(うーん……)
とあるマンションの廊下を歩きながら、弓塚さつきはその腕を組み、眉根を寄せて悩んでいた。
(うーん………)
何と行っても、今向かっている部屋にいる人物は自分を敵視しているのだ。接触には細心の注意を……
(うん、よーし。何といってもやっぱりあの子女の子だし、明るく元気にフレンドリーにで行こーっと!)
注意の方向が斜め45°くらい違わないだろうか。
何はともあれさつきはホールの係員を魅了して聞き出した部屋の前に着くと、躊躇い無くそのドアをノックした。
何しろフェイトの容姿でホテルを取ればそりゃ目立つ。係員にも当然心当たりはあり、さほど苦労もせずに部屋は割り出せた。
そして右手でドアを開け放つと、空いた左手を高々と掲げる。
そして、
「フェイトちゃーんこんばうわぁ!?」
「! 何ぃっ!?」
次の瞬間にはその左手でいきなり自分に向かって来た腕を手首を掴んで止めていた。
さつきが扉を開けたら、そこには両腕を掲げて飛び掛ってくるアルフがいて。
アルフの振り下ろす右腕がさつきの掲げた左手と丁度いい感じにぶつかって。
さつきが反射的にそれを掴んでしまい、お互いにそれぞれ驚愕の声を上げるが事態はまだ収拾しておらず。
アルフは右腕と共に左腕も振るっており、今更止めることなどは出来ない。その左腕はさつきの胸元を掠めて空ぶる。
そしてアルフの体はその勢いによって、固定された右手首を支点に空中で振られ、結果――
――ガッ
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「あっ……おふっ……おっ……」
マンションの一室の玄関先で、二人はあまりの激痛に一様に口元を押さえて蹲った。
「アルフッ!」
一瞬の後、何が起こったのか見えていなかったフェイトがバルディッシュを構えて部屋から飛び出して来た。
「艦長、僕はまだ納得していないのですが」
次元空間航行艦船アースラの医務室、そこのベッドで横になりながら、クロノはその傍らに座るこの船の艦長、リンディへと声をかける。
「……ユーノさんと、なのはさんのことですか?」
「当たり前でしょう! これは民間人に介入してもらうレベルの話じゃありません。
いくら向こうから申し出て来たからと言って、何故ああも簡単に許可を出したのですか」
どうやらクロノは、なのは達がこの件に関わることについて難色を示しているようだ。
リンディはそれに対し気まずそうな顔をすると、暫く悩んだ後クロノから視線を逸らしながら口を開いた。
「……そう、ね。
実はあの申し出、こちらにとっても都合が良かったのよ」
「は!?
………まさかとは思いますが艦長、まさか最初から協力してもらう算段だったとは言いませんよね」
それに思わずと言った風に驚いた声を上げたクロノは、数瞬の沈黙の後早口でリンディを問い詰めた。
焦っているのか『まさか』を二度も使っている。だが、
「ええ、そうよ。そのとおり」
リンディはクロノのその問いに肯定で返した。
「艦長!?」
管理局の局員として聞き逃せない発言に、クロノは思わず声を上げる。
が、リンディはまるでそれが聞こえていないかの様に話を続けた。
「最初は、彼女達から自主的に協力を申し出て貰えるよう、誘導しようと思ってたのだけれど。
流石に、なのはちゃんの方から手を引きたくないって言われた時には焦っちゃったわ。
ついついジュエルシードの危険性についてまで念押ししてしまって」
後半部分は自嘲するように言われた台詞に、クロノはそれに気付くことなく喰らい付く。
「そうです! 母さ……艦長だって、ロストロギア《あれ》の危険性は知ってる筈でしょう!?
