ベルカ騎士団が現れた。しかし、はやての生活は平穏そのもの。むしろ幸せの絶頂とも言える状況にある。
ただの居候ではない、家族ができたのだ。以前より予告はしていたが、しかしその程度でこの喜びが減じるはずもない。
もう一つ、いいことがある。ついにはやてが立てるようになったのだ。筋肉は衰え、麻痺は足に残っていて歩くことはできず、支えがなければ倒れてしまうが、立つことができたのだ。これははやてに希望を持たせた。
「はやて、はやてが立った」
「名作アニメかいっ!」
車椅子は未だ必須だが、それでも希望である。
「おめでとはやて!」
ヴィータが自分のことのように喜びはしゃぐ。
「ありがとな、ヴィータ。せやけど、他のみんなにも見せたかったな……」
「帰ってきた時に見せればよかろう。二度と立てないというわけでもない」
「そやな」
「それよりも、衰えた筋肉をいかに鍛えるかが問題だ。ドクターに訊かないとな」
「うん、次の診断の時にでも訊いてくるわ。鍛えるで~」
「筋肉少女八神はやて誕生の瞬間であった」
「うえ、はやてがマッチョ? にあわねー」
「ザフィーラ並みの鍛えられたボディを……」
「ならんわ!」
依然と変わらないように見えるが、少しだけ、明るくなった気がする。
私はこの笑顔を翳らせたくない。
たとえ嘘と偽装で取り繕おうと、私を幾個体消費しようと、私は平穏に『闇の書』の呪縛を解く。
グレアムと猫姉妹に命令して、無限書庫を漁らせている。現在、管理局の頂点の代名詞とも呼べるフェリス・C・シルヴェストリス上級元帥名義での命令は、たかが提督が逆らえるようなものではない。日中の八神家の監視は不可能である。
そしてもう一つ問題がある。
アーク・ジィル。
彼は未来を知っていた可能性がある。
「管理局の頂点がわざわざ一介の局員に、一体何の御用でしょう」
聴取室で、彼は嫌味に問う。
「君には幾つか不審な点があるの。ギル・グレアム提督、彼の『計画』は知っているかしら?」
「知らないと言っても無意味なんでしょう? あなたほどの人がわざわざ来るんだ、僕のことなんて既に調べ上げられているはず、そうでしょう?」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる男。
「シルヴェストリス元帥閣下はグレアム提督の計画を知り、それを阻止しようとしている。そして、僕に協力を求めに来た。違いますか?」
「残念だけど違うわ」
「? ならなぜ僕をここへ?」
「プレシア・テスタロッサ事件は知ってる?」
「はい。それがどうかしましたか?」
顔はぴくりとも動かないが、心拍数がだんだんと増えている。
「プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサの証言で、輸送船のルートや輸送物の情報を流した者がいるらしいの」
「エルテ・ルーデルという違法魔導師ですね。管理局に侵入し情報を売っていたようです。管理局のセキュリティは厳重であっても完璧ではありませんから」
「残念ながらエルテ・ルーデルは白だ。彼女はあの世界から他の世界に移動した形跡はない。無論、本局にもミッドにも『エルテ・ルーデル』の存在は一度も確認されていない」
『エルテ・ルーデル』と名乗り、『エルテ・ルーデル』の姿をしたものはミッドチルダには一人もいない。わざわざ危険を冒して情報を売るほど困っていないし、管理局データベースに侵入する必要もない。頂点に『エルテ・ルーデル』が存在するのだから。堂々と情報を閲覧すればいいのだ。
「ですから、管理局のセキュリティも完璧ではないと申し上げた通り、記録を消すことはルーデルにとって造作もないことでしょう。犯罪者でなければ管理局に欲しいくらいですね」
「人の記憶すらも改竄できるのかしら。彼女がそんなレアスキルを持っていたら、管理局は終わりね」
「どういうことですか?」
「ミッドにはカニス・ルプス・ファミリアリスという准将相当官がいるのだけど、彼のレアスキルには完全記憶と超広域空間並列視、いわゆる千里眼があるの。存在そのものがプライバシーの侵害だし、何よりミッドが超管理社会になってしまいかねないから、彼の善意で協力してもらっているの。無論、彼は捜査に必要なこと以外は一切喋ってくれないけど。容疑者リストを見せて、そのリストの中に不法にミッドに出入りした存在がいないかだけ訊くのだけど、エルテ・ルーデルは今まで一度もミッドに来たことはないわ。ちなみに、変装や偽装はいっさい意味をなさないわ」
「なっ……なんだって!? じゃあジェイル・スカリエッティは!」
