「はー、疲れた……」
次元空間航行艦船アースラの一室、待合室の様なところで、ユーノはグッタリと椅子にもたれ掛かっていた。
今回彼は戦い事態には殆ど参加しなかったものの、その実、物理的な脱出及び空間転移を妨害する結界の維持と、現場の映像全てをアースラへ届ける作業を延々と続けていたのだ。
明らかに一人がやる仕事量では無かった。
(まさかと思うけど、これからもっと忙しくなるとか……ありそうだなぁ)
「実戦でいきなり見よう見まねのフェイントをかますやつがあるか馬鹿!」
「あっ!」
クロノの怒声と共にさつきが再度吹き飛ばされる姿を見て、なのはの意識がまたもやそちらへと行った。
「戦闘中に……いい加減学習しなっ!!」
「ぁっ!?」
そしてその隙を見逃さなかったアルフが、再度なのはを殴りつけようとしたその時、
その背中に冷たいものが走った。
「――っ!!? フェイト!?」
急停止し、対峙するなのはに背を向けて振り返る。
眼下を見下ろしたアルフが見たものは、倒れ伏すフェイトと、その脇で直立する暴走体。
「コイツ……! フェイトから、離れろおおおおお!」
『! ――っ』
叫び、暴走体へ突撃して殴りかかるアルフ。
暴走体はそれに対して腕をクロスにしてガードしようとする。アルフはその中心に向かって拳を振り下ろし……
『シっ!』
「んなっ!?」
直撃の寸前に体の軸をズラしたのか、暴走体はアルフの拳の威力をそのままに回転して、逆にアルフの脇腹に回し蹴りを返した。
「がっ……くっ」
着地し、蹴られた脇腹を押さえるアルフ。
蹴りを入れた後バックステップで距離を取った暴走体に対してフェイトを守るような位置に陣取り、狼の姿になって相手を威嚇する。
「バスター!」
「!! しまっ! ……え?」
『っチ』
そして上空から放たれた桜色の砲撃が、暴走体が咄嗟に避けた場所に直撃した。
「……アンタ」
《なのは! 君は何をやっているんだ!》
《クロノ君! でもフェイトちゃんが!》
戦場全体に気を配ってたクロノは、その事態に思わずそちらへと意識を向ける。
が、
「クロノ! 前っ!」
「っ!?」
ユーノの警告に咄嗟に元の様に向き直るクロノ。
その先では、今正にダウン状態から立ち上がったさつきがいた。そして自分は今隙だらけ。
(マズイ――!)
瞬時にがなり立てる警報に従い、最速及び全力で前方にスフィアを展開する。
更に空への退避も試みる。
瞬間、真正面から愚直にクロノへと急接近するさつき。
真正面から新幹線でも突っ込んで来るかのような感覚に、クロノは展開したスフィアを放った。
恐怖心を煽る為に顔も狙ったが、それでもさつきは止まらない。
顔は腕でガードし、他の弾が体に当たっても構わずに突き進んで来る。
「!?」
浮かぶのは、そんな馬鹿な、という驚愕。手加減なんて全くする余裕の無かった魔力弾。体に穴があいたような衝撃と痛みがあった筈だ。
更に、
(何でそんなにスムーズに動ける!!?)
あれだけ吹き飛ばされ、怪我までしていたのだ。いくら動きが早いと言っても、それぞれの動作のどこかにぎこちなさやむらがある筈なのだ。
例えば、途中で不自然に減速したり重心がぶれたり。
(まさか、ユーノの言ってた異常なまでの回復能力って……そんな馬鹿な! まだ1ヴェクセも経ってないんだぞ!?)
