それなりに大きな家の、晴れ渡った空の光が差し込むリビングの床に座り、クレヨンで母親の似顔絵を書いている今より更に幼い自分。
そこに母さんが、手作りの焼き菓子を入れた籠を持って入ってきた。
「はーい、お待たせ」
「ママ!」
私は急いで母さんの前へ駆け寄る。しかしその目は誤魔化しきれない程母さんの持ってるボックスに釘付けで……
「ジャムいっぱい入ってる?」
「ふふ、もちろん」
「わーい、ママ大好き!」
飛び跳ねて喜ぶ自分を、母さんは温かい笑顔で見守っててくれていた。
「ママ、今日も、おしごと、おそくまで?」
「ごめんね」
私の我が侭に、母さんは本当にすまなそうな顔をして出かけて行った。
どうしても母さんと一緒に晩御飯を食べたかった私は、作ってくれてあった食事に手を付けずに待っていたのだが、途中から眠ってしまっていた。
母さんが帰って来た時に起きることが出来たのは幸いだろう。
その日、一緒のベッドに入りながら私は母さんに問いかけた。
「ママ、いつまでいそがしいの?」
「来週実験があってね、それが済んだら、少しお休みを貰えるわ」
「ホント?」
「うん、きっと」
「ピクニック、行ける?」
「うん、どこにでも行けるわよ」
「やくそく、だよ?」
「うん、約束」
この頃の私は、我が侭ばかり言って、母さんを困らせてばかりだった。
それでも母さんは、限りある時間の中で、私にたっぷりの愛情を注いでくれていた。
「おいしい?」
「うん!」
これは……ピクニックに行った時の記憶だ。まだお母さんの仕事がそこまで忙しくなかった頃の。
緑いっぱいの自然の中で、母さんの作ってくれたサンドイッチを食べて、母さんは野花で作ってくれた花輪を私の頭に乗せてくれたっけ……。
あの時の母さんの笑顔は、今でも私の瞳の奥に焼き付いている。
**********
マンションの一室を、疲れたような表情で歩く人影があった。さつきだ。
「はぁ、何か最近、電撃に慣れてきちゃったかも……」
ぶっちゃけ全然嬉しくない成長である。
結局、さつきはアルフに何も聞くことができなかった。
色々と気にはなる、気にはなるが、それを聞いてもメリットが無いどころか、もしかしたら下手をすると今の関係が崩れることになるかも知れない。それが怖かった。
さつきは疑問に向き合って始めて、自分がフェイトのことを何も知らないことに気付いた。
いや、ずっと気付いてはいた。知る必要が無かっただけで、自分の嫌なところを見るのが嫌で、目を背けていたのだ。
例えば、フェイトの願い事、ジュエルシードを欲しがってるお母さんを喜ばせたい。
もしこれがフェイトが独断でやっていることだとしたら、その母親は絶対に喜ばないだろう。
実の娘がこんな危険を犯し、あまつさえ犯罪行為に手を染めてまで自分のためにジュエルシードを集めていると知ったら、絶対に悲しむ。更にはその母親にまで迷惑がかかる。
母親に言われてやっているのだとしたらそれはそれで大問題だ。まぁ、さつきにとってはこちらの方が都合はいいのだが。
(結局のところ、自分本位なんだよね……)
ここでフェイトにそこら辺のことを確認して、もしこれがフェイト自身の暴走だとしたら全力でフェイトを説得せざるを得なくなる。そしてそれはとても困る。
結局さつきは、その疑問から今までもこれからも目を背け続けることしか出来ないのだ。
自分の薄情さに落ち込まざるを得ない。
(でも……)
それでも、気になってしまうことはある訳で。
(ああ見えてフェイトちゃん、まだ9歳なんだよね……。
それならお母さんの為に必死になれるっていうのも、納得……ううん、やっぱり無理だ。
あんなに傷ついて、それでもジュエルシードのことしか……お母さんの為に尽くすことしか目に入らないなんて)
さつきの胸に言葉では言い表せないようなもやもやしたものが溜まっていく。
気がつけばさつきはフェイトの寝室の前にいた。
(………………)
意を決してそっと扉を開け、中に入る。
広い、殆ど何も無い部屋の隅のベッド。その隣には狼の姿をしたアルフが疲れた体を休める為グッスリと眠っており、ベッドの上では彼女の主であるフェイトが横たわっていた。
