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No.12479の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle [えせる](2010/09/26 00:40)
[1] プロローグ[えせる](2009/10/06 01:55)
[2] 第一話[えせる](2009/10/08 03:29)
[3] 第二話[えせる](2009/12/16 22:43)
[4] 第三話[えせる](2009/10/23 17:38)
[5] 第四話[えせる](2009/11/03 01:29)
[6] 第五話?[えせる](2009/11/04 22:21)
[7] 第六話[えせる](2009/11/20 00:51)
[8] 第七話[えせる](2009/12/09 20:59)
[9] 第八話[えせる](2009/12/16 22:43)
[10] 第九話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[11] 第十話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[12] 第十一話[えせる](2010/02/02 03:52)
[13] 第十二話[えせる](2010/02/12 03:24)
[14] 第十三話[えせる](2010/02/25 03:24)
[15] 第十四話[えせる](2010/03/12 03:11)
[16] 第十五話[えせる](2010/03/17 22:13)
[17] 第十六話[えせる](2010/04/24 23:29)
[20] 第十七話[えせる](2010/04/24 00:06)
[22] 第十八話[えせる](2010/05/06 23:37)
[24] 第十九話[えせる](2010/06/10 00:06)
[25] 第二十話[えせる](2010/06/22 00:13)
[26] 第二十一話 『Presepio』 上[えせる](2010/07/26 12:21)
[27] 第二十一話 『Presepio』 下[えせる](2010/07/24 23:48)
[28] 第二十二話 『羽ばたく翼』[えせる](2010/08/06 00:09)
[29] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 上[えせる](2010/08/26 02:16)
[30] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 下[えせる](2010/08/26 01:47)
[31] 第二十四話 『終わりの始まり』 上[えせる](2010/09/24 23:45)
[33] 第二十四話 『終わりの始まり』 下[えせる](2010/09/26 00:36)
[34] 第二十五話 『Ragnarøk 』 1[えせる](2010/11/18 02:23)
[35] 第二十五話 『Ragnarøk 』 2[えせる](2010/11/18 02:23)
[36] 第二十五話 『Ragnarøk 』 3[えせる](2010/12/11 02:03)
[37] 第二十五話 『Ragnarøk 』 4[えせる](2010/12/21 23:35)
[38] 第二十五話 『Ragnarøk 』 5[えせる](2011/02/23 19:13)
[39] 第二十五話 『Ragnarøk 』 6[えせる](2011/03/16 19:41)
[40] 第二十五話 『Ragnarøk 』 7[えせる](2011/03/26 00:15)
[41] 第二十五話 『Ragnarøk 』 8[えせる](2011/06/27 19:15)
[42] 第二十五話 『Ragnarøk 』 9[えせる](2011/06/27 19:11)
[43] 第二十五話 『Ragnarøk 』 10[えせる](2011/07/16 01:35)
[44] 第二十五話 『Ragnarøk 』 11[えせる](2011/07/23 00:32)
[46] 第二十六話 「長い長い一日」 [えせる](2012/06/13 02:36)
[47] 第二十七話 『Beginn der Luftschlacht』[えせる](2012/06/13 02:41)
[48] 第二十八話 『Märchen――御伽噺――』[えせる](2012/06/21 19:59)
[49] 生存報告代わりの第二十九話 下げ更新中[えせる](2015/01/23 00:01)
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[12479] 第二十四話 『終わりの始まり』 上
Name: えせる◆aa27d688 ID:4bd7e5a9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/24 23:45
部屋の広さは三十畳ほどあるだろうか。この住まいには他にいくつも部屋がある。現在佇んでいる部屋も含めて、老人一人が住むには広すぎると云えるだろう。
置かれている家具も目が奪われるような装飾がされているが、ばらばらに存在感を主張しあって空気を濁し、それがさらに寂寥感を誘っている。
だからだろうか、何も知らぬ人が見れば、うらやましいと思われるような環境におかれながら、老人の表情は優れない。まるで牢獄にでも閉じ込められているような雰囲気をまとっている。いや、ここは老人にとっては間違いなく牢獄なのだろう。外出は許されておらず、外から情報を得る手段も毎日の新聞だけ。老人は軟禁状態にあった。
これが破格の扱いであることは老人にもわかっていた。罪が確定していないとはいえ、自分は犯罪者なのだから。
だから、そのこと自体に老人は不満はまったく持っていない。老人の表情が優れない理由は他にある。

「……ふう」

老人は部屋の中央に置かれたソファーに腰を下ろし、膝の上に乗っている猫の背を撫でながら、深くため息をつく。
その仕草からは、酷く重い疲労感が滲んでいた。実際に老人は疲れていた。それが老人をさらに老いてみせる。

「……そうか、またたくさんの局員が犠牲になったのだな」

老人は虚空に向かって、呟いた。
呟きは部屋の濁った空気に紛れて消え、老人に何も返さない、帰ってこない。
老人は手を伸ばす。そのしわがれた手には何も握られていない。そして、伸ばされた手は何もつかむことはできない。
老人のもとには何も残っていない。そのこと自体は老人は覚悟していたし、理解していた。
それだけのことを老人は行ったのだから。

