フェイト・テスタロッサは困惑していた。
その原因は、彼女の眼前に佇む1人の少女、その言動。
「フェイトちゃん!」
また、名前を呼ばれた。何故だろう、僅かにざわめく心を感づかれぬよう押し止める。先程、その声がこの少女のモノだと気付いた時にもしたように。
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど、だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!
ぶつかり合ったり、競い合ったりすることになるのは、それは仕方のないことかも知れないけど、
だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私、嫌だ!」
何故こんな気持ちになるのか、自分の心が分からない。
「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。
私は、そのお手伝いで……だけど!
お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる。
自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
これが、私の理由!」
不意に、思い至る。否、思い出した。
これほど自分のことを真っ直ぐ見られたのは、いつ以来だったろうか。
前回、そして前々回とあれ程のことをして、あれ程キッパリと拒絶したのに、何故まだそんなにも拒絶以外の意思を持って真っ直ぐぶつかってくるのか。
これほど真っ直ぐに向かい合ってくれた相手は、いつ以来だろう。
思い浮かぶのは、数年前に消えてしまった自分の教育係であるリニスと、遠い記憶の中にある母親のみ。
その想いに突き動かされるように、言葉が自然と零れていた。
「私は……私は、母さんに頼まれたから。
母さんが、ジュエルシードが必要だって。取ってきて欲しいって言うから、それで集めてる。それだけ」
だけど、それに答えられるだけの理由は、自分にはない。
その事に何故か申し訳なさを感じる。少しだけ塞ぎ込む。
しかし、
「違う、そうじゃない」
少女の言葉は、まだ続いた。
「そうじゃないよ」
前を向くと、未だに強い目をして自分を真っ直ぐに見つめる少女。
「私が聞きたいのは、そういうのじゃないよ」
この胸のざわめきは、何だろうか。
「……どういう、こと?」
なのはの言葉に、しばし沈黙した後聞き返すフェイト。
なのははそれにしっかりと答える。
「フェイトちゃんがジュエルシードを集めてるのは、お母さんに頼まれたからだっていうけど、
それはフェイトちゃんの目的じゃ無いよね!? 私は、フェイトちゃんの目的が聞きたい!」
それに対してフェイトは、何のことだか分からないという顔をする。
「だから、私は母s「違うよ!」っ!?」
再度同じことを言おうとしたフェイトの言葉を、なのはが遮る。
「フェイトちゃんは、他の人に頼まれても同じ事をするの!? 自分の身を危険に晒してまで、こんな事するの!?
違うよね!? お母さんに頼まれたからだよね!? なら、そこにはある筈だよ! フェイトちゃん自身の想いが!!」
なのはの言葉に、フェイトの心が、瞳が、揺れた。
「私の……想い?」
「聞かせて! フェイトちゃん自身の想いを、フェイトちゃん自身の言葉で!」
「わ、私は……」
言いよどむフェイト。だがそれは躊躇ってのものでは無い。
(私の願いは……)
悩むフェイト。すぐに浮かんできたのは、大好きな母の顔。
――なんだ。簡単じゃないか。私は……
「私は……、
母さんに喜んでもらいたい……。
母さんに笑顔になって欲しい……」
なのはの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その目に力を宿らせながら、
「私は、母さんの笑顔が見たい!」
フェイトはバルディッシュを構え、宣言した。
「だから私は……負けられない」
それを聞いたなのははの顔が、見る間に明るくなる。
「うん、」
その事にフェイトは困惑する。
「ありがとう」
何故そんなに嬉しそうなのか、何故礼を言われるのか、分からない。
「優しい、お母さんなんだね」
だが、なのはのその一言にフェイトはハッとする。そして、自分でも気付かずに、その顔は満面の笑みに彩られる。
「うん!」
勢いよく返すフェイト。なのはの反応には分からない事が多かったが、今のフェイトにはテンションが上がっておりそんな事は瑣末なことだった。
「行きます」
言葉と同時に、なのはに向かって突っ込むフェイト。
「うん!」
それをなのはは、自分の周りにシューターを展開して迎え撃った。
さつきは唖然としていた。
(えーっと、うん、よし落ち着こうわたし。
なのはちゃんの自己紹介をよーく思い出すの。えーっと、あれは確か、
『私立聖祥大附属小学校三年生』……つまり9~10歳。
……うん、おかしいよね!? 何なのあの子供っぽくない思考!
表向きの理由よりもその原因の本人の大本の理由《欲望》の方が聞きたいって大人でもそうそうないよ!?)
