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No.12479の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle [えせる](2010/09/26 00:40)
[1] プロローグ[えせる](2009/10/06 01:55)
[2] 第一話[えせる](2009/10/08 03:29)
[3] 第二話[えせる](2009/12/16 22:43)
[4] 第三話[えせる](2009/10/23 17:38)
[5] 第四話[えせる](2009/11/03 01:29)
[6] 第五話?[えせる](2009/11/04 22:21)
[7] 第六話[えせる](2009/11/20 00:51)
[8] 第七話[えせる](2009/12/09 20:59)
[9] 第八話[えせる](2009/12/16 22:43)
[10] 第九話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[11] 第十話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[12] 第十一話[えせる](2010/02/02 03:52)
[13] 第十二話[えせる](2010/02/12 03:24)
[14] 第十三話[えせる](2010/02/25 03:24)
[15] 第十四話[えせる](2010/03/12 03:11)
[16] 第十五話[えせる](2010/03/17 22:13)
[17] 第十六話[えせる](2010/04/24 23:29)
[20] 第十七話[えせる](2010/04/24 00:06)
[22] 第十八話[えせる](2010/05/06 23:37)
[24] 第十九話[えせる](2010/06/10 00:06)
[25] 第二十話[えせる](2010/06/22 00:13)
[26] 第二十一話 『Presepio』 上[えせる](2010/07/26 12:21)
[27] 第二十一話 『Presepio』 下[えせる](2010/07/24 23:48)
[28] 第二十二話 『羽ばたく翼』[えせる](2010/08/06 00:09)
[29] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 上[えせる](2010/08/26 02:16)
[30] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 下[えせる](2010/08/26 01:47)
[31] 第二十四話 『終わりの始まり』 上[えせる](2010/09/24 23:45)
[33] 第二十四話 『終わりの始まり』 下[えせる](2010/09/26 00:36)
[34] 第二十五話 『Ragnarøk 』 1[えせる](2010/11/18 02:23)
[35] 第二十五話 『Ragnarøk 』 2[えせる](2010/11/18 02:23)
[36] 第二十五話 『Ragnarøk 』 3[えせる](2010/12/11 02:03)
[37] 第二十五話 『Ragnarøk 』 4[えせる](2010/12/21 23:35)
[38] 第二十五話 『Ragnarøk 』 5[えせる](2011/02/23 19:13)
[39] 第二十五話 『Ragnarøk 』 6[えせる](2011/03/16 19:41)
[40] 第二十五話 『Ragnarøk 』 7[えせる](2011/03/26 00:15)
[41] 第二十五話 『Ragnarøk 』 8[えせる](2011/06/27 19:15)
[42] 第二十五話 『Ragnarøk 』 9[えせる](2011/06/27 19:11)
[43] 第二十五話 『Ragnarøk 』 10[えせる](2011/07/16 01:35)
[44] 第二十五話 『Ragnarøk 』 11[えせる](2011/07/23 00:32)
[46] 第二十六話 「長い長い一日」 [えせる](2012/06/13 02:36)
[47] 第二十七話 『Beginn der Luftschlacht』[えせる](2012/06/13 02:41)
[48] 第二十八話 『Märchen――御伽噺――』[えせる](2012/06/21 19:59)
[49] 生存報告代わりの第二十九話 下げ更新中[えせる](2015/01/23 00:01)
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[12479] 第二十一話 『Presepio』 下
Name: えせる◆aa27d688 ID:66c509db 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/24 23:48
「う……ん……」

低くなった日の光が、部屋の奥まで照らし、その眩しさによって眼が冷める。
どうやら、ご飯を取りにいったヴィヴィオを見送ったあと、意識を失ってしまったようだった。
長い間起きていることが難しい、気を抜くとあっという間に意識が失われる。

「……もう、本当に……長くは……ないかな?」

それでも約束はしてしまった。
時間が残されている限りは精一杯生きよう。

「……のどが渇いたな」

そう考えると、現金にも体は渇きを訴えてきた。
けれど、自分で水を汲みに行くことは出来ない。
だから、情けないことだけれど、守らなければならない子の手を借りるしかない。

「……ヴィヴィオ?」

声をかけようと、首を回しても姿は見つけられない。

「ヴィヴィオ? 返事をして!」

今度は少し大きな声で呼んでみる。
私が目を覚ましてから、あの子はご飯を取りにいくときと水を汲みに行くとき以外、私の声が聞こえる範囲内に必ずいてくれた。

「……あ……れ? ヴィヴィオ……?」

返事はない。
とたとたと走り回るリズミカルな足音も聞こえてこない。

「そういえば……」

ふと思い当たって、もう一度首を回してあたりを確認する。
綺麗だ。
あの子は食べるのがそんなにうまくないから、食事をした後はたくさん食べ残しが出る。
でも、それがないことは、まだいい。
言いつけをちゃんと聞く素直なあの子が言われる前に片付けたという可能性もある。
でも、私の分が残っていない。
いらない、食欲がないから、と何度断ってもあの子は私の分も運んできてくれた。

『食べないと駄目!』

そう、何度も怒られた。
だから、それがないと言うことなら、考えられることはひとつだった。
まだ戻ってきていない。

「え……」

日の角度を確認する。
部屋の奥の自分の所にまで差し込むほど低くなっている。
この世界の一日はミッドより長い。
その日がここまで低くなっている。
私は一体どれくらいの時間、気を失っていたのだろう。
そしてその間、ヴィヴィオはずっと帰ってきていないのだろうか?

