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No.12479の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle [えせる](2010/09/26 00:40)
[1] プロローグ[えせる](2009/10/06 01:55)
[2] 第一話[えせる](2009/10/08 03:29)
[3] 第二話[えせる](2009/12/16 22:43)
[4] 第三話[えせる](2009/10/23 17:38)
[5] 第四話[えせる](2009/11/03 01:29)
[6] 第五話?[えせる](2009/11/04 22:21)
[7] 第六話[えせる](2009/11/20 00:51)
[8] 第七話[えせる](2009/12/09 20:59)
[9] 第八話[えせる](2009/12/16 22:43)
[10] 第九話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[11] 第十話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[12] 第十一話[えせる](2010/02/02 03:52)
[13] 第十二話[えせる](2010/02/12 03:24)
[14] 第十三話[えせる](2010/02/25 03:24)
[15] 第十四話[えせる](2010/03/12 03:11)
[16] 第十五話[えせる](2010/03/17 22:13)
[17] 第十六話[えせる](2010/04/24 23:29)
[20] 第十七話[えせる](2010/04/24 00:06)
[22] 第十八話[えせる](2010/05/06 23:37)
[24] 第十九話[えせる](2010/06/10 00:06)
[25] 第二十話[えせる](2010/06/22 00:13)
[26] 第二十一話 『Presepio』 上[えせる](2010/07/26 12:21)
[27] 第二十一話 『Presepio』 下[えせる](2010/07/24 23:48)
[28] 第二十二話 『羽ばたく翼』[えせる](2010/08/06 00:09)
[29] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 上[えせる](2010/08/26 02:16)
[30] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 下[えせる](2010/08/26 01:47)
[31] 第二十四話 『終わりの始まり』 上[えせる](2010/09/24 23:45)
[33] 第二十四話 『終わりの始まり』 下[えせる](2010/09/26 00:36)
[34] 第二十五話 『Ragnarøk 』 1[えせる](2010/11/18 02:23)
[35] 第二十五話 『Ragnarøk 』 2[えせる](2010/11/18 02:23)
[36] 第二十五話 『Ragnarøk 』 3[えせる](2010/12/11 02:03)
[37] 第二十五話 『Ragnarøk 』 4[えせる](2010/12/21 23:35)
[38] 第二十五話 『Ragnarøk 』 5[えせる](2011/02/23 19:13)
[39] 第二十五話 『Ragnarøk 』 6[えせる](2011/03/16 19:41)
[40] 第二十五話 『Ragnarøk 』 7[えせる](2011/03/26 00:15)
[41] 第二十五話 『Ragnarøk 』 8[えせる](2011/06/27 19:15)
[42] 第二十五話 『Ragnarøk 』 9[えせる](2011/06/27 19:11)
[43] 第二十五話 『Ragnarøk 』 10[えせる](2011/07/16 01:35)
[44] 第二十五話 『Ragnarøk 』 11[えせる](2011/07/23 00:32)
[46] 第二十六話 「長い長い一日」 [えせる](2012/06/13 02:36)
[47] 第二十七話 『Beginn der Luftschlacht』[えせる](2012/06/13 02:41)
[48] 第二十八話 『Märchen――御伽噺――』[えせる](2012/06/21 19:59)
[49] 生存報告代わりの第二十九話 下げ更新中[えせる](2015/01/23 00:01)
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[12479] 第二十二話 『羽ばたく翼』
Name: えせる◆aa27d688 ID:66c509db 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/06 00:09
「……私たちが出会ってから、もう十年になるんだ……十年かぁ、言葉にするとすごく長いけど、こうやって思い返してみるとなんか、本当にあっというまだね」

私とユーノ君が出会ってから、もう十年。
その月日の長さを刻むように私の体は大きくなった。

「もう、海鳴の家にあったベッドじゃ窮屈かも……ね」

ピン、ピン、ピンと性格に時を刻む計器の音と私の声だけが響く静かな部屋。
本来ならば、かざりっけがない殺風景な場所。
でも、ベッドサイドに置かれた一輪の花のお陰で、無機質な雰囲気に柔らかさが生まれている。

「ああ、エイミィさん来てくれたんだね。あとでお礼を言っておかないと……でも、本当に私って気がきかないね」

至らない自分を情けなく思い、手のひらを額に当てる。
忙しかったというのは言い訳にはならないよね。
はあ、と大きくため息をつく。
ここに顔を出したのは一月ぶり。
それだけでも、友人として薄情者だと罵られてもしょうがないというのに。

「……んーー、代わりに、ってこれでユーノ君が許してくれるか分からないけど、一杯お話しするね」

くよくよしても仕方がない。
明るい笑顔を見せる。
私は元気でいます。
そう伝えることが、せめてもの恩返しだから。

「んーーこの前来たとき、どこまで話したかなぁ」

口元に人差し指を当てて考え込む。
ええと、一月前、って何があったときだったかな?
あれ? え? あれはいつのことだったっけ?

「ううぅ、なんだか忙しくて、ちょっと忘れっぽくなっちゃったみたい、てへ」

誤魔化すように、おどけてみせる。

――もう、本当にしょうがないな、なのはは。
ユーノ君は、何も話せない。
眉ひとつ動かすことすら出来ない。
でも、何故かそういわれているような気がした。

「笑わないでよ、ユーノ君。まぁ、折角だから、最初からまとめて話すね。今日は少し時間があるから」

再び人差し指を唇に当てる。
そうは言ったものの、今度は話すことが多すぎてうまくまとめることが出来ない。
しばらく考え込んで、ああ、と思い付く
この話なら、ユーノ君も喜んでくれるはず。

「えっとね、ヴィヴィオこの前、九歳になったんだよ。元気一杯でね。お友達も、ゲンヤさんのところのエリオくんとか、クロノさんのところのルーテシアちゃんとか、一杯いるんだよ。それで、この前みんなで誕生日パーティをやったんだ」

ユーノ君にそのときの報告をしながら、私をママといって慕ってくれているあの子のことを思い浮かべる。
ママと呼ばれてはいるけれど、あの子と私には血縁関係はない。
出会いは運命的だったけれど、そう呼ばれるようになったきっかけはすごく悲しいものだった。
あの子は初めて見たものを親と思い込むように、制約付けられていた。
鳥とかと同じ、刷り込みっていうものらしい。
膨大な力と才能を持つあの子を操りやすくするためだろう、って検査してくれた医師の人は話していた。
その言葉を聞いたとき、私の中に燃え上がった怒りは、まだ修まってはいない。
けれど。

