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No.12479の一覧
[0] 魔法少女リリカルなのは Verbleib der Gefühle [えせる](2010/09/26 00:40)
[1] プロローグ[えせる](2009/10/06 01:55)
[2] 第一話[えせる](2009/10/08 03:29)
[3] 第二話[えせる](2009/12/16 22:43)
[4] 第三話[えせる](2009/10/23 17:38)
[5] 第四話[えせる](2009/11/03 01:29)
[6] 第五話?[えせる](2009/11/04 22:21)
[7] 第六話[えせる](2009/11/20 00:51)
[8] 第七話[えせる](2009/12/09 20:59)
[9] 第八話[えせる](2009/12/16 22:43)
[10] 第九話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[11] 第十話 [えせる](2010/07/24 23:48)
[12] 第十一話[えせる](2010/02/02 03:52)
[13] 第十二話[えせる](2010/02/12 03:24)
[14] 第十三話[えせる](2010/02/25 03:24)
[15] 第十四話[えせる](2010/03/12 03:11)
[16] 第十五話[えせる](2010/03/17 22:13)
[17] 第十六話[えせる](2010/04/24 23:29)
[20] 第十七話[えせる](2010/04/24 00:06)
[22] 第十八話[えせる](2010/05/06 23:37)
[24] 第十九話[えせる](2010/06/10 00:06)
[25] 第二十話[えせる](2010/06/22 00:13)
[26] 第二十一話 『Presepio』 上[えせる](2010/07/26 12:21)
[27] 第二十一話 『Presepio』 下[えせる](2010/07/24 23:48)
[28] 第二十二話 『羽ばたく翼』[えせる](2010/08/06 00:09)
[29] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 上[えせる](2010/08/26 02:16)
[30] 第二十三話 『想い、つらぬいて』 下[えせる](2010/08/26 01:47)
[31] 第二十四話 『終わりの始まり』 上[えせる](2010/09/24 23:45)
[33] 第二十四話 『終わりの始まり』 下[えせる](2010/09/26 00:36)
[34] 第二十五話 『Ragnarøk 』 1[えせる](2010/11/18 02:23)
[35] 第二十五話 『Ragnarøk 』 2[えせる](2010/11/18 02:23)
[36] 第二十五話 『Ragnarøk 』 3[えせる](2010/12/11 02:03)
[37] 第二十五話 『Ragnarøk 』 4[えせる](2010/12/21 23:35)
[38] 第二十五話 『Ragnarøk 』 5[えせる](2011/02/23 19:13)
[39] 第二十五話 『Ragnarøk 』 6[えせる](2011/03/16 19:41)
[40] 第二十五話 『Ragnarøk 』 7[えせる](2011/03/26 00:15)
[41] 第二十五話 『Ragnarøk 』 8[えせる](2011/06/27 19:15)
[42] 第二十五話 『Ragnarøk 』 9[えせる](2011/06/27 19:11)
[43] 第二十五話 『Ragnarøk 』 10[えせる](2011/07/16 01:35)
[44] 第二十五話 『Ragnarøk 』 11[えせる](2011/07/23 00:32)
[46] 第二十六話 「長い長い一日」 [えせる](2012/06/13 02:36)
[47] 第二十七話 『Beginn der Luftschlacht』[えせる](2012/06/13 02:41)
[48] 第二十八話 『Märchen――御伽噺――』[えせる](2012/06/21 19:59)
[49] 生存報告代わりの第二十九話 下げ更新中[えせる](2015/01/23 00:01)
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[12479] 第二十一話 『Presepio』 上
Name: えせる◆aa27d688 ID:66c509db 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/26 12:21
「生きてるんだ……」

自分が生きていると理解してしまった瞬間、口が勝手に言葉を紡いだ。
かすれた声はまるで他人事のように零れ落ちたけれど、指しているのは自分のこと。
今、呟きを拾った耳が他にもざわざわと耳障りな音を伝えてくる。
これは風が草木を揺らす音?
その風が運んできた青々しい生臭い香りが、鼻腔をくすぐる。
運ばれてきた青々しく、どこか甘ったるい香りは、花の匂い?
そして、眩しさに慣れてきた瞳が私の周りの景色を映し出す。
まず目に入ってきたのは、ひび割れた天井。
そこからぶら下がっている照明が窓から入ってきている風で小さく揺れている。
首を動かして――痛い。怪我をしたのかどうにも動かせなかったからよく見えないけれど、壁も崩れかけている。
人に忘れ去られた廃墟。そんなイメージが浮かんでくる。
耳が拾う音、匂い、そして目に映る景色がどれにも見覚えがなくて、まるで現実味がない。
どうしても、私が身を投げ込んでいた戦場とこの空間が結びつかなくて。