さつきはふう、とため息を付く。
(でも、それならわたしも……)
ふと浮かんできた考えを、急いで振り払う。気持ちを切り替える。
(今は取り敢えず……)
その視線があるものを捉える。その視線の先には、暗がりのせいで吸血鬼としての目でないと見えないくらいの距離をどこかに向かって走るユーノいた。
さつきに気付いている様子は無い。
(先にジュエルシードを手に入れなきゃ!)
さつきはユーノを追いかけるように動き出した。
「シュート!」
《Blitz Action》
「はあっ!」
《Protection》
「えーい!」
《Scythe Slash》
「ファイア!」
《Flash Move》
結界に覆われた中、二人の少女がぶつかり合う以外に音は無く、その声はよく回りに届く。
そんな中、ユーノは1人結界の中を走り回っていた。
(多分……こっちの方……)
結界を張り、なのはが飛んで行った直後、ユーノはこの近くにジュエルシードがあるという憶測を確信に変えていた。
この場にフェイトがいたこともそうだし、何よりユーノ自身がハッキリとジュエルシードの存在を感知したからだ。
最初はなのはの援護に付いて先にフェイトを撃破してしまおうかとも考えたユーノだったが、今までの邂逅で彼女が一筋縄では行かないことは十分分かっているので、
それよりかはなのはがフェイトを引き付けてくれている間に自分がジュエルシードを見つけてしまおうと考えた。
そんなユーノだが、何も闇雲に走り回っている訳では無い。ある程度走ったら探索魔法を走らせ、そちらへと向かう。またある程度走ったら……を繰り返しながらジュエルシードを探していた。
そんな中、彼は一つの事に気付く。
(ジュエルシードの反応が、段々と強くなってきてる……)
走りながら思考するユーノ。足を止め、再度探索魔法を使用する。やはり先程よりもハッキリとした反応が返ってくる。
しかしそれは近くなったからとかとはどこか違った。そう、それはまるでジュエルシードの反応事態が大きくなっているかのような……
(まさか!)
ある仮説に行き着いたユーノはハッとした。と、その時、
「ディバイーン」
「サンダー」
「!? 不味い!」
少し離れたところから聞こえた二人の少女の砲撃の掛け声。
(僕の仮説が正しければ……)
焦るユーノ。
《待ってなのは!》
急いで念話を送る。
(これ以上は不味い!)
しかし、それは少しだけ遅かった。
「バスター!」
「スマッシャー!」
離れたところで二つの砲撃がぶつかり合う音と、その余波がユーノを叩く。
だがその余波は衝撃のだけでは無い。
(くっ! これだけの"魔力の余波"がジュエルシードに直撃したら……)
そして、ユーノの仮説は当たっていた。
そもそも、さつきに止められる前、最初にフェイトは何をするつもりだったのか。
それは、ジュエルシードがありそうな場所全域に魔力波を打ち込んでジュエルシードを強制発動させてしまおうという荒業。
そして先程までここら一帯には、最初にユーノの結界、次になのはとフェイトの魔法合戦、その二つの要因によって辺りに魔力素がばら撒かれていた。
それに感化されてジュエルシードが敏感になっていてもおかしくは無い。その結果が、先の反応の巨大化。
そして今、更にそこに襲い掛かる今さっきぶつかり合った砲撃で生じた魔力波。
ジュエルシードが発動してしまうには十分すぎた。
――ゴッ!