「大変……探しに行かないと……」

立ち上がろうとして、足に力を込める。
だけど言うことをまったく聞いてくれない。
それどころか、無理に立ち上がろうとしたせいでバランスを崩して、床に体を激しく打ち付けてしまう。

「くぅ……」

胸を強く打ちつけたために、息が詰まる。
それだけで意識が遠のきそうになった。

「う……ん……駄目、まだ駄目」

このまま意識を手放せば、それはきっと永遠につながる。
それは甘い誘惑だった。
ちょっと前までならば、その誘いに乗っていたと思う。
けれど、今は駄目。
約束してしまったから。
それに、心配でたまらない。
心が締め付けられる。
……あの子は、泣いていないだろうか。
泣き声を聞くと、心が沸きたって、たまらなくなる。
笑顔を見ると、笑いかけてもらえると、すごく心が温かくなる。
よく笑い、よく泣く子だけれど、出来ればずっと笑っていて欲しい。
だから、傍に行ってあげないと、泣いているなら宥めてあげないと。
それだけじゃない。
あの子の話からは、ここに危険なものはいなさそうだったけれど、全部を探索したわけじゃない。
これだけ自然が豊かで、あれだけ小動物がいるのだから、危険な猛獣とかいてもおかしくはないのだ。
浮遊魔法と、簡単な防御魔法は教えてあるけれど、それでなんを逃れることが出来るような相手だけとは限らない。

「……ちゃんと全部教えてあげればよかった」

飛行魔法と攻撃魔法は小さい子供には逆に危険と教えてあげなかったことが悔やまれる。
だから、何かあったら。

「う……ん……」

倒れたまま、這い蹲るように、何とか動く腕だけを使って、外に向かう。

「はぁ……はぁ……」

少し進んだだけで息が切れる。
ほんの数十センチ進んだだけで休憩を入れないと先に進む力が出てこない。
もう、随分と時間がたっているように思えるけれど、まったく進んでいる気がしなかった。
それをどれくらい、繰り返しただろう。
まだ、出入り口は遠い。
体が満足に動いていたのならば、十秒とかけずしてたどり着けるというのに。
焦りばかりが積もる。

「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ!」

名前を呼んでも、変わらず返答はない。

「いかないと……いかないと……きっと泣いてる」

焦りが、無理に腕を動かす。
だから気がつかなかった。
地下へでも続く階段だろうか? 通路にぽっかりとあいた穴に。

「きゃ!」

慌てて床にしがみつこうとするけれど、弱りきった腕では体を支えることが出来ない。
そのまま転がるように、階段を滑り落ちていく。
衝撃が襲ってくる。

「……ヴィ……ヴィ……オ」

弱りきった体にそれはきつすぎた。
遠のきそうになる意識。
なんとか保つことが出来たのは、約束を守らなければならないという想いと、

『master』

聞こえるはずもない呼び声のおかげだった。

「……レイジングハート?」

幻聴だと分かっている。
ここに半身とも呼べる存在がいるはずがない。
だって、私が壊してしまったから。
手放してしまったから。
立ち続けるために、歩み続けるために必要だった想いと共に、暗闇のそこに吸い込まれていってしまったから。
それに、もう私はあの子からマスターと呼ばれる資格はもうない。
レイジングハート。
意味は不屈の心。
今の私に、これほど相応しくない言葉はない。
友達を助けるって約束を諦めてしまって、死を望んだ。
ヴィヴィオを唯一の希望と縋って、自分でも滑稽なほどに取り乱してる。
不屈の心はもう去ってしまった。今の胸に宿っているのは、救われたいって自己愛だけ。
もう疲れたの。もう戦いたいの。せめて手元に残ったヴィヴィオだけを助けて、満足したいの。
だから、もう――

「ごめんね、ごめんね……」

漏れ出たのは謝罪の言葉。
それは誰に対してだったのか、私にも分からない。
けれど、私にはもうその言葉しか口に出すことは許されていないような気がした。

「ごめん……ごめんね……」

涙がこぼれ出てくる。
泣くのは逃げだ。
泣いて謝ればすむような問題ではないと言うことはわかっている。
だから、決して泣かないと誓っていたというのに。

「ごめんね、ごめんね……」

でも、一度あふれ出したものはもう止まらない。
それに、もうどうせ駄目なのだ。
私は今まで一度でも約束を守れたことが合っただろうか?
一度でも人の助けになれるようなことをしたことがあっただろうか?

……そんなことあったはずがない。
だから、もう駄目なのだ。
ヴィヴィオとした約束だってそう。
あれから、何時間たっている? あんな小さな子を一人で外にやったこと自体が失敗だったのだ。
魔法を教えたのだって、野草の見分け方を教えたのだって、自己満足に過ぎない。
本当にあの子のことを想うのならば、どんな手段を使ってでも、あの子をこの世界から救い出してやることを考えるべきだっったのだから。
だから、だから――

『master』
「もう立てないよ!」

聞こえてくる幻聴に泣き言を返す。

『master』
「もう無理だよ! それに立ち上がっても、いくらがんばっても、どうせ……どうせ、意味なんてない!」

自分でも信じられないくらい、大きな声が出た。
私以外、誰もいない閉ざされた地下室に、その叫びが木霊している。
だから、これも幻聴。
私の叫びが変な風に反響して、そう聞こえただけ。

『そんなことはあらへんよ』

独特の口調が耳を打つ。

「……え、はやてちゃん? ううん違う……」

違う、そんなわけがあるはずがない。
救うことが出来なかった友人は、まだあの黒い球体の中。
それにこの声は似ているようで少し違う。
雰囲気が似てたから、口調が似てたから、私が重ねて見てしまった少女。
……私が助けることが出来なかった少女。

「ううん、そうだよね……」

だから、これは幻聴。

「……もう、いいよね」

ゆっくりと体を起こし壁に寄りかかる。
ヴィヴィオを探しに行く気力はもうない。
そして、私に伸ばされる助けの手もあるはずがない。
だからここが私の最期の場所。
酷い、話。
私は、唯一の希望と信じた子すら諦めて――あの子が向けてくれる純粋な好意すら踏みにじって、ここで膝を折ろうとしている。
ううん、折りたい。へし折れてしまった心根をそのままに、消えてしまいたい。
それで充分。相応しい。
誰も助けられなかった私は、誰にも助けてもらえず、消えてしまえば良い――

「……暗い……な……」

照明なんてものはない、上に向かう階段から、うっすらと明かりが差し込んできているだけ。

「……寒い……な……」

地下にあるためだろうか? 常夏の国にいるかのように感じられた気温は、まるで別世界にいるかのように肌寒く、体を凍らせる。

「……ああ、でも、いいな……」

すごく寂しい場所。
でも、私の最期にはこれほどふさわしい場所はない、そう思えた。
自らの墓所をめに焼き付けようと、首をめぐらせて部屋の様子を確認する。

「ああ、ここにあったんだ……」

目に付いたのは大きな蒸留器のような機械と、ヴィヴィオがちらかしたのであろうコンテナ。

「だめだよ、ちゃんとかたさないと……」

しっかりしているけれど、まだ一人でお片づけをきちんと出来ないヴィヴィオを思い、頬が緩む。
あの子は、泣くだろうか?
きっと、泣くだろう。
けど、もうどうしようもないのだ。
あの子は、ちゃんと一人で生きていけるだろうか?
無責任に放り出してしまった、私が心配することじゃないけれど。