なのに何故民間人を巻き込もうとするんです!?」
断っておくが、クロノはその相手が子供だという事は問題にしていない。
管理局には才能さえあれば9歳から就職が可能で、それなりに珍しくはあるものの彼らの常識ではその点は何ら問題にはならない。そこに人情的な感情が生まれるかどうかはまた別として、だ。
問題なのは、民間人を守るべき管理局員が、事件に民間人を巻き込もうとしたというその一点である。
リンディは溜め息を吐くと、クロノに向き直って真剣な表情を作った。
「クロノ、誇張でも過大評価でも無く、貴方はこの船における最高戦力だわ」
「……………」
何の関係があるのかと思うと同時、クロノは自分の今の現状のせいで気まずさを感じる。と、ほぼ同時にそこからリンディの言わんとしていることに気付き、黙り込んだ。
「しかし今貴方はこの有様、しかも貴方をこんな風にした相手はまだ野放し状態。
そしてなのはさんの戦闘能力は、その魔力値だけで見ても凄まじいものがある。……恐らくはこの船に乗っている局員の中でも私と貴方に次ぐ戦力になるでしょうね」
「……つまり、今はなりふり構っていられない程に戦力が欲しい、と」
「……残念ながら、そういう事になるわね。
ただでさえ、この事件の中心にはランクA+のロストロギアが絡んでいる……。
いえ、だからこそ、そんな危険なことを民間人の、それもあんな子供に頼ることなんてあってはならないんだけれど……」
「……………」
色々と突っ込みどころや問題はあるが、自身の不手際も原因の一つに入っているせいで反論しにくくなってしまったクロノであった。
所変わって、こちら某マンションフェイト部屋。
「さ、さつき、元気出して、ね?」
「うん、ありがとうフェイトちゃん。………はぁ」
「………」
そこには、もう何か全てに疲れたとでもいうかのような空気を放つ茶髪の少女と、
それに対してどうすればいいのか分からずに困り果てる金髪の少女がいた。
言わずもがな沈んでいるのがさつきで戸惑っているのがフェイトである。
とはいえさつきもいくら沈んだ空気を撒き散らし落ち込んでいても、(本人からしてみれば)8歳も下の子供に励まされたりすれば、
流石に『なんでもないよ』という風な感じで返すのだが……
その直後にまた元に戻っているので全く意味が無かったりする。
そもそも何故こうなったのかと言うと、時間を少し遡る。
玄関先でゴタゴタなったのを何とかひとまずようやく終息させ、頑張って対話に持って行く事に本当に何とか成功したさつきは、
(そもそもこの時点で『今のって……ファースト……ううん! 今のは事故! そう只の事故! ノーカンノーカン!!』とか何とか挙動不振だったが←フェイト談)
そこで自分が此処へ来た理由を話した。
さつきが考えた管理局勢に対抗する手段、それはフェイトと協力するというもの。
管理局が現れてからも彼女達がジュエルシード集めを続けるかという懸念はあったが、もし続けるのだとしたら、
言っては悪いが彼女達の今までしてきた事も、これからすることも恐らくは犯罪だろう。
と言うことは彼女達も管理局と対立する関係になるということになる。
ならば協力者が増える事はフェイト達にとっても喜ばしいことなのではないかとさつきは考えた。
他にも、管理局と対立する者同士ということで協力を申し出てもそこまで不自然じゃ無いだろうとか、
恐らく向こうも切羽詰っているだろうから成功する確立は低くはないんじゃないかという思惑もあったりする。
そして、さつきが協力関係を提案した結果はと言うと……
本人が拍子抜けするぐらいアッサリと話は進んだ。
無論、フェイト側がさつきの事を疑わなかったのかと言うとそんな事は無い。
だがフェイト自身あまり人を疑うことに慣れておらず、さつきの言う協力関係を結びたい理由にも納得してしまったからには警戒心も薄れる。
更にはさつきが思っていた通り戦力の増加に加え実質敵が減るということは、フェイト自身かなり嬉しいことだったのだ。