アルフの足の下に本来フェイトの上にかかっているであろう筈のシーツが引っ張られていることからして、恐らくアルフはベッドの上に上半身を乗せていた状態から知らずの内に寝てしまったのだろう。
そして、シーツが肌蹴られていたことによりさつきの目に飛び込んできたフェイトの姿に、さつきは更に気が重くなる。
裸体に包帯が至るところに巻かれているフェイトの体。しかしそれは決して適当に巻かれている訳ではなく、きちんと傷を覆うように巻かれていた。
――つまりは、フェイトがそれだけ多くの怪我を負っているということ。
(………………………)
とにかく、このままではフェイトの体調が更に悪くなりかねない。さつきはアルフの足の下からシーツを引っ張り出すと、そっとフェイトにかけた。
そしてその時、先程は即座に体の方に目が行ってしまった為目に入って無かったフェイトの顔を間近に見て、さつきはある事に気づく。
(フェイトちゃん……)
―― 笑 っ て い た
嬉しそうに、本当に幸せそうに微笑んで眠るフェイトの顔が、そこにはあった。
「ん……」
「――!」
フェイトが少し声を上げ身動ぎし、さつきはそれに焦ってシーツから手を離す。
さつきのかけたシーツを、フェイトは胸元で握り締めた。
「……ママ」
アースラにおける一室、なのは達を任せてある部屋へとリンディは足を踏み入れた。
「こんにちは、ユーノさん、なのはさん」
「あ、はい。こんにちは」
「こんにちは、えっと……リンディ、艦長?」
きちんと挨拶が返ってきたことに「うん」と頷き、なのはの疑問系での呼びかけにクスリと笑うリンディ。
「仕事中じゃない時は、名前で呼んでくれていいのよ」
「はい、リンディさん」
それにしても、とリンディは少しだけ疑問を抱く。
(あんなことがあったのだから、もう少し暗くなってると思ったのだけれど)
重症を負いながらもまだ戦いに行こうとするクロノを止めようとしていたなのは。
さつきが離脱した後、まだ戦いを続けようとした両者を涙ながらに妨害したなのは。
あの様な様子では相当思いつめているのではと思っていたリンディだったが、
今彼女の目の前にいるなのはは顔を真っ直ぐに上げ、しっかりした目でリンディを見つめている。
(まぁ、気落ちしていないのなら、そちらの方がいいのだけれど)
「それで、あなたたちは私たちに協力する、ということでよいのですか?」
佇まいを正し、リンディは2人に問いかけた。
「はい、よろしくお願いします」
「お父さん達の許可も、取りましたし……」
返答は是。それは分かっていた答え。
そして、リンディはそれではいそうですかと言えない状況にあった。
「そうですか。しかし、こちらとしては今のままあなたがた……と言うより、なのはさん、あなたを迎え入れることは出来ないわ」
そのリンディの言葉に、2人の顔が曇る。2人共、なのはの取った行動が不味いものだったということは理解《わか》っているのだ。
「なのはさん、いくつか確認したいのだけれど」
「はい」
しかし、なのははしっかりと返事を返す。
「ジュエルシードが本当に危険なものだと。
大げさでなく、いくつもの世界を破壊してしまうような代物であると……昨日説明しましたよね?」
「はい」
「なら……言い方は悪いですが、人一人犠牲にしてこの事件を終わらせることが出来るのなら、そちらの方がよいと言うことになるのは分かるわよね?」
「!?」「っそれは!」
流石に反論しかけるユーノとなのは。しかしリンディは手を上げてそれを押し留める。
「勿論、私たちは犠牲者なんて出さないように全力をもって事件に当たっているわ。
でもね、その犠牲となるのが自分なら……あの子、クロノだって、それぐらいの覚悟は持って執務官をやってるの」
「………」
「なのはさん、傷ついた者が戦うことに抵抗があるのは分かるわ。
これ以上自分は戦えないと思ったら、引いて貰っても構いません。
でもね、傷つき、倒れそうになりながらもなお事件に挑もうとしたクロノを止めようとする行為、あれは駄目よ。
身を挺して戦っているあの子達の気持ちを、裏切るようなことはして欲しく無いの」
ここまで言えば大丈夫だろうと、リンディは思った。