「ここ……天国……なのかな?」

そうあって欲しい、その願いが口から漏れる。
漏れた瞬間、猛烈なまでの自己嫌悪が込み上げてきて、吐き気すら覚えた。
どの口が、天国なんて――行くなら地獄。誰も助けることのできない私には、そこがピッタリだと思うから。
手を差し伸べて、手を掴んでも、助けるべき人を一度だってすくい上げることのできない私には、そここそが相応しい。
掌を返すことより、ずっと酷いことを私は繰り返してきたと思う。
でも、そうでないことはもうよく分かっていた。
だって感じられたから。
これが全部夢じゃないって、私はまだ生きているんだって、胸の鼓動が弱弱しくうったえているから。
だから、自然と次の言葉が出てきた。

「……私、どうして生きているんだろう?」

何で、ではなくて、どうして。
どういうことが起きて、死んでもおかしくない状況から助かったことなんて、どうでもよかった。

「あれで、あの子を助けたら、最後って決めてたのに、それなのに助けることが出来なかったのに……それどころか……」

約束も守れなくて、頼ってくれた子を守ることも出来なくて、最後の最後は、その想いすら忘れ去っていたというのに。
だから、あの時手を伸ばしたのは、そうすれば助けられるから、じゃなくて、何も出来ないのなら、せめて一緒にそう考えていたから。
……小さな手を握り締めていた右手に、今はその感触はない。
離れて時間がたっているのか、ぬくもりも残っていない。

「あ……」

気がついたばかりで朦朧としていたからか、それとも純粋に血が足りていないからか、そこまで考えてやっと気がついた。

「あの子は……ヴィヴィオは……」

私が生きているんだから、あの子も。

「確かめないと……」

気は急くけれど、体はまったくいうことを聞いてくれない。
部屋の状況を詳しく確かめようと、首をひねることすら簡単には出来なかった。
体にかけられている毛布のようなものをどけようと腕を上げるだけでも息が切れてしまう。
長い時間をかけてやっと毛布をどけても、急な目眩に襲われて動くことすらままならなかった。

「う……ん」

無理。
立ち上がるどころか、体を起こすことすら出来ない。
床の上に敷かれたシーツの上で荒く息をつく。

――確かめないと……
心が泡立つ。

――助かったのが、私だけ。もしそんなことがあったら……
分かってる。別にこれが初めてじゃない。困ったことに、"いつものこと"ですらあった。
私の手は何も掴めない。すべて指の隙間から零れ落ちてゆく。
私が救い、私自ら壊してゆく。
けれどそれは、私が弱いからだ。そう信じていてから、今まで私は戦い続けることができた。
何をしても悲劇は止まらない。そんな悪魔のような仕組みで世界ができていないと信じているから。
けれど――もしヴィヴィオまで助けることができなかったら、今度こそ私は『世界』を憎んでしまう。
だって、『世界』には大切な家族や友達も含まれているから。
でも、そうだとしても、もう我慢の限界だった。
こんなに苦しいのなら。こんなに悲しいのなら。
『世界』なんて、いらない。

「お願い……お願いだから」

今更、私の命なんてどうでも良かった。
何をもできないことは身に染みて分かっている。だったら価値なんてないもの。
でも、あの子は、あの子だけは――。

「お願い!」

からからの渇いた口で、しわがれた喉で、精一杯の声を張り上げる。
そよ風にすら掻き消されそうな弱々しいものでしかないけれど、困ったことに、これが私の全力でしかない。
そんな私に哀れみを向けるように、小さな声が聞こえた気がした。
ううん、気のせいなんかじゃない。どんな変化も逃さないと耳を澄ませば、聞こえて欲しいと思う声が耳朶を打つ――

「ママ?」

小さな影が、崩れかけた壁から顔を出したときは奇跡が起こったのだと思えた。

「よかった……」

――これで安心して……
意識が急激に遠のいてゆく。
力尽きたのではなく、心の底から覚えた安堵によって。
ああ良かったと、信じてもいない神様に感謝すらしても良い。
こんな私でもこの子を助けることができた――それは、私なんかがやり遂げた成果にしたら上出来すぎたから。

