フェイトの裁判は順調だ。あることをすれば裁判をほぼフリーパスにできるが、これは後々禍根を残しかねない。裁判長から傍聴人、上から下まで全部私で埋めれば一切なんの抵抗もなくフェイトを無罪にできる。
まさかの子供達からの案。だが本気で実行するには少々遅すぎた。既に裁判官も決まっている裁判の人員を総入れ替えするなど、たとえ私が元帥権限を振りかざしたとしても不可能。
「思ったより短かったわね」
そう、私が、フェリスが出ると毎回異例のスピードで判決が下るのだ。毎回異例というのもおかしいが。
「あ、あの、ありがとうございました」
私の執務室の隣、応接室にて今後の注意事項を伝えた後、フェイトに礼を言われた。
「お礼なんていいわ。無罪にはできなかったけど、ある程度は自由だから安心して。1年我慢して嘱託魔導師として働けば自由なんだから」
「一つ……きいていいですか?」
「機密でない限り何でも答えるわよ」
意を決したように息を吸い、そして問う。
「エルテ、エルテ・ルーデルはどうなりましたか?」
やはりか。エルテ・ルーデルに関しては一切の情報が無条件で消滅するように管理局のデータベースに潜伏したエイダが検閲している。実際には私に都合の悪い情報も改竄したりしていりようだ。この主人想いのAIは、私が命じなくとも、あるいはやめろと命じても、主のためなら命令に背く。アイザック・アシモフも草葉の影で嘆いておられるだろう。
「そんな名前の人物は存在しないわ。少なくとも、公式記録ではね」
そう。今やアースラは特級機密指定情報の宝庫だ。誰もがエルテ・ルーデルの存在を知っている。ガイアのことも。そしてクルー全員が黙して語らない。エルテ・ルーデルが、ガイアが『どんな存在』であるか知っているから。
パンドラの箱を好き好んで開けようという破滅思想を持つ人間はそうそういない。特に、管理局などという治安組織に属する人間は。だから皆、口を閉じる。
「そんなはずは……エルテは、私を助けるために局員の妨害とかしてたから記録には残ってるはずです!」
「そうね……あなたが配属される予定のアースラの誰かに訊いてみる、というのはどうかしら? 私はエルテ・ルーデルなる存在に対して何かを言うことはできないから」
「え? それは……」
「これ以上は機密よ。私でも話すことはできないわ」
「ま、待ってください!」
問答無用で去る。これ以上は本当にまずい。私の正体を知られかねない。
「元気でね」
フェイトは迎えが来るまでこの部屋を出ることを許されていない。
入れ替わりにリンディが部屋に入る。
「後は頼むわ」
「ええ、任せて」
リンディにはこの裁判の最中、何度かガイアへ招待した。プレシアと話をさせるために。
リンディの『プレシアと話がしたい』という要請に対し、プレシアの要求は『リンディと二人きりで話がしたい』というものだった。何を話したのかは知らない。そこで何が決まり、フェイトの今後がどうなるのかも私は知らない。すべては、二人の胸の内にのみ在る。
ここでフェイトがどうなろうと、大局にはそう影響はないだろう。闇の書の処理に失敗し、騎士達の説得にも失敗し、蒐集が始まったとしても、恐らくフェイトは、いや、アースラが地球に来る。たとえそれらがなく、全てが平穏無事に終わろうと、リンディ達は地球に移り住み、フェイトは聖翔に通うこととなるだろう。プレシアもリンディも、そして私も、フェイトの幸せを願っているのだから。初めての友たるなのはと離れ離れにはさせたくないのだ。
「さて、忙しくなるわね」
選択肢はそう多くない。
既に私を19体食い潰して、闇の書は安定を保っている。はやてにかかっていた魔力負荷は消滅し、支えは必要だが立てるまでになった。騎士たちはまず蒐集に出ることはないだろう。グレアムはフェリスの名で主力たる猫姉妹を無限書庫に奪われ、彼自らも非常に多忙だ。アーク・ジィルは先日病院にかつぎこまれたが、翌日には自ら出撃したという。
そして遂に、ヒトガタ高出力魔力炉ともいえるエルテ・アーク・ルーデルの発展型、エルテ・ソルディオス・ルーデルが完成した。リンカーコアを経由しない、もはやロストロギアと言っても充分通用するほどに原理は不明。息をすれば魔力を吐くように、どこからか魔力を生み出す。放っておけば世界が魔力と魔力素で飽和してしまったことすらある。ファンタズマゴリアに贈れば繁栄間違いなし。贈れればの話だが。
「おはよう」
「……おはよう」
わざわざ睡眠が必要な個体の寝室に現れ、目覚めとともに挨拶までする存在。少なくともこの部屋には他にも数十の個体がおり、眠っていたり起きてうろうろしていたりするが、それらの個体の感覚に引っ掛からずにここに存在する、それが異常だった。