「え((な))!?」
しかしてその発動は、今まで彼らが立ち会ってきたジュエルシードの暴走と常軌を逸していた。
とある一点から巨大な光が天を貫いたかと思うと、次いで地面が……否、"世界が"揺れ出した。
「これは……不味い!《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》」
焦りのあまり口と念話の両方で叫ぶユーノ。そんな彼の横を、風が駆け抜けた。
「え……あれは!?」
急なジュエルシード反応と共に、いきなり世界が揺れだした。
それをなのはが認識した途端、ユーノから念話が入る。
《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》
《!! ユーノ君!? ……うん、任せて!》
現在の状況とユーノの焦りの声、なのははそれによりこの事態がとても不味いものだと確認した。
見ると、先程離れたところから砲撃を打ち合ったフェイトも、長距離封印の準備をしている。急いで作業に入る。
幸い、ジュエルシードがあると思われる光の柱の根元は、丁度大通りに位置する為狙いが付けやすい。現になのはもフェイトもその場からの狙い撃ちが可能であった。
《Sealing mode set up.》
「リリカル マジカル!」
呪文と共に、まずは捕獲用の桜色の砲撃が飛ぶ。ほぼ同時に、フェイトの方からも電撃を纏った砲撃が飛んだ。
それはやはりほぼ同時にジュエルシードと接触する。と、思われたが……砲撃がなのは達とジュエルシードの半ばまで進んだ時、ジュエルシード付近のビルの壁が爆発したかのように内側から砕け散った。
「「!?」」
いきなり吹き飛んだ壁、飛び散る破片。遠目からでもそれを目撃した少女達は驚くが、その直後粉塵を掻き分け飛び出してきたものに更に目を見開くことになる。
「さつきちゃん!!?」
ジュエルシードの発動。それに気付いたさつきは多少とは言わず気落ちする。
発動前のジュエルシードならば、その時点でさつきの目的は達成されるのだ。発動してしまってはまた厄介なことになる。
しかし、見ると今回の発動はいつもとは何かが違った。天高く立ち上る光の柱に、震えるセカイ。更に、あふれ出すおびただしいまでの魔力。
(これって、もしかして! 特に目的も無く、力だけが暴走してる!!?)
その思考に行き着く前に、体が動いていた。もしそうなら。もし、ただ力だけが暴走して垂れ流しになっているのなら、そこに方向性を与えれば――――!!
何事かを叫んでいたユーノの傍らを駆け抜け、向かう先は光の柱。ユーノがここまで導いてくれたお陰で、左程遠く無い。
(あの場所なら!)
考え、ある角を曲がる。しかしてその先にあったのは行く手を阻む壁、3方を建造物に囲まれた行き止まり。
しかしさつきが判断ミスをしたのかと言うと、実はそうでは無い。元々裏路地はさつきの領域《フィールド》その構造は殆ど把握している。
さつきはその壁に向かって突っ込みながらも腕を振りかぶり、
「邪魔っ!」
ぶつかる直前に、突き出した。それにより、ビルの壁は無残にも破壊される。更にその破片が地面へと落ちるより早く、さつきはその先へと駆け抜け、再度立ち塞がるビルの反対側の壁を、
「しないで!」
再度ぶち壊し、外へ出た。粉塵すら突き破り道へと躍り出たさつきの右手の方角には、彼女の狙い通り絶賛暴走中のジュエルシード。
その事に心の中でガッツポーズを取るさつきはしかし、自身の左前方から突き進む、それを封印しようとする二つの砲撃の姿を認めて大いに焦った。
このままでは確実にさつきは間に合わない。それを理解すると同時、さつきに示された道は一つしか無かった。
「間に合って!」
幸い二つの砲撃はほぼ同じ方角から放たれている。さつきはその砲撃とジュエルシードの間に、砲撃の頭を抑える形で無理やり体を割り込ませた。
次いで、二つの砲撃に向かってそれぞれの腕を振り上げた状態から思いっきり振り下ろす。二つ同時に殴る場合、これが一番力を込めやすかったからだ。
その結果、さつきの拳は見事砲撃を捉えた。ドガァンととてつもない音を立ててぶつかり合う拳と砲撃。
しかし、その結果はと言うと……
「ああああああぁあぁぁぁぁぁあぁあぁああ!!!」
もの凄い勢いで吹き飛ばされるさつきだった。
確かに、さつきの拳は砲撃を捕らえた。上から叩かれた砲撃は急激にその軌道を変え、地面に向かいもした。
しかし、上から叩いたが故に、さつきは踏ん張ることが出来なかった。さつきに叩き落された砲撃の威力は、少女1人の体重を吹き飛ばすには十分過ぎた。
更に、その威力でさつきの体が持ち上げられると同時に、軌道を変えられた砲撃がさつきの足元に着弾。二つの砲撃は大爆発を起こし、非殺傷とは言えその衝撃が更にさつきを襲ったのだ。