しかし、老人はその行いを悔いていない。正しいことだったのだと確信している。今まで築き上げてきた地位も、名誉も惜しくはない。代償に得られるものはそれだけの価値があった。そのはずだった。
老人はソファーの前に置かれているテーブルに視線を落とす。その上には一部の新聞があり、その一面には廃棄区画でおきた爆発事件が大きく取り扱われている。その記事の内容が老人を沈痛な気持ちにさせる。転換期とも云える自分の行いですべての犠牲がなくなるというような夢想は老人も当然、描いていなかった。
だが、これはどういうことなのだろうか? 老人の行いから十年もの時が過ぎた。それは長いときを生きてきた老人にとっても決して短いとはいえない時間だ。それなのに、それだけの時間がたっているというのに、何も変わっていない、逆に悪化してさえいる。

そして、その原因は老人にあるとさえ言えるのだ。
老人の行いがきっかけで、今、老人が所属していた組織は内部分裂状態にある。それが混乱を生んでいた。そしてその一方の先頭に立っているのは、老人の孫とも言える青年であった。

――何故、理解してくれない。
老人は心の中で絶望の声をあげる。
老人が行為に及んだ理由は、青年のためでもあったというのに。
青年や、青年と同じように正しい志を持ち、長いときが残されている若人のために老人は決断した。過去と同じ過ちを犯してはならない。あの喪失感を、あの後悔を抱くことはもう耐えられない、と。
災厄を、若者から未来を奪う可能性がある漆黒の闇を永遠に取り除く。そのためには、地位も名誉も惜しくはなかった。若人の未来が守れれば、それでいい。
こういった考えは、老人一人のものではなかった。賛同者がいた。導くものもいた。老人たちが取った手段のなかには違法と判断される行為が多数あったが、すべては未来のためなのだ。だから、若人たちはきれいな体のままで、老人たちが切り開き、舗装した道を歩んでくれればそれでよかった。
それなのに、青年はその道を歩んでくれない。

「……ふう」

老人は再度、大きくため息をつき、体をソファーに深く沈めこむ。膝の上に乗っていた猫は撫でられるのが飽きたのか、するりと老人の手を抜けて、窓辺に横たわった。窓から差し込んだ夕日が、猫の毛並みを赤く染めている。

「……何がいけなかったのだろう」

老人の呟きに、猫が短く鳴いて返す。それは、まるで老人を肯定しているかのように聞こえた。
だからこそ、老人は悩み続ける。今もなお混乱は続いている。それに対して老人は何もできない。もう、何もしてやれない。

「クライド、お前ならどうしたのだろうか……」

その呟きはとても小さく、紡ぎ出されたとたん、夕日の光にかき消され、猫にさえ届くことはなかった。
だから、誰も、老人に答えを教えてくれるものはいない。老人は悩み続ける。一人では得られることができない答えを求めて。








魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle 

   第二十四話 『終わりの始まり』 上














むき出しの照明が強く照らしつける。
日の光が届かない地下深くにある研究所、十二機と一人が集まっても十分な余裕がある広間で、ウーノは静かにうなずいた。

「そう、設置場所を変更したわけね」
「はい、クアットロから、直ちに起動させろと指令を受けたので、その時点で即座に実行可能な場所を選択し、レリックを設置しました」
「妨害勢力が排除されていなかったのに?」
「はい。敵の被害状況から、脅威にならないと判断しました……」

オットーが淡々とウーノの質問に答える。
短く切りそろえられた髪、防護服に包まれたまだ未発達な体、そして、低く抑えられた声色も合わせて、妹たちのすべてを把握しているウーノでさえ、男性型と思わせてしまうような雰囲気をオットーはまとっていた。
だが、今は少しその雰囲気が揺ぎ、ディードと二人の間だけのときに見せるような素顔が覗いている。
初めての実践、そして初めての失敗。それが、感情を最小限にして調整されたオットーにも動揺を与えているのだろう。

「ウーノ! 予定が五分も切り上げられたのです。だから!」

双子をかばおうとしているのだろう、ディードが珍しく声を荒げている。

「そうっすよ、それに敵にあんな増援がいるなんて聞いてないっすよ。おかげで私のライティングボードがまっぷたつっす。下ろしたての新品だったって言うのに……」

それに賛同するかのように、ウェンディが頬を膨らませている。その脇では彼女の武装が、熱で融解したかのような切断面を見せて、無残な残骸をさらしている。

「ごめんなさい、それはこちらの認識不足だったわ。あのプロジェクトFの遺産があそこまでの戦力なっているとはね。武装に関しては予備をすぐに回してあげる。それにね、オットー、ディード。私はあなたたちを責めているわけじゃないの。失敗の原因が何だったのをはっきりさせて二度と起こらないようにしたいだけ」