「ママ! ママ!」

あの子が私を呼ぶ声が、ひどく遠く聞こえた。











「うんしょ、うんしょ……わ、わわわ」

小さな悲鳴と共に、頬に冷たい感触が降りかかってきた。
その声が、その感触が覚醒しかかっていた意識を一気に引きずりあげる。

「う……ん……」
「あ、ママ! ごめんね。冷たかった?」

うっすらと開いた瞳に映ったのは私を覗き込んでいるヴィヴィオ。
だけど現金なことに、心を奪われたのは心配そうな表情ではなく、あの子が手に持った器だった。
ヴィヴィオが両手を一杯に広げてやっと抱えられるくらいの大きさだけど、深さはそんなにない。
よろめきながら運んできたようで、中に入っていたものがところどころ床にこぼれている。
そのせいで、今の外側と伝ってぽたぽたと水滴が垂れている。
私の頬を打ったのもそれだ。

「み……水……」

もう目にはそれしか映っていなかった。
いったい、私はどれくらいの時間水を飲んでいなかったのだろうか?
何もかもが、水を飲みたい、渇いた喉を潤したい、その気持ちで塗りつぶされる。

「あ、だめだよ、今――」

何か言われているようだけれど、耳に入ってこない。
反応が鈍い腕を必死に伸ばしてヴィヴィオが持っている器に手をかける。

「あっ……」

無理をして、大きな器を運んでいたヴィヴィオが私に手をかけられたせいでバランスを崩す。
パシャリと器からこぼれた水が私の顔に降りかかった。

「あう……」

ヴィヴィオが悲しげに声を上げたけれど、今はそれよりも――
冷たい。
少し熱があるのか、その冷たい感覚はひどく心地よかった。
けれど、それ以上に、

「あ、あああ」

舌で舐め取るぐらいにしか水を口にすることはできなかったけれど、それは何よりも今の私を満たしてくれた。

「もっと……」

けれど、渇きはこの程度じゃ満たせない。

――もっと、もっと!
中途半端に潤った喉では、それ以上に言葉が紡げず、身振りだけで、ヴィヴィオに欲求を伝える。

「あ、うん、ちょっと待っていてね……」

その行為はきっと酷くみっともなくて、普段ならば絶対にしなかっただろうけれど、今だけは我慢できなかった。
けれど、何とか欲求は伝わったみたいだった。
ヴィヴィオは水を汲みにいったのか、急いで部屋の外に駆け出していく。

「う……はぁはぁ」

喉がうずく、まだか、まだかと、訴えてくる。
ヴィヴィオが出て行ってからそんなに時間はたっていないはずなのに、まるで、もう半日くらい待たされているように感じられる。

――早く、早く。
言葉にならない声。
言葉にならない声が届いたわけじゃないだろうけど、ヴィヴィオは少し経ってから姿を現した。
あの子の手には水の入っているコップが握られていた。
器じゃ零しちゃうって気付いたのかもしれない。

「はい、もって来たよ! お水!」

精一杯に急いで持ってきてくれたのか、ヴィヴィオの息は弾んでいた。
けれど、

「あああ……早く」

私の口から突いて出たのは労いの言葉じゃなくて、更に急かすような、本当に大人げない言葉だった。
でも、今はそんなことは気にならない。
あるのは早く喉を潤したい、その気持ちだけ。

「え、えと、あわてちゃ駄目だよ、今飲ませてあげるから」

ヴィヴィオは、そんな私の様子に少し困ったようにしながら、小さな腕で私の頭を抱えて、コップを口元にあてがってくれた。
水が、口に流れ込んでくる。
まるで乾いた砂が水を吸い込むように、じわりと潤いが広がってゆく。

――おいしい。
まるで生き返るよう。
そう感じてしまう、思ってしまう。
そして、そのことに気がついたから。

「う、うぅぅ……」

涙がこぼれ出てきてしまった。
悔しかった。
情けなかった。
浅ましい、そう感じてしまう。
ついさっきのことだったのに。

――私の命なんかどうでもいい、だから。
そう願ったのはどこの誰?
その癖、今は必死に渇きを潤したがって――生きたがって。
その上、ヴィヴィオに感謝の言葉の一つもかけず、使いっ走りを強要して。
考えと欲求がまるで矛盾してる。どうしてこうも馬鹿なんだろう。
こんなんだから、私は学習せずに同じような過ちを何度も何度も繰り返してきたんだ。
何をしても後悔ばかり。今だってそう。
自分が満たされてから初めて、私はヴィヴィオに酷いことをしたって気付いた。
……私の中には自己愛しかないんだ。
分かってた。私は、私が納得できないから今までずっと戦ってきたんだ。
その行動自体は他人を思いやっていたのかもしれない。
けれど根幹には、結局私が私を救いたい――そんな、自分に向いた感情しかなかったのかもしれない。