アルフの方も、罠かも知れないと警戒はしたのだが、どの道敵でいる場合でもかなりヤバイ奴だという認識が強かった為、
それなら罠じゃないことに賭けて協力を結んだ方がいいんじゃないかと考えたのだ。開き直りとも言う。
……どの道このままの状態ではフェイトの身がとてつもなく危険だったこともあることだし。
と、さつきにとっては嬉しいことにここまでは驚くぐらい順調に進んだのだ。
事件は、本格的に協力を結ぶ前にお互いの懐疑心を解こうと行われた質問会で起きた。
その内容は要約すると以下の通り
Q.貴方は一体何者? by.フェイト
A.ちょっと特別なだけのこの世界の人間だよ by.さつき
Q.ジュエルシードを集める理由は? by.フェイト
A.……行きたいところがあるんだけど、普通の方法じゃ行けないの byさつき
Q.全部終わったら、ジュエルシード使わしてくれるんだよね? by.さつき
A,うん、お母さんに聞いてみないと分からないけど、貸すだけなら問題ないと思う。お母さん、優しいから by.フェイト
Q.どうしてここが分かったんだい? by.アルフ
A.私ね、体質的に結界に対して敏感なんだ。最初に貴方達に会った時も、結界の気配を感じてそこに向かったの by.さつき
Q.一体どんなことが出来るの? by.フェイト
A.それは……
(中略)
Q.今日からここに住まわせて貰っていい? その方が効率がいいし、わたし1人暮らしだから問題ないし by.さつき
A.うん、そうしなよ by.フェイト
Q.攻撃に一々電撃纏わせるの止めない? あれ結構酷いよ by.さつき
A.それはしょうがないんだ。魔力変換資質って言って、外部に放出した魔力が自然に電撃に変換されちゃうから by.フェイト
(中略)
Q.それだけ強ければ、もうジュエルシードの1つも手に入れていてもおかしくないと思うんだけどねぇ by.アルフ
A.しょうがないでしょ、こっちは封印されたらそれで終わりなんだから by.さつき
Q.……え? by.フェイト&アルフ
A.わたしは封印の解除の方法とか知らないの by.さつき
Q.……何のことだい? by.アルフ
「……え?」
ここまでは本当に順調だったのだ。玄関先のことがあったり、
途中でさつきの能力の多方向性や胡散臭さ等にフェイト達が疑惑の視線を投げかけたりしていたが、それでも順調は順調だったのだ。
だが何故だろう。この時さつきは嫌な予感が止まらなかった。
「……さつき、もしかして、封印の事勘違いしてない?」
「勘違いってったって……ん? ああ……、そういうことかい」
気付いたフェイトが言う。アルフもそれで何か理解したようで、さつきの中の嫌な予感が増大した。
だがそのまま流す訳にもいかず、意を決してその意味を尋ねる。
「えーっと、どゆこと?」
「あのね、封印っていうのは、対象の魔法動作を強制的に終了させる術式のことで、
つまりジュエルシードの封印っていうのはジュエルシードを発動前の状態に戻しているだけで……」
ジーザス
で冒頭に至る。つまりさつきはもう2回も目的達成をわざわざ棒に振っていたということになる。そりゃ落ち込む。
「えーっと……、あ、そうださつき、テレビ、観る?」
と、どう対応すればいいのか悩んでいたフェイトが唐突に切り出した。
「……え? ……あ、うんありがとう。じゃあ観させてもらおうかな」
それに一瞬戸惑うさつきだったが、直ぐに真意を察して感謝しながらもそれに乗った。子供なりの気遣いというやつだろう。
もう既にお互いの間に警戒心なんて無いのはフェイト自身の人となりとさつきの性格のお陰か。
「じゃあ、チャンネルを……」
「ああ! フェイトはそこで座ってなよ、ワタシが取って来るからさ」
と、フェイトが立ち上がろうとするとそれを慌てて抑えるアルフ。
いっそ不自然なぐらいの慌てように、そういえばと、さつきはフェイトがその背中を何らかの形で怪我していたことを思い出した。
そんな状態で気を使わせてしまった事を悔やみながら、しかしさつきはふと気になってしまった。