一瞬で流れる驚愕と思考。だがクロノにはそれを吟味してる暇なんてない。
既にさつきは退避の間に合わなかったクロノの目の前。
顔をガードしていた腕を振り上げ、その間にクロノは動く方の手で盾を形成する。
「くっ!」
「――!」
焦りと共に張られたシールドに、気合一閃、さつきの拳が叩き付けられた。
「アル……フ……」
「! フェイト!」
地面に手をついて起き上がろうとするフェイトに、慌ててアルフが呼びかける。
「あいつの動きを……一瞬でいいから……止めて。
そうそれば……わたしが……」
「何言ってんのさフェイト、そんな体で!」
フェイトの背中には、鋭い刃物で切られたような生々しい爪痕が2つ、
更にそれ以外の傷まで開いて痛々しく、決して少なくない血が流れ出ている。
早く手当てしないと危険だ。
(いっそのこと、管理局に降伏した方が……)
アルフの頭にそんな考えが浮かんだ時、あたりに声が響いた。
「なのは! 危ない!」
ユーノの声だ。
「え? ええ!?」
声に反応してなのはが振り返ると、自分に向かって物凄い勢いで飛来する黒い物体が目に入った。かわせない。
と、なのはとその物体の間に幾重にもシールドが張られ、それがクッションの様に動作し物体の勢いを殺した。
しかし完全に殺すことは叶わず、ドンという思い衝撃と共になのはがそれを受け止める。
「く……ぅああ……」
一緒になって押されながらも、空中で踏ん張って停止したなのはは自分が受け止めた物を見て驚愕する。
「クロノ君!?」
「くぅ……ぁ……」
なのはの腕の中で呻き声を上げるクロノ。その手に握られていた杖は真っ二つになって地に落ち、本人は意識があるのかさえ疑わしい。
それを見たアルフが今しかない、と、暴走体に背を向けて背後のフェイトを背中に回収し駆け出した。
「さつき! 今の内に早く!」
「! うん!」
狙いはそう遠くない屋敷の隅、アルフの声で意図を察したさつきもそれに続く。
そして最初にフェイト達が結界を張った位置に着くと、そこに用意しておいた魔法を起動させて……
「!? 転移……できない!? っ、この結界かい!」
焦るアルフ。
その背からフェイトが転がり落ちて、アルフの前足を掴んだ。
「駄目……だよ、アルフ。まだ、ジュエルシードが回収できて……ない」
「フェイト、今回は無理だ! 諦めよう!」
「駄目……母さんと……約束したんだから……
ジュエルシード……持って、帰らないと……!!」
フェイトの言葉に、さつきが、ピクリと肩を震わせた。
「アルフ……お願い。あいつを……捕まえて!」
ボロボロになりながらも、何とか二本の足で立つフェイト。血の気の引いた、青ざめた顔でバルディッシュを構える。
(フェイト……)
アルフはもう何を言っても無駄だと察し、目を閉じ顔を伏せる。
その足元に魔方陣が現れ、顔を上げると胸の内を吐き出すかの様に雄叫びを上げた。
「ゥおおおおおぉぉぉぉぉン」
「! きゃあっ!?」
「なのは!」
『……へぇ』
それに呼応するように、周囲に落ちる雷。
なのは達まで巻き込むように一定範囲内に無差別に降る雷は、当たれば確かに動きを拘束されるだろう。
だが、これは自然の雷ではない。アルフが残りの魔力ありったけを注ぎ込んで生み出した雷は、消えることなく動く柱と化していた。
もう、新たな雷を生み出すだけの魔力が無いのだ。
そして、初撃を外してしまったからには、アルフは相手が雷の柱にぶつかってくれるのを祈るしか無い。
アルフには、縦横無尽に走る雷の柱を維持するだけで精一杯だ。
「――っ――!」
『よっ、ほっ』
グッタリとしているクロノを抱えているなのはは必死に避けているが、当の暴走体は無駄の無い動きでそれを避けている。
このままでは先にアルフがへばるのは時間の問題だった。
しかも、ある程度避けると慣れたのか、暴走体は柱の間を縫うようにしてアルフ達へと接近してきた。
「くっ……!」
ここまでか、とアルフが身構え、フェイトが堪らずに封印砲をブッパしようとした時、動いたのはさつきだった。