「ふ……う……」

呼吸をするのもつらくなってきた。

「あ……あれのことかな……」

もう目を閉じよう。
そう思ったところで小さな箱が目に入る。
何をやっても空かない箱。
そうあの子がいっていたことが思い出された。
両手の平で包み込めるくらいの大きさの箱がまるで台座のように作られた机のうえに固定されている。
それはこの捨てられた世界に、閉ざされたくらい地下室にふさわしくない、存在感を放っていた。
それに、

「何で、何で……」

眩しすぎた。
光を放っているわけじゃない。
だけど、眼が離せない。
薄暗がりで、見えるはずがないのに、その箱に刻まれた言葉が目に映ったから。

「何で、何で……」

体が勝手に動いた。
腕が信じられないくらい強い力を出して、その箱まで体を運ぶ。
幻視かもしれない。
きっとそうだろう。
けれど、確かめずにはいられなかった。
箱に手が触れる。
冷たい、けれどどこか温かい感触。
そこからもらった熱を糧に指をゆっくりと動かす、這わせる。
刻まれた文字を確認するために。

――お姉ちゃんへ、ブリーゼ・リーテ・ラトバリア――

そこには、そう記されていた。

「何で……」

信じられない。
何で、ブリーゼの名前がここに。
驚きのあまり動きを止めてしまった私の目を、眩いばかりの光が焼く。
私が触れることがトリガーになっていたのだろうか?
箱がゆっくりと開き、その中に大切にしまっていたものを私に差し出してきた。

「……レイジング……ハート?」

そこに納められていたのは赤い宝石。
見紛うはずがない、見間違えるはずがない。
なぜなら、それは私の半身。
捨ててしまった強き心。
それが今、私の前で前と変わらない光を放っている。

「何で……?」

よく分からない。
信じられない。
休眠モードなのか、レイジングハートは私に何も語りかけてこない。
でも、放たれている光は、私に手を伸ばせ、もう一度立ち上がれと言っているかのように感じられた。

「出来ないよ……無理だよ……」

でも私にはもうレイジングハートを手に取る勇気はない。
だけど、だけど。
その光は温かいのだ。
暗く冷たいこの世界の中で、温かすぎるのだ。
手を伸ばし、それに包まれたい。
それは甘美な誘惑。
でも、臆病な私には危険すぎる罠。
どうすればいいのだろう?
分からない。
何で、何で……
迷う、そうすればいいか分からない。
そんな私の背中を押すように、手を引くように。

「手にとってあげて。聞いてあげて。その子にこめられた想いを」

声がかけれる。
驚いて振り向いてみれば、そこにいたのはまったく見覚えがない赤毛の少年。
でも、その声は何故か知っているように感じる。

「誰……?」
「聞いてあげて、私はその後」

少年が私に優しく微笑む。
眩しすぎた。
レイジングハートと少年、どちらとも暗闇に逃げ込んだ私には明るすぎた。
だから、遮るように手を伸ばす。
その温かさから逃げることは、もう無理だと思ったから。

「レイジングハート……」

赤い宝石は、さも当然であるかのように手に馴染む。
そして、そこから伝わってきたものが私の心を焼き尽くした。
これは思念通話の一種だろうか?
古いビデオのようなノイズ交じりの映像が頭の中に入ってくる。
孫? もしかしたら曾孫だろうか? たくさんの子供に囲まれた老婆が見える。
老婆は優しく微笑んでいる。

『このメッセージが届いていることを切に願います。お姉ちゃん、こんなおばあちゃんにそういわれるのはいやかもしれないけれど、許してね。見えますか? ここにいるのは全員、私の孫、曾孫です。お姉ちゃんのおかげで、お姉ちゃんがあの時助けに来てくれたから、こんなにも幸せに暮らすことが出来ました』
「違う! 私は何も出来なかった! 助けられなかった!」

考えるよりも早く、喉が破れんばかりの叫びを、私は上げていた。
文字通りの絶叫を。渇きなんて忘れて、怒りをそのままに吐き出した。
だって仕方がない。たまらなく頭にきてしまったから。
お姉ちゃんのおかげで――そんな暖かな言葉が、無性に苛立たしい。
分かってる。こんなのはただの八つ当たりでしかないって。
この映像に映っている老婆が誰かなんて分からない。そして、この映像が誰に宛てられたものなのかも知らない。
けれど――だとしても、彼女の言葉を、私は無視することができなかった。
そんな、酷い。あんまりだ。
もう何もかも諦めて眠ろうとしたところでこんな言葉を聴くなんて、嫌がらせ以外のなにものでもない。
ひょっとしたら何もできなかった私への、最後の罰なのかもしれない。
それでも――

『お姉ちゃんは私は何もしていない、何も出来なかったゆうとるかも知れへんけど、違うんよ。お姉ちゃんが来てくれたから、いてくれたからよ』

じわり、と、投げ捨てたはずの暖かみが胸に広がる。
もういらないって思ったはずなのに、何をしても満ちるはずがなかった心が、充ち満ちてゆく。
それでも尚声を荒げてしまうのは、抱いた諦めも、私の本気だから。

「……私は、何も出来なかったんだ。本当に、何も出来なかったんだ。私がいたことは無意味だったんだ。あの時もブリーゼが次元の狭間に飲まれるのをただ見ていることしか出来なかった! ブリーゼが助かったのだって、ただ、単に、そう奇跡が起こっただけだよ!」
『だからな、こうして助かってから、ずっとずっとお姉ちゃんに言わなあかんこと考えていたことが二つあるんや。聞いてくれるか? 私な、小さいころから、近くの悪がきどものまとめ役やくなんかしてたからだから、知ってたんよ、感じてたんよ。お姉ちゃんをひと目見てすぐに分かっとたんよ。ああ、この人はぼろぼろだって。涙は流してはいなかったけれど、助けを求めて泣いているって。近所のエスティみたいにわんわん泣きじゃくっているって。でもな、私たちには、もう縋るしかなかったんよ。逃げ回るのも限界やった。お姉ちゃんが着てくれなかったのなら、たぶん数日のうちにつかまってたやろな。だから、泣いている子にも縋るしかなかったんよ。引き止めるしかなかったんよ。でもな、助けてもらっても、お姉ちゃんに報酬としてあげるものなんてなんにもあらへん。だから、泣いている子に石を投げつける行為だとわかっていても、言うしかなったんよ。ありがとうって。あの時、お姉ちゃん驚いてたやろ? なにもせえへんうちからありがとう攻めやったから。そうすれば、お姉ちゃんは逃げられない、断れないと分かって言ったんやから、ひどいもんやろ?』