ジュエルシードすらも飛び越して吹き飛ばされ、地面に激突し、そのままアスファルトの上を冗談の様に跳ね、転がるさつき。
意識が飛びそうな衝撃の中、漸くその運動が終わる。
(う……いた……い……)
純粋な人間なら骨の一つや二つ折れていても、下手したら死んでいてもおかしくない状況だが、さつきはその体を全身の打ち身と切り傷擦り傷で済ませていた。
しかしそれでも痛い事には変わりない。朦朧としそうな意識、だがとある一つのことがそのさつきの意識を繋いでいた。
(ジュエルシード……は……)
さつきにはもはや先程めちゃくちゃに転がされたせいで周りが揺れているのかすらも分からない。しかしさつきが顔を上げると、そこには変わらず輝き続けるジュエルシードが。
「よかっ……た……」
気が抜けてしまいそうになるのを押さえ、何とか手足に力を入れて立ち上がろうとする。
……しかし、現実は彼女にとってあまりにも残酷だった。
「……え?」
力が、入らない。
「……え? 何で?」
もう驚く気力も無く、呆然と呟くことしか出来ないが、さつきの中に言い知れない程の焦燥が浮かぶ。
今の彼女の状態の原因は、勿論先程の砲撃にある。なのはの方はまだ良かった。ただ単に威力がバカでかいだけのものだったからだ。
問題はフェイトの方。彼女の砲撃は"雷を纏っていた"のだ。それ故に、その砲撃を殴ったさつきはその途端に感電、電流が全身の筋肉を走り抜け、持ち主の言うことを聞かせなくしていた。
「……動いて、よ……」
目の前に、ほんの10メートル程のところに、未だ魔力を放出し続けているジュエルシードがある。
「お願い……だから……」
碌に動けない体を、それでも何とか動かそうと必死にもがく。
「動いてよ!」
「さつきちゃん!」
そんな彼女の側に、白い魔導師が降り立った。なのはである。
「さつきちゃん! 大丈夫!?」
「来ないで!」
急いで駆け寄ろうとしたなのはを、さつきは拒絶する。思わず立ち止まるなのは。
「もう少し……もう少しなんだから……邪魔、しないでよ……っ!!」
立ち上がろうとして、だけど途中で倒れこむさつきの口だから吐き出されるのは、聞いてる方が苦しくなる程の、必死な、声。
「どうして……どうして、そこまで……」
思わずなのはがそう呟く。
「会いたい人が……いる……」
だが、それに返ってくる言葉があった。
「取り戻したい時間が……ある……」
それは、変わらずもがき続けるさつきの口から零れていた。
「帰りたい場所が……あるの……っ!」
ジュエルシードを睨みつけるその目からは、涙すら零れていた。
今までずっと聞けなかった事が聞けたと言うのに、喜ぶどころか、さつきのその様子になのはは思わず気負される。
しかし、
「あ……」
さつきの瞳が大きく見開かれ、伸ばした腕ごと、その体が硬直する。
何事かとなのはが思うと同時に、
「ゴメンね」
もう1人の魔法少女の声が、聞こえた。
「ジュエルシード、シリアル14、封印」
《Sealling》
急いでなのはが振り返るも、時既に遅し。
《Capture》
なのはが見たのは、フェイトが封印したジュエルシードを回収し、その場から離れる瞬間だった。
後に残されたのは、呆然と佇むなのはと、地に落ちた拳を握り締めるさつきだけだった。
「……で、逃がしちゃったの!?」
「うう……」
叫んだのはユーノ。その前でうな垂れているのはなのは。
「だって、さつきちゃんすごい勢いで吹き飛ばされて、血いっぱい出てて、ボロボロで、もう動けそうに無かったから……」
「救急車を呼びに公衆電話探しに行って、結界の中ではそれもままならないことに気付いて元の場所に戻ったら、もうそこに彼女はいなかった、と」
「うん……」
二人が話している場所は、高町家のなのはの部屋。時刻は夕飯が終わった頃。
「レイジングハートはどうしたの? 何か言わなかったの?」
とユーノが聞くも、
「レイジングハートは目を離すのはやめた方がいいって言ったから、それじゃあちょっと見ててねってさつきちゃんの首にかけておいたんだけど……」
《Escape after removes was room. (外して逃走余裕でした)》
返ってくるのはこんな返答。
「はぁ……」
思わずため息が出るユーノ。
「ごめん、ユーノ君。慌てててあの娘の回復能力のこと忘れてた……」
「いや、うん、何も出来ずに気絶していた僕が何か言えたもんじゃないけど……」
そうなのだ。何故こんな状況になるまでこの話がされなかったのかと言うと、それは一重にユーノがずっと眠っていたのが原因なのである。
何故そんな事になっていたのかと言うと、それはあの、さつきがユーノの横を駆け抜けた直後まで遡る。
駆け抜けるさつきに気付いたユーノは急いで彼女を止めようと、自分の限界を省みずにその焦りのまま無茶な量のバインドを発動、結果、言う事を聞かなくなる体、ブラックアウトする視界。
(あれ……? 何で……?)
