ユーノ・スクライアのものとおぼしき声が聞こえた。公園で張り込んでいる私も、『声』の主を探し始める。
アルトにも聞こえたらしく、私の腕の中で眼を醒ます。
「おねえちゃん、今の……」
「……大丈夫。既に私が動いている」
アルトの頭を撫でて、安心させる。
「私達が介入せずとも、あの子は無事だ。この世界で、私達は不純物なのだから」
「私、あの子を助けられないの?」
「あの子は助かる。何もしなくてもな。私はその運命を知っている」
なのはがあの声を聞いているはずだ。そして明日、ユーノはなのはに発見され、動物病院で治療を受ける。
そしてその夜、なのはは魔法の力に目覚める。
「大丈夫。ほら」
額を合わせて、私の視界の一つをアルトに見せる。『双子のようなもの』だからできる技。
フェレットに意識がないことを確認して、魔力が回復しないように傷を治していく。
「犬猫に襲われないように監視もする。それに、明日になれば……」
「明日になれば?」
「面白いことになる。そしてこの事件を経て、私達にもう一人、友達ができる。その子に逢うためにも、アルトは寝るべきだ」
「……ねえ、どんな子?」
「合うまでのお楽しみだ。さあ、いい子だから寝よう」
「うん」
アルトはおとなしく眼を閉じる。
素直で優しい、いい子だ。私のようなひねくれ者が育てたとは到底思えない。目覚めた時に、ある程度自我があったからか……
『セレスタル・ストライカー、Ready』
「誘導は任せる。目標選択と制御は私がする。危険な動物を表示して」
『まるでオービターアイズかSOLGですね』
「エイダ、お前ダメな方に進化してないか?」
酸素もなく、温度もない高空で、ひたすら監視している。雲の向こうに、遥か大地に、フェレットがいる。野良犬や野良猫に襲われないように、肉食の野生動物が公園に存在しないように牽制射撃を行った。威力を極限まで下げ、ただひたすら速く、速く。誰の眼にも止まらぬ速さで、狙った場所から寸分違わぬ場所へ。この時だけは、私は精密機械になる。再優先事項が無い限り、時が来るまでこの行為に集中する。
やがて、牽制射撃をするまでもなく、動物が公園に寄り付かなくなった。
そして朝が来て、眼下に私が見える。このまま衛星兵器として常駐するのも悪くは無い気がしたが、流石にこの過酷な環境では魔力の消費が激しい。人間のいられる環境じゃないから、魔法で空気とか温度とか有害光線とか防御しているのだ。わりと短期間で交代せざるを得ないし、戻った躯は魔力すっからかん。SSTOよろしくカートリッジを輸送して、魔力を回復し続ければ結構長い時間いけるが、カートリッジのチャージが面倒であまり使いたくない。もう少し効率がよければずっと空にいるのに……
学校が終わり、帰り道において、やはりなのはが反応した。
予定通り。順調に、ユーノを発見。ユーノは動物病院に入院し、シナリオは順調に進んでいる。
私はまだ、天空で下界を見ている。夜になり、動物病院を襲撃する影、家を飛び出すなのは。
『今のうちにとっとと片づけましょう』
「アルトと話していたの、聞いてなかったか?」
『はい。既にバタフライ効果による影響はかなりのものと予測されます。大々的に関与するのが最適です』
「人間の機微ってのを判ってないな。なるべく秘密にしたいんだ」
『ランナーなら目標を遮蔽物ごと無力化できます。今なら目撃者もいません』
「笑えない冗談だ」
『あいにく、冗談を発するプログラムは』
「あるだろ。システムの根幹に」
『あります』
最初は『製作者GJ』などと思っていたが、私と一緒に漫画とか小説とかゲームとかをやっているうちにその影響を受けだして、どんどん『ADA』とかけ離れていっているような気がしてならない。KOS-MOS、バトルシップガールナツミと並ぶ三大萌えAIの一柱が。
「動き出したな」
そんな馬鹿をやっているうちに、状況は動き出す。なのはがユーノを連れて獲物と対峙している。あ、逃げた。