尻尾を掴んだ。まさかここで尾を出すとは思わなかったが。
「ジェイル・スカリエッティ? なぜ彼の名がでてくるのかしら」
「あ、いや、個人的に彼を追っていましてね……」
「そう。ジェイル・スカリエッティはこのミッドチルダにはいないから安心して。ちなみに本局にも似たような能力を持った子がいるから、こっちも白。エルテ・ルーデルの侵入はあり得ないの。97管理外世界の書類にも不審な点はなかったし、あの世界の英雄の子孫という証拠もあったわ。高町なのはと同じ、あの世界出身の魔導師。だから、エルテ・ルーデルが情報を流したりすることはそもそも不可能なの」
「では、他に誰がいると言うんです?」
「それはわからないわ。だけど、なぜあなたがエルテ・ルーデルを犯人と思ったのか、それを聞かせてほしくてね」
心拍数は極めて高い。発汗もみられる。静かな興奮状態だ。
「Sランククラスの魔導師が二人です。この時点で両方とも怪しいですが、しかし高町なのははユーノ・スクライアによって魔法に覚醒したとの情報があります。しかし、エルテ・ルーデルはいかなる経緯で覚醒したのかが不明です。次元犯罪者が管理外世界に潜伏していたと考えるのが普通です」
「そうね。なるほど、情報不足ゆえにそう判断してしまった、というわけね。では、エルテ・ルーデルの容疑が晴れた今、犯人は誰なのかしらね?」
「わかりません。情報が少ないですからね……あの、一ついいですか?」
「何かしら」
「なぜ、あなたほどの方が一介の局員でしかない僕に、そんなことを?」
「97管理外世界付近をよくうろつくと聞いたからよ。それ以外に意味はないわ」
あのメス猫が帰った後、僕はイライラしていた。
自室に戻るまでこの感情を吐き出せず、フラストレーションは溜まっていった。
「くそ、あのイレギュラーを排除するチャンスだったのに! なぜあのクソ猫があれを擁護するんだ!」
未来が変わってしまった。それだけでも、許されざる罪だというのに。
「A's、いやStSが始まるまでにどうにかしないと……僕の完璧な計画が……」
せっかく転生して、力もあるんだ、これは神様が僕にくれたチャンスなんだ。この世界は僕のためにあるのに、あんな、原作に存在しなかったキャラが跋扈するなんて許されるはずがない。
「ルーデル……あのガキ、絶対消してやる。あのメス猫もだ」
実力を隠してSSS+をA程度でごまかしているから、あっさり油断するだろう。いや、僕が直接手を下すまでもない。テロリストに情報を流して殺させることもできる。
「見てろよ、理使いに選ばれた僕の世界を脅かすものには死の鉄槌が下るのだ! クハハハハハ……」
「記録したな?」
『完璧です』
偽装と工作は私が破壊の次に得意とするものだ。気づかれずに盗聴スフィアをまき散らすのも、息をするように簡単にできる。
「Gut。しかし、傲慢に過ぎるな。この世界は誰の物でもないというのに」
『ランナーもかなり自由に生きていると思います』
「……そうだな。私もアークと変わらない」
『ですが、アーク・ジィルのようにゲームのプレイヤー感覚の独善で行動してはいませんね』
「アークは己の行動に責任を持つ気がないのだろう。転生者たる自分は特権を持っている、とね」
私は孤独ゆえ、アルトを護るためならどんなこともすると誓った。やがて大切な人が増えていき、それを護るために、自らの躯に手を入れるという忌むべき行いを実行した。これも所詮は免罪符、護るためではなく失うのが怖かっただけ。結局自分のことしか考えていない。
私とアークは同じなのかもしれない。正反対かもしれない。それを決めるのは私であり、アークであり、他の誰かだ、見る人によって判断は違うだろう。私が善で、アークが悪。双方とも正義。双方とも悪。正義でも悪でもない。
私は正義ではない。かといって、自分を悪とは認めたくない。独善でありたくないからエイダに相談し、ときにみんなに問う。私は一人ではない。私は独りではない。だから、大好きな誰かが不幸になるような結末は望まない。そのためには、どれほど傲慢になろうと、大切な人に嫌われようと、己の信じる正しい道を走る。ただ、それだけ。
《あとがき》
とりあえず、痛いオリキャラ一人追加。あまり出てこないだろうけど。
オリ展開になると一気に難しくなるのを実感。二次でなく、完全オリジナルの話なら簡単に筆が進むのに。なぜだろう?
とりあえずエルテを犠牲にはやてが回復したことでヴォルケンズの蒐集フラグは消えました。グレアムの計画は完璧に頓挫しているわけですが、さてさてどうなることやら。うふふ。