アルフに向き直っている為僅かに自分の方を向いているフェイトの背中へと手を伸ばす。
「いッ…………っ!!」
「フェイト!?」
「あっ! ごめん……!」
さつきの指が軽く触れただけで、フェイトはその身をビクリと震わせ、硬くした。
その主人の様子に、未ださつきの事を信用し切ってないアルフは何事かと慌てて飛び出し、
さつきはその予想以上の反応に急いで謝罪する。
……しかし、フェイトのこの痛がり様は尋常ではない。
体を屈めて痛みに耐えているフェイトの様子に、さつきは思わずアルフを見る。
さつき達の様子から大体のことを理解して落ち着いたアルフは、その視線に気付いて気まずそうに顔を歪めると、その視線には応えず屈んでフェイトを労わり始めた。
「海鳴動物園から逃げ出した―――は今現在も捕まっておらず、主な目撃情報も未だありません」
夕食後の高町家のリビング、そこで興味深そうにテレビを見ている恭也と美由希がいた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんどうしたの?」
と、そこに桃子の洗い物の手伝いを終えたなのはが入って来た。
「あ、なのは。ううん、何か動物さんが1頭動物園から出てっちゃったみたいで」
「へー、大変そうだね」
美由希の答えを聞き、なのはも何となくテレビに目を向ける。
「なお、檻の鍵が壊れた原因は今現在調査中、近くに落ちていた電線工事用のスパナと鍵の破壊跡が一致したことから、事件の可能性も含めて警察は調査を進めています。
また、このスパナですがこの日動物園沿いの電線の工事現場から紛失したものと同一のものであることが判明し、そちらも合わせて調……
ここは次元空間航行艦船アースラのモニタールーム。そこに数人の人影がいた。
周りの数人がパネル等を叩いて色々と作業している中、内2人は中央で佇みそれぞれモニターに目を向けていた。
「確かに、凄い子達ね」
「ええ、どちらもあろうことか魔力値だけでAAAクラスに相当します」
その二人――緑色の長髪をした女性と左腕をギプスでグルグル巻きにされている少年、リンディとクロノが言葉を交わす。
今日接触した少女達のデータを考察するという事で、クロノも痛む体を押して付いて来たのだった。
「平均値を見ると、彼女……なのはさんが127万」
「こっちの黒衣の魔導師は143万」
「最大発揮時は、更にその3倍以上……ね。もしかして嫉妬してる? クロノ」
リンディの言葉にクロノはジト目になる。
「艦長……。
羨ましいと思わないと言えば嘘になりますが、魔法戦は魔力値の大きさだけではありません。
重要なのは、状況に合わせた応用力と、的確に使用できる判断力です」
その言葉に、あらそう、と微笑むリンディ。
《……それに、いくら彼女達が凄いと言っても僕はまだあの事に納得は》
《はいはい、分かってるわ》
《………》
また蒸し返そうとするクロノだが、リンディにやんわりと受け流されてしまう。
と、そんな二人の中に入ってくる声があった。
「はいはーいお二人さーん、確かにそっちの子達も凄いけど、今回のメイン兼クロノ君が痛む体を押してまで見に来た本命はこちらさんでしょー?」
そういって目の前にあるボードを物凄い勢いでタッチしながら振り替えるのはエイミィ。
クロノよりも若干年上である彼女もまた、れっきとした正管理局員なのである。
「………」
「ええ、そうね」
「あり?」
そしてそのエイミィはクロノ達の予想外の反応に戸惑った。
いや、リンディはいい。問題はクロノだ。普段の彼ならここで『エイミィ!』とか叫んで必死に否定する筈なのだが、
今はしかめっ面で黙ったままだ。
(あちゃあ、これは相当……)
エイミィは心の中で合掌しながら、視線をその相手に、頭上のモニターに向ける。
そこには、今日(おそらくは)非魔導師でありながらクロノを負かした少女の映像。
「それでエイミィ、どれだけ分かった?」
「うーんと、この子の身体能力に関する予測数値は別の資料で纏めて見て貰った方が早いと思うから、それ以外を説明してくね」