『援護しますか?』
「いや、足止めだけだ。派手にすると魔力反応でバレる」
なるべく手を出さない。危険になるまで。
今のところ、順調だ。レイジングハートをセットアップし、バリアジャケットも装備している。予定が変わって少々ボコられても、しばらくはもつだろう。
「フォイア」
小さく弱く、しかし速い魔力弾が化物の躯を叩く。
『ゼロシフト、Ready』
打ち合わせ通り、ゼロシフトをいつでもできるように準備しておく。
『ソニックブームキャンセラー、Run』
衝撃波対策は重要だ。なのはをフッ飛ばすわけにもいかない。
『警告。別の危険要素が防衛対象に向け高速移動中。飛行しています』
「なんだと!?」
『ジュエルシード反応あり。セレスタルストライカーの使用を提案』
今、なのはは化物を封印した。目的を達成した今、もはや警戒などしていないだろう。バリアジャケットも解除している。
俺が撃てば管理局にその存在を知られかねない。だが、なのはの安全と天秤にかければ、当然の結果が出てくる。
『ゼロシフト』
エイダの言った通り、もう介入しか道は残されていない。俺が存在するだけで、シナリオは変わってしまった。
「きゃあ!」
衝撃波はなくとも、強風は発生するらしい。なのはが転んでしまった。改良の余地あり、などと冷静に判断できるこの頭が腹立たしい。
「あ、あなたは?」
フェレットのユーノが声をかけてくるが、素直に名乗るわけにはいかない。エルテ・ルーデルという存在は、まだこの件に関与する訳にはいかないのだ。
「すまない。危険だ、離れてろ」
『ロードカートリッジ、ピャーチ』
アヴェンジャーをバルカンモードにして、カートリッジをロードする。
『クーゲルシュライバー、Ready』
「こんな時に冗談か!」
一気に気が抜けた。訓練の模擬戦でも勝手に魔法をロードしていたが、俺の知らない魔法を、しかもクーゲルシュライバーなんてふざけたものを使おうとするのはどうかと思う。
『対人ミサイル(ペンシル)があるならば、ボールペンがあってもいいかと』
「カートリッジ5発分の効果があるんだな?」
『はい』
勝手に魔法を構築するエイダの優秀さを褒めるべきか、そのネーミングセンスをけなすべきか、冗談と区別がつかないことを叱るべきか。
ともかく、エイダが自信を以て勧めるこのクーゲルシュライバーは信用してもいいだろう。
「ア゙ァァァァァァァァ!」
かなり接近された。見た目は、影でできた巨大な黒い鳥。カラスのできそこないのような鳴き声をあげ、俺を見ている。
「いけない! そこの方、逃げてください! あれは危険です!」
「黙って、そこの子を守ってろ。エイダ」
『フォイア』
クーゲルシュライバーの名に恥じない、立派なボールペンが、『針千本』のように飛んでいく。何故かほとんど魔力反応の感じられない弾幕。「これは魔力弾ですか」「いいえ、ボールペンです」と言い訳ができそうなくらい。カートリッジ5発分の殆どは、物質化と欺瞞に使われている。
それらはばらまかれながら、正確に敵に誘導し、一本も外れることなく刺さる。えげつない。
『動きが鈍りました。エクスキャリバーの使用を提案』
「頼む」
『エクスキャリバー、Ready』
なるべく魔力反応を出さずに目的を遂行する。エイダはそれをよく理解している。敵の速度を落とさず一直線にしか照射できないエクスキャリバーを放てば、敵の機動に翻弄されて照射時間が長くなる。オリジナルの『エクスキャリバー』が接近したガルムを落とせなかったのと似たような理由だ。それを少しでもマシにしようとクーゲルシュライバーを使ったのだろう。その発想は無かった。
「フォイア!」
本来は青い、視認性を低くするために私の魔力光と同じ黒く紅くされた光が、目標に向かい一瞬で突き進み、それを包む。魔力でできたその躯を、魔力の奔流で吹き飛ばし、ジュエルシードと本体――カラスだった――を分離することに成功した。吹き飛ばされるジュエルシードとカラスをそれぞれ私の一人が回収し、そのうちジュエルシードは封印する。カラスの処遇はどうするか。