昔を懐かしみ、懺悔するようにブリーゼは語る。
その姿が、昔のあの子と似ても似つかなくて……けれど、ああ、ブリーゼなんだと理解できる。
目が熱い。何かが込み上げてくる。
グス、と鼻を啜って、私は頭を振った。

「ううん、そんなことないよ。あの時、私はありがとうって言われたから、少しだけ立ち直ることが出来たんだ」
『でもな、その結果が、あれやったから、ずっと後悔してたんよ。お兄ちゃんが着てくれて、せっかっくお姉ちゃんが泣き止んだのに。笑ってくれたのに。私があの時あんなことを頼まなければって。いまだに、あのときのお姉ちゃんの顔が忘れられないんよ。だから、ずっとずっといいたくて……ごめんなさい。許してもらえるか、受け入れてもらえるか分からないけれど、私にはこういうしか出来ない。本当に、ごめんなさい』
「うん……うん……謝る必要なんて……ないよ……」
『それとな、もうひとつ、ほら皆』

老婆の呼びかけで、子供達が傍に寄り添い、こちらをじっと見つめる。
そして。

『ありがとう!』
『さっき、あんなこといっといて、またか、とか思うかもしれへんけど。やっぱり、この気持ちを表す言葉はこれしかなかったんよ。だから、もう一度だけ言わせて……ありがとう。お姉ちゃんのおかげで私はこうして幸せに暮らせました。本当にありがとう』

ありがとう。
その言葉を聞いたとき、私の中で何かがすとんと落ちた。
つっかえが取れたといったほうがいいかもしれない。
でもまだ、素直にそれを受け入れることが出来ない。
ブリーゼが助かったのは奇跡。
私があの時いなくても同じ結果になったかも知れない。
だから。

「……ブリーゼ」
『……あとな、これは長く生きたおばあちゃんからの言葉や』

ブリーゼは、そこで深く息を吸って、言葉を止める。

『奇跡なんてそう簡単に起こるもんやあらへん。でも、人生に無駄なことなんてひとつもないんや。まして、それが、やらねばならないことのために、果たさなければならないことのためにした努力だったらなおさらや。だからな、お姉ちゃん、がんばって。想いはいつか必ず届くから。私もこんなことはお礼にもならないかもしれないけれど、その想いが届くことを信じて、私の想いを添えてその子をお姉ちゃんに返します……ずっと、ずっと願っているから、信じているから。お姉ちゃん……がんばって』

その言葉と、優しい微笑みと共に映像が切れる。

「……ブリーゼ」

ぎゅっとぎゅっとレイジングハートを握りしめる。
それはひどく熱く、温かかった。

「よかったね。想いを聞いてもらえて」

気づくと真横に立っていた少年は虚空を見上げながらそうつぶやいた。

「今度は私の番だ。なのは……なのはって呼んでもいい?」
「あ……うん」
「うん、ありがとう……でも」

少年の言葉遣いは大人びていた。
年のころはヴィヴィオとおなじくらいだというのに、まるで私と同じくらいの子と話しているかのように思える。
それに、どこか、男の子というよりも……

「うん、本当に、想像していたとおりだ。なのはは頑固だね」
「え、えと……」
「でも、その頑固さのおかげで私は私になることが出来たんだ」
「え、ええと?」
「ああごめん。その前に気休めだけど、放っておいたら大変だから」

少年はかがみ込み、私のお腹に手を当てる。
体が、視界がくすんだ金色に包まれた。

「あ……!」

知っている。
私は知っている。
この輝きを忘れるはずがない。
だって、だって――

「あ、あの!」

呼びかけようにも名前が出てこない。
忘れたわけじゃない。
聞くことが出来なかっただけ。

「ファルシェ、だよ」

少年は私に微笑みを向ける。

「よかった……やっと名乗ることが出来た」

それは本当に嬉しそうな笑顔。
心の中に溜め込んでいた想いをぶつけることが出来た喜び。
その喜びを前にしては、目の前にいる少女が何で少年になっているのか、そして何でここにいるのかなんてことは些細な疑問にしか過ぎなかった。
なんて、言葉をかけよう。
あの時、この少女を救いたいと全力を尽くしていたときは、助け出したら、ああ言おう、こうしようといろいろと頭を悩ましていたのだけれど、いざ目の前にしたら何も言葉が出てこない。

「あっと、動いたら駄目だよ。今なのはは危険な状態なんだから」

そんな私をファルシェは優しく押しとどめる。

「え、えと」
「その子、前に私が壊しちゃった子だよね? よかった、治ったんだ。それに随分とご主人様想いの子みたいだね。時を越えちゃったのに、ご主人様を助ける手立てを考えるなんて」
「え、えと、ええと」

情けない、本当に情けない。
色々と立て続けに起こりすぎて言葉をつむぐ機能が麻痺してしまっているかのようだった。

「こんなにいい子がいるのに、こんなに温かい想いに囲まれているのに……もう、ほんとうになのはは頑固すぎだよ」

小さな手が優しく髪の毛を撫でる。

「思い込んだら一直線だから、周りの言葉が聞こえないのかもね。まあ、私はそこに救われたんだけど」

髪の毛を撫でていた手が顔の前に来てこぼれ出ていたものをぬぐう。

「なのは、笑って」
「えと……」
「なのは、今、嬉しいんだよね? 違うかな?」
「え…………うん」
「じゃあ、笑わないと。私そういうのよく分からないんだけど、嬉しいときは笑うんだよ」
「……うん」