勿論、なのはの申し出を断るつもりなどリンディには無い。
少々脅しておいて、今回のようななのはの動きを抑制することが狙いだ。
なのはがこの場で完全には納得しなくても、こういう心情的な問題は必ず心のどこかに留まる。それだけの成果があれば十分だった。
なのは達という戦力には、それだけの価値がある。
「はい、大丈夫です」
だが、現実は、リンディの予想を遥かに超えていた。
「私、頑張ってあの娘たちより強くなりますから!」
「……はい?」
一見脈絡の無いなのはの言葉に、リンディは疑問の声を上げる。
それに気付いたのか気付いてないのか、なのはは言葉を続けた。
「リンディさん達が必死になって私達を守ろうとしてくれてることは分かってます。
クロノ君があんなになってまで戦わなきゃいけなかったのは、さつきちゃん達がまだ諦めてなかったからですよね。
さつきちゃん達が降伏してくれれば、もう戦う必要はありませんでしたよね」
なのはの問いかけとも言えない問いかけに、リンディはただ頷くだけで返す。
「私、考えたんです。あの娘達に止まってもらうにはどうしたらいいかなって。
あの娘達の想いはおおきすぎて、簡単には諦めてくれません。言葉だけじゃ……こっちがどれだけ言葉を重ねても、それを全部受け止めた上で進み続けちゃいます。
たとえどれだけ打ちのめされて、ボロボロになっても……あの娘達は、まだ体が動くなら……ううん、動けなくなっても中々諦めてくれません。それは、これまでのことで痛いぐらいに分かってます」
リンディも報告は受けている。あの娘達がどれほどジュエルシードを求めているのか。
片や自らの母親の為、片やどこぞの居場所を取り戻す為。
他人から見たらどうでもいいような、しかし本人達からしたらこの上ない程に強い意志を持たせる、その願い。
それを求める様子を真近で見ていた人の言葉には、やはりそれだけの重みがあった。
報告だけでは正直まさかそれほどまでと思っていたリンディも、先の戦闘の様子と合せて重く受け止めざるを得ない。
「でも、どれだけ怪我をしても立ち上がって来れるのは、結局のところ、その状態でもまだ何とか出来るかも知れないっていう希望があるからだと思うんです。
実際、今回も、私のせいもありますけど、あの娘達にジュエルシード、持っていかれちゃいましたし……」
そして、その現実を前にして、この少女が至った結論とは。
「私、時間がかかるかも知れないけど、あの娘達と分かり合いたいんです。今のままじゃ、その第一歩も踏み出せない。
だから私、今度あの娘達と会った時は、全力で戦って、勝ちます。
時間は限りなく少ないかも知れないけど、頑張って強くなって、今日みたいなことがあった時、あの娘達が立ち上がって来る度に、そこで頑張って立ちふさがってみせます!」
怪我をすることもさせることも、時には大事になってしまうかも知れないなんてことは、当の前に覚悟は出来ていたのだ。
なのはがあの時耐えられなかったのは、もう明らかに戦えるような状態では無いのになお両者とも戦い続けようとしていたこと。
結局のところ、やることはクロノ達管理局員と同じ、戦って相手を止めるということだ。
だがしかし、その戦う理由を、こんな小さな娘が自分で見つけたことに、リンディは空恐ろしいものを感じる。
「そうすれば、クロノ君だってあんな風になりながらも戦わなくて済みますし、それに……」
しかし、ここでなのはの声が揺れだす。
まるで泣くのを我慢しているかの様な声で、なのはは最後に吐き出した。
「このままじゃあの娘達――いつか絶対壊れちゃう……!!」
「………」
――できれば、そうならないように祈りたいわね。
同じような危惧を抱いていたリンディは、用意してあった砂糖たっぷりの抹茶を啜って思考する。
――願わくば、こちらがそれを望む事態にならないように。
「はいクロノ君、果物むけたよ」
「あ、ああ、ありがとうエイミィ」
クロノは戸惑っていた。
何にって、それは病室に入って来てクロノに何の非難の言葉を言うでもなく、
怒った様子もなく普通にベッドの脇に座って普段通り世話を焼き始めたエイミィに対してである。
