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No.12479の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle [えせる](2010/09/26 00:40)
[1] プロローグ[えせる](2009/10/06 01:55)
[2] 第一話[えせる](2009/10/08 03:29)
[3] 第二話[えせる](2009/12/16 22:43)
[4] 第三話[えせる](2009/10/23 17:38)
[5] 第四話[えせる](2009/11/03 01:29)
[6] 第五話?[えせる](2009/11/04 22:21)
[7] 第六話[えせる](2009/11/20 00:51)
[8] 第七話[えせる](2009/12/09 20:59)
[9] 第八話[えせる](2009/12/16 22:43)
[10] 第九話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[11] 第十話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[12] 第十一話[えせる](2010/02/02 03:52)
[13] 第十二話[えせる](2010/02/12 03:24)
[14] 第十三話[えせる](2010/02/25 03:24)
[15] 第十四話[えせる](2010/03/12 03:11)
[16] 第十五話[えせる](2010/03/17 22:13)
[17] 第十六話[えせる](2010/04/24 23:29)
[20] 第十七話[えせる](2010/04/24 00:06)
[22] 第十八話[えせる](2010/05/06 23:37)
[24] 第十九話[えせる](2010/06/10 00:06)
[25] 第二十話[えせる](2010/06/22 00:13)
[26] 第二十一話 『Presepio』 上[えせる](2010/07/26 12:21)
[27] 第二十一話 『Presepio』 下[えせる](2010/07/24 23:48)
[28] 第二十二話 『羽ばたく翼』[えせる](2010/08/06 00:09)
[29] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 上[えせる](2010/08/26 02:16)
[30] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 下[えせる](2010/08/26 01:47)
[31] 第二十四話 『終わりの始まり』 上[えせる](2010/09/24 23:45)
[33] 第二十四話 『終わりの始まり』 下[えせる](2010/09/26 00:36)
[34] 第二十五話 『Ragnarøk 』 1[えせる](2010/11/18 02:23)
[35] 第二十五話 『Ragnarøk 』 2[えせる](2010/11/18 02:23)
[36] 第二十五話 『Ragnarøk 』 3[えせる](2010/12/11 02:03)
[37] 第二十五話 『Ragnarøk 』 4[えせる](2010/12/21 23:35)
[38] 第二十五話 『Ragnarøk 』 5[えせる](2011/02/23 19:13)
[39] 第二十五話 『Ragnarøk 』 6[えせる](2011/03/16 19:41)
[40] 第二十五話 『Ragnarøk 』 7[えせる](2011/03/26 00:15)
[41] 第二十五話 『Ragnarøk 』 8[えせる](2011/06/27 19:15)
[42] 第二十五話 『Ragnarøk 』 9[えせる](2011/06/27 19:11)
[43] 第二十五話 『Ragnarøk 』 10[えせる](2011/07/16 01:35)
[44] 第二十五話 『Ragnarøk 』 11[えせる](2011/07/23 00:32)
[46] 第二十六話 「長い長い一日」 [えせる](2012/06/13 02:36)
[47] 第二十七話 『Beginn der Luftschlacht』[えせる](2012/06/13 02:41)
[48] 第二十八話 『Märchen――御伽噺――』[えせる](2012/06/21 19:59)
[49] 生存報告代わりの第二十九話 下げ更新中[えせる](2015/01/23 00:01)
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[12479] 第二十六話 「長い長い一日」 
Name: えせる◆aa27d688 ID:d24fddf0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/13 02:36
地下深くにある研究所の一室。姉妹のほとんどが出払っているため、動くものがほとんどいない、その部屋ではなんとも知れない機械の作動音だけが鳴り響いている。照明もほとんどが落とされており、ただいるだけで気が沈んでしまいそうな雰囲気が漂っていた。

「……」

そんな吸い込まれそうな闇のなかで、クアットロは膝を抱えてうずくまっていた。
部屋の扉が開かれ、そこから光が差し込み、彼女を照らし出しているが、顔を両膝の間にうずめているクアットロがそのことに気づく様子はない。
……いや、気がついていないはずはないだろう。唯の人間ならまだしも、彼女は常人とは比べ物にならないくらいに鋭敏な五感を備えた戦闘機人なのだから。たとえ、そのほかの感覚がすべて塞がれていたとしても、一つでも残っていれば、扉が開け放たれ、その扉の前に人が――戦闘機人が立っていることは分かるはずだ。