ウーノは静かに告げる。言葉のとおり、その瞳には、表情には怒りの色は見受けられない。いや、それどころか、何の感情もうかがうことができない。それが作戦に参加した姉妹たちを萎縮させる。ウーノは厳しい、怖い。それが下の姉妹たちの印象ではあるが、実際は身内にはかなり甘い、だから、こんな感情を押し殺したような表情を姉妹たちの前でさらすのは、初めてであったのかもしれない。
彼女は焦っていたのだ。決行の日が近い。もう最高評議会の目をだまし続けるのも限界だ。時間を稼ぐために、スカリエッティに無理を言って、ウェンディ、オットー、ディードの三機は、最高評議会の注文どおりに作ってもらったのだが、最高評議会の目は節穴ではない。ウーノたちの思惑などとっくに察知していることだろう。だから、今回の作戦に踏み切ったのだ。

ヴィーナーという格好の餌で、邪魔になるものをひきつけ、レリックの連鎖爆破によってすべてを吹き飛ばす。
そしてそのまま、混乱している地上部隊の隙を突き、次元跳躍砲を制圧、同時にゆりかごの鍵を奪い、空に舞う。その予定であった。
ゆりかごを月軌道まで上昇させることができれば、もう何も怖いものはない。ゆりかご自体の戦力もあるが、何より、月の魔力を得ることができれば、あの計画を発動させることができる。そのときこそが、敬愛するスカリエッティの新たな歴史の始まりになる、そうウーノは考えていた。

だが、この計画は、最初の段階で躓いてしまった。レリックの連鎖は最初期で防がれた。地上部隊に損害は出たがそれは軽微なもの。全体に混乱を及ぼすほどではない。現有戦力だけで、強引に次元跳躍砲を制圧することも可能だが、それでは時間がかかりすぎる。あの次元跳躍砲、アインヘリアルはレジアスが、地上本部が威信をかけて守っており、精鋭部隊が配備されているのだ。それに、地上本部が本局の介入を嫌っているとはいえ、アインヘリアルの制圧を開始したり、ゆりかごを浮上させれば、次元航行艦の艦隊を派遣されるだろう。手間取っている間に軌道上を抑えられたら目も当てられない。かといって、アインヘリアルを無視して、ゆりかごを上昇させれば、いい的でしかない。ロストロギアであるゆりかごもアインヘリアル三機からの砲撃を耐え切ることは難しい。それにアインヘリアルを抜きにしても、地上部隊の戦力を侮ることもできない。近年、人手不足からの弱体化が話題となっているが、守らなければならない市民に危機が及べば意地を見せるだろう。十分にゆりかごの浮上を妨害する脅威となりうる。

かといって、このまま何もせず手をこまねいていることはできない。もうすでに廃棄した回線には、レジアスからの怒りの通信が入っていることだろう。最高評議会もこの予定にない、裏切りとも取れる行動を捨て置くかないはずだ。

「すまないな、ウーノせめて私があの執務官を倒すことができていれば……」

ウーノの沈黙が長すぎたためか、下の妹たちはさらに萎縮し始める。
それをかばうつもりなのか、チンクが歩み出て、ウーノに頭を下げる。

「いえ、チンクあなたはよくやってくれているわ。それにもともとあなたに頼んだ役目は足止め。十分に仕事を果たしたといえるわ。それより問題なのは……」

ウーノは視線をこの会議が始まってからまだ一度も発言をしていないクアットロに向ける。

「……予定を変更したのは、五分も繰り上げて起動するように指示を出したのはどうしてかしら?」

最初の計画ではオットーはレリックを発見されづらく、なおかつ十分な連鎖反応が期待できる場所に設置する予定であった。それが予定が繰り上げられたため、敵部隊の予定進路上に設置せざる得なく、さらには妨害戦力であったタイプゼロファーストが粘ったことで、敵増援の先行部隊に設置を気づかれることになってしまう。オットーはすぐさまレリックを発動させたが、タイプゼロファーストの身を挺した妨害もあり、連鎖は起こらずレリックの爆発は一段階目でとまってしまい、残ったレリックは敵部隊に回収される羽目になってしまった。

回収されたレリックは惜しくない。まだいくらでもある。だが、この作戦によって得るはずだった時間は、大きな価値がありすぎた。たった五分、その時間を待てなかったために、計画が、スカリエッティが目指しているものがすべて泡となって消えようとしているのだ。これはウーノにとって許すことができないことであった。

「答えなさい、クアットロ」
「ウーノ姉さま……」

クアットロは何かに怯えているかのように自らの体を抱いている。
その怯えが何からくるのか、ウーノにはわかっていた。だからこそ許せなかった。
自分たちは戦闘機人なのだ。機械と人が融合した新しい生命体。機械の長所と人の長所を持った存在。だから、感情を持つなとは言わない。それを忌避することはスカリエッティの研究を否定することでもあるし、感情がときによっては、大きな力を生み出すことをウーノは長い経験から知っている。
だが、クアットロが抱いている感情は、戦闘をその生業とする自分たちが抱いてはいけない、それに心を浸らせてはいけない感情なのだ。

クアットロが、高町なのはにこだわりを抱いていることはウーノはよく知っていた。しかし、それがここまで強い感情が根底にあるということまでは見抜けなかった。見抜けていたのならば、クアットロに指揮官を任せることなどなかっただろう。だから、これはウーノ自身の失敗ともいえるのかもしれない。
その事実がウーノをさらに苛立たせる。ウーノもクアットロと同じように強い感情を抱いている。それはスカリエッティに対する盲愛。スカリエッティとともにあることがすべての、彼女にとって、この計画が頓挫するということは耐えられないことであった。