「あの子は、ヴィヴィオは、本当に、ママ、ママって言って笑ってくれるんだよ。あんまり、会いにいってあげられてないし、そのときに贈った誕生日プレゼントも、そんなにいいものじゃなくて、近所のデパートで急いで買ったウサギのぬいぐるみだったのに、でも、あの子はそれを抱いて笑うんだ、ママ、ありがとうって。思わず涙ぐんじゃったよ。ユーノ君、おかしいかな、私?」

ヴィヴィオの笑顔を思い出したら、また目頭が熱くなってしまった。
せっかくの友人との時間なのに泣いていたらおかしい。
それになんだか、ユーノ君に笑われているような気がする。

「もう、笑わないでよ、ユーノ君。本当に嬉しかったんだから」

人差し指で涙をぬぐって笑顔を作る。

――なのははちゃんと母親できてるよ。

「うーん、そうかな? 考えれば考えるほど、出来ていないと思うけど……でも、それじゃあ、駄目だよね。私はあの子を守るって、ずっと一緒にいるって約束したんだから」

ユーノ君の前で、改めて拳を握り締めて宣言する。

『全てをなかったことにも出来ますが、どうします?』

医師は、そうも言った。
あの研究所からかろうじて回収できた、プロジェクトFの技術を応用すれば、すべてをリセットすることも出来ると。
でも、それに私は首を振って返した。
こっちの都合で、またあの子を弄繰り回すのは気が引けたし、それに何より、私があのこと一緒に居たかったから。
ちゃんと、ママを出来る自信なんて当然なかった。
でも、約束したから。
その約束に私は助けられたから。
あの約束をしていなければ、あの子が傍にいてくれなかったら、ブリーゼの言葉を聞く前に、ファルシェちゃんと会う前に、私はきっと生きることをやめていたから。

「だから、今度は私の番。あの子がずっと笑顔でいられるように私が守ってあげるんだ……でも、そうはいっても、はあ、本当に私は駄目駄目だね」

宣言したはいいけれど、現状が約束を守るのに程遠いことを思い出して、ため息をつく。
あの子は生まれが特殊だったから、今もその身を狙われているし、いろんな問題が混ざり合っているから未だに、正式に私が保護者になることも出来ていない。
クロノさんたちが尽力してくれたおかげで、なんとか、どこの派閥からも影響が薄い施設で預かってもらっているけれど、この先どうなるか分からない。
……そこに再就職したクイントさんに頼りっぱなしというわけにもいかないし。
落ち込んでいると、

――がんばって、僕は何もしてあげられないけれど、なのはならきっと出来るよ。信じてる。

またユーノ君の声が聞こえた。

「うーん、そうかなぁ……ううん、違うよね。そうだよね。そうなるようにがんばらないとね。ユーノ君も応援してくれているんだから、くじけてなんかいられない!」

胸にかけられた相棒を握り締める。
想いがたくさん詰まった赤い宝石を。
――立ち止まっちゃ駄目。歩み続けること。そうすればきっと想いはかなうって信じているから。ユーノ君だけじゃなくて、皆、たくさんの人が支えてくれているから。

「うん、がんばる! でもね、ユーノ君。ユーノ君が何も出来ないって言うのは、嘘だよ。こうやって私に元気を分けてくれているし、それに、あの時だって、ユーノ君、私を助けてくれたじゃない」

微笑みかける。
ユーノ君はどこか照れているように感じられた。

「あのクロノさんがさじを投げてたよ。あの現象だけはいくら調べても説明がつかんって。うふふ、おかしいよね。すっごく単純なことなのに。ユーノ君が、約束を守ってくれた。私を助けてくれた、ただそれだけなのにね」

そう、友人は約束を、誓いを守った。

「だから、今度は私の番だ。今すぐって言うわけにはいかないけれど、誓うよ。約束するよ。ユーノ君を目覚めさせる方法を探し出すって!」

固い決意。
それに対して、ユーノ君は少し遠慮しているように感じられた。

「ううん、無理じゃない、無理なんかしていない。こうやって、誓いを立てれば立てるほど、約束が増えれば増えるほど、私は強くなる、前に進める。そんな気がするんだ」

歩み始めて十年。
どれだけの誓いを立てただろう。
何人の人と約束をしただろう。
途中、その重みでくじけそうになったことがあるけれど、

「それが、私の力になるから!」

今はすごく、燃えているから。

「それにね、手がかりがないわけじゃないんだ……こういうと、ついで、みたいで、すごく申し訳ないんだけど、それははやてちゃんなんだ」

今の技術、魔法では、ユーノ君を目覚めさせる手段はない。
自然治癒も見込めない。
そう断言された。
でも。

「はやてちゃんが持っている闇の書、ううん、夜天の書の中ならその手段も見つかるかもしれないって」

無限書庫はレティ提督の監督の下、この数年で随分と整理された。
ユーノ君の家族、スクライア一族の協力も大きかったみたい。
けれど、その中にもユーノ君の治療に役立つような資料は見つからなかった。
代わりに、ううん、本当は、こっちが目的だったのだけれど、闇の書についての資料を幾つか見つけることが出来た。
闇の書は、元々夜天の書と呼ばれていたみたい。
古代から、貴重な魔法を収めて保管することを目的としたストレージデバイス。
その中にならきっと。

「うん、燃えてきたよ。はやてちゃんとフェイトちゃんを助ければ、ユーノ君も救えるんだ。だから……」

ビシっと背筋を伸ばして敬礼する。

「行ってくるよ、ユーノ君。ずっとずっと、入院してたりして足踏みしていたけど、やっと大きな手がかりを見つけたんだ。今度こそ、きっと……だから、ユーノ君!」

本当はいけないけれど。
約束を守らなければならないのは、助けなければならないのは、私のほうだけれど。
でも、きっとこれくらいは許されるはず。
だって、私達は友達だから。

「ユーノ君、私がくじけないように、ずっと歩み続けられるように、応援していてね!」

私の声が静かな部屋に木霊して消える。
だけど、

――うん、なのは、応援しているよ。がんばってね。

確かに聞こえた。
だから、

「うん、行ってくるよ!」

もう、私は決してくじけない。












魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle 

    第二十二話  『羽ばたく翼』














「んーー、高町さん、遅いね……んーー、よっと」
「こら、スバル!」

スバルが、固まった筋肉をほぐすように腕を伸ばしている。
じっとしていることに耐え切れなくなったのだろう、そのままストレッチをやり始めた。
僕に与えられている執務室はそんなに広いとはいえない。
しかも、僕とギンガの机がそれぞれ置かれているため、後は人が通るだけの余裕しかない。
そんな中で、ストレッチといえど運動をすればどうなるか――いや、スバルのことだからどんどんエスカレートしていくだろう――簡単に予想がついた。
そして、それは、スバルをずっと見守ってきたギンガも同じだったのだろう。
僕が止めようとするよりも先に、ギンガが雷を落としている。