「………」
「………」
疑惑の視線を向けるクロノに、皿を差し出しながら首を傾げるエイミィ。
「……エイミィ、その、すまなかった」
「何でクロノ君が謝るのー?」
意を決して口を開いたクロノに、返ってきたのはおどけたような口調。
その様子がいつも通りすぎて、更にうろたえるクロノ。
「いやその……今回、何にも成果をあげる事が出来なくて……せめて――」
――せめて、迷惑かけた分頑張らなきゃと思ってたのに
と続けようとして、エイミィの人差し指がクロノの口を塞いだ。
「ひっどいなークロノ君。精一杯頑張って、なおかつ大怪我まで負ってる男の子に対して怒る程、エイミィさんは冷たくありませんよーだ」
「……今日の朝も大怪我はしてたんだが」
「何か言った?」
「い、いや何でもない」
それまで普段通りだったのが笑顔のまま一瞬だけ謎のプレッシャーを放ち、クロノは慌てて言い繕う。
「……それじゃあ、エイミィ、仕事は……いいのか?」
エイミィの切った果物には手を付けず、『仕事』の内容が内容だけにおっかなびっくりになって聞くクロノ。
エイミィはそれに何でもないことのように返した。
「うん、もう大丈夫だよ。本局からバックアップデータの受け取り完了したし」
「……は!?」
予想外の台詞に素っ頓狂な声を上げるクロノ。
それに呆れたように返すエイミィ。
「何驚いてるのクロノ君、アースラの機能のプログラムなんて重要なもの、バックアップが無いなんてありえないでしょうに」
考えてみれば確かにそうだ。だがエイミィは何ともない事のように言うがしかし、
「じゃあ、それなら……」
一体エイミィ達は何を徹夜までしてやっていたのか……とそこまで考えて、クロノの頭に一つの心当たりが浮かんだ。
――今回の事件での少女達の戦闘データだ。
まさか、と思ってエイミィの顔を見やるが、そこにはいつもの笑顔を向けてくる幼馴染がいるばかり。
「ほらクロノ君、あーん」
「って、何だこの手は!?」
思考に没頭しそうになったクロノの前に差し出されたのは、フォークに指された現地の果物、リンゴ。
「もーうクロノ君ったら、照れちゃって。
怪我人なんだから大人しく言うこと聞く! ほら」
「う……」
尚もズイッと差し出されるリンゴに、こういう押しに弱いクロノは顔を赤らめながらもヤケクソ気味にリンゴを一口で口に入れる。
それをニヤニヤと見つめるエイミィから全力で顔を逸らしながら、クロノは口いっぱいに入ったリンゴを頑張って租借した。
「……ありがとう。色々と」
「へー? 何のことー?」
「いや、何でもない」
「…………そっかそっかもっと欲しいかー」
「へ? ってちょっと待っ」
ついでに。
この様子はどこからか監視されていたらしく、その後見舞いに来た男性局員の大多数がクロノに向かって謎のプレッシャーを放ち、その他少数には冷やかされ、
クロノは心身共にすり減らされる思いをすることになるのだが、それは別の話。
日時は翌日、フェイトのマンション。
もう既に日は高く登っているが、今だにフェイトはベッドの中でグッスリと眠っている。
「……じゃあ、今度からは管理局との接触は極力避けた方がいいってことかい」
「うん……今度またあのクロノって子と戦ったら、多分勝てないから。ごめんなさい」
腕っ節に自身があって協力を申し出たと言うのにこんなことを言い出す羽目になり、さつきはシュンとしている。
「いやいや、謝らなくていいさ。相手は局の執務官なんだし、強いのは当然だし。
……しっかし、アンタ見たところかなり痛めつけてたみたいだけど、あの様子じゃアイツ暫くマトモに動けないんじゃないのかい? それでも駄目かねぇ」
「………ごめん、やっぱり怖いよ。
今回だって最初向こうは怪我してたのにあれだったし、冒険する気にはなれないわ」
この状況には、さつきがフェイト達の魔法というものを詳しくは知らないということもあっただろう。
どれだけ相手にダメージを与えればどれだけ有効なのかがさつきには分からない。
彼女からしてみれば、相手が意識を失う等しない限り魔法の威力は減らないみたいな嫌な想像までしてしまうのだ。特に今回の戦いの後だと。