「あらあら、こんなに怯えちゃってかわいそうに……ウーノもいい加減に許してあげなさい。ドクターが大事なのもわかるけど、姉として、妹にばかり責任を押し付けるのはみっともないわよ」

ウーノの叱責にさらに体を縮ませているクアットロ。彼女に対して救いの手がさし伸ばされた。会議の輪に加わらずに部屋の壁に体を預けて、楽しそうに話の経緯を見守っていた金髪の女性が、クアットロに歩み寄り、その頭をやさしく抱く。
その女性の名はドゥーエ。ウーノの次に稼動を開始した初期型の戦闘機人。普段は外で諜報任務に携わっていることが多く、最近稼動したばかりの妹たちの中には、彼女を初めて見るものさえもいるほどであった。

「よしよし、もう泣き止みなさい、お姉さまが何とかしてあげるから、それにあなたをここまで怖がらせるものも取り除いてあげる」

敬愛する姉に抱かれて、クアットロは落ち着きを取り戻す。クアットロの教育係はドゥーエであった。だから、クアットロはドゥーエにはなついており、ドゥーエも他の妹よりクアットロを可愛がっていた。

「妹の失敗をフォローするのも、姉の役目。トーレ、あの邪魔な砲台は任せていいかしら? 鍵のほうは私がどうにかするわ」

ドゥーエが抱いている感情は享楽。この危機でさえも楽しくて仕方がない、そう瞳が訴えている。

「わかった、セッテもつれていっていいか? 実戦テストをしたい」

それに対してトーレが抱いているのは、戦闘に対する喜び、愉悦。トーレが戦いを指示されて拒否することなどありえない。

「うーん、いいわよね? ウーノ。私も何人か連れて行きたいのだけれど」
「だけど……」

ウーノは言葉を濁らせる。
ドゥーエが妹たちを連れて行くのは問題ない。彼女がやるというのならば、確実に実行できる策があるのだろう。
しかし、トーレとセッテはまずい。この二機は切り札なのだ。彼女たちを投入すれば、間違いなくアインヘリアルを短時間で制圧してくれるだろう。だが、その後が続かない。大きすぎる力が与えられたため、この体のままでは稼働時間が極端に短いのだ。しかも、一度、戦闘行動をとれば四十八時間の整備を要することになる。完成はしているが不完全。それが今の彼女たちの状態である。一度切ってしまえば次はない。それゆえにウーノは許可を出すのを躊躇した。
ドゥーエはその心配を笑い飛ばす。

「大丈夫よ。NO3トーレが砲台を沈黙させて、NO2の私が鍵を入手するとともに、邪魔者を排除する。あなたは地上部隊を混乱させて、ゆりかごを浮上させる。出来ないとは言わせないわよ。あなたはNO1なんですから」

ドゥーエの表情からは溢れんばかりの自信が伺えた。己が戦闘機人であることの誇りに満ちていた。それがウーノの背中を後押しする。
それに、こんなことで躓いてしまっては、自分たちを作り出してくれたスカリエッティに申し訳が立たない。

「……わかったわ。よろしいでしょうか。ドクター?」

ウーノは決断を下し、最終的な許可を求めてスカリエッティに視線を送る。
スカリエッティはそれに対して、嬉しそうに笑みを浮かべたまま、鷹揚にうなずきを返す。

「ありがとうございます……では、すぐに行動を。私たちに残された時間は少ない。ドゥーエ、十二時間、それしか与えられてあげられないけれど平気かしら?」

先ほどの仕返しといわんばかりに、ウーノはドゥーエに無理難題とも取れる制限を提示する。
それに対して、ドゥーエはそれさえも楽しいといわんばかりに笑いを深めた。

「いいわよ、でも、それだと新しい顔を用意している時間はないわね。もう少し派手なおとりが欲しいわ。クアットロ、あなたの作ったおもちゃ借りていいかしら?」
「はい、お姉さま」
「ありがとう、あなたを怖がらせている人間の首はしっかりと持ち帰ってあげるから、あなたはおとなしくここで待っていなさいね」

ドゥーエは再びクアットロの頭をやさしく抱く。クアットロは居残りを命じられたことに対して少し不満を覚えたようだが、抱かれた状態では、ドゥーエの言葉にうなずくことしか出来なかった。
ウーノはその光景を静かに見守る。クアットロには、もともと謹慎を命じるつもりであったのだから、ドゥーエの言葉には何の不満もない。自分が言うよりはドゥーエから言ってもらったほうがと角もたたないだろう、そんなことも考えていた。そして、クアットロが完全に納得するのを待ってから、今度はトーレに語りかける。