笑って、そういわれたから笑うだけ。
それなのに。
笑い方なんて忘れたと思っていたのに。

「うん、いい笑顔だ」

そんなぎこちない笑みを見てファルシェは微笑む。

「綺麗だ。なのはには笑顔のほうがよく似合うよ」

それを綺麗だとも言う。
そして、唐突に。

「なのは、ありがとう」

そう、呟いた。

「うん、やっぱり照れくさいね。わたしこういうの初めてだから。なのは、私ちゃんと笑えてるかな?」
「……うん、うん!」

笑って、そう頼まれているのに。
ありがとう、その言葉が耳に入ると自然と涙がこぼれ出てくる。

「もう、なのはったら」

呆れたようにファルシェは笑って、私の頭を優しく抱く。

「え、え!」
「あれ?おかしいかな?私の記憶には泣いている子をあやすときはこうするものだってあるんだけど。それともいやかな?」
「ううん……」
「そうよかった……」

添えられた手がゆっくりと髪の毛を撫でる。
そのままどれくらいの時間がすぎただろうか?
私が泣き止むのを見計らったように、ファルシェが口を開いた。

「ありがとう。なのはは頑固だから、一度言っただけじゃ通じないと思うから、何度でも言うよ、ありがとう。なのはが私を救おうとしてくれたから、なのはが想いをぶつけてくれたから、そのおかげで私は私になることが出来た。ありがとう」
「……」

優しく抱いてくれていた手は、反論をさせないといわんばかりにきつく私の頭を抱きしめた。

「駄目だよ。こればっかりはなのは相手でも譲らないよ。私はなのはに助けられた。ありがとう。なのはが私を私にしてくれたんだ」
「……」
「ありがとう」
「……」
「ありがとう」
「……」
「ありがとう」
「……うん」
「うふふふ、本当に頑固だ。やっと受け入れてくれた」

ファルシェは私を抱いていて手をほどき、顔を見つめながら笑う。
私も、その笑顔を見て、自然と笑みがこぼれる。

「よかった……もう平気かな?」
「え?」
「なのはは思い込みが激しくて頑固だから。周りがよく見えなくなっちゃうみたいだけど、もう平気だよね?なのはがやってきたことは無駄じゃない。無意味なんかじゃなかったんだ。少なくとも、この子に想いを託した人と私、ううん、間違いなく、それ以上の人を救ってる。それに、 気づけたよね? なのははこんなにも温かな想いに囲まれているんだって。なのはは一人じゃないよ。心配してくれている人がいる、手を貸してくれる人がいる、怒りながら待っていてくれる人もいる。だから、もう平気だよね?」
「……うん」
「じゃあ、もうひとがんばりだ。なのはには、まだ救わなければならない人、すくいたい人がいるんだよね?」
「え?……うん」
「うん、分かってるから、最初私のことを見て、動きを止めてたから。あの体の本当の持ち主を助けたいんだよね?」
「ち、違うよ!」
「ん、ああ、平気だよ。なのはが私を私としてみてくれていたことは充分分かってるから。だから、それだからこそ……聞いていいかな?」
「……うん」
「その子の名前」
「フェイトちゃん……」
「そか、じゃあ、お願いだ」
「え……?」
「私と同じ姿をした子を、フェイトを救ってあげて。私がこんなに嬉しい思いをしたのに、わたしだけじゃあ不公平だから」
「……うん」
「じゃあ、約束だ」
「うん、約束……」

ファルシェは私が頷いたのを見て立ち上がる。
そして、

「じゃあ、もう行かないと」

突然そんなことを言い出した。

「え、何で、なんで!」
「私、この子の体に仮住まいさせてもらってるんだけど、あんまり長くいると、この子に悪影響が出ちゃうから。それに思い残すことももうないから」
「やだ、やだ、せっかくお友達になれたのに!」
「友達……そう呼んでくれるんだね、嬉しいよ」

ファルシェの目にも涙が浮かんでいる。
でも、それは見紛うことなき笑顔。

「友達か……だったら、最期にもうひとつだけお願いしていいかな?」
「うん、うん!」
「……名前を呼んで」

それは、友達ならば当然のこと。
だから、悲しいけれど、寂しいけれど、断ることが出来ない願い。

「ファル……シェちゃん……」
「違うよ、なのは。笑って」

確かにそうだ。
友達の名前を呼ぶのに、泣いていてどうする。
袖で涙をぬぐい、笑顔を作る。
私はちゃんと笑えているだろうか?

「ファルシェちゃん」
「うん」
「ファルシェちゃん」
「うん!」
「ファルシェちゃん!」
「うん!」

ファルシェは笑う。
少年の姿の奥でファルシェが微笑んでいるのが確かに見えた。
それは二度と忘れることが出来ないほど綺麗な微笑み。
友達になれたことを心の底から喜んでいることが分かる微笑み。
だから。

「なのは、ずっと見守っているから……だから」
「うん!」

もう。
体を包んでいた金色の光が解ける。
少年は眠りに落ちたようにくずれおちた。
でも、確かに思いは残された。
伝えられた。

「レイジングハート……また、お願いできるかな?」
『yes, my master』

だから。





































「本当に……よかったよ……」

スクライアのものから事の顛末を聞き終え、執務室に戻り二人っきりになるととすぐ、エイミィはぼろぼろと泣き出した。
聞いた話では、この面倒見がいい幼馴染は、孤立しがちな高町に色々と世話を焼いており、外からみたその様子は、まるで姉妹のようだったという。
だから、仕方がないだろう。
いや、よくここまで我慢したとほめてやりたいくらいだ。
堰を切ったように涙を零すエイミィ。そう、ようやく彼女は泣くことができるようになった。
彼女も上官である自分の立場をちゃんと考えていたようだ。
感情をまっすぐ表すのが常である彼女にしては、本当によく我慢したと思う。
だから、いつもより優しく接してあげても罰は当たらないだろう。
いつの間にか、自分の目線より低くなってしまった幼馴染の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

「ああ、本当によかったな」
「うん……ありがとう、クロノ君のおかげだよ」
「僕は何もしてないさ……」
「ううん、あの時クロノ君が、あきらめないでくれたから、まだ出来ることがあるって私たちを引っ張ってくれたから、この奇跡が起きたんだよ」
「奇跡……か……」