――本当に、このやり取りは昔から変わらないな。
叱られた子犬のように体を縮ませて、かしこまっているスバルを見て苦笑する。
今も昔もやっていることは変わっていない。
スバルは元気一杯だけど、その分、手がかかる妹、ギンガはその妹の世話を一生懸命する、ませている姉。
二人とも大事な妹分。
けれど、もう、そう決め付けて見るのは二人に失礼かもしれない。
スバルもギンガも大きく成長した。
そのことは体についてだけではない。
言い聞かせるようにしかりつけているギンガと、それを姿勢を正して聞いているスバル。
二人が身に着けている服装が、それをはっきりと表していた。
ギンガは黒を、スバルは茶色を基調とした制服で身を包んでいる。
そう、出会った頃はまだ小さな女の子だった二人は成長して立派な管理局員になっているのだ。

――二人と一緒に仕事をすることになるとは、まったく想像していなかったな。
十年という月日の長さを思いやり、小さくため息をつく。

――十年間、僕は何をしていたんだろう……
決して無為に時間を過ごしていたわけではないし、無論、遊んでいたわけでもない。
けれど、牛歩のように進まない捜査に苛立ちを覚えていたことも確かだ。
そんな僕やゲンヤさんの姿を見て何か、思うところがあったのだろう。
ギンガと、そしてスバルまで、局員としての道を選んだ。

『もっと、平穏で安全な職業を、親としては選んでほしかったんだがなぁ……』

二人っきりのときに、ゲンヤさんは珍しく、そう愚痴を漏らした。
治安が安定していない、ミッドの地上部隊の指揮官を長年務めてきたゲンヤさんには、局員となることの危険性が身にしみて分かっている。
勿論、後方勤務を望めば、ある程度の安全は確保できるだろうが、二人が望んでいることはそうではない。
親として止めたい気持ちで一杯だっただろう。

『……まあ、本人の希望とあっちゃしょうがあるめぇ……だからな、坊主よろしく頼んだぜ』

だから、そうやって納得するには、かなりの葛藤があったはずだ。
不甲斐ないな、と思う。
僕にもっと力があれば、ゲンヤさんにあんな思いをさせずにすんだ。
ギンガやスバルをこんな危険な場所に引っ張り出さなくてもすんだ。
想いばかりが、夢ばかりが大きすぎて、それに力がついてこない。
それを何度悔やんだことか。
だけど、

『いいんだよ、坊主のせいじゃねぇ。こっちは手伝いたいから手伝っているんだからよ』

その悩みをゲンヤさんは、当然と言った感じで笑い飛ばす。
旗印としてどっしり構えていればいい、と。
その様子からは、まったく不満に思っているようには見えなかった。

――そういえば、エイミィにも似たようなことを言われたな。
もう遠い昔と感じられるようになってしまったやり取りを思い出す。
僕には、人にそうさせるだけの力がある、とエイミィは言っていた。
本当に、僕がそんな力を持っていると信じることは出来ないけれど、受けた想いは無駄にしてはならない。
そう、考える。

だから――今日という日は正念場なのだ。
もう黒幕が誰かなんていうことは分かっている。
それが管理局の根幹であることも。
だけど、理由はまだ分からない。
何でこんなことをしたのか、そして、こんなことに何で僕の師であるグレアム提督が関わったのか。
だけど、その謎ももうすぐ判明する。
何年もかけてやっと見つけることが出来た手がかり。
それを引きずり出す。
ヴィーナー=ノイシュタット。
やつの消息をつかんだのだ。
ノイシュタットは管理局の闇の部分に深く関わっている。
高町の話では、闇の書事件にも首を突っ込んでいるらしい。
だから、やつを捕らえることができれば、その闇の中で潜む黒幕も明るみに出せるはず。
そうなれば、ここ数年、身を潜めて一切の活動を停止しているスカリエッティを探し出す必要もない。
所詮、スカリエッティは、道具に過ぎない。
その使い手さえ捕らえてしまえば。
それゆえに、今日は失敗は許されない。
だから、普段は別々に行動している高町と共同戦線を組むのだ。

「……ふう、よし」

考えと決意をまとめて、大きく息をつく。
そして、作戦の再確認をしようと二人に視線を送ると、

「……ははは、本当に変わらないな」

まだ、お小言は続いていた。
スバルが涙目になってこちらに助けを求めている。

「お兄ちゃん、助けてよぉ~~」
「こら、スバル、話はまだ終わってない! それに今は勤務中なんだから、ハラオウン執務官でしょ?」
「え、でもだって、父さんだって、お兄ちゃんのこと、坊主って呼んでいるし……」
「ははは、そうだな。いいよ、普段の呼び名で。ギンガも、そうかしこまったいい方しなくても」
「うん、そうだよね、さすが、お兄ちゃん、話せる!」

スバルは、天から降りてきたくもの糸に縋りつく亡者のような勢いで、座っている僕の背中に隠れる。

「んもう、スバルったら! クロノさんも、あまりスバルを甘やかしたら困ります!」
「まあ、まあ……」
「あ、ギン姉も、今、クロノさんって言った!」
「う……いいの、私は! ちゃんと人前ではしっかり出来るから! スバルは、そのまま地がでちゃうでしょ? だから普段からきちんとしておかないと!」
「ううぅぅ、普段から、きちんとするんなら、こうやって怒るのもやめてほしいな……」
「スバル、何?」

ギンガが、僕の背に隠れたスバルを睨みつけている。
睨まれているのが自分ではないとわかってはいても、少し恐い。
そのまま、十数秒。
スバルは、意を決したのか、それとも圧力に屈したのか、立ち上がり襟元を見せ付けるように差し出した。

