「第27管理世界、ゼーエン ヴィア ウンス ヴィーダーか、舌をかみそうな名前だな……しかし、話には聞いてはいたけど」
転送ポートが設置してある局の支部から出て辺りを見回す。
ぽつぽつと建物はあるが視界を遮るような大きな建物は見当たらない。
しかしそれでも僕が聞いた情報に間違いがなければ、ここが一番栄えている街のはずであった。
―― SWUW.(Sehen wir uns wieder.)略してスワウム、古代ベルカ語で再会――
頭の中に入っている情報を引き出して口にする。
「……何と再会するんだろうな」
忘れられた土地。
そちらの意味のほうが何倍もあっているように感じられる。
目に映る建物、生活様式はミッドなどに比べると百年単位で遅れている。
――大崩壊後の移民によって出来た世界。崩壊の原因となったあらゆる技術を忌避して、それから逃げ出した人々が住む。そして現在も文明というものを拒絶している――
情報にはそうとも記されていた。
「……なるほどね」
それを裏付けるように、通りを歩いていると感じられる視線。
込められている感情は、異邦人に対する好奇なものではなく、拒絶や敵意であったから。
「……やれやれ、本当にこんなところで」
視線をおろし、今の服装を確認する。
いつも着ている執務官服ではなく、白いシャツに黒いセーター。
おかしいところは特にない。
「……こういったこそこそ動くのは趣味じゃないんだけどな」
今は支部から出てきたところを見られているので、注目されているが人ごみにまぎれてしまえば、こうも敵意を向けられることはないだろうと考えていた。
しかし、
「失敗したかな……?」
どれほど時間がたてども減らない敵意に考えが甘かったことを実感させられる。
人口自体が少ないためもあるだろうが、どうやら噂が広まっているらしい。
管理局の支部から出てきた見慣れない異邦人がよほど珍しいようだ。
「……船でくればよかったかな」
どこへ逃げても集まってくる視線に嫌気が差し、小さくため息をつく。
視線を遠くに向けると、建物の間から港に泊まっている次元航行船が目に入った。
「まあ、もし、その方法を選んでいたら下手したら命がなかったかもしれないからしょうがないか……」
その船に刻まれているエンブレムが情報とあっていることを確認して独りごちる。
「ええと、確か……」
S2Uに保存されているデータを小さくウィンドウに表示する。
――グラズヘイム・ヴェルトール商会――
月に二回、この世界に来航している船の所属会社。
あらゆる技術を拒んで、接触を忌避しているこの世界を訪れるのには二つしか方法はない。
管理世界からの移民という関係上どうしても置かざるえない、管理局の支部にある転送装置か、それともあの船か。
スワウムが全てを拒絶しているといっても、この世界で得ることが出来ない物資は輸入するしかない。
月に二回やってくるこの船はその物資を運んでくるのだが、乗せているものはそれだけではなかった。
あの船を運営している会社は名前からも分かるようにベルカ系の資本で運営されており、原経営者陣は皆熱心な聖王教会の信者である。
経営陣がそんなだからか、聖王教の布教のための人員や物資を無償で運んでいる。
「……本当に良くこんなことに気がついたな」
何度読んでも、呆れを含んだ言葉しか出てこない。
そして、それはこのデータを作ったものだけにではなく自分にも向けられていた。
本当に僕は彼女抜きでやっていけるのだろうかと。
「……今はそんなことを考えている場合じゃないな」
大きく首を振って思考を切り替える。
今回、目をつけたのはその運ばれている物資の量だった。
この世界で登録されている教会の規模を考えれば、それは少し多すぎる。
だが、目だっておかしいというほどでもなかった。
この商会の他にも、貨物を運ぶ場合、余分な積荷を抱えている船は多く存在する。
通常、その余分な貨物の中身は慈善団体が使用する食料品や消耗品なので目くじらを立てて調べるようなことを管理局はしない。
暗黙の了解となっていることもあるし、何より手間だ。
だが、その怠慢とも云える点を突いて非合法の代物を運んでいるのではないか。
それを調べるために、僕は管理局の目が届きづらいこの世界へと訪れていた
「でも、これではさすがにね……」
管理外世界になんて船を派遣していたらあっという間に査察の手が入る。
しかし、この世界では管理局の査察以上に厳しい住民の目がある。
ただ訪れているだけでこんなにも敵意を含んだ視線が向けられるのだ。
研究所などの建物を隠れて作れるはずもない。
「ふう、ここははずれかな……」
本来はやってはならないことではあるが、あまりに向けられる視線の厳しさから、そういった断定の思考がよぎる。
それでも足が教会のほうに向かっていたのは、しみこんだ職務意識のせいであろうか。
しばらく歩いていると、こじんまりとした建物が目に入る。
程よく手入れをされているようだが、管理世界最大の宗教の教会とは思えないほど小さい。
普通の個人宅よりも小さい。
この世界でよく見る納屋ほどの大きさしかない。
これだけの大きさしかなければ、地下があったとしても戦闘機人などの研究をする施設を持ち込むことなど不可能である。
しかし、その大きさこそが僕の抱いていた先入観を払拭させた。
「……ふう」
一度大きく息を吐き、頭の中を空っぽにしてからもう一度教会を見つめる。
周囲に付属した建物はない。
ならば、どこに消えたのであろうか?