エイミィをあやしながら、ソファーに座らせる。
そして、僕もその隣に腰掛けながら、奇跡と称された一連の出来事について考える。
ロストロギア『Door Reise』によって何処とも分からぬ世界に飛ばされた高町とヴィヴィオ。
そこは数百年前に滅亡し、もはや人が一人も住んでおらず、助けなど期待が出来ない世界。
そんな場所に、身動きが取れない重傷者と幼子が飛ばされたのだ。
普通に考えるのならば、飢えて朽ち果てるしかなかっただろう。
そう、普通ならば。
しかし、この滅びた世界は何故か二人に優しかった。
次元災害により荒れ果てた気候は、原因不明の転移の影響か、温暖になっており、体を包む毛布がなくとも充分に過ごすことが出来た。
そして、世界中を覆っていた草木は、二人に必要な糧を施してくれた。
それだけではなく、二人が転移された場所には、高町に必要とされる医薬品が、朽ち果てぬように魔法で固定化されて保管されていたのだ。
数百年も前から、すでに。

――ブリーゼ・リーテ・ラトバリアか……
同じように、ロストロギア『Door Reise』に、すんでいた世界アイケイシアごと飲み込まれてしまった少女。
少女とアイケイシアに住んでいた人々は、どういう原理か分からないが、二百年ほど前、まだ古代ベルカの崩壊による混乱が収まりきっていない時代に飛ばされてしまった。
世界の崩壊という次元災害から九死に一生を得たブリーゼ達は、一丸となってこの混乱を乗り切り、その時代において地盤を作ることに成功する。
流石に今の時代にその名残を見付けることはできないものの、記録を見る限り、それなりに大きな勢力になったようだ。

そんな風に新天地で頑張り始めたアイケイシアの者たち――ブリーゼの元に、ある日、一本の杖が流れ着く。
遺跡崩壊の時に大破し、高町の手から離れてしまったレイジングハートだ。
ロストロギアの発動に飲み込まれた彼女の愛機は、どんな偶然か、ブリーゼの元に流れ着いたのだ。
壊れて言葉の一つも喋ることのできなかったレイジングハートだが、その損壊状況から、ブリーゼは恩人が窮地に陥っていると察して行動を起こしたらしい。
だが実際にことが起こるのは二百年も先の話だ。
いくらベルカの技術、その名残があろうと時代を大きく超える術をブリーゼたちは持っていない。
危機に駆けつける――直接的な手助けができない以上、彼女はいずれ起こるであろう恩人の危機を回避するための準備をするしかなかった。
その準備とは、スクライアに件のロストロギアが埋まっている場所を調査してもらい、そこへ高町の助けとなるであろう物資を用意する、という形で後の世に残される。
最も飛ばされる可能性が高い場所に、言葉と想いを残すという感傷を添えて。
それは数十年を要するほど大変な作業であった。
その後、老衰により息を引き取る直前に、ブリーゼは、スクライアにロストロギア『Door Reise』を探す者があれば導くように依頼を残す。
そして、その最後の遺言が、僕達の助けとなり、高町を救う要因となった。

――この話だけでも、信じられないくらいなんだが……
あきれ果てて、内心でため息をつく。
しかし、奇跡と称された出来事はこれで終わりじゃない。
確かに、ブリーゼのおかげで高町を救う道筋はたった。
けれども、それだけでは救うことは出来なかっただろう。
高町が飛ばされた世界は、スクライアによって転移の可能性が一番高いとされていた場所であったけれど、それだけだったら、捜索を後回しにされていたかもしれない。
可能性はそれ以上のものになることはない。
突如消えたり現れたり、などという不安定な世界に踏み込むリスクを考えれば、後回しにされた末に捜査そのものを打ち切られてもおかしくはなかっただろう。
もし、と考える。
あの世界の探索が後回しにされていたら、と。
スクライアが高町の元にたどり着いたとき、もう保管されていた医薬品はほとんど尽きていたという。
ロストロギアに飲み込まれる前の戦闘で高町は腹部に大穴が開いていた。
魔法で傷は塞ぐことは出来てもそこから流れ出たものは補うことは出来ない。
実際、僕が最後に見た高町はICUに放り込まれてもおかしくない状態だったのだ。
素人でも扱えるような医薬品では到底完治など望めないが、それが高町の命を支えていたのも事実。
それさえもなくなって、長い時間放置されていたらどうなっていただろうか?
そのことは、高町が本局に戻るや否や、すぐに医務室に運び込まれたことで充分に想像できる。
あと少しでも、遅れたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
だから、あの言葉はすごく重要な役目を果たしたのだ。

『あっち』

エリオが熱に浮かされたように何度も繰り返していた言葉。
何の裏づけもなかったけれど、その瞳に宿る想いだけは本物だった。

――あのときの僕はどうにかしていたのかもしれないな……
何の確証もない言葉に頷き、あまつさえ、危険な場所にエリオの同行を許すとは。
……まあ、クイントさんに押し切られたっていうのもあったけど。
母親のほうは、確信に近いものを抱いていたらしく、息子と共にスクライアの船に乗り込んだ。
そして、その行為は高町の体だけではなく心も救うことになる。

――本当に世の中は信じられないことばかりだな。
スクライアから伝えられたことの顛末をもう一度思い浮かべる。
高町を包む、エリオから放たれた魔力光――くすんだ金色の灯火。
その輝きに包まれた数秒の間、高町の身に何があったのかは分からない。
光から解放された瞬間に彼女が浮かべていたという笑みの意味も、やはり分からない。
だが――そう、高町は笑みを浮かべたのだ。
その様を見ていた クイントさん曰く、憑き物が落ちたようだ、と云っていた。

――まったく本当に、いつも信じられないことばかりするやつだとは思っていたけれど。
いつかは伝わると、いつかは理解できるとは確信していた。
でもそれは、まったく予想もしていないものだった。
プロジェクトFの産物であるためか、エリオは複数の記憶を持っていた。
その中のひとつに高町に助けられ、高町を伝えなければならない想いを抱えたものがあったのだろう。
それが高町へと僕達を導き、そしてその心まで救った。

「……やれやれ」
「どうしたのクロノ君?」
「いや、なんでもない……」

内心でとどめていたため息が表にもれ出る。
やっと泣き止んだエイミィが不思議そうにこちらを見つめてきたので、首を振って返し、広がった思考をまとめに入る。

――本当に、こうして一つ一つ起こった事を確認してもどれも信じられないことばかりだな。
一連の出来事はため息をつきたくなるくらいに、信じられない、常識を覆すことばかりだった。
だけど。