「ママ? ママ? どうしたの? どこか痛いの?」

ヴィヴィオは突然泣き出した私を見て、心配そうに覗き込んでくる。
痛い場所を探そうとしているのだろうか?
小さな手が私の体をやさしく撫で回す。
その優しい感触が、まるで罪人に振り下ろされる鞭のように心を痛めつける。

「違う……違うの、いいの……いいの」

だから、訴える。
やめて欲しい。私にそんな資格なんてないのだから、と。
だけど、そんな私の嘆きはヴィヴィオには伝わらなかったようだった。

「……ママ、待っていて、今、お薬持ってくるから!」

泣きやまない私を見て何を思ったんだろう。しばらくオロオロとしていたけれど、何かを思い付いたように駆けて、外へと出てしまう。
程なくして戻ってきたヴィヴィオはその手に水が入ったコップと錠剤のようなものを持っていた。

「はい、ママ! これ、痛いときに飲むお薬なんだって!」

元気よく宣言したヴィヴィオは、さっきと同じように私の頭を抱えて錠剤を口に含ませようとする。

――いらない。私に、そんなものはもういらないの。
言葉にならない拒否の意を伝えるために、口を硬く閉ざす。

「ママ?」

口を一向に開こうとしない私にヴィヴィオは困ったように首をかしげた。
覗き込んでくる瞳に、拒否の意志を強く伝えるために首を振る。

「ママ? お薬だよ? 痛いの治るよ?」

ヴィヴィオには、何で私が薬を飲もうとしないのか分からないようだ。
困り果てたようで、可愛い顔をゆがめて頭を悩ましている。
当たり前と云えば当たり前のことだと思う。
こんな小さな子に、私自身ですらよく分からない死にたがりの考えを理解しろだなんて、絶対に無理だろうから。

――ごめんね……でもいいんだ。
私にはもう生きる意味なんてないし、その必要もない。
だから、もう。

「ヴィヴィオ……もういいの」

このまま放っておいてくれれば。
一人ぼっちで眠らせてもらえれば。
それは身勝手な、独りよがりな願い。
でも、心の奥底から出た願い。
体は生きていても、心はもう死んでしまっている。
ヴィヴィオを助けられたという一つの結果が、私から生きる意思を奪っていた。
なんて酷い責任転嫁。まるでヴィヴィオが悪いかのよう。
けれど事実なのだから仕方がないし、だからこそ始末におえない。
今もまだ助けたい――助けなきゃと思う人はたくさんいるけれど、もう、良いんだ。
この子を助けられただけで、私は満足だから。

「ヴィヴィオ……本当にもういいから」
「あ!」

しかし、その願いに対して出された答えはひどく残酷なものだった。
何かを思い出したように、大きな声を上げたヴィヴィオは小さな手を私の胸の上の置いた。

「ええと……」

それはとても厳しいもの。

「いたいの、いたいの、とんでいけ!」

とても温かく、やさしい、私を苦しめるおまじない。

「いたいの、いたいの、とんでいけ!」

柔らかな光が私を包み込む。
体を覆っていただるさが、少しずつ和らいでゆく。

「いたいの、いたいの、とんでいけ!」

その声からは、私を本当に思いやってくれている気持ちが伝わってくる。
酷く真剣な顔で、必死に声を張り上げて、浮かんだ涙を拭いもせず、一心不乱に。
だからこそ、この子の気持ちが何よりも痛かった。

「ヴィヴィオ……」

光の向こうに見えるヴィヴィオの顔がまぶしすぎた。
胸に触れる小さな手が熱すぎた。
目の奥から何かがあふれ出してくる。

「ママ!? ママ!? 痛いの? 痛いの?」
「ううん……違うの……違うの!」

止まらない。
もう自分自身でもどうにもすることは出来なかった。

















「ママ、大丈夫?」
「うん、ありがとう、ヴィヴィオ」

思う存分泣いたおかげか、少しだけ落ち着くことができた。
私は要らない。生きている必要はない。
その考えに変わりはないけれど、我に返って、やらなければならないことに気付くことができた。
私は生きている――それに対するドロドロとした感情は、置いておこう。
事実として確認することで、いくつか無視できない状況に気付いた。
お腹にあいた大穴は何故か分からないけれど塞がっている。
けれど傷が大きすぎた。それは深く考えなくても分かるし、覚えてる。
あれだけの怪我をすればいくら傷を塞いでも、流れ出、失った血肉は相応の量だと思う。
だからだと思う。体の感覚が鈍くて、ほとんど動かすことができない。
何より、自分でもはっきりと分かるぐらいに鼓動が弱々しい。
……きっと、私は長くない。
けれどそれは良いんだ。
私なんかよりも、今はヴィヴィオを助けないといけない。
この世界はヴィヴィオが一人で生きてゆけるような場所かどうかを確かめないと。
この子は生きなきゃいけない。ううん、生きていて欲しい。
私にとってこの子は希望。この子さえ生きていれば何もいらないと思えるほどに。
だから、