だが、クアットロはまったく反応を示さない。気がついていて気がつかない振りをしているのか、それとも気がつくことが出来ないほど、心を何かに囚われているのか。

――後者、もしくはその両方ね。
呼び出しのコールに答えず、自らの来訪にも反応を示さない妹の姿を見ながらウーノは考える。

まるで人間のようだと。

クアットロを一番可愛がっていた、彼女にとっては育ての親とも言える姉、NO2ドゥーエが破壊されたことが彼女に激しい衝撃を与えたことは理解できる。ウーノとてドゥーエとは稼動を開始したときから共にいたのだ。ショックを受けていないといえば嘘になる。複雑な想いが自分の中に渦巻いていることは自覚している。そういった人間的な感情も有しているからこその戦闘機人なのだから。

戦闘機人とは機械と人間の融合たる存在。どちらか一方に偏っていてはならない。

ドクターは機械に人の心を与えることに苦心していた。ゆえに、このクアットロの姿を愉快そうに見守っているが、計画全体の進行を任せられているウーノにはそんな余裕はない。
戦力が足らないのだ。ドゥーエを失い。切り札であったトーレたちは修理のためにしばらく稼動が出来ない。他の妹たちも大なり小なり消耗している。出来れば万全な整備を受けさせたい。
だが、時間がない。圧倒的に足らない。今ある戦力でやりくりするしかない。

それに――

――NO3トーレが砲台を沈黙させて、NO2の私が鍵を入手するとともに、邪魔者を排除する。あなたは地上部隊を混乱させて、ゆりかごを浮上させる。出来ないとは言わせないわよ。あなたはNO1なんですから。

いまさら出来ないなんていえるはずがない。ウーノとて長姉としての意地がある。

ウーノの中で高まっていく感情。それが彼女に力を与えていた。
なんとしてもやり遂げる。自らの意地のためにも、ドクターの夢の実現のためにも。

そのためには、どうしてもクアットロの力が必要であった。姉妹の仲で指揮官としての能力が与えられているのは、ウーノとオットー、そしてクアットロの三機。このうち、ウーノは作戦全体を把握するために、研究所に残らなければならない。オットーは前線で稼動暦が短い姉妹たちをまとめてもらわなければならないし、何よりこの作戦の真の目的を知らない。

ゆえに、軌道上へ向けて飛び立つゆりかごを任せることが出来るのはクアットロしかいないのだ。研究所に残るウーノと、ゆりかごに乗ったクアットロ。そのうちどちらがかけてもこの作戦は成功しない。

だから、ウーノは出来の悪い妹に声をかける。

「――――」

無理やりにでも動いてもらわなければならない。

――たとえ、その言葉をかけることによって、クアットロが戦闘機人として逸脱していくと分かっていても……



















































魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle 

   第二十六話 『長い長い一日』 





















































破壊しつくされた隊舎にかつての面影はない。建物というよりはもはや瓦礫の山と称したほうがふさわしかった。その瓦礫を縫うように何人もの局員が忙しそうに動き回っている。

天気予報は嫌なときにだけ良くあたる。クロノはそんな八つ当たり気味なことを考えながら、厚い雲に覆われた灰色の空を見上げていた。
もう、とっくに太陽が昇っている時刻だというのに、辺りは夜のように暗い。降り注ぐ重く冷たい雨が行きかう人たちの体温を奪っていく。
冷たく鈍くなった体が、局員たちの重い口をさらに重くする。

まるで葬儀の間であるかのような、重苦しい空気が淀んでいる。浮かれているものなど誰一人いない。

――当たり前だ。

クロノは苛立ちを、不安を誤魔化すために局員たちに混じり作業を続ける。

――僕たちは負けたのだから。

クロノは俯き、他の局員たちに見られないようにして唇をかみ締める。

この戦いで陸士一○八部隊が受けた損害は非常に大きい。詳しい損耗状況は今調査中だが、もはや大隊としてのていを成すほどの人員は残っていないだろう。一○八は地上本部に忌避されている。今回の襲撃により、他の部隊もそれなりの損害を受けていることも考えると、部隊の再編によって一○八は取り潰される可能性が大きい。