頭の中に入っているデータ、そして今見てきたばかりの船から積み降ろされていた荷の量を思い浮かべる。
どう考えても入りきらない。
ならば、他の場所に倉庫でも借りているのだろうか?
その可能性は捨てきれない。
だから、それをつぶすためにも、一度港に戻るためにきびすを返そうとしたときだった。
「……なんだ?」
いいようのない違和感を感じる。
あの教会から発せられている、何かを感じる。
S2Uには何の反応もない。
魔力ではない。
ましてや、内燃機関や動力炉が扱うようなエネルギーの類でもない。
だから、気のせいと思って切り捨てても良かった。
そう思考していてもどうしても、ここから離れることが出来ない。
――この感覚、どこかで……
はっきりとは思い出せない。
けれども思い出さなければならない気がしてならない。
自然と足は感覚が強くなる方へ、教会へと歩を進めていく。
足は言うことを聞いてくれそうにない。
ならば、と思考を切り替える。
向かう先は教会。
どんな人間にもその扉は解放されている。
ふらりと立ち寄ってもおかしくないはずだ。
もしかしたら、この世界の人口布教状況から、全ての信者が顔見知りという可能性も捨てきれないが、そのときは話を聞きに来たとでも言いつくろうことはできるだろう。
呼吸を整えて、自然な感じで扉を開ける。
空けた瞬間に何かが勢いよくもれ出て、吹き飛ばされたような感覚に陥る。
錯覚だということはよく分かっていた。
だが、そう思えるほど扉を開けた瞬間に違和感は強くなったのだ。
S2Uには相変わらず反応はない。
念のため、全ての機能を周りの走査に当てるが何も変わりはない。
そのことがかえって、覚えている違和感を強くした。
今までの経験上、別にデバイスに感知できないものなど珍しくもない。
そういったものを封印、回収して回るのが職務であったから。
この感覚は間違いなくどこかで、感じたことがあるもの。
そして、さほど昔ではない。
もっと、それが放たれている場所に近づけば、思い出せる。
教会の中に足を踏み入れる。
「くう!」
その瞬間に後ろから襲ってきた衝撃。
それは盾で防がれたものの、勢いは殺しきれずに大きく教会の中に吹き飛ばされる。
デュランダルは起動させておらず、S2Uは全機能を走査に向けていたため自動防御は働かない。
「貸し、一つだな」
だから、助けられた礼を口にする。
転がりながら体勢を立て直し、襲ってきたであろう人物をにらみつける。
身長が二メートルにも届きそうないかつい大男。
黒いジャケットの上からでも、その鍛え上げられた肉体をうかがうことが出来る。
サングラスが視線を遮っており、表情を窺うことはできない。
だが、それがなくても感情を読み取ることは出来ないだろう。
そういった存在なのだから。
「ピンツガウアー・ターゼル……!」
予想していなかった存在の登場に思わず驚きの声を上げる。
エリオがナカジマ家に迎え入れられる事件がきっかけであの狂った科学者と一緒に、管理局を追いやられた元執務官。
その戦闘力は折り紙つきで、室内での格闘戦ということになれば、今の自分にあの怪力をどうにかする手立てはない。
しかし、
「ここで、何をやっている! 何をたくらんでいる!」
いるはずもない存在のおかげで違和感が確信へと変わる。
返答はない。
かわりにその豪腕が振り下ろされる。
膝立ちの状態から、それを飛びのいてかわす。
目標を逃した豪腕は激しく床を叩きつける。
しっかりと手入れをされているとは言えど、ただの木の板でしかない床が戦闘機人並みの怪力に耐えられるはずもなく、叩きつけられた箇所からひびが全体に広がり、あっという間に崩れ去っていく。
それと共に、違和感を呼んでいた力が一気に強くなる。
ここまで強くなれば、はっきりと思い出すことが出来る。
前に感じたものと多少違うのは、おそらく、こちらは正常に動作しているためであろう。
それを目にしたことはない。
管理局のデータを漁っても、無限書庫を探さない限りはその形状を記したものを見つけることは出来ないだろう。
なぜなら、それは地中深く埋まっていたから。
「ロストロギア『Door Reise』……なんでこんなところに!」
攻撃をかわしながら、暗い地下室に降り立つ。
ゆっくりと暗さに慣れていった僕の目はそこで淡く輝きを放つ、二万人もの人命を飲み込んだ危険なロストロギアの姿を捉えた。