「ヴィヴィオ……」

残された時間を、すべてこの子のために使おう。

「ママ、何? あんまりしゃべっちゃ駄目だよ、疲れちゃうよ?」

咳き込むと、ヴィヴィオは私の胸を柔らかに撫でながら顔を見上げてくる。
その仕草は、さっきのおまじないと同じもの。
そうすれば、私の痛みが和らぐと信じているんだ。
それは確かに間違ってはいない……けれど、それに甘えてしまうわけにはいかなかった。
体を包む優しい感触を振り払うように、言葉を紡ぐ。

「ヴィヴィオ……ほかに人は? 誰かいないの?」

誰か、この子を託せる人がいれば。
だけど、そんな淡い願いはすぐに否定される。

「ううん、誰もいないよ!」

元気のいい返事。
ヴィヴィオはそのことにまったく不安を抱いてはいないようだった。
私たちがいるこの部屋は壁がところどころ崩れ、いたるところに埃が厚く積もっていて、長い間人の手がはいっていないことがよく分かる。
窓から見える他の建物もほとんどが崩れかけてて、それを覆い尽くすほどに草木が生えている。
滅亡のあとに訪れた再生――そんな風景が、この世界がどんな状態なのかを教えてくれた。
荒廃し、人の営みが排除された世界なのだと
だから、ヴィヴィオの返事は至極当然の答えだったのかもしれない。
だけど、だったら、あれは一体どうしたのだろうか?

「本当に、誰もいないの? じゃあ、これはどこから持ってきたの?」

傍に置かれた綺麗な水が入ったコップと薬に視線を向ける。
水はともかく、薬なんていうものは、自然の中じゃ手に入るわけがない
装備として私が持ってもいたけれど、ヴィヴィオが飲ませてくれた薬は違う。
だから、もしかしたら、と思ったのだけれど。

「おいてあったの」
「置いてあった?」
「うん、あっちに」
「そう……」

なにやら嬉しそうに、遠くを指差すヴィヴィオ。
分かってはいたけれど、凄く気落ちした。
ここに以前文明があったならば、こういったものが残っていても不思議ではない。

「……ほかにどんなものがあったの? 詳しく教えて?」

ここに誰もいないのなら、助けを呼べばいい。
私の今の状態では、遠くまで届かせることができる強い通信魔法は使えない。
それに、手助けしてくれる存在もいない。
レイジングハート。
赤い宝石はもう傍にはいない。
私が壊してしまったから。
……だけど、それでいいんだ。

「なにか、そう、通信機のようなものなかった?」
「通信機?」

よく分からないと言った様子で首をかしげているヴィヴィオから、見つけたものをすべて聞き出す。
だけどその中に助けを呼べそうなものは何一つなかった。
蒸留器のような水が出る機械と、薬などが入ったコンテナ、そしてよく分からない、あけられない箱がひとつ。
それら以外は朽ち果てていて使えそうなものはなかった。
うすうす感じていたことだけれど、ここは滅びてから随分と時間がたっているらしい。
薬が入ったコンテナと蒸留器が生きていたことだけでも奇跡と言えるかもしれない。

「そう……」

助けてくれる人は誰もいない、呼ぶことも出来ない。
なら、後はどうすればいいのだろう。
今あるものだけで、ヴィヴィオを生かすためには。
考える、動くことが出来ないから、出来る限り知恵を絞る。

「あ……」

重要なことに気がついた。

「ヴィヴィオ、私どれくらい寝てたの? その間、ご飯は?」

食料。
ここには何もない。
何でも売っているミッドのような世界ではない。
外にいくら豊富な自然があるとはいえ、こんな小さな子が一人で調達できるはずがない。

「うんと、これくらい」

差し出された指の数は五本。
小さな子が何も食べずに生きていられる時間ではない。

「ご飯は? 平気? お腹減ってない?」

心が焦りで一杯になる。
なんということだろう。
私はこんな世界で、こんな小さな子を一人にして、五日間も寝続けていたのか。

「うん、平気だよ!」

そんな心配は無用と言わんばかりにヴィヴィオは満面の笑みを浮かべる。

「お外にね、こーんなにいっぱいあるんだよ!」

たくさんと言うことを表現したいのか、精いっぱいその小さな手を広げる。

「いっぱい、何が?」
「うんとね、ええと、いちごー」
「イチゴ?」
「うん、ママにも取ってきてあげるね!」

そう言って、また部屋の外に駆け出すヴィヴィオ。
本当にせわしない。
あのくらいの年のころはじっとしていることが出来ないから仕方がないのだろうけど。
駆け出していったヴィヴィオの後姿を微笑ましく見守りながら考える。