一○八に所属しているものは皆、そのことは理解しているだろう。

クロノが作業のために、顔を合わした隊員たちは皆、何かを耐えるような表情を浮かべていた。悔恨、不安……彼らにそんな感情を与えてしまったのは、すべてクロノの未熟さゆえだ。すべてを読みきることなど不可能とは分かっているが、対策を講じることは出来たはずだ。

クロノは頭を振ってI仮定への思考を追い出すと、大きく息をつき、暗い雲に覆われた空を見上げる。冷たい雨が彼の顔を打つ。
雲は厚く先を見通すことは出来ない。降り注ぐ雨は重たくのしかかる。光明など見えはしない。

しかし、青い空はあの分厚い雲の向こうに確かに広がっているはずなのだ。

スカリエッティたちも焦っている。この襲撃により残された痕跡は非常に多い。今まで得た情報とあわせて、それを手繰ればスカリエッティの根拠地を探ることも難しくないだろう。
完全な敗北ともいえるこの戦いであったが、得られたものがまったくないわけではないのだ。局員ひとりひとりの頑張りにより、かすかに道標は残されている。

だが、二重の意味で時間がない。

地上本部が一○八をつぶしに来るまでの時間と、スカリエッティが行動を起こすまでの時間。

幸い地上本部で何か異変があったようで、最低限の指令を発しただけでそれ以降動きはない。だが、だからこそ、スカリエッティはすぐに行動を起こすだろう。

だから、今しかないのだ。行動を起こし、スカリエッティの身柄を確保する。言葉では簡単に言えるが、それがどれだけ難しいことであるか、クロノにははっきりと分かっていた。自分ひとりでは到底無理だ。力が足りない――クロノは見上げていた視線をゆっくりと元に戻す。

視界に映るのは雨に打たれながらも懸命に作業をしている局員たちの姿。この数年共に歩んできた仲間。疲れきっている彼らにもう一度戦ってくれと頼む資格があるのだろうか? 最後の賭けに、未熟な自分に全部張ってくれといえるのだろうか?

クロノが局員たちにかける言葉に迷っていると、突如、降り注いでいた雨が遮られる。

「……クロノさんもお怪我をなされているのですから、この冷たい雨はお体にさわります」
「すまない……ありがとう」

振り向けば、ギンガが傘を差し出してくれていた。それを受け取りながら、じっとギンガを見つめる。憔悴しきっているのか、顔色がすぐれない。いくら頑強さが売りの戦闘機人といえど、この連戦の疲れがたまっているのだろう。ましてやギンガは先の戦いで撃墜されているのだ。それに心労も加わっているのだろう。

「……傷が開いてしまっているじゃないですか」

疲れきっているはずであるのに、ギンガはまるで母親のようにクロノの世話を焼く。左腕の出血に気がつくと、髪をまとめていたリボンを解き、それを腕に巻いて止血する。
クロノは少し気恥ずかしくなり、ギンガから視線をはずし、遠くを見ながら尋ねた。

「……クイントさんは?」
「落ち着きました。安静にしていれば問題ないそうです。先ほど意識も戻りましたので……」
「……そうか、よかった。君はついていなくていいのか?」
「今は、スバルがついていますから……それに、怒られましたし」
「怒られた?」

予想もしていなかった言葉に驚き、振り返り、ギンガの顔を見る。
ギンガは何か悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべていた。

「……ええ、怒られました。『今、あなたがいなければならない場所は他にあるでしょう』って」
「……」

突然の表情の変化にクロノは言葉を失った。いや、見惚れていた。
暗く重い雲の下では彼女の笑顔は眩しすぎたから。

「……また迷われているんですね。大丈夫です。皆、着いて来てくれます」

ギンガはその笑顔をクロノに向けてはっきりと言い切る。

「……なんで、そう言い切れる」
「皆、クロノさんを信頼していますから」
「それは……君が、ギンガがそう言い切れるのは……君が僕に好意を抱いているからじゃないのか?」