前置きをして、エイミィは話し始める。
「とは言っても情報の大部分は見てのとおり圧倒的な身体能力。
……この数値を身体の能力って言っていいのかはちょっと疑問だけど今はそれは置いといて、あの子、何か常に魔力反応以外の大きなエネルギー反応出してたから、多分それで水増ししてるんだと思う」
と、そこでエイミィはそれで、と前置きして、
「これはユーノ・スクライアからの情報になるのですが。どうやら彼女、異常な再生能力を持っているらしくて」
「異常な……再生能力?」
「はい。
聞くところによると、全身に大小の傷を負ってフラフラの状態から数秒で殆どの傷が治っていたとか、
先程出した砲撃で吹き飛ばされた時等、普通の人間では死んでもおかしくはない傷だったのに次の日……今日ですね。もう既にあんなんだったらしいです」
「……なあ、まさかとは思うが彼女もジュエルシードの影響を受けているんじゃないか?」
あり得ないレベルの身体能力の水増しに加えて明らかに異常な再生能力。それはあり得ないと分かっている筈なのに、クロノからそんな言葉が漏れた。
「ううん、それは無いよ。だってあの子からはジュエルシード反応皆無だったもん。
でも、似たようなことはユーノ君も考えたみたいで、何かしらの魔導具で肉体強化でもしているんじゃないかって。
何しろ彼女の異常な所、大まかに区分すると全部自身の肉体そのものに対するのばっかだもん。
でも仮にそうだとしても、一時的にしか魔力反応が無かったりする辺り、余程高度な隠蔽でもされているのか……」
そこでリンディが「はぁー、」と大きなため息を吐いた。
「……あんまり考えたくは無いしまだ憶測の域を出ないけれど、もしその仮説が正しければその魔導具の厄介さ加減は明らかにロストロギア級ね。
使用者にバインドを力ずくで破壊できる程の腕力と、魔力に触れることの出来る能力と、死んでもおかしくない怪我からの再生を与え、更に自身に対する隠蔽性。
これらが一まとめにされているとなると、なまじロストロギアの様に世界を危険に晒す心配が無い分明らかに争いが起こるわ」
ああ、とリンディの言葉を理解したクロノとエイミィは渋顔になる。
とは言えこれはまだ自分達が勝手に付けた仮説。
「ともかく今の段階で確証の無い憶測についてあれこれ言っても仕方ありません。
今は彼女に対する対策を考えなければ」
「そーだよねー。何たってクロノ君は一回やられちゃってるんだから、次こそは負けられないよねー」
「エイミィ! いいんだよそういう事は言わなくて!」
先程までの空気は何処へやら。切り替えが早いのか何なのか。
それに、
(否定はしてないんだよねー。
これはさつきって子、苦労しちゃうんじゃないかなー)
そんなことを思いながら、エイミィは目の前のボードを使って次々とパネルを操作していく。
「んじゃあ、こちらがこの子の身体能力の限界予測数値、
外的要因によって強化されている可能性も……というかそれでしかあり得ない数値ですが、今のところそれらも合わせて全部身体能力として扱っています。
んでこちらが今日の戦闘風景となりまーす。先程の説明と併せて存分にご考察くださーい」
そう言って見やすいようにパネルを並べて表示し終わると、エイミィは後ろを振り向いた。
と、そこには既に真剣な表情でパネルを睨むクロノ執務官。そんな様子を見て、彼女はリンディと目を合わせて共にクスリと笑い合った。
フェイトを半ば無理やりベッドまで運んだ後、さつきとアルフはリビングに戻って対面した。
とは言ってもさつきがソファーに腰掛けているのに対し、アルフは立ったまま硬い面持ちをしている。
その立ち位置の関係もあるが、さつきがいくらフェイトの傷のことを聞いても頑なにはぐらかしてくる(誤用にあらず)為さつきは今の状況に非常に気まずいものを感じていた。
更に言うと、アルフから無言のプレッシャーを感じる。まだ信用されてないからとかいうレベルじゃない。