――お腹壊してたりしないかな? 平気かな?
どうやら外には食べられる野草や実がなっているらしい。
けれど、どれが食べることが出来て、どれを食べたらいけないのか、意外に見分けるのは難しいのだ。
私は、お父さんやお兄ちゃんにキャンプに連れて行ってもらたっときに色々教わっている。
その見分け方は意外なことに、別の世界の植物でも通用して、任務中にお世話になったこともあった。
その経験があったから、ヴィヴィオのことが心配で仕方がなかった。
程なくしてヴィヴィオは戻ってきた。

「ママ持ってきたよー。いちごーー」

両手一杯に果物を抱えて。
だけど、

「イチゴ?」
「うん、いちごー」

それはどう考えても。

「うんと、ヴィヴィオ、それはイチゴじゃないよ」
「?」

手に抱えられている物は、大きさからしてまったく違っていた。

「それは、イチジクかな?」
「イチジク?」
「うんちょっと違うけど、多分その仲間」
「うーん、でも甘くておいしいよ?」
「うん、そうだね。食べられるみたいだね。うん、ヴィヴィオ、安心して食べていいよ」

手を何とか動かして、ひとつ受け取り、安全を確認してヴィヴィオに返す。
これがたくさんあるのならしばらくは平気だろう。
だけど、その後は。
助けはいつ来るか分からない。
それどころか来るかどうかも分からない。

「ヴィヴィオ、あったのはこれだけかな? 他には?」
「いちご?」
「うん、イチゴ」

ヴィヴィオにとっては果物はすべてイチゴみたいだ。
それはそれで、後でちゃんと教えるとして、先にどういったものがあるか聞いておこう。

「うんと、たくさんあるよ! おっきなのも、ちっちゃなのも 赤いのも黄色いのも!」

ヴィヴィオが喜ぶぐらいに、外にはたくさんの果物があるみたい。
さながら南国……なんて風に考えられる私は、実は元気なのかもしれない。

「そうなんだ……でもヴィヴィオ」
「何? ママ?」
「でも、いきなり食べちゃ駄目だよ。お腹壊しちゃうよ?」

そう言って微笑みかけると、ヴィヴィオは手をお腹に当てて、困ったような顔をしている。

「うぅぅ~~」
「ね、お腹いたいいたいはいやでしょ? だからね?」
「うん」
「じゃあ、なのはさんが色々教えてあげるから、それまで我慢しようね?」
「うん!」
「あとそれと……」
「ママ?」
「ううん、なんでもない」
「んーー?」
「気にしないでいいよ」
「分かった!」

ヴィヴィオは何が嬉しかったのか、体中を使って喜びを表している。
本当によく笑う子だ。
見ていると、それだけで気持ちが温かくなってくる。
だからずっと笑い続けていて欲しい。
だから。

「ヴィヴィオ」
「何、ママ?」

できる限りのことを教えてあげよう。
私の持っている全てを。
一人でも生きていけるように。

「おまじない……もっと知りたくない?」







「ママーー、みてみてー」
「うん、そうそう、よく出来たね。あ、危ないよ! 狭いんだから、そんなに勢いよく飛んだら駄目だよ」
「んーーー、わかった!」

ヴィヴィオは元気よく返事をして、私の近くまでフヨフヨと浮いてきた。
あふれんばかりの笑顔が私を覗き込んでくる。

「楽しい?」
「うん!」

私の質問に、いつものように元気よく頷くヴィヴィオ。
その声は一際大きい。
どうやら、ヴィヴィオはこのおまじないがひどく気に入ったようだ。
浮遊の魔法を教え始めて数十分。
ヴィヴィオはもう完璧に使いこなしている。

――さすがに、早すぎるよね……
浮遊の魔法自体はそこまで難度が高いものではないけれど、適性がないものが覚えようとしたのなら、それなりに時間を要するものだ。
陸士の訓練校では、カリキュラムに二十時間が費やされている。
ヴィヴィオはそれを一時間足らずで使いこなしている。

