「ん、ああ、わかった、気にするな。こっちはこっちできちんとやるからよ。まあ、任せとけ。坊主の面倒はちゃんと見てやる。なんといっても、うちの未来の婿殿だからな……はは、まあ、そういうこった、じゃあ……」
信頼はしていても、やはり心配なのだろう、不安げな表情を浮かべている、娘のライバルを宥めてから通信を切る。
「ふう、やれやれ……」
天井を仰いでため息をつく。
「坊主も余計な意地を張りやがって……嬢ちゃんの優秀さは身にしみて分かっているくせによ……」
そして、漏れ出るのは愚痴。
「まったく、その手が借りられなくなった、こっちの身にもなってみろって言うんだ……たくよぉ」
でも、はっきりと分かる、自覚できる。
今の自分は笑っている。
口元が緩むのが止められない。
海の方の情報をまとめてくれるエイミィの離脱は、捜査の手を遅らせることになるのは間違いない。
だから、ここは怒るべきなのだ。
部隊の長として、操作上の責任者として、それは当然のこと。
しかし、
「くっくっく、でもよぉ、それでこそ、男って言うもんだ、よくやった……」
一個人としては、その判断を歓迎している。
もう分かっていたことだが、やはり自分の目は間違っていなかった。
やはり、坊主は、本当の意味の男になれる素質を持っていたのだ。
意地を張る。
やっと、、己の我を見せてくれた。
それは意味では無駄なこと。
でも、その無駄なことをしてくれたことが嬉しくてたまらない。
外見は、もう坊主とはいえないほど、成長してしまったクロノ。
あの青年にはいい意味でプライドがない。
自身の力の限界というものを知りすぎている。
他人の手を借りることをいとわない。
必要とあれば、土下座でもためらいなくするであろう。
それが、クロノの強さだということは分かっている。
頼もしいことだとも思っている。
だが、心配なことでもあったのだ。
プライドとは、譲れないことだと自分は思っている。
そして、譲れないこととは守らねばならぬこと。
だから、心配であったのだ、あの青年には正義というつかみようのないもやのようなものしか守るべきものがないのかと。
それは、人としてはおかしすぎる、あのままならば、いずれ正義のためにと簡単に自分の身を犠牲にすることをえらんでしまうかもしれない。
だから、少しでも、と思い、積極的に家に呼んだり、冗談めかして、婿殿ともてはやしたりもしたのだ。
その行為自体は少しずつではあるが効果を発揮しているとは思っていた。
だが、ここまで急に出たことは驚きだった。
いや、おそらく自覚していなかっただけで、根底にはずっとあり続けたのだろう。
「くっくっく、こりゃ楽しみだ……」
エイミィを捜査からはずすことがどれだけ大きな損失になるかなど、クロノには分かりきっていたことだろう。
それでも、通した意地。
二人の間に交わされた約束。
男とは、意地を通せば通すほど、背負うものが重くなればなるほど、大きく成長する。
「男子三日会わざれば、刮目して見よ……か……」
次に、顔をあわせるとき。青年はどれほど強く大きく成長していることであろう。
それが楽しみでたまらない。
口元が緩むのを止められない。
それに、
「しかし、こりゃ、なかなかの強敵だぜ……おめぇももっと女を磨かないとねぇとな……」
最近思春期に入り、はっきりと青年を意識しだした娘のことを思いやる。
血はつながっていなくても自分の娘。
少しぐらい出会いが遅れたくらいのハンデでは、簡単にあきらめたりはしないだろう。
それに、最近はますます母親に似てきている。
自分が嫁に捕まえられたときの強引な手法を思い出す。
「……本当に楽しみだな、こりゃ……」
坊主は、意地を通すことを覚えたようではあるが、まだ、あちらの方面にはまだまだ疎い。
目標として掲げているものが大きすぎるせいで、そちらにはまったく目が向いていない状況だ。
きっと、この件がある程度片付くまで、後数年は時間的に余裕があるはずだ。
だから、まだまだ娘にもチャンスはる。
このある意味、自分が扱っている事件より深刻な戦いの行く先。
それは、自分の娘の事ながら、いや、あるがゆえに、青年の成長より楽しみなことであった。
「くっくっく……」
「……もうそろそろよろしいでしょうか……?」
悦に入っていたところに、水を差される。
「おう、またせたな、わるいわるい」
律儀にも、こちらの思考が一段落するまで身じろぎもせずに待っていたらしい。
「んで、どこまで聞いたかな? カルタス」
「はい、あの銀行での一件の被疑者が自害に使った、いや使わされた小型爆弾の入手経路が判明しました」
報告の途中で電話が入ったために、随分と長い間中断されていたにもかかわらず、まるで、何事もなかったかのように再開する腹心。
「……ほほう、んで、どうにかなりそうかい?」
「ええ、おそらく。急に計画したことなのでしょう、人一人消すためにはあまりにも大雑把過ぎます」
「ふむ、なるほど、なるほど、なら、そろそろいくとするか」
「どこに、行かれるのですか?」
「あいさつ回りだ……このまま進めば、派手なことになりそうだからよ。そっちはそっちのほうで、捜査を進めといてくれ、邪魔な障害は俺のほうで何とかする」
腹心に答えを返し、座り午後地がよくそのまま寝てしまうことも出来そうな椅子から立ち上がる。
「んじゃあ、本腰を入れるとするか……よいこらしょ」
歳のせいか、自然と声が出てしまう。
元々魔法が使えないこともあわせて、派手な立ち回りがある現場に出るのは億劫だ。
だから、それ以外の裏方のことはさっさと済ませてしまおう。
大きくなって戻ってくるであろう、我らが英雄に派手な現場を押し付けるために。