「い、いちおう、私のほうが上官なんだから、ね!」

そこには、きらびやかな星が飾り付けられている。
そうなのだ、僕自身もよく失念してしまうのだけれど、スバルは今、三等陸尉。士官なのだ。
スバルは士官学校をトップレベルの成績で卒業して、いまや、一○八部隊の捜査官になっている。
そして、出向という形で、僕の捜査に協力してくれているのだ。
かたや、訓練校卒業のギンガは、僕の補佐官として、実績を重ね、順調に昇進をして入るけれど、まだ陸曹長。
士官と下士官。
二人の間には、絶対的な壁が存在している。

「ど、どうだ!」
「…………」

沈黙が恐い。
情けないことだけれど、幼い頃から女性に囲まれて育っているため、この沈黙の後に来るものがよく分かっている。
触らぬが吉。
視線をまとめかけの書類にもどす。

「だ、だから、こうやって私に怒ったら駄目なんだよ!」
「……そうですね」
「う、うん、分かったんならよろしい!」
「では、ナカジマ三尉」
「はい?」
「こちらが、今回の件に当たって、三尉にまとめていただかなければならない書類です。よろしくお願いします」

言葉と共に、スバルの周りに多数のウィンドウが表示される。

「え、えと」
「高町執務官との約束の時間まで、あまり余裕がないのでお急ぎください」
「こ、こんなにたくさん無理だよぉ」

見た目の通りフィールドワーク派。
書類仕事は苦手だ。
時々、よくこれで士官学校を、それもトップレベルの成績で卒業できたな、と首を傾げるくらいに、書類仕事が出来ない。
だから、スバルでは、今から約束の時間までにこれを全部仕上げることなんて不可能だろう。

「では、三尉は、今回、留守番ということになりますけれど」
「ええええ、そんなのいやだよぉ」
「では、お急ぎください。もう一時間もありませんので」
「え!? 手伝ってくれるんだよね?」
「私は、ハラオウン執務官の補佐であって、三尉の補佐じゃありませんので」
「そ、そんな、いじわるいわないでよぉ、ギン姉~~」

先ほどまでの威厳はどこへやら、すっかりお姉ちゃん子の妹に戻って、泣きついた。
けれど、ギンガの怒りはまだおさまらないのか、むすっとした様子で、すがり付いているスバルを見下ろしている。

「……ははは」

その光景を横目で眺めていたら、不謹慎ながらも笑いが漏れてしまった。

「うぅぅ、ひどいよ、お兄ちゃん」
「クロノさん、何がおかしいんですか!?」
「ははは、ごめん、ごめん。ほら、スバル手伝ってあげるから半分こっちに回して。それにギンガも、スバルだってもう懲りただろうから許してあげないと。本当に、置いて行くわけにもいかないんだから」

スバルのランクは近代ベルカ式の陸戦A。
近接戦闘能力は、右腕が義手となっている僕より上。
そんな大事な戦力を遊ばせておくわけにはいかない。
さっき、悩んでいたことと矛盾するかもしれないけれど、それ以上に受けた想いを無駄にするわけにはいかないのだから。

「はあ、そうですね……もう、スバル、こっちにもよこしなさい! それと、今度みっちり書類仕事のイロハを教え込んであげるから、覚悟しておきなさい!」
「うわあん、助かったけど、助かってない~~」

ギンガの怒った声と、スバルの泣き声が響く。

「……本当に」

また笑いが漏れそうになってしまった。

――この二人はずっと変わらないんだろうな。
仲の良い姉妹、それが微笑ましくて。

「ああ、そういえば」

姉妹という言葉に、気になっていたことを思い出した。

「なんでしょうか?」
「今日は、エリオの入隊式だろう? 顔を出してやらなくても良かったのか?」
「ええ、まあ、顔を出していたら、作戦開始予定時刻に間に合いませんし」
「少しくらいなら、遅らせることも出来るけど、なんなら、今からでも……」
「いえ、大丈夫です。向こうには父もいますし、それに、あの子も、もう立派な管理局員ですから」
「……そうか、わかった」

ギンガの言葉には、どこか信頼のようなものをうかがうことができた。
本人が、そういうのであれば、これ以上僕には何も言うことが出来ない。
でも、と考える。
エリオはまだ九歳。
就業年齢が他の世界より早いミッドにおいても、その年齢は若すぎるといえる。
僕の義妹のルーテシアと同い年。
そのことを考えるとますます不安が広がっていく。

――まだ、親の、ゲンヤさんやクイントさんの元で温かく過ごしていたいだろうに。
そんなことを考え、エリオが心細くなってはしないかと、心配していると、

「うふふふ」

ギンガが、僕を見て、おかしそうに微笑んでいる。

「……何か、ついているか?」
「心配そうにしているお顔が」
「……む」

顔に出ていたかと、手を当てて、表情を確認する。

「いえ、いつも通りのポーカーフェイスでしたよ。他の人には、絶対気づけません」

僕の様子を見て、嬉しそうに、誇らしそうにギンガは笑う。

「む……そうか」

それにどう反応を返していいか判断に困っていると、

「ありがとうございます」

ギンガは、そう言って頭を下げた。

「ん? どうしたんだ、突然?」
「エリオのことを心配していただいたようなので」
「ああ、まあな」
「でも、大丈夫です。あの子は私たちと同じ、いえ、それ以上に強い想いを抱いているのですから」

ギンガは言い切った。
そこには微塵の心配も感じられない。

「……強い想いか」

九歳にして、そんな想いを抱かなくなってしまったエリオのことを思いやる。
今でこそ、恵まれているとはっきりと言い切ることが出来る環境におかれているエリオだけれど、その生まれは決して普通だったということが出来ない。
プロジェクトF、植えつけられた記憶。
一時はそのせいで精神が崩壊しそうになっていたのだから。

「もう、エリオは、エリオの記憶には問題はない、それでよかったはずだね?」
「ええ、私にはよく分かりませんけど、記憶は記録に変わったそうですから」

それが、高町の救出をきっかけに全てがいいように変化した。
まるで、何かに望まれたように、急に。

「本当に、高町執務官にはいくら感謝してもしきれません」
「ああ、そうだな」

高町が関わっていることは間違いない。
誓いを守るため、わき目も振らずに動き回っている高町が、いくら娘であるヴィヴィオの友達とはいえ、彼女はエリオのことを随分と気にかけている。それこそ、度を超していると云っても云いすぎではないほどに。高町の性格を考えれば、分からないわけではないが――
そのことが、どう関わっているかは、わからない。
けれど、エリオはその事件以降、強く、管理局員になることを志望し始めた。