まるで蜘蛛のような動きで接近してくる暴走体に、真正面から立ち向かう。
それに反応した暴走体が、接敵にブレーキをかけ迎撃の構えを取る。
殴り、蹴り、掴み、投擲。何が来てもいなして反撃する気満々だった暴走体を襲ったのは……モーションも何もない愚直なまでの"体当たり"だった。
『なっ!?』
いくら迎撃態勢を取っていてもこれはいなせない。暴走体は突っ込んでくるさつきを受け止めることしか出来ず、そのまま……
雷の柱に一緒に突っ込まれさた。
『ぐああっ!?』「ああああああああああああ!!」
「さつき!?」
「さつきちゃん!!?」
「あの子、なんて無茶を!」
体を襲う衝撃に、さつき達は悲鳴を上げる。
アルフ、なのは、ユーノの叫びが響く中、しかしその瞬間には暴走体の動きは確実に止まっていた。
「バル、ディッシュ!」
《sir》
フェイトの向けたバルディッシュから電撃が走り、暴走体へと直撃する。
額の★マークから、蒼い光と共にⅦの文字が浮かび上がる。
「ジュエルシード シリアル7、封印!」
暴走体を中心に一瞬だけ強い光が弾け、それが収束すると、その中心地には丸くなって蹲っているパンダと、蒼い宝石、ジュエルシードが浮かんでいた。
封印されたジュエルシードはフェイトの向けたバルディッシュのコアへ吸い込まれ、格納される。
「かあ……さん……ジュエルシード、持って来た……よ……」
何事かを呟き、フェイトは力尽きたようにその場にドサリと倒れこんだ。
「フェイト!?」
人間形態になり、慌てて倒れたフェイトを抱きかかえるアルフ。
完全に意識を失っているだけだと分かり一応は安心するが、それでも危険な状態には変わり無かった。
アルフはフェイトを抱えて大急ぎで倒れ伏しているさつきへと駆け寄った。
事件が一段落し、なのはとユーノの待っている部屋までの廊下を歩きながら、その艦長、リンディは頭を悩ませていた。
ただでさえ軽くない怪我を負っていたクロノは更なる重症となって戻って来たし、それ以外の問題も山積みだ。
(まぁ、取り合えずは目先の問題から片付けていくしか無いわね。
さし当たっては、なのはさんへの対応と説得かしら。流石に、今回みたいなことがこの先もあると困るし……)
「……どうやら終わりね。エイミィ、大至急局員達の転送の準備を。
今の彼女達なら彼らでも大丈夫でしょう。確保に向かわせなさい」
アースラのオペレーションルームで締めの一手を指示するリンディ。
さつきの回復力は確かに懸念すべきだが、魔法で作られたとは言え雷を直に浴びて生きている時点でおかしいのだ。
以前のデータだと、死ぬ程のダメージは即座には回復しなかったと判明している。
艦長からの指示が飛ぶと、エイミィは即座に行動に移した。パネルを叩くと共に、現場へと通信を繋ぐ。
「はい、了解しました。 聞こえてたクロノ君!? あとちょっとだから、それまで何とか頑張って!」
『ああ……言われなくても、それぐらいの時間は……稼いでみせるさ』
それに返事が返ってきた。応えたのは、なのはによって共に地面に降ろされたクロノ。
地面に膝を付き、先ほどまでは無事だった右腕を力なく垂らしながらも、その表情は今だ力強かった。
ベッドに寝かせたフェイトの傍らでその怪我の手当てをしながら、アルフは手を、唇を、体中を震わせていた。
何故、この娘がこんな目に合わなければいけないのか。何故、こんな危険なことをしなければならないのか。
その背中にある二筋の傷から流れる血は簡単な魔法で止めたが、傷を負ってから治療に入るまでにかなり時間が経ってしまった為、細菌でも入ってしまったかも知れない。
フェイト自身は今は静かに眠っているが、その顔色はまだ悪く、その顔を見ているとそのままフェイトがいなくなってしまうのではないかと嫌な想像までさせられる。
アルフは視線を再びフェイトの肌蹴られている背中に向ける。
その背中には、今回受けた二筋の切り傷の他に、切り傷よりも浅いが荒い、その為更に痛々しい無数の傷跡があった。
(何で、何でアンタにこんな酷いことする奴の為にそんなに頑張るんだよ、フェイトぉ……!!)