クロノは再び視線を背けながら、尋ねる。

「……勿論、それもありますけど、それだけじゃないですよ。私は……皆もクロノさんをずっと見てきてますから」
「……」

何かが、落ちる音。そしてその直後に背中に感じられる、温かい何か。

「……諦めてないんですよね?」
「……ああ」
「……まだ、道は閉ざされていないんですよね?」
「ああ」

そっと、背中から何かが離れていく。きっと不安だったのだろう。でもそれは……

「じゃあ、それが答えです。クロノさんが諦めていないなら、私たちも諦めません」
「……しかし」

言いよどんだクロノに、ギンガはまるで子供をしかりつけるかのように続ける。

「しかし、じゃないですよ。私たちはクロノさんを信じてます。だけど、クロノさんは私たちを信じてくれないのですか?」
「……いや……そうだな」

下からじっと見上げるようにしていたギンガは、クロノが頷くのを見ると、満面の笑みを浮かべる。

「……分かっていただけたようで何よりです。それに、クロノさんを信じているのは、力になろうとしているのは私たちだけじゃないみたいですよ。お客様がいらっしゃってます」
「……客?」
「はい……はぁ、こういう気遣いはまだまだ勝てないですね」
「……?」

いぶかしんでいると、ギンガはクロノの背中を押してきた。行けば分かります、と。





































「やあ、親友」

天井があり、壁がある、辛うじて部屋としての機能を残している隊舎の一室にクロノが赴くと、そこには場違いな白いスーツに派手なネクタイをした長髪の男が優雅にくつろいでいた。そのそばには、シスター服を纏った短髪の女性が男に何か言いたげな視線を向けながら立っている。

男はクロノが部屋に入ってきたのを見つけると、陽気に手を上げて挨拶をしてきた。

「ヴェロッサ! どうしてここに?」
「そろそろ、僕の顔が見たくなってきたんじゃないかな? と思ってね。クロノ君寂しくなかったかい?」
「何を馬鹿なことを言っている!」

クロノは笑みを浮かべながら、ヴェロッサがあげている手を叩き落す。

「いやいや、ひどいな……せっかく親友が尋ねてきたというのに」
「……で、どうしてここに来たんだ?」
「だから、言っているだろ。親友が寂しがっていないか? と思って……冗談だよ。頼まれたからさ」

あくまでおどけて見せようとするヴェロッサにきつく問いただすような視線を向けると、ヴェロッサは観念したかのように両手の平を上に向けて、軽くため息をつく。

「頼まれた?」
「うん、そうだよ。あの馬鹿、コールにも出ないから、様子を見てきてくれ、そして助けが必要なら助けてあげてってね。そして、こうも言われたよ。『また、うじうじ悩んでいるようなら、一発殴ってあげて!』って……うん、だけど、その必要はなさそうだね」
「……そうか」
「拳を交えた友情の語らいって言うのを期待していたんだけど、残念だ。しかし、クロノ君は本当に果報者だね」
「……ああ」

じっと上を見上げてこみ上げてくるものに耐える。

――そう、僕は一人じゃない。信じてくれる人がいる。信じさせてくれる人たちがいる。確かに僕は未熟だ。失敗してばかりだ。だけど、皆が、支えてくれる人がいるから諦めずにいられる。前を向いていられる。だから……

数回に分けて大きく息を吸う。もう迷いはない。クロノは強い光を宿した瞳をヴェロッサに向ける。

「早速だが頼みがある。君の力を貸してくれ」
「……やれやれ、人使いが荒いね。こっちは長旅で疲れているというのに……で、何を読めばいいんだい?」

ヴェロッサはクロノの視線を受けて、ぼやいている言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。その手に魔法の光を宿しながら。








































「……ふう」

負傷者の安置部屋として使われている一室から出て、クロノは大きく息をつく。ヴェロッサは対象の意識の奥深くまでもぐったため、今は意識を失っている。後遺症が残るようなことはないだろうが、随分と無理をさせてしまった。だが、これで知りたいことは大体分かった。スカリエッティの根拠地。そしてその計画および目的。ヴィヴィオが何のために必要とされているか。
ならば、どうするか? クロノがこれからのことを考えていると、横から声がかかった。