「トーレ、あなたはドゥーエの作戦が成功しだい、アインヘリアル三機の破壊に向かってください。私はそのまま地上部隊を混乱させる作戦に入ります」
「わかった」

トーレは短く返事をして、そのまま背を向け、戦闘前の調整を行うためにセッテとともに部屋を後にする。
他の姉妹も、会議が終わったことを悟ったのかそれぞれ与えられた役目を果たすために散っていく。部屋に残ったのはウーノと何の役目も与えられなかったクアットロ、そして、スカリエッティの三者だけであった。
静かになった部屋でスカリエッティの低い笑いが響く。

「ドクター?」
「いや、何、嬉しくてね。ウーノ。すばらしいじゃないか」

怪訝そうに尋ねたウーノに対して、スカリエッティは満面の笑みを返す。

「本当に皆、予想以上に育ってくれた。クアットロに関してはまったくの予想外だった! これだから、研究はやめられない。生命というものは奥が深すぎる。時間が足りないよ、ウーノ! 人の寿命はたった百年。それだけじゃあ、ぜんぜん足らない!」

笑いはだんだんと大きくなり、もはや叫びと呼べるものへと変わる。
ウーノはスカリエッティの狂喜を受けて、頭を深々と下げる。

「お褒め頂ありがとうございます。時間が足らないというならば、その時間を私が必ずおつくりしましょう」
「ああ、楽しみに待っているよ!」

笑いが木霊する。それは研究所全体にも届くほど広がり、闇へ吸い込まれていく。
どこまでも、闇は深かった。




























本局の通路にスバルは一人たたずんでいた。適度な明るさに抑えられた照明が彼女を静かに照らし出す。
彼女の前には閉ざされた扉があり、その上に赤いランプが灯って、施術中であることを表していた。

スバルは悔いていた。彼女の姉ギンガが、今この扉の奥にいるのは、自分が任務中に任務を忘れたせいだとスバルは考えていた。
ギンガは、スバルがノーヴェと戦っている間、三機もの戦闘機人を一人で相手をして大きな損傷を受けた。。それだけでなく、その損傷した体で、起動寸前のレリックを遠くに投げ捨てるという無茶をしたせいで大破してしまう。戦闘機人でなければ死んでいてもおかしくないほどであった。事実、エリオが援護に駆けつけてこなければ、作戦を邪魔されて激昂した戦闘機人にギンガの命は奪われていただろう

姉であるギンガが失われた後のことなんて、スバルはまったく想像できなかった。それほどまでに彼女にとって姉は大切な存在であった。
だけど、とスバルは考える。もし同じようにノーヴェと対峙したとき、自分は冷静でいられるだろうかと。
ノーヴェとは幼いころに一度会っただけ、そのときもほとんど会話と呼べるものはなかった。しかし、その一度の出会いと別れがスバルの心に大きな痕跡を残した。
もう一度、ちゃんと話したい。そう思わせるだけの何かが、自分とノーヴェの間にあることをスバルは感じていた。

だが、先ほど顔を合わせたとき、ノーヴェはスバルのことを何も覚えていなかった。自分は確かに成長した。初めて出会った頃に比べれば背も伸びて、顔つきも大人っぽくなった。見た目だけでわからない、それだけなら、まだわかる。だけど、スバルは何度も呼びかけたのだ。名乗ったのだ。それなのにノーヴェは何の反応を示してくれなかった。まるで何もかも忘れ去ったかのように。
言動も、初めて会ったときのようなやさしい、年上の、まるで母親に接しているような感じを受けるものではなく、自分より年下の乱暴者のようなものに変わっていた。
その様子からは、まったくの別人のように感じられた。自分が呼びかけているのはノーヴェではないのだろうか? スバルがそう思うほどに。

しかし、何度も呼びかけ、何度もその拳を受けて、それでも何の反応を返してもらえず、スバルが諦めかけたときに、それは起こった。
レリックの爆発。それによって失われかけていたであろう、姉のギンガの命。
スバルはそのときにノーヴェが浮かべた表情を見逃さなかった。昔、自分に優しくしてくれた友達の顔がそこにあった。
自分が捜し求めたノーヴェはまだ失われていない。まだ心の奥底に確かに残っている。
きっと、上から塗りつぶされてしまっているだけなのだ。スバルは人の記憶を自在に操る技術の存在を知っている。プロジェクトF。そこから派生された技術にそれはあった。
植えつけられた記憶は消すことは難しい。でも強い想いがあれば記憶をゆり起こすことも可能だということも知っている。

――だから、スバルは自分が信じられなかった。
変わってしまったノーヴェを見てしまった。そして、昔のであったころのノーヴェ取り戻す術も知っている。だから、次に出会ったとき冷静でいられる自信がまったくなかった。
それが、スバルを悩ませる。また自分は自らを見失って、ギンガや他の皆に迷惑をかけてしまうのではないだろうかと。
だけど、それを厭って、現場に出ることをためらえば、ノーヴェと出会うことは出来ない。二律背反。それはどれだけ悩んでも答えが出ることがない迷路のようなものであった。

スバルは時を忘れて悩み続ける。いつしか、扉の奥にいるギンガのことも忘れていた。だから、声がかけられるまで施術が終わったことに気がつくことが出来なかった。

「……スバル。スバル」
「あ、マリエルさん……ギン姉は!?」

マリエルの顔を見て施術が終わっていることに気がついたスバルは、肩を持ってその体を揺さぶりながら、ギンガの様子を尋ねる。
マリエルは慌てているスバルを優しくなだめながら、ギンガの様子を説明し始めた。