「さつき、大丈夫かい!?」
アルフが、突っ伏すさつきの傍らに膝を付きながら問いかける。
「うん、何とか……大丈夫」
さつきの体は微動だにもしないが、それでも返事が返ってきたことにアルフは安堵する。
「何て無茶をするんだいアンタは! ……で、何とか出来ないかいこの状況」
「あはは……ちょっと、キビシイかな……
体が痺れて、上手く動けないや……」
だが、返って来たのは力無い声。
"怪我"は無くても"ダメージ"はあるのが非殺傷設定だ。
例え痺れが取れても、さつきは体に蓄積されたダメージでそれほど力を振るえない状態にあった。
肉体のダメージの回復は傷を癒すのよりかは簡単だが、元々血を吸うのにいい感情の無かったさつきは、先ほどのクロノ戦で蓄えていた回復用のエネルギーを全て使い切ってしまっていた。
「そんな……早くしないとフェイトが!」
アルフの声が叫び声に近くなっていく。彼女の腕の中でフェイトは荒い息を繰り返しており、その体温まで冷たくなっているような錯覚まで感じていた。
(もう、管理局でも何でもいい! このままだとフェイトが危ないんだ!)
元々、どこかに逃げてしまおうかとも考えていたアルフである。
ここで管理局に捕まって保護してもらうというのも、彼女にとって別の意味でも魅力的であった。
「フェイトちゃん! さつきちゃ……!」
辺りに響くなのはの声。アルフが顔を上げると、着地したなのはが彼女達に駆け寄ろうとしてクロノに止められているのが目に入った。
(……ごめん、フェイト)
アルフは一度心の中で謝ると、なのはと何やら言い争っている、管理局の執務官の方を見やる。
「分か――」
「……ちょっと、時間を稼ぐこと、できる?」
だが、降伏宣言をしようとしたその時、さつきから提案らしきものが放たれた。
「……?」
「少しの間……時間を稼いでくれたら、この結界、壊せるから」
(………)
正直な所、アルフは今すぐにでも管理局の拠点に行ってフェイトを治療して貰いたい。更に言うとそのままかくまって貰いたい、護って貰いたい。
しかし、自分の主人をある意味で裏切ることをしたくないのも、また事実。先日立てたばかりの誓いを破ることをしたくないのもまた、事実。
「……信じて、いいんだね」
「……うん」
「……いいさ。どうせ今ワタシはあいつらに降伏しようかと思ってたんだ。
失敗しても捕まるだけ、なら乗ってみるよ。
でも、あんまり時間かかるようならワタシ達は降伏するからね。流石にフェイトがヤバイ。
その時は、アンタだけでも何とかして逃げな」
「うん……ごめんなさい」
「謝るこた無いよ。アンタは精一杯やってくれたんだ」
「………」
さつきの目が泳いだ。
医務室のベッドで横になっているクロノは、その天井を見ながら先程の戦闘について、更には弓塚さつきと名乗る少女について考えていた。
確かに彼女は弱い。弱いが、それを補ってあまりある程に強い。
幸いだったのは、やはり彼女が弱かったこと。
最後の一撃、インパクトの瞬間が腕の伸びきった状態ではなく畳まれた状態からの押し込むような殴り方だった為、クロノは今もこうして生きている。
しかし今回更に謎が増えた。その謎の解明の邪魔その他諸々の原因としては意気消沈せざるを得ない。
折角意識を戦闘のことへと向けることで現実逃避していたというのに完全に逆効果だった。
医務室の扉が開く。そこから現地の果物を皿に乗せたエイミィが入ってきた。
(………さぁ、恨み辛み愚痴罵倒、何でも甘んじて受けようか)
さて、今現在クロノに求められているのは足止めだ。
今の内に相手を叩いて捕縛するという手も無いではなかったが、魔力に余裕はあっても深刻なダメージを喰らって体力が限界だ。
なのはだって、クロノを抱えたまま雷を避けるという体力的にも精神的にもキツイ仕事をした為肩で息をしている。
その為、彼らは無駄な魔法を使う訳にはいかず、相手の行動に合わせて動くことを余儀なくされた。
とまぁ理屈はこうでも、実際はなのはとクロノが言い争っている間にさつき達が動き始めてしまったのだが。
フラフラとしながら立ち上がったさつきが、クロノ達とは全く別の方向へ、一番近い塀へと向かった。
「逃がすか!」
なのはと口論しながらもいち早くそれに気付いたクロノが、魔力弾を形成。
しかしデバイスも無く、両手も動かせない状態で多少手間取る。
「させるかい!」
その間にアルフがさつきとクロノの間に割り込み、展開したシールドでその魔力弾を防ぐ。
だが、
「しまった、さつき!」
アルフが防いだのとはまた違う、誘導型の魔力弾が1つ、アルフの頭上を迂回してさつきへと向かっていた。
領土塀の上に飛び乗ったさつきはそれに目も向けていない。
(よし!)