「……今度は、僕が誰かの助けになりたい、か」
「口癖のように言ってましたね、あの子」

最初は、子供が良くかかる病気のようなものだとは思っていたのだけれど、それが実現した今となっては疑うことが出来ない。
その、想いは本物なのだと言うことを。
けれど、現実はそんなに甘くない。
強い想いだけでは、何も出来ないのだ、僕のように、高町のように。
だけど、

「平気だよ、お兄ちゃん!」

スバルはその心配を笑い飛ばす。

「エリオは、私より、強いんだから……うぅ、自慢げに言うことじゃないけど……姉としての威厳が」
「ああ、そうだったな」

うなずきを返す。
エリオは力という点では恵まれている。
いや、恵まれすぎているといったほうがいいかもしれない。
その強き想いを実現を可能にするほどの力がある。
空戦AAA。
僕と半ランクしか変わらない。
これも、あと一年もすれば追い越されるのは間違いない。

「まあ、あの子は強いからね」
「うう、反則だよぉ、リンカーコアが二つもあって、しかも剣術も無茶苦茶凄いんだから」

記憶が記録となった後も、エリオのリンカーコアは二つもままだった。

『もらったんだ……』

エリオは贈り物だという。
それがどういう意味なのかは分からない。
けれど、二つのコアが共鳴することによって、莫大な魔力を生み出していることは間違いない。
そして、記録となった記憶。
その中には古代ベルカの騎士や偉大なる魔導師のものが多数含まれていたらしい。
古代ベルカの失われた技術、その全てを知っているとしても過言ではない。
もし、その記録が、本当の意味で記憶として体に染み付いたら、エリオは当代随一の騎士となることは間違いないだろう。

「うぅ、本当に姉としての威厳が……そうだ、ギン姉! 今度二人がかりでやろうよ、そうすればエリオにもきっと勝てるよ!」
「それは姉としてどうかとは思うのだけれど……」
「それに、それで負けたら姉としての威厳どころの話ではないな」
「う、ひどいよ、そんなこといわないでよ、お兄ちゃん!」

姉妹のやり取りに口を挟みながら、心によどんでいた心配を押しのける。
どちらにしろ、今日は入隊式だけなのだ。
心配しなければならないようなことは何もない。
それよりも、心配をしなければならないのは、僕達のほうなのだから。
これから向かう先は、管理局の闇を担っていたヴィーナー=ノイシュタットの研究所。
一体何が待ち構えているか定かではない。
慎重を期するにこしたことはないのだから。

「お待たせ、少し遅れちゃったかな?」
「いや、時間通りだよ」

そう結論が出ると同時に、扉が開いた。
そこにいたのは、僕と同じ黒い制服に身を包んだ、高町なのは。
その瞳からは、一切の迷いは感じられない。
首にかけられたデバイスの名が示すとおりに、彼女は二度とくじけることはないだろう、そう確信がもてるほどに。

――心強いな。
高町は、最初の思惑とは少し違うけれど、頼れる仲間に成長してくれた。

「よし、行くぞ!」

だから、今度は、僕がそれを示す番なのだから。
























「中将、本部長から至急相談したいことがあると連絡が入っております」

オーリスの感情を徹底的に排除した無機質な声が静寂を引き裂いた。
それは一人物思いに沈んでいたレジアスの感に触ったようだ。
徹頭徹尾、副官としての態度を崩さないオーリスに怒鳴り声が降り注ぐ。

「相談? 何が相談なものか、やつは決断が出来ないだけではないか!? 本当にどいつもこいつも腑抜けぞろいで!」

その怒りは、本来オーリスに降り注ぐべきものではない。
オーリスが副官としての態度を崩さないのも、父親が娘を、といった、噂を立てさせないがため、すべては父親であるレジアスのためなのだから。
そのことはレジアスにもよく分かっている。
だが、彼は怒鳴らずにはいられなかったのだ。
事態はどんどん悪い方向に加速していく。
部下は使い物にならない。
クロノ・ハラオウンを筆頭とした一部の抵抗勢力のせいで、局員はどんどん離反していく。
民意ももうない。
支援者である最高評議会もよく分からぬたくらみに夢中で、もう地上の状況など目に入っていないかのように見える。
それらのこと全てが、合わさって、レジアスの心を逆なでしていた。

「本部長に伝えろ! 責任は全部、わしが持つ!」
「はい、わかりました。そうお伝えします」

カチリと静かに扉が閉められ、また静寂が戻ってきた。
だが、レジアスはそれを自ら引き裂いた。

「くそが! どいつもこいつも!」

机の上にあったペン立てを書類棚に向かって投げつける。
それは中将の執務室にあるものとしてふさわしく重厚なつくりをしていた。
その重厚さが凶器となって、書類棚を覆っていたガラスを突き破る。
ガシャンと、乾いた無機質な音が響き渡った。

「くそが、本当に……」

レジアスは、まるで静寂が恐いかというように、怨嗟をつむぎ続ける。
何がきっかけだったのか、レジアスは考えた。
ここまで悪くなったのは五年前。
ある事件をきっかけに、小うるさい教会の勢力を一掃したまでは良かった。
だが、その後がいけなかった。
最高評議会は教会の自治領から、治安維持の権限を取り上げる。
そうなればどうなるか、決定を聞いたレジアスは頭を抱えた。
守らねばならぬ場所が増えたというのに、局員の数は足らない。
そうなれば、当然治安は悪くなる。
その上、このままでは市民の平和が脅かされると判断したレジアスが教会騎士団との連携を最高評議会に上申しても、却下された。
アインヘリアルがあるではないかと。

地上防衛用の巨大魔力攻撃兵器、次元跳躍砲、アインヘリアル。
ミッドのありとあらゆる場所に、魔力爆撃をすることが出来る兵器。
その魔力爆撃は高ランク魔導師でも耐え切ることが出来ず、非殺傷設定も可能なため、民間人の被害を考えずに使うことが出来る兵器。
たとえば、建物に立て篭もったテロ組織に、人質をとって威嚇する犯罪者に。
使いではいくらでもある。
しかし、その脅威に晒される身としてはどうだろうか?
想像してみて欲しい。
いくら傷を負わないといえど、意識を奪い去る爆撃がいつ自分の身に降りかかってくるか分からないのだ。
それに、非殺傷設定とはいえ、民間人を攻撃していいのか? という問題もある。
議会での承認は得られているものの、市民の反対運動は止まらない。
使うたびにマスコミが騒ぎ立てる。
だから、使うほうも躊躇する。
運用責任者である本部長はいちいちレジアスにお伺いを立ててくる。
責任を取るのが恐いから。
レジアスはそれがいらだたしくてたまらない。
今の現状では治安を維持するにはそれしかない。
それなのに、何も分かっていない部外者は騒ぎ立てる。
部下達からも、治安を守っているのだと言う誇りが感じられない。
実績は上げているのだから、とレジアスは考える。
守らなければならない場所が増えたというのに、犯罪発生率、検挙率は変わっていない。
それどころか発生率にいたっては低下してさえもいる。
アインヘリアルという、絶対兵器が犯罪者に恐怖を抱かせていることは間違いない。
我々は胸を張るべきなのだと、レジアスは考えていた
だが、その一方で、市民の不安は、不満は増加の一途をたどっている。
それは、レジアスにも理解は出来るし、本意ではない。
だから、