「よう、どうだい? 知りたいことは分かったか?」
「……はい、だいたいは」
「じゃあ、どうする?」

ゲンヤは、隊の再編のために一番疲れているはずなのにまったくその様子を見せずに、いつもと同じ瓢々とした笑みを浮かべている。

――僕は、まだまだだな……

その余裕さえ感じられるゲンヤの笑みを受けて、クロノはそう考える。きっと、本来ならば、上に立つべきものはこうでなくてはならないのだろう。
だが、自分に足りないものをいまさら悔やんでも仕方がない。今、出来ることをするだけだ。

「……今知りえたスカリエッティの計画を地上本部に知らせても効果は薄いでしょう」
「そりゃあ、そうだろうな。元々計画の一端を担っていたわけだから、いまさらだろうしな。それに何があったかわからねぇが、今、本部の連中の動きが鈍い。頼りになるとは思えねぇな……海のほうに知らせたらどうだ?」
「ええ、知らせるべきでしょう。けど、今、本部はいろんな派閥に分かれて揉めています。まとめ役を欠いている状態で、迅速な行動に移せるとは思えません。ですから……」

クロノは一旦言葉を止めて、じっと、ゲンヤを見つめる。

「僕たちでやるしかないと思います」

着いてきてくれますか? 力を貸してくれますか? そんな言葉は要らない。必要ない。

「……そうか、悪りぃな」

クロノの言葉を受けたゲンヤは、そこで一旦口を閉ざし、いつもの瓢々とした笑みを深め、人の悪いと形容詞がつきそうな笑いを浮かべる。

「あいにく、動かせるのは一個大隊しかねぇ」
「……え?」
「悪いな、少なくて。しかし面子は皆ストライカー級だ。それに坊主、高町の嬢ちゃん、エリオのオーバーSランク、後はうちの娘たちも加わるんだ。戦力的には充分だと思うぜ?」

クロノは混乱する。
一個大隊。それは完全な状態での一○八の全戦力だ。だが、今はこの連戦により半壊している。動かせるのは多くて一個中隊、いや二個小隊動かせれば、いいほうだと思っていた。それにも関わらず一個大隊を投入できるとゲンヤは言う。

「……いったい、どんな魔法を使ったんです?」
「いやいいや、知ってるだろ? あいにく俺は魔法は使えない、素質がないからな」

肩をすくめて笑うゲンヤを見ながら、思う。この人は本当に狸だと。

「……で、何をしたんですか?」
「単に話しただけだよ。現状を。それにな、都合がいいことにこっちに着いたら、一○八の指示に、つまりは俺の指示に従えって言う命令を受けていたみたいなんだよ、本当に通信妨害さまさまだな……さらに言うんなら、地上本部は今混乱していて、追加の指示も出来ないときてる。ほら、こうなったら、現地部隊の判断で状況に対応するしかないだろ?」
「……それは詭弁って言うんですよ、ゲンヤさん」

人の悪い、本当に詐欺師みたいなゲンヤの笑みがクロノにもうつる。

一○八の救援のために地上本部が寄こした、各部隊から選りすぐった精鋭、そして、その隊員たちが乗ってきたヘリ。それをそのまま戦力に組み込もうというのだ、この狸は。
確かに、地上本部からの命令ではゲンヤの指示に従えとなっているのだろう。だが、それはあくまで救援のためだ。それが終わってしまえば、本来ならば彼らにゲンヤの指示に従う義務はない。原隊に復帰するのが筋というものだろう。
それをひっくり返したのが、彼らの心の中にわだかまっている地上本部に対する疑心と何より、ゲンヤの人徳なのであろう。

――いや、もしかしたら口車かもしれないな。
クロノはふとそう思うと、こみ上げてくる笑いをとめることができなかった。

「んで、充分か? 足りないようなら、まだ他から見繕ってくるが?」

まだ、あてがあるのか? と呆れながらもクロノは答える。

「いえ、充分です。それより……」

言葉をいったん切り、先ほど会話に出てきて気になっている二人のことを尋ねる。

「スバルと……高町の様子は?」

今回の襲撃により、二人が受けた精神的ショックは計り知れない。かたや、ずっと追い求め続けた友達が、母と入れ替わりに廃人になり、かたや、大切にしていた養い子が浚われたのだ。
二人の性格を考えると、深く落ち込むか、それとも暴走するかであるのだが……