心の中でクロノは目標の達成を確信する。塀のすぐ向こうはユーノが張った結界だ。
さつきの力でユーノの結界を破壊できるのかなど知らないし知りたくもないクロノだったが、流石に今の見るからに弱っているさつきにそれだけの力がるようには見えない。
例えあったとしてもさつきが結界を殴る、その瞬間に上空からの魔力弾が彼女を襲い、地面に叩きつけるだろう。
だが、
「なっ!!?」
クロノ達が見ている前で、塀から跳躍したさつきはそのままユーノの結界に突っ込み――――そのまますり抜けた。
クロノの魔力弾が、さつきのすり抜けた部分を虚しく叩く。
《ユーノ・スクライア、君!》
《手抜きなんてしてません! 第一、それならクロノ執務官の魔力弾も貫通する筈でしょう!?》
「………」
ユーノの返答に、クロノは絶句。しかし直ぐに気を取り直してエイミィへ通信を繋ぐ。
《エイミィ、何が起きた!? 幻覚魔法か何かか!?》
《分かんないよ! こっちに来てるの映像だけでデータなんて無いもん!
でも幻影だとしたら、まださつきちゃんは結界の中にいるって事なんだから気を抜かないで!》
「―――!!」
焦ったようなエイミィの声に、他意は無かったのだろう。だがそれによりクロノが負ったダメージは甚大だった。
(くそっ!)
腕が動いたら自分を思いっきり殴りたい。そんな衝動に駆られながらも、クロノは残る2人だけでも逃がすまいと自身を睨み付ける使い魔と視線を交差させた。
「………………」
アースラの待合室で、なのははずっと黙りこくっていた。
膝の上に握り締めた手を置き、俯いた顔は決して明るいものじゃない。
(あの娘達が必死だって、自分達の願い事の為に必死なんだって、もうずっと前に分かってた。……分かってた、筈だった。
どうして、何で、あんなに傷ついて、あんなに傷つけ合って、どうして、そこまで……)
なのはは何も出来ずにいた。
クロノと共に逃げようとするさつきを攻撃することも、そんなボロボロの状態で無茶しようとするクロノを止めることも、さつき達に呼びかけることさえも。
そこは今までなのはの知らない世界だった。居たことのない世界だった。
もう止めてと叫びたかった。そんなことは無意味だと分かってしまっていた。
さつき達は止まらなかった。だからクロノも止まる訳にはいかなくなった。
なのはは知性はとても9歳とは思えない程高く、そして理解力もある。だが、その理性は紛れもなく9歳の女の子なのだ。
今まで非殺傷設定によって回避されていた状況。お互いに血を流し、ボロボロと言うのも生ぬるい重い傷を負いながらもまだ争いを続けようとする状況。
当然、今までもそうなる可能性は十分にあったことはなのはも理解はしている。
実際、一度はさつきが死んでしまうんじゃないかと思った時もあった。
だが、それでもなお彼らは戦いを止めない。
自分の命なんてどうでもいいとでも思っているかのような錯覚にさえ陥る。
怖いのか、恐ろしいのか、悲しいのか。なのはだけそことは別の世界にいるかのように、彼女は動けない。
そうこうしている内に、さつきに無慈悲な魔力弾が迫った。
当たる。やけに冷静になのはもそれを確信し、そしてその予想は外れた。
その瞬間、なのはは確かに驚愕し、安堵し、周囲は色めき立った。
――今しかない。今を逃したら、自分はずっとこの世界から取り残される。
空気が乱れたその刹那、なのはは自分をこの世界に引き戻すことに成功する。
「もう止めて!」
「はぁー……」