「ヴィヴィオ、すごいね」
「んーー?」

何を褒められているのか最初はよく分からかったのだろう、ヴィヴィオは首をかしげている。

「なのはさんより、ずっと才能があるよ」
「ママより?」

私より、その言葉を聞いて、さらに首の角度が深くなる。
そして、何故か、その顔には困ったような表情を浮かべている。

「うん、私より」

私も、初めてでいきなりジュエルシードを封印して見せたりしたけれど、あの時はレイジングハートという優秀な相棒の補佐があった。
なのにヴィヴィオは、デバイスもなしに、初めて触れた魔法を使いこなしている
これは才能って言葉だけじゃ説明できない。

――プロジェクトFか……
思い出されるのは、金色の髪をした二人の少女。
彼女達は卓越した魔法の使い手だった。
この子も同じなのだろう。
だから、教えられてもいない治癒魔法を、たった一度見ただけで、見せただけで使いこなし、私の命を生きながらえさせた。
……余計なことだったとは言わない。
きっと、この子にとって必要なことだったのだから。
それにそんなに時間はかからない。
魔法だけではなく、野草の知識などもこの子は乾いた砂が水を吸い込むように覚えてくれている。
だから、きっと。

「……うん、私よりずっと」

私がいなくなってもこの子は。
もう、笑い方を忘れてしまった顔に、微笑みを作るように命令を送る。

「だからね?」
「……う」

うまく笑えてなかっただろうか?
ぎこちなかっただろうか?
それとも私なんかの微笑みじゃ、この子を笑わせることなんてできないかな。
分かってる。自分で"作ろう"とした笑顔だから、身に染みて。
子供は大人なんかよりずっと心の機微に鋭いから、取り繕ったような気持ちがばれてしまったのかもしれない。
私の顔を見たヴィヴィオの笑顔はあっという間に曇っていく。
それどころか、目には大粒の涙すら浮かんできた。

「ヴィヴィオ?」

何とかなだめようと、必死で笑顔の仮面をかぶる。
でも、やっぱり止まらない。

「やだぁ~」
「……ヴィヴィオ?」
「ママと一緒がいい~」

ぽたぽたと零れ落ちたものが私に降りかかる。
それに触れたところはひどく熱く、まるで炎に焼かれているように感じられた。

「ヴィヴィオ……」

許さない。
何故か、そう言われているような気がしてならなかった。












子供は本当にせわしない。

「ママ~~!!!」

ヴィヴィオが勢いよくこちらにかけてくる。

「何? ヴィヴィオ?」
「セミ~~!!」

そして、手に持ったものを自慢げに掲げて私の前に差し出す。
つぶら?な瞳と視線が絡み合う。
その瞳はどこか困っているように感じられた。
だけどそれ以上に、身動きが取れない状態で、顔の前に突きつけられるそれは少し恐かった。

「……ヴィヴィオ、それはセミさんじゃないよ」
「ん~~?」

じゃあ何? といった感じで首をかしげるヴィヴィオ。

「カブトムシ?」

そして、私に差し出していたものを自分の方に向けて、質問をぶつける。
だけど、答えは当然返ってこない。

「ママ?」

困ったように私にその瞳を向けてくるが、私にも分からないものは分からない。
私では、足が十六本もあって、大きさがヴィヴィオの顔くらいある甲虫の名前なんてわかるはずもない。

「……なんだろうね?」
「うーん、なんだろう?」

私が軽く首をかしげると、ヴィヴィオは同じ方向に首をかしげた。
この子は何でも私の真似をしたがる。

「……とりあえず、虫さん困っているようだから、外に逃がしてあげようね」
「分かった~~」

そして、私の言うことは大体聞いてくれる。
ヴィヴィオは頷いて、元気よく駆け出していく。

「ああ、走っちゃ駄目だよ、転んだら危ないよ!」

視線は手に持った甲虫に向けられたまま、足元をよく確認しないで駆け出していくその姿が心配になり、声を張り上げて注意を促したのだけれど、それはちょっと遅かったようだ。
足をもつれさせたあの子の体が宙に浮く。
ペシっと、可愛い音を立てて床の上に倒れこむヴィヴィオ。
両手に甲虫を持っていたためか――いや、もしかしたらつぶさないようにかばったのかもしれない――その小さな顔が床に強く叩きつけられる。

「ヴィヴィオ!」

やっと起き上がれるようになったけれど、まだ立ち上がることすらままならない体。
駆け寄って助け起こしたい、そうはやる心をのせ、張り上げんばかりに名前を呼ぶ。

「びぇぇぇぇん」

返事の代わりといわんばかりに、泣き声が聞こえてきた。

「ヴィヴィオ? 大丈夫、どこか怪我してない? 見てあげるからこっちにおいで」

私の声が聞こえたのか、ヴィヴィオはなきながら立ち上がり、こちらの方にとてとてと歩み寄ってきた。

「どう? どこが痛いの?」
「……おでこ」
「どうかな?……ああ、腫れちゃってるね」

可愛いおでこと、鼻の頭は、まるでりんごのように赤く腫れあがっている。
でも、どこもすりむいた様子はないし、打っただけのようだ。
これなら雑菌も入る心配もないだろう。