「若造どもが!」

レジアスは自分に従わないものに不満を覚えた。
自分達がやっていることは正しいのだ。
現に治安は守られている。
市民の不満も、戦闘機人が当初の予定通り、配備されていればこんなに高まることはなかっただろう。
命がなんだと、建前ばかり立派な、本当の治安を守るという苦労を知らない連中に、自分以上の仕事が出来るはずがない、ミッドチルダの平和を守っているのは自分なのだから。
自分達は、間違っていない、レジアスはそう信じている。
それにもかかわらず、民意は離れていく。

「くそ……」

もはや、市民は地上本部には、レジアスには期待を寄せてはいない。
今まで、ずっと、何十年もミッドの平和を維持してきたのは、自分たちだと言うのにだ。
それは、多大な犠牲を払って成り立っている。
そのことが一切理解されない。
耳障りがいい言葉ばかり言う、英雄気取りの若造に、市民は心を奪われている。
古いものはお払い箱だといわんばかりである。
レジアスは、それを認めることが出来ない。
ミッドチルダの平和を守るために全てをささげた。
自分自身は当然として、家族も、友も投げ出して、夢を追い続けた。
何が最もミッドチルダの平和を実現するために必要なのかを考え抜き、そしてアインヘリアルという絶対的な力を手にした。
これでようやく、自分の礎となった者たちにも報いることができるのだと――そうなるはずだと信じていた。
信じていたが現実はこれだ。夢はこんな醜い形で目の前に横たわっている。
守りたかった者たちは自分を信じず、夢見がちな若造を信奉している。
意味が分からない――自分が間違っていたとは思いたくない。
孤高であろうとした。すべてを突き放して、自分の信じる道を突き進んできた。
だが――今のレジアスの周りには、誰もいない。孤独であった。

「わしは、間違っておったのだろうか……ゼストよ」

そうつぶやいた姿にはもう先ほどまでのような威厳はなかった。
負けている。
折れている。
もう、そこにいるのは全てに、人生に敗北し、疲れ果てた男がいるだけであった。

「……失礼します」
「入れ」

レジアスは、ノックの音と同時に、威厳を持った平和の番人に戻る。
人前で弱気なところを見せることは出来ない。
ましてや、それが、自らの娘ならば、なおさらだ。
そう、虚勢を張るだけの気力は、逆に言うのならば張るだけの気力しかレジアスには残されていなかった。

「何だ?」
「……申し訳ございません」
「だから、何だと聞いている」
「クロノ・ハラオウンが動き出しました」
「……動きは警戒しているはずではなかったのか?」
「申し訳ござません。一○八部隊が入隊式のため、動きが取れないと油断している隙をつかれました」
「……目的はどこだ?」
「北部にある廃棄都市区画のようです」
「そこには、やつの研究所があるのだったか」
「はい、どうなされますか?」
「今からでは、妨害は間に合うまい……」
「アインヘリアルを使うという手もございますが。やつらが意識を失っているすきにすべての証拠を抹消するというのは?」
「駄目だ。今は、マスコミがうるさい、アインヘリアルを一度使うごとに、使う必要があったのか? と騒ぎ立てる。それに便乗した一部の非主流派の議員も便乗して、査察だ、と騒ぎ立てる。そうなっては隠し通すのも難しい」

レジアスは、椅子に、体を深く沈めこむ。
もう、この椅子に座っていられる時間も永くはないかもしれない。それも冗談と言い切ることはできない状況だった。
オーリスもそんな父親に、上官に書ける言葉が見つからないのか、口を閉じたまま立ち尽くしている。
静寂が訪れる。
だが、それは長くは続かなかった。
乾いた空気を引き裂くように機械音が鳴り響く。
レジアスの机にある直通電話が自己主張をしているのだ。

「失礼します」

それを取ろうともしない、レジアスに断りを入れて、オーリスがその電話に出る。
そして、そのまま、レジアスに差し出した。

「……あの男の手のものからです。手を貸すと」

八方塞の状態で伸ばされた救いの手。
それにもかかわらず、レジアスは、それを憎憎しげに睨んでいた。

























「うーんと、あそこだね。ええと見える範囲に機影はなし」

スバルが額に手をかざして遠くを覗き込んでいる。
戦闘機人であるスバルは非常に視力がいい。
僕では、豆粒のようにしか見えない距離で、正確に相手の状況をつかんでいる。
その隣で同じように、高町が遠くを見つめているが分からないといった感じで首を振り、僕のほうへ歩み寄ってきた。

「でも、どうせ、突っつけば、蜂の巣のようにガジェットが出て来るんだろうね」
「ああ、そうだろうな。大丈夫か? 正確な数が分かっていないのに、二人で。なんだったら、高町にこっちに残ってもらうが」
「心配なさらないで下さい。ガジェット相手なら、クロノさ……いえハラオウン執務官や高町執務官より、私達のほうがうまく戦えます」
「そうそう、戦闘機人モードになっちゃえばAMF関係ないしね」

そう言って、二人は目の色を黄色に変えた。
そして、心配無用と言わんばかりに、戦闘機人独特のテンプレートを発生させた。

「破壊力だけなら、お兄ちゃんにも負けないよ!」
「あ、こら、スバル、だから!」
「うふふふ、いいよ、別に私に気を使わなくても普段通りの呼び方をして、何だったら、私もなのはさんでいいよ?」
「いえ、そんな失礼なことは出来ません」
「そう?」
「ええ」