と、お約束な思考の元、ユーノはなのはに発見されるまで気を失っていたのだ。それでも結界が解かれていなかったのは、ユーノの才能か、はたまた執念か……
勿論、原因は急な無茶な魔力行使だけでは無い。寧ろそれはただの引き金だ。大元の原因は、少しでもジュエルシードの回収に役立とうと普段から絶やさずしていた無茶各種である。
当然、そのことは彼も理解しており、それどころかなのはにまでバレてしまい、
『これから少しの間はゆっくり休むように』と、『今後無茶なことはしない』という"お約束"をさせられてしまった。
と、閑話休題。
先程までの立場が逆転したかのように申し訳なさそうに俯くユーノの前に、食べ物が差し出された。
ユーノが視線を上げると、「はい、晩御飯ユーノ君の分」とそれを差し出すなのは。
ありがとうと礼を言いそれを受け取ると、ユーノはまた別のことを切り出した。
「それでなのは、あの娘達から、聞きたいことは聞けたんだよね?」
途端に、なのはの顔が真剣なものになる。しかし、その表情はどことなく嬉しそうで……どことなく、深刻そうだった。
「うん……」
目を瞑り、それぞれの言葉を再度思い出すなのは。
――「私は……、
母さんに喜んでもらいたい……。
母さんに笑顔になって欲しい……。
私は、母さんの笑顔が見たい!」――
――「会いたい人が……いる……
取り戻したい時間が……ある……
帰りたい場所が……あるの……っ!」――
その言葉は、レイジングハートの記録によって既にユーノにも伝わっている。
「やっぱり二人とも、何か悪いことにジュエルシードを使おうとしてた訳じゃ無かったよ。
ただ二人とも、すごく純粋で、真っ直ぐな願い事があるだけだった」
なのはが嬉しそうなのはそれに確信が持てたからだろう。
そして、深刻そうなのは……
「彼女達……特にさつきって娘、すごく必死だったね」
ユーノの言葉に、なのはが頷く。あれ程必死になる願い。なら、そこにはどれ程の想いが込められているのか。
「なのはは……あれを聞いて、彼女達にジュエルシードを譲ってあげたくなったりした?」
深刻な表情でユーノが問う。勿論、そんな事は許される筈が無い。あれは時空管理局という、次元世界で警察の役割をしている組織に管理して貰わなければならないものだ。
しかし、あの言葉を聞いてなのはが彼女達に情を移してしまっていたら、今後の行動の多大な差し障りになるだろう。
しかし、ユーノのその問いになのははアッサリと首を振った。
「ううん、私にだって、ちゃんとジュエルシードを集める理由がある。
あの娘達にジュエルシードを渡すつもりは無いよ」
なのはの言葉に、ユーノはしばし面食らう。
「じゃあ、あの娘達の話を聞いて、なのはは一体どうしたいの?」
それは、考えてみれば至極当然のユーノの問い。それになのはは暫し考え、返した。
「うーん、もっとあの娘達の事を知りたいかな。
どんな娘なのかとか、あの願いにどんな想いが込められているのかとか、今までどんな事をしてきたのかとか」
「え、なのは」
それに思わず声を上げるユーノ。
「ん? 何、ユーノ君?」
「なのはー、今のうちにお風呂入っちゃいなさーい」
しかし、そこでなのはの母、桃子から声がかかった。
「あ、お母さん。はーい! 今行きまーす!」
なのははそれに返事をし、チラリとユーノの方を見る。ユーノはその意味をすぐに察した。
「あ、ううんいいよ何でも無いから。行っておいでよ」
「そう? うん、それじゃあユーノ君、一緒に入ろうか?」
「うん、じゃあってええ!? い、いいよなのは後で1人で入るなり恭也さんか士郎さんに一緒に入ってもらうなりするから!」
「だーめ。1人で勝手に無茶してた罰でーす」
「そ、そんな……」
ガックリと涙を流すユーノ。その首の皮を掴んで、自分の肩に乗せるなのは。最早ユーノに逃げ場は無かった。
その肩の上で揺られながら、なのはの嬉しそうな横顔を見て、ユーノは先程口に出しかけた言葉を心の中で思う。
(なのは、それじゃあ、"友達になりたい"って言ってるみたいじゃないか)
その想いに、なのは自身は気付いているのかいないのか。それはユーノにも分からなかった。
一方、ここはとある吸血鬼少女の工房となっているとある廃ビルの中。そこでクッションに顔を埋めて悶えている1人の少女がいた。勿論、弓塚さつきその人である。