フェイトちゃんの傷に触っちゃったのが拙かったんだろうなぁ……とさつきが遠い目をしながら思っていると、遂にアルフの方から口を開いた。
「で、あんたはまだ味方だと考えていいのかい?」
その台詞にさつきは慌てる。
「え、そ、それは勿論! さっきはつい出来心で触っちゃったけど、本当にフェイトちゃんに痛い思いをさせようなんてこれっぽっちも……」
が、さつきのその様子にアルフの緊張が若干緩んだ。
「あのさぁ……こっちが聞いてるのはそういうことじゃ無いんだよ。
あんたからすりゃ、封印後のジュエルシードでも何の問題も無く目的が達成されることが判明して、不意打ちでこっちの持ってるジュエルシードを奪い取ればいいって状況になったんだ。
そこら辺どうなんだい?」
アルフからすれば、これはギリギリの賭けだった。いや、賭けですら無かった。
当然相手はそれに気付いてると思ったし(何せそこまで頭の良くない自分でも気付いたのだ)、どうせ警戒しててもたとえ真正面から来られたとしても彼女を止められる自信は無い。
ならば形だけでも安心しておきたかったのだ。……もし安心出来ない答えが返って来れば、玉砕覚悟で突っ込むつもりで。
「え……? あ、うん、そう……なんだけど……」
だから、さつきの方からそういう言葉が出た時、アルフの緊張はピークに達した。
が、
「流石に、あんな小さな子と一度交わした約束を破るのは……ちょっと……。
ましてや裏切ってからの不意打ちなんて……流石にそこまでやっちゃうと自分の事心底嫌いになっちゃうよ……」
続いて出てきたさつきのあまりの感情論に、いや、感情論だからこそ、アルフは自分の緊張が解かれて行くのを感じた。
「じゃあ……」
「うん、同盟は当初の予定通り。そっちの目的が達成するだけジュエルシードが集まるまで、わたしはフェイトちゃんの味方でいます!
あ、でもそっちもきちんと約束は守ってね。最後にはきちんと貸してもらうんだから」
何とも先程までの緊張が馬鹿らしく思えて来るアルフ。
台詞だけなら何とでも言い繕えるだろうということは分かっているのにここまで警戒心を薄れさせられるのはさつきの能天気さに当てられたのだろうか?
「そうかい、悪かったね疑って。
ワタシは今日はもう疲れたから寝るよ。あんたも早くお休み。
寝る場所はどこでも好きに使いな。ただし、」
安心したアルフはさつきにクルリと背を向けるとフェイトの眠る部屋の前まで歩を進め、そこで顔だけ振り返り、
「ワタシ達の部屋に入ってきたら、ガブッっと行くよ」
そう、口元を歪めながら言い放った。
――オカシイ
視線の先では、自分の攻撃を彼女がことごとくかわして行く。
――何かが、オカシイ
それを見て、思う。突発的に思った事では無い。最初に、彼女がもう1人の魔導師と戦っている映像の時点で既にあった、違和感。
――何が、オカシイ?
だが、その違和感の正体が分からない。少女は必死な様子で次々と襲い来る魔力弾をかわして……
――いや、待てよ
一連の流れで、何かが引っかかった。悩むこと数瞬、その輪郭が見えてくる。
――まさか……
もしそうならあまりにも馬鹿らしい。馬鹿らしすぎる。
思いながらも同僚の少女に頼み、映像を彼女と白衣の魔導師との戦闘のものに切り替えて貰う。
――今度は"そのつもり"で観察してみよう。そうすれば……
彼女は自身に向かい来る魔力弾を、その悉くを弾き返す。そして、相手に急接近。
襲撃は失敗し、或いは失敗したように見せ掛け、再度離れ、そして襲い来る魔力弾を一つ残らず叩き潰す。
――やはり……そういうことか……
理屈は納得できる。あれ程なら確かにそうなってしまうかも知れない。しかし、だがしかし。
――………
感情が、納得出来なかった。
ある種の憤りを発散させる為、彼は無事な右手を掲げ、それを目の前のディスクに叩きつけようとしたところで……
「ふざけるぉぅわあ!?」
急激な体重移動に、ダメージの抜けていないところを無理をしていた膝が負け、よろけた先はタッチパネルの並ぶボードの上。
反射的に体とその間に腕を割り込ませるも、生憎そっち側の腕はギプスで固定されている左腕。