高町は少し残念そうにしている。
それを横目で眺めながら、スバルとギンガの方に向き直る。

「よし、もう一度確認するぞ。目標はヴィーナー=ノイシュタット及びその実験体であり、護衛でもあるピンツガウアー・ターゼルの逮捕」
「はい!」
「予想される敵戦力は、三十から六十だと思われるガジェットとピンツガウアー・ターゼル。ターゼルのほうは、僕と高町が受け持つから……」
「私達は、AMFが薄くなるように、出来るだけがジェットを外におびき出す、ですね」
「うん、そうだよ。スバルが言っていた通り、AMFの中では二人のほうが私たちより効率的に動けるから、そっちを任せるんだ」
「はい、それに私たちじゃあ、あの筋肉だるまが出てきても対処出来ないからね。ちょっと悔しいけど、ああ、昔の借りを返したかったなぁ」
「それは、僕たちで、スバルの分も返しておくよ、それに……」

視線を気づかれないように、僕の横に立っている高町に送る。

――借り、ということなら、高町のほうが何倍も大きいだろうからな。

「うん、じゃあ、作戦の確認はこんなところかな? 時計を合わせようか?」

高町の呼びかけで、それぞれがデバイスを差し出してリンクさせる。
僕はデュランダルを、高町はレイジングハートを、ギンガとスバルは自作のデバイスを。

「ああ、やっぱり、お兄ちゃんのとか、高町さんのとかに比べると、私達のはなんかちゃちいよね」
「こら、スバル、そんなこといわないの! これだって、お父さん達が、高いお金を払って作ってくれたデバイスなんだから。私達のは特殊だから、お金が懸かるって言うのは知っているでしょ?」
「うん、それは分かってはいるけど、でも、こうやって、大切な作戦なんだから、お母さん、リボルバーナックル貸してくれてもいいのに……」

スバルは、、そうぼやきながら、自らの手にはまっているナックル型のデバイスに視線を送る。
釣られて、僕もそれに目をやりながら考える。

――確かに、あのデバイスでは力不足だな。
ギンガも、スバルも、今は立派な魔導師だ、
幼い頃から母であるクイントに教えを受けていたこともあり、スバルはAランク、ギンガにいたってはAAランクになっている。
その二人が、市販の作成キットで作られたデバイスを使っていては、満足に力は発揮出来ないだろう。

「……すまんな、僕の方で何か用意してあげられたら良かったのだけれど」
「いえ、そんな、とんでもないですよ! このデバイスでも充分戦えます」
「そうだよ、お兄ちゃんが謝ることなんて全然ないよ」

二人は、そうやって慰めてくれてはいるが、これに関しては、すべて、僕の責任である。
スバルは出向と言う形で協力してもらっているのだし、ギンガは補佐官なのだから、当然、僕が二人の使うデバイスを用意する義務がある。

「ああ、予算に関しては、クロノさんところも私と一緒なんだ。本当に、陰険だよね。おかげで満足にレイジングハートの整備も出来ないよ」

隣で、高町も嘆いている。
そう、本局で反主流はとなっている僕達は、そういった嫌がらせを受けている。
予算に関してもそうだし、あの狭い執務室もそう。
執務室に関してはまだ我慢も出来るが、予算に関しては本当にどうしようもない。
僕が二本のデバイスを使っていることもあって、その整備代で一杯一杯で、新規のデバイス作成までは到底回らない。
高町にいたっては、特殊な金属をフレームに使っているせいで、整備すらままならないと言う。

「……大丈夫か? 整備不良は本当にしゃれにならないぞ」
「うん、まあ、レティ提督が何とか、そこら辺は工面してくれているから」
「そうか、なら、信頼して大丈夫だな?」
「うん、任せてよ、戦闘、というか力任せでまかり通ることなら、クロノさんより、上なんだから」
「そうか……」

自信ありげに微笑んでいる高町。
それを見て、先ほど覚えた確信を思い出す。

「お兄ちゃん、私もがんばるよ!」

高町の言葉に、満足げにうなずきを返していると、スバルが、私も私もといった様子で腕にしがみついてきた。
忙しく動く尻尾が幻視される。

「ああ、スバルにも期待しているよ」

頭を優しく撫でる。
そうするとスバルは嬉しそうに笑う。
こんなところも昔と変わってはいない。

「……ん、どうした? ギンガ」
「いえ、もうそろそろ時間なので」

その様子をギンガが何かいいたそうに見ていたので、視線を投げかけると、もうすぐ作戦開始時刻であることを指摘してきた。

「うん……じゃあ、僕達は、このまま徒歩で、出来るだけ近づくから……」
「私達は、両執務官が一定の距離まで近づいたら、一気にウィングロードで研究所を急襲する、ですね」
「そして、出てきたがジェットを叩き潰せばいいんだよね!」
「まあ、そうだけど、スバルは一応士官なんだから、もうちょっとしっかりとした言葉を使わないと」
「ははは……じゃあ、開始するよ」

放っておくと、またいつものやり取りが始まりそうだったので、強引に話を打ち切り、研究所に向かって走り出す。
ここは捨てられた廃棄都市区画。
大規模な広域殲滅魔法こそ使うことは出来ないが、それ以外で使用を制限されるような魔法は、市民への被害を考慮しなければならないような戦術はない。
だが、だからこそ、一気に勝負をつけなければならない。
被害がほかに及ばないゆえに、証拠隠滅のためにどんな手を使ってくるか分からないのだから。

「クロノさん!」

高町の呼びかけに答えて、上に視線を送ると、藍紫色と水色の光の道が、頭上を照らしていた。
それに反応したかのように、一見して廃棄されたビルにしか見えなかった建物から、次々とがジェットが吐き出されていく。

「どうやら、釣れたようだな! 高町!」
「うん、わかったよ! 一気に行くよ!」

吐き出されるがジェットが一段落するのを見計らってから、その建物まで走り寄る。

「この地下だよね?」
「ああ、確か入り口はこの近くに……」

地図を確認するために、ウィンドウを開いていると、高町が、なんとも言えない笑みを僕に向けてきた。

「いいよ、クロノさん。時間がないからこのまま一気に行くよ、レイジングハート、確認お願い」
『Downward clearance confirmation.A firing lock is cancelled(前方の安全を確認、ファイアリングロックを解除します).』
「お、おい、ちょっと待て!」
「ディバイ~~ン」
『Buster!』

制止は間に合わなかった。
桜色の光が視界を焼く。
そして、視力が戻ったときに目に入ってきたのは、家一件そのまま飲み込んでしまえそうな大穴だった。

「……本当に、力任せでまかり通ること、だけ、なら僕より上だな」

呆れて開いた口がふさがらない。
だから、苦し紛れにいやみを飛ばす。

「うん、これで一直線だよ」

しかし、高町は、微笑みを返してきた。
通じてない。
その満面の笑みを見ていたら、以前の出会ったばかりの頃を思い出してしまった。
想いを叶えるために、想いに答えるために一直線だったあの頃を。

