「こちらは時空管理局、フェリス・シルヴェストリス元帥です。20秒以内に投降しなさい。さもなくば、実力で排除します」
セットアップどころかバリアジャケットすら展開せず、管理局の制服のまま告げる。気分転換に地上の行きつけの店に繰り出した際の遭遇戦ゆえに、デバイスはアヴェンジャーだけしか持っていなかった。念のため、管理局ではアヴェンジャーをそのまま使うことはない。カモフラージュに耐高魔力のストレージデバイスを使うくらいだ。彼らから見れば、私は丸腰にも見えるだろう。
返答は魔力弾と銃弾。そして彼らは己の刑の執行書にサインする。
「ハン、管理局最強のメス猫が! 丸腰で何ができるってんだボケ!」
「やれるのんならやってみろよメス猫! こっちこいよ、かわいがってやんよ!」
要塞化した雑居ビルの中から、聞くも呆れる無謀な遠吠が聞こえる。同時に5.56mmがばらまかれる。先ほどまで弾幕で動けなかった管理局員が、私の張った防御フィールドの外側で道路を封鎖、馬鹿どもの要塞は、よくある立てこもり事件の現場に早変わりする。
「道路の封鎖、陣地の構築、完了しました!」
「ご苦労様、と言いたいところだけど、私はこの現場の指揮官ではないの」
「は? ですが……」
「もうすぐ休憩も終わるし、警告もしたから、突入するわ。あなたがこの現場のトップ?」
「は。シルヴィ元帥を除けば、ですが」
「そう。なら指揮を任せるわ。私は突入する」
「は? 了解しました」
「Gut。突入方法は裏の壁からブリーチング、私が先導しますから、武装局員は後からついてきてクリアリングを頼みます」
認識阻害をかけ、武装局員を引き連れ、要塞と化した雑居ビルの裏に潜り込む。
「ではいきます。多少は遅れてもいいですが、確実なクリアリングを」
『Yes Ma'am!!』
《突入!》
「Ok.Go」
ショルダータックルで壁をブチ抜く。不幸な何人かが巻き込まれた。
『GoGoGoGo!!』
「……Clear!」
「Clear!」
「No tangos in sight」
「All clear!」
どこかのSASのノリだ。一応、この部隊はアンチテロ・カウンターテロカリキュラムをクリアしているが、カリキュラムの参考に地球の部隊を選んだのが原因のようだ。悪いことではないのだが。
さっきからバンバンと破裂音がする。耳が痛い。出し惜しみをしないのはいいが。
「All clear, Ma'am」
「じゃあ次ね」
人質がいないことは確認済み。迅速かつ丁寧に蹂躙して回れる楽な仕事だ。
「馬鹿め! はうっ!?」
階段に土嚢を積み上げ銃座にしていたが、それも無駄というもの。1Fにあったであろう銃座の土嚢をブン投げる。恐らく突入のショルダータックルで壊れた銃座の土嚢はいくつかあり、相手のキャリバー50が火を吹く前に銃座は吹き飛ばされた。
「シールドとフラッシュバン貸して」
「はっ!」
チタニウムの楯といくつかフラッシュバンが渡される。とりあえずフラッシュバンを階段の上に投げ込む。
M2は厄介なので階下に蹴り落とし、フラッシュバンでよろめいている敵に掌をプレゼントし、クリアコールを待つ。
「Clear!」
「フラッシュバンは?」
「もうありません。試験運用で一人一個しか配備されていないので……」
予算の問題がまたここに。大量生産または大量輸入しておけと言ったが、それでも全部隊に回りきらなかったか、あるいはけちったか。スモークもない。部隊になるべく経験を積ませたかったが、奇襲もスタンも使えないのなら仕方がない。
「しかたない、派手にいくわ。コールがあるまで2Fで待機。いいわね?」
「は? ああ、了解です」
部隊長は一瞬疑念を抱いた顔をしたが、すぐに納得した顔になる。
「ご武運を」
「そんな大層なことにはならないわ」
「来ねえなぁ……」
3Fで、局員を蜂の巣にするのを今か今かと待ち望んでいた男は、なかなか上がってこないことに痺れを切らしていた。
「グレネードでも投げたら?」
「そうだな、そうするか。あ?」
この場で彼の言葉に返事するのは、窓の銃座についている男だけだった。こんな艶めかしい、いい女ではない。
「っ」
誰も悲鳴すらあげることなく、3Fは鎮圧された。同様に、4Fも。
最後の砦、5Fはボスと思われる男が一人、豪華な机と椅子に座り、ふんぞり返っていた。4Fの密度が高いと思ったら、戦力をすべて送っていたのね。フェリスはそう分析する。
「管理局のメス猫め、よくここまで来た。褒めてやろう。だがな、貴様の運もここで尽きた! 貴様のような大物を巻き込めるとはなんという幸運だ! 死ね!」
その手に握られていたのは、スイッチだった。手榴弾の安全レバーのように、握る力を緩めれば爆発するもの。
「ハハハハハハハハ!! ……は?」
爆発するわけがない。レジアスに進言して対テロ訓練をひたすらにさせた地上の猛者どもが、こんな素人に毛が生えた程度の馬鹿に出し抜かれるはずがない。
「段ボールとかロッカーとか、設置する場所が杜撰よ。もし爆発しても、被害は少なかったわよ。このビルを倒壊させるには不足だもの」
「くっ!」
慌ててデバイスに手を伸ばすが、そうはさせない。構える暇も与えず、顎を蹴り上げた。
《終わったわ。動体反応も熱源反応もなし。報告は後で送るわ。私は帰るけど、後は任せていい?》
《了解。ご協力に感謝します。お疲れさまでした》
《ありがとうございます! 今回も生きて帰ることができました!》
感謝の言葉が次々と。本局の元帥なのに地上の実動部隊と仲がいい。これはブレインズマンどもには気に食わないことだろうが、海での私の評判は揺るぐことはない。今や上層部そのものである私、そしてそれにただ追従するだけでない有能な部下。権力による汚染も少ない。管理局に存在する私は、フェリスだけではないのだから。私に賄賂を持ってきた者は三階級降格が確定している。コネによる利点はほとんどない。無能を取り上げるほど愚かなつもりはない。
「散々な休憩だったわ」
とっとと本局に戻り、執務室に戻る。
管理局のデータベースにはアヴェンジャーが幾つも取り付けられ、エイダが情報の改竄などの監視を行っている。ついでに、私の書類整理や情報管理も。電脳化に成功した私の新型、エルテ・エレクトラ・ルーデルのおかげで、エイダとの情報のやり取りや判断・決裁は恐ろしく速い。私の執務室には、書類の記述から判子までできる万能書類処理機ヘカトンケイルがひっそりと存在したりする。
「そろそろね……」
フェイトの事件記録の束と事務手続書類一式を持って。部屋を出る。
今から勝負の時間だ。あらゆる手を使って勝ち取る。油断せず、確実に。
《あとがき》
かなり遅くなりました……
エルテさんを異世界で破壊行為させる方が楽しくて。
多少短いですが、これも番外扱いかな?
猫元帥。こんな風にあらゆる世界でお偉いさんになっています。
そろそろ八神家で動きがあるかもです。