今は完全警戒だ。この部屋の内外、いや建物の内外に数千の個体が集結しつつある。完全武装、何かあれば施設ごと消し飛ばす用意もできている。
「なるほど。このころはまだ……ということは初対面か」
「何が言いたい」
「初めまして。俺はレイ。ただの暇人だ」
外見を裏切った一人称で、その美人は事故紹介をする。長い黒髪を邪魔そうに束ね、私と似たような趣味の服を着ている。そして私は理解している。こいつは、強いと。あるいは、終結している私がすべて消滅しかねないほどには。
「エルテ・ルーデルだ」
「分裂少女の破壊神か。いい名だな」
この世界に、あのゲームは存在しなかった。ならばなぜ、この少女はそれを知っているのか。簡単だ、アーク・ジィルと同じ転生者。もしかすると、アーク・ジィルが行っていた『理使い』かも知れない。
「わざわざ自己紹介に来たのか? 出口はあっちだ」
「アークを改心させた手並みは素晴らしかった。何より殺さないのが意外だった。何故殺さなかった?」
「気まぐれというしかない。そもそもアークのしでかしたことで大した被害は出ていない」
輸送艦の撃沈という結果はあったものの、船員は全員生存しジュエルシードも全て確保。彼らには保険がおり、新造艦で今日も輸送業務にいそしんでいる。
プレシアはジョン・ドゥ=アーク・ジィルの情報通りに輸送艦を攻撃、すなわち『どこを攻撃すればいいか』まで詳細に記された艦の見取図に従って攻撃を行ったと語った。轟沈せず、つつがなく脱出できるように。そして船員には予想外の額の保険金がおりた。それら全てにアークが関与していた痕跡があった。
「アークなど、多少傲慢だがかわいいものだ。本当のゴミクズは、文字通り脳が腐っているとしか思えなかった。そうだな、私の定義する『善悪の境界』というものを超えていなかった、というところでどうだ」
「なるほど。傲慢で一人よがりではあるが、確かにアークの本質は善人だ。今回の関与も、この世界を守るためなんだろう。多少の力を与えたが、結局は孤独だ。それが独善になりかねないと思っても、そうするしかなかったのはアークの不幸だ。もっと早くに君に逢えれば、あるいは……」
この世界を守るため。最初に思いついたのは、PT事件初期の私だ。可能な限り正史通りに世界を動かそうとしたこと。97管理外世界こと地球は、何の関与もなければ『なのは』という少女により二度の危機を乗り越える。その後ミッドチルダをも救う。そう、『全て』が正史と同じならば、その歴史は正史同様に進むはずなのだ。しかし、そのはずは、私というイレギュラーが存在し、いや、私が行動したことで無に帰した。
アークも恐らくバタフライ効果を知っていた。だからこそ可能な限り正史を再現しようと行動したに違いない。
「君に比べれば遥かに無力だが、それなりに有能だ。俺が説得しとくから、悪いようにはしないでくれると嬉しい」
「手遅れだ。既にルーデリストになっている。暇があれば相棒と出撃している」
「マジか……うわ、マジだ……」
その眼は何を見ているのか。何やら呟くと、げんなりとなった。
「まあ、実力もある。君に任せておけば大丈夫だろう。アークを頼む」
「私はこれ以上関与するつもりはないさ。相棒が優秀だから、撃墜されてもそうそう死にはしない。安心しろとは言えないがな」
「充分だ。じゃあ、今日はこれでお暇しよう」
レイの姿が薄れてゆく。複数の私とエイダが観測しているというのに、存在確率がどんどん下がっていく。
「『コトワリ』使いか。なるほど」
なるほど、世界の法則を、原理を操る。故に『理使い』か。
《あとがき》
10kB書くのにどれだけ時間をかけているのでしょう?
破壊行為にかまけて本編が終わらない。あっちは何も考えてない、本当にネタなので矛盾がどうしようもなくなるまでは凄いペースで書けるんですもん。
ついに理使い出現。
エルテさんが破壊行為に至るのはStS終了後です。まだまだ道は遠い……
最初から見直して、リメイクというか、大規模改訂というか、そんなことをしています。
今のこれが完結してから投稿するのは決まっていますが、投稿したら旧版を消すか、それとも残すか、悩んでいます。
取らぬ狸のなんとやらになりそうだから、そのときになるまでは決めませんが。
>>ダイヤモンドは砕けない。
ただのジョジョネタです。
一応機械工学の技術屋ですので、物体は硬くなると脆くなるのは充分承知しています。
でも最近うちの大学が砕けにくいダイヤを開発したとか……
4月の誕生石、石言葉は『永遠の絆』『純潔』『不屈』――――まさになのはさん。