「あ、あの!」
「ん?」
振り向けば、なのはがいた。当然、バルカンの砲身もぐるりと回転するわけで。
「きゃあ!?」
「あ」
撃ってよし、殴ってよし、防いでよしと三拍子そろった頑丈で長大なデバイスは、なのはを薙ぎ払った。
ユーノ君が教えてくれた、大きな魔力反応。それは空高くにあるらしくて、それを見ようとしたら、私を吹き飛ばす突風と一緒にその人は現れました。
真っ先に目についたのは、その大きなガトリングガンと呼ばれる兵器と、それにつながっている樽みたいなものでした。
「すまない。危険だ、離れてろ」
どこかで聞いたような、ぶっきらぼうな声。
『ロードカートリッジ、ピャーチ』
この人が魔法使いなら、多分その手のガトリングガンが魔法の杖なんだ。杖が少し小さくなって、遠くの空を狙っています。
「カートリッジシステム……まさか、ベルカの?」
ユーノ君がなにか知っているようだったけど、今はそれどころじゃないの。黒いコートと、黒い鎧を着ているその人は、まるでアニメのロボットのようで。その人が持っているぐるぐると回るその杖を見て、背筋が寒くなりました。
姿の見えない誰かと何かを話している間に、私達が気づかなかった『それ』が、闇から現れました。大きなカラス、みたいななにか。
『フォイア』
鎧の人の杖から放たれた『何か』が、飛んでいく。それは闇に消えて……黒い怪物をウニにしてしまっいました。
『エクスキャリバー、Ready』
「フォイア!」
黒い、血みたいに黒い光が、真っ暗な夜でもよく見えて、怪物を包み込んで、その『影』だけを消し飛ばして。そして鎧の人影が二つ、落ちていく本体だったんだろうカラスとジュエルシードを持って、どこかに行ってしまいました。
「あ、あの!」
多分、助けてくれた。なら、お礼を言わないと、と、声をかけた次の瞬間、
「ん?」
「きゃあ!?」
眼が醒めれば、頭の下に硬い感触がありました。眼を開ければ、丸い紅い光と黒い眼が私を覗いていました。ヘルメット? と酸素マスクで顔は判らないけど。
「起きたな。具合はどうだ? 痛いところは無いか?」
鎧で膝枕されていたので、後ろ頭が痛いです。
「後ろ頭が痛いです」
「あー、すまない」
鎧の人は私を起こすと、温かい光を私に当ててくれました。後でユーノ君に聞くと、これが回復魔法らしいです。
ここは動物病院の近くじゃないみたい。あの場所から離れた丘らしくて、遠くでサイレンの音が聞こえて、そっちの方を見ると、赤い光がたくさん回っていました。少し、冷や汗が。
「これでよし。もうないか? なければ帰れ。もう遅い」
「あ、あの!」
「あるのか。どこだ」
「い、いえ。助けてくれてありがとうございました」
「いや、いい。こっちも悪いことしたしな」
それだけ言って、鎧の人は消えてしまいました。
《あとがき》
あれ?
魔法がめっちゃストレイト・ジャケット?
そんな気は無かったのに、なんか似ていることに気づきました。
まんま鎧だし、アヴェンジャーがスタッフみたいだし。
エイダがダムキャストして、エルテがトリガーヴォイス。
「イグジスト!」なんていったら完璧ですねぇ……
・クーゲルシュライバー
ドイツ語でボールペンのこと。
または、指の間にボールペンを挟んで、その拳で殴る必殺技。
叫びながら使うとかっこいいが、ドイツ語圏で使うと恥ずかしい。
はい、ドイツ語のカッコよさは異常シリーズ。
エイダが壊れつつあります。フルメタのアルっぽい気もしないでもないが。
原作で「面白ぇAI」と評価されていますしねー。
KOS-MOSは判っても、AIナツミは知らん人多そうだな。
Oct,17.2009
なのはサイドの地の文とか変更。
でもなんかおかしい。