フェイトの住むマンションの一室で、さつきは安堵と疲労、両方の混じったため息をついた。
ソファーにグッタリと体を預け、(もう駄目かと思った……)と脱力する。
さつきはあの――クロノに対して捨て身紛いの特攻をした時、とにかく必死だった。
捨て身紛いでは無い。あれはまさしく捨て身の特攻であった。
普通にやっても勝てない。頭を使っても相手の方が上手。でも負ける訳にはいかなかったのだ。
自分のせいで千載一遇のチャンスを逃した。油断のせいでフェイト達にまで危険が及んだ。
悔やむさつきに出来ることは、何も考えずにただ向かって行くことだけだったのだ。
だがそれは、実は一番有効な手だった。クロノの様にテクニックで相手を打倒するタイプは、パワーにある程度以上に差がある相手の場合ただただ愚直に来られるのが一番困るのだ。
そしてさつきの後悔は、今自分の使えるスキル全てを使おうという決心も生み出していた。
それはまだ練習中のもの。成功するか失敗するかも分からない。
そういうものを実戦に使用するということは他の部分の集中力をかなり殺がれるし、もし失敗してしまったらその時の動揺で大きな隙を晒してしまうことになるためその恐怖心からもまずやれない。
事実さつきも今まで全く使う気になどなれなかった。自分に向かって猛獣が突撃してきた時、手元に大体の使い方しか分からない武器があってもそれを使わず足で逃げることを選択するだろう。同じことだった。
だが失敗したらその時、やってみるだけやってみる。そういう気持ちで、さつきはクロノに突撃すると共に吸血鬼としての異能を使っていた。
それは"略奪"。読んで字のごとく、対象から様々なものを略奪する能力である。
それは熱であったり、魔力であったり……流石に実態を持つものを略奪する程の威力は無い。
さつきの使う略奪はまだ拙いものだが、彼女は魔力を略奪することに関しては秀でていた。
結果、クロノの打ち出した魔力弾はさつきの体に当たる前にその威力の大部分をそぎ取られていたのだった。
あれからのことは簡単だ。
結界から脱出したさつきは、適当な通行人を物陰へと引っ張り込み、その血を頂くことで肉体のダメージを回復し、外から結界を殴って破壊した。
管理局組が色めきたっている間にアルフは転移を完了させたのか、一応飛び上がって庭を確認したそこにフェイトとアルフの姿は無かった。
「さつき! 無事だったかい!?」
さつきがソファーに座り込んで休んでいると、アルフが叫びながらフェイトの寝室から出てきた。
その顔と目が真っ赤になってるのを見て、さつきの背に嫌なものが流れる。
「アルフさん、フェイトちゃんは……?」
「ああ、今は寝てるよ。多分、大丈夫だ」
アルフの言葉にホッと息を付くさつき。
そんなさつきに対して、今度はアルフが心配げな声をかけた
「アンタは大丈夫なのかい? ワタシの魔法を……その……」
「あ、ううん、大丈夫よ。色々と疲れちゃったけど、体の方は今は何ともないわ」
「……ほんっとーに、デタラメだねぇアンタ」
呆れたようなアルフの声に、さつきはあははと渇いた笑いを返した。
取り合えずは全員が一応無事に帰ってこれたことに、安堵の空気が流れ出す。
だが、その空気も長くは続かず、再び重くなっていった。
アルフは、まだフェイトが重症だという状況によって。
そしてさつきは、今回……いや、以前から感じていた様々な疑問が今回の事で無視できない程に大きくなったことによって。
―― 駄目……母さんと……約束したんだから……
―― ジュエルシード……持って、帰らないと……!!