その結果は……
「痛っつーーーーー!!」
折れた左腕を襲った衝撃に身悶える少年という構図で収まった。
「ク、クロノ君……」
丁度ボードを操作していたが故にその前で座っていた少女の膝の上でだが。
若干顔を紅くしてエイミィが少年の名を呼ぶと、それで周りに意識を向け、状況を完全に把握したのか慌ててそこから飛び降りる。
「エ、エイミィすまない」
「ううん、大丈夫クロノ君? 一体いきなりどうしたの?」
「ああ、いやその……」
何ともないと手を振りながらも何事かと尋ねるエイミィに、口ごもるクロノ。
しかし事態はそれどころでは無かった。
「ク、クロノ……」
「艦長すみません。つい取り乱し……艦長?」
自分の名前を呼ぶ硬い声にクロノがそちらを向き謝ろうとすると、その先の人物は何やら視線を上に向けて固まっている。
「ク、クロノ君……」
次いで、エイミィの方からも同様に動揺した声が聞こえ、そちらへと目を向けるとそちらもまた同様に視線を上に向けて固まっている。
「?」
クロノもまた首を傾げながらもその視線を追い……
「……な!?」
恐らくギプスで平らに固定されていたが故に、先程倒れた瞬間にボード上のパネルを色々と広範囲でやってしまったのだろう。
そこにはERRORとも表示されずに、いい感じにバグった感バリバリの文字の羅列を表示している画面の数々が……
正気に戻ったエイミィが何かやっているのか、カタカタと忙しなくボードを叩く音が辺りに響く。
「クロノ君一体何やったの!? え? ちょ、何でここのデータが! こっちのプログラムも!
嘘っ! ここに入るにはシークレットパスワードが……って完全にスリ抜けてる!? 何をどーやったらこーなるのっ!!?」
当のクロノから段々と色が抜け落ちていった。
色んな所で色んな事が起こったその日の、翌日朝早く。
さつきは昇ったばかりの朝日の中を滅茶苦茶焦って駆け抜けていた。
その原因は、朝起きて見たテレビでやってたニュースにある。
そのニュースとは、昨日の夕刻に動物園から1頭の動物が逃げ出したというもの。
その動物とは、白いベースに黒い模様が大人気、体は大きいが大人しいイメージがあり、笹を食べることで知られている……そうぶっちゃけパンダである。
だがさつきは別にパンダ見たさに朝の屋根の上を駆け回っている訳では無い。最初は興味だけで聞いていたニュースが、話が進められていくに比例してさつきの中に焦りが生まれて来たのである。
曰く、パンダの檻の鍵を壊したのはスパナである。
曰く、そのスパナはその動物園沿いの工事現場から紛失したものである。
曰く、その工事現場はさつきが昨日逃走中に通った道とバッチリキッカリ一致している。
……身に覚えがありすぎた。
ニュースを聞いたさつきから血の気が引いたのを見ていたフェイト達が、その理由を知った途端に協力の意思を見せてくれた時はさつきは神に感謝した。
今頃はフェイト達も分担してそこら辺を探し回ってくれている筈だ。
三人とも実質空からの探索が可能なので、この分だとそう時間もかからずに見つかるだろう。
……そんな時だった。ジュエルシードが発動したのは。
とある一軒家にある道場。そこの扉を器用に鼻で開けてのっそりと入って来る一匹の動物がいた。
その動物は"偶然"そこら辺を通りかかり、"偶然"そこに忍び込んだだけだった。
そしてその動物はまたもや"偶然"その道場の玄関口、その床下に隠れるように蒼い宝石が落ちているのを見つけた。
その動物は何ともなしにそれに手を伸ばす。
その宝石に動物が手を触れた途端、宝石から眩いばかりの光が放出された。
やがて光が収まると、宝石はどこかへと消え去っており、後には別段ぱっと見変わったようには見えない動物がいるだけであった。
ただし、その動物は先程までの"四足"とは違い"二足で"立っていた。
――開け放たれたままの扉から入ってきた朝日が、その動物の背中にある、白地に黒字で描かれたやたらと達筆な『七ッ夜』の文字を照らし出した。
あとがき
かゆ うま