「ああ、そっちは大丈夫だ。まず、高町の嬢ちゃんのほうだが、こっちが考えているより、嬢ちゃんの心は強いな。ヴィヴィオを救うために何が必要なのか理解してる。もう何も迷いはないみたいだ。今は体を休めているよ。『準備が出来たら起こしてください』だってよ」
「そうですか……あの高町が」
「ということで、期待は裏切れないな。俺は準備に戻るよ……動くのは明朝でいいな?」
「はい、皆の疲労を考えると、休養は必要ですから……ところで、スバルは?」
「それは、本人に聞け……ほれ」

ゲンヤが顎で、クロノの背後をさす。振り返ってみれば、必死でこみ上げてくるものを耐えているスバルの姿があった。

「じゃあな、後は任せたぜ」

後ろ向きにひらひらと手を振って、この場を立ち去るゲンヤ。
クロノは一瞬、引きとめようとする衝動にかられたが、ゲンヤもいろいろと忙しいし、何より、スバルの視線が向けられているのが自分であることに気がついたので何とかこらえる。

「……スバル」
「お兄ちゃん分からないよ……」

クロノの胸に飛び込んでくるスバル。こみ上げてくるものが流れ出さないように、押さえつけるようにするためか、頭を胸に押し付けてくる。

「お母さんの仇を討ちたい! ノーヴェちゃんをあんな目に合わせたやつに報いをくれてやりたい! でも、お母さんは救ってあげって言うんだ。止めてあげてって! お母さんあんな目にあわされたのに……なのに、なのに!」

どうしたらいいかわからないのだろう……いや、分かっていて答えも出ているが、納得が出来ないのだろう。スバルは自分の力が何のためにあるか知っている。何のために力を求めたのか忘れていない。ただ、激情のあまり見失いそうになっているだけだ。
スバルの拳は優しい拳だ。打ち砕くためにあるのではなく、救うためにある。救いたいという気持ちから生み出される力だ。

その力は、想いはとても強い。だから……

そっと、泣きじゃくるスバルの頭に手をのせる。

「許せないのだったら、その想いをそのままぶつければいい」
「……え?」
「スバルの感じたままに動けばいい。きっとそれは間違いじゃないから」
「……」
「僕も、皆もスバルのことを信じているから」
「……うん」

そう、スバルはすでに答えを出している。だけど、想いのあまりの大きさにどこかにぶつけられずにはいられなかっただけだ。
そのぶつけ先に選ばれたのは光栄と考えたほうがいいだろう。それにしても――

「……うじうじと悩んでいたのは結局、僕だけか」
「……お兄ちゃん?」
「ありがとう。もう大丈夫だね」
「え、うん……ありがとう?」

きょとんとこちらを見上げているスバルの頭をぽんっと軽く叩くとその身をゆっくりと離す。

「ゆっくりと休んでおけ、明日は早い。それにきっとノーヴェを助ける手段も見つかるから」
「う、うん! お兄ちゃんはどこへ?」

スバルの問いかけに、身振りだけで返答する。言葉にするのは気恥ずかしかったから。
















































「ここでよろしいのですか?」
「ああ」

隊舎から出かけようとしていたクロノを見咎め、運転手を買って出たギンガが尋ねてくる。
彼女の視線の先には一軒の民家があった。生活臭が薄く、いつの間にかあがっていた雨の代わりに差し込んでいる夕日に照らし出されたその建物は、まるで廃屋のような様相をていしていた。

「門番がいませんね……」

本来なら、見張りのために二十四時間体勢でここを守っているはずの局員の姿はない。地上本部が混乱しているためだろうか?