フェイトの叫んだこの言葉。あんなボロボロになった状態で、なお自分の母親の為にジュエルシードを手に入れようとするその、良く言えば一途な想い。
あの状態で、女の子のあんな言葉を聞いて何も感じないなんてそんなのは人じゃない。気がついたらさつきは無我夢中で暴走体に襲い掛かっていた。
だが、あの時は深く心を打たれたが改めて考えると色々とおかしなことがある。
それは例えば、フェイトの両親は一体どうしたのかということだったり、
ジュエルシードはフェイトの母親が欲しがっていると言っていたが、ではジュエルシードを盗ってくるというのはフェイトの独断なのかその母親の指示なのかだったり、
フェイトの異常なまでのその母親への依存度だったり。
そして、さつきはアルフに何か聞きたげな目を向ける。
それに気付いたアルフは気まずげに目を逸らした。
フェイトは、夢を見ていた。
それは、遠い……とは言っても数年程前の、温かい、夢。
あとがき
やっと書けた……
いやー、今までは一度筆が乗ったらそっからはスラスラと書けて、詰まってた日抜いたら大体5日ぐらいで1話書ききれてたんですが、この話1日1KBのペースでした……
表にありますがこのSSはあくまで習作ですので、今回も色々と試してみたんですよね。
場面を過去のものにすることで描写を少なくするとか、それぞれの心情の書き方とか。
あと感想板でまたもや突っ込まれた「視点が変わりすぎ」。ありがとうございますどんどん言ってやって下さい突っ込まれなくなるともう大丈夫になったかな? とお調子者が勘違いするので --;;
一応中心人物が変わる時は行間を大目に取って判断できるようにしてるんですけどねぇ……と思ったら携帯から見たら意味が無かった罠
一応気をつけたのですが、今回の冒頭の方、僕の腕じゃあどうしても無理だったのでそれならと主要視点外して完全なる3人称にしてみました。上手くいってるかなぁ……
あと、今回の話の書き方、今までとかなり違いましたが良かったか悪かったかハッキリ言って貰えると助かります。
しかし、マジですいませんパンダ師匠の見せ場が本当に無くて……
いや、当初これこんなシリアスになる予定じゃ無かったんですよ!? それこそ本当に師匠とのバトコメやる手はずだったんですから!
しかしなのは達の存在がそれを妨害。何故なのはがアースラに入った後にジュエルシード発動とかいう手をもっと早くに思いつかなかったしこのダラズ
さて、このSSにおけるフェイトですが、原作よりも精神状態ヤバイです。
(なのは原作知らない人に対しての)ネタバレになるので具体的な理由は避けますが、具体的には13話での出来事の後にアレですから……
この話がこんだけシリアスになったのもそのせいで、普通にやったらフェイト達ジュエルシード回収失敗してたんですけど、その後のこと考えたら、「あ、ヤバイこれ確実にフェイト達内部分裂する」って事に気付いてしまいまして……;;;;
色々無茶して今回の流れに繋げました。粗が目立ちますがどうぞご勘弁を……
しかし、作者の不安なんですがこれフェイトの裏事情ってなのは知らない人がもし見たらどう感じるんでしょうか? 作者的にはまだイメージが定まらずに混乱していて欲しいのですが、上手く書けてる自身ががが
最後に、前回募集した事件ネタですが……すいません希望して貰ったの全部無理です。
理由を一つ一つ挙げていくと、
・「いぬさくや」出演
作者は東方について殆ど詳しくなく、そんな状態で書いても逆に駄作しか生まれないのは確定的に明らかだった為。
・吸血鬼に愛しの兄を掻っ攫われた妹の魂の慟哭
クソフイタwww しかしこれは今後の話の都合上設定的に無理と
・すずかちゃんを暴走体にとかどうでしょう?
やりたかった……すっげぇやりたかった……何でそんなステキイベント今まで思いつかなかったし自分。
しかし妄想が膨らみすぎてこれアニメでいう番外編の劇場版的な感じのボリュームになってしまったので断念…… OTL
という訳で無かった場合の案……
次の話を二話編成にするというウワナニヲスルイタイヤメテ
……うん、ごめんなさい。しかしその代わり中身とボリュームは増やしました。
今回の話でモヤモヤした部分を次の話で一気にスッキリさせる予定です。この書き方もそういう編成にする上で色々考えた結果だったりします。
何卒作者の腕が未熟なもので、上手くできるかはわかりませんが、精一杯やってみたいと思っています。
あと前回投降した時上にケティ、下にラリカがいたんだがどういうことだ。
あの(人気的な意味で)化け物共め……