「……ふう、そうだな、運がいいことに、これを下っていけばメインルームの近くに降りれるみたいだ」

軽く首を振って他愛もない考えを追いやり、気を取り直して作戦を修正する。
時間が大幅に短縮できたことには違いない。
この調子で行けば、余計な横槍が入る前に、決着をつけられるかもしれない。

「少し嫌な予感がする、急ごう」
「うん、わかったよ」

高町に声をかけてから、大穴に身を投じる。
深い。
情報では地下四階のはずではあるが、それより深く感じる。
一つ一つの階層の天井が高いのだ。
人が通るのに、資材を運ぶのには、不似合いなほどに。

「どうやら、こっちが把握している以上に気味が悪い研究をしているようだな、高町」
「気をつけて行かないとね」

あたりに気を配りながら、一気に最下層まで下降する。

「……AMFは、ほとんどなし、と。ギンガたちがうまくやってくれているのか……」

高町があれだけ派手なことをやったからには、それに反応してガジェットが戻ってきてもよさそうなものだけれど、その様子は一切ない。
自分でも、口にしたように、外のギンがたちがうまくやってくれているのか、それとも。

「それとも、戻す必要がないくらいの戦力が内部に残っているかだね」

言葉と共に、高町が何かを警戒するかのように身を低くした。
レイジングハートは、砲撃のせいで照明が落ちて、数メートル先も見通すことが出来ない暗闇に向けられている。
いや、見通すことが出来ないのは、照明が落ちたせいではない。
ところどころに非常灯が点灯しているのが目に入る。
ならば、

「ピンツガウアー・ターゼル……か」

光さえも通さない存在がそこにいる。
もはや、魔力光とは呼べない闇を纏う、ヴィーナー=ノイシュタットの実験体。

「……」

ターゼルは、言葉を発せず――いや、もしかしたらその機能はもうないのかもしれない――僕達の前に歩み出る。
一歩近づかれるだけで、濃くなる魔力の圧力に吹き飛ばされそうになる。
あまりの圧力に、自分で言ったことながら、本当に大丈夫かと不安になってしまう。
推定SSSランク以上。
それが高町との交戦データと元に算出したターゼルの魔力ランク。
魔力ランクだけならば、高町でS、僕にいたってはAAしかない。
到底かなうはずもない。
だけど、

「……任せて、いいんだな」
「うん、この人は、私が倒さないといけない人だから」

高町の決意は変わらない。
瞳には変わらず強い光が宿っている。
だから、

「分かった、任せる。道を開いてくれ」
「うん、カウント3.砲撃を撃つから、呼吸を合わせて」

僕も自分の判断を信じよう。
高町は負けない。
負けるはずがない。
だから、僕も、僕の仕事をしよう。

「カウント2」

ヴィーナー=ノイシュタットを捕らえる。

「カウント1」

そして、ずっと続いてきたこの戦いに終止符を打つ。

「カウント0」

桜色の光が闇を切り裂いた。
その光が作ってくれた道に身を踊り込ませる。
振り返りはしない。
その必要もない。

「デュランダル、出し惜しみはなしだ!」
『OK, Boss.』

カードを使い一気に加速する。
目的の場所までは、もう瞬きしている間につくほどの短い距離。
だから、逃げる時間もなかったのだろう。
確かに、目的の人物はそこにいた。

「ひ、ひぃぃいぃぃぃぃ」

驚き身をすくめているヴィーナー=ノイシュタットにデュランダルを突きつけて宣告する。

「ヴィーナー=ノイシュタット、違法研究及び大規模テロの容疑で、お前を逮捕する!」

























おまけで、しかも手抜きの外伝

『がきんちょこわい』




「ねー。なんか呼ばれた気がしたーー」
「……電波?」
「ひどいよ、ルーちゃん、電波じゃないよ」
「ええと、何が聞こえたのかな?」
「何か、助けてーって」
「……やっぱり電波?」
「ちがうよーー、もうルーちゃんなんか知らない。エリオ君、行こ!」
「わ、まってよ、ヴィヴィオ。もうすぐバーベキューの仕度が終わるみたいだよ、どこに行くの?」
「あっち」
「あっち?」
「うん、あっちから聞こえたから」
「……間違いなく電波」
「違うよー」

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「なんか建物があるね、門番の人かな? 立ってるよ?」
「うん、間違いないよ、あそこから聞こえた」
「……怪しい」
「聞いてみようか?」
「駄目だよ! きっとここは悪の組織の研究所だよ」
「……つかまったら改造人間」
「えええ、それはいやだなぁ」
「だから、こっそりと潜入するんだよ、漫画で見たもん」
「ええ、それは、怖いよ。それにあの建物の中のどこで助けを求めているか分からないよ?」
「……平気、お友達が調べてくれる」
「セミーー」
「……セミじゃない」
「ええと、調べることは出来ても、どうやって中に入るの?」
「エリオ君が入るんだよー」
「……エリオ、がんばれ」
「ええ、やだよ、恐いよ、つかまったら改造人間だよ」
「大丈夫だよ。すぷりがんっていう漫画で見たもん。ぴゅ、ぴゅっと速く動いていれば見つからずに潜入できるんだよ。エリオ君、速いもん、きっと出来るよ!」
「……エリオ、がんばれ」
「えええええーーー」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……助け出してきたよ」
「わあ、凄い、さすがエリオ君だ」
「……本当に出来るとは、思ってなかった」
「ひどい……」
「で、このちっちゃいの何~~? 虫~~?」
「虫じゃねぇ!」
「セミ?」
「セミじゃねぇ!」
「カブトムシ?」
「だから、虫じゃねぇ!」
「……僕も虫ではないと思うな」
「……ルーちゃんこれ何?」
「……カノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキ」
「うーー、よくわかんない」
「……略してクワガタ」
「おお! クワガターー!」
「だから、虫から離れろって!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……ママ、残り物ちょうだい」
「あら、ルー、どうしたの?」
「……秘密」
「そう、だったら、仕方がないわね。はい、どうぞ」
「……ありがとう」
「……隠れて猫でも飼っているのかしら? 後で探しておかないと」



※この話は本編とはきっと係わり合いがありません。
クワガタがエリオとユニゾンして無双するなんてことはあるはずがありません。
それはきっと、夢なのです!


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