「……ということなの、だから経過観察のために二日くらいこっちにいてもらうことになるけど、もう何の心配もないよ」

説明によると、ギンガは奇跡的に中枢に被害がなく、細部の部品交換だけですんだということであった。
中枢さえ無事であれば、部品を交換すれば、すぐに蘇生することが出来る。それが戦闘機人の一番の強みであるのかもしれない。

「よかった……」

スバルは力が抜けたようで、腰が砕け、通路に座り込んだ。マリエルはへたり込んでいるスバルの頭を優しく撫でながら、語りかける。

「うん、だから、安心して待っていてね。麻酔が切れたら面会もすることが出来るから」
「ありがとうございます……はあ」
「どうしたの?」

安心すると、また先ほどの悩みがスバルの心を覆い尽くした。意味ありげなため息をついた彼女の顔をマリエルが心配そうに覗き込む。

「いえ、私このままでいいのかな、と」
「お姉ちゃんを、ギンガを援護できなかったことを悔やんでいるの? スバルも戦っていたんだから、仕方がないよ」

マリエルはギンガが損傷した原因を聞かされていた。だから、スバルのため息の原因がそれであると見当をつけたのか、慰めるように言葉をつむぐ。
その見当はある意味正しく間違いであった。だが、半分は当たっているため、否定することも出来ずに、スバルは言葉を詰まらせる。

「誰にだって、失敗はあるよ。次にがんばって取り返せばいいんだよ」

――次も同じ過ちを繰り返してしまったら? その質問をスバルは寸前で飲み込んだ。
こんな質問をされても、マリエルは答えることが出来ないだろうから。それにマリエルに相談に乗ってもらおうにも、自らのノーヴェに対する気持ちをうまく説明できる自信がなかった。だから、短くうなずきを返すことしか出来なかった。

「……はい、そうですね」
「うん、そうだよ。じゃあ、ギンガの麻酔が切れたら、呼んであげるから。スバルはどこで待ってる?」
「……ここで待ってます」
「……そう、わかった。スバル、あまり思い込んだら、体によくないよ、ほら、笑顔、笑顔」

まだ立ち直った様子が見れないスバルに、マリエルはもう一度エールを送ってその場を後にする。
マリエルが立ち去った後、スバルは、廊下に座り込んだまま膝を抱え、その間に顔をうずめて、静かに涙を流す。
何で泣いているのか、スバル自身にもよくわからない。

「……本当に、今日はよくわからないことだらけ」

自分の気持ち、何もかも忘れてしまったような様子を見せたノーヴェ、そして、これから自分が選ばなければならない道。

「私、どうしたらいいんだろう、お父さん、お母さん、お兄ちゃん……ギン姉」

自分のことがまったくわからない。だから、自分のことをよく知っている人たちに助けを求める。だけど、彼らはこの場にはいない。父や母、兄は地上で先の事件の後処理をしている。姉はこの扉の奥にいる。だから、返答なんてあるはずもない。

そのはずだった。

「スバルの好きなようにすればいいのよ。というか、スバルは一度言い出したら、思ったとおりにやらないと私たちの話なんて聞かないじゃない」
「……え?」

声に驚いて、顔を上げてみると、そこには施術用の貫頭衣を纏ったギンガの姿があった。

「……どれくらいの時間がたっているのかな。……ああ、ずいぶんと時間を無駄にしちゃったみたい、早くクロノさんの元に戻らないと」
「え、えと、お姉ちゃん大丈夫なの? 麻酔は?」

ギンガは顔色こそ青白く、普段より悪いが、その足取りはしっかりとしていた。だから、スバルが飛びついてきてもしっかりと受け止めることが出来た。

「っと、私は一応、病み上がりなんだから、少しは気を使いなさい。でも、心配してくれてありがとうね、スバル。大丈夫よ。後でマリエルさんにお礼を言っておかないとね。それと麻酔は機能が戻ったから自分で分解したわ。そういった機能が私たちについていることくらいスバルも知っているでしょうに」
「え、えと、そうだったよね。でもすぐに動いて大丈夫なの? マリエルさんが経過観察に二日は必要だって……」
「まあ、まだ体のあっちこっちがぎしぎし言っているけどそのうち馴染むと思うから。それに二日もこんなところでじっとしていられないわ。きっと、すぐに相手は動く、あんな派手なことをやろうとして失敗したんだもの、その埋め合わせで何かたくらむに決まってるから、だから、スバル、急いで戻るわよ。今度こそ捕まえないと」

ギンガの心はすでに次の事件、クロノの元に飛んでいるようだった。だから、スバルの心配を軽く受け流したかのように見えた。
しかし、スバルにとっては、その次、今度という言葉が怖くてたまらなかった。次もまた自分は同じ失敗をして、今度こそ取り返しがつかないことになってしまうのではないだろうかと。