「都合がいい……ギンガはここで待っていてくれ」
「ですが……」
「大丈夫だよ、何もない。だから、信じて待っていてくれ」

車から降りて、運転席に座ったままのギンガに語りかける。
この建物の中にいるものが、どういう人物なのか知っているギンガが心配そうに見上げてきた。

「……ずるいです。そういわれたら待つしかないじゃないですか」
「本当に大丈夫だよ。ここに来たのは踏ん切りをつけるため、僕のわがままなのだから」

そういって、ギンガに背を向けると、半ば錆びかけている門に手をかけた。軋んだ音が鳴り響く。きっと、この正門からは随分と人の出入りがないのだろう。忘れられた建物。この中には放置されることによって、人々の記憶から忘れ去られようとしている人物がいた。

鍵もかかっていない扉を開けて、建物の中に入る。錆びついていた正門と違い、中は埃一つないほど綺麗に清掃されている。
きっと、双子の使い魔がやっているのだろう、クロノはそう辺りをつけた。
そう、この建物の中にいるのは、軟禁されているのは、かつて時空管理局執務官長までのぼりつめたのにも関わらず、スカリエッティと組んで闇の書の暴走を企てたとされる人物、早くに父親を亡くしたクロノにとっての親代わりとも言えるギル・グレアムであった。

クロノはかすかに感じられる人の気配を頼りに、歩を進め、書斎と思われる部屋の扉を開ける。

そこには確かにあった。深く椅子に腰を沈め、こちらに背を向けて座っている白髪の老人の姿が。

「……失礼します」

老人は振り向かない。こちらに気がついていないはずがないであろうに、膝の上に乗せた猫を撫で続けている。
だが、それはクロノにとっても都合が良かった。ここに来る、いろんなものをぶちまけるとは決めていたが、どういう表情で向き合えばいいのか、まだ決めることが出来ないでいたのだから。

「……ずっと、ずっと疑問に思っていたことがあるんです」

ここには他に誰もいない。だから言えること。

「僕よりも、ずっと優秀で正義感も強く、管理局の行く末を案じていたあなたがどうして、あんなことをしたのかと」
「……」

老人は答えない。だがそれでいい。

「……心配だったからですよね。後に残すことが。優秀であるがゆえに、抱えている問題の大きさが、それを背負わされる後継の苦労が分かってしまったんですね。きっと最高評議会もそういう考えで動いているのでしょう」
「……」
「……いいえ、そんなことははじめから分かっていたんです。僕が頼りないから、グレアム提督が全部背負い込もうとしたんだって……それが悔しくてたまらなかった!」

最後のほうは怒号になっていた。もしかしたら、外にいるギンガまで届いているかもしれない。

「だから、剥きになっていたんだと思います。自分が何でも出来るんだと、何もかも背負い込もうと一人でやろうとしていました。でも」
「……」
「向きになって、ひとりで背負いこんで、そしてつぶれて、手を差し伸ばされて……結局、僕は一人では何も出来ない。提督は正しかったんだと……ですが、もっとよく分かったことがあります。僕は一人じゃないんだと。何もかも一人でやろうとする必要はないのだと」

姿勢をただし、じっと老人の背中を見つめる。

「僕はいろんな人に支えられている。僕の想いは、願いは一人のものじゃない。だから、僕は諦めない。僕が未熟でも、導いてくれる人がいる。僕の背を支えようと背伸びをしてがんばってくれる子たちがいる。だから……僕は行きます。皆で歩むための道を行きます……ありがとうございました」

最後に深く頭を下げて、書斎を後にする。老人は最後まで振り向くことはなかった。
クロノは建物を出て、書斎の窓を見上げる。窓は開け放たれて、風にあおられたカーテンが外に向かってそよいでいた。

「……クロノさん、もうよろしいのですか?」
「ああ、ありがとう。すっきりした。これでもう振り向かずに進めるよ」

ギンガはクロノの顔を見て、嬉しそうに笑う。
クロノもなんだか、その笑顔を見て心が軽くなったような気がした。

「じゃあ、早く帰って休みましょう。クロノさんの怪我も決して浅くないのですから」
「ああ、そうだな……ん?」

車のドアを開けて乗り込もうとしたとき、突然、日が翳った。
雨雲は過ぎ去り、綺麗な夕空であったはずなのに。

慌てて、空を見上げたクロノの目に映ったのは、空を覆いつくすほどの大きさの飛行物体であった。

どうやら、急速の時間を与えてくれないらしい。

その正体をとっさに悟ったクロノはその飛行物体の名を呟きにのせる。

「……聖王のゆりかご」

長い長い一日はまだ終わらない。







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