「……やっぱり、違うな」
「何が?」
「エイミィ、これは奇跡なんかじゃないよ」
「え? 何を言っているの? クロノ君」

突然振られた会話についていけなかったのだろう、エイミィははてな顔を浮かべている。
それに、苦笑しながら、僕が出した結論をエイミィに伝える。

「……これは奇跡なんかじゃないよ。起こるべくして起こった当然の出来事だ」
「へ?」

奇跡。
きっと、この出来事の詳細を聞けば、百人が百人とも奇跡と評するだろう。
高町が積み重ねてきた行いを知っている僕たちだけは、奇跡なんて便利な言葉を使うことはできない。
ただの一言で表し陳腐化してしまっては、高町に申し訳がないとすら思う。

「……高町がこれまで全力を尽くしてきた結果。ただ、それだけだよ。当たり前の結果だ。だから奇跡なんかじゃないよ」
「…………クロノ君って本当に素直じゃないね」

首をひねった体勢のまま固まっていたエイミィが、突然噴出したように笑う。

「……なんだよ」
「いやあ、かわいいなぁって思って!」
「だから、何がだよ!」
「本当にもう、嬉しくてしょうがないんだね。なのはちゃんの努力が報われたことが」
「だから!」
「いいんだよ、隠さなくても。お姉さんには丸分かりなんだから。そりゃあ、その努力の結果が奇跡なんて言う簡単な言葉で片付けられたら、仏頂面にもなるよねぇ」
「いや、だから」
「うん? 何かね? 言いたいことがあるならお姉さんが聞いてあげよう」

そう言って、こちらをのぞきこんできた幼馴染の笑みは、まるで悪さを思いついた子供のように深くなっている。
からかわれているのは自覚できる。
けれど、これだけは言っておかなければ気がすまなかった。

「……ただ僕は奇跡は起きるもんじゃなくて、自らが行ってきた行為に付きまとうもの、招き寄せるものだって言いたかっただけだよ」
「……ほら、やっぱり素直じゃない!」
「だから!」

予想できていたことだけれど、僕の言い分を聞いたエイミィはさらに笑い出してもはや止めることなんて出来そうになかった。
このままでは、一緒にいる限り笑い続けられる。
もしかしたら、この場だけではなく、後々でもからかいの種にされるかもしれない。
エイミィの様子からそういう確信を抱けてしまったので、何か誤魔化すための話題を必死で探す。
視線をさまよわせること三度、微妙にふくらみを見せているエイミィの制服のポケットに、やっとのことでそれを見つけることが出来た。

「エイミィ」
「ははは、本当にクロノ君は」
「エイミィ」
「はは、ん何?」
「それのことなんだが」

呼びかけること数度。
やっとのことで笑い続けていたエイミィは僕が指さしているものに気がついた。

「……ああ、この子」
「ああ、そいつのことなんだが」

ポケットから取り出されたのは、赤い小さな宝玉。
高町が飛ばされた世界で再会した相棒。

「うーん、やっぱり、技術部の方に回して詳しく調べてもらわないとまずいよね? さすがにロストロギア並ってことはないだろうけど、昔からの贈り物だから、どんな危ない機構があるか分からないし」

エイミィはレイジングハートを部屋の照明に透かして、何か変化がないか探している。

「でも、せっかく立ち直ったのに、そんな理由でレイジングハートを取り上げられでもしたら、なのはちゃんまたへこんんじゃうかな……」

よほど高町のことが心配なのか、その眼に宿る光は先ほどまでとは打って変わって真剣だ。

「……はは」
「何よ、クロノ君」

待機状態のデバイスをいくら見つめても変化などわかるはずがないのに、食い入るように見つめている幼馴染の姿に、今度は逆に僕が笑いの発作につかまりそうになる。

「いや、可愛いなと思って」
「……人が本気で心配しているのに!」

僕の言葉を受けて、エイミィは顔を真っ赤に染めて怒り出す。
仕返しをしただけのつもりだったのだけれど、、あまりにも強い気勢に、少しやりすぎたかと反省をする。
だから、宥めるために、安心させるために分かっていることを伝える。

「レイジングハート・プレゼピオ」
「へ?」
「新しい名前だよ、古いミッドの言葉で、意味は、確か……『その強き心に感謝を』だったかな?」
「クロノ君?」
「さっき、こっそりとS2Uとリンクさせてみた。だから、もう大体のことは分かってるよ。一応技術部の方に回さないといけないと思うけど、レイジングハートが取り上げられることにはならないと思うよ」
「本当? さすがクロノ君、手際がいい!」
「まあね、しかし……」
「しかし?」
「いや、これを組んだ人は、ブリーゼは一体何を考えていたのか、よく分からなくてね」
「どういうこと?」
「強くするっていうんならともかく、使いづらくするなんて何を考えているんだろうな、と思って」

首をひねっている幼馴染に、レイジングハートに加えられた変化を伝える。
まずひとつは、ロストロギアに類するような技術は一切使われていないということ。
優れているどころか、今の最新技術、たとえばデュランダルなんかと比べると劣っているところが多いくらいである。
コアそのものに手を加えられた形跡はなく、、レイジングハートのAIには何の変化もない。
変わっている点はただひとつ、フレームに使われている素材だ。
珍しくはあるものの、それだって優れていると断言できる代物ではなかった。

「魔力炉心に使われるようなタイプの金属?」
「ああ、それもこの本局で使われているような大規模な魔力炉心で使われるものだね」
「うーん、よく分からないけれど、それでレイジングハートは強くなっているの?」
「いや、間違いなく弱くなっているよ。なんと言っても融通が利かなくなっているしね」

言いながら、本当にそうか、とも思う。
それでも断言してしまうのが、デバイスの強化が僕の趣味と正反対の方向性で行われたからだろう。
あくまでデバイスは道具。強さは術者が示すものだ……と分かってはいる。 