「……」

返事を返さないスバルに、ギンガは小さく微笑みを漏らし、

「まったく……」

その胸に優しくスバルの頭を抱いた。

「もう、世話がかかる妹ね、スバルは」
「ギン姉……」

そして、耳元でささやく。

「さっきも言ったけど、スバルのやりたいようにやりなさい」
「でも、そうしたら、また、ギン姉が……」
「いいの、私のことなんて心配しなくて」
「そんなこと出来ないよぉ……」

スバルにとってノーヴェのことも重要だが、それと同じようにギンガのことも大切なのだ。ギンガだけじゃない。これから自分たち戻ろうとしているところには、父もいる、兄も弟もいる。自分がミスをすれば、それだけ大切な人に迷惑がかかる。それがスバルには耐えられない。

「本当に……」

スバルの瞳から涙が流れる。その流れたものを見てギンガはやさしく微笑む。

「スバル、私はあなたの何?」
「……」
「わからない? じゃあ、私のことを呼んでみて」
「ギン姉ぇ……」
「ほら、わかってるじゃない。私はあなたの姉。だから、心配しないでいいのよ。妹の面倒を見るのが姉の役目なんだから」
「で、でも……」
「妹にやりたいことがあれば、その後押しをするのが姉の役目なの。スバルは、お姉ちゃんから仕事を奪いたいって言うのかな?」
「ううん、そんなことないよ、けど……」
「あなたは誰がなんと言おうと私の妹。ううん、それだけじゃない、お父さんやお母さん、クロノさんにとっても大切な妹。だから、それが間違ったことじゃなければ、皆でフォローしてあげる。だから、思ったとおりにやりなさい。それとも、スバルのやろうとしていることはいけないことなの?」
「ううん、違うよ!」

ギンガの問いかけにスバルは思いっきり首を横に振って否定する。友達と、ノーヴェともう一度話したいという願いが間違ったことであるはずがない。

「じゃあ、思いっきりやりなさい」

ギンガは満面の笑みを浮かべる。それにつられて、スバルもいつの間にか泣き止んで微笑を浮かべる。

「でも、でも、本当にそれでいいのかな、私ずっと皆に迷惑かけっぱなしで」

しかし、スバルはまだどこかに引っかかることがあるようだ。その想いをギンガにぶつける。

「……うん、まじめなスバルがそのことを気に病むのは仕方がないかもしれないわね。だったら、スバルが私たちに迷惑をかけた分、全部エリオに返してあげなさい。エリオは実力的にはもう私たちをとうに越えているけど、まだ九歳だから、いろいろと悩むこともあると思うの。そのときにスバルがお姉ちゃんとして助けてあげなさい。それでおあいこよ」

それで話は終わりとばかりにギンガは背を向ける。

「私の制服はどこに保管されているのかしら……」
「こっちだよ!」

スバルは制服を探しているギンガの手を引いて走り始める。顔はギンガのほうには向けない。なぜなら恥ずかしいから。泣き止んだってばかりだというのに、また泣いている。あんまりにも子供っぽくてそんな顔は見せることは出来なかった。自分だってお姉ちゃんなのだから、と。

「ギン姉……私絶対ノーヴェちゃんとお話しするよ。そしてエリオのことたくさん助けるよ!」
「そうね」
「あとあと、ギン姉がおばあちゃんになって、誰もお世話してくれる人がいなかったら、私がお世話してあげるからね!」
「そんな、余計な心配はしないでいいの!」

姉妹の楽しそうな笑い声が、廊下に木霊する。
その声はどこまでも明るくまぶしかった。

































おまけ

それ行け! 我らが(俺tueeeeハーレムオリ主みたいな設定の)エリオ君! 



「もうむかついたっす。初めての実戦だったのに失敗してしまったっすよ。ウーノ姉の顔を見るのが怖いっす。どうしてくれるんすか」

ウェンディが怒りの表情を、もう立つことすら出来ないギンガに向ける。いやそれだけではない。エネルギーが今にも暴発しそうなくらいに充填されたライティングボードの砲口も向けている。憂さ晴らしに砲撃でギンガを消し飛ばそうというのだろう。
ギンガはそれをただじっと見つめていることしか出来ない。普段であれば鈍重な砲撃などよけることが出来るだろうし、あのくらいの威力なら盾を張って耐え切ることも可能だ。だが、機能停止寸前の彼女にはそれをするのは難しいし、バリアジャケットがぼろぼろになっている今の状態であれを受ければ跡形もなく消し飛ばされてしまうだろう。
ギンガは諦めたように、目を瞑る。そして小さく口を開き言葉をつむぐ。それはあまりにも小さすぎて聞き取ることが出来なかったが、誰かに向けた謝罪の言葉のようであった。

「最期の祈りはすんだっすか。じゃあ、もういいっすね……」
「ウェンディ!」

ギンガに向けて砲撃が放たれようとしたそのときだった。
ディードが警鐘の声を上げる。
ウェンディに向かい、雷光が走る。それは、ディードのISツインブレイズもかくやという速さであった。
雷光は一気にウェンディを間合いに収めると、その両手に持った自らの身長ほどある大剣の片方を振り下ろす。