「まー確かに危険っちゃ危険だしねぇ。
元からこっちはアンタがいなけりゃ打つ手無しって感じだったし、無理は言えないけどさ」
アルフの言葉通り、さつきから告げられたのは自分じゃクロノに勝てないというただそれだけ。
それならどっちみち、さつきがこちら側にいると言うだけ当初よりかはプラスになっているのだ。
と、そこでさつきが何やら煮え切らないような顔で何事かを考えこむ。
それにアルフが首を傾げ、程なくしてさつきが口を開いた。
「……でさ、ちょっと一つ気になってたんだけど。もしかしてなのはちゃんって、結構強いの?」
「ん? あー、あの白い魔導師かい。
んー、まーフェイトには及ばないけど、並の魔導師じゃ手も足も出ないくらいには強いと思うよ」
「!?」
流石に予想外だったらしい。こんな質問が飛び出るあたりもしかしてという思いがあったのは確かであろうが、それでもそこまでとは思っていなかったのだろう。
答えを聞いた時の衝撃でビクッとなり、アタフタオロオロしながらオズオズとアルフに確認する。
「え、えーっと、わたしずっとなのはちゃんってこの世界の娘で、魔法に関しては素人だと思ってたんだけど……違うの?」
「あー、いや、シロートって言っちゃえばシロートなんだけど、何ていうか、出力が馬鹿みたいに高いんだよねぇアイツ。
それでパワーは高いし防御は硬いしでねぇ」
(あれ、何か親近感が……)
聞いていくうちにさつきの中の動揺が薄れていく。なのはが強い理由が、彼女にとってとてつもなく理解と実感がしやすいものであったからだ。
「それって、あのクロノって子よりも凄かったりするの……?」
「うーん、そりゃ実際に戦ったらあの執務官のが勝つんじゃないかと思うけど、パワーと硬さに関してはあっちのが上なんじゃないかい?」
それでか。何でプロである筈のクロノにあそこまでダメージが通るのかと思っていたら……
と納得すると共に妙な気まずさを覚えるさつき。
「あー、わたし今まで、なのはちゃんの硬さを素人の硬さだと思って本気でクロノ君に攻撃してたよ……」
「……何と言うか、流石にちょっと同情するよ」
実際にその拳を受けて比喩抜きで死ぬ目に合ったことのあるアルフが、しみじみと呟いた。
一方その頃、アースラではブリーフィングルームにおいて局員達に追加報告がなされていた。
「というわけで」
一番上座の席に座るリンディが言い渡す。とは言っても、その内容は簡単なものだ。
「先日から本艦が当たることとなった、ロストロギア、ジュエルシードの捜索と回収において、
新しく臨時局員として協力者が増えることになりました。
1人は、問題のロストロギアの発見者であり、結界魔導師でもあるこちら、」
「はい、ユーノ・スクライアです」
「それから、彼の協力者でもある、現地の魔導師さん」
「た、高町なのはです」
ユーノとなのはが、これ以上無い程に緊張しながらリンディに促されて自己紹介した。
自分達が協力するということだけでわざわざ人が集まるのだから、2人の緊張は半端ない。
「以上二名が、事態に当たってくれます」
「「よろしくお願いします」」
2人揃って頭を下げる様子を、リンディからみたらとても微笑ましいものだったという。
その日から、なのは達のアースラ生活が始まった。
余談だが、後になのはが学校を休む間、ノートとプリントを取る係にアリサが真っ先に立候補したとすずかからメールが来て、なのはが嬉しそうにしている様子が見られたらしい。
それから数日、なのは達アースラ組はジュエルシード探索をアースラの局員が、発見したらなのは達が赴いて封印というスタイルを取っていた。
更になのはは暇さえあればレイジングハートの補助を借りてイメージトレーニングをしたり、アースラの訓練室を借りてユーノと一緒に実戦訓練をする等、強くなろうと頑張る姿が多く見受けられたという。
勿論いざ出撃した時でも、なのは達の働きはすばらしいものだった。
ユーノがバインドやシールド、結界でサポートし、なのはが魔法を打ち込んで動きを鈍らせ、最終的にはユーノが捕まえてなのはが封印。見事なコンビだ。