「ママ、痛いよ~~」
「うーん、そうだね……じゃあ、いつものおまじないをしようか」

おまじない。
その言葉を聞いた、ヴィヴィオの涙が止まる。
この子は私と一緒に何かをするのをひどく喜ぶ。
その中でも、このおまじないは格別だった。

「いたいのいたいの、とんでいけ~」
「いたいのいたいの、とんでいけ!」

それは本当にただのおまじない。
治癒魔法を伴っていない、ただの言葉。
でも、

「いたいのいたいの、とんでいけ~」
「いたいのいたいの、とんでいけ!」

一回唱えるごとに、涙がひく。
笑顔が灯る。

「いたいのいたいの、とんでいけ~」
「いたいのいたいの、とんでいけ!」
「うん、もう平気」
「えへへへ」

三度唱えれば、そこにあるのは満面の笑顔。
魔法以上に、魔法の言葉。

「ヴィヴィオは、本当にいい子だね」
「えへへへへ」

その笑顔を見ていると心の底からそう思う。
本当にいい子だ。
私にはこの笑顔はもったいない。
それに、教えられることは、もうほとんど教えた。

――だから、もう、平気だよね?
眼が覚めてから随分と時間がたった。
あの時、ヴィヴィオは私が五日間寝ていたといったけれど、どうやら、この世界は一日の長さがミッドや地球と違うようだから、もうすでに何週間かたっていると思う。
ヴィヴィオが見つけてきてくれた薬も、もう尽きかけている。
私の回復はこれ以上望めないだろう。
治癒魔法では傷を塞ぐことは出来ても、失ったものを補うことは出来ない。
私が失った血の量は生きているのが信じられないほど多く、流れ出た分、私の体の中を弱らせていた。
薬が尽きた時が、きっと最期だろう。
だから、もう――

「ママ?」

思考に沈んでいた私を、ヴィヴィオの呼び声が引きずりあげる。

「ん、何……あ」

返事をして、そちらに向き直ってみると、目に映ったのは大粒の涙。

「……ママ?」
「うん、ごめんね、平気だよ。平気」

腕を伸ばして、指で涙をぬぐう。
この子は聡い。
その瞳は私の心を見透かしているようだった。
私が少しでも、死について考えると、この子は泣くのだ。
行かないで、と。
一人にしないで、と。
引き留めようとするのとは違う。ただひたすらに、大事な人にいなくなって欲しくない純粋な気持ちは、死を想っている私の後ろ髪を引いて離さない。
弱りきって、何の望みも抱いていない私の心では勝てるはずもない。
だから、頷いてしまう。

「どこにも行かないからね、ね?」
「……本当?」
「うん、本当、ずっと一緒だよ」
「約束……」
「……約束? ああ」

差し出されたのは小さな小指。
これもまたひとつのおまじない。
危ないことをしないように、とヴィヴィオに言い聞かせるためにつかったおまじない。
見つめてくる瞳に耐え切れなくなって、その小さな小指に、私の小指を絡める。

「うん、わかった。ゆびきり、げんまん」
「うそついたら、はりせんぼんの~ます!」
「指切った!」
「ゆびきった!」

指が離れた瞬間に、再び満面の笑顔が戻ってきた。
子供は本当にせわしない。
よく笑い、よく泣く。
ずっと振り回されっぱなしだ。
考え込んでいる暇なんて、本当にまったくない。
それに、

「……約束しちゃったな」

させられてしまった。
じっと、先ほどまで小さな指が絡んでいた小指を見つめる。

『ごめんね、でも、さっきの約束は必ず守るから、絶対だから』

もう、ずっとずっと昔にした約束。
まだ果たせていない、もう果たすことは出来ない。

「……もう、きっと覚えていないよね」

それでも、約束は約束。
守ることが出来なかった、その代わりというわけではないけれど。

「うん、そうだね……」

この約束は守ろう。
残された時間はもうそんなに多くはないけれど、その間はずっと一緒にいてあげよう。
でも、その後は。
それ以上望んではいけない、願ってはいけない。
たくさんの人を救えなかった。
たくさんの約束を守れなかった。
だから、無意味な私には、これが精一杯。

「……ママ?」

つぶらな瞳がこちらをのぞきこんでくる。

「……ヴィヴィオ、ご飯にしようか?」

この子に最期まで笑ってあげるのが。


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