「紫電一閃」

ウェンディはそれに反応が出来なかった。だが、ライティングボードの大きさが彼女の命を救う。彼女の体を覆い隠せるほどの大きさのライティングボードは声に反応してウェンディが身じろぎしただけで、大剣の軌道から彼女の身を隠す。
ライティングボードの防御力は高い。一般の魔導師の攻撃はもとより、エース級の攻撃にも十分耐えられるように作られている。

だが、雷光が振り下ろした大剣には、その程度の防御力は意味を成さなかった。
黄色い魔力光によって出来た大剣は、炎を纏い攻撃力を増幅させている。それだけではない。雷光――少年の踏み込みは、剣閃はその年齢からは考えられないほどの、まるで数十年の時を修練に費やした剣士のような鋭さを持っていた。
膨大な魔力と、修練によって積み重ねられた技。その二つが合わさったときに断てぬものなど存在しない。
ライティングボードはまるで紙のように切り裂かれる。

「く……」

反動でウェンディは体勢を崩す。
尻餅をついて、すばやい動きを取れなくなっているウェンディを昏倒させるべく、少年は残った左手に持った電撃を纏った大剣を振りかぶった。

「させない!」

だがウェンディの姉妹がそれを黙ってみているはずがない。ディードがISツインブレイズを発動させ、少年の死角に回り込み、その身を切り裂かんと、二本の光の刃を振りかぶる。
だが、その程度で、少年の中にある数百年に及ぶ記録の裏をつけるはずもない。
少年はウェンディに振り下ろそうとしていた大剣の軌道を変更して、光の刃に叩きつける。
ギンガのデバイスを簡単に切り裂いた光の刃は、大剣を叩きつけられても砕けはしなかった。
だが、それだけであった。大剣にこめられた威力をすべて受けきることなどできはしない。ディードは少年の死角ににまわりこんだときの倍する速度で廃ビルに叩きつけられる。

「ディード、ウェンディ!」

オットーが二人を援護するために周りで待機させていたがジェットに攻撃命令を下す。
百近いガジェットから、光線が放たれる。それに加えて。オットーも己のISを発動させて、人を飲み込めるほどの太さの砲撃を雨のように降らせた。
二つの攻撃が合わされば、もはや、少年の小さな体でさえ入り込む余地も残っていない。完全な飽和攻撃。
だが、それさえも少年には意味を成さない。着弾にはほんの数瞬だがずれがある。その隙を利用して少年はすべての攻撃を回避する。
そして、少年はただ防御に甘んじているわけではなかった。攻撃を回避しながら少年の口は言葉をつむぐ。詠唱。大魔法が今発動しようとしていた。

「アルタス・クルタス・エイギアス……」
「ちょ、まじっすか!」
「ディード!」

戦闘機人たちはそれに気づいて距離をとろうとするがもうすでに遅かった。
詠唱が完成する。

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

少年の周りに三十を越える光球が生まれ、そこから秒間七発に及ぶ魔力弾が放たれた。
それは先ほどのガジェットとオットーの攻撃が児戯に思えるほどの嵐。

「くう……」
「なんすか、この化け物は……」

嵐がやんだときはすべてのガジェットは破壊されていた。戦闘機人たちが無事だったのは、AMFの濃さのおかげか。
だが、三機とも損傷を負い、すばやい動きは出来そうになかった。
そのようすを見て少年は役目を果たした光球を一つにまとめ頭上に掲げる。
魔力ダメージで昏倒させようというのだろう。
だが、その少年の行動に再び邪魔が入る。
遠距離から放たれた砲撃。
少年は、それに対して、頭上に掲げた光球を放ち相殺する。

「援軍か、これ以上手間取るともっと増えそうだね。一気にいこうか。クワ……じゃなかった。アギト、ユニゾンいいかな?」
「いいけどよ……その前に、エリオ、今、クワガタって言おうとしただろう!?」
「ごめんよ……だって、ヴィヴィオとルーテシアがいまだにそう呼んでいるから、うつっちゃって」
「だから、あたしは虫じゃないって何度言ったらわかるんだあいつらは!」

少年、エリオが胸ポケットに入って人形のようにおとなしくしていたクワガタ、もといユニゾンデバイスであるアギトに声をかける。
アギトが今までおとなしくポケットに収まっていたのは、エリオが全力で戦闘をするとアギトではついていくことが出来ずに足でまといにしかならないからだった。いや、ポケットに収まっているだけでも必死にしがみついていなければ振り落とされてしまう。それでも、いつでも騎士の手助けが出来るようにポケットにしがみついていたのは、ユニゾンデバイスのいじらしさゆえか。
だが、そのいじらしさをもつアギトも、虫呼ばわりされていては黙っていられない。猛抗議が始まった。
隙が出来た。この隙が戦闘機人たちを救う。

「じゃじゃじゃ~ん、セインさん登場!」

次々と地面の下に吸い込まれていく戦闘機人たち。
アギトに気をとられていたエリオにはそれを防ぐすべはなかった。













あとがき
かっとなってやった。後悔はしていたりする。
そしてセインは便利すぎる。


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