またなのはの希望で、余裕がある時はなのは1人でサポート役もこなす実戦練習もして段々と戦い方を学んでいた。
「2人とも中々優秀だわ、このままうちに欲しいくらいかも」というのは、それを見ていたリンディの本気で本音の弁。
「フェイトちゃん、いいよ!」
「ジュエルシード、シリアル2、封印!」
一方こちらはフェイト組。さつきが暴走体の相手役、フェイトが封印役という分担だ。
こちらは管理局から見つからないように、極力隠れて、素早くジュエルシードを回収するようにしていた。
フェイト達は管理局に見つからないようにするため常にジャマー結界を張っているが、アルフが全力でサポートに周っているためフェイトの負担は殆ど無い。
これは勿論、先日の戦いで甚大なダメージを負ったフェイトの為だが、実際戦闘についてはさつき1人いれば事足りるし、ジャミング結界もアルフのサポートだけで十分なものになっている為、
いざという時に動けないのでは話にならないとフェイトはそれに存分に甘えさせて貰っていた。
「やったねフェイト!」
「うん……やっと、二つ目」
はしゃぐアルフに、嬉しそうにしながらも表情は暗いフェイト。それを見てアルフも耳と尻尾を垂れさせる。
元々、管理局とかち合いそうになったらその時はジュエルシードは諦めるという方針にフェイトは乗り気ではなかった。
というより延々喰い下がっていたのだが、さつき達はさつきがクロノに勝てそうにないということと、
フェイト自身の今現在の状態から何とか渋々納得させることに成功したのだ。
その何としてでもジュエルシードを1つでも多く持ち帰りたいという様子に、その時さつきは微妙な表情を浮かべたのだが、
――「……ママ」
(『ママ』、かぁ……
うん、フェイトちゃんの為にも、頑張ってジュエルシード沢山集めなきゃね!)
結局、普通なら無視できない懸念は脇に避け、ただ一途な少女に協力するという理由を元に更に気合を入れなおした。
「それじゃさつき、さっさと帰っちまおう」
「うん!」
アルフの呼びかけに元気に返事をするさつき。
――事態が急激な動きを見せるまで、あと少し
「あー、やっぱり駄目だ。見つからない。
フェイトちゃんてば、よっぽど高性能なジャマー結界を使ってるみたい」
目の前のモニターを睨みながら悲鳴を上げるのは、フェイト自身の捜索をしていたエイミィ。
その後ろにはリンディと両腕を固定されているクロノがいる。
ちなみにクロノだが、重症と言っても酷いのは肩から両腕にかけてあって、脚は全くの無事だし体もそこまで酷いダメージは受けていないので、本人が体が鈍ると言って結構艦内をうろついていた。
「使い魔の犬……多分こいつがサポートしてるんだ」
画面に表示されているアルフの写真を見ながら、クロノが苦々しい声を上げる。
「お陰で、もう2個もこっちが発見したジュエルシードを奪われちゃってる」
「しっかり探して捕捉してくれ。頼りにしてるんだから」
「はいはい」
イマイチ緊張感に欠けるやり取りだが、この2人にはこのくらいが丁度いいのである。
と、それまで沈黙していたリンディがおもむろに口を開いた。
「フェイト・"テスタロッサ"、ね」
「やはり気になりますか、艦長」
「ええ、まあね」
リンディの呟きを聞きとがめたクロノが、それに反応する。
「え、何々?」
何やら通じ合ってる風なクロノ達に、疑問の声を上げるエイミィ。
それにクロノが説明を始めた。
「『テスタロッサ』、かつての大魔導師と同じファミリーネームなんだよ」
「へー、そうなの?」
「ああ、プレシア・テスタロッサ。
ミッドチルダの中央都市で、魔法実験の最中に次元干渉事故を起こして、追放されてしまった大魔導師。
名前までは知らないが、娘も1人いた筈だ」
大魔導師、その称号を得られる人物は、数えられる程に少ない。
現に今話題に上っているプレシア・テスタロッサ等、戦闘になど関りのない研究者の身でありながら、いざ戦闘になれば一騎当千を地で行くだろうと予想されていた程だ。
「あれ? 確かフェイトちゃんの目的って……」
「本人の言葉を信じるなら、お母さんがジュエルシードを欲しがってるから、ということらしいけれど」
