あっ!?」
直ぐに気が付いた。
「そう、雷に打たれて出来た火傷なんてもの、例え治癒魔法で治したとしても必ず痕が残ってしまう筈なのよ。
何せ治癒魔法は"傷"を"直す"のではなく、"治す"魔法でしかない。あれほどの火傷、治ったところで痕が消える筈も無いわ」
「ではこれは……」
「ええ、彼女の能力は、自分の傷を治すなんてものじゃなくて……
具体的に何が起こっているのかは分からないけれど、もっと別の、それも、結構とんでもないもののような気がするのよね」
確かに結構とんでもなさそうな現象だがイマイチとんでもなさが分かりづらい上に今のところはだから何なんだという新情報に、クロノが反応に困った。
確かに口慰みに出た内容のような流れだったがだからと言ってせめて落としどころは欲しかった。
そんなクロノを他所に、リンディは「ユーノさんはこのことを知っていて『回復能力』と言っていたのかしら?」等と呟いていた。
~~~~~
「あなたの体、調べさせてもらったわ。色々とね」
自身がさつきの能力の異常性に気付くまでの経緯を説明したプレシアが、遂に本題へと入る。
「案の定、貴方のこの力は"傷を治す"なんてものではなかった。
まるであらかじめ自身の形がある形で固定されていて、それを保とうとしているかのような、そう、言うなれば『復元能力』」
プレシアがさつきの顔を探るように睨めつける。
「でも、それでは説明が付かないこともあった。だってあなたの細胞、きちんと常に成長し続けていたのですもの。元の形が設定されているのならば、成長はそこで止まっている筈。
それにあなたの細胞、老化以外の要因で少しずつ壊れていっているわよね? 本当に注意深く検査しなければ分からないくらいだったけれど。この能力の代償かしら?」
疑問を投げかけるように言葉を発するが、答えは期待してなかったのだろう。
数瞬言葉を切るが、痛みに耐えるさつきが何も言わないのを確認するとそのまま続ける。
「でもこれの全てに説明を付けることも出来た。
……あなたのレアスキル、まだ不完全なのではなくて? 完成させることができれば、今この体の状態を、完全に固定化することも出来るんじゃあないかしら?」
ここまで来れば、誰だって相手の目的が何なのか分かるだろう。
さつきの伺う先で、プレシアは凄みをきかせて言い放った。
「教えなさい。あなたがこの力について知っていること、その全てを!」
あとがき
某所でエタったと勘違いされていたようですが……
誰がエタるかこのやろーーー!(蹴
……うん、本当にごめんなさい。でも続きを待っててくれる人が少しでもいる限り僕は絶対にエタりません
エタるにしてもこ↑こ↓の前書きら変にその旨書きます
さて、散々待たせてしまっておいてこれだけというのはふざけんなだと思いますので、次の話は明日載せます。
そっから先は5日ごとに載せていきます。
なげーよと言われるか分かりませんが、そうしないとまたすぐ月一更新とかになってしまうのですいません。
しかし本当に書き溜めにしといてよかった。何度重要な部分書き直したことか……