「うー……」
さつきが顔を真っ赤にしている原因は、ジュエルシードを前にして言ってしまった言葉について。
意識が朦朧としていた中、焦りと共に叫んだ記憶があるが、後になって冷静になってくると恥かしいことこの上なかった。
「はあ、またジュエルシード取り逃がしちゃうし、何でこう上手くいかないのかなぁ……」
クッションを文字通りクッションにして倒れこみながら愚痴るさつき。ボロボロになった服はそこら辺に脱ぎ捨ててある。
もう着替える気力も無く、下着姿のまま完全にダラけていた。
「いっ~~~ッ」
と、さつきは倒れこんだ拍子に痛めた体の各所に衝撃が走ってそのまま体を強張らせて呻く。
ここに逃げ帰る間に偶々遭遇した人の血を吸ったりもしたのだが、体の傷がギリギリ治るくらいで止めたのでまだダメージがかなり残っている状態だった。
なのは達は勘違いしているようだが、別にさつきは回復してから逃げた訳では無い。ただ短に電流による体の痺れが無くなった為無理矢理離脱したのだった。
痺れというのは一度感覚が戻るとそこからの回復は早いのだ。
「はあ、なのはちゃんお人よしすぎるよ……」
あらかた痛みに耐えたさつきが呟くのは、自分を心配してくれた少女について。
『待ってて! すぐに救急車呼んでくるから!』
そう言って駆けて行った隙をついて逃げたことによる罪悪感もそうだが……
(……っ! よりにもよって、わたし……あの子を……)
その時の事を思い出し、床を叩くさつき。床に亀裂が走るが、気にしない。
実はその時、さつきは吸血衝動に呑まれそうになっていたのだ。
体中が訴える痛み、目の前の、自分を心配してくれている少女の血を吸えばそれから開放されるという現状が、さつきに衝動として襲い掛かっていた。
それに耐える為にキツく閉じていたさつきの瞳はその時、なのはには気付かれずとも紅い色をしていた。
床を殴って憤りをある程度発散させたさつきは、再度鬱モードへと突入する。
今度思い浮かべるのは、フェイトという少女について。
(あの子の願い、『お母さんを喜ばせたい』かぁ……)
そんな純粋な子供の願いを邪魔しようとしていると考えると、さつきは自然と鬱になってくる。
折角のジュエルシードを取り逃がしたこと、新たに知った真実、自分がやらかしたこと、様々な要因が重なり合って、今のさつきは心も体も疲弊し切っていた。
やがて、緩慢に身を持ち上げると、代えの服が置いてある場所まで行ってノロノロと着替えるさつき。
(取り合えず、もう少し、血を補給しないと……)
吸血鬼少女の憂鬱は、まだもう少し続きそうである。
あとがき
ふう、これで終わったかな? 期間設定されている絶対に起こさなきゃいけないイベント。
この時期に次元震起こさないとアースラたまたま近く通りかかっただけだから来てくれないんですよね;;
そしてなのはがフェイトの願いを知りました。よしアルフ。もう復帰していいぞ(ぇ
しかし、やっとアースラ到着。……の前にフェイトをプレシアの所に連れて行かなければ。はあ、鬱だ。今回あんな事書いちゃったせいで余計鬱だ。
しかも登場人物達の気持ちの表現が上手く行かない。読者の皆様に上手く感情移入してもらうためにはと色々工夫してはいるのですがそれでも上手くいって無い希ガス。
誰かそこら辺のアドバイスくれる人いないかなぁ……(ぉ
そして溜まる一方のレポート。マジでどうにかしてくれい。あと1週間たたずに夏休みだってのに……
夏休み入ったら即行で自動車学校入るのですが、小説書く時間あるかなぁ……。思えば僕ももう18か……
あ、あと、やっぱり題名やめる事にします。このネタできたらもう満足しちゃいました(オマ
次の話上げる時に全部消します。
というか自分のネーミングセンスの無さはホントに異常だと(ry
さて、アースラ来たらまた作風結構変わると思われます。具体的には第0話風に。燈子さんポジションの人がいると本当に書きやすい。
いや、リンディさんあそこまでああじゃないからそこまで変わらないでしょうけど。でも最終決戦までの間の話でのノリは結構変わると思います。
あ、あと、前書きの最後の方に注意書き追加したので見てない人は見てください。
それ見て「信じてたのに!」とか言われても僕は知らん(ぉ