エイミィの声に答えたのは、今度はずっと思いつめたような顔をしているリンディ。
そんな様子に疑問を抱きながらも、エイミィは流れから思いついたことをとりあえず口にする。
「じゃあ、その人がそのお母さんなのかな?」
「いや、それは無い筈だ」
「?」
だが、それはクロノに即座に否定された。
ある意味適当に言っただけの言葉だが、それでもそこまで否定されるとは思って無かったエイミィは当然、疑問符を浮かべる。
「彼女の目的が母親の為、それが本当だというのなら……それがプレシアなのは有り得ない」
「……そうね」
だが、後ろで佇む2人が揃いも揃って思いつめたような表情をしてることに気付いた彼女は、そのままパネルを叩いてフェイトの捜索を再開した。
「うーん、駄目かぁ。やっぱり上手くいかない……」
さつきの工房、そこでさつきは難しい顔をして座り込んだ。
その前には、料理用に買ったカセットコンロと鍋。その中には熱せられた水。
そう、略奪の能力の修行である。結果は惨敗だったが。
(うう……、途中までは上手く行ってる感覚があるのに、何かが足りない……)
しかも偶には上手くいくものだから余計にタチが悪い。
何が駄目なのか一向に分からないのだ。恐らく先日のクロノとの戦いの時は、何かスイッチが入っていたのだろう。
「やっぱ地道に研究と特訓して、使えるようになるしかないかぁ」
(――"枯渇"なら、暴走の危険考えなきゃ結構簡単に使えるのに……)
はあ、とため息を吐いてから、よし! と気合を入れなおして立ち上がり、部屋をコンロ諸々を片付ける。
時刻は既にお昼時、外に待たせている人達がいるのだ。
「フェイトちゃん、アルフさん、お待たせ!」
片付けを終えたさつきは、廃ビルの外でジャマー結界と探索の魔法を使っていた2人に呼びかけた。
「ああ、用事ってのは終わったのかい。じゃあ早く行こうよ、お腹ペコペコだ」
「ふふっ、じゃあ約束通り、お昼行こっか。翠屋って言うんだけど、すっごく美味しいんだよ」
そんな風に日々が過ぎ去って行き、なのは達がアースラに移ってから早9日目のこと。
(私達が手に入れたジュエルシードは、8、9の二つ。
そして、フェイトちゃん達が手に入れたのも、シリアル2と5の二つだから……)
なのはは、与えられた部屋のベッドの上に座り込んでレイジングハートの作った仮想空間でイメトレをしながら、
この9日で集めたジュエルシードを眺めながらマルチタスクによって考え事。
「あと六個か……」
それを見ていたユーノが、なのはと同じことを考えていたのか、残りのジュエルシードの数を呟いた。
だが、この6個が中々見つからないのだ。エイミィ達が言うには、もしかしたら海に落ちちゃってるかもとの事。
今はそちらの方まで捜索範囲を広げて探しているが、深い海の底に沈んでいるのだとしたらそう簡単には見つからないだろう。
で、結果はと言うと、
「うーん……はぁ……。
今日も空振りだったね」
駄目だったらしい。今なのはとユーノはアースラの食室でお菓子と飲み物でくつろぎ中。
「うん……もしかしたら、結構長くかかるかもね。
……なのは、ごめんね」
「へ?」
いきなり謝られて、首を傾げるなのは。
「寂しくない?」
ユーノが何を気にしているかに気がついて、なのはは笑顔を浮かべる。
「別に、ちっともさみしくないよ。ユーノ君と一緒だし、一人ぼっちでも結構平気。
ちっちゃい頃は、よく1人だったから」
だがその笑顔に、ふと影がよぎる。やっぱり寂しいんじゃないかと気にかけるユーノの前で、なのはの話が始まった。
それは、まだなのはが今よりもずっと幼かったころの話。
――うち、私がまだちっちゃいころにね、お父さんが仕事で大怪我しちゃって、暫くベッドから動けなかったことがあるの。
あれは大怪我なんてものでは無かった。
比喩の類ではなく、文字通りの『寝たきり』。生きるか死ぬかの瀬戸際。そんな状態で、その家族が普段通りでいられる訳も無かった。
――喫茶店も始めたばかりで、今ほど人気が無かったから、お母さんとお兄ちゃんは、いつもずっと忙しくて。
――お姉ちゃんは、ずっとお父さんの看病で。
そして、まだ小さかったなのはに出来ることは、何もなくて。