「融通?」
「この金属は、魔力炉心で使われるくらいだから、どんな大魔力を通されようとも崩壊することはないんだけど……まずは変形がほとんど出来ない。レイジングハートに関しては、待機状態と砲撃モード、この二つしか取れなくなってる」
「それって……」
「デバイスモードとシーリングモードがなくなっている……まあ、高町が砲撃魔法以外を使うところを見たことはないから、大して関係ないかもしれないが……問題は次だな」
「次って、まだ何かあるの?」
「ああ、硬くて融通が利かないわりに、脆いんだ。普通に使っている分には問題はないんだが、武器として使ったり、たとえば、高町が好んで使う体当たりとかしたら、それだけで崩壊する危険性がある」
「うわ、それって使いづらいことこの上ないね」
「ああ、だから、何でこんなデバイス設定にしたのか分からなくてね……うん、やっぱり、マリーに言って元の設定に戻してもらったほうがいいかもしれないな、どう考えても使いづらすぎる」

多くの機能を失いながら得た機能は、大魔力に耐えられるようになったことだけ。
そして、それさえも個人として使うには、まったく意味がないこと、今までのレイジングハートでも高町個人の魔力に、集束のことを加味しても充分耐えられたのだ。
それの上限が大幅に上がったところで何の意味などない。
本当にこの改変の理由が分からず、首をひねっていると、エイミィがあわてたように口を挟んできた。

「だ、駄目だよ、勝手に戻したり何かしたら!」
「いや、誰も勝手に戻すとは……」
「きっと、意味があるんだよ。なのはちゃんのことを想ってやったことなんだから。それに、ほら!闇の書事件の最後! あんな大魔力をまた使うことがあるかもしれないじゃない!」
「ああ、あれか……」

あの時、目にした信じられない光景を思い出す。

――あんなことが二度も三度もあるとは考えたくないけれど……
大きな力が必要になるということは、それだけ大きな事件が起こるということ。
そして大きな事件が起こるということはたくさんの犠牲が出る事につながる。
だから、自分としては、そんなものが必要なくなるように、未然に防ぎたいのだが……

「過去からの贈り物か……」
「うん、贈り物だよ」

贈り物という言葉に、エイミィは嬉しそうに頷く。
だけど、分かっているんだろうか?
贈り物とは、通常その人に喜ばれるもの、もしくは必要とされるものが送られる。
これが贈られたということは高町が、これを必要とするような事件。
それが起こると預言されていると同じ様なことだと。

「……頭が痛くなってくるな」
「クロノ君?」
「ああ、気にしないでくれ……と、時間だな」
「え、もう!?」

僕の言葉にエイミィがあわてたように振り向いて壁にかけられた時計を確認する。
かざりっけがない備品としてすえつけられた時計は、正午ちょうどを表示している。
それは、僕達に伝達されていた待機命令の終了を意味していた。

「え、もういっちゃうの? なのはちゃんには会っていかないの?」
「ああ、薬で眠っているんだろう? 目覚めるにはまだ時間がかかるはずだ。それに会っても、僕が言葉をかける必要なんてもうないだろうしね」
「で、でも、一言くらいは」
「それに、今地上は大変なことになっているしね。随分と時間を無駄にさせられてしまったけれど、教会のほうはまだ完全に落ち着いていないはずだから、何か分かることがあるはずだから」
「じゃ、じゃあ、伝言は? 何か伝えたいことがあれば聞いておくよ!」

席を立ち、扉へと歩き出した僕に、まるで縋りつくようにエイミィが言葉を投げかけてきた。
正直、伝える言葉なんて持っていなかったけれど、その真剣な様子に立ち止まりもう一度考える。

「ふむ、そうだな……じゃあ、『無駄じゃなかっただろ? それが分かったのなら』と、伝えておいてくれ」
「ええと、それだけ?それに続きは?」
「ああ、それだけだ。それで今の高町には判ると思う。ああ、あともうひとつ、『何かあったら頼れ、出来る限り協力はする』とも伝えといてくれ」
「うん、ええと、よく分からないけれど、了解、伝えておくよ」
「ああ、それじゃあ……」

振り向いて、別れの言葉を口にしようとすると、まだ何か言いたそうにしているエイミィと視線が絡み合う。

「クロノ君……」
「……何だ?」
「ええと、私も艦に又乗り込むことになるから、またしばらくはこうやって会えなくなるけど……」
「ああ……」
「この前は、背中をはたいてあげるよとか、偉そうなこと言っちゃったけど……それもやってあげられないと思うから」
「ああ……」
「だから、くじけたり、あきらめたり何かしたら駄目だからね!」
「ああ」
「承知しないんだからね!」
「ああ」

視線は絡み合って離れない。

「分かってるよ。もう、僕の進む道は僕一人のものじゃない。だから」

視線を振り切り、背を向ける。
高町が今回の件で理解したように、僕達がやってきたことは、進んできた道は無駄じゃなんかない。
無駄じゃなんかなかったからこそ、いろんなものを背負い込んでいる。
想いを、信頼を、願いを。
だから、もう止まれない、止まることなんて許されるはずがない。
プシュっと、扉が無機質な音を立てて開かれる。
その前に立ち、振り返らずに言葉をつむぐ。

「だから、エイミィ、また……」

次に会うときは、もっと、背負ったものにふさわしくなっているから。
一歩前に踏み出す。
無機質な音を立てて閉じられる扉。

「ふう……」
もう、向けられていた視線を遮られた。
でも、それでも、僕は一人じゃない。

「行くか……また忙しくなるな」

だから、歩を止めるわけには行かないのだ。



















































一方、その頃

初めてのお使い 第?話

「ふう、やっと戻ってこれました!」
「うん、やっと戻ってこれたね、次元の狭間から……でも」

周りを見回してため息をつく。
この子はまだ気がついていないのかな?

「はあ」
「何で、ため息なんかついているのですか! もどってこれたからには、はやてちゃんに頼まれたお使いを達成するまであと少しですよ!」

そのあと少しに、今までどれくらいの時間がかかっているか、分かってないのかな? この子は?
それに。

「いいから、黙って、座標を確認してみようか?」

口で説明するより、見せたほうが早いと思い。確認をさせる。
そして上がる悲鳴。

「あわわわ! ここはどこですかぁ!? いまはいつですかぁ!?」

頭を抱えて転げまわっている。
私もそれを見ていたら一緒したくなってしまう。
本当に、お使いが果たせるのはいつになっちゃうんだろうか?
それ以前に、私達ははたすことができるのだろうか?
本当に泣きたくなってしまった。

「もう、いやああ、助けて、ママ~~! フェイト~~!」




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