出来たのは、極力大人しくしていて、家族にそれ以上の迷惑がかからないようにすることだけ。
当時からある程度色々と察することができたなのはは、その経験から更に我慢することが出来るようになり、物分かりもよくなって。
なのはの家族は、なのはがずっと一人ぼっちでいることに気付きながらも、そのなのはの賢さに甘えてしまったのだろう。
――だから私、割と最近まで、家で1人でいること多かったの。
――だから、結構慣れてるの。
「そっか……」
ユーノには、それしか言うことが出来なかった。
それは、一人でいることに慣れているのか、それとも。
――――寂しさを我慢することに慣れてしまったのか。
何故なのはがあの少女達に執着するのか、その一遍を見た気がした。
「そういえば私、ユーノ君の家族のこと、あんまり知らないね」
「うん、僕は元々一人だったから」
「ん、そうなの?」
「両親はいなかったんだけど、部族のみんなに育ててもらったから。
だから、スクライアの一族みんなが、僕の家族」
なのはのことを気にしてか、控えめに説明するユーノ。しかしそこには、隠し切れない誇らしげな様子がにじみ出ていた。
「そっか……」
「ん……」
2人一緒に、寂しげな笑みを浮かべる。それは、それまでの話の感傷に浸っているのか、それとも、
「ユーノ君、色々片付けたら、もっと沢山、色んなお話しようね」
「うん、色々片付いたらね」
お互いまだまだ知らないことだらけなことに気付いたのに、もうすぐ別れの日が来るであろうことを感じてか。
だがその時、それまでの空気を吹き飛ばすかの様に、大音量のアラームがアースラ内に鳴り響く。
――エマージェンシー! 操作区域の海上にて、大型の魔力反応を感知!
管制室にて、モニターを前にしてエイミィが叫んだ。
「な、何てことしてんのあの子達!?」
あとがき
さて今回、なのはの意識が 同じ舞台に立って話を聞いてもらう→圧倒できるだけの力を手に入れて食い止める にレベルアップしました。以上(ぉ
しかしここ最近の読み返してみて思った。さっちんにメルブラ臭入れすぎた…… --;;
作者ん中のキャライメージが崩れるのは致命的なんで、そういう系の感想あんまり気にしてないつもりだったけど、無意識の内に意識しちゃってたか…… 流石に戦闘中に『ダメェ!』とかねーよ;;;
まー原作のアルクからして既に二重人格並みだもんで、あんな感じで行こうかとか思ってたんですが、どっちみちなのは達と打ち解けた後だよなぁと考えていたのですが、何だかなぁ……
まぁ根本的な問題は無いのでそのままにしておきますが
てか何でさっちんとか琥珀さんって原作&歌月&ゲッチャとそれ以外での性格があんなに違うんですかやだー! 性格というかふいんき(何故か変換できない)かも知れませんが。
しかもさっちんメルブラがバージョンアップする度にアホの子になってってるじゃないですかヤダー!(泣
そして琥珀さんもそろそろ自重というものを(ry
そして今回の話、例によって原作見ながら書いたんですが、ちょっと待って欲しい。
>今日も空振りだったね → 今回の事件 → 終わった後、そこには燦々と降り注ぐ太陽の光の中で「友達に(ry」
どう見ても昼過ぎです本当にありがとうございました。あんたらの一日の仕事はいつ始まっていつ終わってるんですか --;
今まで事件が起こる時はその大体の時間書いてましたけど今回は全力ではぐらかしましたよええ。
あと、さっちんの魔術についてですが、これ以上は増やす予定はありません。作品内にも書きましたが、魔術舐めんな。
某少年的に考えてこれくらいは出来ない方がおかしいよなぁと考えて出したものですので、類似系統の効果で何か思いつかない限りは増えません。
結界抜けに関しては勘弁してくださいとしか言えませんが…… --;;
ところで、この作品のクロノ、優遇されすぎじゃね? と思い始めた今日この頃。他作品でのクロノの扱いと比べたら……(汗
さて、そろそろだな……さっちんスーパー空気タイム
p.s. 川上とも子さんが死去って……41歳……早すぎるだろ……
かなりショックでした。せめてご冥福をお祈りします。。。